報道発表資料

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1997年03月13日

「統合評価モデルに関するIPCCアジア太平洋ワークショップ」の結果について

 日本政府は、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」及び「国際連合大学」と共に、平成9年3月10日(月)から12日(水)にかけ、東京・青山の国連大学本部において「統合評価モデルに関するIPCCアジア太平洋ワークショップ」を海外38か国の専門家等の参加を得て開催した。
 ワークショップでは、「統合評価モデル」(参考1)に関する最新の知見について検討が行われ、その結果として、

  • 統合評価モデルにより「気候変動に関する国際連合枠組条約」の究極の目標である温室効果ガスの大気中濃度の安定化水準やそれに伴う影響についての試算を示すことができる可能性があること、
  • 統合評価モデルは、本年12月に予定されている地球温暖化防止京都会議(COP3)等に貢献すべきであるが、現時点では、いずれのモデルも政策決定者に受け入れられやすくするためには、更なる改良が必要であること、
  • 改良に当たっては、特に、開発途上国の状況を十分に反映させる配慮が必要であること、
  • 統合評価モデルを介して先進国と途上国のコミュニケーションを深めることが不可欠であり、統合評価モデルを途上国でも使えるようにするための能力向上研修計画等が必要であること、
  • モデルに関する理解とその利用を促進するため、モデル作成者と政策決定者の対話の継続が重要であること
 等が指摘された。
1. 会議の名称 統合評価モデルに関するIPCCアジア太平洋ワークショップ
 
2. 日   時 平成9年3月10日(月)~12日(水)
 
3. 開催場所 国際連合大学本部ビル3階国際会議場
 
4. 主   催 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、日本政府、国際連合大学
 
5. 出 席 者 約300名
 海外からは、38か国、約140名(内、アジア太平洋地域を中心として開発途上国約70名)が参加。
 国内からは、鈴木恒夫環境政務次官をはじめ、茅陽一慶応大学教授、天野明弘関西学院大学総合政策学部長など専門家、政府関係者、民間研究所、企業、NGO等から約160名が参加。
 
6. 海外からの主な参加者
バート・ボリン IPCC議長(スウェーデン)
ホーセン・リー IPCC第3作業部会共同議長(韓国)
ジェームス・ブルース IPCC第3作業部会共同議長(カナダ)
サムソン・オディンゴ IPCC第3作業部会副議長(ケニア)
アチャ・スガンディ インドネシア環境省大臣補佐官(インドネシア)
 
7. 会議の結果概要
 本ワークショップには、統合評価モデルの作成を行っている世界の主要な研究者のほとんどが参加し、地球温暖化対策検討における統合評価モデルの活用の可能性について、科学的側面、社会経済的な側面、政策的な側面から検討を行った。特に、今回のワークショップがアジア(日本)で開催されたことから、アジア太平洋地域の国々からも多くの研究者及び政府関係者が参加し、アジアの途上国における統合評価モデルの適用可能性等について議論された。
 会議での議論の概要は以下のとおり。
 
(1) モデル開発の状況
現在の統合評価モデルは、気候モジュール(物理・化学部分)と経済モジュールが盛り込まれ、温暖化の影響の定量的な表現に関し近年大きな進歩が見られる。
地球温暖化対策における政策決定では、地域的(国単位の)影響評価が重要である。
これを満たすためには、今後は、人口、GNP、エネルギー消費等の社会経済的側面はもちろんのこと、各国に固有の文化や価値観を反映したモデルを目指すことが必要である。
デ-タの信頼性を高める必要がある。特に、途上国におけるデ-タの不足がモデルの計算結果に悪影響を与えている。
 
(2) 政策決定者側のニーズとモデルの利用可能性
地球温暖化問題に対処していくには国際的な政策と各国の国内政策との調和が重要であり、そのためには、統合評価モデルが有力な道具となり得る。
統合評価モデルにより、「気候変動に関する国際連合枠組条約」の究極の目標である温室効果ガスの大気中濃度の安定化水準やそれに伴う影響についての試算を示すことができる可能性がある。
統合評価モデルは、本年12月に予定されている地球温暖化防止京都会議(COP3)等に貢献すべきであるが、現時点では、いずれのモデルも政策決定者に受け入れられやすくするためには、更なる改良が必要である。
大気中の温室効果ガスを安定化させるためには、先進国、途上国が協力して今すぐに行動を起こすべきであり、そのためには統合評価モデルを介して先進国と途上国のコミュニケーションを深めることが不可欠であり、統合評価モデルを途上国でも使えるようにするための能力向上研修計画等が必要である。
 
(3) 統合評価モデルの今後の研究の方向性等について
途上国でも独自で自国のモデルを構築する能力を持つ必要がある。
このための試みとして、アジア・太平洋地域では、日本のリードによりいくつかの共同研究プロジェクトやネットワークが存在し、中国、インド、韓国等において統合評価モデルの開発が始まっている。
 
   今回の成果をもとに、IPCCが2000年に取りまとめる予定の第3次評価報告書において統合評価モデルによる地球温暖化の自然環境への影響や社会経済的な見通しを示すことを目的に、さらに研究やその成果の適用についての検討が進められることとなった。
 

<参考1> 統合評価モデルについて
 

 地球温暖化問題の解決のためには、
将来の経済状況やエネルギー消費量はどう変化するか、
それにより二酸化炭素排出量はどの程度になるか、
二酸化炭素排出量の増加により気温はどの程度上昇するか、
気温の上昇は生態系、農業生産、経済活動にどの程度の影響を与えるか、
影響を防止するための対策による効果はどの程度か、といった要因を総合的に予測、評価しなければならない。
 そのためには上記を統合して扱うコンピュータ・シミュレーションが有効な手段であるとの考え方が近年広がりつつある。こうした統合モデル作成を行う研究は、統合評価(Integrated Assessment)と呼ばれる、自然科学から人文社会科学までの広範な領域を含む研究領域において、学際的な研究者グループにより実施されている。
 
 これまで世界で20以上のモデルが開発され、地球温暖化問題を中心にして政策分析等に用いられ、各担当研究者間でも活発な議論が行われているが、これらのモデルに共通する特徴は、科学的な知見を政策立案に有効に活用するため、科学と政策の相互関係を緊密にすることを目的としている点にある。
 
 「気候変動に関する国際連合枠組条約」が目標とする、「気候系に対して危険な人為的影響を及ぼさない大気中の温室効果ガス濃度」についての判断等に利用することが既に進められている。
 
 IPCCでは、今回のワークショップでの検討内容を踏まえて、統合評価モデルの研究成果を2000年に完成予定の第3次評価報告書に初めて含める予定である。1995年に公表されたIPCC第2次評価報告書の作成段階から統合評価モデルの重要性が指摘されていたが、検討が不十分でありまだ共通認識が得られていないとして同モデルを利用した計算結果は報告書に含まれていない。
 

<参考2>各セッションにおける主な発表の概要又は各セッションの議長による総括コメント
 

3月10日(月)
1) 開会/概要説明
 鈴木恒夫環境政務次官、デ・ソウザ国連大学学長、ボリンIPCC議長等から開会のあいさつ及びワークショップの概要の説明がなされた。
 
2) セッション1: 「気候変動に関するコンピューターモデルの現状」
 統合評価モデルの現状に関し、硫酸エアロゾルの冷却効果が推定できるようになり、温暖化の影響の定量的な表現に関し近年大きな進歩がみられるが、なお不確実性を有していること、CO2 の肥沃化効果、土地利用の変化等を考慮すべきであることと等の説明があった。我が国から、天野明弘・関西学院大学総合政策学部長が、統合評価モデルの経済的な側面に関し、適切なレベルの割引率の設定が重要であること、排出削減のタイミングが重要であること等の発表を行った。
 
3) セッション2: 「統合評価モデル研究の最新動向」
 我が国の森田恒幸・国立環境研究所総合研究官が、先進国で開発された各統合評価モデルのアプローチ及び途上国への適用性については深刻なギャップが存在していること、先進国と途上国の両方のモデル作成者及び政策決定者が率直な意見交換を行うことが必要であることについて発表した。議長総括では、学際的なコミュニケーションが大事であること、途上国では一部のデータが揃っておらず、今後の課題であること等の指摘がなされた。
 
4) セッション3: 「開発途上国の現状の社会経済構造をいかに適切に統合評価モデルの中に反映させるか」
 途上国の研究者から対称的な発表がなされた。インドからは統合評価モデルは途上国の実情が反映されていないとの指摘があったのに対し、中国からは限られたデータながら、国外の研究者と共同で統合評価モデルに関する研究に進歩がみられているとの発表があった。
 
3月11日(火)
5) セッション4: 「先進国と途上国に同様の政策手段を適用することは可能か」
 環境庁・浜中地球環境部長が本セッションの議長を務めた。先進国と同じ政策をそのままの形で途上国に適用するのは難しいが、途上国の複雑な現状を十分に考慮し、様々な政策に係る障壁を理解することにより、適用できる可能性はあるとされた。特に、社会福祉の向上や健康の確保等との統合された政策を考慮することが重要であるとされた。森俊介・東京理科大学教授からは、経済開発と環境保護は密接な関連を有しており、市場メカニズムと開発の調和、特に人口増加と経済成長との調和が必要であるとの発表がなされた。
 
6) セッション5: 「統合評価モデルに地域の特性は十分反映されているか」
 地域や各国に固有の社会的・文化的側面を統合評価モデルに盛り込むことが必要であり、現状では十分に反映されているとは言えない。今後、人間の行動、価値観、態度等をモデル化して統合評価モデルに組み込むことが必要であることが発表された。
 
7) セッション6: 「統合評価モデルは途上国に対する気候変動の影響をどの程度現実的に予測しているか」
 気候変動のモデル化には幅があるが、統合評価モデルは我々に気候変動の影響に関する様々な情報を与えてくれること、ただし影響予測の唯一の手段にはなり得ていないこと、今後の前進のためには、モデル作成能力の更なる向上、モデル作成者と政策決定者の交流の促進、異なる研究者グループの相互交流等が重要であることが説明された。松岡譲・名古屋大学教授から、国立環境研究所と共同で開発したアジア太平洋統合評価モデル(AIM)による予測結果によると、地域の各国で地球温暖化の影響が異なること等が説明された。
 
3月12日(水)
8) セッション7: 「統合評価モデルの研究成果は途上国と先進国の両方にどのように適用できるか」
 政策対応のタイミングによっては地球温暖化の影響を抑えることが非常に厳しくなること、地球環境問題は地域的な環境問題や開発と関係がありこれらをモデルに取り込む必要があること、モデルには経済学的、社会学的な観点も取り込む必要があること等が説明された。山地憲治・東京大学教授から、費用対効果の向上の必要性、新たな技術開発の誘発の必要性等が発表された。
 
9) セッション8: 「アジア太平洋地域の将来の共同研究を推進するために統合評価モデルをどのように用いることができるか」
 国立環境研究所・西岡秀三統括研究官より、環境庁の地球環境研究総合推進費により、アジア太平洋地域において統合評価モデルの共同研究を実施していること、アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)の支援により統合評価モデルに関する研修プログラムを計画していること、途上国との共同研究により統合評価モデルを途上国に移転し、途上国でも独自で自国のモデルを構築する能力を持つことが重要であること等の説明が行われた。
 
10) 結果とりまとめ
 茅陽一・慶応大学教授が議長を務め、各セッションの総括報告が行われ、最後にボリンIPCC議長が統合評価モデルの今後の方向性について、おおむね次のようなスピーチを行った。
(ボリンIPCC議長のスピーチの概要)
統合評価モデルは興味深い側面を有しており、地球温暖化による影響等の定量化が進んでいる。さらに科学的知見を取り入れ、各国の影響を十分に評価したモデルの開発と、そのための先進国及び途上国の協力を早期に開始することが必要。
政策決定者と科学者の間でさらに対話を継続することが必要であり、政策決定の際には詳細でかつ具体的なデータが必要とされることから、そのための情報提供を科学者は行う必要がある。
先進国と途上国がお互いに協力することにより、温室効果ガスの大気中濃度の安定化は可能であると考えるが、そのためには新たなエネルギー源の開発、新技術の開発が必要である。また、より低いコストでそれらが途上国に移転されることも必要である。
連絡先
環境庁企画調整局地球環境部環境保全対策課研究調査室
室長:名執 芳博 (内線6743)
 補佐:宇仁菅伸介 (内線6746)
 担当:川真田正宏 (内線6747)

環境庁国立環境研究所地球環境研究グループ
統括研究官:西岡 秀三 (0298-50-2331)
 地球環境研究センタ-
 担当   :福渡 潔  (0298-50-2347)