報道発表資料本文


           「地球温暖化の日本への影響1996」
報告書要約

第1章 気候変化予測

この章で対象とするのは、地球温暖化の我が国における気候への影響である。我が国は日
本海を隔ててユーラシア大陸の東岸に位置する南北に細長い島国であるが、列島の中央部
に存在する脊梁山脈のため、気候の地域による違いも大きい。我が国の気候を特徴づける
ものとして、冬と夏の季節風、梅雨と秋雨(秋霖)と呼ばれる雨季、台風などがあげられ、
温暖化に伴ってこれらにどの様な変化が現れるかは関心の高い問題である。現在の科学・
技術の水準では、これらの問題や我が国の各地域毎の気候の変化について明確な評価を行
うまでには至っていないが、本章では、最新の研究成果を広くレビューし、温暖化の我が
国の気候への影響を、定性的なものを含めて、できるだけ評価しようと努めた。以下に、
本章で得られた温暖化の我が国の気候への影響の要点を記す。

(我が国の気温、降水量への影響)
地球温暖化が我が国の気候へ及ぼす影響について、世界の6つの研究機関(注1)における
7種類の全球大気・海洋結合モデルによる二酸化炭素濃度漸増実験の予測結果(注2)を
もとに、二酸化炭素濃度倍増時点での我が国周辺の気温・降水量の変化を求めると以下の
ようになる。
・ 年平均では、気温は1〜2.5℃程度の上昇、降水量は、5%減少〜10%増加程度の変化
が予想される。
・ 季節別では、気温には際だった季節による違いは見られず、0.7〜3℃程度上昇する。
・ 降水量は、冬季においてはモデルによる違いが大きく15%減少〜11%増加の変化幅があ
るが、その他の季節では数%減少〜10数%増加の変化幅である。

(海面水位等、日本付近の海洋への影響)
日本列島周辺の地形情報を適切に取り入れた気象庁気象研究所の全球大気・海洋結合モデ
ルによると、二酸化炭素濃度が倍増する時点において以下のような結果が得られている。
・ 我が国周辺における海面水位は日本海沿岸で10〜20cm、太平洋及びオホーツク海沿岸
で15cm程度上昇する。ただし、これには氷河・氷床の変化による寄与は含まれていない。
・ 黒潮は僅かではあるが強まる。
・ 海面水温は日本海沿岸で1.6℃程度、太平洋沿岸で1.2〜1.6℃、オホーツク海沿岸で
1.8℃程度上昇する。

(我が国に特徴的な気象現象の変化)
現在の全球大気・海洋結合モデルの空間解像度が粗いこと、および我が国を含む東アジア
を対象とした地域気候モデルによる予測結果が少ないため、細かな点については判断でき
ないが、以下のようなような変化が考えられる。
・ 冬季の寒気の吹き出しが弱まる傾向にある。これと関連した日本海側の降水(雪)の変
化については、増加、減少の双方が考えられ、変化の傾向については判断できない。
・ 夏のアジアモンスーンは強まる傾向にあり、現在の気候のもとで降水量の多い(少な
い)地域では降水量の増加(減少)が見込まれる。なお、梅雨の動向については判断ができな
い。
・ 台風(熱帯低気圧)の発生の頻度、地域、季節、強度(平均及び最大)がどう変わるかに
ついては現時点では結論できない。

(注1)地球流体力学研究所(米国)、国立大気研究センター(米国)、ゴダード宇宙科
学研究所(米国)、マックスプランク気象研究所(ドイツ)、ハドレーセンター(英
国)、気象庁気象研究所(日本)

(注2)この結果は 漸増実験による気候予測の結果であり、温室効果ガスの増加に対する
気候の変化の時間的遅れから、ある瞬間では、従前の大気・海洋混合層モデルによる平衡
実験の値より気温等の変化幅が小さくなっていいる。


第2章 自然系への影響

日本は北緯25度から45度まで緯度25度あまり、南北3000kmにわたって東アジアのモンスー
ン地域に広がる。その全域が森林の成立を十分支える多雨林地帯にあるのが大きな特徴で
ある。温度変化が激しい中緯度地域に位置し、亜熱帯常緑広葉樹林から寒温帯針葉樹林ま
で変化する。日本の骨格をなす標高1000 m以上の山岳地域は生物分布のルートになった
り、時には分布障壁となる。また、海峡が分布境界になっている例が多く、温暖化によっ
て移動を強いられる生物相や生態系は大きな影響を受けることが予想される。地形のひだ
が細かく、地質的にも多様であり、さらに山岳地特有の局地気候がさまざまなスケールで
形成されており、マクロな温度条件の変化による生態系の変動予測だけでは現実的ではな
い。さらに現実にはその間に多くの都市や道路、鉄道などの人工構造物がさまざまなレベ
ルの分布障壁を形成しており、現実的な予測はほとんど不可能に近い。しかし、一方で、
生物種は種に固有のさまざまな環境耐性や移動能力を有しているが、生物種の機能型、生
態型を単位とした生態学的知見に基づいて環境変動に対する生態系の変化を予測し、予防
的対策を講じていくことが今後ますます求められる。

(山岳地に対する影響)
−山岳地域における地形形成作用への影響−
・ 日本の山地は、世界的にみて侵食量が最も大きい部類に属する.最終氷期から後氷期
にかけての温暖化にともない、台風による豪雨の頻度が急増し、崩壊やガリー浸食による
山地斜面の形成が活発になる。このような後氷期における山地斜面の深い浸食は、降雨強
度に強い影響を受け、地域差が認められる。温暖化にともなう降雨強度の増大は、山地斜
面の侵食の増大を予測させる。
・ 一方、周氷河作用を受ける地域では、斜面形成営力の定量的な把握が行われてきた。
短時間で進行する温暖化によって山岳地域の地形形成作用にどのような変化が起こるかに
ついて明らかにするには、過去の温暖期にどのような変化が起きたかを動的に解明するこ
とが必要である。

(森林分布に対する影響)
・ 森林に対する影響を評価するには現象スケールごとに要因を区別する必要がある。
・ マクロスケールでは降水量は十分なので温度要因が効く。緯度的には熱帯と温帯の移
行部に位置し、温度の季節変化が大きく、それに関連した温度条件が日本の森林分布を律
している。森林の分布を支配する温度条件は熱帯では積算温度であるが、日本の照葉樹林
帯では夏は熱帯とほとんど変わらないので、その北限は年平均気温などではなく冬の低温
によって決まっている。
・ 地形とそれに応じたさまざまな環境要因がメソスケールの分布を支配する、脊梁山脈
の存在により積雪分布は日本海側と太平洋側の植生の違いをもたらす。そのほか斜面方
位、地形に応じた土壌水分が植生パターンを決める。さらに石灰岩、蛇紋岩など母材の影
響による特殊分布も多く、温暖化の影響を評価するには具体的な種の分布を支配する要
因、連動する種間関係についての解析が必要である。このように、温度要因だけでなく、
積雪、地形・土壌、地質などはそれぞれ成立する森林を規定する。とくに、温暖化にとも
なう積雪の変化は日本の山地の植生分布を大きく変化させる。

(草地への影響)
・ 日本の草地のうち自然草原は陸地全体の1%で、高山、風衝地、海浜、湿地など極限立
地に成立するものがほとんどである。それだけに種個体群サイズは小さく、環境条件のわ
ずかな変化によっても絶滅の危険がある。レッドデータブックによる絶滅危惧種の多くが
草原の構成種である。また、これまで人間の利用によって維持されてきた半自然草原は群
落としても保護を要するものが多いことが群落版レッドデータブックによって明らかにさ
れている。
・ 人工草地は大きく寒地型と暖地型に分けられそれぞれC3、C4植物が主体である。温度
変化はこの2種類の草地の分布、種構成を変化させる。諸外国では降水量が草原の分布や
型を決める重要な要因であるが、日本の場合はむしろ温度、あるいはその両方が重要であ
る。降水量の増大は土壌浸食にとって問題となる。また、人工草地では輸入飼料等にとも
なう外来雑草の侵入や特定の雑草の繁茂などが引き起こされる可能性もあり、草地管理上
大きな問題となる。こうした人工草地は遷移の途中相なので、放置すれば遷移が進行し、
二酸化炭素は植物体と土壌に急速に固定されていく。また、農業情勢の変化によってその
存在すら失われてしまう可能性があり、日本の伝統的な農耕体系にともなって進化してき
た種の保存という意味からも温暖化の影響と同時に人為的要因の草地生態系に対する影響
が再評価される必要がある。

(砂漠化 その日本への影響)
・ 日本では現状では砂漠化の危険はないが、グローバルな視点では、とくに隣の中国で
砂漠化が進行しており、その間接的な影響が問題となろう。日本の近くでは北京の北400 
km付近に広がる内蒙古が問題になる。この半乾燥地では草原を耕地化しているが、その結
果水分消費量が増大し、地下水の枯渇を引き起こす可能性がある。過放牧になると家畜の
踏圧によって土壌が固くなり、降雨直後の蒸発を増大させ植物の水利用が妨げられた。温
暖化によって地球の南北の温度差が小さくなると亜熱帯高気圧の平均緯度が北上し、中国
内陸部では林野火災が起こる危険性が増大している。こうした変化の影響も日本には直接
的に及ぶ可能性もあり、周辺地域での変化を視野に入れる必要がある。

(湿原への影響)
湿原植生は大きく湧水によって涵養されるものと高層湿原にわけられる。
・ 湧水涵養型では周辺の森林の変化によってその成立が大きく規定され、温暖化による
集水域森林の変化が蒸散量の変化などと関連して影響する。高層湿原は主としてミズゴケ
の生育によって維持されている。
・ 高層湿原を構成するミズゴケの多くは比較的広い温度域に生育が可能であり、わずか
な温度変化によって大きな影響を受けるとは考えにくい。しかしながら、温暖化によって
降雨量・雲霧日数の低下があるならば、ミズゴケ類の生育状況に大きな変化が生じること
が予想される。すでに降水量の低下、周辺の乾燥化などによって湿原の成長がすでに停止
しているものもあり、温暖化にともなうこうした気象要素の変化が影響する。

(生物多様性、自然保護区への影響)
・ 温暖化による環境の変化は後氷期の15 - 30倍ほどの速度で、さまざまな生物種、生態
系の移動を強いる。移動能力は種に固有なので現在の生態系の構成は維持できず、種組
成、構造が変化し種の絶滅が危惧される。
・ 特に、都市化地域が広がる低地部では種の移動がほとんど不可能である。種の移動を
可能にするコリダーやネットワークが必要である。希少種、遺存分布種、分布限界種など
地史的要因による種の分布は生物地理学的境界、とくに植生帯の移行部などに多く、大き
な変化を受け種の絶滅が起きやすい。
・ 現在の環境要因に対応した種でも移動にあたっては、温度要因以外に既存の種との新
たな競争関係が想定され、局所的絶滅が想定される。
・ 気候変化とともに都市化、農耕地化などによる自然環境の喪失は、生態系の孤立化、
島化を生みだし、これまで希少種だけだった絶滅危惧種が普通種にも起こりうることにな
り、温暖化にともなう複合影響を評価する必要がある。


第3章 農林水産業への影響

気候変動は、さまざまなメカニズムを通じて農林水産業に影響を与えている。そのため、
温暖化は農林水産業に大きな影響を与えると予想される。農業と林業に対する温暖化の影
響は、大気中のCO2濃度の上昇に伴う直接的影響、気候変化に伴う作物・林木・家畜及び雑
草・病害虫等の生育・生長への間接的影響、海面上昇に伴う低標高農・林地への影響、な
どがある。また、水産業への影響は、温暖化に伴う海水温の上昇や海流・混合層の変化及
び複雑な食物網の変動を通して現れる。このように、農林水産業への温暖化の影響はさま
ざまな要素が相互に関連して複雑である。以下では、予想される温暖化が我が国の農林水
産業に与える影響について、現状で得られている結果について要点を列挙する。

(農業への影響)
温暖化の農業への影響については、作物の生育・生長及び生産と気温・CO2濃度との関係に
関する基礎的データが比較的蓄積されている。これらの限られたデータに基づいた作物モ
デルが作成されており、林業・水産業に比べると定量的評価が進んでいる。

(イネの生育・生長への影響)
・ 人工気象室や温度勾配チャンバーを用いて行われた結果は次のように要約される。
・ 一般にイネの収量は高CO2によって増大する。その他の要因が制限されない状態であれ
ば、CO2濃度倍増によって収量は30%以上増大する。十分な日射がある適度な高温状態
(33/26℃)では、28/21℃の区に比較して収量は70%増大する。
・ 高CO2条件下では、穀粒内のマグネシウム含量とマグネシウム−カリの比率が減少する
が、リンは変化しない。これはコメの食味が落ちることを意味している。
・ 高CO2濃度がイネの乾物生産や収量を増加させる割合は、温度と窒素の条件に大きく影
響される。イネ頴花は開花期の高温に極めて敏感であり、開花期の温度が約35℃になると
受粉障害が発生し収量に影響する。イネ頴花の受精率は開花期の日最高気温の増加に伴っ
て減少するが、二酸化炭素濃度には関係しない。

(作物生産への影響)
国内の代表的な地点を対象に作物モデルを用いて行われた結果は次のように要約される。
変化の幅は、予測に用いた複数の大気大循環モデルの結果が異なることに起因する。
・ 水稲では、温暖化によって北日本では増収(札幌:+6〜+22%、仙台:-11〜+26%、新
潟:-5〜+12%)、西日本では減収(名古屋:-37〜-8%、宮崎:-13〜+6%)すると予想さ
れている。また、年々の収量変動は北日本では安定化する傾向にあるが、西日本では変動
がさらに大きくなると予想されている。
・ トウモロコシでは、北海道で増収(帯広:+6〜+28%)、中部日本ではほとんど変わら
ない(松本:-7〜+7%)、九州では減収(都城:-7〜-3%)すると予想されている。
・ 小麦では、いずれの地点も減収する(北見:-41〜+8%、盛岡:-18〜-1%、福岡:-
27〜-9%)。北海道の減収は夏の降水量の減少が主因である。
・ 寒地型牧草では、北海道・東北の一部で+5〜+10%の増収が期待されるが、その他の地
域では10%以上の減収となると予想されている。
・ サトウキビでは、10月の降水量が20〜27.5%滅少すると、収量は2〜8%減収すると予
想されている。

(国内生産量の変化)
地域ごとに行われた収量の変化を積み上げて求められる国内生産量の変化は次のように予
想されている。
* 水稲:	 -6〜+9%
* トウモロコシ: +1〜+5%
* 小麦:	-22〜 0%
* 寒地型牧草:	 +6%

(温暖化への適応技術)
・ 温暖化に適応する技術として、水稲では新品種あるいは早植えの導入はきわめて効果
的である。
・ トウモロコシと小麦では、早植えと潅漑の導入が北海道地域については有効な手段と
なるが、その他の地域では減収を回避できない可能性がある。

(昆虫相への影響)
・ 温暖化によって害虫の世代数が増加し、分布域が拡大すると予想されている。今後
は、病害虫の作物生育・生長への影響も含めた影響評価研究が必要である。

(林業及び森林生態系への影響)
数ケ月で収穫できる作物と異なり、林木の生長には長期間を要する。このため、温暖化の
影響を調査することは容易ではない。そのため、影響評価のための基礎的資料は非常に少
ない。

・ 年輪年代学の手法を用いて過去の気温や降水量のデータが再現され、気候変化と樹木
の生長の関係が明らかにされた。北北海道では、1700年代の夏は乾燥し、1830年代の夏は
平年より湿度が高かったことが明らかになつた。
・ 吉良及びケッペンの気侯区分方法によって地球規模での森林植生分布への影響が評価
され、潜在的な森林地帯のうち33〜52%が温暖化の影響を受けると推定された。また、日
本及び韓国の桜の開花は1℃の気温上昇で3〜4日早まると予想された。
・ 森林内の樹木の大きさ分布の動態に関する地理的拡張モデルのシミュレーションに
よって、現存する森林のバイオマス量が変化すること、異なる森林タイプ間の境界線の移
動にはタイムラグがあり、結果的にジグザグのバイオマス分布パターンをつくりだすこと
などが予想された。
・ 亜高山性の針葉樹は温暖化によって分布域を拡大するが、よく発達したハイマツ群落
が発達したところでは拡大できない。また、ブナの分布は降雪と同様に気温によっても影
響を受ける。

(水産業への影響)
水産業への影響は、温暖化に伴う海水温の上昇や、海流・混合層の変化、及び複雑な食物
網の変動を通して現れる。海洋における調査の困難さから、これらに関する知見は不十分
であり、水産業への影響評価を難しくしている。

・ 海洋の長期変動に関する研究では、近年は全球の気温の上昇に伴って海洋表面水温も
上昇していることが示された。温暖化によって親潮や黒潮の流量が減少し、風速の減少に
よる低次生産に関連する混合層の厚さも減少することが予想された。また、温暖化によっ
て黒潮流量が減少すれば蛇行の頻度が少なくなると予想された。
・ 温暖化によって平均気温が1〜4℃上昇すると、オショロコマの生息域は25〜74%減少
し、アメマスの生息域は、4〜46%減少すると推定されている。
・ 釧路沖の低次生産力の暖水年と冷水年の比較から、温暖化の進行によってこの水域で
は低次生産力が減少することが示された。
・ 「海洋にはマイワシの変動を引き起こす大規模な周期的変動があり、気温の上昇はマ
イワシには好都合である」という仮説が提示されている。地球温暖化が進行すれぱ周期的
変動をしながらもマイワシがさらに卓越する可能性があるが、地球規模の気候−生態系の
変動(レジームシフト)の機構を含めて検討が必要である。
・ サケ類の生息南限は温暖化によって北上すると考えられる。


第4章 水文・水資源および水環境への影響

(水文・水資源への影響)
日本における降水量は大きいが、それは時間的・空間的にかなり変動し、また河川が急峻
で短く、流域面積が小さいため、降水量を十分に水資源として利用できない状況にある。
既往の気象・水文資料による温暖化の影響評価、温暖化シナリオと長期流出モデルによる
影響評価、大気と陸面の相互作用を考慮したマクロ水文モデルによる影響評価が行われて
いる。これらの研究から抽出される知見は以下のようである。

・ 3℃程度の気温上昇の影響よりも、10%程度の降水量の変動の方が流況に与える影響は
大きい。
・ 3℃程度の気温上昇があっても10%の降水量増加があれば、平均的に見て、低水部流量
はあまり減少せず、高水部流量は15%程度増大する。
・ 気温上昇により降雪が雨になったり、融雪が早まったりするので、1〜3月の流量が
増加し、4〜6月の流量が減少する。

(淡水生態系への影響)
・ 淡水生態系における高温耐性の低い生物には、サケ科の魚、大型枝角類のダフニア、
アミの仲間やヨコエビがいる。これらの生物は、温暖化によって湖沼・河川の水温が上昇
すると、夏に温度障害を受けるものと考えられる。
・ また、水温上昇の結果、多くの動物で成熟サイズの低下が起き、水生昆虫では成長速
度が上昇して年間の世代数が増えるものと期待される。
・ 水温の上昇は、湖沼でのラン藻類の優占、貧酸素層の拡大を引き起こすものと考えら
れ、これが生物の分布を変え、生物間相互作用を介して生態系全体に影響を及ぼすのもの
推察される。多くの生物群集で、水温が上がると平均サイズが減少することが知られてお
り、これは生態系の食物連鎖を変え、一次生産者から高次生産者へのエネルギー転換効率
を低下させるものと考えられる。
・ 湖沼では富栄養化の状態が進む。また、温暖化は農薬の使用を増やし水界での農薬汚
染を進め、その結果水生生物が農薬の影響を受けるであろう。さらには水温の上昇が農薬
と相乗的に水生生物に悪影響を与える恐れがある。

(沿岸・海洋環境への影響)
・ 人口や社会経済活動の多くが集中する沿岸域では、栄養塩や有機物の増加、海岸や干
潟の埋め立てにともなう海水浄化能力の低下などのために、1950年代から水質汚染が進行
した。1970年代前半に水質汚染はピークに達し、有機物・重金属・油汚染、赤潮や青潮に
よる魚のへい死が大きな社会問題となった。1970年以降に実施された諸施策により、重金
属汚染などの重大な公害の発生は現在ではほとんど見られなくなった。有機物汚染や赤潮
や青潮などの発生頻度も以前に比べて減少したが、近年は改善の傾向が見られないため、
窒素やリンの削減対策が実施されようとしている。
・ このような日本の沿岸環境に対する温暖化影響の研究はほとんどなされていない。一
方、東京湾の水質の将来予測に関する研究では、人口や経済活動が現状維持であれば水質
は若干改善されるが、人口集中などが進めば水質は1970年代に逆戻りする可能性も指摘さ
れており、温暖化の影響を抜きにしても水質の改善は難しいのが現状である。

(サンゴ礁への影響)
・ 日本のサンゴ礁は世界のサンゴ礁分布から見れば北限域にあり、温暖化による水温上
昇はサンゴの生育にとって望ましい方向に働く。また海面上昇もサンゴ礁の上方成長速度
の範囲内であり、サンゴ礁は海面上昇に追いつくポテンシャルを持っている。しかしなが
ら、日本のサンゴ群集は低水温に適応した種組成をもっているので、急激な温暖化に適応
できるかどうかについては注意が必要である。また、日本のサンゴ礁は、沿岸域への人間
活動の圧力の増加によって破壊されつつあり、これによる活性度の低下は温暖化やそれに
伴う様々な環境変動に対する耐性と再生能力を著しく損ねている。


第5章 社会基盤施設と社会・経済システムへの影響

この章の対象は、地球温暖化と気候変動の社会への影響である。社会基盤施設(インフラ
ストラクチャ)や社会・経済活動は、温暖化に伴う海面上昇や気温上昇、降雨の変化、台
風の変化などによって広範な影響が生じると考えられている分野である。とくに、わが国
の人口や産業は平坦な沿岸地域への集中度が高いために、海面上昇や台風・高潮の変化が
大きな影響をもたらすと懸念されている。一方、高度に工業化したわが国では、温暖化の
影響は、電力や生活・産業用水の供給への影響を介して、人間居住や交通システム、産業
活動等社会・経済システムの広い範囲に及ぶ可能性がある。社会・経済システム分野での
影響は未だ全貌が把握されていないが、本章では、広く研究成果をレビューし、できるだ
け定量的に、また定量的な情報が得られない場合でも定性的な形で潜在的な影響を把握し
ようとした。以下では、本章で把握された影響評価結果の要点を列挙する。

(わが国周辺の海面水位の変化の実態)
・ 地殻変動の影響を強く受けていたり、地下水の汲み上げによる地盤沈下の影響もある
ため、わが国周辺の海面水位は全球平均の海面上昇とは異なる変化の傾向を示している。
過去数十年の観測結果に基づくと、地域的なばらつきは大きいが、北日本から中部にかけ
て1.5-1.8mm/年の上昇傾向、西日本では1.0mm/年程度の下降傾向を示している。ただし、
海面水位の変化速度の数値は研究者によって異なっており、定説を得るには至っていな
い。

(沿岸域に対する影響)
・ 海面上昇の自然海岸に対する第一の影響は、侵食の激化である。特に、砂浜への影響
は大きく、海面上昇が生じれば、30、65、100cmの上昇によって現存する砂浜面積の56.6、
81.7、90.3%が消失すると予測されている。わが国の砂浜では、過去70年間に 129km2が侵
食される等現在でも侵食問題に悩まされているが、事態は一層深刻化する。
・ このほかの自然環境に対しては、河川における土砂の堆積場所の変化と河床の上昇、
湿地帯や干潟の水没、南西諸島に存在するマングローブ林への影響等地形と生態系への影
響が指摘されている。これらの海岸地形や生態系は、最終氷期以降海水準の変化に適応し
ながら存続してきており、将来の海面上昇にも陸側に移動するなどの形で応答すると考え
られる。問題は、予測されている海面上昇の速度や沿岸の開発の状況がこうした自然地形
の適応を許す範囲にあるかどうかであるが、これに答えを与える研究成果は出されていな
い。
・ 沿岸域の人間社会に対するマクロ的な影響評価(脆弱性評価)として、海面上昇と高
潮によって影響を受ける氾濫域の面積、人口、および資産の増加が算定された。現状でも
861km2の国土が満潮位以下であり、そこでは、200万人が住み、54兆円の資産が集積され
ている。これに対して、仮に1mの海面上昇が生じるとすると、面積は、2.7倍以上の
2339km2に広がり、人口および資産もそれぞれ410万人および109兆円に拡大する。その上
に、高潮が来襲するという場合には、さらに多くの人や資産が氾濫域内に含まれることに
なる。
・ 台風が強大化するとすれば、東京湾や伊勢湾、瀬戸内海などでは高潮水位の増大が生
じる。例えば、東京湾では15hPaの台風の中心気圧低下(強大化)によって約1.2倍の高潮
水位の増大が生じると予測されており、温暖化による台風の変化には充分注意を払う必要
がある。

(人間居住に対する影響)
・ 温暖化の国民生活そのものに対する影響としては、冷暖房需要の変化や生活用水への
影響があげられる。これまで、我々の生活に対して、直接的にどのような影響があるのか
に関する研究は少なかった。現代の国民生活は社会的インフラシステムによって何重にも
防護・支持されており、直接的な影響が見えにくくなっているためであろうが、潜在的な
影響の有無について今後更に注意深く検討されなければならない。

(インフラストラクチャに対する影響と対策費用)
・ インフラストラクチャとは、交通施設や生活環境施設、国土保全施設などの社会にお
ける基盤的な共同利用施設であり、生産・生活活動を間接的に支える役割を持つ。日本に
おける社会資本ストックの総額は、公共・民間部門が整備したものを合わせて1988年度末
で約500兆円にも上っている。その大部分が都市にあったり、発電所やダムのように都市生
活を支えるために利用されている。もしこれらの都市インフラが地球温暖化によって被害
を受けた場合には、それ自身の被害のみならず、インフラを利用できなくなることによっ
て生じる波及的被害が大きいと考えられる。しかし、それらへの影響予測は、沿岸域のも
のを除いてほとんど行われていない。
・ 沿岸域のインフラ施設に対する影響予測の結果、温暖化は、海面上昇や気象・海象条
件の変化を通じて、港湾、漁港、人工島、埋立地、高潮・津波防災施設、内水排除・下水
道システム、海岸保全施設等あらゆる種類の社会基盤施設の機能や安全性の低下をもたら
す可能性があることが示された。とくに、地下水位の上昇によって、地盤の支持力低下や
液状化強度の低下が生じる可能性がある点には注意を要する。
・ 1mの海面上昇に対して、沿岸域の諸施設の機能と安全性を現在の水準に保つために必
要な対策費用の総額は、全国の港湾施設及び港湾に隣接した海岸(運輸省所管)に対する
もので11.5兆円と算定された。この中では、防波堤および護岸の嵩上げ、係船岸壁の嵩上
げ、埠頭や上屋等の用地の嵩上げ、水門・排水機場施設の再建設といった防御策が含まれ
ている。また、建設省所管の約2700kmの海岸線の護岸を嵩上げした場合の費用は約6兆円と
見積もられている。この他にも漁港等があるので、1mの海面上昇に対して、わが国の海岸
線の諸施設の機能と防災レベルを維持するために必要となる対策費は優に20兆円を超える
額になるであろう。

(産業活動に対する影響)
・ 温暖化によって、観光・レクリエーション産業に影響が生じる可能性がある。近年の
暖冬や異常低温の夏には、冬のスキーや夏の海水浴、海洋性レクリエーションへの入り込
み客数が激減し、関連産業に大きな影響が生じた。
・ 温暖化と気候変動によって対策費や災害復旧費が増えると、建設業には新たな需要の
発生になる。
・ 気候変動は、生産活動よりもむしろ消費者の購買意欲に大きく影響する。製造加工品
は、低温型気象で悪影響を及ぼされ、高温型気象では、概ね好影響を及ぼすことが示され
ている。エアコン、ストーブ等家電商品のうち1/4は季節商品であるし、また飲料の売り上
げが減少するとアルミ産業も不振となるといった関係が多く見られる。
・ エネルギー部門では、供給サイド、需要サイドともに気温の上昇や気候変動の影響を
強く受ける。これらの態様の予測には、近年の暖冬や猛暑の年に発生した電気やガス、ガ
ソリン等の消費動向が参考になる。


第6章 健康への影響

(温暖化による熱ストレスと熱中症)
・ 人間活動は地球の気候変動をもたらした。大気大循環モデルを用いた予測によると、
日本国内外の地表面気温は次の100 年間に1〜3.5 ℃上昇すると推定されている。温暖化
は温帯地域において夏季の数か月間、高温の発生頻度と期間が増加することから、熱スト
レスによる健康への種々のリスクが研究されてきた。疫学的な調査によると、東京では、
熱関連の疾病の発生は、暑熱環境に顕著に関連していること、また、高齢者の暑熱による
健康障害や死亡の発生が夏季に相当急速に増加していることを示している。回帰分析によ
ると、東京において、日平均気温、日最高気温がそれぞれ27℃、32℃を越えると熱中症患
者数が指数関数的に増大することが示された。

(動物媒介性感染症)
・ 温暖化は、マラリア、デング熱などの動物媒介性感染症の拡大をもたらし、人間の健
康に影響を与える。中国南部のマラリア流行地での現地調査結果から、マラリアの流行に
係る気候要素の閾値について検討し、特に死亡率の高い熱帯熱マラリアが従来からいわれ
てきたよりも低い気温(最低月平均気温13℃)で流行を維持すること明らかにした。これ
らの結果に基づき、将来の気候シナリオを用いた解析から中国北部から韓国、そして西日
本一帯までが流行危険地域に入る可能性があることを示した。

(熱波による死亡)
・ 日本では、これまでいわゆる熱波による局地的な死亡率の増加は報告されていない。
1970年〜1990年の熱中症の死亡数は年間 26〜155 件とそれほど多くないが、65才以上の高
齢者の占める割合が高いことが特徴である (41.4%)。
・ 熱帯夜(日最低気温が25℃以上の日)と真夏日(日最高気温が30℃以上の日)の調査
から、年間熱中症死亡数と熱帯夜および真夏日の年間日数との間には有意の正の相関関係
を認め、暑い日が多いと熱中症による死亡も多くなると推測される。

(日最高気温と日死亡率の関係)
・ 1972年〜1990年の19年間の人口動態統計死亡票と気象資料を用いて、九州7県につい
て日最高気温と死亡率の関係を検討した結果、日最高気温が高くなるにつれて死亡率は低
下し、日最高気温が28〜33℃の時に死亡率が最低となり、33℃以上になると死亡率は再び
上昇しV字型の死亡率曲線を示した。この関係は65才以上の年齢階級のみ顕著に認めら
れ、また日本の多くの地域で同様な傾向が見られることがわかった。死因別では、33℃以
上で死亡率が上昇する疾患は心疾患、脳血管疾患などの循環系疾患が最も顕著であり、虚
血性心疾患、老衰、呼吸器疾患が弱い関連を示し、悪性新生物やその他の疾患は気温との
関連はほとんど認められなかった。


第7章 その他の分野への影響

第1章から第6章において主要な分野における影響がレビューされているが、本章では、
その他の分野で温暖化の影響が懸念され、かつ研究事例のあるものを整理した。温暖化の
結果として熱波や台風などの極端な気象現象による影響や従来環境問題として取り上げら
れてきた典型7公害と温暖化の複合的な影響などがその主要なものである。

(異常気象による潜在的影響)
・ 近年発生した異常気象による影響は、影響を受ける社会の経済構造、都市構造、ライ
フスタイルが変化していることから、異常気象が一旦発生すると産業活動、日常生活に大
きく影響するなど、社会・経済システムの脆弱性が問題となってきた。とくに、洪水など
に対する脆弱性、渇水に対する脆弱性、熱波・寒波に対する脆弱性などである。
・ 農林水産業の脆弱性の例として、93年の冷夏や94、95年の猛暑が挙げられる。93年の
冷夏では、出穂の遅れ、不稔の多発、発育不良のために米の生産量が平年の70% 
に減少し、米不足が生じ社会的混乱が発生した。また翌年の猛暑では、農業、酪農業に多
大な影響を与え、被害面積63万ha、被害見込み金額は1409億円に及んだ。
・ 首都圏では、1964、72、73、85、90年と渇水が生じており、水道の取水・給水制限、
水質の悪化、農業用水の不足などの影響が発生している。とくに94年夏の猛暑は、少雨に
よる渇水も併発したために、各地で取水制限などが発生した。
・ 温暖化が進行すると、気温上昇と降水量の変化がおき、また異常気象の頻度や規模が
変化すると予測されていることから、こうした異常気象に対する社会・経済システムの潜
在的影響についての調査研究が緊急課題となっているが、従来の研究調査はあまりないの
が現状である。

(典型7公害との複合影響)
・ 大気汚染、水質汚濁、地盤沈下、騒音・振動などの局所汚染と温暖化との複合的な影
響が懸念される。この分野については、水質への影響などの一部の分野について調査研究
が進められているが、他の分野については研究はまだ緒についたばかりである。
・ 大気汚染との関連では、光化学オキシダントの原因物質であるオゾンやPANと気温
との関係を調べた研究から、温暖化により光化学オキシダントの発生頻度が変化するとと
もに、影響区域の拡大が懸念される。
・ 地下水への影響については、研究はまだ緒についたばかりであるが、温暖化による地
下水温の上昇がアラスカ、北米に続いて我が国でも観測されている。
・ 1994年夏の猛暑は渇水を伴うものであり、琵琶湖では、藻類の発生や水質の悪化が顕
著に現れた。こうした影響は、各地の河川、湖沼でも観測されているが、温度上昇と渇水
との複合的な影響であり、温暖化した後の影響の一つとして顕在化する問題として位置づ
けられる。

(1994年,1995年の猛暑の影響)
・ 1994年、1995年夏期に日本全域で猛暑が発生し、観測史上記録的な高温が各地で観測
された。猛暑により実際発生した影響に関する情報やデ−タを整理することにより、気温
上昇などの温暖化による生活環境への潜在的な影響の発生する分野が確認された。





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