環境ナノテクがエレクトリック・カーの未来を開く
~自動車産業のシリコンバレー・モデル~

AZCA, Inc. マネジングディレクター / Noventi マネジングディレクター 石井正純

4.シリコンバレーとグリーンテクノロジー

 テスラモーターズの創立者エロン・マスク(Elon Musk)はインターネット決済のPayPalの創業者であり、自動車産業で長い経験を積んだ上でテスラを創業したわけではない。また、テスラモーターズには、グーグルの創業者のラリー・ページ(Larry Page)、セルゲイ・ブリン(Sergey Brin)などインターネットの申し子であるが、これまでの自動車産業とは全く関係ない人たちがこの企業の投資家として名を連ねている。クーロン・テクノロジーの創立者リチャード・ローエンソール(Richard Lawenthal)はもともと、グラフィカルワークステーションのベンチャー企業、スターデント(Stardent)やテレコム関連のベンチャー企業、ストラータコム(StarataCom)など、シリコンバレーで典型的なハイテクベンチャー企業で経験を積んだ起業家であり、自動車関連の仕事をしてきたわけではない。また、ベタープレイスの創立者シェイ・アガシ(Shai Agassi)は、以前はドイツのソフトウェア大手のサップ(SAP AG)のプロダクツ・技術グル-プの責任者、彼も自動車業界にいたわけではない。因みに、ラリー・ページ、セルゲイ・ブリンはともに36歳、エロン・マスクは37歳、シェイ・アガシは41歳と、皆すごく若い。

 自動車産業はこれまで100年かけて今日の市場を形成し、インフラを醸成してきた。ところが、これまで全くといってよいほどデトロイトとは直接関係の無い人生を歩んできた、とても若い人たちによって新たな自動車産業が、いまシリコンバレーバレーから生まれようとしている。テスラは2003年に無名のベンチャー企業として創立され、ゼロから出発してほんの5年のうちに、世界で最先端とされるEVを生み出した。テスラモーターズは自動車産業にシリコンバレー・モデル(シリコンバレーのビジネスモデル)を持ち込んだといえる。シリコンバレーでテスラのような企業を生み出すことが可能になった背景は何処にあるのだろう?

 この問いに答えるためには、シリコンバレーのハイテク・インフラについて理解を深める必要がある。シリコンバレーの始まりは1939年にヒューレット・パッカード創立の時と言われている。それ以来、いくつものハイテクノロジーの波がシリコンバレーにやってきた。これは世界中は勿論のこと、米国内をとっても他の土地には見られない特殊な現象といっても良いかもしれない。シリコンバレーがハイテク分野でここまで育つに至った背景には四つのインフラ要素が考えられる。まず、優秀な大学や、研究機関の存在。シリコンバレーではスタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、サンタクララ大学などシリコンバレーの成立には欠かせない、大学がある。先に述べたようにヒューレット・パッカードを初め、近年ではヤフーを創立したジェリー・ヤング、グーグルを創立したセルゲイ・ブリン、ラリー・ページらはともにスタンフォード大学出身である。また、SRIインターナショナル、PARC(2002年まではXEROX PARC)といった優れた研究機関も同様にシリコンバレーの発展に多く寄与した。二番目に、多くの起業家の存在、あるいは起業家精神の存在。前述のように、シリコンバレーの大学、研究機関から生まれたベンチャー企業がこれらの大学・研究機関から多くの起業家予備軍を雇い、さらに多くの起業家が生まれるためのトレーニング・グランドを提供している。また、多くのベンチャー起業家は、自らの成功体験、あるいは失敗経験をもとにさらに次のベンチャーを立ち上げるべく毎日を送っている。三番目に、ベンチャーキャピタルの存在が挙げられる。ベンチャーキャピタルは提供する資金も経営に関する様々なアドバイスも、売上げを未だ出していないベンチャー企業にとってはその活動を支える、無くてはならない酸素の役割を果たしている。これらの三つの要素に加え、四つ目の要素として、ベンチャーキャピタルおよびベンチャー企業の活動に詳しい法律家、会計士、コンサルタント、調査会社、投資銀行、ヘッドハンターなど、いわゆるプロフェッショナルの存在がある。これらのプロフェッショナルは上述の三つのプレーヤーの間の連携をスムーズにし、いわば潤滑油の役目を果たしている。

 シリコンバレーはこれらのインフラ要素が長い何月を経て醸成されてきた、世界的に見ても大変特殊な地域と言える。これらの四つのインフラ要素が醸成され、シリコンバレーというハイテククラスターの形成、発展を促すことになった根底にある最も重要なキーワードを挙げるならば、①多様な文化的背景の人たちに対する「オープンネス」、②新しいアイデア ("out of the box" thinking)に対する「オープンネス」、③新しいビジネスモデルに対する「オープンネス」など、「オープンネス」(openness)ということになるであろう。

 半導体、ハードウェア、ソフトウェア、通信・インターネット、バイオテクノジー、ナノテクノロジーといったハイテクノロジーの波の恩恵を受け発展して来たシリコンバレーが「オープンネス」という基本的なカルチャーの上にハイテクインフラの四つの要素を満たしていることはこれまで記してきた通りだが、情報通信技術やエレクトロニクスとは一見係わりの無いグリーンテック分野で現在なぜここまで脚光を浴びるようになったのか?シリコンバレーという地域はハイテクベンチャーが育つインフラ要素を備えているのに加え、州政府の積極策という、グリーンテックにお金が流れるためのもうひとつの要件を満たしているところといえる。また、オバマ政権の「グリーン・ニューディール」政策も大きな追い風になっている。もう一つ言及しなくてはならないのは、これまで長い年月を経てシリコンバレーで培われたエレクトロニクス、情報通信技術、材料技術、ナノテクノロジーなどの技術の多くが、実は燃料電池、太陽電池、バイオ燃料、先端的電池、電力分配管理技術固体照明など、グリーンテックの多くのアプリケーションの要素技術でもあるということである。これらの技術の発展、これらの技術を駆使して新しい企業を起こそうという起業家、これらの起業家に資金を提供するベンチャーキャピタル、さらに、これらの活動を後押しする州政府および連邦政府の積極策が、イノベーションのナットワークを形成し、シリコンバレーでグリーンテックの地域クラスターの醸成を可能にしているということになる。

 テスラモーターズのビジネスモデルを見ると、まるでシリコンバレーでこれまで行なわれてきた、半導体やコンピュータ・システムのビジネスモデルに非常に似ていることが分かる。つまり、キーテクノロジーあるいはキーコンピテンスは自社でガッチリ抑え、世界で最先端のポジションを維持しつつ、それ以外の技術、コンポーネントは外部から調達し、出来るだけ身軽な経営を行なっていこうとするものだ。たとえば2ヶ月ほど前に筆者自身がテスラモーターズに訪問しCEOのエロン・マスク、CTOのジェー・ビー・ストローベル(JB Straubel)とあって話を聞いた際にも、テスラのコア技術はバッテリーの制御技術(ソフトウェア)という話であった。シャーシはノルウェイ、ブレーキとエアバッグはドイツ、バッテリーパックは日本から調達してタイでアセンブル、またファイナル・アセンブリーは英国で、といった具合に、ほとんどシリコンバレーの得意な「ファブレス」といった感がある。もっとも、次のモデルは米国内で生産という話も聞いている。また、少なくとも現時点では販売もディーラー網に頼るのではなく、直販店を設置している。ガソリン車ではなく、EVであるからこそ、このモデルが可能ともいえる。

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