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第10回 ラングホブデの雪鳥沢(2)

2006年2月3日

雪鳥沢の生物調査

 今回は、雪鳥沢の生物調査に同行した時の様子を紹介したい。雪鳥沢は、大陸南極から流れ出している氷河の先端から、露岩の谷をとおり、海へと流れ出る東西に延びる約2.5km程度の沢である(図参照)。


陸上生態系長期モニタリング

 雪鳥沢の蘚苔類と地衣類群落に、ペグが4本、1辺30cmの正方形の形で打たれている(写真1)。これが、植生変化をモニタリングするための永久コドラートである。地衣類は26ヶ所、蘚苔類は28ヶ所、藻類は1ヶ所のコドラートが設置されている。
 雪鳥沢で行われている陸上生態系長期モニタリングは、まず、地図やGPSの記録をたよりにコドラートを探すことから始まる。見つけると、写真を撮影して、ペグの欠損など気づいた状況を記録する(写真2)。コドラートは、大きな岩やれきの裏に隠れていたりして、見つけるのも一苦労である。
 また、雪鳥沢には気象観測装置が設置してあり、風向、日射、気圧、紫外線などを通年で計測している。今回は装置のバッテリー交換や観測記録の回収もあわせて行われた(写真3)。
 各コドラートの地衣類、蘚苔類、藻類の変化を写真から調べるとともに、気象観測のデータとあわせて、気候変動と植生の変化の関係の解明が試みられているのである。

写真1:コドラートの様子 写真2:モニタリング調査
写真3:気象計のメンテナンス  

雪鳥池の湖沼調査

 岩やれきに覆われた急な沢を登りきると、湖が現れる(写真4)。雪鳥池である。ここでも、湖沼の調査を行った。ゴムボートに乗り、最も深いと考えられる位置を探索し、観測地点として決める。測深器で水深を測りながら、湖の中心付近を廻った結果、深さ7.2mの地点を観測地点とした。この地点で、水温やpHなどを観測機で計測した他、湖底堆積物を採取した。
 私は、透明度の計測を手伝った(写真5)。白い丸い円板を水中に沈めていき、その円板が見えなくなるときの水深を記録するのである。ボートから見る湖面は緑色をしていたため、透明度は低いのではないかと思ったが、意外にも、計測結果は7.2m。つまり、湖の底まで見えているのである。

写真4:雪鳥池 写真5:透明度を測る(高野隊員撮影)

雪鳥沢のユキドリ

 雪鳥池を過ぎると、沢の傾斜は緩やかになる。この場所では、トウゾクカモメに捕食されたユキドリの死骸が、多く観察された(写真6)。トウゾクカモメはユキドリを羽だけ残して食べてしまうのである。
 雪鳥沢という名称は、この沢に生息する数千羽というユキドリの数の多さに由来しているというが、空を舞うユキドリは、調査期間中数羽ほどしか見ることができなかった。
 ユキドリは、トウゾクカモメから捕食されるのを避けるために、岩陰にじっと隠れているのであろうか。ユキドリとトウゾクカモメの相互関係により、これらの生息数には、数年もしくは数十年と言う長さで変動があるのかもしれない。

写真6:捕食されたユキドリ

氷河沢奥の氷河

 雪鳥沢の最も奥は、大陸から流れ出てきた氷河の先端部分となっている(写真7)。氷河の中には水が流れており、これが雪鳥沢の水の源となっている。この奥は延々と南極大陸の氷河が続いている。

写真7:雪鳥沢最奥部

南極特別保護地区と調査観測

 コドラートや気象観測装置の設置、そして野外調査は、生態系に対して一定の負荷も与えることになる。しかし、設置した工作物を適切に管理するとともに、自然環境に与える影響を最小限に抑えるように配慮した調査を行うことによって、特別保護地区として指定された環境上の価値や科学上の価値(日本が主に南極地域観測事業を展開しているリュッツォ・ホルム湾内でも特に豊かな植生を持っており、科学的調査が長期間、継続して実施されていること)を維持することが可能となるである。

(了)