新潟県阿賀野市を拠点とし、2017年から耕作放棄地を活用して蜜源植物を栽培、おいしいハチミツを生産しています。季節ごとの花の種まきや、ハチミツの瓶詰め作業は障がい福祉事業所や学校・保育園と連携。地域の人たちの笑顔とともに、耕作放棄地の増大と障がい者への働き場の提供という地域課題の解決に取り組んでいます。
どんな活動?
障がい福祉事業所や学校・保育園と連携しつつ耕作放棄地をお花畑に!
阿賀野市内のショップに並ぶ『八米』の商品。
『八米(HACHIBEI)』代表者の髙橋敦志さんは、それまで勤務していた会社を退職し郷里である新潟県阿賀野市で新規就農、2017年から本格的に耕作放棄地をお花畑(蜜源植物栽培)に変えてハチミツを生産する養蜂農家としての取組を始めました。耕作放棄されて荒れ放題だった田んぼや畑を花畑に変え、春は菜の花、夏はヒマワリなどを育て、採取したハチミツは地元阿賀野市と新潟市内を中心としたレストランや土産物店、デパートや宿泊施設など、またインターネットを活用したEコマースなどを通じて販売しています。
『HACHIBEI』ウェブショップ
https://www.hachi-bei.com
花畑(田んぼや畑)への種まきやハチミツ製品の瓶詰め作業は、新潟市及び新潟市近郊の障がい福祉事業所や保育園、学校とも連携し、たくさんの障がい者や子どもたちが参加する取組みとなっています。
ブランド名である『八米』は、「ハチ」と「コメ」が由来です。八米では、蜜源植物の栽培と養蜂だけではなく、およそ2ヘクタールの田んぼで減農薬のお米づくりにも取り組んでいます。お米を栽培する田んぼでは現在、蜜源植物としてレンゲを育ててハチミツを採取することに挑戦しています。レンゲは緑肥になるのでそのまま田んぼへすき込み、田植えを行います。ひと昔前の日本では、早春の田んぼで一面に広がるレンゲ畑を見ることができました。それが近代農業の発展により、代替の化学肥料などが普及したために最近ではあまり見ることができない風景になってしまいました。
菜の花やヒマワリ畑にしているのも耕作放棄地となっていた田んぼや畑です。髙橋さんが手を入れる前は雑草が生い茂り、藪のようになっていたそうです。ミツバチにも人にも優しい自然に根ざした方法で、耕作放棄地を花畑やおいしいお米を生み出す田んぼに戻し、ミツバチとお米作りが共存できる昔ながらの美しい里山の原風景を取り戻したい。それが髙橋さんの想いです。
さらに、2019年からは、耕作放棄地となっていた果樹園を借り受けて再生する取組へのチャレンジを始めました。山肌の斜面に広がる果樹園だった農地を整備して、福祉事業所の障がい者や高校生、保育園の子どもたちと一緒に新たにヤマザクラを植樹。春には咲き誇る花を愛でながら、お花見や養蜂体験もできる場所にしていくのが目標です。
『八米』代表の髙橋敦志さん。
耕作放棄地での養蜂が活動の軸になっています。
ひまわりオイルも商品化されています。
子供たちにヒマワリの種を配る髙橋さん。
活動のきっかけは?
家族と一緒に暮らすために養蜂農家への転身を決意
果樹園から見渡す阿賀野市内の田園風景。
髙橋さんはもともと建設関係の企業で働くサラリーマンでした。しかし、単身赴任が増えたことから家族と別々の暮らしを強いられることに疑問を感じ「自宅で家族と一緒に暮らしながらできる仕事をしよう」と、郷里に戻っての就農を決意しました。郷里には祖父母が面倒を見ていた田んぼがあります。2013年に会社を退職し、2014年からは地元の農業法人で研修を受けながら、お米作りを学びました。また、父親が趣味でミツバチを飼育していたこともあり、お米作りと併せての養蜂を志し、専門的な技術の習得や地域調査も始めました。
耕作放棄地で蜜源植物を育てるアイデアに取り組んだのは、玉川大学ミツバチ科学研究センターの中村純教授が提唱する「耕作放棄地のお花畑化プロジェクト」を知ったことがきっかけです。農業関係の新聞で、このプロジェクトに参加する山梨県甲府市の野村養蜂場の野村洋平氏が紹介されているのを見て、自らも阿賀野市で取組んでみたいと2017年から耕作放棄地を活用した蜜源植物栽培に本格的に着手しました。
お米作りと養蜂を学ぶ中、ミツバチの餌となる蜜源植物が年々減少傾向にあることを知りました。また、本来養蜂に適している里山のある農村では、農業従事者の高齢化などによって耕作放棄地の増加が深刻な社会問題となっています。耕作放棄地を花畑に変えて、美しい里山の原風景を次世代に引き継いでいくことの必要性を感じ、髙橋さんはそれを自らの仕事にする決意をしたのです。
玉川大学の中村純教授。
野村養蜂場の野村洋平さん。
成功のポイントは?
周囲の協力を得ながらプロジェクトが「カタチ」になっていく
髙橋さんがミツバチを飼育する巣箱。
郷里での就農を決意してから、耕作放棄地を活用した養蜂を軸とした取組を進める事ができたことについて、高橋さんは「想いを口にし、協力してくれる人と出会い、その人たちと共に動くことによって少しずつカタチになってきた」と言います。飼育していたミツバチが天災によって全滅したり、強風によりお米が不作に見舞われた年もありました。そんな中でも「現状から何ができるのかを考える事で、福祉事業所との連携やヒマワリの種から油を採取できるのではないかなど、新たな工夫が生まれてきました。」と髙橋さんは言います。
髙橋さんが好運だったのは、郷里のJAささかみが約30年前から減農薬減化学肥料の農業に取り組む先進的な農協だったことでした。自身の田んぼや花畑だけを減農薬にしても、周囲の田んぼで多くの農薬が散布されていたのでは、ミツバチにとって厳しい環境になってしまいます。しかしこの農協の取組みによってミツバチは安心して飛び回ることができるのです。また、髙橋さんの養蜂農家としての真摯な取り組みが農協職員の心を動かし、耕作放棄された田んぼや果樹園を借りる交渉も、比較的スムーズに進めることができました。
福祉事業所との連携が始まったのは、新潟市が主催した農福連携でのマッチングセミナーがきっかけでした。今回の種まきに参加し、ハチミツ製品の瓶詰め作業を受託している『社会福祉法人 とよさか福祉会 クローバー』は新潟市北区にある施設です。『八米』が拠点としている阿賀野市内の農地からは車で30分ほどかかりますが、八米は障がい者の方にヒマワリの種蒔きや刈取りなどの作業を手伝ってもらう事で人手を確保でき、障がい者側は農作業を通じ、労働に従事する事で社会と関わるきっかけを得られるといったお互いに必要とする関係を築いています。この取り組みが注目され、クローバー以外の障がい福祉事業所でも八米の取組みに参加するといった福祉事業所のネットワークが広がっています。
新潟市内の『クローバー』施設。
『クローバー』内のカフェでは『八米』のハチミツをかけるワッフルが人気。
さらに、髙橋さんは教育関連のイベントなどにも積極的に参加して、保育園や高校など地域の教育機関との連携を進め、園児や生徒が花畑作りや養蜂を体験できる環境作りに取組んでいます。「八米」の製造部門や地域活動は主に髙橋さんが、商品に関わるパッケージデザインやブランディングは奥さんの実家(会社経営)がプロディースしています。生産者だけでは難しいデザインやブランディングを奥さんの会社に委託する事で、より注目される養蜂農家としての活動ができています。
「自分だけで農業を続けようとしてもうまくいかなかったかも知れません。八米というブランドを認知してもらいたいという想いや、地域に根差した農業の重要性などを口にしていくことで、多くの方からアドバイスをもらいました。そうした中で耕作放棄地をお花畑に変え、ミツバチとお米作りが共存できる里山の原風景を次世代に繋いでいくという目標を得ることができました。皆さんの力でこの取組みをより有意義なものにできたと感じています」(髙橋さん)
髙橋さんのスタンスや行動力は、全国各地で持続可能なソーシャルビジネスを構想する方にとってとても参考になるのではないでしょうか。
巣箱は季節などに応じて移動しながらミツバチを育てます。
満開の菜の花畑にもみんなで集まりました。
「クマさんのジョニー」と「ハチベイ君」。
阿賀野市内の有名観光スポット『瓢湖屋敷の杜ブルワリー』でも『八米』のハチミツを地元の特産品として販売しています。
レポート!
ヒマワリの種まきや果樹園への植樹を拝見しました!
ヒマワリの種まきは園児たちにも簡単でした。
阿賀野市内の拠点に伺ったのは、2019年6月でした。まず午前中は、咲き終わった菜の花をすき込んだ圃(ほ)場でのヒマワリの種まきです。この日集まっていたのは、福祉事業所は前出の『クローバー』、阿賀野市の『あおぞらソラシード』、新発田市の『のぞみの工房』という就労支援施設。そして、地元阿賀野市内の『すみれ保育園』の園児、阿賀野高校生徒会のみなさんたちでした。この日、種まきをする田んぼ(お花畑)の広さは約80アール程度。髙橋さんはこの日のために約25kgの種を用意したそうです。
種まきと聞いて想像していたのは、みんなが一列になってしゃがみ込み、土に穴を空けて種を入れ、土をかぶせていく地道な作業でした。でも、いざ種まきが始まると、それぞれ紙コップいっぱいの種を手に持って、一列で歩きながらパラパラとまいていくだけです。一通り種を巻き終えたら、後で髙橋さんがトラクターで一度土をかき混ぜれば、立派に芽が出て育つそうです。やや小雨交じりの天気ではありましたが、園児や障がい者のみなさんも簡単に、楽しく種まきをしていました。
その後は、今、自分たちが種まきをした圃場を含めた田園風景を見下ろす高台の果樹園跡地に移動して、フレンチトーストのお弁当に『八米』のハチミツをかけていただいてから、整地された斜面にヤマザクラの苗を植樹する作業を行いました。
障がい福祉事業所のチームは、髙橋さんが目印を付けた場所に穴を掘り、苗木を植えて踏み固めます。園児チームは高校生のお姉さんたちのサポートで、ヤマザクラの苗木を育てるために用意されたポットに種を植えていく作業です。
自然の中での作業を集まったみなさんが笑顔で進めていくのが印象的でした。髙橋さんはこうした作業をスムーズに体験してもらえるように全ての準備をするのですから、ことによると自分でやってしまった方が早いのかも知れません。でも、地域の里山を受け継いでいく活動に意義があり、より多くの人に参加してもらいたいという思いがあるからこそ手間を掛けてでもこうした機会を設け、そして、たくさんの人の力が集まることで、この取組がさらに有意義なものになっているのだと感じます。
「今回の環境大臣賞受賞は私自身大きな励みになりましたし、協力してくれるみなさんもとても喜んでくれています。これからも、協力・応援してくれている方々や地域に恩返しができるよう、工夫を広げていきたいですね」(髙橋さん)
本格的に蜜源植物栽培を始めたのは2017年なので、ヒマワリの種まきはこの日でまだ3回目のこと。『八米』の取組は、まだ発展途上です。耕作放棄地を活用したお花畑は、ますます広がっていくことでしょう。果樹園跡地にきれいなサクラが咲き誇り、ミツバチが飛び回る風景に出会える日が楽しみです。
歩きながらパラパラまくだけ。みんなで楽しく作業しました。
耕作放棄された果樹園があった高台の斜面にヤマザクラを植樹。
園児たちは高校生の指導でブルーベリーの苗木ポットを作りました。
『クローバー』ではナッツとドライフルーツのひまわりオイル漬けの瓶詰め作業を取材しました。
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