「暮らしの学校だいだらぼっち」は、全国から集まった小中学生が親元を離れて共同生活を行う山村留学の拠点です。30年を超える活動から巣立った子どもは約600名。体験キャンプなどの事業を通じて、年間約2万7000人以上に及ぶ人々の交流を生み出しています。
*グッドライフアワードは、環境省が提唱する地域循環共生圏の理念を具現化する取組を表彰し認知を広げるためのプロジェクトです。詳しくはこちらをご覧ください。
どんな活動?
食事から薪割りまで、自分たちで手掛ける暮らしを体験
子どもたちの生活拠点である母屋とスタッフのみなさん
「暮らしの学校だいだらぼっち」は、長野県泰阜村(やすおかむら)にある山村留学事業の拠点です。全国各地から毎年20名弱の小学4年生から中学3年生までの子どもたちが集まって、一年間の共同生活を送りながら、歩いて10分ほどの距離にある地元の小中学校へ通います。
食事の準備や後片付け、薪で沸かす五右衛門風呂の風呂たきや、掃除、洗濯といった暮らしの作業は、すべて子供たちが分担して行います。村内の耕作放棄地を借り受けた田んぼや畑で米や野菜を育て、ストーブや風呂で使う薪は付近の里山から間伐した丸太を、自分たちで薪割りをして使います。施設内には本格的な登り窯があり、自分たちの手で焼いた食器で毎日のご飯をいただきます。
暮らしのルールやスケジュールを決めることや、困ったことがあったら、多数決ではなくみんなで納得いくまで話し合って決めるのも「だいだらぼっち」の決まりごと。子どもたちの主体性を徹底的に尊重し、個性や価値観が違う仲間とともに、自給自足に近い一年間の共同生活が体験できるプログラムを提供しているのです。
風呂焚きは子どもたちの毎日の仕事です
薪にする間伐材の山出し作業
新しい一年がスタートすると、ご近所の村民の方々へのあいさつ回りや入学式、始業式に始まって、田植えやニワトリの飼育、野菜の収穫、間伐材の山出し、稲刈りや脱穀、そして一年の集大成となる登り窯による自作陶器の焼成など、暮らしに関わる作業のスケジュールが続きます。もちろん、そうした作業とともに、田植え前の田んぼで泥だらけになって遊ぶ「田んぼオリンピック」、夏の川遊びや流しそうめん、秋には家族や地域の方を招いて手作り劇を披露する「だいだらぼっち祭り」、冬はスキーやどんど焼きなど、山村での暮らしを存分に楽しむためのメニューもいっぱいです。
中央やや下部の扇状の屋根がだいだらぼっちの母屋。天竜川から急峻な山肌を上った高台に位置しています
泥だらけになって遊ぶのも貴重な時間
活動のきっかけは?
キャンプ体験で感じた「ねっこ教育」の大切さを実践
山賊キャンプには例年1000人以上の子どもが参加
「だいだらぼっち」の活動が始まったのは、昭和61年(1986年)のことでした。当時、東京の幼稚園教諭をしていた梶さち子さんが泰阜村でのキャンプ体験に参加。滞在中、ずっと夢中で昆虫を追いかける子どもの姿を見るうちに「大人が枠にはめて与える教育は正しいのだろうか」という疑問を抱き、豊かな自然環境の中で、のびのびと子どもの主体性を育む教育の実現を目指すことを決意。泰阜村に空き家を借りて移住して、子どもたちとの共同生活を始めます。
最初の年は3人の子どもと4人の大人が試行錯誤しながら始まった「だいだらぼっち」の取り組みでした。平成13年(2001年)には、特定非営利活動法人グリーンウッド自然体験教育センターを設立。最初の年から35年以上の実績を積み上げ、村で暮らした子どもたちの数は約600名を数えるまでになりました。
目指したのは、自らの人生を自分が主人公となって歩むために必要な「生み出す心」、トラブルや困難を前向きに乗り越えていく「楽しむ心」、他者の価値観や気持ちに気づき、人や自然の先にある大切なものを「感じる心」という3つの心を育てるための「ねっこ教育」です。
「だいだらぼっち」の暮らしには、大人が決めたルールや規則はありません。でも「ねっこ教育」を実践するための柱として、子どもも大人も守らなくてはいけない「3つのおきて」が定められています。
おきてその1●この指とまれ!
自分で決めて、決めたことは最後まで責任をもって行動する。「主体性」を育むためのおきてです。
おきてその2●持ち寄りの心
「だいだらぼっち」での1年間はひとりでは暮らしていけません。仲間と自分の得意なことが違ったり、多様な価値観を認め合うことの大切さに気づき、持ち寄りの心で「多様性と協働」の大切さを実感します。
おきてその3●一人一票
「だいだらぼっち」では、すべてのことを全員の話し合いで決めていきます。一人一人の意見を、仲間を大切にする「対話」は、「だいだらぼっち」の精神そのものでもあります。
困りごとはみんなで話し合って解決
一日三食の食事もこどもたちが作り、みんなで食卓を囲みます
成功のポイントは?
多くの人を集め、村民との信頼を深める活動を継続
2015年の集合写真。「だいだらぼっち」とは、地域で語り継がれる伝説の心優しい巨人のこと
グリーンウッド自然体験教育センターでは、「暮らしの学校だいだらぼっち」の山村留学事業を軸として、幼児から学生など青年向けの教育プログラムや、企業の視察や見学の受け入れ、講師派遣など、幅広い事業を展開しています。
なかでも、夏と冬に開催される「こども山賊キャンプ」は、年間で1000人以上の子どもが参加する一大イベント。山賊キャンプに参加した子どもや両親が山での暮らしの価値に気づき、「だいだらぼっち」への一年間の参加を決めることも少なくありません。また、山賊キャンプにたくさんの参加者が集まることで得られる参加費は、活動を支える重要な収入となっています。
「だいだらぼっち」の取り組みで得られた知見や経験をもとに、幅広く、魅力あるプログラムを展開することで、グリーンウッド自然体験教育センターの事業が持続可能な取り組みになっているのです。
さらに、山賊キャンプや視察などグリーンウッド自然体験教育センターの取り組みを通じて泰阜村を訪れる人の数は年間約2万7000人にもなります。以前、「だいだらぼっち」の建物は、子どもたちと一緒に建てた手作りの家でした。現在は、林野庁の補助制度などを活用し、村などからの支援を受けて建てられた母屋になっています。毎年20人ほどの生徒を集め、村外から多くの人を集めるグリーンウッド自然体験教育センターの取り組みは、村にとっても支援すべき大切な活動になっています。
「だいだらぼっち」の子どもたちは、道で出会う村の人たちにしっかりと挨拶をして、村民が力を合わせて掃除する道路愛護など「結(ゆい)=互いに協力して助け合う作業や仲間」の作業に参加します。子どもたち一人一人が村民としての責任を果たすことで、村民との信頼関係を築いてきました。村で暮らす子どもの顔ぶれは毎年変わりますが、村の人たちは「だいだらぼっち」の子どもたちを「だいだらの衆」などと屋号で呼んで村の一員として認め、「薪持っていけ」と間伐した木をくれたり、母屋の玄関にたくさんの野菜を届けてくれることもあるそうです。村の人たちに支えられて暮らす中で、子どもたちは社会の一員として生きることの大切さを学んでいくのです。
地域の共同作業にも参加
村の方が罠にかかったイノシシをさばくところを見学させてくれたり……
時にはおばあちゃんの家を訪ねたりして、一年間、村の子どもとして暮らします
田植えや稲刈り、野菜栽培、鶏の飼育などの仕事にもみんなで力を合わせて取り組んでいます
レポート!
豪快な薪割りや、本格的な登り窯作業が圧巻!
約3日間、手分けして登り窯を焚き続けます
令和3年(2021年)12月の土曜日、取材班は泰阜村の「暮らしの学校だいだらぼっち」を訪ねました。感染対策のため、数時間だけの滞在で、休日の子どもたちの暮らしを拝見し、グリーンウッド自然体験教育センター事務局長である齋藤新(しん)さんにお話しを伺うための取材です。
事前の打ち合わせで、齋藤さんから「この日はちょうど子どもたちが『登り窯』を焚いてます」と伺って驚きました。登り窯というのは焼成室が何段も連なる巨大な窯で、釉薬が溶ける1200度程度まで温度を上げるためには、3~4日間、24時間連続で、窯の中の温度を管理しながら薪を焚き続ける必要があります。「子どもたちが焚いてます」という齋藤さんの言葉は、にわかには信じがたいことでした。
現地に到着してみると、本当に本格的な登り窯があり、だいだらぼっち創設メンバーで陶芸家である大越さんのアドバイスを受けながら、子どもたちが交替(4時間交替とのこと)で窯焚き作業を行っていました。取材班が伺った時間には火を入れて24時間ほどが経過した段階で、窯の温度はすでに1000度以上に上がっていました。とはいえ、ここからさらに温度を上げるのが難しい。
薪を投入する順番になった子どもは、顔や頭にタオルを巻いて、サングラス、厚手の作業着と革手袋といういでたちで、薪の投入口を開けた際に吹き出してくる熱と光に立ち向かいます。専門家のアドバイスを受けながらとはいえ、薪を投入するタイミングや本数なども、チームを組んだ子どもたちが「話し合い」で決めていきます。薪を投入する作業には、毎日の風呂焚きの経験が活かされているそうです。
窯の中で焼かれているのは、もちろん子どもたち自身が粘土を練って形にした食器です。自分で作り、想像を超えて本格的な登り窯で焼き上げた食器でいただく食事は、きっと格別の美味しさでしょう。登り窯の窯焚き作業の光景には、子どもだからといって「手加減」した体験を用意するのではなく、本物の仕事に本気で挑むという「だいだらぼっち」の骨太な暮らしの真価を教えられた気がしました。
陶芸家の方にアドバイスを受けながら、薪を投入するタイミングや本数なども自分たちで決めていきます
薪を投入すると、窯からは炎と煙が噴き上がります
敷地内には本格的な陶芸工房があります
登り窯には、自分たちで作った食器が詰められています
登り窯の横の広場では、窯焚きの当番ではない子どもたちが薪割りをしていました。窯焚きに使うのは一年前に伐採して乾燥させた赤松の薪なので、来年の窯焚きで使うため、みんなで手分けして何日も掛けて薪割りをして、来年の子どもたちへと薪のバトンを繋いでいくのです。
小中学生の子どもたちが斧を振って薪割りをするというのも、都会暮らしの親からすれば「危ない」と感じることかも知れません。でも「だいだらぼっち」の子どもたちにとって薪割りは日常の作業でもあります。前後の安全を確認した上で、思い切りお尻まで振りかぶった斧を狙いを定めて振り下ろす様子は、思わず歓声を上げそうになるほど豪快でした。
山村留学の取り組みは全国各地にあるものの「暮らしに関わる作業は全て子どもたちがやるという教育を、ここまで徹底しているところは少ない」と齋藤さん。「だいだらぼっち」の定員は20名弱と少ないこともあり、例年倍率数倍の狭き門にもなっているそうです。
「ねっこ教育」で子どもたちの自主性と人間力を育て、環境課題への体験的な理解を深め、実践できる人材を輩出する。山村に移住するスタッフや、キャンプイベントなどによって交流する人々を増やし、山村を活性化する。「暮らしの学校だいだらぼっち」の取り組みは、子どもたちだけでなく、日本の「ねっこ」を強くしてくれる取り組みであることを実感できる取材となりました。
お見事、真ん中から真っ二つに割れました
女の子や小学生も分担して薪割りします
今年の窯で使うのは、去年割って一年間乾燥させたもの
毎日の食事には代々の子どもたちが焼き上げた食器が使われます