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第4回 スカーレン大池での湖沼調査

2006年1月11日

はじめての野外調査ヘ

 年末に近づいてきたが、観測隊員に休む暇はない。天候が穏やかな南極の夏は、わずかな期間であり、この期間にできる限りの観測や設営作業を行わなければならない。
 12月24日から約一週間の予定で「スカーレン」で行われる野外調査に同行するため、私は昭和基地からヘリコプターでスカーレンに行き、そこで別途来ていた4名の隊員と合流した。
 スカーレンは、昭和基地の南約70kmの位置にある。南極大陸はそのほとんどが氷床と言われる分厚い氷に覆われているが、スカーレン地域はこの時期岩が露出しており、大小多くの湖沼が見られる。
 ここでは、海氷で覆われた内湾に面した居住カブース(※注1)が活動拠点となる。湾の対岸は急峻な崖となっており、南極大陸から流れ下ってきた氷河が、海に落ちていく寸前の姿が目の前に広がっている(写真1)。
 この壮大な景色を眺めながらの夕食は、とても気分がよい。居住カブースでささやかにクリスマスを祝いながら、明日以降の段取りについて、打ち合わせを行った。

写真1:スカーレン(右下のオレンジ色の建物が居住カブース)

スカーレン大池での堆積物コア試料の採取

 居住カブースの裏の山手側には、スカーレン大池という湖がある(写真2)。東西が約1km、南北が最大約250mの東西に細長い湖である。その湖にある堆積物コアを採取すること、水質を調べ採水を行うことが、スカーレン大池での調査の大きな目的である。
 湖は氷で覆われていたため、中心の最も深いと思われる場所まで歩き、ドリルで穴を開けた(写真3)。氷の厚さは1.3mもあり、水深は約10mであった。
 その穴に、直径7cm程度、長さ3mのステンレス製のコアサンプラー(柱状試料採取器)を入れ、湖底に押し込み、堆積物を採取する。コアサンプラーはすぐ引き上げて、居住カブースまで、担いで行く。まさに宝でも発掘した気分である。
 居住カブースの前にサンプラーを並べ、縦に開く。何が出てくるのか、緊張の一瞬である(写真4)。あけてみると、きれいな深緑色の薄い層が幾重も見える(写真5)。試料の採取は、成功だ。
 これは、主にラン藻等の藻類が堆積したものと考えられる。堆積した時代によって、色や内容物が異なる。つまり、当時の環境を克明に記録した、タイムカプセルのようなものである。
 さて、ここからが地道な作業の始まりである。写真をとり、スケッチをして、1cmごとに色調を測定する。
 21:00を過ぎる頃、海氷と対岸の氷河は薄いもやに包まれる。太陽はその薄もやの中から淡く柔らかいオレンジ色の光で、我々とカブースを照らした。そよ風は、ほおを切るように吹いていく。
 こうなると、氷点下になって試料が凍るおそれがある。そのため、作業場所を居住カブースに移し、その中で作業を行うこととした(写真6)。試料を小さなプラスチック容器に詰めていく時に、試料の中からウニの一種の殻のようなものが出てきた(写真7)。作業はまだまだ続く。

写真2:スカーレン大池 写真3:スカーレン大池の穴
写真4:コアを開ける 写真5:コアの層
写真6:居住カブース内での作業 写真7:ウニの一種

1本のコア試料から見えてくるもの

 採取した試料は、この後日本に持ち帰り、種々の解析が行われる。では、採取した試料をもとに、どのような研究がなされるのであろう。
 堆積物の中には、磁性を帯びた鉱物がわずかに含まれている。その鉱物が記録している地磁気の方向を明らかにし、過去1万年程度の地球の地磁気の変化(※注2)を明らかにする研究がなされる。また、堆積物の生物学的特徴と地球化学的背景をあわせて、氷床進退との相互関係を明らかにすることにより、堆積物から当時の環境を推定する。それらの知見から今後の環境変化の予測につなげる研究も行われる。
 はるか南極の湖で採取した生物試料、そして地道な記録と試料の処理作業。それは、地球環境の歴史と変動を明らかにするという壮大な研究に通じているのである。

【注】
※注1…6畳程度の小さな小屋をそりに乗せたもの。
※注2…方位磁針(コンパス)は、現在の地球の地磁気の方向を指す。しかし、地磁気の向きや方向は、これまで大きく変動している。堆積物の中には磁性鉱物があり、その中には堆積する過程で、地磁気が向いていた方向を記録するもののあるため、当時の地磁気の様子が正確に分かるのである。

(了)