報道発表資料

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1997年04月24日

「地球温暖化の日本への影響1996」の報告書の公表について

この度、地球温暖化問題の科学的側面に関する我が国の権威を網羅した、「環境庁地球温暖化問題検討委員会」(座長:北野康(やすし)名古屋大学名誉教授、参考1)は、「地球温暖化の日本への影響1996」と題する報告書をとりまとめた。この報告書は、地球温暖化の日本への影響について、自然の生態系、農林水産業、社会基盤施設、健康等、広範な分野にわたってとりまとめたものである。作成に当たっては、我が国を代表する各分野の研究者からなる「影響評価ワーキンググループ」を上記委員会のもとに設置し、約1年余をかけて分野ごとに学会や地方自治体の研究成果を集約し執筆を進めてきた。(参考2)
 この報告書は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が作成した気候変化の将来予測(気候シナリオ)やその他の最新の気候モデルに関する知見を活用して作成されたもので、その成果は本年から開始される予定のIPCC第3次報告書の作成作業へも利用されることが期待される。
 報告書によると、対策が不十分のまま地球温暖化が進むと、我が国においても各方面に深刻な影響が生じることが予測されている。環境庁としては温暖化防止に向けて早急な取組を行うことが重要であることを示すものとして受け止めるとともに、同報告書をもとにした温暖化問題の国民への普及啓発を促進したい。

1.注目すべき地球温暖化の日本への影響について(報告書の概要)

(1)日本の自然環境への影響
a) 気温への影響
 いくつかのモデルを用いた予測によると、おおむね二酸化炭素濃度が現在の2倍になった時点(二酸化炭素濃度倍増時点)で、我が国の年平均気温は現在と比べて1~ 2.5℃程度上昇することが見込まれている。

(参考)
 二酸化炭素濃度の増加よりも気温上昇は遅れて生じるので、 2.5℃の上昇はおおむね 550ppmv程度の濃度の二酸化炭素の大気中への蓄積に伴う気温上昇が遅れて現れたものであり、 700ppmvの濃度による気温上昇はさらに大きい。
 なお、記録的な猛暑であった1994年においても、年平均気温でみると平年値より約1℃高かったのみでった。

b) 降水量への影響
 降水量は、二酸化炭素濃度倍増時点で、年平均で-5%~+10%程度の変化が予測されており、計算方法により幅がみられる。また、夏季には、現在降水量の多い地域では更に多くなり、少ない地域では更に少なくなる、つまり差が顕著になるとの研究結果が示され、このことから、夏には乾燥と大雨が増加する可能性があり、様々な方面への影響が懸念される。さらに、冬には、大陸からの寒気の吹き出し(季節風)が弱まると予測され、その結果、季節風の吹く寒い冬らしい日が減少すると予想される。

c) 絶滅する種の発生する可能性
 温暖化に伴い動植物は、北または高地に移動するが、我が国では複雑な地形や都市等が障壁となり動植物が十分に移動できない。このため、分布限界に位置する群落、孤立して存在する群落等は、行き場を失い絶滅のおそれがある。また、現在の環境で設定されている動植物の保護区は、温暖化による環境の変化により設置が不適切となり、この点からも種の絶滅に拍車を掛ける可能性がある。

(2)農業への影響
a) 米の食味の変化 気温の上昇により米粒内のマグネシウム含有量とマグネシウム-カリウムの比率が減少し、米の食味が落ちる可能性がある。

b) 作物生産への影響
・ 稲は、北日本では増収、西日本では減収が予想される。また、年々の稲の収量の変動性への影響では、北日本では安定化する傾向にあるが、西日本では変動が更に大きくなる。
・ トウモロコシは、北海道で増収、中部日本でほとんど変わらず、九州で減収と予想される。
・ 小麦は、概ね減収と予想される。

c) 世界の食糧状況からの影響
 我が国の農業生産の自給率は、1993年現在で穀類で22%、イモ類で89%、豆類で4%である。また、水産物の40%が遠洋漁業と輸入に支えられている。このことは、輸入相手国の生産変動も極めて重要であることを意味している。

(参考)
 アジア太平洋地域を対象とする別の研究による影響評価によると、例えば、冬小麦の生産量は、何も温暖化対策をとらなかった場合、2100年にはインド、中国でそれぞれ、55%、15%減少するとの予測があり、これら諸外国の食糧状況が我が国に大きな影響を及ぼす可能性がある。

(3)漁業への影響
 温暖化により海水温度が高くなると、サケ類の生息南限は北上すると考えられる。 釧路沖の低次生産量(植物プランクトン、動物プランクトンの量)の暖水温年と寒水温年の比較から、温暖化によりこの海域の低次生産量は減少すると考えられ、この海域の漁場としての価値に悪影響が生じる可能性がある。

(4)水文・水資源への影響
 気温上昇により降雪が雨になったり、融雪が早まったりするので、1月~3月の河川流量が増加し、4月~6月の河川流量が減少する。したがって、冬季の貯水量の増加が可能にならない限り、水資源の不足のおそれが高まると考えられる。

(5)淡水生態系への影響
 我が国の多くの湖沼・河川で放流されているニジマス等のサケ科の魚は、冷水性の魚であり、温暖化によって湖沼・河川の水温が上昇すると、生存が脅かされると考えられる。
 さらに水温上昇の結果、多くの魚類で成熟サイズの低下、湖沼でのラン藻類の優占、湖沼の貧酸素層の拡大を引き起こすものと考えられ、これらがマス類を始め魚の生存環境に悪影響を及ぼすと考えられる。

(6)海面上昇の沿岸域に対する影響 海面上昇により、自然海岸の侵食が激化する。特に砂浜への影響は大きく、30cm、65cm、100cm の海面上昇によって、現存する砂浜の56.6%、81.7%、90.3%が消失すると予測されている。特に、65cmの海面上昇により岡山県で、100cm の海面上昇によりさらに秋田県、山形県、東京都、福井県、京都府、大阪府及び和歌山県で、砂浜が完全に消失することが予測されている。
 我が国の砂浜は現在でも侵食問題に悩まされているが、事態は一層深刻化し、海水浴や観光に活用されている多くの砂浜が消失してしまうことが予想される。

(7)沿岸域の脆弱性の増加 1mの海面上昇が生じると、満潮位以下の国土面積は現在に比べ 2.7倍に拡大し、そこに住む人口は 2.1倍の 410万人、資産は 2.0倍の 109兆円に増加する。また、高潮が発生した場合にはさらに多くの人や資産が氾濫のおそれがある区域内に含まれることになり、台風による被害が増加することが予想される。

(8)観光・レクリエーションへの影響 気温上昇により降雪が雨になったり、融雪が早まったりするので、スキーシーズンの短期化が起こり、スキー場による観光産業に大きな影響を及ぼす。また、上述のように、海岸の侵食により、海水浴、潮干狩り等のレクリエーションが不可能になる地域が生じるといった影響を及ぼす。

(9)人の健康への影響
a) 地球温暖化による熱ストレスと熱中症 温暖化により、夏季の数か月間、高気温の発生頻度と期間が増加する。東京での疫学的な調査によると、気温と熱中症患者の人数と有意な相関があり、日平均気温と日最高気温がそれぞれ27℃、32℃を超えると熱中症患者数が指数関数的に増加すること、特に高齢者の熱中症等の疾病の発生は、夏季の気温の上昇に伴って急速に増加することがわかった。こうしたことから、温暖化により、熱中症等の熱関連の疾病の増加、特に高齢者での疾病の増加が懸念される。

b) 動物媒介性感染症 温暖化は、マラリア、デング熱等の動物媒介性感染症の増大をもたらす。中国南部のマラリア流行地での現地調査結果等により、特に死亡率の高い熱帯熱マラリアが、従来からいわれていたよりもはるかに低い気温(最低月平均気温13℃)で流行が維持されることが示され、さらに、二酸化炭素倍増時には、中国北部、韓国、西日本一帯までが流行危険地域に入る可能性があることが予測された。また、南西諸島の広範囲でのハマダラカ(マラリア媒介蚊)の生息調査結果によると、現在石垣島、宮古島が北限となっているコガタハマダラカの生息域が、3℃の平均気温の上昇により沖縄本島北部にまで及ぶことが示された。

c) 死亡率への影響 日最高気温と日死亡率とを比較した分析結果から、我が国の多くの地域で、日最高気温が33℃以上に上昇すると死亡リスクが増加し、それは特に65歳以上の高齢者に特徴的であること、また、死因としては、特に循環系疾患に顕著であることがわかった。例えば、北海道における日最高気温と、 65歳以上の男性の総死亡率との関係をみると、日最高気温が33℃を超えると死亡率が急激に増加し、1日に10万人当たり 1.5人程度の増加がみられた。こうしたことから、地球温暖化による気温上昇は、特に高齢者における死亡リスクを増加させることが予想される。

d) 光化学オキシダントによる健康影響
 工場、自動車等から排出される炭化水素と窒素酸化物は、太陽からの強い紫外線を受けて光化学反応を起こし、光化学オキシダントを生成する。我が国では、毎年夏になると光化学オキシダントによる目や喉に対する刺激症状を主とした被害が報告されている。温暖化による気温の上昇は、大気中の光化学反応を加速するので、多くの都市地域では光化学オキシダント濃度が増加する。したがって、光化学オキシダントの暴露の増大により、呼吸器疾患のような急性・慢性的な健康への影響が拡大することが予想される。

2.環境庁としての対応

 環境庁としては、本報告書によって、地球温暖化の進行を今のまま許すと、我が国においても深刻な影響が生じることがますますはっきりしてきたと受け止めている。温暖化の影響については、その進行過程での影響、各分野の変化により生じる複合的、総体的な影響、海外の環境変化が我が国の社会経済に与える影響等、まだ解明されていない部分があり、なお過小評価のおそれがあるので、今後とも一層その解明のための研究を推進していくこととしている。
 また、今回の報告書の内容については、早期に対策を強化することの必要性を国民に理解していただく上で有用なものであるので、普及版の作成等を進め、その積極的な活用を図っていきたい。

*参考1、2及び報告書概要については、添付ファイル参照。

添付資料

連絡先
環境庁企画調整局地球環境部環境保全対策課研究調査室
なとり
 室 長: 名執  芳博 (内線6743) 
       うにすが
 補 佐: 宇仁菅伸介 (内線6746) 
       かわまた
 担 当: 川真田正宏 (内線6747)

環境庁国立環境研究所地球環境研究グループ
統括研究官:西岡 秀三 (0298-50-2331)
 担     当:原沢 英夫 (0298-50-2507)