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最終回 地球の未来を見つめる大陸からのメッセージ

2006年3月21日


 南極観測船しらせは、東経150度の海洋観測地点から、南極大陸に背を向けて北上し、シドニーに向かって進み始めた。

 船の上でよく思い出す光景がある。昭和基地の北に面した海氷を東西に行き来するアデリーペンギンの姿である。ペンギンの通り道になっているようだ(写真1(「番外編1 昭和基地に現れたペンギン」より))。
 アデリーペンギンが南極に生息を始めた歴史に比べると、我が国が昭和基地を拠点に観測を始めたこの50年というのは、とても短い期間である。突然この地に現れて、活動を始めた我々は、ペンギンの目にはどのように映っているのであろうか。我々は、現在、今後と、彼らにとって良き隣人であることはできるであろうか。

写真1

 南極地域は、我々の前に様々な表情を見せてくれた。風のない澄み渡る快晴の空に沈まない太陽(写真2(「第5回 観測船しらせの正月風景」より))、青空に映える氷瀑(写真3(「第4回 スカーレン大池での湖沼調査」より))、群生する蘚苔類(写真4(「第9回 ラングホブデの雪鳥沢(1)」より))など、夏期ならではの南極の穏やかな表情を見ることができた。その一方で、生存競争の激しさ(写真5(「第8回 オングルカルベン島のペンギンルッカリー観察」より))という厳しい側面もあった。そして、強風(写真6(「第12回 昭和基地をきれいに!~環境保全の取組(1)」より。なお、このとき、南極大陸上ではブリザードとなった。))、夏期の終わりに近づき、日ごとに結氷が進む海(写真7(「第14回 さらば昭和基地」より))、そして、今後訪れる極夜(1日中太陽が水平線から出ない期間)の話を聞くと、南極は人間が生きるには過酷な場所であることを感じた。
 南極地域のもつこうした多様な側面をあわせた総体こそが、保護の対象となっている地球上に残された原生的な自然である。しかも、これらの自然がある南極地域は、どこの国の領土あるいは財産でもなく(※注)、自然そのものが重要であるとの国際的な共通認識のもとに保護されているのである。
 こうしたことを具体的に意識、理解してもらうことが、みなさんに南極地域の自然環境のすばらしさやその保護の重要性を理解してもらう上で重要だと考え、このホームページを作成してきた。

写真2 写真3
写真4 写真5
写真6 写真7

 南極地域における環境保護制度の骨格は、あらゆる活動について、事前に環境影響評価が必要とされることである(詳細は「第7回 昭和基地における設営活動について」を参照)。南極条約環境保護議定書に基づいて、各締約国が策定した南極環境保護法に従って、自国の活動に対して環境影響評価を行う。一定以上の影響が見込まれる大規模な活動の場合は、南極条約協議国会議で審査されるなど、国際協力で環境保護を行う体制が整えられている。

 さらに、南極条約協議国会議では、南極条約や議定書を補足する取決めが勧告や措置として採択される。特に、基地が周辺環境に与える影響をモニタリングするための計画立案を各国に求める勧告(1989年)は、環境保護の観点では代表的なものである(「第11回 南極環境保護モニタリング技術指針作成の予備調査」を参照)。
 遅くとも3年後には、この勧告が発効する見込みであることを踏まえ、2005年にはモニタリングに関する知見が少ない国に向けてその趣旨や流れを平易に解説したガイドラインの作成がなされた他、モニタリングデータの国際的な共有化に向けた取組が並行して継続されている。発効すれば、事前の活動の環境影響評価に加え、南極地域全体で、基地が周辺に与える恒常的な環境影響の有無も把握できる体制が整うことになる。

 南極地域の自然環境をその厳しさも含めて総体的に理解して保護の重要性を認識すること、環境影響評価制度を着実にすすめること、そして、さらなる環境保護の国際的な取組に積極的に貢献することが必要である。我が国もこれらを継続することが重要であり、それによって、ペンギンたちの良い隣人となり続けると思う。
 今、我々は、オゾン層破壊や海洋汚染の防止、酸性雨や黄砂などの越境大気汚染の問題、森林保護、砂漠化問題への対処など、地球規模の環境問題に直面し、対応に迫られている。そうした中で、環境問題に対策や保護の必要性と重要性を見出し、それを共通認識に高め、国際協力によって確固たる環境保護制度を構築し、実践している南極は、様々な地球環境保護に関する取組の未来像のひとつを提供しているのではないか、-そう、南極は、地球の未来を見つめる大陸であると感じた。
 
 しらせは、南緯60度を過ぎ、3月21日にシドニーに到着する予定である。このホームページの作成にご協力いただいたみなさまに感謝し、終わることにしたい。
 

※注…南極条約第4条により、現在、南極地域における領土権の主張は凍結されている。

(了)