野生動植物の保全と持続可能な利用

保全のための手段としての持続可能な利用

私たち人間の暮らしは、野生動植物が日光、大気、水、土壌等とともに形成する複雑な生態系の中にあります。野生動植物は生態系を支えるとともに、食料、衣料、医薬品等として資源利用され、さらに学術研究、芸術、文化の対象として、生活に潤いや安らぎをもたらす存在として、私たちの豊かな生活に欠かすことのできない役割を果たしています。

このような役割をもつ野生動植物について、利用を禁じて保護する方法があると同時に、利用すること自体に種や生態系の保全と地域社会の発展の手段となる可能性や有用性があるという考え方を元にした取組みが国際的に進められています。

1973年に採択されたワシントン条約は、様々な要因により存続が脅かされている野生動植物種について、条約の前文[PDF 266KB]に明記されているように、過度に国際取引に利用されることのないよう国際社会が協力して取引規制をおこなうことにより、野生動植物の保全を図る仕組みとして設計され発展してきた条約です。

ある野生動植物種について、ワシントン条約に基づく国際取引の規制によって保全するという目的を達成するには、生息国によってそれぞれ異なる生息状況、保全のための手法や法制度、違法取引を含む国際取引の状況を把握・理解して対応することが重要です。

過度な取引が野生動植物種の存続に危機をもたらす一方、ある野生動植物種の国際取引がもたらす経済的利益は、その種を将来にわたって存続させようとする強い動機につながることから、持続可能な利用は保全手法のひとつとなり得ます。ワシントン条約の第8回締約国会議(1992年)で採択された決議8.3(野生生物の取引の利益の認識)でも「商業取引が当該種の存続を脅かさない程度に行われた場合に、それが種と生態系の保全及び現地の人々の発展に利益をもたらす可能性があることを認め」ると述べられており、野生動植物の利用がもたらしうる有用性を認識しています。実際に、ワシントン条約の附属書に掲載された種について、適切に管理しながら商業利用することで、野生下の個体数の増加や地域住民の雇用・収入の確保に成功した締約国の事例が報告されています。このように、野生動植物の利用は、保全のために活用できる手段の1つであり、必ずしも保全と対立するものではありません。

国際社会における「持続可能な利用」

ワシントン条約が実現しようとする利用、すなわち「種の存続を脅かすことのない取引」を包含する概念として「持続可能な利用」があります。「持続可能な」(sustainable)という概念は、ワシントン条約の採択から7年後の1980年に国際自然保護連合(IUCN)、国連環境計画(UNEP)などが取りまとめた「世界保全戦略[PDF 5.3MB]」の中で「持続可能な開発(発展)」「持続可能な利用」等として初めて提唱されたものです。更にその7年後の1987年に、国連に設置された環境と開発に関する世界委員会が公表した報告書「Our Common Future[PDF 4.0MB]」(ブルントラント・レポート)が「将来の世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズも満たす開発」と説明して広く世界の支持を受けた、「持続可能な開発(発展)」の概念を契機に広がったものです。この概念は、環境と開発は不可分の関係にあり、開発は環境や資源という土台の上に成り立つものであって、持続的な発展のためには、環境の保全が必要不可欠であるという考えに立って提唱されました。

その後、1992年には国連環境開発会議(地球サミット)が開催され、「持続可能な開発」の達成に向け21世紀に向けた取り組みの原則として「アジェンダ21」を採択し、同年に生物多様性に関する事項についての一般原則を広く定める生物多様性条約が採択された時には、締約国が「自国の生物の多様性の保全及び自国の生物資源の持続可能な利用について責任を有することを再確認」(前文)するなど「持続可能な利用」という概念を明確に取り入れただけでなく、「この条約は、生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分をこの条約の関係規定に従って実現することを目的とする。」(第1条)として、持続可能な利用を保全等と並ぶ目的の1つとして掲げました。

生物多様性条約は持続可能な利用を「生物の多様性の長期的な減少をもたらさない方法及び速度で生物の多様性の構成要素を利用し、もって、現在及び将来の世代の必要及び願望を満たすように生物の多様性の可能性を維持すること」(第2条)と説明し、生物多様性の構成要素である生態系、種、遺伝子を対象に、持続可能な利用を実現するために締約国が実施すべきことを規定しています。一方で、ワシントン条約は種に特化し、その国際取引を規制するための国際協力に必要な仕組みを具体的に提供しているという点で違いがありますが、生物多様性条約における考え方にも沿いながら条約の取り組みを進めており、生物多様性条約の枠組みにおいて採択された決議等の履行をワシントン条約においても進めるための決議(例:決議13.2)も採択されています。

このような考え方は、2015年の国連総会で採択された2030年までの世界的な目標である「持続可能な開発目標[PDF 596KB]」(Sustainable Development Goals/SDGs)にも通ずるものです。SDGsは17のゴールとゴールに関連付けられた169のターゲットから構成されています。SDGsについてワシントン条約との関係に着目すると、様々なゴールとの間に関わりがあることが見えてきます。例えば、ゴール15(陸の豊かさを守ろう)の「15.7 保護の対象となっている動植物種の密猟及び違法取引を撲滅するための緊急対策を講じるとともに、違法な野生生物製品の需要と供給の両面に対処する」や「15.c持続的な生計機会を追求するために地域コミュニティの能力向上を図る等、保護種の密猟及び違法な取引に対処するための努力に対する世界的な支援を強化する。」があり、ゴール15以外にもゴール1(貧困をなくそう)、12(つくる責任つかう責任)、14(海の豊かさを守ろう)、16(平和と公正をすべての人に)、17(パートナーシップで目標を達成しよう)を含め、合法で持続可能な野生生物の利用がSDGsの多くのゴールやターゲットの達成に貢献することが示されています。