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終わりに
10月の平均水温は25.3°C、平年値を1.3°C上回っていました。11月に入ってもこの高水温の傾向が続いているようで、11月前半の平均水温は23.4°C、平年値より1.1°C高い値となっています。水温は少し低くなってきましたが、海の中は相変わらず賑やかです。先月紹介したチョウチョウウオ類やベラ類も大きな変化はなく、10月と同じようにたくさん見られます。
さて、今月は錆浦から少し離れ、潮岬西岸にあるダイビングポイント・グラスワールドの様子を紹介しましょう。グラスワールドはグッド・ラス・ワールドが省略された名称で、「ラス」とはベラ類の英名(wrasse)のこと、すなわちベラ類が種数・個体数ともにとても多いところから名前がつきました(あくまでもダイビングポイントの名称で、地名ではありません)。ベラ類が名前の通り多いのは当たり前で、それ以外の魚類も多いために非常に見応えのあるダイビングポイントです。
グラスワールドでは串本でも特異なサンゴ群集が見られます。その代表的なものがセンベイアナサンゴです(写真1~3)。水深15mくらいではこのセンベイアナサンゴが優占して出現し、直径数mの大きな群体が長さ50 m、幅20 mほどに数多く並んで群生しています。また、浅いところに眼を向けると、水深7m前後のところにシコロサンゴを中心に多種多様なサンゴが見られ(写真4)、串本の他の海域ではほとんど見られないサオトメシコロサンゴも群生しています(写真5)。水深10mを超えるところではサオトメシコロサンゴは見られなくなりますが、浅いところと同じように多種多様なサンゴが高被度で見られます。
ところで多くのダイバーが訪れて、魚を観察しているのは主に水深15m付近のところです。今年は例年以上にハナゴイが群れているのが見られます(写真6)。ハナゴイは10 cmほどになるハナダイの仲間で、写真に撮ると美しいピンク色をしていますが、遠くから見ると青紫色に見えます。まだまだ小さい個体の群れですが、橙色をしたものが多いハナダイ類の中では異色の存在です。さらに、そのハナゴイの群れにモンスズメダイの幼魚が10個体ほど混ざっていました(写真7)。水色の体に黄色い尾ビレが美しい魚で、こんなに群れていることは珍しいと思われます。昨年は、本種によく似ているけれど尾ビレが黄色くないタカサゴスズメダイはよく見られました。今年はモンスズメダイがタカサゴスズメダイに代わって多いようです。続いて魚種の多いことで知られるグラスワールドでもなかなか見られない魚を3種紹介しましょう。テングチョウチョウウオ(写真8)は錆浦のような浅いサンゴ群落ではまず見ることができないチョウチョウウオ類で、私自身も2度目の観察となるくらい珍しいものです。ニシキヤッコ(写真9)は珍しいキンチャクダイの仲間ですが、今年はグラスワールドで数個体が見られるとのことです。岩の隙間の奥からなかなか出てこないので、観察が難しい魚です。ミツボシモチノウオ(写真10)は、写真では判りにくいのですが、尾ビレの付け根に3つの黒点があるのが和名の由来となっているベラの仲間です。串本では初めての記録と思われますが、10 cmほどあった大きさから推定すると、2005年に黒潮に乗ってやってきたものと考えられます。このように珍しい魚種が今年も多く発見されています。
最後に少し深刻な話をしましょう。潮岬西岸、特にグラスワールドにはミズガメカイメンという大型の海綿動物が数多く見られます(写真11)。小さくて地味なものが多い海綿の中では圧倒的な迫力が特徴の種です。このミズガメカイメンがグラスワールド周辺でボロボロになっている姿があちこちで見られるのです(写真12)。白いところは海綿の内部で、表面がなくなったところから中身が見えていたり、完全に穴が開いて向こう側が見えているところもあります。中には根元の辺りが少々残っているだけのものも見られます(写真13)。で、ボロボロになったミズガメカイメンの周辺をよく探すと、橙色と茶色をした蛇のようなものがサンゴや海綿の隙間に隠れているのが見つかります(写真14)。これはフトトゲヒトデという大型のヒトデの仲間で(写真15)、このヒトデがミズガメカイメンを食べてボロボロにしていくのです。私が潜っているときには、海綿を食べているヒトデは観察できませんでしたが、この状態を教えてくれたダイビングガイドの参木氏によると、夏頃には数多くのフトトゲヒトデが海綿に群がっている光景が見られたそうです。また聞くところによるとミズガメカイメンを食べているのはフトトゲヒトデだけでなく、オオフトトゲヒトデ(写真16)というさらに大型のヒトデもこれを食べているとのことです。これらのヒトデ類は過去にはあまり見かけなかった種で、普通に見られるようになってきたのは最近のように思われます。これらの増加も黒潮接岸による冬季の高水温が続いている影響でしょうか。イセエビを漁獲する「エビ網」でもこのフトトゲヒトデが毎日のように混獲されているので串本の沿岸全体でフトトゲヒトデは増えているようです。2004年以降大発生してサンゴに被害を与えているオニヒトデほどではないものの、潮岬西岸のミズガメカイメンはこの増加したフトトゲヒトデ類によって大変な被害にあっています。
今回は錆浦から少し離れてグラスワールドの魚類の様子やミズガメカイメンの危機について紹介しました。冬季の水温が高く、珍しい魚種の出現や成長を楽しんでいる私でも、このような事態になるのであれば、黒潮の接岸傾向もちょっと困ったものだと思えてきます。