※この記事は、2023年12月2日に開催された第11回グッドライフアワード表彰式における環境大臣賞受賞プレゼンテーションおよび交流会インタビューに基づいて作成されています。
温泉熱という自然界の熱を活用する
山形県米沢市の小野川温泉「鈴の宿 登府屋旅館」の遠藤と申します。
皆さん、もし、電気もガスも火も使えなかったらどうしますか? 山で遭難したような状態ですよね。寒いんですよ。熱が必要です。でも、実は、自然界には熱があまりありません。
太陽光は日なたぼっこができますから、確かに熱はありますが、太陽が出ていない時は困りますよね。地中のマグマは使いづらいですし、そうなると、私たちが使える自然界の熱は、温泉ぐらいしかないのです。温泉熱です。
登府屋旅館の温泉は、源泉100%かけ流しです。熱をもった温泉が、24時間ずっとお風呂に流れていて、湯船から溢れています。
以前は、温泉の隣のボイラー室で水道水を沸かして、シャワーのための湯を作っていました。お風呂では熱を捨てながら、石油を燃やして熱を作っている… 「これはもったいないから、何とかできないかな」ということで作り上げたのが、今の登府屋旅館の温泉熱システムです。
13年間、石油ゼロで冷暖房を賄う
まずは以前のシステムからご紹介します。かつては、灯油を使いまして、冷温水発生器で温水や冷水を作って、エアコンの冷暖房を稼働させていました。同じように、灯油でボイラーを使いまして、熱湯を作ってシャワーで使うというシステムです。
これはもったいないので、まずは湯船から溢れた40℃のお湯を集めて熱交換をします。ヒートポンプという機械を使うと、40℃が60℃になりますので、シャワーやエアコン(暖房)で使うことができます。
夏場は水路で熱交換をして、これもヒートポンプを使うと、エアコン(冷房)のための冷たい水を作ることができます。このように自然環境で冷暖房システムを回しています。
これによって、年間の灯油の削減量が29トンです。CO2に換算すると、年間53トンを減らすことができました。2010年から続けていますので、13年間ずっと石油ゼロということになります。
金額に換算しますと、灯油は年間29トンを使っていて、価格は65円/ℓでしたので、1年間で灯油にかけていたコストは188万円。ここで、現在のシステムを作るための設備費用は1,500万円。補助金の1,000万円を活用。この補助金は環境省様からいただきました。ありがとうございます。
つまり、実質的な設備投資としての総額500万円で、年間188万円のコストカットが実現されますから、3年くらいで元が取れるということになります。今は灯油の価格が当時より50円程度は上がっていますので、その点でも設備投資しておいて良かったと思います。
2010年の頃はまだSDGsがありませんので、温泉の経営者たちは「環境か、経済か」のような天秤にかけて考えていました。環境を選択する場合には「痩せ我慢して環境問題に取り組むしかない」という空気があった時代です。でも、ご覧の通り、環境問題に取り組んだ方が経済的にもプラスになります。つまり、環境面のみならず、経済面でも「長い目で見れば、設備投資したほうがいいよ」という事例でもあります。
温泉旅館で次々とSDGs施策を実践する
ここからは、登府屋旅館で取り組んでいる細かいネタをポンポンとお話しします。
■規格外農産物×サウナ
こちらの写真に写っているのは、あのコアラが食べるユーカリです。生花用のユーカリで、農家さんはお花屋さんに卸しているのですが、生花用のユーカリは100cmぐらいの長さがないと商品になりません。
ところが、商品にならない50cm、60cmぐらいのユーカリは、サウナのウィスキング(植物の枝葉を束ねたウィスクで身体を叩くことで、血行を促進して全身をムラなく温めるリラクゼーションの施術)にはちょうどいいということで、今まで商品になっていなかったユーカリを登府屋旅館で買い取っています。農家さんにとっては、未利用品を使って新たな商売ができるようになったという事例です。
■温泉熱×サウナ
こちらは2023年4月に、登府屋旅館に作った新しいサウナです。このサウナの秘密が、床の下にあります。床下に温泉のパイプを通してありまして、24時間、床暖房がなされているような状態です。
温泉は80℃ですから、この部屋の電源を切ったとしても室温50℃を保ちます。そうすると、翌日「じゃあ、サウナを使おう」と思った時に、30℃分だけ電気で加温すれば、すぐに80℃でサウナを使うことができます。これによって、省エネのサウナを実現しています。
■温泉熱×サウナ×バリアフリー
続きまして、温泉とサウナとバリアフリーについてご紹介します。登府屋旅館では、ずっとバリアフリーの宿として取り組んできました。こちらの写真は、客室内に敷設されているスチームサウナです。
どうしてもサウナは暑くなりますので、「車椅子ではサウナには入れないな」と諦めていたのですが、スチームサウナは蒸気の力で温めて50℃ぐらいを保ちますので、車椅子のままで入っても大丈夫だということが分かりました。これで、車椅子の方もサウナを楽しめるようになりました。
さらに車椅子でも楽々ということで設備を整えていますので、部屋、会食場、トイレ、あとはマイクロバスから貸切風呂に至るまで、様々なところを車椅子で使えるようにしました。温泉を諦めずに、旅を諦めずに人生を過ごしていただけるように運営しています。
■温泉玉子×米沢織
続きまして、温泉玉子と米沢織です。実は、今日私が着ているのも米沢織の着物です。みなさん、「米沢と言えば、米沢牛」と思うかもしれませんが、米沢織という織物の産地でもあります。
こちらの写真は、紅花染めです。米沢織にはこの紅花染めが活かされていますので、米沢には紅花の畑もたくさんあるのです。そして、この紅花の畑で、米沢では紅花を餌にして鶏に食べさせて、その鶏が産んだ卵は「紅花卵」と言います。
登府屋旅館では、地産地消でもって、その紅花卵を温泉玉子にしてお客様に提供しています。つまり、温泉熱を使って調理しているということなのですが、なんとこの温泉玉子は、温泉で温めてるんですよ。
「当たり前じゃん」と思うじゃないですか。皆さん、スーパーに行って温泉玉子を買ってみてください。赤外線で作られてますから。温泉街に行っても、意外と温泉ではなくてお湯で作られたりして、ちゃんとした温泉を使った玉子って意外と難しいのです。米沢の小野川温泉の場合は、本当の温泉玉子ができるので、このように地域内連携をしています。
米沢には200年前から持続可能が根づいている
米沢の小野川温泉では、冬になると、温泉熱を使って30cmぐらいの長さのモヤシ「豆モヤシ」をずっと作っています。また、その辺に落ちているクルミを拾ってきて、割って、食材として出しています。今年も当旅館の女将は34キロぐらい拾っていました。そして、草木にも命があるということで、草木塔という文化もあります。
米沢では、このようなことが「子々孫々、伝統として、現代に続く、習慣」として、田舎の普通の習慣として根ざしています。普通にやっていることが、そのまま自然との共生になり、まさにこれが SDGs「子々孫々(S)、伝統として(D)、現代に続く(G)、習慣(s)」ですよね。
米沢は、持続可能社会の実績が200年あります。SDGsというのは、持続可能な開発目標じゃないですか。米沢には上杉鷹山公がいらっしゃいまして、我々はもう江戸時代ぐらいから、200年かけて持続可能な社会を実践してきた実績があります。
当時、何があったかいうと、飢饉です。食べるものがないという時期がありました。米がとれない中で、上杉鷹山公は「その辺に生えてる草は、こうやれば食べられるよ」とか、「山に行ってこれを取ってきて食べなさい」という本を作ったのです。『かてもの』という本を出しまして、それを民衆に配りました。これによって餓死者を出さなかったという歴史がありまして、その精神が未だに我々に根付いています。
『秘密のケンミンSHOW』では「雑草を食べる」とか言われましたけども、米沢の“普通”を見に来ていただけると、「“普通”にやってること、意外とSDGsじゃん」という事例がたくさんありますので、是非、皆様、米沢にお越しくださいませ。
環境大臣政務官 朝日健太郎氏(左)から表彰された登府屋旅館 代表取締役の遠藤直人氏(右)