ワシントン条約とは

締結国会議におけるこれまでの議論と日本の取り組み

ワシントン条約の重要決議について

1976年の第1回以降、2~3年毎に開催されているワシントン条約(CITES)の締約国会議では、条約運用上の様々な課題が審議され、その結果が決議(Resolutions)または決定(Decisions)として採択されます。

決議は通常、長期にわたる指針の提供を目的としており、条約の条項の解釈に関する指針、常設委員会をはじめとする各種委員会の設置、事務局予算、取引管理の規則、長期にわたる条約遵守プロセスの設定に関する文書などが含まれます。決定は通常、次回締約国会議までに事務局や各種委員会、締約国が行うべき作業を定めています。

ここでは、これまでに採択され、現在も有効な決議のうち、ワシントン条約の考え方や役割を理解する上で重要なものを紹介します。なお、決議番号は何回目の締約国会議で採択された何番目の決議であるかを表しています。

野生生物の取引の利益に関する認識(決議8.3)

ワシントン条約の附属書掲載種は経済的・商業的価値を有しますが、その中にはゾウやワニなどのように人間の生計に危害を及ぼすことがあり住民との共存が難しい種があります。このような軋轢がない種であっても、経済的余裕のない国や地域では、利用の禁止により合法的な経済的・商業的価値が付与されない場合、その種と生息・生育地を積極的に保全しようという動きは起きにくくなります。

本決議は、第7回締約国会議(1989年)におけるアフリカゾウ全体の附属書Ⅰ掲載(すなわち商業取引の禁止)を巡る論議で示されたように、野生動植物の商業取引が種の保全に負の影響を及ぼすものでしかないという考え方が強まってきたことに危機感を抱いた南部アフリカ諸国が第8回締約国会議(1992年)で提案し採択されたものです。

この決議には、野生動植物種の商業取引が、取引から生ずる経済的利益を、保全のための資金として活用し、また、当該種と共存する住民の生活向上に役立てることで、種と生息・生育地の保全に対する支持協力を得やすくし、種の保全に貢献できる可能性があるという、ワシントン条約の役割に関する非常に重要な考え方が含まれる決議です。

附属書Ⅰ及びⅡの改正基準(決議9.24)

第1回締約国会議(1976年)で採択された附属書掲載基準(通称ベルン基準)には、絶滅のおそれを判断する客観的基準が示されておらず、恣意的な附属書改正が行われる、規制を厳しくすることは容易だが逆は難しい、などの問題がありました。そのため、第8回締約国会議(1992年)に南部アフリカ諸国から提出された新基準案を元に、常設委員会や動植物両委員会などによる検討を経て、第9回締約国会議(1994年)で本決議が採択されました。その後、特に水生生物の扱いに関する改正が加えられ、現在に至っています。

この決議には、附属書Ⅰ・Ⅱ掲載のための基準(付則1及び2)、特別事例(同3)、予防措置(同4)、定義・注釈・ガイドライン(同5)、附属書改正提案様式(同6)の6項目にわたる付則があります。本文と付則4の予防措置には「ある生物種の生息状況について、また、取引がその種の保全に及ぼす影響について不確実性がある場合、締約国は、附属書改正提案の審議に際して、当該種の保全にとって最善となるよう行動し、その種に対して予想されるリスクに相応した方策を採用するものとする」と述べられています。不確実性がある場合に国際取引の制限を強化すべきとはされておらず、制限の強化(例えば附属書ⅡからⅠへの移行により、商業取引を原則禁止すること)が保全にとって望ましいとは限らないという考え方が示されています。

生物多様性の持続可能な利用:アディスアベバ原則及びガイドライン(決議13.2)

ワシントン条約との関わりが深い「持続可能な利用」という用語は、生物多様性条約の第 2 条で、「生物の多様性の長期的な減少をもたらさない方法及び速度で生物の多様性の構成要素を利用し、もって、現在及び将来の世代の必要及び願望を満たすように生物の多様性の可能性を維持することをいう」と定義されています。

本決議は、ワシントン条約締約国の大部分が生物多様性条約の締約国でもあることから、ワシントン条約の締約国に対し、種の存続を脅かさないことの認定(決議16.7の項を参照)を行うプロセスの採用、及び認定の実施に際して、生物多様性条約の第7回締約国会議(2004年)において採択された「生物多様性の持続可能な利用に関するアディスアベバ原則及びガイドライン[PDF 147KB]」(※)を利用することを求めるものです。

※政府、資源管理者、先住民及び地域社会、民間部門などによる生物多様性の利用が長期的な生物多様性の損失につながらないよう支援するための14の原則と実施上のガイドライン。生物多様性条約の2つ目の目的である生物多様性の持続可能な利用について基本的な考え方をまとめたもの。

条約と生計(決議16.6)

条約の前文には「国民及び国家がそれぞれの国における野生動植物の最良の保護者であり、また、最良の保護者でなければならないことを認識し」と書かれています。しかし、ある野生動植物種についての附属書改正が、原産国の住民による当該種の利用を制限し、その生計に大きな影響を及ぼすことがあります。

本決議は、第13回締約国会議において決議8.3「野生生物の取引の利益の認識」が改正され、「締約国会議は…CITES附属書への掲載を決定するにあたっては、貧困層の生計に及ぼす潜在的な影響を考慮すべきであることを認識する」と明記されたことを受け、常設委員会に設置された作業部会「CITESと生計」による検討結果をふまえ、この問題についての勧告が記述されたものです。勧告内容は、地方共同体への権限付与、諸政策の実施を可能にすること、野生生物違法取引への対処における地方共同体の積極的関与、生産システムの野生動植物の生息域内から域外への移行に伴う潜在的問題、となっています。

種の存続を脅かさないことの認定(決議16.7)

条約第3条二(a)及び第4条二(a)には、附属書Ⅰ及びⅡ掲載種について、輸出許可書の発給条件として「科学当局が、標本の輸出が当該標本に係る種の存続を脅かすこととならないと助言したこと」とあります。また、第4条三には、附属書Ⅱ掲載種について、「科学当局は…その属する生態系における役割を果たすことのできる個体数の水準及び附属書Ⅰに掲げることとなるような…個体数の水準よりも十分に高い個体数の水準を…分布地域全体にわたって維持するためにその標本の輸出を制限する必要があると決定する場合には…適当な管理当局に…輸出許可書の発給を制限するためにとるべき適当な措置を助言する」と書かれています。

これらの規定を遵守するために、附属書掲載種の輸出に当たり、輸出国の科学当局は、種の存続を脅かさないことの認定を科学的根拠に基づいて行うことが求められます。本決議は、種の存続を脅かさないことの判定に際して科学当局が考慮すべき概念と拘束力をもたない原則、及び参照資料を勧告し、締約国に対しては種の存続を脅かさないことの認定を行うために必要な施策を奨励し、事務局に対してはワシントン条約ウェブサイトにおける関連情報の収集整備などを指示するものです。

なお、本決議と関係が深い決議として、条約第4条の規定を遵守していない可能性がある附属書Ⅱ掲載種について、状況を明らかにし、必要な場合には改善するための手続きを定めた決議12.8「附属書Ⅱ掲載種の標本の重要取引レビュー(COP18で改正)」[PDF 370KB]があります。

条約の目的達成のための日本の取り組み(ESABII)

生物多様性情報の整備と分類学の能力向上を通じて、東・東南アジア地域における生物多様性保全と持続可能な利用、また、生物多様性に関する科学的基盤の強化や愛知目標の達成に貢献することを目指して、2009年(平成21年)、東・東南アジア地域の14カ国及び関係機関を構成メンバーとする「東・東南アジア生物多様性イニシアティブ(ESABII)」が設立されました(事務局:環境省自然環境局生物多様性センター)。

ESABIIでは生物多様性保全のために必要な分類学の知識と能力を持つ人材を育成すべく、若手研究者や生物多様性保全に携わる行政官を対象とした研修の実施、研修マニュアルや東南アジアの取引に頻出する種の識別シート等の開発、人材・組織及び情報のネットワークの促進等に関する活動をしてきました。

そのような活動の一環として、環境省では、ワシントン条約(CITES)附属書に掲載された希少野生動植物の取引の現状や識別方法等を学び、自国における分類学能力の構築に貢献できる講師を育成するための「CITES掲載種分類学能力構築」研修を、2011年(平成23年)から主催しています。同研修では、CITES事務局関係者や、違法取引防止の現場で活躍する行政官等を講師として招聘し、講義やグループワーク、フィールド実習等を通じて、CITESの近況や各国における違法取引の実情、また、それらへの対応等の知見を研修生に提供しています。

講義研修の写真:ホテルのバンケットルームのような会場にスクリーンをおいて講義をしている様子。スクリーンを囲んでコの字型にテーブルが配置されており、スクリーンの左側のテーブルで講師の男性が立ってスクリーンを見ながらマイクを片手に説明している。対面のテーブルに受講生が3名が座っている。

講義の様子

グループワーク研修の写真:テーブルを中央に男性受講生6名でグループワークをしている。テーブルの奥のホワイトボードに向かいうち1名が記録を書き込んでいる。その手前テーブルを5名が囲んでおり、左側の受講生2名はパソコンの画面を確認しながら相談している。ホワイトオードの後ろでは事務局と思われる男性が立っており、その右隣で座っている女性と会話している。

グループワークの様子

屋外研修の写真:建物の外側に15名程度の参加者が集まりフィールドワークをしている。手前には生きものが入っていると思われるプラスチックボックスが地面に置かれており、衣装ケースサイズ2個と書類サイズ程度の箱が4個ほどある。ボックスを囲む形で参加者が立っており、ほとんどの参加者がマスクをしている。右側には屋外用テーブルが2つ見切れており、上には緑の洗面器が1つと衣装ケースサイズのボックスが1個置かれている。

フィールド実習の様子

ゾウに関する日本の取り組みについては条約の目的達成のための日本の取り組み(MIKEプロジェクト)をご覧ください。