自社で開発した採石場の跡地に、100年後の森の姿を想定しながら地形などを再整備して植林し、豊かな生態系が息づく里山の再生に挑戦。新潟県上越市に本社がある建設・運送事業の会社ですが、農家後継者の社員が田んぼを維持できない課題を知り、有機農業による米作りにも取り組んでいます。
どんな活動?
広大な採石場跡地に植林して里山の再生にチャレンジ
広大な採石場跡地で里山再生にチャレンジしています。
田中産業株式会社は、新潟県上越市に本社を置く企業で、建設や運送業を中心に事業を展開しています。上越市近郊の山林を開発し、土木建設用の砂利や砂などを生産する採石場開発も、長く取り組んできた事業のひとつです。
採石場開発は、良質な砂利などを産出する山林を選び、そこに生育する森林を伐採し、利用できる砂利や砂、土などを大量に掘り出す大規模な開発事業です。自然環境への影響も大きく、採石場跡地をどのように有効利用するかは、全国各地で困難な課題ともなっています。
田中産業では、自社で開発し資源の採掘が終わった約30haの広大な採石場跡地の可能性に着目。急斜面になりすぎた場所は斜面を緩やかにするなど地形の修復や再整備をした上で、周辺の里山にも自生するケヤキやクヌギ、さらにはオオヤマザクラやカエデ、ホオノキなど、年間1000本以上のペースで植樹を行い、100年後に生態系豊かな森となるよう、里山再生への挑戦を続けています。
再整備前の急斜面。
植樹作業の様子。
植樹が始まったのは2012年でした。植樹する樹種は専門家にも相談しつつ選定し、最終的には針葉樹約9700本、広葉樹約1万6000本を植えてきました。
植樹のスタートから7年が経過。なかには枯れてしまって再植樹が必要になる木もありますが、強く根を張りたくましく成長を続ける木も増えてきました。開発敷地内には湧水も生まれ、カワニナが定着。2018年ごろから6月にはホタルが舞うようにもなっています。
大規模な有機農業への挑戦も展開。
田中産業が取り組んでいる「環境と社会に良いこと」は、採石場跡地での里山再生だけではありません。上越市には広大な農地も広がっていますが、後継者不足などの課題は深刻です。田中産業では耕作を維持するのが難しい田んぼ、約140 haの耕作を引き受けて、人工衛星による稲作管理システムを導入するなど最先端の有機農業を展開。地域課題の解決に貢献しています。
上越市周辺は国内屈指の豪雪地帯でもあります。
夏の灌水作業風景。
草刈りにも専用の機械を導入。
植樹した木々が次第に育ちつつあります。(2019年6月)
活動のきっかけは?
豊かな森が豊かな海に繫がるという思いが原点
ウッドチップの様子を確認する田中利之会長(中央)。
採石場跡地での里山再生や、会社のリソースを活用した有機農業などを、田中産業では社会的な価値と企業の事業活動を両立するCSV(Creating Shared Value)活動と位置づけています。
たとえば、森林再生への取組の原点は、戦前、田中利之会長の先代の時代にまで遡ります。当時、田中家は朝鮮半島を拠点に、ニシン漁の事業を展開していました。その頃のニシンは大量に捕獲できたこともあり、浜で煮て肥料の原料にしていたといいます。その燃料として、周辺の山林から大量の薪を切り出していました。
次第に木々が乏しくなっていく様子を見て、田中家は「豊かな森があってこそ、海も豊かになる」と、薪を切り出した山への植林に着手。今、環境省が提唱している「森里川海プロジェクト」の概念を、はるか昔の時代から実践していたのです。
戦後、現在の上越市に引き揚げてきた田中家は今の田中産業に繫がる事業を始めました。時代が変わり、その生業は漁業から建設、運送へと変わっても、「森里川海」の繫がりを大切にする環境への意識が受け継がれてきました。
採石場での里山再生や有機農業への取組は、企業として目先の利益にはあまり役立ちません。でも、長期的にみれば「社会良し」「会社良し」「社員良し」という「三方良し」の付加価値を生み出すことを目指して、実践してきたといえるでしょう。
有機農業への取組が始まったのは、兼業農家の後継者だった社員が「田んぼを維持できない」と会社に相談したことがきっかけでした。この田んぼを会社で買って耕作を続けることを決定し、利之氏の次男である田中康生常務が個人として農業委員会に耕作することを申請。同じように耕作維持の課題を抱える周辺の田んぼでの耕作を引き受けて、取組が広がっていきました。これもまた、「三方良し」の理念があってこその展開です。
成功のポイントは?
重機などを扱う事業のリソースを活用して取組を拡大
土壌改良のために巨大なチッパーを導入。
田中産業は本社の従業員数が約360名、グループ全体で約600名の社員を擁し、上越という地方都市を支える中核企業のひとつです。そもそも、採石場というのは巨大な重機が活躍する現場です。土木建設や運送などの事業でも多くの車両や重機を活用するので、さまざまな「機械」を扱うノウハウや人材が豊富です。
里山再生を目指す採石場跡地では、地形の再整備などにもちろん重機が必要ですし、現在も、草刈り機などが大活躍しています。2017年には、土壌の改良を行うために開発のために伐採した樹木を、土に還りやすいよう「潰して」粉砕する、一台数千万円のアメリカ製の「チッパー」を導入しました。
田んぼでの耕作でも、ドローンやラジコンヘリコプターで肥料を散布したり、乗用の機械を何台も連ねて田植えや除草、稲刈りなどの作業を行っています。さらには、人工衛星の画像情報を活用した圃場管理システムまで導入。最先端の機械と技術を活用して、上質な米づくりを実現。導入した機械を活かしきるためにも、今後、耕作する田んぼを500haまで広げていくことを目標としています。
ラジコンヘリコプターも活躍します。
現在の田中産業の創業は1961年(昭和36年)のこと。創業者である田中利之会長はもちろんのこと、会長の長男である代表取締役の田中嘉一社長と、次男の康生常務、そして康生常務の長男である朗之GMへと「三方良し」の理念が受け継がれています。朗之氏はシステム関連の大学を卒業後、数年間アメリカの重機大手であるキャタピラー社で勤務。さまざまなノウハウを実践的に身につけて、人工衛星稲作管理システム導入のキーパーソンともなっています。
(左から)朗之氏、利之会長、康生常務。利之会長の長男で代表取締役の田中嘉一氏を含め、世代を超えて思いが受け継がれています。
田んぼでの農作業には、時には社員の家族も参加。20ha分の収穫された米は例年社員全員に配布されているそうです。休暇時に希望して作業する社員には、別途手当てが支給されます。農業や環境に関わる活動は、社員のみなさんの「楽しみ」にもなっているのです。
里山再生に本格的に取り組むためには、新潟県の職員として農村整備事業などに関わった経験がある坂口光男氏を相談役に迎え、綿密な計画を立案した上で進めています。里山再生のための作業や、田植え、稲刈りなどの農作業には、東京本部をはじめ、各地の支店からも社員を動員。本業の展開のためにしっかりと確立された人的リソースを上手に活用することで、大規模な「CSV活動」を展開することが可能になっているのです。
藤野委員に里山再生の計画を説明してくださる相談役の坂口さん(右端)。
レポート!
採石場の広大さに、里山再生事業の価値を実感!
広大な採石場では巨大な重機が小さく見えます。
今回の取材では、藤野純一実行委員とともに上越市を訪問。有機農業を行う田んぼや、里山再生に挑戦する採石場を訪ねました。
本社でお話しを伺った後、まず現地を訪れた田んぼでは、50m×200mに整然と区画整理された田んぼが広がる風景に魅せられました。でも、ラジコンヘリコプターを活用すれば、この広大な田んぼへの肥料散布などが、1haにつき10分ほどで完了するそうです。
広大な田んぼでは田植えが終わったばかりでした。
続いて訪れた、上越市内の板倉地区にある採石場では、さらにそのスケールの大きさに圧倒されました。里山再生の取組が行われているのはすでに採掘が終わった約30haですが、連続した山肌を切りながら、まだ約80haほどの開発中、そして開発予定の土地が広がっているのです。
「100年後を見越して、最終的には約100ha以上の、手つかずの山よりも豊かな生態系や人が楽しめる環境を備えた森づくりを目指しています。100年後の姿は、今ここにいる誰も見ることはできないでしょうけど(笑)」(坂口相談役)
現在はまだ開発中の採石場が隣接していて安全面で困難ですが、近い将来、整備した森の道を使ってマラソン大会などを開催するという計画もあるそうです。
稼働中の採石場には、巨大なトラックやパワーショベルなどが整然と並んでいました。積載量70トン(!)というトラックはタイヤ径も巨大で、間近で見ると圧倒される迫力です。でも、そのトラックが採石の現場に出ると小さく見えてしまうほど、採石場全体は広大です。
「雑木林に新しい価値を生む。私たちのように小さな企業の取組が環境大臣賞を受賞できたことは大きな喜びです。全国の採石場でも、田中産業の取組が前例となって、このような取組が広がっていくとうれしいですね」(田中利之会長)
建設用の砂利や砂を採取する採石場は、全国各地、いたるところにたくさん存在し、環境保全に対して小さくない課題を抱えています。耕作放棄地の課題もまた、全国に共通した課題です。地域の企業が健全なリソースを活用して課題解決にチャレンジすれば、社会を変える大きな力になるに違いないと、納得できる現地取材となりました。
再生地域内に水場ができて、今年もホタルが舞ったそうです。
上越市内の本社オフィス風景。
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