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低炭素社会実現に向けた政策を探る

事例報告3欧州の事例にみる集住の現実
TAによる合意形成が重要に

ShiftN, Partner フィリップ・バンデンブルック氏

ベルギー在住のシステム思考・シナリオ手法専門家のバンデンブルック氏は、欧州におけるコミュニティの大規模移転を実施した事例について紹介しました。

その一つが、ドイツのノルトライン-ヴェストファーレン州にあるガルツヴァイラー村の移転問題です。この村には、巨大な褐炭(かったん)の露天掘りがあり、ここ100年にわたって採掘場の拡大とともに集落の移転が続いています。直近の計画では、2006年から2044年までの約40年間で、数回に分けて12の集落、合計8000人が移住することになっています。

「2006年に始まった3つの村落の移住は、効率的にうまく進んだ。その理由は、長年にわたって同様の移住政策を進めてきたために、ドイツ政府が教訓を蓄積していたからだ」とバンデンブルック氏は説明します。

その教訓とは次のようなものです。住民の移住が完了するまで、その集落が荒廃しないように継続的に投資を続けること。いつ、どこに移住するのかについて、住民の意見を聞く機会を設けること。そして、移転のスケジュールをきちんと管理して段階的に住宅を提供し、円滑に移住を進めることです。

「移住した後、つまり再建したコミュニティを、以前のコミュニティとできる限り似たものにすることも重要なポイントだ」と、バンデンブルック氏は強調します。街路のパターンやランドマークなどを以前と似たものにすることで、住民は生活条件が同じという印象を持ち、移住後の心理的ストレスを少なくできるからです。

もう一つの事例としては、フィンランドの首都ヘルシンキ郊外にあるエコ・ヴィーキ地区の開発プロジェクトが紹介されました。これは、新しく開発した都市への移住を促進した事例。欧州にいくつもあるエコシティの中でも、最も成功した都市の一つといいます。

エコ・ヴィーキ地区の開発プロジェクト

エコ・ヴィーキ地区の開発プロジェクトの写真。写真の説明は下記に記載。

ヘルシンキ市の郊外で実施された、環境的に持続可能な集住を実証するためのプロジェクト。約1万5000人が自発的に移住した。

エコ・ヴィーキ地区の開発が始まったのは90年初頭。ヘルシンキ市、フィンランド環境省などが中心となり、環境的に持続可能な集住実証プロジェクトとしてまず1700人の集住を進めました。それが結果的に、約1万5000人がここに自発的に移住したのです。

成功の理由について、バンデンブルック氏は次のように分析しています。まず、場所の選定が適切だったこと。経済活動の結節点であり、教育機関や研究機関など、質の高い仕事ができる場所なので、多くの移住希望者が集まりました。また、森林が背後にあり豊かな自然に恵まれていたことも、都市からの移住者にとって大きな誘引条件だったようです。さらに、移住者が30~40代の独身または2人世帯がほとんどで、均質な住民構成だったこともコミュニティを形成する上で有利に働いたといいます。

エコ・ヴィーキ地区の事例について、バンデンブルック氏は次のように総括します。「集住が成功した理由を一言でいえば、クオリティ・オブ・ライフ(QOL;生活の質)が高いということに尽きる。もちろんすべてがうまくいっているわけではなく、課題もある。現在、多くの難民が欧州に押し寄せており、民族の多様化の流れが加速するなかで、均質な住民で構成されているエコ・ヴィーキ地区のコミュニティは今後どうなるのか。いずれ検討しなくてはならない問題だろう」。

最後にバンデンブルック氏は、課題解決の手段としてのTAの重要性に言及しました。「利害の相反や対立は、コミュニティをつくる上で避けることはできない。だからこそ、参加型のTAが必要だ。さまざまな人が参加して議論することしか、問題を解決する方策はない」。

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