岡山県北部の英田町にある上山集落には、山あいの斜面に沿っておよそ8300枚もの美しい棚田が広がっていました。後継者不足や地域の高齢化で耕作放棄地となり、荒れ果てていた棚田を復活させる活動に取り組んでいるのが、『グッドライフアワード2015』で環境大臣賞グッドライフ特別賞を受賞したNPO法人『英田上山棚田団』です。棚田で田植えをすると聞き、取材に伺ってきました。
棚田の復活は、地域の活気を蘇らせることでもある!
活動のきっかけは?
水路の掃除を手伝いに来たのが始まりでした!
再生されて田植えを待つ上山集楽の棚田風景。
上山地区の高台にある大芦池。
『英田上山棚田団』代表の猪野全代さん。
グッドライフアワードのほかにも さまざまな表彰を受けています。
岡山県、中国山地の山あいにある美作市上山地区には、かつて8300枚ほど、約150町歩(ヘクタール)もの棚田が広がっていたそうです。ところが、高度経済成長期を経て地区では過疎化と高齢化が進み、手間の掛かる棚田での稲作が衰退。かつて棚田だった斜面には雑草や灌木が生い茂り、美しかった棚田の風景が失われつつあったのです。
『英田上山棚田団』の母体は、大阪市内の仲間が集まって活動を始めた「協創LLP(Limited Liability Partnership=有限責任事業組合)」という形態の組織です。組織を立ち上げ、どんなことに取り組むか模索していた頃、ひとりの仲間の父親が、この上山で退職後の田舎暮らしを始めました。上山には、集落の山上にある大芦池から棚田に水を引く水路があります。毎年、田植えの前に村人総出で行う水路掃除に、この方が大阪から息子を呼び寄せた。それが、棚田団誕生のきっかけでした。
約3kmもの水路掃除は、都会暮らしに慣れた若者にとって想像を絶する大変な作業でした。でも、とても面白い仕事でもあったのです。大阪に戻り仲間たちに呼びかけて、週末ごとに上山に出かけて、水路の掃除や、荒れ果てた棚田(だった場所)の草刈りを始めました。とはいえ、当初は現在のような「棚田再生」という明確な目標があったわけではありません。みんなで田舎暮らしを体験するといったイメージで、ひたすら山の草刈りを続けていたそうです。
「おまえら、草刈りばっかりしとってもおもしろないやろ〜」
ある日、週末ごとに草刈りに集まる若者の姿を見かねた地元の方が「この田んぼで米を作ってみたらどうだ」と、数枚の棚田での耕作を任せてくれたことから、棚田団の活動は一気に広がっていったのです。
どんな取り組みを?
仲間がどんどん移住して約150枚の棚田を再生!
古民家を再生してオープンした『いちょう庵』。
いちょう庵はコミュニティスペースと しても活用されています。
駆除した鹿の革製品作りにも チャレンジしています。
棚田米と棚田酒。 ネット通販などで購入できます。
2007年9月から水路掃除から始まった取組は、2008年に3枚の棚田再生に発展。何人(世帯)もの仲間たちが、上山に移住するようになりました。総務省が実施している『地域おこし協力隊』の仕組みも利用しながら、棚田団の活動は上山地区に根付き、地元自治体などとの協力関係が生まれていきます。現在では、7世帯の仲間が上山に移住。大阪などから週末ごとに通ってくる仲間と一緒に、棚田の再生を軸とした上山地域の「復活」に取り組んでいます。
地元の方から3枚の田んぼを借りて始まった棚田の再生は、今年(2015年)の田植えでは150枚まで増えました。2012年には、竹やぶに埋もれそうになっていた古民家を再生して『いちょう庵』というカフェ&コミュニティスペースがオープン。棚田団のメンバーがこの古民家に移住して、営業や運営を担当しています。
カフェがオープンした2012年には、上山地区で8年ぶりとなる盆踊りが復活。棚田団のメンバーが中心となって地元スーパーからの景品提供を取り付けて、盛大な抽選会を行うなど、地域の伝統という「枠」を飛び越えて、元気なコミュニティが復活しつつあるのです。
再生した棚田で作った米も、ただ出荷するだけではありません。自分たちが作った『棚田米』をブランド化して、米としてはもちろん、日本酒などのオリジナル商品を開発して、付加価値を高めて販売するプロジェクトが順調に成長しつつあります。
棚田を再生するという取組は、ただ、耕作放棄されていた棚田での米作りを復活させるだけではありません。米作りは地域の暮らしの礎でもあるのです。メンバーたちが思い切って上山に移り住み、棚田がある風景やそこに住む人々の暮らしまで、新しい発想を吹き込みながら元気にしつつあることが『英田上山棚田団』の取組のすばらしさといえるでしょう。
成功のポイントは?
「楽しいことは、正しいこと」の信念で取組を拡大中!
メンバーのお宅にある『さいぼう庵』で さまざまなアイデアが生まれます。
集楽を見下ろす高台にある展望台。
展望台のそばにはヘリポートが!
取材中、突然のヘリ登場に驚きました。
今回の取材中、棚田団メンバーの車で移動する途中、もともとの地元住民の方々と、関西の都市部から通ってきている棚田団のメンバーが明るく挨拶をして親しく言葉を交わす様子が印象的でした。上山に移住したメンバーはもちろん、大阪などから通ってきているメンバーたちも、棚田やコミュニティの再生に「本気」で取り組んでいるからこそ、地元の人たちとの関係がうまくいっているのでしょう。
『英田上山棚田団』のモットーは、「楽しいことは、正しいこと」。活動のきっかけになった水路掃除や耕作放棄された田んぼだった荒れ地の草刈りも、棚田団のメンバーにとってはとても「楽しい」ことだったのです。
棚田を再生し、コミュニティを元気にする活動の中でも、「楽しいことは、正しいこと」という姿勢はさまざまに発揮されています。再生可能エネルギーによる電力自給や、小型の電気自動車の導入。農業の六次産業化。情報通信機器を活用した営農や自然環境の監視と管理体制の構築。さらにはネットワークの人脈を活用した国際交流などなど。棚田団の取組は、上山にかつての棚田の風景を取り戻すだけにとどまらず、過疎や高齢化が深刻な問題となっていた山間地の集落に、新しい発想で次世代の「元気」を注ぎ込むチャレンジです。
実は、メンバーたちの活動母体はNPO法人である『英田上山棚田団』だけではありません。地域活性化全体に取り組む一般社団法人の『上山集楽』(落ではなく「楽」!)や、農業生産法人などを設立。幅広く必要な組織としての形態を整えながら、美作市地域おこし協力隊などとも密接な関係を保ちつつ、「上山集楽国として独立宣言」をして、ユニークな地域活性化に取り組んでいるのです。
レポート
集楽を見下ろす高台にはヘリポートまで完成!
みんなで田植え!
2〜3本の苗を取り、 優しく田んぼに植えていきます。
どろんこになるのも楽しい体験です。
上山神社からは集楽の谷を一望できます。
取材で伺ったのはまさに田植えの最盛期。この日は、隣接する津山市から美作高校ユネスコ部の生徒さん20名ほどが、田植えを手伝いにやってきました。上山の棚田再生プロジェクトが、2013年に日本ユネスコ協会の「プロジェクト未来遺産」に登録されたこともあり、美作高校ユネスコ部のみなさんは何度も田植えなどの手伝いに訪れているそうです。
高校生たちと、大阪から手伝いにやってきた子どもらがみんな素足で田んぼに入り、植える位置の印が付けられた目安の糸を張りながらの手植え体験。大変な作業ではありますが、慣れてくると手際もよくなって、みんながとても楽しそうな笑顔で作業をしていたのが印象的でした。
田植えの後、棚田団のメンバーに集楽内を案内してもらっていると、頭上にヘリコプターが飛んできました。棚田団の活動を応援してくれている方が私有するヘリコプターということで、棚田団のメンバーが笑顔で手を振って迎えます。集楽を見下ろす高台には、地元の建築会社社長のご厚意で、上山集楽のロゴマークが記されたヘリポートまで完成していました。ちなみに、ヘリポートの近くには、鉄骨の展望台まで建てられています。
約150枚が復活したとはいえ棚田の再生はまだ道半ば。棚田での稲作や、周辺の里山を活用した仕事そのものは、決して経済効率が高いものではなく、移住したメンバーや従来からの住民の暮らしを支えながら、コミュニティを活性化していく取組は簡単なことではないでしょう。でも、実際に訪れた上山では、今までの常識には当てはまらない、前向きな活力があふれているのを実感できました。
さらに多くの棚田が再生されるであろう数年後、今度は、棚田に稲穂が揺れる時期にまた訪ねてみたいと感じる取材になりました。