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I. 中間評価

中間評価 S.戦略的研究開発領域

戦略プロジェクト名: S-6 アジア低炭素社会に向けた中長期的政策オプションの立案・予測・評価手法の開発とその普及に関する総合的研究(H21-25)
プロジェクトリーダー氏名: 甲斐沼 美紀子(国立環境研究所)

1.研究概要

世界の気温上昇を工業化以前と比較して2℃以下に抑えるという目標を達成するためには、2050年に、世界人口の半分以上、温室効果ガス排出量の半分以上のシェアを占めると言われているアジア地域で低炭素社会が実現できるかどうかが鍵を握っている。アジア地域においては、先進国が歩んできたエネルギー・資源浪費型発展パスの途を繰り返すのではなく、経済発展により生活レベルを向上させながらも、低炭素排出、低資源消費の社会に移行する必要があり、この低炭素発展パスに進むための方策を検討することは緊急かつ重要な課題である。本プロジェクトでは、将来像からのバックキャスティングとその実現に向けたロードマップを描く手法を開発し、アジア地域へ適用することによりアジア地域の中長期的な気候変動政策策定に貢献する。

図 研究のイメージ        
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テーマは次の5つである。
(1) アジアを対象とした低炭素社会実現のためのシナリオ開発
(2) アジア地域の低炭素型発展可能性とその評価のための基礎分析調査研究
(3) 低炭素アジア実現に向けた中長期的国際・国内制度設計オプションとその形成過程の研究
(4) 経済発展に伴う資源消費増大に起因する温室効果ガス排出の抑制に関する研究
(5) アジアにおける低炭素交通システム実現方策に関する研究

■ S-6  研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/11490/ s-6 .pdfPDF [PDF 317 KB]

2.研究の進捗状況

2050年GHG世界半減(1990年比)の実現のためには、アジア全体で、2005年から37〜52%削減しなければならない。アジア各国では、例えば、中国は26〜63%の削減、インドは36%の削減から52%までの増、日本は29から87%といった大幅な削減が必要となる。現状で想定できる技術のみの対策の適用では、2050年での限界削減費用は760$/tCO2に上る。このような経済・社会的負担を軽減するには、制度、ライフスタイル、交通システム、物質ストック・循環などの技術以外の対策の検討を行い、低炭素社会実現を後押しする必要がある。本研究では、低炭素社会移行への方策を検討し、これらの方策を実施するための制度設計、資源消費への影響分析、交通システムや都市構造の分析を行っている。
実際に低炭素社会シナリオを作成し、対策に繋げるのはアジア各国の政策担当者や研究者であるため、「低炭素社会モデル人材育成ワークショップ」(バンコク、2010;ベトナム、2011)、「低炭素アジアセミナー」(タイ、2009;広州、2009;カンボジア、2010;ベトナム、2010)、AIMトレーニング・ワークショップ(つくば、2010、2011)などの会合を通じて低炭素シナリオ開発モデルの移転を行った。本プロジェクトで開発したモデルを用いて作成したインドネシア、タイ、ベトナムのシナリオは、各国における長期的な低炭素シナリオとしては初めてのものである。タイ、マレーシア、ベトナムでは気候変動を担当する部署がモデルを用いた政策分析に強い関心を示すようになった。また、シナリオ作成のための方法論普及のため、COP15およびCOP16において「アジア低炭素社会」のサイドイベントを行い、研究成果を国際的な場で発表した。
以下に各テーマの進捗状況を記す。
(1) 「2050年の世界の温室効果ガス排出量を1990年比半減」に資するアジア各地域の排出量の目安と技術削減の可能性、経済影響について科学的に分析できるツールであるモデルを開発し、アジア主要国を対象としてその分析を行った。
(2) 中国、インドを対象に国の政策を分析した。中国が低炭素型発展を遂げるためには、生産・製造にかかわる技術の導入や、法規制や環境基準、モニタリング制度やマネジメントといった社会制度・基盤の整備、またそれら技術や社会制度・基盤を導入・設置に向けた資金の流れを作りだすこと、インドでは、今後如何に中央と地方政府の間で合意形成をしていくかが鍵であろうことが分かった。
(3) 排出削減目標検討に対して、目標差異化にかかる衡平性指標に関しては、費用効率性指標、責任指標、支払能力指標の3種類の指標を用いた多面的な評価の必要性を示し、さらに、国際的貿易を考慮することの重要性を明らかにした。また、低炭素技術検討のための問題特定化のためのフレームワークを構築した。
(4) 物質フロー・ストックと温室効果ガスの排出を有機的に結びつけて評価するモデルを構築し、これらの相互関係を分析できるようにした。また、温暖化対策技術の普及において重要となる希少金属需要量を同定する枠組を示した。
(5) 鉄道整備がモータリゼーション進展に与える影響をモデル化し、人口増加や自動車依存の程度を考慮しながら、鉄道整備時期によるCO2排出量削減効果の違いを評価するとともに、鉄道を利用したインターモーダル輸送の促進には積替施設の整備が不可欠であることを明らかにし、鉄道輸送促進による将来CO2排出量を推計した。また、都市旅客公共交通マネジメントについて、幹線的公共交通と端末輸送との連携方策について整理することにより、政策設定、運営管理策、運用方策、都市計画との関係を検討し、CO2排出量削減効果との関係を明らかにすることができた。
本研究プロジェクトの研究成果を活用して、研究参画者は、環境省中央環境審議会中長期ロードマップ小委員会において、バックキャストモデルによる試算結果や衡平性に関する知見を示した。同小委員会の中間整理では、S-3やS-6で得られた日本低炭素社会シナリオの知見に基づいてロードマップが作られた。また、中印政策対話や各国専門家との意見交換を踏まえ、国としての適切な緩和行動(NAMA)に関する報告書の取り纏めに貢献した。
「OECDのWPCID(気候・投資・開発作業部会)」、「UNEP持続可能な資源管理に関する国際パネル」、「物質フローと資源生産性に関するOECDプログラム」等の国際会議への参加や、国際シンポジウム2009「交通と気候変動」を世界交通学会と共催したことを通じて、その政策的な議論に貢献するとともに、本研究の成果の一部は、民主党「地球温暖化と経済成長の両立をめざす議員連盟」総会(2010年11月24日)におけるプレゼンテーションに使用されるなど、科学的知見の提供に大きく貢献した。

3.委員の指摘及び提言概要

本課題は、中国・インドなどの急速な経済成長により、温室効果ガスの排出量が全世界で半分以上を占めるようになっているアジア域の途上国において、技術移転を伴いながらも、従来の先進国の発展経路とは異なる経路で低炭素社会へ移行する可能性の研究を具体的に進めている。各テーマでの研究は、テーマ間の分担や研究のマネジメントを見直すべきものもあるが、全体として順調に進行している。
今後、研究終了時に向けて、各テーマの成果をプロジェクト全体で統合することが必要である。このためには、各テーマ間で相互に意思疎通し、テーマ2から5の成果をテーマ1に組み込むことにより各テーマ間の有機的連携を一層図り、プロジェクト全体として政策決定とその推進に実務的に寄与できる成果をまとめていくことが必要である。また、農業部門の動向と対策を十分考慮するとともに、アジアの各国の多様性を踏まえたアジア型の低炭素社会の特徴を明確化した、削減シナリオと政策オプションの提示を期待したい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b
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テーマ名: S-6-1 アジアを対象とした低炭素社会実現のためのシナリオ開発(H21-25)
テーマリーダー氏名: 増井 利彦 ((独)国立環境研究所)

1.研究概要

アジア各国を対象に、各国の経済発展や各国が抱える個々の環境問題の解決に加え、低炭素社会の実現を統合するビジョンを作成するとともに、その実現に向けた対策、道筋の検討と評価を、バックキャストの手法を用いて定量的に行う。定量化にあたっては、各国のみを対象とするのではなく、各国間の関係も視野に入れた分析を行うために、世界モデル、国モデル、地域モデルなど、多岐にわたるモデルを用いて分析を行う。また、再生可能エネルギー開発と温暖化抑制以外の地球規模諸問題との係わりなど、低炭素社会を検討する際に問題となる諸制約条件についても定量的に解析し、アジアにおける低炭素社会の実現に向けた統合シナリオを開発する。特にエネルギーシステム・政策に関しては、これまでのエネルギー開発の経緯や世界全体のエネルギー需給状況、各国・地域のエネルギー安全保障など、低炭素社会以外の要素をも十分考慮して定量的に検討する。また、中国、インドなどアジアの主要国を対象に、各国・地域の研究機関、研究者と協力して、各種モデルを適用し、国・地域レベルの低炭素社会シナリオを構築する

2.研究の進捗状況

既存の将来シナリオ、政府目標等を参照して作成した定性的な叙述シナリオとともに、世界モデルを用いた2050年の温室効果ガス排出量を1990年比半減させる場合のアジア地域における影響の分析や、各国・地域を対象としたコペンハーゲン合意等各国目標の分析、エネルギーシステムを対象とした計量経済モデルによる分析など、アジア低炭素社会の定量的な評価を行ってきた。また、開発したモデルの普及を目的としたトレーニングワークショップを実施した。
(1) 2050年の世界における温室効果ガス排出量を1990年比半減させる際のアジアにおける排出削減シナリオを検討することを目的として、世界を対象とした応用一般均衡モデルの改良とそれを用いた分析を行った。また、アジア低炭素社会シナリオを検討するために重要となる再生可能エネルギーのポテンシャルの推計を行った。さらに、2050年低炭素社会実現に向けたわが国の方策を検討することを目的としてバックキャストモデルの開発を行った。
(2) 各国において有効な温室効果ガス排出抑制のための政策を策定・実施するための手段として、将来の目標とする低炭素社会の姿を定量的に描写し、必要な低炭素対策を同定するための定量推計を行うモデル構築を行った。
(3) アジアの主要国を対象に、各国主要機関と協力して、低炭素社会シナリオを構築することを目的として、低炭素社会シナリオ作成に資する定量・定性情報を収集した。また、簡易ツール群のアジア主要国への普及を目的としたセミナー、ワークショップを実施し、世界モデルによるトップダウン的な分析と整合するアジア各国シナリオの開発に向けた分析を行った。
(4) 詳細なエネルギーバランス表に基づき、長期のエネルギー需給状況を広域かつ詳細に評価することを可能とする計量経済モデルを作成し、アジアを中心とする世界各国・地域のエネルギー資源開発動向・政策動向や計画等に関する最新の情報を踏まえた上で、2050年までのエネルギーシナリオを素描した。

3.委員の指摘及び提言概要

世界の温室効果ガス排出量を半減させるための政策立案に必要なデータ収集と具体的なデータ分析方法の提案が行われており、本来の研究目的を達成できると期待される。共同研究をアジア各国の研究機関と実施しており、その意味で、ここでのシナリオが各国の施策に生かされることが期待される。
今後は、各国の施策に活かされるよう、テーマ相互の連携を深め、トップダウンとボトムアップの双方のギャップを埋めるアプローチや目標実現を阻む諸困難への対応手段の提案を望みたい。また、農業部門からの排出と削減策をシナリオに組み込むこと、福島原子力事故などの大きな変動の影響を組み込むことについて検討すべきである。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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テーマ名: S-6-2 アジア地域の低炭素型発展可能性とその評価のための基盤分析調査研究 (H21-25)
テーマリーダー氏名: 明日香 壽川 (財団法人地球環境戦略研究機関)

1.研究概要

本研究はアジアの多様性を踏まえた低炭素社会発展基盤を明確化し、他の研究テーマへのインプットを図るとともに、共同研究・研究会合/政策対話・学会発表および報告書等を通じてアジアの影響力のあるステークホルダーを巻き込み、各国政策決定過程へ向けた研究成果の発信を行うことを目的とする。
S-6-2(1)「低炭素社会への飛躍のための発展パターンのあり方に関する研究」では、
 (a)低炭素社会の基盤となる各国発展の道筋に影響を与える国内・国際要因を分析し、
 (b)leap-frog型発展・alternative development pathの推進要因や障害要因を分析、低炭素社会への直接発展可能性を検討し、 (c)「アジア的特質・価値観」を背景にアジア地域が独自の将来ビジョンを描くことができるかについての考察をする。
S-6-2(2)「アジアにおける低炭素社会構築に向けた都市発展メカニズムに関する研究」では、都市化の進展の在り方がその国のエネルギー消費とCO2排出にどのように関係するかに関する理解を深め、低炭素社会を目指した都市発展の道筋を示すための知見を得ることを最終目標とし、特に、アジア途上国における発展段階や多様性を考慮した低炭素型都市発展のパターンについて論じる。

2.研究の進捗状況

低炭素社会への飛躍のための発展パターンのあり方に関する研究では、昨年度はインドネシアに焦点を当てたのに対し、今年度は中国、インドの二カ国を中心に研究を進めた。
第一に、「低炭素社会の基盤となる各国発展の道筋に影響を与える国内・国際要因分析」では、国際気候枠組みの発展が各国の低炭素社会構築に向けた取り組みにどのような影響を与えたかを、比較政治学・国際関係論に基づき、国内制度や国内利害関係の観点から検討した。
第二に、「leap-frog型発展・alternative development pathの推進要因や障害要因の分析」では、中国、インド両国の低炭素型発展シナリオやそれらシナリオを実現するための政策・施策、技術に注目し研究を行った。特に中国において第11次5か年計画の内容及び結果について詳細な分析を行った。
第三に、「アジア的特質・価値観に基づく発展可能性の検討」では、アジア各地で持続可能な生活様式を支えてきた価値観・慣習を、低炭素社会の形成に資する形に翻訳・普及する可能性を検討するため、来年度の対象国(日本、中国、インドネシア、タイ、香港)でのアンケート調査・事例調査を行う実施準備として、既存研究のレビュー等を行った。
アジアにおける低炭素社会構築に向けた都市発展メカニズムに関する研究では、
1)国全体の都市化と発展プロセス・エネルギーの関係に関する研究、
2)発展段階、規模、産業構造の異なるアジア都市における都市への移転住民の所得とエネルギーアクセスに関する研究、
3)都市化と直接・間接エネルギー消費を考慮した都市の責任排出量に関する研究、
4)低炭素社会へ向けた先行事例研究を行った。

3.委員の指摘及び提言概要

主に中国とインドにおける低炭素化に関する国内政策の解析が行われているが、現状分析に留まっている観がある。目的として示されているトップダウン型の削減目標とのギャップをどう埋めていくかの検討がまだ不足している。アジアの各国の多様性を考慮した低炭素社会の内容を実証的に追及することは、このS-6全体のシナリオ形成の基礎であるので重要である。
しかし、このグループが全体シナリオにどのような成果を提供するのか、中国・インド以外のアジアの各国をどこまで対象にするのかという研究の枠組みがよく見えない。後半の研究期間を有効に活用するため、テーマ1とインタラクティブな研究の進め方、国内政策の解析を詳細に行う対象国の絞り込み等、プロジェクト全体の中でのテーマ2の研究のマネジメントと研究計画の早急な改善を図った上で、今後の研究の進展に期待したい。

4.評点

   総合評点: C    ★★☆☆☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): b  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): c

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テーマ名: S-6-3 低炭素アジア実現へ向けた中長期的国際・国内制度設計オプションとその形成過程の研究(H21-25)
テーマリーダー氏名: 蟹江 憲史 (東京工業大学大学院社会理工学研究科)

1.研究概要

本研究チームは、低炭素アジアを実現するための制度設計のあり方とその構築プロセスを検討する。温室効果ガスの長期大幅削減のための低炭素ガバナンスには、国家のコミットメントも重要であるが、国家以外のステークホルダーが制度に参加することも不可欠である。このため本チームは両レベルに焦点を当て、低炭素ガバナンス制度の鍵となる二つの要素を検討する。
一つは、中長期目標に関する研究であり、とりわけ国際的目標差異化の際の衡平性のあり方である。国家に低炭素化の期待が収斂し、「タイムテーブルと目標設定アプローチ」が拘束力を伴って継続する場合には特にこれが重要となる。衡平性指標によって国際交渉に資する各国の目標値は大きく異なるからである。
今一つは、低炭素技術に関する制度設計である。目標が拘束力を持つと持たないとに関わらず、低炭素技術移転やその国際的普及は、地球規模での低炭素型発展には不可欠である。とりわけ、目標の拘束性が弱まる場合には、行動目標に活動の焦点があてられることから、技術を巡る制度が重要性を増す。
本チームはこうした研究により、シナリオチームに対して、
[1]国際的な削減量差異化に関する社会科学的根拠を提供すること、
[2]各国の削減ポテンシャルを実現するため(場合によってはそれを超えた削減をするため)の技術開発・移転のあり方のシナリオを示し、また、そのための資金がどの程度必要となるかを示すこと
を目的としている。

2.研究の進捗状況

目標に関する研究に関しては、国家、自治体、企業を中心に最新の中長期目標をその根拠と確度とともにデータベース化し、インターネット上に公開しており、政府、NGOを問わず多方面で引用されるところとなっている。衡平性指標に関しては、責任、能力、実効性及びその組み合わせによる指標に関して詳細な分析をし、それぞれの長短と制度設計へのインプリケーションをまとめた。また、具体的目標設定の仕方(例えば約束期間平均削減量とするのか、目標年における削減量とするか)によって、排出量も変化することを示した。成果は、S-6-1と連携することで定量的計算を実施し、2009年の中期目標設定過程や中長期ロードマップ委員会等で利用された他、査読付き論文としても公表された。さらに、目標にたいして貿易による排出量の変化を考慮することで国別目標も変わることから、グローバル化した社会においてはこうした要素を勘案する重要性を指摘した。
低炭素技術に関する制度設計に関しては、個別技術により、また、対象国により必要とされる制度的要素が多様性に富むことが明らかとなり、分散的な制度設計が必要であることが明らかとなった。これは、グローバル化に伴う制度設計と親和性が高いことが分かった。また、自律分散協調型の制度設計は、変化に対して頑強かつ柔軟性に富むものであり、特に低炭素技術に関しては、途上国の貧困層のエンパワーメントにもつながることから、リープフロッグのためにも望ましいシステムだという事がわかった。こうした制度は、技術を保持する企業と政府やNGOとのパートナーシップ型でありながら、政府を中心に公共性(炭素制約)を担保する必要がある。S-6-1で算出されるところの、個別技術普及のためにアジア各国で必要なコストをカバーする形で、こうしたパートナーシップ型ガバナンス制度が資金のマネジメントを行う事が望ましいことが分かった。

3.委員の指摘及び提言概要

日中韓貿易におけるセクター別CO2の排出量を相互比較した結果、グローバル化に伴う貿易の増減により、一国の排出量が貿易相手国の需要動向に左右されていることを示せたことは評価に値する。分散的制度による国際的パートナーシップによるガバナンスなどのオプションの提示など、科学的にも政策的にも意義のある成果が得られている。
ポスト京都の混迷の時期、衡平性指標、技術移転、資金など、新しい制度設計の研究は、困難で不確実な面もあって、研究成果に基づく具体的な提案にはまだ到達していないが、今後は、全サブテーマの成果を統合した着地点への展望、プロジェクト全体への貢献のビジョンを明確にし、発展過程にあるアジア地域での技術移転の新しい枠組みの提言につなげていくことを期待したい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): b  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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テーマ名: S-6-4 経済発展に伴う資源消費増大に起因する温室効果ガス排出の抑制に関する研究(H21-25)
テーマリーダー氏名: 森口 祐一 ((独)国立環境研究所)

1.研究概要

大量生産・大量消費に支えられた経済社会から循環型社会への転換は、主に廃棄物問題の改善、資源の有効利用の観点から提唱されてきたが、エネルギー消費・GHG排出の面からも大きな意義がある。また、今後、アジア諸国では、社会基盤整備や耐久消費財の普及などにより、素材産業からのGHG排出の増大が見込まれる。加えて、そうした耐久財の蓄積は、その利用段階でのエネルギー消費と密接に関連するとともに、将来の二次資源の供給源という性格ももち、物質のストックと物質・エネルギーのフローを関係づけて解析する新たな視点が必要である。さらに、今後の資源需給には、温暖化対策との交互作用も含め大きな変化が予想される。天然資源供給サイドでは、金属鉱石の品位の低下、採掘対象の深化等のエネルギー消費やGHG排出が増大する要因がある。また、需要サイドでは、IT化などの技術革新が、資源生産性の高い発展の経路をもたらす一方で、温暖化対策のための新技術の導入が、稀少資源の需給に重大な影響を及ぼす可能性がある。
本研究では、アジア諸国の経済発展に伴う社会基盤の整備、耐久消費財の普及、消費財の消費拡大、あるいは低炭素化技術の普及等の想定に基づいて、今後の資源需要量と素材生産に係る温室効果ガス排出量の推計を行うとともに、こうした資源の需給バランスや資源の効率的・循環的利用による低炭素化のポテンシャルについて検討することを目的とする。特に、素材生産における効率向上やエネルギー転換、ストックされた循環資源や再生可能資源による資源代替、国際的な分業・国際資源循環などの素材供給側の視点と、アジアの地域特性を生かした資源消費のより少ない社会基盤整備、耐久消費財の保有形態の変化、一過性の資源消費の少ない消費形態への転換などの需要側の視点の両面から、低炭素化のポテンシャルの検討を行う。

2.研究の進捗状況

これまでに得られた本研究の成果と今後の予定は以下の通りである。
(1) 先行研究で構築してきた物質フローモデルに経済圏内部の物質ストックの表現を加え、長期的なシナリオ分析の組み入れを考慮したモデルの枠組みを設計した。また、耐久財・耐久消費財の使用時のエネルギー消費を表現するプロセスモデルを設計した。このモデルを用いて、アジア地域における紙・板紙需要量とそれに伴う温室効果ガス排出量の将来推計、中国における自動車の将来像を踏まえた温室効果ガス排出量および資源消費量に関する分析等を行った。その結果、2050年のアジア10カ国における紙・板紙需要量は、現在の世界(アジア10カ国)の消費量の111%(336%)〜153%(463%)になること、黒液利用や技術改善によって数10%のCO2削減効果が得られること、現在の先進国程度の自動車保有を上限(0.5台/人)に想定すると、今後中国において大量の乗用車および資源が必要になること、中国で電気自動車が大きく普及した場合でも、想定されるCO2電力排出係数では、中国の低炭素化に大きく貢献できない可能性があることなどを示した。
(2) 金属については、過去に開発してきた鉱山開発のための最適生産計画立案ツールの中に、明示的に温室効果ガス発生量を取り込むことを目的にツールの作成を行い、これを用いて今後の金属鉱床の深化等に伴う総物質関与量(TMR)の増加量などのシミュレーションを試行するとともに、既存鉱山からのCO2排出量の分析を行った。鉱床の大深度化によりかなりのTMRの増加が見込まれることが分かったが、必ずしも深さの3乗に比例するわけではないことが明らかになった。また、インジウム、シリコン、ガリウムのマテリアルフロー分析、次世代自動車普及に伴う電池需要をケースとしたマテリアルフロー予測などを行った。
(3) 中国については、主に交通インフラの道路と鉄道を中心として、インフラ整備の物質需要原単位を推計したうえで、物質フロー・ストックモデルを構築し、中国の道路・鉄道整備による鉄鋼、セメント、土石、木材の物質需要を推計した。その結果、新規建設による物質需要はピークを過ぎた後減少するが、補修・更新による物質需要は2050年までに増加すると予測された。今後のセメントコンクリート舗装の普及により、新規建設によるセメント需要は2020年前後、補修によるセメント需要は2045年前後にピークとなり、その後に減少すると予測された。
(4) 今後は以上の成果を受け、これらの成果の統合化を行うとともに、マクロレベル、ミクロレベルでの推計を相互検証し、推計の精度を向上させることによって、鉄鋼、セメント、紙・パルプ等の需要を牽引する因子と需要量、リサイクル、廃棄物・副産物利用、省資源化等の対策によるCO2削減効果を提示する。また、温暖化対策技術の普及による資源制約の可能性を提示した上で、リサイクルによる資源制約の緩和、適正な資源利用によるCO2削減効果の最大化の可能性を提示する。これらをもとに、GHG総排出量制約と国際分業のもとでの物質需給のシナリオをS-6-1チームと連携して作成する。

3.委員の指摘及び提言概要

本研究の主題である素材生産・利用における効率的・循環的利用による低炭素化のポテンシャルについて、先行研究の物質フロー・ストックモデルを拡張し、分析を進めている。また、各サブテーマとも当初の研究計画に沿って手堅く、順調に進捗していると考えられ、有益な分析結果が示されている。
今後は、CO2削減に向けた技術改善について更に詳しく分析すること、および他テーマ(特にテーマ3)との密接な連携によって、さらなる成果の充実を期待したい。
さらに、S-6 全体の研究目標である低炭素化ポテンシャルの推定、中国・インド等の資源多消費国が節約型に転換する新たな削減政策オプションの提案、長期的な削減シナリオの形成等に有益な情報や証拠としての入力となるような研究成果を最終的に示して欲しい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): b  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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テーマ名: S-6-5 アジアにおける低炭素交通システム実現方策に関する研究(H21-25)
テーマリーダー氏名: 林 良嗣 (名古屋大学環境学研究科)

1.研究概要

今後、世界のCO2排出量増加の多くはアジア開発途上国において生じ、中でも運輸部門の伸びは他部門に比べ大きいと予想され、その増加を抑制する施策をいかに立案し実施するかは極めて重要な課題である。運輸部門のCO2排出量の趨勢を決定するのは経済発展に伴うモータリゼーション進展の動向であることを考えれば、経済発展とCO2増加とをデカップリングする新たな交通体系モデルの提示は、アジア途上国において「持続可能な交通」を実現するために必要不可欠である。
しかし、アジア途上国で実施されている交通政策にはこのような視点は十分考慮されておらず、多くの地域ではモータリゼーション進展に伴う渋滞を解消するために道路建設を進めるという対症療法的な施策に終始している。これは長期的には自動車交通の増加を誘発し、いっそうのCO2増加をもたらすパラドックスを招くことになる。これは先進国都市が経験してきた失敗であるが、アジア途上国でも一層大きなスケールで同じ道をたどりつつあり、この失敗の繰り返しを防止する必要がある。
本テーマS-6-5では、まず2050年におけるアジア低炭素社会実現のために、必要とされる都市−交通体系を提示する。そして、交通部門からのCO2排出対策を、AVOID(交通発生そのものの抑制)、SHIFT(低炭素交通モードへの利用転換)、IMPROVE(交通起源環境負荷排出の効率化)の3戦略に整理分類し、CO2削減目標のレベルに応じたバックキャスティングアプローチにより、各戦略の削減量組み合わせを見いだす。これに基づいて、削減目標に至るロードマップを提案することを目的とする。

2.研究の進捗状況

本研究では、アジアの都市内と地域間の旅客と物流交通を研究対象としており、昨年度までは都市内旅客交通と地域間物流交通を中心に研究を行ってきた。
まず、アジアの多くの都市では、経済成長にともない自動車保有・利用が急増し、これによる都市域の拡大がモータリゼーションをさらに加速させるような悪循環が生じている。一旦、自動車依存社会が形成されると、そこからの脱却は難しいため、都市内旅客交通における早期のモータリゼーションの抑制を目的とした公共交通の整備によるSHIFTや都市域拡大の抑制によるAVOIDが重要となる。そこで本研究では、道路と鉄道の整備順序が都市域拡大とモータリゼーションの促進と抑制に与えるメカニズムをモデル化し、乗用車保有率とその排出原単位により乗用車起源CO2排出量を推計した。そして、北京、上海、バンコク、デリーといったメガシティにこのモデルを適用し、2050年の鉄道整備時期によるCO2排出削減効果について分析を行い、その早期整備の効果を特定した。
また、アジア都市に適した公共交通整備として、都市全体を網羅するような専用バスレーンのネットワークを用いたBRT(Bus Rapid Transit)は、そのインフラ開発コスト抑制効果や輸送力の高さから有効であると考えられる。本研究では、ベトナム・ハノイで計画されているBRTの導入において、車利用からBRT利用への転換行動により、自動車交通の増加による渋滞が緩和される過程をマイクロシミュレーションで表現し、そのCO2削減効果について評価を行った。さらに、アジア地方中核都市であるタイのコンケンで、BRT沿線に公共交通指向型都市開発(TOD)を取り入れた場合の交通起源CO2排出を、交通需要予測を行い評価した。メガシティとしては、タイのバンコク首都圏を対象にし、郊外に新都心を建設する場合も想定し、人口と産業の立地分布の違いによるCO2排出の変化を分析している。
一方、AVOIDやSHIFTには限界があり、技術進歩による車両燃費およびエネルギー効率向上といったIMPROVEも、CO2排出量削減の重要な戦略である。特に、アジア諸国では二輪車が多いが、その多くは2ストロークで排出率が高いことが大きな問題となっている。本研究では、燃費効率や動力源構成によるCO2排出原単位を算出し、HV・EV等の低環境負荷自動車の普及シナリオを設定し、運輸部門CO2排出量の削減可能量を推計した。また、二輪車の技術向上の効果を検討するため、バンコクにおける二輪車保有の推移と技術進歩をシナリオ化し、将来CO2排出量の削減目標を達成するのに必要な低公害車の普及率を算出した。
加えて、アジア発展途上国大都市では、急速な経済発展や人口増加によって都市交通システムは大きく変化する必要があるが、現状の行政管理能力でこの変化に対応するのには限界がある。このため、アジア各都市において特有の地域特性を考慮し、新システムの実現可能性を評価していく必要がある。
本研究では、世界各都市の事例を分析し、アジア都市において有効な都市交通システムの運営管理を整理した。また、アジア都市交通において利用が高い交通システムとして、バスとタクシーの間に位置する公共交通機関であるパラトランジットに注目し、これを幹線交通のフィーダーとして活用するような階層的な交通システムのあり方を分析している。
アジアの経済成長は地域間交通の需要も高め、特に大規模な道路建設やLCC(Low Cost Carrier)参入等により、貨物・旅客輸送は一層増加することが予想され、これらによるCO2排出増加の抑制は重要となる。本研究では、地域間物流のSHIFTとして、アジアの中でも陸上貨物量の大幅な増加が見込まれるGMS(Greater Mekong Subregion)域内および中国内陸部の貨物輸送において、鉄道インターモーダル輸送を促進させた場合のCO2排出抑制可能量を計測した。また、地域間旅客については、日中韓国際航空輸送を対象として、航空機の機材サイズの変更として大型機から中・小型機にするようなIMPROVEによるCO2排出削減可能量を推計した。

3.委員の指摘及び提言概要

急速に人口の増加している都市交通に関する低炭素社会への方向性を示しており、アジア低炭素交通ビジョンを一般理論として示す段階までの研究としては、期待される成果となっている。また、各サブテーマとも当初の研究計画に沿って順調に進捗している。このようにテーマとして独立性の高い成果を既にあげていることから、プロジェクト全体への今後の貢献も期待できる。なお、S-6課題の中での低炭素交通システムの検討対象として、これまで大都市圏の交通システムを中心に検討してきたことの意義・合理性について説明しておく必要があろう。また、交通セクターのどの部分を対象としていくのか、境界を明確にすべきである。
低炭素社会構築、低炭素交通への対応は各国で異なってくること、研究の分析深度も国ごとに異なっているので、今後は、テーマ1との整合性・一貫性に留意し、アジア低炭素交通化のシナリオの内容を政策オプションと関連させた分析、具体的提案をとりまとめることを期待したい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a

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戦略プロジェクト名: S-7 東アジアにおける広域大気汚染の解明と温暖化対策との共便益を考慮した大気環境管理の推進に関する総合的研究(H21-25)
プロジェクトリーダー氏名: 秋元肇(財団法人日本環境衛生センター)

1.研究概要

現在、大気汚染の問題は我が国にとって次の二つの点で重要である。
第一に、東アジアにおける大気汚染物質の排出量の増加が、我が国のオゾン・エアロゾル(特に PM2.5)の濃度増加をもたらし、人間の健康、農作物等に大きな影響を及ぼしつつあること、
第二に、大気汚染と気候変動を一体化して抑制しようといういわゆる共便益(コベネフィット)の考え方が、国際的に大きく取りあげられるようになり、越境大気汚染を含む東アジアの広域大気汚染問題解決のためにも我が国としての戦略を確立する必要があることである。
アジアの大気汚染問題に関しては現在まで、気候変動に対する IPCCや、欧米の越境大気汚染条約のような国際的な議論の場や条約の枠組みがない。このため我が国としては問題解決へ向けて、越境大気汚染に関する科学的な知見を確立すると同時に、将来の国際条約などへの流れを促進するために、こうした知見を関係国の間で共有するための国際的な議論の場を構築する必要に迫られている。また、共便益を考慮した大気汚染物質削減シナリオの策定は、このような国際的な議論の場においても、将来における我が国の大気汚染の改善のために必須である。

図 研究のイメージ        
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このような問題に包括的に対処するため、本研究では、アジア域及び半球規模におけるオゾン・ PM2.5の長距離越境輸送のソース・レセプター関係の精度向上を図るとともに、これら大気汚染物質の環境影響を定量的に評価し、国際的な議論のベースとする。また、共便益に関しては最近急速に国際的な関心が高まってきたオゾン、ブラックカーボンなど短寿命の放射活性物質(Short-Lived Climate Forcer, SLCF)との共便益/共制御を含めた削減シナリオを議論する。これらの結果を踏まえて、本研究では、東アジアの大気環境管理に関する将来の国際条約などを目指して、国際的な議論の枠組みを提言することを目的とする。
テーマは以下の3つである。
(1)数値モデルと観測を総合した東アジア・半球規模のオゾン・エアロゾル汚染に関する研究
(2)東アジアにおける排出インベントリの高精度化と大気汚染物質削減シナリオの策定
(3)東アジアの大気汚染対策促進に向けた国際枠組とコベネフィットアプローチに関する研究

■ S-7  研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/11490/ s-7 .pdfPDF [PDF 277 KB]

2.研究の進捗状況

[1]数値モデルと観測を総合した東アジア・半球規模のオゾン・エアロゾル汚染に関する研究
テーマ1(S-7-1)においては、東アジア(北東アジア及び東南アジア)におけるオゾンと PM2.5の長距離越境輸送に関するソース・レセプター関係を確立するとともに、オゾン、ブラックカーボン、 SO2.等大気汚染物質の気候影響を評価するための研究を行い、共便益アプローチを含めた国際取り組みの必要性を指摘した。
ソース・レセプター関係に関しては、これまでに全球化学輸送モデルを用いて、東アジア域のみならず北半球全域及び成層圏オゾンの寄与を含めたオゾンの授受に関する全体像を得ることができた。これにより我が国への中国などからの影響、中国への他地域からの影響を含めて、東アジアにおける越境輸送に関する全体像を初めて明らかにすることができた。研究の後半ではより高解像度の領域モデルを用いて、我が国のオゾンに対する中国や日本のセクター毎の排出削減感度解析と、 PM2.5に対するソース・レセプターの計算を行う。
大気汚染の気候影響に関しては、化学気候モデルにより対流圏オゾン・ブラックカーボンについて IPCC過去シナリオを用いて産業革命以来の放射強制力と地表気温上昇との計算を行い、これらの大気汚染物質を合わせた全球平均の温暖化影響は CO2の約半分に相当することを明らかにした。このことは逆にこれらの濃度低減による温暖化抑制のマージンが大きいことを意味しており、今後テーマ2(S-7-2)の削減シナリオ、テーマ3(S-7-3)の SLCF共便益の議論と同調させて、大気汚染物質による将来の温暖化・気候影響の計算を行う。
オゾン・エアロゾル汚染の現状の実態解明と、それに基づくモデル精緻化の研究では、我が国における常監局データの解析・全球モデル解析などから、我が国を含む北東アジアは世界で最もオゾン汚染の深刻な地域であること、衛星からの観測データから特に中国中東部では 1996-2010年までオゾン前駆体物質である NO2の濃度増加がなお続いていることを明らかにした。オゾン及び特にモデルの精度がまだ劣っている PM2.5等エアロゾルに関するモデルの精緻化のため、九州・福江島及び中国上海北方約 100kmの沿岸・如東(Rudong)における集中観測を行った。福江島では越境大気汚染が主な原因で、PM2.5質量濃度が環境基準を達成できない状況であることを明らかにした。エアロゾルのモデル計算については、水分の影響、農業残渣の野外燃焼からの排出量推定、有機エアロゾルの二次生成メカニズムなどの不確定性が大きく、本研究での観測結果ではこれらのパラメータの精度向上に重要なデータが得られたので、それらを基に、現在 PM2.5に関するモデル精度の向上を行っている。
[2]東アジアにおける排出インベントリの高精度化と大気汚染物質削減シナリオの策定
テーマ2では、テーマ1でのソース・レセプター解析や気候影響解析のために用いる、アジア域における排出インベントリ REASについて、 2008年までのアップデートとその高精度化を図ってきた。また、今後テーマ1における将来予測、テーマ3における国際枠組みの議論、共便益アプローチなどの議論に利用する大気汚染物質削減シナリオを作成するため、 IPCCシナリオの中の大気汚染物質インベントリと REASとの整合化を図った。
REASに関しては、最新のエネルギー消費量などの統計データ、及び、最近の発生源規制動向を考慮した排出係数をもとに、ボトムアップ手法により 2000〜2008年の排出量を推計し、更に、時間・空間分解能を精緻化して、アジア域排出インベントリ REAS2.0を構築した。また、テーマ 1から提供された対流圏観測衛星データと化学輸送モデルを利用して、いわゆるトップダウン手法による逆推計により、中国における NOx排出トレンドについて REAS2.0の結果を評価した。その結果、逆推計された NOx排出量の 2000〜2008年における増加率は REAS2.0の結果よりも低く、インベントリは経年的な増加を過大評価している可能性が示唆されたので、今後この結果を参考にして REAS2.0の改良を進める。
大気汚染物質削減シナリオの作成に関しては、統合評価モデル AIM(アジア太平洋統合モデル)の経済モデル AIM/CGE[Global]を用いて、アジアを中心とした大気汚染物質の排出シナリオを、社会経済活動及び温室効果ガス排出量のシナリオとセットで作成する準備を進めた。具体的には、 2050年までに世界の温室効果ガス排出量を 1990年比半減させる「低炭素社会シナリオ」に対応する大気汚染物質の排出シナリオを分析するとともに、多様な大気汚染対策技術を評価できるようにモデルを改良した。その結果、「なりゆきシナリオ」では、活動量あたりの大気汚染物質の削減量は増大するが、化石燃料をはじめとするエネルギー消費量が増加し、アジアにおける 2050年の SO2排出量は 2000年と同水準、 NOx排出量についてはやや増加する結果となった。一方、「低炭素社会シナリオ」では、エネルギー効率改善が進み、一次エネルギー消費量が大幅に削減されること、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が進むといったことから、大気汚染物質の排出は大幅に削減されることが分かった。
[3]東アジアの大気汚染対策促進に向けた国際枠組とコベネフィットアプローチに関する研究
テーマ1におけるこれまでの研究成果から我が国の大気汚染の低減には、半球汚染を含む越境汚染の低減に各国が協同して取り組むための国際的な枠組みが必要であることが確認されたが、テーマ3では、そのような枠組みを目指して具体的にどのような国際的な議論の場を考えるべきかの提言を行うとともに、そのような提言の中で重要な役割を果たすと思われる東アジアにおけるオゾン、 PM2.5による人間の健康影響及び農作物影響の評価、及び共便益アプローチの制度設計を行った。
過去の条約等に到るプロセスの欧米とアジアの比較、中国・韓国・タイの科学者や政策関係者へのインタビュー調査などから、アジアでは、欧米が長年にわたり培った「科学を基盤とした政策形成」プロセスが欠落していること、政策手段に関する合意形成の経験が少ないこと等が課題であることが示唆された。また東アジアの大気環境管理に関する国際合意に到る現在の段階は、長距離越境大気汚染条約(LRTAP条約)に到る欧州の 1970年代・ 1980年代初頭の段階、気候変動に関する議論の 1980年代後半 -1990年代初頭の状況に相当する時期にあることが示唆された。
こうした分析から、例えば「アジア大気汚染に関する政府間パネル」のような仕組みを設立し、この中でアジア広域大気汚染に関する科学的知見の確立とその評価・共有(WG1)、大気汚染影響の評価とその知見の共有(WG2)、共便益を含む削減シナリオなど大気汚染緩和策(WG3)を議論する場を創設し、将来の条約等の国際枠組みの促進を目指すことを提言した。予備的な検討から、枠組みのオプションとしては、新たな条約、既存の仕組みの改善等が考えられる。既存のアジア準地域を中心とした取り組みを考慮した当面のロードマップとして、政策調整を中心とする経験の共有とキャパシティ・ビルディングのための国際的な議論の場「アジア太平洋地域の大気環境に関する合同フォーラム」の構築を提言した。
今後の広域大気汚染に関する各国間の共通認識を形成する上で重要と思われる大気汚染の環境影響に関し、アジアにおけるオゾンと PM2.5による健康影響、農作物影響の評価を行った。その結果、 2000年及び 2005年のオゾンによる中国の作物の減収量は、小麦では大きく(31〜47%)、トウモロコシでは小さい(3〜6%)こと、 PM2.5とオゾンの影響により、 2000年、 2005年、 2020年の早期死亡数は、東アジア全体でそれぞれ約 33万人、 51万人、 67万人と推定されること等を明らかにした。研究の後半には、東アジア地域全体の評価及び経済損失の評価等を行う。
アジア地域での気候変動政策と大気汚染政策の共便益に関する経済学的な分析のため、アジア版拡大 MERGEモデルを構築した。また、 SLCFの濃度分布は地域的に偏在しているにもかかわらず、各地域に対する平衡気温上昇は CO2等寿命の長い GHGとほぼ同等であることを明らかにし、 SLCF共便益を温暖化抑止の観点から CO2削減を補完することの理論的根拠を構築した。また、 SLCFのメトリックとして有効放射強制力を用いることを提案した。
[課題全体について]
本研究は大気汚染に関して自然科学と社会科学を結んで「科学から政策へ(Science and Policy)」に取り組んだ我が国で初めてのプロジェクトであり、その眼目はアジア大気環境管理に向けての国際的枠組み提言にある。これまでの2年間余りの研究から、「アジア大気汚染政府間パネル」のような仕組みの提言を行ったが、今後その実現に向けて具体的内容の検討を行うとともに、政府のみならず幅広いステークホルダーを巻き込んだ仕組みについても検討し、将来の条約等への流れの促進を目指す。

3.委員の指摘及び提言概要

国内の光化学オキシダント問題の解決、 PM2.5への対応に不可欠な東アジアでの原因物質、前駆物質のインベントリ、化学的な変化を伴う長距離輸送などの実態解明とモデル開発による定量化、これらの知見を活用した東アジアにおける大気環境管理の枠組作りという明確な目標が設定され、3テーマの設定も適切と考えられる。
テーマ3については、社会科学分野における研究の特性もあって、現段階においては最終成果を期待するに十分とはいえないサブテーマを含んでいる等、必ずしも高い評価を与えることができないものの、全体についていえば、越境汚染問題に関する本格的な研究として順調に研究か進められていると評価できる。
特に、テーマ1の数値モデルと観測を総合した広域汚染の実態の解明や、テーマ2のインベントリの高精度化では成果が着実にあがっており、今後の国際協力の推進や国際ルールづくりの上で大きな寄与が期待できる。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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テーマ名: S-7-1 数値モデルと観測を総合した東アジア・半球規模のオゾン・エアロゾル汚染に関する研究(H21-25)
テーマリーダー氏名: 金谷有剛(海洋研究開発機構)

1.研究概要

化学輸送モデルにより、オゾン・微小エアロゾルの東アジア域における越境汚染量、半球規模での大陸間輸送量、我が国における生成量を明らかにし、東アジア域からの寄与を定量化する。アジア地域における地上・衛星観測と解析を行い、モデルを精緻化する。これらの結果から、我が国への越境汚染に直接関与する発生源の詳細な地域を特定し、それらの地域における排出削減の我が国への感度評価、我が国における NOx、VOC排出量の低減必要量の推定を行う。同時に、化学気候モデルによって大気汚染物質の気候影響評価と削減感度評価を行う。
サブテーマは次の 6つである。
(1)領域モデルによる東アジア広域汚染の解析
(2)大気汚染物質のソース・レセプター解析と削減感受性評価
(3)化学気候モデルによる全球大気汚染と温暖化影響の評価
(4)北東アジアにおけるモデル精緻化のためのオゾン・エアロゾル現場観測
(5)地上・衛星ライダーによるアジア域のエアロゾル解析
(6)受動型衛星観測による大気汚染物質の時空間分布の解析

2.研究の進捗状況

[1]地表オゾンに関する全球・領域モデルを用いたソース・レセプター解析と削減提案
越境大気汚染の影響が懸念される 3〜5月において、我が国の地表オゾンの起源は多様であり、自国分 22%、中国 12%、欧米 7%の寄与が含まれることがわかった。 3〜8月の高濃度日に対しては、感度実験から、日中韓でオゾン前駆物質の排出を 30%削減することで一定のオゾン低減効果(約 7ppb減少)が得られることを明らかにし(サブ 2、1)、テーマ 2(S-7-2)での今後の削減シナリオ構築を支援した。また、モンスーンの効果による東南アジアから中国南東部へのオゾン流入寄与も無視できず(サブ 2)、中国を単に発生源側と見なすのではなく、中国への越境輸送も含めた双方向性を重視することが、国際的な対応の際に役立つことが示唆された。関連して、日中韓に東南アジアを加えることでオゾン汚染の利害関係国(流入・流出の寄与率が 10%超)地域を括ることができることがわかり(サブ 2)、日中韓の枠組みに加え、東南アジアを加えた国際的地域協力の枠組みにも科学的根拠があることがわかった(テーマ 3(S-7-3)へリンク)。その他、中国など東アジアの排出量増加を考慮することにより、日本における過去 25年間の地表オゾン濃度の上昇トレンド(+0.32ppb/年)がモデルにより良く再現されることが示された(サブ 2)。今後はテーマ 2、3による将来・削減シナリオに沿った計算、ソース・レセプター解析のエアロゾルへの応用を進める。
[2]化学気候モデルによるオゾン・ブラックカーボン(BC)全球汚染の気候影響評価
対流圏オゾン、 BCについて、産業革命前〜現在の濃度分布の変化をシミュレートし、地上観測・衛星観測(サブ 4等)との整合性評価ののち、気候影響を評価した。オゾン、 BCによる放射強制力・地表気温上昇度の全球平均値は合わせて +0.85W m-2、 0.59℃にも達し、 CO2の約半分にも相当することがわかった(サブ 3)。これら短寿命成分の対策も、即効的な気候変動緩和の方策のオプションとして、また環境改善との共便益性の高い施策として、今後十分な有効性をもって議論されるべきであることが示唆された(サブ 3。テーマ 3へ知見提供)。サブ 2、3の連携で、半球規模汚染や大気化学・気候相互作用に関するモデル間国際比較実験に参加した。今後はテーマ横断で将来シナリオに沿った気候影響評価計算を進め、共便益を有する削減方策の提案に結びつける。
[3]衛星・地上観測によるオゾン・エアロゾル動態解明とモデル精緻化
オゾン関連では、客観性の高い衛星からの NO2観測データについて、さまざまな空間スケールでの長期トレンドを解析し、特に中国中東部では 1996〜2010年まで増加が続いていることを明らかにした(サブ 6)。日変化は衛星とモデルで整合的であり(サブ 6、1)、観測時刻の異なる衛星データをつなぎ合わせた議論も可能となった(サブ 6。テーマ 2インベントリの検証にも応用)。 VOC(揮発性有機化合物)については精緻な観測データの取得を行った(サブ 4)。領域化学輸送モデルの改良により、九州・福江島でのオゾンについてモデル・観測間の相関係数が向上した(サブ 1)。エアロゾル関連では、福江島において、越境大気汚染が主な理由で、 PM2.5質量濃度の環境基準を達成できない状況であることを観測から明らかにし(サブ 4)、国際取り組みの必要性を指摘した。 PM2.5濃度内訳に含まれる水分の重要性を指摘した。中国華中・ Rudongにおいて、農業残渣の野外燃焼を含む発生源情報など近年得にくい実地データを得た(サブ 4)。福江・華中観測と連携したモデル解析では、硫酸塩濃度はよく再現されるが有機エアロゾルについてはモデルが過小評価する傾向が示され、二次生成分のモデル表現向上を進めている(サブ 1)。地上・衛星ライダーによって、大気汚染性(球形)粒子の情報を黄砂など(非球形)から分離して導出し、東アジアでのエアロゾルの 3次元的動態や光学的厚さの 10年規模変動を推定した(サブ 5)。これらと衛星イメージャによる光学的厚さについてモデルとの比較を行っている(サブ 5、1、6)。以上により、従来のオゾンに加え、エアロゾルについても観測を総合して(サブ 4、5、6)モデルの精緻化を進め(サブ 1)、それを用いたエアロゾルのソース・レセプター解析を H23−24年度に実施する(サブ 2)。

3.委員の指摘及び提言概要

東アジアを中心とする広域大気汚染、中でも重要なオゾンとエアロゾル汚染は我が国にとって重要な問題であるばかりでなく、地球規模の対流圏化学にも影響を与える重要な課題である。本テーマはその広域大気汚染の全体像を定量的に把握し、汚染の発生源と受容域の関係を相互に定量化するために個別・数値的に評価しようとしており、国際的な環境問題の議論の場における我が国の立場を強化するうえで行政的にも重要である。これまで実施してきた推進費などもあり、 2年という研究期間に期待される科学的及び政策的な成果を十分に挙げていると評価される。
しかし、オゾンの観測値と計算値の相関が改善されてはいるが、絶対値での差はまだ大きいこと、有機エアロゾルの計算値が観測値をかなり下回ることなどの課題があり、モデル計算の改良と検証に注力してほしい。また、数値モデルの概要(どこまで改善され、どこが解らないのか、どれほど説得性が持てるのか、国際交渉にどのくらい使えるのか)についての説得力が欲しい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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テーマ名: S-7-2 東アジアにおける排出インベントリの高精度化と大気汚染物質削減シナリオの策定(H21-25)
テーマリーダー氏名: 大原利眞((独)国立環境研究所)

1.研究概要

アジア域における大気汚染物質の排出インベントリ REASについて、衛星・地上観測データによる逆モデル計算、検証及び最新推計(トップダウン・アプローチ)、及び排出実態データに基づく排出量推計の改良(ボトムアップ・アプローチ)を行い、その高精度化を図る。また、中国における大気汚染物質の排出削減対策技術の地域ごとの導入水準とその削減効果を同定するとともに、日本の産業集積都市における比較調査に基づいて、経済成長、産業構造、環境投資水準から排出水準を推定する技術導入モデルを開発する。
さらに、統合評価モデルである AIMを使用し、 IPCC第5次評価報告書に向けて検討されている温暖化対策シナリオやアジアの低炭素社会シナリオをベースに、社会経済活動及び総合的な大気汚染物質削減シナリオを策定する。
サブテーマは次の 3つである。
(1)観測データと排出実態データによる排出インベントリの高精度化
(2)アジア都市での大気汚染物質排出削減のための技術導入モデルの開発
(3)温暖化対策とのコベネフィット評価も含めた総合的な大気汚染物質削減シナリオの策定

2.研究の進捗状況

[1]排出実態データによる排出インベントリの最新推計と改良
最新のエネルギー消費量などの統計データ、及び、最近の発生源規制動向を考慮した排出係数をもとに、ボトムアップ手法により 2000〜2008年の排出量を推計し、更に、時間・空間分解能を精緻化して、アジア域排出インベントリ REAS2.0を構築した(サブ 1)。その結果、アジアにおける SO2、NOx、CO、黒色炭素(BC)、有機炭素(OC)、 PM2.5の排出量はそれぞれ、2000〜2008年の間に 1.4倍、1.7倍、1.4倍、1.3倍、1.2倍、1.4倍に増加し、中国における排出量が引き続き増加している(各々、1.7倍、2.1倍、1.5倍、1.4倍、1.2倍、1.5倍)ことを明らかにした。しかし、中国の SO2排出量は脱硫装置の普及等によって 2007年をピークに減少し始めていること、NOx排出量の増加も 2005年以降鈍化していることが明らかとなった。REAS2.0は、今後、テーマ 1の化学輸送モデルの入力データ、及び、削減排出シナリオ作成(下記[3])のベースデータとして使用されるとともに、越境大気汚染の現況・経年変化・将来動向の理解、テーマ 3における削減シナリオの影響評価や実現課題の整理に活用される。また、インド工科大学ロルキー、ロシアの Institute of Global Climate and Ecology、中国の北京師範大学との共同研究により、インド、ロシア、中国における最新の排出実態情報を入手した。さらに、中国科学院瀋陽応用生態研究所との共同研究を推進し、遼寧省における詳細な排出関連データを入手した(サブ 2)。今後、これらの地域実態を反映した排出関連データを使用して、REAS 2.0の改良を進める。
[2]衛星観測データによる排出インベントリの検証と改良テーマ 1から提供された対流圏観測衛星データと化学輸送モデルを利用して、東アジアの NOx
排出量を簡易に逆推計するトップダウン手法を開発し、 2000〜2008年の中国における NOx排出トレンドについて REAS2.0の結果を評価した。その結果、逆推計された NOx排出量の 2000〜 2008年における増加率は REAS2.0の結果よりも低く、インベントリは経年的な増加を過大評価している可能性が示唆された。この結果を参考にして、今後、 REAS2.0の改良を進める。また、この逆推計手法により、中国・日本・韓国における NOx排出量の季節変動と週内変動を推計し、反応性の低い冬季を除くと、 NOx排出量の時間変動パターンを設定できることを示した。今後、テーマ 1と連携し、中国の地上観測データを活用して REAS2.0の検証・改良を進める。
[3]大気汚染物質削減シナリオの作成
大気汚染物質削減シナリオを作成するために、日中両国において、大気汚染物質抑制技術にかかわる産業技術インベントリの構築を進めた(サブ 2)。また、統合評価モデル AIM(アジア太平洋統合モデル)の経済モデル AIM/CGE[Global]を用いて、アジアを中心とした大気汚染物質の排出シナリオを、社会経済活動及び温室効果ガス排出量のシナリオとセットで作成する準備を進めた(サブ 3)。具体的には、 2050年までに世界の温室効果ガス排出量を 1990年比半減させる「低炭素社会シナリオ」に対応する大気汚染物質の排出シナリオを分析すると共に、サブ 2で進めている多様な大気汚染対策技術を評価できるようにモデルを改良した。その結果、「なりゆきシナリオ」では、活動量あたりの大気汚染物質の削減量は増大するが、化石燃料をはじめとするエネルギー消費量が増加し、アジアにおける 2050年の SO2排出量は 2000年と同水準、 2050年の NOx排出量についてはやや増加する結果となった。一方、「低炭素社会シナリオ」では、エネルギー効率改善が進み、一次エネルギー消費量が大幅に削減されること、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が進むといったことから、大気汚染物質の排出は大幅に削減される。なお、削減量の変化については、汚染物質によって異なる。更に、大気汚染対策技術を組み込むために、サブ 2と連携して AIM/CGE[Global]を改良し、各国・各地域を対象に部門別に限界削減費用を設定して、個々の技術導入による削減効果を評価できるようにした。

3.委員の指摘及び提言概要

排出インベントリの高精度化についてはボトムアップ及びトップダウンの両手法について詳細な検討がなされ、 NOxなどについて逆推計モデルの検証も含めて成果が得られており評価できる。技術導入モデルの開発については瀋陽をモデル地域として調査研究が進められ、 SO2についてよい成果が得られている。
しかし、この一地域の情報を中国全域また東アジアを対象として解析するには大きなギャップがあり得るので、既存の多くの情報をしっかりと収集利用し、東アジアの特性に合わせて解析する必要がある。また、 2050年の温室効果ガス半減シナリオとの共便益としての有効な将来の排出量削減シナリオの例を明示することなど、一層の研究の加速が求められる。

4.評点

   総合評点: B    ★★★☆☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): b  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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テーマ名: S-7-3 東アジアの大気汚染対策促進に向けた国際枠組とコベネフィットアプローチに関する研究(H21-25)
テーマリーダー氏名: 鈴木克徳(金沢大学)

1.研究概要

テーマ1(S-7-1)、テーマ2(S-7-2)の研究成果(東アジアにおける大気汚染物質の排出量の増加が我が国のオゾン・エアロゾル濃度増加をもたらし、大きな影響を及ぼしつつあること、我が国の大気汚染の低減には、半球汚染を含む越境汚染の低減に各国が協同して取り組むための国際的な枠組みが必要であること等)を踏まえ、越境大気汚染を含む東アジアの広域大気汚染問題解決に資する国際枠組みの検討を進める。既存の各種の国際枠組みの分析結果等を踏まえ、東アジアの大気汚染対策を総合的、効果的に進めるための国際枠組みの在り方を提言するとともに、国際枠組みの合意形成に必要な諸課題を明らかにし、交渉に資するような大気汚染と気候変動とのコベネフィット・アプローチ(以下「コベネ」と言う。)の制度設計を含め、国際枠組みの実現に有効な合意形成のプロセスについて提言する。また、そのような交渉プロセスを促進するため、越境大気汚染による環境影響を検討する。
サブテーマは次の 6つである。
(1)既存の地域協力枠組み形成プロセスを踏まえた環境分野の合意形成プロセスの研究
(2)主要関係国の環境政策の変遷とその要因を踏まえた交渉推進の制約要因と課題の研究
(3)東アジアの大気環境管理における科学と政策の関係に関する研究 -汚染物質削減目標の研究
(4)政治的経済的動向を踏まえた東アジアの環境協力レジーム形成に影響を及ぼす外的要因に関する研究
(5)大気汚染物質削減交渉に資するコベネフィットアプローチの制度設計に関する研究
(6)東アジアにおけるオゾン・エアロゾル汚染の低減による温暖化対策とのコベネフィット評価に関する研究(H22から追加)

2.研究の進捗状況

[1]越境大気汚染問題解決のための国際枠組みの在り方
欧米の長距離越境大気汚染条約(LRTAP条約)の進展を考慮すると、東アジアは、条約の成立に至るステージ、削減対策の合意形成ステージの初期段階(1970年代〜 80年代前半)に相当する時期にあり、「後発国の利益」により欧米におけるプロセスを大幅に短縮できる可能性があることを明らかにした。その際、アジアでは、欧米が長年にわたり培った「科学を基盤とした政策形成」プロセスが欠落していること、政策手段に関する合意形成の経験が少ないこと等が課題であることを示唆した(サブ 1)。
各国が協同して取り組むための国際枠組み実現に向けた措置として、アジア広域大気汚染のメカニズムに関する科学的知見の確立と評価・共有(テーマ 1)、大気汚染影響の評価とその知見の共有(サブ 3)、削減シナリオに基づく大気汚染緩和策の評価(サブ (3)及びテーマ 2)などを対象とした国際的な議論の場を重層的に構築することが必要なことを提言した。予備的な検討から、枠組みのオプションとしては、新たな条約、既存の仕組みの改善等が考えられる。 EANETの活動範囲が現在なお狭義の酸性雨モニタリングに限定されており総合的な科学的知見の確立と共有の場とないにくいこと(サブ (1)、(2))、科学と政策が対話可能な「合意された知識」という形での知識の展開及び提供が重要であること(サブ (4))等から、例えば交渉枠組みとは別の政府間パネル等の設立の重要性を示唆した。研究の後半には、政府のみならず幅広いステークホルダーを巻き込んだ仕組み、共便益の制度設計を含め、オプションを深化し、国際枠組み構築への流れの促進を目指す。なお、枠組みを評価するために考慮すべき要件として、多様な物質・ガスを対象とした複合効果の考慮、モニタリングから対策に至る統合的なアプローチ、北半球全域の大気汚染に関する対応、気候変動対策とリンクさせた大気汚染対策の必要性を明らかにした。また、大気汚染影響の知見を国際的に共有するために、オゾンの農作物と健康に対する影響を評価し、 2000年及び 2005年のオゾンによる中国の作物の減収量は、小麦では大きく(31〜47%)、トウモロコシでは小さい(3〜6%)こと、 PM2.5とオゾンの影響により、 2000年、 2005年、 2020年(REFシナリオ)の早期死亡数は、東アジア全体でそれぞれ約 33、51、67万人と推定されること、広域大気汚染により既に大きな影響があること等を明らかにした(サブ (3))。研究の後半には、東アジア地域全体の評価及び経済損失の評価等を行う。
[2]国際的枠組みの実現に有効な合意形成のプロセス
文献調査及び関係国担当者へのアンケート、インタビュー等により、アジアでは合意形成に際しては各国のオーナーシップが重視されていること、コンセンサス方式の合意形成による漸進的なステップが求められること、将来の発展に対する柔軟性が求められること(サブ (1))、国ごとに関心の高い大気汚染が異なること、科学的な国際協力が求められていること、一カ国による過剰な主導を避けることが望まれること、現在の枠組みに対する誤解があること(サブ (2))等を明らかにした。既に準地域を中心とした取り組みが進んでいることから、当面のロードマップとしては、グローバルな視点を持ちつつも、既存の取り組みを活かしたアジア独自のイニシアチブが重要であることを示唆し、政策調整を中心とする経験の共有とキャパシティ・ビルディングのための国際的な議論の場の構築を「アジア太平洋地域の大気環境に関する合同フォーラム」として提言した。研究の後半には、合同フォーラム等を活用し、合意形成の基盤づくりを進める。
[3]交渉に資するような大気汚染と気候変動とのコベネフィット・アプローチの制度設計
アジア版拡大 MERGEモデル(経済モデル)を開発した。このモデルにより、アジアの各地域(国)の大気汚染政策、気候変動政策、エネルギー政策に関する様々なオプションを示し、各オプション下での各地域(国)の行動の経済的コストを把握するとともに、共便益を考慮した場合の経済合理性を定量的に示す(サブ (5))。大気中の寿命が短い温室効果ガス(オゾン、ブラックカーボン等: SLCF)の濃度分布は地域的に偏在しているにもかかわらず、各地域に対する平衡気温上昇は CO2等寿命の長い GHGとほぼ同等であることを明らかにし、温暖化抑止の観点から SLCF削減が CO2削減を補完し得ることの理論的根拠を構築した。また、 SLCFのメトリックとして有効放射強制力を用いることを提案した(サブ (6))。

3.委員の指摘及び提言概要

大気汚染と気候変動とのコベネフィットアプローチについて国際的な合意を得て、各国における大気環境管理を推進し、越境汚染の低減を図る本テーマは、まさに行政・政策を直接支援する研究と位置づけられる。各国の考え方、状況について情報が収集され、アジア・コベネフィット・パートナーシップの枠組みが形成されたことは評価されるが、サブテーマ間での連携が不十分で、成果の見えないサブテーマもあり、テーマ全体としてのまとまりに問題が生じている。
本テーマは S-7全体の評価を左右する重要な位置づけにあり、サブテーマ担当者はそのことを自覚しチーム内でよく議論し、かつ他のテーマともよく連携を図る必要がある。さらに、提案されている「アジア大気汚染政府間パネル」の仕組みの有効性が懸念され、より国家戦略を明確に打ち出した仕組みを検討する必要がある。

4.評点

   総合評点: B    ★★★☆☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): b  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b

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