首都圏に位置する神奈川県横浜市の金沢漁港で漁協の協力を得て昆布養殖を実施。収穫した昆布の六次産業化をはじめ、有機栽培の肥料や首都圏の銭湯で「こんぶ湯」を開催するなど、ユニークで多彩な活動を展開しています。
*グッドライフアワードは、環境省が提唱する地域循環共生圏の理念を具現化する取組を表彰し認知を広げるためのプロジェクトです。詳しくはこちらをご覧ください
どんな活動?
横浜市内の漁港で養殖した昆布で多彩な活動を展開
昆布といえば「北海道の特産品」と思っている方が多いのではないでしょうか。実際に日本国内の養殖昆布生産量は90%以上を北海道が占めています。でも、実は昆布を養殖すること自体は、日本全国、広いエリアで行うことが可能です。
一般社団法人 里海イニシアティブ(小笠原伸一理事長)では、横浜市が推進する「横浜ブルーカーボン事業」の一環である『ブルーカーボン ヨコハマコンブプロジェクト』として、八景島シーパラダイスのジェットコースターを間近に望む横浜市内の金沢漁港周辺で、横浜市漁業協同組合金沢支所に所属する漁師のみなさんの協力を得て、2017年から本格的にコンブ養殖を始めました。
コンブの収穫時には市民参加のイベントを開催(ここ数年はコロナ禍で中止していますが)したり、さまざまなネットショップなどの協力を得て、収穫したコンブを『ぶんこのこんぶ』としてブランド価値を高めた「生こんぶ」などとして販売しています。
また、金沢文庫に拠点を置く製麺店と提携して開発した、昆布を練り込んだ『よろこんぶうどん』や、漁港に近い横浜南部市場に店舗を構える武居商店とともに作り上げた、刻み昆布と地元産の柑橘果汁を使った『はま昆布ポン酢』など、数々のオリジナル商品を開発。複数の独自開発商品が、地元の観光協会が主宰する「金沢ブランド認定商品」に選ばれています。
武居商店の『はま昆布ポン酢』
吉田製麺店の『よろこんぶうどん』
収穫した昆布の活用は六次産業による商品化だけではありません。商品化する際に出てしまう昆布の切れ端などは、横浜市内で無農薬無化学肥料の都市型農業に取り組む阪田守昭さんの「横浜健康ファームともだち」の畑で堆肥化して活用。また、東京都浴場組合との連携で2021年から始まった銭湯での「こんぶ湯」のイベントは、埼玉県、富山県、石川県など全国の銭湯にも拡大しつつあります。
海中の昆布の様子
収穫イベントにて
船上に引き揚げられた昆布。
こんぶ湯開催中の銭湯にて
活動のきっかけは?
杉の木の約5倍! 昆布の二酸化炭素吸収量に着目
八景島シーパラダイスのジェットコースター間近な養殖棚
現在、里海イニシアティブで昆布養殖や昆布を活用した展開を中心的な立場で進めているのは、理事の富本龍徳さんです。
金沢漁港で養殖しているのは1年生の昆布です。秋から冬にかけて種付けされた昆布は、翌年の3月頃の収穫期に向けて、数か月で数メートルに成長します。昆布は陸上の植物と同様に海中の二酸化炭素を吸収して酸素を出しますが、その二酸化炭素吸収量は1ヘクタールあたり約16トン。植林に多い杉の約5倍といわれています。
里海イニシアティブでは2015年頃から横浜での昆布養殖を進めるべく活動を始めていました。昆布のポテンシャルに興味をもった富本さんが理事として活動に加わり、横浜ブルーカーボン事業として横浜市との連携を深めたことから、金沢漁港での昆布養殖プロジェクトが具体化していきました。
里海イニシアティブが注目したのは、昆布の「海を再生する力」でもありました。三重県の英虞湾では真珠養殖で荒れてしまった海域を再生するために、海中の生態系を整え、海の生き物のエサとなるプランクトンを増やす昆布養殖が試みられていました。里海イニシアチブ、富本さんと金沢漁港の漁師さんたちとの協業による昆布養殖は、英虞湾での事例を学ぶところからスタートしたのです。
取材時、少しだけ収穫の様子を見せていただきました
金沢漁港
成功のポイントは?
都会ならではの人脈を活かして活動の幅を拡大
2017年の収穫イベントにて
昆布を養殖するのは漁協に所属する漁師のみなさん、商品化にはそれぞれの製造業者や販売業者、堆肥化プロジェクトには無農薬無化学肥料の農業に取り組む阪田さん、こんぶ湯のイベントには各地の銭湯を営むみなさんなど、里海イニシアティブの昆布プロジェクトは多くの方がそれぞれの知見を活かし、協業することで広がってきました。
力を合わせることができる多様な企業や人材と繋がることができたのは、活動のメインステージが横浜という大都会であることが大きな利点となっています。収穫イベントなどを開催する際にも、横浜市内という便利な場所だからこそ多くの参加者が集まります。
昆布養殖は自然豊かな地方が有利と思われる第一次産業です。でも、北海道など北の海で採れるものと思っていた昆布が横浜の海で養殖できるという意外性や、その昆布が秘めたカーボンニュートラルに貢献する大きな力。さらに、巨大なジェットコースターを眼前に望む横浜市内に、昆布を育む豊かな海があるのだという再発見の感動が、多くの人の共感と協力を集める力になっているのだと感じます。
たとえば、グッドライフアワードの表彰式で富本さんとともにプレゼンテーションを行った伊勢谷千裕さんは、有名アウトドアブランドの社員であり、富本さんの熱意や都会での昆布養殖の意義に共感してボランティアで活動に協力しています。昆布堆肥化プロジェクトの協力者である阪田さんとは、伊勢谷さんの紹介で繋がりました。
東京都心での養蜂といったプロジェクトもあるように、都会であっても自然の恵みを活かしたサステナブルな取り組みは可能です。むしろ、都会だからこそ容易にアクセスできる多彩な人脈や繋がりを活用することで、社会により大きな「力」を発信することができる一面もあるでしょう。
表彰式で笹川博義環境副大臣(当時 ※写真中央)から表彰状を受け取る富本さん(左)と伊勢谷さん(右)
南部市場内の武居商店店舗
レポート!
人と人との共感や繋がりが、さらに大きな輪になっていく
富本さんと、養殖棚へ案内してくれた船長の長谷川さん(写真右)
里海イニシアティブの活動取材、実は、2021年3月ごろに予定されていた収穫イベントに伺うことを計画していたのですが、残念ながら新型コロナウイルスの感染対策で中止となってしまいました。3月下旬、なにはともあれ実際の養殖の様子を拝見するために金沢漁港へ伺いました。沖合の養殖棚へ船を出してくれたのは、三春丸の船長である長谷川健二さんです。
金沢漁協に所属する船長は26名、里海イニシアティブの呼びかけに漁協の組合長を務める黒川和彦さんが共鳴して呼びかけたことで、26名の漁師さん全員が昆布養殖に協力しています。金沢漁港ではもともと海苔やワカメの養殖が行われていました。長谷川さんによると「使う道具は同じ」であることも、横浜での昆布養殖をスムーズに始めることができたポイントです。
横浜南部市場で『はま昆布ポン酢』を製造販売する武居商店のお店のスタッフの方と、富本さんが笑顔で会話する様子からも、ヨコハマコンブプロジェクトが地元金沢八景地区を盛り上げ、また脱炭素や気候変動抑制に貢献する地域全体の活動として、関わる人たちが理解し、共感していることを感じます。
横浜市保土ケ谷区にある阪田さんの畑も訪ねました。「横浜健康ファームともだち」では、約2000坪の畑で年間50種類ほどの野菜を無農薬無化学肥料で栽培しています。もともと水産加工品会社の社員だった阪田さんは、東日本大震災を機に「地球と向き合う生き方」を目指して一念発起。務めていた会社を早期退職して農業大学校の実習生として無農薬無化学肥料栽培を学びます。
「横浜健康ファームともだち」の阪田守昭さん
昆布に落ち葉や米ぬかを混ぜ、数か月かけて堆肥にします
作った野菜は多くの人に食べてもらいたいという思いから、故郷でもある横浜で都市型農業をスタート。オーガニック食材を活用する飲食店などに直接販売する地産地消型のビジネスとして展開しています。
里海イニシアティブが推進し、金沢漁協のみなさんが育てた昆布は、地域のみなさんの力でさまざまな商品となります。また、捨てるしかなかった昆布の切れ端が堆肥となり、阪田さんが手掛ける「健康野菜」となり、サステナブルな暮らしに関心の高い人たちが料理を楽しむことで、金沢漁港での昆布養殖に対する理解と共感がさらに広がっていくのです。
『ブルーカーボン ヨコハマコンブプロジェクト』は、都会でも、そして都会だからこそ、そこにある自然を活かしたサステナブルな取り組みがある、広がっていくのだということを教えてくれる活動でした。