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II. 事後評価
事後評価 1.第1研究分科会<全球システム変動>
i. 環境問題対応型研究領域
研究課題名: A-0601 アジアの水資源への温暖化影響評価のための日降水量グリッドデータの作成(H18-22)
研究代表者氏名: 谷田貝亜紀代(総合地球環境学研究所)
1.研究概要
地球温暖化による地域の将来の気候変動予測や水資源への影響評価研究が進められている。そこでは高解像度化した気候モデルや統計的な手法が用いられているが、その検証データとして重要な観測データは十分に整備されていなかった。各要素の中で降水分布は空間変動性が高く、アジアでは山岳域の降水量の定量評価や変動評価が、水資源量、河川流出量等の評価の点から重要なため、日単位の定量性に優れた、高精度、長期間のグリッドデータが必要である。
そこで本研究は、アジアの日降水量観測データを収集し、品質管理や内挿手法の改良研究を行い、グリッドデータを作成・公開すること、また、これらを用いて高解像度気候モデルの降水量の検証や、過去の降水量変動の解析を行うことを目的として、以下の2サブテーマにより開始した。
(1)日降水量グリッドデータの作成
(2)日降水量グリッドデータによる気候モデル降水量の検証
当該課題は、国内外の多くの研究者、気象水文機関の協力を得、目標以上にデータを収集し成果物の評価も高く、2度の中間評価を経て2年延長することとなった。延長時(第2期)はサブテーマ課題名を次のように変更した。
またサブテーマ(3)として平成20〜22年度に国際交流研究(EFF)を実施した。
(1)ユーザーフィードバックによる降水・気温データの作成と品質向上
(2)高解像度気候モデルの検証、及びそのための観測降水グリッドデータ内挿手法の改良に関する研究
図 研究のイメージ
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(3)国際交流研究(EFF)
●早期警戒システムと温暖化影響緩和のための日降水量グリッドデータの利用(平成20年度EFF)
●東アジアにおける降水量・気温データの品質管理 (平成21年度EFF)
●衛星および雨量計観測を組み合わせた南アジア域における高解像度降水量グリッドデータの作成 (平成22年度EFF)
■ A-0601 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/7177/03.pdf
[PDF 299 KB]
2.研究の達成状況
第1期は、先行研究で作成したアルゴリズムの問題点を修正し、22年分の日降水量グリッドデータ(APHRO_V0804)を公開、リファレンス論文を執筆した。対象期間を45年間に延長し解析・品質管理手法を改良したプロダクト(APHRO_V0902,Yatagai et al.2009)は、主に第1期の成果である。またこれらプロダクトを用いて気象研究所のモデルの検証解析を行った論文、中近東の降水量温暖化時の水循環変化予測に関する論文、チベット高原周辺やシベリアの降水量、水循環変動に関する論文等が受理印刷された。
本課題で作成した降水量プロダクトは、他の降水プロダクトと比べて入力雨量計数が多く高品質な長期データのため、幅広い科学研究や政策決定のために有用であることが明らかになり、国際的な場での招待講演や共同研究の誘いを受けるようになった。これをふまえて第2期では、データユーザーの要求、水資源研究、極端現象評価、衛星プロダクト評価など様々な利用目的を念頭に、プロダクト作成手法の改良研究とデータの利用研究を実施した。
図 研究成果のイメージ
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第2期では解析期間を57年間(1951−2007年)に延長し、新たな観測データを含んだ新降水プロダクトを作成・公開した。品質管理手法の改良により観測記録の誤値の検出精度が大幅に向上し、プロダクトの品質が向上した。アジア域グリッドデータは、提供元機関が生データの再配布を懸念することから、0.25度、0.5度格子のものを公開したが、日本はその問題がないため、日本域については0.05度版を作成、公開した(APHRO_JP, Kamiguchi et al., 2010)。このAPHRO_PRを用いて、日本の降水量の長期変動を解析し、高解像度気候モデルでシミュレートされた降水量の検証を行った。また、観測気温データのグリッドデータを作成し、雨雪判別情報を付加した。衛星や再解析データの検証、予報への応用、水循環解析への利用を通じて、プロダクトの有効性を示した。
サブテーマ3(EFF)や、平成21年度に総合地球環境学研究所で実施したキャパシティービルディング、最終年度に主催した地球惑星物理学連合大会(JpGU)の国際セッションにより、データ提供国や国際的な組織との関係がより強固なものとなり、またデータの品質に関する情報交換が出来た。JpGUには国際的なトップレベルの研究者を複数招き、現在も共同研究論文を執筆、投稿中のものがある。また国際環境研究協会の雑誌Global Environment Researchの特集号を担当することになり、成果論文12本を現在査読中で、2011年秋季には刊行の予定である。
ネット de 研究成果報告会 A-0601
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0601.html
3.委員の指摘及び提言概要
当面の環境政策への貢献という点からは成果は十分とは言えないが、収集解析して得られたデータの価値は、解析手法の改良開発も含めて、極めて高いものと評価される。とりわけ地球環境の経年変動の把握、および温暖化予測モデル等の気候モデルへの検証データの提供という面で特筆される研究であり、それらの研究を通して環境政策にも今後貢献することが強く期待される。
一方で、地球環境研究の観点からみると、得られたデータの実社会への利用など環境影響について、もう一歩踏込んでほしかった。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
研究課題名: A-0801 グローバルな森林炭素監視システムの開発に関する研究(H20-22)
研究代表者氏名: 山形与志樹(独立行政法人国立環境研究所)
1.研究概要
世界的な森林減少・劣化の傾向は現在も継続しており、特に近年はアジア域における森林減少が大きい。グローバルなCO2 排出のうち、森林減少による排出は約20%(年60 億トンCO2)を占めている。2050 年までに現状比で50%のグローバルな温室効果ガス削減を実現する長期的な対策が、サミット等で国際的に議論されはじめている中、化石燃料の消費を大幅に減らすとともに、森林減少・劣化によるCO2 排出を抑制する対策の実現が喫緊の課題となっている。森林減少・劣化が進んでいる発展途上国の国々の森林保全を進めるために、先進国が資金を拠出して温室効果ガスの排出権取引を行う制度が検討されている。従って、森林減少・劣化の防止を温暖化対策として実施する場合には、途上国等において温暖化対策の排出削減目標が達成されたかどうかを判定する必要がある。
図 研究のイメージ
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本課題では、衛星リモートセンシング技術を用いて熱帯域をはじめとする各種森林生態系を定期的に観測し、さらに現地観測データとモデルシミュレーションを用いて、森林減少・劣化に伴うCO2 排出を評価する森林炭素監視システムの構築に向けた研究をおこなった。
■ A-0801 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/b-081 .pdf
[PDF 299 KB]
2.研究の達成状況
東南アジアに位置するボルネオ島のような広域を対象として、人為的な森林減少を考慮した炭素収支マッピングを行う手法のプロトタイプを開発した。この手法は、代表的な熱帯林サイトにおける土壌まで含めた炭素収支に関する観測データを用いた検証を経ている。また、最近の衛星観測と組み合わせることで、これまで実施が困難であった広域評価への道筋をつけることができた。この手法は、森林における土地利用変化に伴う排出量の広域評価を高精度化し、グローバル炭素循環の理解に貢献すると期待される。また、衛星データと森林インベントリの統合解析を行う上では、プロットの位置情報の精緻化が必要である。このため、データベース構築に当たっては、四隅の位置情報の登録など、精緻な位置情報を付与するための一定のルールが必要であることを示した。
図 研究成果のイメージ
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一方、衛星データに関しては、合成開口レーダを始めとしたリモートセンシングを用いて、北方林における広域のバイオマス変遷のデータセットを作成し、そのデータ検証の結果から森林改変の検出限界を明らかにした。また、合成開口レーダ画像であるJERS-1 SAR とALOSPALSAR を組み合わせて土地被覆分類変化を抽出したところ、起伏の平坦な地域に関しては整合性の高い結果が得られ、可視赤外センサーと相互補完的に利用することで信頼性を高くすることができることを明らかにした。一方で、起伏の激しい地域では、デジタル標高モデルを利用した地形効果補正を施しても十分な地形効果補正処理が行われなかったため、利用に際しては注意が必要であることも示唆された。撹乱が森林生態系の構造や機能に本質的な影響を与えることは、これまでの生態学的な研究により森林をはじめとする多くの生態系で定性的に観察されてきたが、植生の転換を含む大規模な撹乱による長期的な炭素収支を定量的に評価することは困難であった。
本研究では、従来の陸域モデルを高度化することで森林減少に伴う炭素収支変化のシミュレーションを可能とした。これは、以前のモデル研究で用いられた経験的方法や、IPCC GPG-LULUCF による簡易推定などと比べると、現地データに基づいた生態学的関係から導出された信頼性の高い手法といえる。本研究で開発された陸域生態系モデルで用いられるパラメータは基本的に生理生態的な意義付けがあり、多様な生態系への適用が可能となった。さらに、このモデル推定はメッシュ気象データなどを用いることで広域展開が容易であり、アジア地域の炭素収支評価にも重要な貢献を為すものと期待される。
ネット de 研究成果報告会 A-0801
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0801.html
3.委員の指摘及び提言概要
森林減少に伴う森林からの CO2発生量が人間活動による全発生量の 20%に当たるという知見に関連して、森林バイオマスの地域・時間変動を監視することの必要性は高い。課題全体としてこの問題に挑戦し、森林の減少・劣化に対する国際監視システムを構築する足がかりを造ることができたと考えられるなど、一定の成果があったと評価できる。
しかし得られた手法等の検証は十分とは言えない。各サブテーマの成果を連結し、かつ森林生態学以外の成果も取り入れて、より精度の高い森林炭素管理システムの構築が望まれる。
4.評点
総合評点: B ★★★☆☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): b
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b
研究課題名: A-0802 PALSARを用いた森林劣化の指標の検出と排出量評価手法の開発に関する研究(H20-22)
研究代表者氏名: 清野嘉之((独)森林総合研究所)
1.研究概要
国産衛星「だいち」に搭載された PALSAR(フェーズドアレー方式 Lバンド合成開口レーダー)は、雲を透過して地表の土地被覆やバイオマスを観測できるので、熱帯地域の森林変化のモニタリングに威力を発揮すると期待される。
しかし、 PALSARを森林減少・劣化による排出量把握に用いるときの精度など技術的な課題がある。このため、 PALSARを利用したリモートセンシング技術と地上計測技術を結びつけ、泥炭湿地林を含む熱帯林地の温室効果ガス排出量をモニタリングする新手法の開発に取り組み、 PALSARによる熱帯林観測の利用・実用化の道を開いた。
図 研究のイメージ
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■ A-0802 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/b-082 .pdf
[PDF 250 KB]
2.研究の達成状況
[1]PALSARの HV・HH偏波を利用して、雲の多い熱帯でも森林の面積の高頻度モニタリングが可能であることを明らかにした。
[2]PALSARのインターフェロメトリ機能を利用して、排水された泥炭地の地盤低下速度を広域で抽出し、地上計測データを拡張して温室効果ガス排出量を広域推定する手法を開発した。
[3]b排水された泥炭地の地盤は、泥炭分解により経常的に低下し続け、泥炭火災により急激に低下すること、低下速度や CO2・N2O・CH4フラックスは地下水位に強く規定されていることを地上計測により明らかにした。
[3]a乾地の熱帯林ではバイオマスからの CO2排出、排水された泥炭湿地林では泥炭からの CO2排出が最も影響の大きい温室効果ガスの排出経路であった。
PALSARで森林面積を計測し、影響の大きい排出を、地上計測を併用して把握することが熱帯林劣化による温室効果ガス排出量モニタリングの現実的手法と考えられる。
図 研究成果のイメージ
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ネット de 研究成果報告会 A-0802
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0802.html
3.委員の指摘及び提言概要
PALSARデータを有効利用するための基礎的研究として有用であった。 HH偏波および HV偏波をうまく組み合わせた点は高く評価され、 InSAR技術を用いた地表面高度変化から泥炭地の炭素放出を求めた点も興味深い。熱帯林および泥炭湿地における現地観測により得られた基礎データータは今後も利用できる貴重なものである。
ここで得られた成果を対象国のインドネシアとカンボジアにどのように還元・検証していくかが、今後の重要な課題となろう。
4.評点
総合評点: B ★★★☆☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): b
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
研究課題名: A-0803 革新的手法によるエアロゾル物理化学特性の解明と気候変動予測の高精度化(H20-22)
研究代表者氏名: 近藤豊(東京大学先端科学技術研究センター)
1.研究概要
大気中のエアロゾルは、 CO2による温室効果に匹敵する冷却効果を持ち、現時点で温暖化を一部マスクしていると推定されている [IPCC第4次報告書 ]。しかしながら、現状の気候モデルにおけるエアロゾルの取り扱いは非常に簡略化されており、この推定には大きな不確実性がある。エアロゾルによる太陽可視光線の散乱・吸収効果(直接効果)の推定においては、気候モデル間の違いが非常に大きく、 IPCC第 5次報告書に向けての改善が急務である。東アジア域は、エアロゾル量が他地域に比べ極めて多く、直接効果がエアロゾルの雲生成効果(関接効果)を上回ると推定されている。また、光吸収性のあるブラックカーボンによる大気加熱は、対流活動を抑制するため、雲・降水過程への影響があると推定されているが、未だ検証されていない。アジアにおけるエアロゾルの放射効果の正確な見積もりとそれに基づく信頼性のある気候変動予測は、この地域の計画的な社会・経済の発展にとって重要となる。
図 研究のイメージ
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放射強制力により温暖化が駆動されるため、不確定性の大きいエアロゾルの放射強制力の推定の高精度化が地球規模・大陸規模の気候変動の解明と将来予測にとって急務である。エアロゾルの放射強制力の高精度化にはエアロゾルの物理化学特性の解明と、それに基づくエアロゾルの物理化学・光学モデルの構築が必要である。
本研究では高精度エアロゾル計測技術、広域観測、気候モデルの系統的な連携により、これまで扱いが不十分であった直接効果を厳密に行い、大気大循環モデルによる直接放射強制力の推定を高精度化する。また、気候感度実験と対策シナリオに沿った数値実験を行い、日射量、雲量、降雨量変化を評価することを目的とする。
ブラックカーボンを含む全てのエアロゾルの光学特性・化学組成を測定することにより、エアロゾルの光学的厚さと反射率を定量する。この値を、放射リモート観測から得られる値と比較し、エアロゾルの汎用放射モジュールを根本的に改良する。
次に、改良された放射モジュールを大気大循環モデルに組み込み、放射強制力を計算し、従来のスキームを用いた計算結果と比較する。改良されたモデルを用いて、地球規模、アジア規模での放射強制力の推定・予測精度を格段に向上させ、エアロゾルによる気候変化を評価する。
■ A-0803 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/b-083 .pdf
[PDF 244 KB]
2.研究の達成状況
(1)科学的研究成果
1)アジア大陸から放出される BCの粒径分布、被覆状態、質量濃度の信頼性のある3次元的な測定値を初めて得ることができ、大きな放射効果があることを示した。また、この情報から、 BCの光吸収係数を計算するのに通常用いられている shell/coreモデルの妥当性を室内実験で初めて評価した。
BCの質量濃度を長期安定に測定できる COSMOSシステムを開発した。これを沖縄辺戸ステーション、長崎福江島観測所、長野八方観測所の3地点で配備することによりアジア大陸下流の大気境界層中での BCの時間空間変動の理解が飛躍的に進展しつつある。
2009年春に 0-8 kmの高度領域で、東シナ海・黄海でエアロゾル粒径分布、 BC、エアロゾル化学組成、一酸化炭素の高精度観測を実施した。この観測には、本年度に整備・開発した測定器が用いられた。
図 研究成果のイメージ
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この高度領域での東アジアでのエアロゾル高精度観測は初めてであり、エアロゾルの気候影響を詳細に研究する上で貴重なデータが得られた。特にエアロゾルの湿性除去が降水過程と密接に結びついていることを実証した意義は大きい。
2)これまであまり観測例の無かった粗大粒子中の ECの存在割合を推定した。沖縄辺戸では多くて 6%程度含まれていることもあったが、平均すると 2%程度であった。長崎福江でも多いときで 8%、平均で 5%程度であった。この観測は同時期に行われた航空機観測、地上での放射観測と同期しており、エアロゾルの物理化学的特性の解明が可能となる。
また ECの存在形態を電子顕微鏡で観察した。その結果、 ECの凝集態と土壌粒子などがより大きな凝集態を形成していることが明らかとなった。粗大粒子の混合状態のモデル化に寄与する。
3)月平均のエアロゾルの光学的特徴を、 SKYNET辺戸岬及び福江島サイトで明らかにすることができた。これによる放射効果を推定した結果、両サイトでは明らかに異なる特徴を示唆するデータを得ることが出来、輸送モデル検証や衛星データ解析結果との比較に有効なデータを提示することが可能となった。
4)標準版 SPRINTARSモデルでは取り入れてなかった硝酸塩過程を組み込み、また硫酸塩過程を改善した改良版 SPRINTARSモデルでは、 SO2や SO4が上層にも輸送されるようになり、標準版モデルよりも観測結果に近づいた。改良版モデルの検証を、 MODIS衛星や地上 AERONETサンホトメータネットワーク、また BSRN地上日射量ネットワークなどから得られるエアロゾルの光学的厚さや日射量を用いて、地上検証班とともに行い、改良版モデルが妥当であることが示された。
5)エージング効果のパラメタリゼーションの SPRINTARSモデルへの取り込みを、 BC測定班とともにおこなった。その結果、 BCの発生源から離れるにつれて、親水性の BCの割合が増加し、観測値との対応が良くなり、被覆された BCエアロゾルの割合が東アジア域全域でほぼ一定になる結果が得られた。これは、エアロゾルが引き起こす放射強制力の評価に取って重要な知見である。
6) 硫酸塩、硝酸塩、黒色炭素に関する改良を行ったモデルによって、最終的な放射強制力の評価をおこなった。それによると本研究による改良型モデルによる大気上端での放射強制力は、 IPCC-AR4による評価や AEROCOMグループによる評価に近い値を得た。
7)東アジアにおける厚い人為起源エアロゾル層による地表面日射量の減少が地表面を冷やし、モンスーン循環などの大気大循環を変化させる新しいメカニズムの可能性を示した。シミュレーション結果によると中国南部、中東部、北部における近年観測されている雲量と降水量の長年変化は、エアロゾルの直接効果、間接効果、および前述した大循環の変化を通した複雑な効果によることを示した。8) タイのピマイにおける年間を通した大気エアロゾルの地上観測により、乾期の前半は東アジアとくに中国からの化石燃料の燃焼の影響が、また後半はバイオマス燃焼の影響が大きいことが、初めて明らかになった。また、これらの観測結果は改良版モデルでほぼ再現された。
9) アンサンブルカルマンフィルターを用いたエアロゾルの SPRINTARS同化システムを開発し、逐次観測データを取り込むことにより、全球規模の海上での AOTが、同化しないモデルに比べて大きく改良された。
(2)環境政策への貢献
1)IPCC-AR5の雲とエアロゾル(近藤)、放射強制力(中島)の Lead Authorとして本研究の成果を含むエアロゾルの気候影響に関する知見を、その評価報告書において役立てている。
2)大気大循環モデルのエアロゾル放射効果スキームを改良するために必要な高精度観測データの取得を行いつつある。また、並行して放射効果スキームの改良も行いつつある。この研究は、地球規模気候変動予測の向上に大きく貢献することになる。観測で得られた BCの分布はアジア大陸で発生する BC量やその気候影響を高精度で推定するための重要なデータとなる。またこのようなデータはアジアにおける温暖化対策・大気汚染対策を国際的に議論する上での重要な知見となる。
3)SPRINTARSモデルは、文部科学省の予測革新プロジェクトや環境省推進費の S-5等における温暖化現象評価にも使われているが、これらの研究チームと密接な連絡を取りながら、本研究結果を標準版の改良に反映させる努力も行っている。
4)環境省の GOSAT衛星のデータからの温室効果ガス気柱量を正確に求めるためには、エアロゾルによる大気放射の寄与を補正しなければならない。そのための解析補助のために CAIイメージャーからによるエアロゾル光学的厚さの導出、および MIROC+SPRINTARS気候モデルにモデル計算値を、国立環境研究所の GOSATチームに提供している。
5)日本学術会議の地球温暖化問題に関わる知見と施策に関する分析委員会(主査:中島映至)の対外報告書における「地球温暖化問題解決のために—知見と施策の分析、我々の取るべき行動の選択肢—」の図(本報告書の図1)を作る際には本研究を参照した。
6)Joint IPCC-WCRP-IGBP Workshop: New Science Directions and Activities Relevant to the IPCC AR5(3-6 March 2009, Hawaii)において本成果を発表し、 IPCCの第5次報告書 (AR5)において検討すべき研究テーマとして指摘した。
7)本研究によって確立したエアロゾルモデルと SPRINTARSエアロゾル気候モデル、同化システムは、平成 22年度から始まった文部科学省の気候変動適応研究推進プログラムの中での、適応政策の研究にも使われる。
8)研究期間中に 14件のマスメディアの取材に応じ、エアロゾルの気候影響、太陽出力変化の影響、大気汚染と気候の関係などについて、わかりやすく正しい知識の発信に努めた。
ネット de 研究成果報告会 A-0803
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0803.html
3.委員の指摘及び提言概要
光吸収性のブラックカーボン、非吸収性の硫酸塩などによる、エアロゾルの直接効果は、気候モデルによる予測結果に主要な不確実性をもたらしているが、本課題では、光学上及び放射過程上のメカニズムを過程モデルの導入と、地上観測あるいは航空機観測による検証により、物理・化学的に明らかにするとともに、物理量や化学組成を定量化し、大気大循環モデルにおける放射強制力過程の改良を進め、また、東アジアにおけるエアロゾルの特性も明らかにしている。
また得られた新知見に関する学術誌への論文掲載も豊富でインパクトが大きく、また、 IPCC/AR5への貢献の確実な可能性が見られ、政策的な面でも成果が期待される。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
研究課題名: A-0804 海洋酸性化が石灰化生物に与える影響の実験的研究(H20-22)
研究代表者氏名: 野尻幸宏((独)国立環境研究所)
1.研究概要
大気のCO2 が増加して海に溶け込むことで、海のpH は既に低下して来ている。今後のpH 低下予測は、海洋モデルで比較的容易に行えるが、実際にそのpH 変化(CO2 分圧の増加)で海の生物と生態系にどのような影響が起こるかの知見が不足している。海の動物の飼育には設備と技術が必要であるために実験例が少ないが、本課題では、わが国は南北に長い気候の異なる海域に臨海施設を有し、多くの生物を飼育する技術を持っていることを利用して、わが国沿岸に生息する多様な動物種のうち、CO2 影響が顕著に現れると考えられる石灰化生物(炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物)として沿岸性底生生物(ウニ、貝類、サンゴなど)を中心に、CO2 分圧(pCO2)を高めて飼育する実験で影響評価を行った。
従来からの研究で、ウニ類や巻貝類にpCO2 増加に鋭敏に応答する生物種がいることが分かってきたので、
サブテーマ1では、CO2 に対する応答性の高いウニを対象として低濃度の曝露実験から近未来の影響把握実験を行った。
サブテーマ2では、水産重要生物への影響把握を目的として主にエゾアワビの幼生のCO2 曝露実験を行った。
図 研究のイメージ
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サブテーマ3ではサンゴ礁を形成するサンゴと有孔虫の石灰化へのCO2 影響評価実験を、
サブテーマ4ではサンゴの生活史段階のいくつかにおける酸性化影響実験を行った。
また、サブテーマ5では各サブテーマの実験を支えるCO2 分圧制御装置の技術開発として、特に低レベルのpCO2 制御を可能として21 世紀後半の大気CO2 レベルでの影響を把握できる飼育実験系を作り上げた。
■ A-0804 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/b-084 .pdf
[PDF 513 KB]
2.研究の達成状況
研究の立ち上げのために、海水のCO2 分圧を精密に制御して正確なCO2 曝露実験を行えるようにする装置の開発を行った。所定のCO2 分圧を持つ海水を水槽とは別の溶解装置で作ってから飼育水槽に送るという、これまでとは違う発想の制御機構を持つ精密な海水のCO2 分圧制御装置を設計・製作し、各参画機関に設置して生物飼育実験に使用することとした。定めた一定値にCO2分圧を制御するという基本的な機能に加え、一定の日周変化幅を与える機能、さらには実日周変化模擬機能も用意した。また、供給海水のCO2 分圧を計測することから沿岸域のCO2 分圧変化の通年データを得た。結果によると、白浜や横須賀の実験所では自然海水が夏季には日周振幅320ppm という大きな日周変化を示すこと、冬には日周変化幅が小さくなることが明らかになった。これは、日周変化を加える実験を行う際の基礎データとなった。
図 研究成果のイメージ
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ウニ幼生の飼育実験では、約300ppm という産業革命以前のCO2 分圧に近い条件と400ppm、500ppm、600ppm という現代から近未来に想定される条件において、四腕幼生の成長サイズを評価したところ、300ppm 条件は500ppm および600ppm 条件と有意に差があることが明らかになり、CO2 の現代濃度が既にウニの幼生の石灰化に影響している可能性が示唆された。また、サンゴの幼生ポリプの飼育実験においては、日周変動(400ppm 幅)を加えてみたところ、平均が同じ800ppm であっても、800ppm 一定と比較して600ppm から1000ppm に日周変動する条件の方が、石灰化の阻害に働くことが明らかになった。
エゾアワビの幼生のCO2 曝露実験では、殻を構成する炭酸カルシウム(アラゴナイト)の飽和条件を上回るCO2 分圧(1000-1500ppm 以上)で、殻の奇形や溶解という悪影響が明らかになるものの、800ppm からそれ以下の程度では、発生から稚貝に成長するプロセスでのCO2 影響が現れにくいことがわかった。比較的酸性化に強いことからその日周変化実験では、実環境より大きな日周幅である800ppm を与えて行った。平均が800ppm であっても800ppm 一定と比較して400-1200ppm に日周変化する条件が、1200ppm 一定と比較して800-1600ppm に日周変化する条件が、エゾアワビ幼生の死亡率、奇形率を高め、殻の生長を阻害することが明らかになった。
これは、先のサンゴ幼生ポリプの生長に及ぼす日周変化実験の結果と矛盾しない。
サンゴ礁を構成する主要なサンゴ種であるミドリイシとハマサンゴのうち代表的な種で実験したところ、それぞれ産業革命以前のCO2 濃度である約280ppm の飼育実験で、現代濃度より石灰化の促進が見られた。また、400ppm から800ppm にいたるCO2 濃度増加が生長阻害に与える影響の現れ方は種によって異なり、濃度とともに生長阻害される場合と、400ppm から800ppm にかけて生長阻害の違いが顕著でない場合とがあるとわかった。このことは、種によってCO2 に対する応答に違いがあることが将来のサンゴ礁の種構成を変化させ、生態系変動を生むという可能性を示唆するものである。水温の影響との複合影響もあるので、今後より精密な実験が必要である。
これら、新たに開発された精密なCO2 制御系を活用することで、これまで実験されてきたより低いCO2 濃度域で曝露実験を行うことができ、世界でもまだ事例がほとんどない低いCO2 濃度域で海洋生物が受ける酸性化影響を評価する実験結果を得ることができた。
ネット de 研究成果報告会 A-0804
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0804.html
3.委員の指摘及び提言概要
本課題では、脆弱と考えられる沿岸性底生生物に対し、CO2 分圧の制御技術の開発により、極端な場合ではなく、21 世紀に生じる可能性があるような環境下での影響についての知見が得られている。また、現実的な日周変動についても詳しく解析されており、学術的な意義のある成果といえる。
ただ海洋酸性化の影響評価に関しては、まだ知見がごく限られており、条件設定などもう一歩踏み込んだ実験的研究の展開が望まれる。
IPCC ワークショップには、本課題での成果に基づく今後の研究への提言をするなど、国際的な観点からも有意義な発信がなされている点は政策的意義として評価される。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b
研究課題名: A-0805 環礁上に成立する小島嶼国の地形変化と水資源変化に対する適応策に関する研究(H20-22)
研究代表者氏名: 山野博哉((独)国立環境研究所)
1.研究概要
環礁上に成立する小島嶼国は、地球温暖化に伴う海面上昇と気候変動によって,海岸侵食と水資源の劣化が懸念されている。本研究においては、環礁上に成立する小島嶼国において、地形形成史、降水量変動史と人間居住史に基づいて環境収容力を推定し、地球温暖化にともなう海面上昇・気候変動と、社会変動の両方の影響を予測して脆弱性の評価を行い、地形変化と水資源変化に対する適応策の立案と普及を行う。
本研究により、脆弱な小島嶼国において、地球温暖化がもたらすものとして特に重要な項目、海面上昇と気候変動に対する自然・社会両方の面から具体的な適応策の立案が可能となることが期待される。
図 研究のイメージ
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■ A-0805 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/ba-085 .pdf
[PDF 273 KB]
2.研究の達成状況
本研究により、小島嶼国の危機の構造が明らかになるとともに、適応策を要因(グローバルな影響の低減、ローカルな影響の低減、未利用資源の開拓)で整理でき、対象地に対して具体的な適応策を提示することができた。
ツバルにおいては、要因において特に重要なものが、グローバルな要因である海面上昇と降水量変動、ローカルな要因である人口増加にともなう土地利用変化と汚染にあることが示された。元湿地帯を示したハザードマップによる都市計画の立案、海浜植生の回復による海岸保護、ゾーニングによる保護区域の設定とともに、汚染の低減やサンゴ・有孔虫の増殖によって生態系を積極的に回復させて砂生産を増大させること、タロイモ畑における淡水保水力のある土壌を導入すること、環礁間や島外のネットワークを促進する運輸手段の増強を行うことなどが具体的な対策として考えられる。
図 研究成果のイメージ
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一方、マーシャル諸島共和国においては、ツバルより頑健であるものの、海岸侵食や淡水レンズの塩水化の問題が起こりうる。マーシャル諸島共和国において、人口が少なく健全なサンゴ礁生態系の維持されている島の周辺では砂生産が過剰にあり、そこからの砂運搬による養浜も対策として考えられることが示された。また、診断ツールとして水収支モデルの構築を行い、適切な水利用の指針策定に貢献した。
環礁州島の立地条件は多様で、それに従い、環礁州島は多様な構造を持つ。一つの環礁内においても、そこに分布する州島の地形、形態や面積は多様である。環礁に居住を始めた人間は、地形を改変し、農耕栽培を行って景観を形成してきた。こうした人間居住史や社会構造、生活圏形成の歴史も多様である。火山島からなる小島嶼国は環礁とはさらに異なる構造や歴史を持っているであろう。
本プロジェクトは、こうした多様性を理解した上で、グローバル・ローカルな要因を特定して具体的な対策を立案し、現地での施策や援助計画に反映させることが必要であることを示した。
ネット de 研究成果報告会 A-0805
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0805.html
3.委員の指摘及び提言概要
新たな観点からの意欲的な研究課題で、個々のサブテーマにおける研究は成果をあげており、興味深い結果が得られている。サブテーマの統合化が不十分で、さらに時間をかけて取り組むべきであったことを指摘したいが、具体的な現地の適応策の提案が行われ、この研究がJST-JICAの事業に結びついたことは高く評価される。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
研究課題名: A-0806 気温とオゾン濃度上昇が水稲の生産性におよぼす複合影響評価と適応方策に関する研究(H20-22)
研究代表者氏名: 河野吉久((財)電力中央研究所)
1.研究概要
地球温暖化が進行しているが、開発途上国における化石燃料に由来したエネルギー消費の急激な増加とともに二次汚染物質であるオゾン濃度の上昇も指摘されている。オゾンの植物影響評価に係るこれまでの研究により、現状濃度レベルでも植物に対してオゾンの潜在的な影響が指摘され、オゾン濃度がさらに上昇すれば植物の生産性を低下させ、影響が顕在化する可能性の大きいことが指摘されている。一方、温暖化に係る将来の影響予測については、温度上昇に対する植生の脆弱性や水稲の高温障害などが検討されているが、気温とオゾン濃度の上昇が複合した場合の影響についての検討はほとんど行われていない。
本研究では、アジア各国の食糧供給源として重要な作物である水稲の収量を指標にしたオゾンに対する品種間の感受性の差異についてインド型品種と日本型品種のオゾン感受性の差異について検討するとともに、国内で栽培されている主要品種を対象に温度とオゾンの複合影響が収量および品質におよぼす影響の程度を検討した。
図 研究のイメージ
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また、これまでに行われた農作物の生育時期別のオゾン感受性に関する研究によれば、収量は生殖成長期前後のオゾン濃度の影響を受けやすいと考えられているが、水稲について実験的に解明した報告はないため、オゾン影響を受けやすい時期の特定を試みると同時に、オゾンの影響は窒素施肥の時期や施肥量などの影響を受ける可能性があることから、影響回避・軽減策として窒素施肥条件等とオゾン影響の発現との関連性について検討し、肥培管理面から適応方策を検討した。
植物に対するオゾンと高温の複合影響については、分子レベルではほとんど調べられていない。
このため,長期にわたる暴露試験に代わる実験室レベルでの影響予測評価手法の開発を目指して、長期暴露試験と併行して高温やオゾンにさらされた植物体内の物質の変化を分子マーカーとして検出することにより、これを利用した新しい影響評価手法やオゾンストレス診断用のDNA アレイの開発を目指した。
■ A-0806 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/ba-086 .pdf
[PDF 299 KB]
2.研究の達成状況
(1)気温とオゾン濃度上昇が水稲の収量・品質に及ぼす影響評価
3 年間で合計60 品種・系統の日本型・インド型品種を対象にオゾン濃度と収量反応について検討した結果、日本型品種はインド型品種よりもオゾン耐性の品種が多く、“日本晴、コシヒカリ、にこまる”などはオゾンの影響を受け難いオゾン耐性品種、“きらら397、ササニシキ、タカナリ、Kasalath、IR36”などはオゾンの影響を受けやすい感受性品種に分類された。
植物影響評価用のオゾン暴露指標としてこれまでに様々な指標が提案されているが,日中12時間の平均濃度あるいは暴露期間の長短の影響を考慮したオゾンドースが最も単純で簡便な暴露指標として適していると考えられた。
図 研究成果のイメージ
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国内で栽培されている水稲主要品種の個体当たりの精籾重量(収量)を対象にオゾン、気温、年度間の差異について多元分散分析を実施し、それぞれの要因の影響について検討した結果、一部のオゾン感受性の品種では複合影響が懸念されるものの、主要栽培品種についてはオゾンと気温の複合影響は考慮しなくても良いと考えられた。また,玄米を対象に外観品質や食味品質を左右するタンパク質含量を対象にオゾンと気温の複合影響について検討した結果、気温の上昇とともにオゾン濃度が上昇しても、両者の複合によって著しく品質が低下することはないと考えられた。
大気常時監視測定局で記録されている光化学オキシダントデータを基に、そのトレンドから2020、2030 および2050 年度のオゾン濃度を推定し,オゾンによる収量減少率を推定した結果、2050 年時点において全国平均で約2%程度の減収で済むと見積もられた。同様に、タンパク質含量は、2050 年時点において全国平均で相対含量が約4%増加すると推定された。一方,アジア圏の2005 年における水稲生産量はオゾンの影響により既に約8%の減収となっていると推定された。また、2005 年の人為起源の排出量を5 割増とした場合の減収率は約10%と見積もれられ,国内よりもアジア圏における水稲生産に対するオゾンの影響が大きいことが明らかになった。
(2)水稲の生育時期別オゾン感受性の評価
全期間オゾン処理をしていない処理区の収量を基準にして,オゾン暴露時期の影響を評価した結果、収量低下率は移行期のオゾン暴露が最も大きく、次に栄養成長期であった。結実前後の移行期は期間が短いものの、この時期のオゾン暴露が収量に与える影響は大きいことが明らかとなった。また,窒素施肥量が多くなるのに伴って水稲の収量は増加する傾向にあったが、水稲の収量に対するオゾンの影響は窒素施肥量が変わっても大きく変わらなかった。このため、収量レベルを維持するためには窒素を多めに施肥する必要があると考えられた。また、ケイ酸質資材を施用してもオゾンの影響を軽減あるいは回避できないことも判明した。
(3)高温・オゾン適応のための分子マーカーの探索とオゾンストレス診断アレイの開発
オゾンによる収量影響を受けにくい品種ではマロンジアルデヒド(脂質分解物)とサクラネチン(ファイトアレキシンの一種)の含量が、オゾン暴露により顕著に増加することが明らかになり、オゾン耐性を判定する指標として利用できると考えられた。また、マイクロアレイで網羅的に遺伝子発現を調べ,幼苗段階で簡便にイネ品種の高温とオゾンに対する感受性を評価する方法を開発した。また,収量、品質等と種子における遺伝子発現パターンを比較し、種子の遺伝子発現マーカーによる影響評価法を開発した。
一方,イネのオゾンによる収量低下に関与する遺伝子座を同定するためQTL 解析を行った結果、オゾン感受性イネ品種“ハバタキ”におけるオゾンによる収量の減少は、APO1 遺伝子の働きが抑制されることによる一次枝梗数の減少を介して総精籾数(総頴花数)が減少することにより生じている可能性を明らかにした。
さらに,シロイヌナズナを用いたオゾン診断アレイによりオゾンの急性影響の検出と、一日の最大オゾン濃度が60ppb 以上の時に慢性影響を検出できることが明らかとなった。また、イネ・マイクロアレイ解析の結果に基づき、イネの高温・オゾンストレス診断用DNA アレイを作成し、ストレス診断を行った結果、オゾンまたは高温に特異的に発現応答する遺伝子を複数同定することができ、イネのストレス診断アレイの有用性を確認できた。
ネット de 研究成果報告会 A-0806
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0806.html
3.委員の指摘及び提言概要
従来の知見を大きく変えるものではないが、イネの品種によりオゾン濃度の影響の現れ方に差異があることを示したこと、分子レベルでの影響解析に着手したことなどが注目される。
しかし、対象区でも整粒歩合が20〜60%と極めて低いものが多いこと、不稔が異常に多いことから、本実験のイネが異常な生育をしていたことが推察される。実験装置・方法の点検が必要であろう。
今後、研究成果を対策に活かすには、得られた知見を確実にするために、さらなる実験をくり返す必要がある。
4.評点
総合評点: B ★★★☆☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): b
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b
研究課題名: A-0807 気候変動に対する寒地農業環境の脆弱性評価と積雪・土壌凍結制御による適応策の開発(H20-22)
研究代表者氏名: 廣田知良((独)農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター)
1.研究概要
我が国を代表する農業地帯であり、冬の気候が少雪厳寒である北海道・道東地方は、近年、土壌凍結深が顕著な減少傾向にある。土壌凍結深の減少は農業生産に正の効果をもたらす反面、野良イモと呼ばれる雑草の増加など、負の効果も現れている。寒冷地では、また、土壌凍結深が深くなると、晩冬から初春にかけて温室効果ガスである一酸化二窒素が大量放出することが知られている。一方、土壌凍結深が浅くなることで、融雪水の浸透量が増加し、窒素肥料の溶脱による地下水汚染のリスクが増大することが懸念されている。
そこで、本研究では土壌から大気への一酸化二窒素放出と土壌中の硝酸態窒素動態とを中心に、寒冷地農業環境の温暖化・気候変動に対する脆弱性を評価した。そして、積雪・土壌凍結深制御による環境負荷低減と農業生産性が両立する対策技術を開発した。
サブテーマは次の二つである。
(1) 寒地の農業環境における温暖化影響に対する脆弱性の評価と適応対策技術の開発
(2) 異なる積雪・土壌凍結条件下の土壌中の硝酸態窒素を含む陰イオン移動の定量的評価
図 研究のイメージ
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■ A-0807 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/ba-087 .pdf
[PDF 350 KB]
2.研究の達成状況
1.農地での土壌の凍結融解条件における一酸化二窒素が短期・集中的に大量放出するメカニズムを明らかにした。土壌凍結層が発達した条件では、融雪水が地表に湛水して、大気との通気性が阻害され、融凍期に土壌ガス中の酸素分圧が低下した。これにより、微生物が酸素から硝酸イオンに呼吸基質を選択する脱窒が発生し、一酸化二窒素が表層・土壌中に大量に生成・蓄積され、消雪後に湛水がなくなるのと同時に大量に大気に放出されることを明らかにした。
2.上記のプロセスに大きく関与する、土壌凍結条件での融雪水の浸透量および土壌中の硝酸態窒素動態を定量的に評価した。最大土壌凍結深が 20 cm以下では融雪水が土壌に速やかに浸透し、土壌中の硝酸態窒素はほとんど残存しないが、凍結深がこの深さを越えると融雪水の浸透が抑制され、土壌中の硝酸態窒素が表土に残存することを実証した。
図 研究成果のイメージ
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3.地温・土壌凍結深予測モデルを用いて、雪割り(農地の除雪と再集積)の時期や期間を考慮し、農地の土壌凍結深に最適な深さにコントロールする土壌凍結深制御手法を開発した。本手法は、北海道・十勝地方で普及を始めた野良イモ防除への適用に加えて、土壌中の硝酸態窒素の溶脱による地下水汚染の環境負荷を低減する技術へと拡張可能であることを示した。野良イモ防除効果と環境負荷低減の両者を両立させる最適土壌凍結深は 30-40 cmであることを明らかにした。
4.積雪地帯で広く実施されている融雪促進のための雪面黒化法による融雪材散布は、木炭を用いると土壌炭素蓄積効果が大きく、畑土壌からの年間温室効果ガス排出相当量の難分解性炭素が土壌に投入可能になることがわかった。すなわち、融雪材をこれまでよく用いられている工業残渣や安価な工業原料からバイオ炭の利用を進めることで、融雪促進による農業生産性の向上に加えて環境負荷低減を両立できる有効な手法となりうることを明らかにした。
ネット de 研究成果報告会 A-0807
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0807.html
3.委員の指摘及び提言概要
北海道における特定の地域での、温暖化に対応した土壌の炭素蓄積、養分流出の問題が取り扱われており、個々の研究課題において野外調査、実験、モデルを通じて、現象の解明、さらに今後の北海道などの寒冷地での温暖化に伴う土壌の問題への対応策をとる上での、基礎的な研究成果を生み出している。
なかでも融雪期に一酸化二窒素が大量に放出されるメカニズムを明らかにし、雪割り・土壌凍結深制御によって一酸化二窒素放出を制御できることを示した意義は大きい。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
研究課題名: A-0808 統合評価モデルを用いた気候変動統合シナリオの作成及び気候変動政策分析(H20-22)
研究代表者氏名: 増井利彦((独)国立環境研究所)
1.研究概要
本研究の目的は、これまでに AIMのモジュールとして構築してきたモデル群を対象に、最新の科学的知見を反映するように個々のモデルを改良する作業や、複数のモデルの統合を行い、各種フィードバック効果も考慮しつつ、温室効果ガスの排出、気温上昇、温暖化影響に関する一貫性を持った世界シナリオの開発を行うことであった。また、日本や世界シナリオに大きな影響を及ぼすアジア主要国を対象に、国別シナリオを作成することを目的としたモデルの開発、及びそれらの統合化を行い、これらを用いて各国における温暖化対策の効果と影響について分析を行った。
得られた成果は、IPCC新シナリオの作成やわが国における温室効果ガス削減の中期目標策定、アジアの発展途上国における温暖化対策の促進に貢献してきた。
図 研究のイメージ
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■ A-0808 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/9846/bc-088 .pdf
[PDF 400 KB]
2.研究の達成状況
わが国を対象とした分析については、温室効果ガス排出削減の中期的な目標設定に関する議論に参加し、世界を対象とした技術選択モデル AIM/Enduse [Global]を用いてわが国と主要国の削減についての関係を明らかにし、日本を対象とした技術選択モデル AIM/Enduse [Japan]を用いて、温暖化対策を促進させる施策も含めて削減の姿を定量化し、得られた対策によるエネルギー削減量や対策を導入するための追加投資の情報を日本を対象とした経済モデル AIM/CGE [Japan]に組み込んで、温暖化対策の経済的な影響までの一貫した分析結果を提示した。また、 2020年の温室効果ガス排出量を 1990年比 25%削減するという目標に対する施策についても AIM/Enduse [Japan]と AIM/CGE [Japan]を用いて分析を行い、 25%削減という目標は、極めて厳しい目標ではあるが実現可能であり、適切な施策の導入により経済的な影響も最小限に抑えられることを明らかにした。[サブテーマ1・3]
また、世界を対象とした AIM/CGE [Global]を用いた代表的濃度経路の分析から、目標設定とする放射強制力に対してエネルギーから土地利用までを範囲をとする世界の排出シナリオを示すことができた。また、 AIM/Enduse [Global]、AIM/CGE [Global]を用いた国際比較研究プロジェクトへの参加から、地球の平均気温を産業革命前から比較して 2℃以内に抑えるという目標(大気中の温室効果ガス濃度を二酸化炭素換算で 450ppmに安定化させるに相当)も非常に達成困難であるが、再生可能エネルギーの導入やエンドユース側の効率改善などあらゆる施策の導入により実現できることを示した。[サブテーマ1・2]
図 研究成果のイメージ
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こうした温暖化対策は、先進国だけの課題だけではなく、アジアの主要国にとっても重要となりつつある。本研究で開発したモデル群を中国、インド、タイの研究者とそれぞれの国に適用して、温暖化対策に向けたシナリオについても検討することができた。また、こうした取り組みを加速させるために、温暖化対策の副次的な便益である大気汚染対策を評価するためのモデルを開発し、各国における大気汚染物質の曝露量について分析を行った。[サブテーマ2・3]
以上の分析結果から、本研究では、統合評価モデルである AIMを構成する様々なモデル群を改良、開発し、世界、日本、アジア主要国に適用することで、温暖化対策の効果と影響を定量的に明らかにするとともに、温暖化政策に資する情報をシナリオとして整理し、中央環境審議会をはじめ国内外の様々なところに結果を提供してきた。
ネット de 研究成果報告会 A-0808
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/A-0808.html
3.委員の指摘及び提言概要
ポスト京都の議論においては、途上国の対応を含んだ排出削減の方向性が模索されているが、本課題は、先行の AIMモデルによる研究の発展として、中国・インドなど急速に排出を増大させている主要な排出国を含むアジアの途上国の気候変動政策を含む世界の各種シナリオを具体的に示すことにより、政策オプションに関する科学技術的、社会・経済的な知見を導出しており、政策に関連した重要な情報を提供しているといえよう。
さらに、わが国に関しては、 2020年までに 25%の削減をすることに関する科学技術的、社会経済的な知見を実際に政策決定者に提供しており、本課題の成果は学術的にも政策的にも意義が極めて高いと思われる。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
事後評価 1.第1研究分科会<全球システム変動>
ii. 革新型研究開発領域
研究課題名: RF-0901 4次元データ同化手法を用いた全球エアロゾルモデルによる気候影響評価(H21-22)
研究代表者氏名: 竹村俊彦(九州大学)
1.研究概要
大気浮遊粒子状物質(エアロゾル)は、人類および他生物の呼吸器系等に悪影響を及ぼしたり視界悪化を招いたりする他、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)でも指摘されているように、気候変動を誘発する物質である。しかし、エアロゾルは発生源が多様であること、温室効果気体とは異なり粒子であるために大気滞留時間が短いこと、さらに物理化学組成に依存して直接効果(太陽放射および赤外放射の散乱・吸収)および間接効果(雲の凝結核/氷晶核の機能を通じた雲反射率および降水効率の変化)が大きく異なることなどから、地球規模のエアロゾルの分布および気候に対する影響を評価することには困難を伴う。この問題の打開策の 1つとして、データ同化手法を導入した精度の高いエアロゾルの気候影響の評価が考えられる。
本研究課題では、地球規模のエアロゾルの分布および気候影響をシミュレートするエアロゾル気候モデル SPRINTARSに対して、観測データを直接導入するために、データ同化手法の1つである4次元変分法を適用することを最大の目的とした。これにより、エアロゾルの気候に対する影響を評価する際の大きな不確定要素の1つである、エアロゾル排出量の時空間分布に関して高精度な逆推定を行ったり、観測データが充分考慮されたエアロゾルの放射強制力を算出したりすることにより、従来の研究よりも信頼度の高いエアロゾルの気候に対する影響の評価への道が拓ける。
図 研究のイメージ
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■ RF-0901 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/11490/rf-091.pdf
[PDF 803 KB]
2.研究の達成状況
最初に、本研究課題の最重要行程である4次元変分法適用のためのアジョイントモデルの構築を行った。アジョイントモデルは、元々エアロゾル気候モデル SPRINTARSにおいて時間順方向で計算するために構築されている輸送プロセス(発生・移流・拡散・化学反応・湿性沈着・乾性沈着・重力落下)を、観測データを導入しつつ時間逆方向で解くために必要である。
次に、データ同化システムのチェックや同化手法の有効性を調査するテスト実験(「双子実験」という)を行った。その結果、構築した4次元変分法を用いたデータ同化システムが有効に機能しており、また、エアロゾル排出量の逆推定に有用であることが示された。双子実験の後、実際のエアロゾル輸送現象に対して、本研究で構築したデータ同化手法を適用した。使用した観測データは、人工衛星搭載センサ MODISから得られたエアロゾル光学的厚さである。 2007年の黄砂現象に関して検証を行ったところ、データ同化前のシミュレーション結果は、 MODISの観測値と比較して、定性的な分布は良い一致を見ているものの、定量的に小さくなっている。これが、データ同化後には MODISの観測値に近づいている結果が得られ、本研究で構築したシステムが正常に機能していることが示された。
その後、データ同化後に逆推定された黄砂発生量の分布を検討した。データ同化前から同化後に光学的厚さの数値が変化していることと整合的に、数値モデルで計算された黄砂発生量が修正されることが示された。
図 研究成果のイメージ
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4次元変分法は、上述の通り、時間を過去に遡って積分するアジョイントモデルが組み込まれているため、発生源まで陽に遡ることが可能であり、観測データを基にして高精度でエアロゾル発生量の逆推定がなされていると考えることができる。また、データ同化適用後に計算されたエアロゾルの放射強制力は、これまで数値モデル単独で行ってきた放射強制力の評価を、観測データを用いて修正されたものであり、信頼度の高い気候変動評価に貢献するものである。
大気中の物質輸送に対してデータ同化手法を導入する重要性は以前から指摘されてきたものの、実現するに至らなかった。本研究では、全球モデルで4次元変分法により、物質輸送へのデータ同化適用を達成したことになり、その意義は大きいと考えられる。
ネット de 研究成果報告会 RF-0901
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/RF-0901.html
3.委員の指摘及び提言概要
エアロゾルデータの 4次元同化という新しい課題に一定の目処をつけたこと、それを活用してエアロゾル放出源の分布を見積もるインバージョンの可能性を示したことで、期待通りの成果を挙げたものと評価される。まだ精度は十分とはいえないが、こうした評価手法の進展は、遅れていたエアロゾルの科学的知見の深化に貢献し、ひいては有効な環境政策の策定にもつながる重要な研究成果になると判断される。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a
研究課題名: RF-0902 亜寒帯林大規模森林火災地のコケ類による樹木の細根発達と温室効果ガス制御機構の解明(H21-22
研究代表者氏名: 野口享太郎((独)森林総合研究所)
1.研究概要
亜寒帯林は地球上の全森林が貯留する炭素の 30〜50%を貯留しており、地球上の炭素動態において重要な役割を担う生態系と考えられている。しかし、近年になり亜寒帯林では森林火災が頻発し、被害面積が急増している。これらのことから、 IPCCの第 4次評価報告書では、森林火災が将来の生態系に対するキーインパクトの一つとして位置づけられている。
亜寒帯林の多くでは地表面がコケ類や地衣類などの林床植生に覆われており、発達すると数十 cmにおよぶ厚い林床植生と堆積有機物の層を形成する。これらの林床植生と堆積有機物の層は、樹木根の主な生育の場となっているほか、断熱効果を発揮して土壌温度を低温に保つことにより、土壌呼吸による二酸化炭素(CO2)放出量に影響を与えていると考えられる。また、林床植生そのものも光合成により炭素を固定するほか、その一部は窒素固定活性やメタン(CH4)酸化活性などのユニークな機能を持つことから、これらの林床植生の存在は、 CO2、CH4、亜酸化窒素(N2O)などの温室効果ガスフラックスを制御する主要な要因の一つとなると考えられる。そのため、森林火災により林床植生が焼失もしくは衰退すると、樹木根の成長に伴う炭素蓄積過程や温室効果ガスフラックスも大きく変化する可能性がある。
しかし、このような亜寒帯林の炭素動態および温室効果ガスフラックスに対する森林火災の影響や、火災後の回復過程、その中で林床植生が果たす役割については不明な点が多く、その解明は、陸域生態系の炭素動態に対する理解をより深めるとともに、その将来予測の精度を高めるためにも重要な課題となっている。
図 研究のイメージ
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そこで、本研究では北米アラスカ州内陸部の火災後 5〜90年を経過したマリアナトウヒ(Picea mariana)林において、細根の生産量、林床植生の生産量、地表面における CO2、CH4、N2Oなどの温室効果ガスフラックスの火災後の変動について明らかにするとともに、林床植生とその下部の堆積有機物層の発達がこれらの変動に与える効果を明らかにすることを目的とした。
■ RF-0902 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/11490/ rf-092 .pdf
[PDF 229 KB]
2.研究の達成状況
(1)森林火災後の林床植生成長速度と林床植生が樹木根の成長に与える影響の評価
各調査区でマリアナトウヒと低木・草本類の地上部現存量を調査した結果、火災後年数が短いほど小さかった。 5年区では火災によりマリアナトウヒの成木は全て枯死しており、回復して火災の跡が見られない 90年区では、地上部現存量の 96%がマリアナトウヒであった。
一方、リターフォール量については、調査区間の差異は小さかった。 5年区のリターフォールの大半は低木・草本類のものであり、 90年区では 50%がマリアナトウヒのものであった。
各調査区で林床植生被覆率は火災後年数が短いほど小さく、地表〜堆積有機物層の深さも 5年区の値は 10年区、 90年区よりも有意に小さかった。これらの結果は、火災が起こるとマリアナトウヒ林の植生や堆積有機物層は減少し、数年〜 10年程度では十分に回復しないことを示唆している。
図 研究成果のイメージ
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また、各調査区における林床植生生産量を推定した結果、調査区間の差は小さく、 5年区、 10年区、90年区でそれぞれ 46、33、38 g m-2 yr-1であった。また、各調査区において直径 2 mm以下の細根の生産量を推定した結果、 5年区、 10年区、 90年区でそれぞれ 48±13、47±12、63± 10 g m-2 yr-1であり、調査区間で有意な差は認められなかった。これらの結果は、林床植生や細根の生産量が火災後数年で速やかに回復することを示唆している。また、各調査区の細根生産量を林床の状態により比較した結果、 90年区において地衣類を含む群落下の細根生産量がコケ類の群落下よりも有意に小さかった。この結果は、細根生産量が林床植生の種類によって変動しうることを示唆している。
(2)森林火災後の林床植生被覆を介した温室効果ガスフラックスとその制御機構の解明
土壌呼吸速度、林床からの CH4フラックス、 N2Oフラックスについてクローズドチャンバー法による調査を行った。火災からの経過年数が最も短い 5年区では、他の区に比べて土壌呼吸速度が小さく、 10年区と 90年区では土壌呼吸速度に差は見られなかった。また、各調査区における土壌呼吸速度は地温と正の相関関係を示したが、同じ温度レンジで見ると、 5年区では、他の区に比べて土壌呼吸速度が小さかった。各調査区内では林床被覆の状態により土壌呼吸速度が異なったが、これは林床被覆の状態による地温や生物活性の違いによるものと考えられた。得られた土壌呼吸速度と地温の関係式、地温の経時変動、林床植生被覆率をもとに推定した 5年区、 10年区、90年区の年間土壌呼吸量は、それぞれ 2.10、2.81、2.94 t C ha-1で、積雪期間の土壌呼吸量は年間土壌呼吸量の 4.5〜6.3%の寄与と推定された。
また、2009年 8月の調査の結果、 5年区の CH4吸収フラックスは 10年区、90年区よりも大きかった。また、 10年区の N2Oフラックスは 5年区、90年区よりも大きかった。重回帰分析の結果、N2Oフラックスは、土壌水分率が高く、土壌呼吸速度が大きいほど大きくなることが明らかになった。
以上から、土壌呼吸速度、 CH4および N2Oフラックスの地点による違いは、林床被覆の状態や林床植生の回復状況を反映することが示唆された。
(3)森林火災がマリアナトウヒ林の地表面の炭素収支に与える影響
細根生産量、林床植生生産量、リターフォール量は、地下部への有機物供給源と考えられる。本研究で得られた細根生産量、林床植生生産量、リターフォール量の合計量を、炭素含有率を 50%として炭素量に換算すると、 5年区、10年区、 90年区における地下部への炭素供給量は 0.57、0.51、0.66 t C ha-1 yr-1となった。これらを土壌呼吸速度(2.10〜2.94 t C ha-1 yr-1)と比較するとかなり小さい。この原因については、細根生産量などの推定値の過小評価にあるのか、あるいは菌根菌の生産量など未測定の要素の寄与が大きいことにあるのか、現時点では不明であるが、今後、さらに研究を進める上での重要な課題と考えられる。
ネット de 研究成果報告会 RF-0902
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/RF-0902.html
3.委員の指摘及び提言概要
サブテーマの目標は明瞭であり、個々の研究課題に関して十分な成果が得られている。特に生態学的には、計画的な野外調査により生態系としての火災跡地のトウヒ林生態系の記述がなされて、火災から回復過程にある森林の炭素収支に及ぼす林床植生の影響について興味深い結果が得られていることは評価できる。また、生態系の変化に対応した二酸化炭素や窒素などのフラックス測定が成されており、重要な成果を得ている。得られた成果の学術誌などにおける発表が少ないので、早く成果をとりまとめて発表することにより、研究成果を客観化することが必要である。
4.評点
総合評点: B ★★★☆☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): b
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b
研究課題名: RF-0903 日本の落葉広葉樹林におけるメタンおよび全炭化水素フラックスの高精度推定(H21-22)
研究代表者氏名: 深山貴文((独)森林総合研究所)
1.研究概要
人工衛星によるメタン濃度の観測が開始され、地上部におけるフラックスの高精度推定に必要な連続観測技術の確立が必要とされている。特に森林流域には嫌気的土壌が存在し、陸生植物からのメタン発生の可能性も報告されたことから、森林群落のメタン収支が注目されている。
一方、森林起源の非メタン炭化水素は、温室効果ガスを酸化させる大気酸化力を維持し、有機エアロゾルを形成して温室効果を軽減すると考えられており、その放出量の評価が必要とされている。そこで本研究では新測器を用いて炭化水素フラックスの連続観測システムを開発し、野外観測における有効性を確認すると共に、森林における炭化水素フラックスの変動特性と変動要因の検討を行った。
図 研究のイメージ
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■ RF-0903 研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/11490/rf-093].pdf
[PDF 317 KB]
2.研究の達成状況
可変波長半導体レーザー分光法による高速メタン計と、プロトン移動反応質量分析法による炭化水素計という新測器を用いて、炭化水素フラックスの多点連続観測システムを開発した。これは、大気−森林間での群落炭化水素フラックスの評価を目的として乱流変動法と簡易渦集積法を、群落内におけるフラックス形成メカニズムの解明を目的として自動多点チャンバー法を同時に運用するもので、群落上、葉面、土壌表面における炭化水素フラックスの連続的な並行観測を実現している。
新測器とガスクロマトグラフの野外観測における比較観測や校正ガスによる精度評価を通じて、新測器の有効性が確認された。また野外観測では湿潤土壌からのメタン放出が主に落葉やルートリターが堆積した夏期の渓流の汀線上や砂州上に限られ、そこからの放出も降雨の影響を強く受けて停止する断続的なものであることが分かった。また、葉群や群落からのメタン放出も認めらなかったことから、この森林はメタンの弱い吸収源であり現段階でのメタン排出源対策は不要と考えられた。イソプレンについてはコナラ葉面、土壌面、群落上で明瞭なフラックスの日変化を観測し、エアロゾル形成等を示唆する結果を得た。
本研究で得られた成果は炭化水素フラックス観測ネットワークの構築や比較観測等に活用していくことを予定している。
図 研究成果のイメージ
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ネット de 研究成果報告会 RF-0903
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data/RF-0903.html
3.委員の指摘及び提言概要
可変波長半導体レーザー式高速メタン計を組み込んだ計測システムを開発して、リターなど表面積の大きな有機物の高温期のメタン放出の激しい変動を計測できるようになり、一つの集水域におけるメタンの発生の時空間的な分布を明らかにしている。
地球規模のメタン観測ネットワーク構築の足がかりになることを期待する。また、ソフトイオン化法質量分析計を用いて、非メタン炭化水素についても森林からの急激な放出が観測できるようになり、二次有機エアゾル形成との関連究明に貢献できると期待される。今回の成果のとりまとめが、学会誌、学会における発表により公開されることを期待している。
4.評点
総合評点: A ★★★★☆
必要性の観点(科学的・技術的意義等): a
有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b
効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b