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第3回 昭和基地に到着

2005年12月30日

昭和基地へ到着

 乱氷帯をすすむ「しらせ」をあとに、昭和基地での観測・設営活動を始める隊員とともに、私は、12月18日(土)朝にヘリコプターで昭和基地へ向かうこととなった(写真1)。
 ヘリコプターが「しらせ」から離れると(写真2)あっという間に見えなくなり、窓の外は果てしなく続く白の世界となった(写真3)。20分程度後、昭和基地のヘリポートに到着し、昭和基地にいる第46次越冬隊の出迎えを受けた(写真4)。

写真1:しらせのヘリコプター 写真2:しらせからの離陸
写真3:ヘリコプターからの風景 写真4:第46次越冬隊

 昭和基地は、大陸の東オングル島(写真4)にある。早速一緒に到着した観測隊員とともに、昭和基地を散策した。昭和基地の中心部は、北の浦に面した海沿いにあり、管理棟や居住棟、また気象棟や観測棟などの観測施設がある(写真5)。昭和基地についたばかりの私たち第47次隊は、当分は基地中心部から南にある夏隊宿舎に宿泊する(※註1)(写真6)。

写真5:昭和基地中心部(管理棟と居住棟) 写真6:第1夏隊宿舎

 昭和基地の地面は、茶色をした岩や砂礫で覆われて(主に片麻岩という種類の岩石からなる。)荒涼としている。地形図を見て受けた印象よりも、一つ一つの山や峠の起伏が大きい。基地の施設がある範囲は思ったよりも手近で、十分歩き回ることができる。日が照ると日差しは強いが、吹く風は冷たく、手がかじかみ、耳がすぐに痛くなる。気温は5度前後。まるで、3000m位の高い山の上にいるようだ。

 私の環境省での担当は「南極地域の環境の保護」であるが、これまで南極を本、文書、地図や写真を頼りに思い描くだけであった。しかし、今ようやく、初めて自分の中で「南極」を具体的なイメージとして納得できた。

昭和基地にある「南極史跡記念物」

 散策の途中、基地中心部の北の浦に面した場所に、ひっそりとたたずむ記念碑を見つけた(写真7)。これは、1960年の第4次南極地域観測隊で、犬(※註2)の餌付けや調査用そりの点検のため、ブリザードの中に建物の外に出て消息を絶った福島隊員を偲ぶもので、通称「福島ケルン」と呼ばれている。この記念碑は、南極地域の環境の保護に関する法律により、歴史的に価値のあるものとして「南極史跡記念物」に指定、保護されている(※註3)。

写真7:福島ケルン

 夏場は昭和基地も穏やかな日が多いが、冬を中心に気候は極めて厳しい。こうした事故を教訓として、観測隊では野外調査や作業中に安全を確保するための教育に力が注がれている。

「しらせ」も昭和基地に到着

 観測船しらせは、12月24日にようやく、昭和基地の沖に停泊した(写真8)。定着氷に到達した12月15日から10日目のことであった。

写真8:昭和基地の沖に停泊中のしらせ


【注】
※註1…昭和基地の中心部の管理、運営は、第46次南極地域観測隊越冬隊が平成18年1月31日まで行う。第47次隊はそれまで、第46次隊の管理、運営に支障のない範囲で活動することとなっている。
※註2…かつては、南極地域の探検や観測の輸送手段として犬は重要な役割を果たしたが、南極地域の在来動植物の保護の観点から1991年に採択された「環境保護に関する南極条約議定書附属書II」によりその持ち込みを禁止することが締約国に求められた。我が国は「南極地域の環境の保護に関する法律」によって、南極地域への犬の持ち込みを禁止している。
※註3…南極において歴史上の価値のある場所や記念物は、南極条約協議国会議の決定により、「環境保護に関する南極条約議定書附属書V」に基づくリストに掲げられる。我が国ではそのリストに掲げられた場所や記念物を、「南極地域の環境の保護に関する法律」により「南極史跡記念物」として指定し、保護している。

(了)