報道発表資料

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1998年09月07日

身近な生きもの調査「ツバメの巣調査」中間とりまとめについて

第5回自然環境保全基礎調査の一環で、身近な生きもの調査として、平成9年度にツバメの巣調査を実施したが、この度中間とりまとめが行われた。
今回の調査はツバメ類の種ごとの分布状況やその営巣環境等を把握することをねらいとし、調査参加者にツバメ類の巣の写真を送付してもらい、専門家による同定・解析を行った。
調査には一般公募した自然愛好家のボランティア約3万1千人が参加し、約8,700件の写真情報が寄せられた。専門家がすべての写真をチェックした結果、日本で繁殖するツバメ類8種のうち、調査対象とした5種について、精度の高い全国的な分布図が作成できた。
「ツバメ」の繁殖が稀である北海道での記録が得られたこと、営巣場所は建物が多かったこと、繁殖が途中で失敗する原因の多くはカラスによること等の結果が得られた。
また、ツバメ類の営巣は現在でも大多数の人によって喜んで受け止られており、その営巣を助けるためにさまざまな工夫をしている人も多いことが明らかとなった。
今年度中に最終的な報告書をとりまとめ、調査参加者全員に送付する予定である。

1. 調査の経緯

身近な生きもの調査は、広く自然を愛好する国民の参加を得て環境指標となる身近な動植物の分布や生態を調べ、国土や身近な自然環境を診断しようとするもので、平成7年度はセミ、平成8年度はひっつきむし(植物の果実)、平成9年度はツバメ類を対象として実施してきた。
 今回の調査では、調査票に「ツバメ類の種類が確認できる巣の写真」を貼りつけて送付してもらい、専門家の同定・解析を経て、「ツバメ類の巣」の分布状況やその営巣環境を把握することを目的とした。
 調査参加者の募集は平成9年1月から開始し、5月末までに個人、団体合わせて5,677件の申し込みがあり、合計参加人数は31,352人に上った。調査参加者には、環境庁から「調査のてびき」が送付され、5月から8月にかけて調査が行われた。8月末にはツバメ類の巣の写真が貼られた調査票約8,700枚が環境庁に返送され、専門家による同定・解析を行った。

2. 調査結果(中間とりまとめ)

 (1)

分布状況について(別紙 分布図参照)
 今回の調査では、ツバメ類の種類を正確に同定するため、調査票に写真を貼って送付する形をとった。寄せられた調査票のほとんどには同定可能な鮮明な写真が貼られており、こうした国民の参加を得て行われる調査において写真が有効な記録手段として使用できることが判明した。

「ツバメ」の地理的分布(分布図1)
 北海道から鹿児島県に至る広い範囲で繁殖していた。関東甲信越地方以西と比較すると東北・北海道地方は密度が低いことが改めて確認された。特に今回の調査で従来記録のなかった紋別市と根室市で巣が見つかったことは貴重な記録である。
「コシアカツバメ」の地理的分布(分布図2)
 関東地方以西に多く分布し、また太平洋側に比べ日本海側は、より北まで分布するという傾向が改めて裏付けられた。
「イワツバメ」の地理的分布(分布図3)
 中部地方よりも東に多く分布しているという傾向が改めて裏付けられた。今まで記録が乏しかった和歌山県、長崎県での繁殖の報告が得られたことは貴重な結果であった。
「リュウキュウツバメ」の地理的分布(分布図4)
 沖縄本島のみで記録された。報告が4件と少なく、分布状況の把握としては不十分であった。
「ヒメアマツバメ」の地理的分布(分布図5)
 関東地方以西で合計37地点の繁殖が確認された。愛知県、三重県、徳島県では従来報告がなかったので、やや分布が広がっていることが明らかになった。
 (2)

営巣場所について
 わが国では、従来からツバメ類の分布調査は行われてきたが、営巣場所についての広域的で詳しい調査は行われたことがなかった。今回、それぞれの種がどのような営巣場所を選んでいるかについて、興味深い結果が得られた。

「ツバメ」の営巣場所

 居住用などの建物に営巣した例が99%を占め、橋などの建造物に営巣した例よりも圧倒的に多かった。居住用などの建物では、一戸建ての住宅と一戸建ての商店があわせて6割を占め、「ツバメ」の主要な営巣場所になっていた。北海道では営巣記録はわずかに27例しかなかったが、その4割が牛舎であり、他の地方とは営巣場所の傾向が大きく異なっていた。
 居住用などの建物の中で営巣した位置を細かく見ると、軒やひさしの下が約7割を占めてもっとも多かった。室内に巣を作った例は、住宅地のような都市部では4%であったのに対し、農村部では30%を占めていた。室内に営巣するという伝統的な姿が現在でも農村部で観察された。
 また、調査票に貼られた写真には、各地の民俗に結びついた興味深い営巣位置も紹介されていた。例えば、島根県などでは、竹を組み合わせたものを吊して、巣作りの足がかりにさせる風習があり、現在でもそうした風習が残っていることがわかった。また、伊勢地方では、正月に飾る注連縄を1年中軒先にかけておく風習があり、その上にも「ツバメ」が営巣していた。こうした人と「ツバメ」の身近な共生が綿々と生き続けていることが明らかになったことの意義は大きい。
「コシアカツバメ」の営巣場所

 居住用などの建物に営巣した例が約9割を占め、橋などの建造物に営巣した例よりも圧倒的に多く、「イワツバメ」と大きく異なる。居住用などの建物では、学校・3~5階建ての集合住宅・官公庁の順に多く、「イワツバメ」とはやや傾向が似ているが、集合住宅の利用が多い点に特色が見られた。また、橋を利用した例は、東北・関東甲信越・北陸地方では皆無であり、暖地に限られていた。
「イワツバメ」の営巣場所

 住居用などの建物に営巣した例と、橋などの建造物に営巣した例がほぼ同数報告された。居住用などの建物の場合には、学校・ビル・官公庁の順で多く、大きな建物を営巣場所に選ぶ傾向が見られた。また、橋などの建造物の場合には、コンクリート橋が3分の2を占めており、高架がそれに次いでいた。
 「イワツバメ」は全体としてコンクリート製の大規模な建造物を好んで営巣していることがわかった。このことから大きな傾向として、都市部での分布が比較的多く確認されていることが言えるが、「イワツバメ」が分布を都市部に拡げているかどうかは今後の解析による。
 地域的に見ると、東海地方以西では、橋を利用した巣の割合が大きく、特に中国四国地方では報告された15例のうち、14例が橋桁に営巣していた。こうした地域差がどうして起こっているのかは今後の課題である。
 (3)

途中で繁殖が失敗した原因について
 抱卵期や育雛期に、ヒナや親鳥が死んだり巣が壊れたりして繁殖が失敗することがある。その原因について、「ツバメ」では全体の16%にあたる1,193件の回答があった。
 原因が特定された中でもっとも多かったのは、カラスで、次いで巣の落下・ヘビ・スズメ・人の順であった。
 また、「ツバメ」の巣には街路から見える位置につくられる場合と、見えにくい位置につくられる場合とがあるが、前者ではカラスが最大の失敗原因となっているのに対し、後者ではヘビも大きな割合を占めていた。「ツバメ」の繁殖に対して、カラスやヘビなどの影響が大きいならば、今後「ツバメ」の営巣位置が変化していく可能性も考えられる。
 「コシアカツバメ」では全体の20%にあたる81件、「イワツバメ」では11%にあたる48件の回答があったが、スズメによる巣の横取りが多く観察されており、どちらもスズメをあげる人がもっとも多かった。

 (4)

ツバメ類は歓迎されているか
 今回の調査ではツバメ類が営巣している建物で、可能な限りインタビューを行い、ツバメ類の営巣がどのように受け止められているかについても調査を行った。こうした調査が広域的に行われたのもはじめてのことであった。
 「ツバメ」の代表的な営巣場所である一戸建ての住宅と、一戸建ての商店でのインタビューの結果を見てみると、約3,000件の回答のうち、「歓迎している」が96%を占めており、ツバメの営巣は現代でも人々に暖かく迎えられていることが明らかになった。歓迎しているか、迷惑に感じているかについて、都市部と農村部での差はなかった。

 (5)

ツバメ類の営巣を助ける工夫について
 インタビューの中では、ツバメ類の営巣についてそれを助けるような工夫についても回答を求めた。
 営巣場所になった住宅や商店の方がツバメ類の糞に対する対策で苦労されており、巣の下に傘や籠をつり下げる、段ボールの箱を置いたり新聞紙を敷いたりする、張り紙や看板で来客に注意を促すなどの工夫をされている家が多かった。中には、糞を草花の肥料として活用している例もあった。
 ツバメ類の営巣に対する直接的な手助けとしては、巣台を設置している場合が多かった。「ツバメ」の場合、全体の7%が巣台を利用して営巣していた。また、室内やシャッターの内側に営巣したツバメに対しては、早起きして朝5時には戸を開ける、窓ガラスの一部を切って出入り口を作る、夜も一つの窓を開けておく、シャッターに出入り用の小窓を付けるなどの気遣いが見られた。
 外敵から襲われることへの対策としては、カラスよけに風船をおいたり、網目の大きなネットを張る、ヘビよけにタバコの吸い殻を入れて缶を吊したり、タバコをピンで刺しておく、車や台、箱などがネコの足場にならないように置く位置に注意しているなどの回答があった。
 巣が落ちてしまった時には、ラーメンカップや段ボールを使って巣を補強する、ヒナが落ちた時には巣に戻すなど、繁殖が成功することを願った行動も多く報告された。
 人間がツバメの巣を守る工夫をすることは昔から伝統的に行われていることであり、これらの人間の保護の手によって、ツバメが人家に多く営巣するようになったといえよう。

3. 調査結果の公表

今回の調査結果中間とりまとめについては本資料と下記の生物多様性センターのインターネットホームページで公開する予定である。最終的な調査結果は10年度中に報告書を作成し、調査参加者に送付する予定である。

ホームページアドレス:http://www.biodic.go.jp

4. 本調査の企画検討

自然環境保全基礎調査検討会 身近な生きもの分科会

  槐  真史 厚木市教育委員会生涯学習課
座長 大場 秀章 東京大学総合研究博物館教授
  大森 雄治 横須賀市自然・人文博物館学芸員
  浜口 哲一 平塚市博物館学芸担当主管(ツバメの巣の同定・中間解析)
  望月 賢二 千葉県立中央博物館自然誌・歴史研究部長
   
(敬称略)

添付資料

連絡先
環境庁自然保護局企画調整課生物多様性センター
センター長 :浅野 能昭
 専門調査官 :伊藤 勇三
  〒403-0005
  山梨県富士吉田市上吉田剣丸尾5597-1
        Tel: 0555-72-6033