野生動植物の保全と持続可能な利用

アフリカゾウの生息状況

ゾウは哺乳綱長鼻目ゾウ科の動物で、現生ではサバンナゾウ(Loxodonta africana)、マルミミゾウ(シンリンゾウ)(Loxodonta cyclotis)、アジアゾウ(Elephas maximus)の計3種がいます。アフリカに生息するゾウは長くアフリカゾウ1種と考えられてきましたが、科学的知見の集積によって、アフリカ中央部及び西部の森林地帯にすむマルミミゾウ(シンリンゾウ)とそれ以外のサバンナゾウの2種として扱うことが一般的な認識となりました。アジアゾウはアフリカ産のゾウより一般的に小型で、南アジアと東南アジアに生息しています。草食動物であるゾウは多くの植物を食べ、生息環境や個体サイズにもよりますが、野生のゾウの成獣は一日に100~200kgも食べると言われます。

ゾウの生息状況は種や地域によって異なります。絶滅のおそれの度合いについても同様です。国際自然保護連合(IUCN)が生物種の生息・保全状況等を評価しているレッドリストにおいて、アジアゾウはEN(危機)に分類されています(※レッドリストにおける分類については文末の注釈(1)参照)。アフリカのゾウはこれまで1種としてVU(危急)と評価されて来ましたが、2021年3月に公表された最新版IUCNレッドリストの評価ではサバンナゾウとマルミミゾウの2種に分けられ、サバンナゾウはEN(危機)、マルミミゾウはCR(深刻な危機)とされました。いずれの評価も、大陸全体でみた場合の個体数の減少率(個体数や分布面積の値そのものにかかわらない絶滅のおそれの評価基準A)によって判断されています(※評価の詳細は文末の注釈(2)①参照)。

一方で、IUCNが2016年に発表した国ごとのゾウの個体数についての報告書(※文末の注釈(2)②)では、アフリカ大陸全体に生息するゾウ(※当該報告書ではシンリンゾウとサバンナゾウを区別していません)は2015年時点で約41万5000頭が生息しており、その70%以上がサバンナゾウのみの生息地である南部アフリカに生息していると推定されています。ワシントン条約でも、ボツワナ、ナミビア、南アフリカ、ジンバブエの4カ国のアフリカゾウ個体群は、附属書II(※現時点で絶滅のおそれはないが、国際取引を規制しないと絶滅のおそれが生じる可能性があり、国際取引が許可制となっている種のリスト)に掲載されています。

サバンナゾウ及びマルミミゾウの生息を脅かす要因として、IUCNレッドリストの評価ではそれぞれ以下のように密猟と土地利用の変化による生息環境の喪失と断片化があげられています。(※文末の注釈(2)①のThreat(脅威)の環境省仮訳)

サバンナゾウに対する脅威

「象牙を目的としたサバンナゾウの密猟は、個体の死亡と個体数減少の主な要因である。1970年代後半から1989年にかけて激しい密猟が続いた後、多くの個体群(例えばケニアやタンザニア、ザンビア、ウガンダなど)は20年~30年間かけて回復を見せている。しかしながら、アフリカ北部における個体群は、過去30年間にわたり、持続的な密猟の圧力にさらされている。ワシントン条約によるゾウの違法捕殺監視(MIKE)プログラムの一環として収集されたデータによると、2008年から大陸規模で激化した密猟は、2011年にピークに達したものの、一部の地域では依然として持続不可能なほどの高い水準で現在まで続いていることが示唆されている。このような傾向は、従来、あまり影響を受けてこなかったアフリカ南部の一部の個体群においても強まっている可能性がある。人間による急激な土地利用の変化によってサバンナゾウの生息地の直接的な喪失と断片化が進展しており、分布域のすべての個体群に対する一層の脅威になっている。土地の転換は、経済の発展と技術の進歩によって現在も進む人間の活動域の拡大とそれに伴う農業およびインフラ開発の産物である。このような傾向は、人間とゾウの軋轢に関する報告の増加という形で顕在化している。アフリカで予測されている人口の増加は、今後数十年の間に大陸規模で土地の転換が一気に加速することを示唆しており、この脅威を増大させる可能性がある。」

マルミミゾウに対する脅威

「象牙目的の密猟は現在、マルミミゾウの主な死因であり、1970年代に行われた最初の調査から今日に至るまでの調査結果から、多くの場所で密猟の圧力が続いていることが明らかになっている。ワシントン条約によるゾウの違法捕殺監視(MIKE)プログラムの一環として収集されたデータによると、2008年から大陸規模で激化した密猟は、2011年にピークに達したものの、一部の地域では依然として持続不可能なほどの高い水準で続いていることが示唆されている。生息地の直接的な喪失と断片化を進展させる急激な土地利用の変化は、アフリカゾウの分布域の全体において、一層の脅威になっている。土地の転換は、経済の発展と技術の進歩によって現在も進む人間の活動域の拡大とそれに伴う農業およびインフラ開発の産物である。このような傾向は、人間とゾウの軋轢に関する報告の増加という形で顕在化している。アフリカで予測されている人口の増加は、今後数十年の間に大陸規模で土地の転換が一気に加速することを示唆しており、この脅威を増大させる可能性がある。」

注釈(補足情報)

※外部リンク先の資料は全て英文です。

(1)IUCNのレッドリストにおける絶滅危惧度合い

IUCNのレッドリストにおける絶滅危惧度合いは、絶滅のおそれの大きい順に、CR(Critically Endangered:深刻な危機)EN(Endangered:危機)VU(Vulnerable:危急)のカテゴリーが設けられています。

(2)各種の評価等に関するより詳しい情報

①IUCN レッドリストおける各種の評価

※1 Gobush, K.S., Edwards, C.T.T, Balfour, D., Wittemyer, G., Maisels, F. & Taylor, R.D. 2021. Loxodonta africana. The IUCN Red List of Threatened Species 2021: e.T181008073A181022663.

※2 Gobush, K.S., Edwards, C.T.T, Maisels, F., Wittemyer, G., Balfour, D. & Taylor, R.D. 2021. Loxodonta cyclotis. The IUCN Red List of Threatened Species 2021: e.T181007989A181019888.

※3 Thouless, C.R., Dublin, H.T., Blanc, J.J., Skinner, D.P., Daniel, T.E., Taylor, R.D., Maisels, F., Frederick, H.L. & Bouché, P. (2016). African Elephant Status Report 2016

アフリカゾウと地域住民(ヒトとゾウの軋轢)

ここでは、タンザニアで活動されている岩井雪乃先生(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター)によるコラムをご紹介します。

アフリカゾウの脅威と生きる人びと
~人と動物との共生の模索~
written by 岩井雪乃

ゾウ獣害問題

日本の多くの人びとは、アフリカゾウは絶滅の危機に瀕していて、保護すべき動物だと思っているのではないだろうか。しかし、アフリカの中には、ゾウの保護に成功して、その個体数が増え、今では村に入ってきて住民の生活を脅かすようになってしまっている地域もある。

タンザニア連合共和国のセレンゲティ国立公園は、タンザニア政府と地域住民の尽力により、ゾウの保護に成功している保護区の一つである。セレンゲティのゾウ個体数は、1989年に500頭に減少していたが、ワシントン条約によってゾウの国際取引が禁止された後は順調に増え、2014年には6千頭と推定されている※1。

しかし、このゾウの増加とともに生じているのが「ゾウ獣害問題」である。セレンゲティ国立公園に隣接する農村では、ゾウが畑の作物を食い荒らし、さらには人を殺す事件も起こっている。例えば、セレンゲティ国立公園に隣接する県の一つであるセレンゲティ県は、30村(人口合計9万人)がゾウによる農作物被害に遭っており、2019年は過去最多の7名がゾウに殺された。半年かけて育ててきた作物が、一夜にしてゾウに食べられてしまったら、農民は貧困に陥り、生きていく食糧を確保するのに精一杯になる。衣食住の質を低下させ、さらには教育費や医療費も削ってでも生きるために食糧を確保することになり、生活の質が著しく低下する。また、ゾウによる死亡事件は村の中で起こっているため、居住地の周辺でさえも安心して歩くことができなくなり、常にゾウ来襲の恐怖にさらされている。このような被害は、2000年代以降、タンザニアの動物保護区に接する多くの県で増えている。

村びとによる対策——ゾウ追い払い隊——

ゾウ被害に遭っている村の一つであるミセケ村では、ゾウの襲来は年間134日に達しており(2018年筆者調査)、外部からの助けを待っていたのでは生活が成り立たない。そこで農民たちは、自分たちで畑と命を守るために「ゾウ追い払い隊」を組織している。ゾウは、人が寝静まった夜を狙って畑にくるため、追い払い隊は、毎晩毎晩、村に近づいてくるゾウを徹夜で見張っている。雨の日も風の日も寒い日も、休むことはできない。ゾウを発見すると20人ほどで取り囲んで、銃声に近い爆音のする手作りの爆竹器を使ってゾウを脅かして保護区へ戻す(農民たちは、例え威嚇だけでも銃を使うと、密猟者とみなされて逮捕されてしまうため、銃そのものを使うことはできない)。

この追い払い活動によって、ミセケ村ではゾウの被害を大きく軽減することができている。しかし、追い払い活動は、多大な負担を農民に負わせているため、持続可能な対策とはいえない。ゾウから逃げる際の負傷、徹夜が続くことによる体力低下と健康状態の悪化、爆竹器や懐中電灯など装備の費用、他の経済活動を行う機会の損失などである。農民は、追い払いの負担が取り除かれる抜本的な対策を求めている。

サバンナのゾウの写真:乾季のサバンナの村の低木の葉を食べる1頭の。中央に食事中のゾウがおり、ゾウの後方には1階建て横長にトタン製のような三角屋根の建物がある。ゾウの周りにはまばらに低木が映っているが、いずれも葉がなく枝と幹のみであり、一部はゾウの足下で倒れている。

村に侵入する象

ゾウ追い払い隊の集合写真:タンザニアのミセケ村の住民で夜にゾウを追い払うために野外に集まった15名程度が、各々に追い払いの道具を手に集合している。カメラに向かって笑っている住民が3、4名おり、中央の1名は右手を挙げて笑っているが、反対に険しい表情の住民もいる。服装は様々で、長袖、半袖、タンクトップと色も多様で、住民が手にしているのは、先端が爆竹になっている黒く細長い1m程度の棒と鉈。

ゾウ追い払い隊

対策としての個体数管理

獣害対策では、以下の3つの対策を総合的に実施することが必要だとされている。すなわち、1.農地への接近対策、2.加害動物の生息環境管理、3.加害動物の個体数管理、である※2。2.や3.を実施するには、国家レベルの野生動物管理政策が必要になるが、タンザニア政府はゾウを対象に含む獣害対策国家戦略を2020年に策定したばかりで、現時点では、住民によって対症療法的に1.が実施されているのみである。

国立公園に生息する動物は、政府が対策を実施するべきである。ゾウ獣害管理に成功している南アフリカ共和国のクルーガー国立公園では、政府が1.として電気柵を設置し、被害発生を抑えている。ただし、公園内のゾウ個体数が増え続けているので、植生が劣化していると報告されており、このままでは2.の生息環境を保てなくなる可能性がある※3。どこかの段階では、3.個体数管理という手段も必要になってくると考えられる。タンザニア政府によるゾウの保護の成果は素晴らしいものである一方、人と野生動物が共生する社会を作るためには、成功の裏で生じている獣害について、3つの対策が総合的に行われることが求められている。

※1 Tanzania Wildlife Research Institute (TAWIRI) 2015 Population Status of Elephant in Tanzania 2014. TAWIRI Aerial Survey Report

※2 寺本憲之 (2018)『鳥獣害問題解決マニュアル―森・里の保全と地域づくり―』古今書院.

※3 South African National Parks (SANParks) (2012) Elephant Management Plan Kruger National Park 2013-2022 [PDF 1.9MB]

※本コラムは有識者のご意見の一つとしてご紹介するものです。