串本海域公園について
串本海域公園の利用
串本海中図鑑
串本海域公園の話題
終わりに
黒潮の強い影響を受ける九州から房総半島にかけての太平洋沿岸では、南のサンゴ礁の海にも生息している熱帯系の魚たちを多く見ることができます。これらの魚たちの中には一年中見られ成魚にまで成長して繁殖をしているものもいますが、多くのものは卵や稚魚期に黒潮に乗って南の海から運ばれ、水温の高い季節だけ生育し、冬になって水温が下がると寒さに耐えられず死んでしまいます。このような魚たちをダイバーの間では「死滅回遊魚」などと呼んでいます。色鮮やかなもの多く、その出現情報は各地でよく話題になります。
串本海中公園センター前の海ではチョウチョウウオ類、スズメダイ類、ベラ類、ブダイ類、ニザダイ類などに熱帯系の魚種が多く出現します。とくに港から海中展望塔にかけての海域にはテーブル状や枝状のミドリイシ類が密生していて、ここがかれらにとって最大の生息地になっています。サンゴの林の中を多種多彩な熱帯魚の幼魚たちが泳ぎまわり、まるでサンゴ礁の保育園のようです。
これら熱帯魚の中で一番目を引くのがチョウチョウウオ類の幼魚です。1月10日に出現種の数を調べてみたところ、約100mの観察コース上に、トゲチョウチョウウオ13尾、アケボノチョウチョウウオ34尾、トノサマダイ18尾、フウライチョウチョウウオ5尾、ヤリカタギ20尾、ミゾレチョウチョウウオ18尾、アミチョウチョウウオ2尾、ニセフウライチョウチョウウオ2尾、ミスジチョウチョウウオ18尾、スミツキトノサマダイ5尾、セグロチョウチョウウオ1尾の11種119尾が観察されました。泳ぎながらの記録ですので、視界の外やサンゴの隙間などに隠れているものなども多く、もっと沢山のチョウチョウウオ類が周辺域に生息しています。観察された119尾のうち明らかに越冬したと思われる個体はトゲチョウチョウウオの4尾だけでした。他はすべて全長8 cm未満の幼魚です。こんなに沢山のチョウチョウウオ類の幼魚が見られる場所は国内でも珍しいのではないでしょうか。
観察日の水温は19.2°C。この水温が彼らにとって快適な温度なのかどうかは分かりませんが、大部分のものは元気に泳いでいるように見えました。中には体色が少し黒ずんでいるものも見られましたので、種あるいは個体によってはこの水温が彼らの生活に影響を与えているのかもしれません。これから日を追って水温が下がっていきますので、熱帯魚たちにとっては生死をかけた厳しい季節の到来です。その後1月13日に寒気団が南下し、14日の朝には水温が17.9°Cに下がりました。今黒潮が潮岬に接岸していて23°Cの温かい海水がすぐ沖合いを流れているのですが、外気の影響を受けやすい港の中ではさらに水温は下がると予想されます。
1月10日に観察された119尾のうち前年の冬を越したのはトゲチョウチョウウオの4尾だけでした。他の115尾は水温が上昇した5月以降に黒潮に乗って運ばれ、ここに定着したものです。これから水温が低くなる季節を迎えますが、サンゴへの依存度の強い魚たちですので、サンゴのない沖合いへの移動は考えられません。近年の暖冬傾向と黒潮接岸により冬の水温が上昇傾向にあり、越冬した熱帯魚が目立つようになりました。それでも、ここで見られたチョウチョウウオ類の幼魚たちのほとんどは冬を越せずに死んでいくものと思われます。
一万年以上前の縄文時代には今よりもずっと海水温が高く、串本の海は今の種子島くらいの温度環境にあったようです。当時の東京湾には現在の串本で見られるサンゴが沢山生息していました。串本の海は色鮮やかなサンゴ礁の魚たちであふれていたことでしょう。近年の温度上昇はかって地球が経験したことのない早さ進んでいるそうです。串本の海も意外と近い将来に彼らの生活に適した海になるかもしれません。その時は温暖化の原因となった人類の活動は衰退し、チョウチョウウオたちが元気に泳ぎまわっていることでしょう。今彼らを「死滅回遊魚」などと呼んで彼らを哀れんでいるのですが、先に死滅するのは私たちかもしれません。