平成24年9月28日、生物多様性国家戦略2012-2020が閣議決定されました。この国家戦略は、愛知目標の採択、東日本大震災という二つの大きな出来事を背景に策定され、自然のしくみを基礎として自然と共生する真に豊かな社会の実現に向けた方向性を示す役割を担っています。
この節では、生物多様性国家戦略2012-2020のポイントを概説し、生物多様性の重要性を社会に浸透させる主流化に向けた取組、そして国際的な潮流について概観します。
平成22年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、生物多様性に関する新たな世界目標である戦略計画2011-2020が採択されるなど、歴史的な成果を得ることができました。戦略計画2011-2020の長期目標には、日本からの提案に基づき、2050年(平成62年)までに「自然と共生する世界(a world of "Living in harmony with nature")」を実現することが掲げられました(図2-4-1)。これは、人間と自然とを一線を画して考えるのではなく、人間も自然の一部としてともに生きていくという、我が国で古くからつちかわれてきた考え方が取り入れられたもので、今後は国際社会全体でこの目標に向かって取組を進めていくことになります。
また、戦略計画2011-2020では、2020年(平成32年)までに生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施することを短期目標として掲げており、その達成に向けた20の個別目標が設定されています。それらの個別目標を「愛知目標」と呼んでおり、各国はこの愛知目標の達成に向けて、必要に応じて国別目標を設定し、各国の生物多様性国家戦略の中に組み込んでいくことが求められています。
また、平成23年3月に発生した東日本大震災は、地震と津波という大きな自然の力によって東北地方太平洋岸の地域を中心に人々とその生活に甚大な被害を与え、それを支える自然環境に対しても大きな影響を与えました。自然は私たちに豊かな恵みをもたらす一方で、時として大きな脅威となります。そうした両面性を持つ自然とともに私たちは生きているということを、東日本大震災を通じて深く意識することとなりました。また、東日本大震災では、エネルギーや物資の生産・流通が一極集中した、日本全体の社会経済システムの脆弱性が顕在化しました。
平成24年9月28日に閣議決定された生物多様性国家戦略2012-2020は、愛知目標の達成に向けた我が国のロードマップを示すとともに、東日本大震災の経験や人口減少が進む我が国の社会状況などを踏まえ、これまでの人と自然との関係を見つめ直し、今後の自然共生社会のあり方を示していくことを目指しています(図2-4-2)。
生物多様性は、人間を含む多様な生命の長い歴史の中でつくられたかけがえのないものであり、そうした生物多様性はそれ自体に価値があり、保全すべきものです。しかし、「生物多様性」という言葉自体が分かりにくく、日々の暮らしの中で何をすればその保全と持続可能な利用に役立つのか分からないといったこともあり、COP10後も生物多様性に関する理解は必ずしも進んでいない状況にあります。このため、生物多様性国家戦略2012-2020では、生物多様性に支えられる自然の恵みである「生態系サービス」に着目し、具体的な例も紹介しながら生態系サービスと人間生活との関わりを通じて生物多様性の重要性について説明しています。
また、生態系サービスの考え方を基に、生物多様性を守る意味を次の4つに整理しています。
「すべての生命が存立する基礎となる」
「人間にとって有用な価値を有する」
「豊かな文化の根源となる」
「将来にわたる暮らしの安全性を保証する」
そして、これらを踏まえ、生物多様性によって支えられる自然共生社会を実現するための理念として、「自然のしくみを基礎とする真に豊かな社会をつくる」ことを新たに掲げています。自然を次の世代に受け継ぐ資産として捉え、その価値を的確に認識し、自然を損なわない持続的な経済を考え、共生と循環に基づく自然の理(ことわり)に沿った活動を選択することが重要です。
これまでの生物多様性国家戦略は「戦略」と「行動計画」の2部構成でしたが、生物多様性国家戦略2012-2020では、第2部として「愛知目標の達成に向けたロードマップ」を追加し、3部構成としました。この新たに追加した第2部において愛知目標に対応した我が国の国別目標等を設定しています。
戦略計画2011-2020では、A:生物多様性の社会への主流化、B:生物多様性への直接的な圧力の減少と持続可能な利用の促進、C:生態系、種及び遺伝子の多様性の保全と生物多様性の状況の改善、D:生物多様性及び生態系サービスから得られる恩恵の強化、E:参加型計画立案、知識管理、能力開発を通じた実施の強化の5つの戦略目標の下、2015年(平成27年)又は2020年(平成32年)を目標年とする具体的な数値目標も盛り込んだ計20の個別目標(愛知目標)が掲げられています。我が国の国別目標も、この5つの戦略目標に沿った形で、我が国の状況やニーズ、優先度等を踏まえて設定しています。また、国別目標の達成に向けた主要行動目標と達成状況を把握するための指標を設定しています(表2-4-1)。
例えば、国別目標B-1では「2020年までに、自然生息地の損失速度及びその劣化・分断を顕著に減少させる」としており、そのための主要行動目標の一つに、近年全国で分布が拡大しているシカなどの野生鳥獣の被害(第2部第2章第3節参照)を防ぐため、鳥獣保護法の見直しも含めて必要な対策を実施することを掲げています。政府は、平成25年1月に、世界自然遺産の国内候補地である奄美・琉球について、推薦の前提となる我が国の世界遺産暫定一覧表に記載することを決定しました(第2部第2章第5節参照)が、世界自然遺産の登録に向けては国が責任を持って管理するため、国立公園等の指定あるいは拡張をする必要があり、こうした取組は国別目標C-1「2020年までに、少なくとも陸域等の17%、海域等の10%を適切に保全・管理する」の達成にも貢献します。また、平成24年度に第4次レッドリストを公表(第2部第2章第1節参照)しましたが、国別目標C-2で「2020年までにレッドリストのランクが下がる種が増加している」こととしており、引き続き絶滅危惧種の保全を進めるために必要な知見の収集に努めます。
国別目標の中には、その達成状況を把握するための手法等について今後整理していく必要のある目標も含まれています。例えば、国別目標C-1は「少なくとも陸域等の17%、海域等の10%を適切に保全・管理する」こととしていますが、国立公園や自然環境保全地域などの保護地域について、どこまでが「適切に保全・管理」されていると判断するかによって、目標の達成状況も変わってきます。また、国別目標D-2では「2020年までに、劣化した生態系の少なくとも15%以上の回復」を掲げていますが、これについても「劣化した生態系」をいつの時点と比較して考えるのか、あるいは「回復」をどのようにとらえるかなどによって達成状況が変わってきます。こうした目標については、遅くとも2014年(平成26年)に予定されている愛知目標の中間評価までに、達成状況を把握するための手法や基準となるベースラインを整理する必要があります。
平成22年5月に公表した生物多様性総合評価(JBO)に引き続き、国土全体の生物多様性の現状を空間的に把握し、優先的に対策すべき地域などを明らかにしていくため、生物多様性評価の地図化を実施しています。このなかでは、例えば、生物の分布情報を基にどの場所を優先的に保全すれば効率的な保全が図れるかを解析する手法(相補性解析)を用いて作成した「すべての絶滅危惧種(維管束植物)の効率的な保全に寄与する地域(図2-4-3)」と既存の保護地域を地図上で重ね合わせ、そのギャップについて分析をしています。また、1900年(明治34年)頃と2006年(平成18年)の土地利用を比較した「過去の開発により消失した生態系」を示した地図(図2-4-4)」を作成しました。こうした結果も参考に、ベースラインの整理を進めていきます。
自然保護の最前線で活動するレンジャー
世界自然遺産に登録されている知床。多くの観光客が訪れる知床五湖には、近年、ヒグマの出没が増えています。ヒグマと観光客とのあつれきが大きな課題です。環境省ではヒグマの出没に関係なく利用できる高架木道を整備したほか、一定の制限の下で自然体験ができる地上歩道の利用を進めてきました。現地に勤務する環境省の自然保護官(レンジャー)が、北海道、斜里町などの地元自治体、地域の観光や生態系にかかわる方々と協議を重ね、歩道の利用制限のルールづくりを行い、ヒグマと人間との共生を進めています。
一昨年、世界自然遺産に登録された小笠原諸島では、外来生物対策が大きな課題です。もともと他の地域とつながったことのない島の生態系は、外部から持ち込まれる生物による影響を受けやすく、世界遺産登録に当たって特に対策が必要とされました。レンジャーは、小笠原の希少な生態系を保全するため、林野庁、東京都、小笠原村などの関係行政機関、専門家及び地域住民とともに、外来生物対策を含むさまざまな取組を進めています。
レンジャーは国立公園の適正な利用を進める仕事も積極的に行っています。登山者が増え続ける富士山では、複数の市町村にまたがり登山道もさまざまな主体が管理しているため、標識類のデザインが統一されておらず、また、複数の標識が乱立していたことから、利便性や景観を損なうとともに、道迷いの原因の一つとなっていました。このため、静岡県、山梨県、関係市町村、山小屋等民間事業者などと協力しながら、環境省の呼びかけで利用者に分かりやすいデザインに統一・整理し、利用者の利便性や景観を向上させました。
希少な野生生物の保護もレンジャーの大切な仕事です。例えば、トキの野生復帰を進めている佐渡島では、新潟県と協力してトキの飼育繁殖や放鳥に向けた訓練等に取り組みながら、専門家や市民ボランティアの方々と一緒に放鳥後のトキの行動調査をしています。調査によりトキが好む環境を確認し、餌場や水田づくりに活かして、トキが生息していける地域づくりを佐渡市と連携しながら進めています。
また、西表島ではイリオモテヤマネコの交通事故の防止が大きな課題です。環境省では「ヤマネコ緊急ダイヤル」を設置して、連絡を受けたレンジャーが事故現場に行って個体の回収・検査などの対応を行い、そのデータを今後の交通事故防止に活用しているとともに、沖縄県、竹富町、地元の道路関係団体等と協力して、注意喚起看板を設置し、交通事故防止に努めています。
我が国を代表する優れた自然景観地である国立公園の保護管理、我が国にしか生息しない固有の生きものをはじめとする希少野生生物の保護等に国として責任を持って取り組んでいくため、環境省では全国各地の現場に約260人のレンジャーを配置しています。レンジャーは、自然環境の調査、地域住民や研究者、NGO、関係団体等からの情報収集によって常に現地の状況を把握しつつ、自治体等の多くの関係者と力を合わせ、各種開発行為との調整やエコツーリズムの推進など、その地域の状態に応じた保全の取組を行っています。
現場の最前線で活動するレンジャーは、現地に溶け込み地域とともに歩んでいく姿勢を持って、豊かな自然という国民の宝を将来に引き継いでいくために頑張っています。
*レンジャーは、国家公務員総合職又は一般職(自然系技官)として環境省に採用され、全国の国立公園等現場駐在の他に、環境省本省、他省庁や自治体への出向等に従事しています。
生物多様性国家戦略2012-2020では、「自然共生圏」という新しい考え方を示しました。東日本大震災により、エネルギーや物資の生産・流通が一極集中した社会経済システムの脆弱性があらわになりました。こうしたことから、食料やエネルギーをはじめとする地域の資源をできるだけ地産地消し、地域の中で循環して持続的に活用していく自立分散型の地域社会を目指していくことを基本としながら、それぞれの地域同士のつながりを深めていくことにより、より安心・安全な社会をつくっていくことが求められています。
自然の恵みである生態系サービスは、豊かな自然を有する地方が主な供給源となっていますが、その恩恵は都市も含めた広い地域で享受しています。しかし、こうしたつながりは一般的には目に見えにくいことから、都市は大きな負担をすることなく、地方が供給する生態系サービスの提供を受けてきたといえます。こうした関係を見直し、生態系サービスの提供を受ける地域は、生態系の保全管理等に対して資金や人材、情報等を提供し、それぞれの地域がお互いに支え合う関係をつくっていくことが必要です。「自然共生圏」は、このように生態系サービスの需給でつながる地域や人々を一体としてとらえ、その中で連携や交流を深めていき相互に支えあっていくという考え方です(図2-4-5)。私たち日本人の暮らしは海外の生態系サービスにも支えられており、自然共生圏の認識は日本と海外のつながりを考える際にも重要です。
例えば、新潟県佐渡島のトキとの共生を目指した地域づくりは、自然共生圏の考え方に沿った取組といえます。トキは昭和56年に佐渡島に残った最後の5羽が捕獲され、日本の野生下では絶滅しました。その後、中国から提供された個体をもとに飼育下の繁殖で数を増やし、平成20年に野生復帰に向けた放鳥を開始しました。平成24年には自然界で36年ぶりとなるヒナ誕生、そして38年ぶりの巣立ちが確認されるなど、野生復帰に向けた取組が進展しています。トキの放鳥にあわせて、佐渡島ではトキのエサ場づくりなどの生息環境整備や島外との交流の促進など、トキとの共生を目指した地域づくりを進めてきました。こうした中、佐渡市は平成20年の放鳥を機に、JA佐渡と協力し、生きものを育む農法によりつくられた米を「朱鷺(とき)と暮らす郷づくり認証米」として認証する制度を開始しました。「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」は首都圏のスーパーや米穀店を中心に3,000~3,500円/5kg程度(参考:慣行栽培米1,580円/5kg)で販売されています(図2-4-6)。販売価格が高くなれば、その分生きものを育む農法で生息環境整備に貢献する農家に還元されることになるため、消費者は「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」の購入を通じてトキの野生復帰を支援していることになります。また、販売時には1kg当たり1円が佐渡市トキ環境整備基金に寄付され、トキの生息環境整備に役立てられています。さらに、佐渡市は認証米に取り組む農家に対して1ha当たり最大で109,000円の助成をしており、地域全体でこの認証制度を支えているといえます。このように、トキの野生復帰は、実際に生息環境整備に取り組む人たちだけではなく、それを応援する消費者やトキをシンボルに地域の活性化を目指す佐渡島全体で支えられており、こうした農家と消費者、地域住民のつながりはまさに自然共生圏の考え方に沿ったものといえます。
「生態系サービス」とPES
私たちは、普段の生活の中で気づかないうちに、自然から非常に多くの恵みを受けています。身近なところで考えてみると、例えば、お米はそれ自体が食糧という自然の恵みですが、お米をつくる田んぼも、大雨時の洪水を防ぐ水がめとしての役割や、水の蒸発により気温を調整する機能、あるいはメダカやタガメなどさまざまな生きものに生息の場を提供し、さらには田んぼのある景色が私たちの目を楽しませてくれます。このような私たちの生活を支えてくれる自然の恵みのことを「生態系サービス」といいます。
「生態系と生物多様性の経済学(TEEB:The Economics of Ecosystems and Biodiversity)」では、国連がまとめたミレニアム生態系評価(MA:Millennium Ecosystem Assessment)を参考に、生態系サービスを「供給サービス」、「調整サービス」、「生息・生育地サービス」、「文化的サービス」の4つに分類しています。
現在、人間活動による生態系の改変や生物多様性の損失に伴い、生態系サービスは地球規模で低下しています。平成22年5月に公表された地球規模生物多様性概況第3版(GBO3)では、生物多様性の損失が続けば生態系サービスに甚大な変化が生じ、人間の生活に重大な影響を与える可能性があると指摘しています。生態系サービスの低下の原因は多岐にわたりますが、大きな原因の一つとして、私たちがその価値を認識していないことが挙げられます。このため、生態系サービスの価値を適切に認識し、その機能を維持するために十分なコスト(資金や労力など)をかける仕組みを構築していくことが求められます。
私たちは生態系サービスを利用する多くの場合、それらは無料で利用できると考えており、使用料などの対価が支払われることがありません。これに対して、生態系サービスの受益者に対して、適正な対価を求める仕組みとして「生態系サービスへの支払い(PES:Payment for Ecosystem Services)」という考え方があります。
例えば、コスタリカでは土地所有者が政府機関と契約し、持続可能な森林管理を行うことでその面積や管理の内容に応じた金額が土地所有者に支払われるというPESの仕組みを導入しています。これにより適切な森林管理の促進や森林面積の増加などの効果も確認されています。日本では、PESに類似する仕組みとして森林環境税や中山間地等直接支払制度などが導入されています。
平成19年に策定した第三次生物多様性国家戦略以来、今後数年の間に重点的に取り組むべき施策の大きな方向性として4つの基本戦略を示してきましたが、生物多様性国家戦略2012-2020では、新たに5つめの基本戦略として「科学的基盤を強化し、政策に結びつける」を加えました。
生物多様性の保全と持続可能な利用を適切に進め、自然のしくみを基礎とする真に豊かな社会をつくるためには、科学的なデータに基づく正しい理解と認識を持つことが必要です。そして、科学的なデータが不十分だからといって対策を延期せず早めに対策を講じていくこと、継続的なモニタリングとその結果に応じて対策を柔軟に見直していくことが重要です。
全国レベルでの生物多様性に関するデータについて過去から現在までの時系列の長期的な変化をとらえるためには、継続して調査を実施していくことが重要です。我が国では昭和48年から実施している自然環境保全基礎調査を中心に継続的な調査が行われており、さまざまな形で政策等に活用されています。例えば、平成11年から2万5千分の1の縮尺の植生図の全国整備を進めていますが、平成25年3月までに約64%の整備が終了しており、国土の自然環境の基本情報図として環境保全施策やアセスメント等に活用されています。このように全国の自然環境を面的に把握し、その継続的な更新を行うことは非常に重要です。また、面的な把握だけでなく、定点での生態系の変化を長期的に把握することも重要であるため、平成16年からモニタリングサイト1000を開始し、平成25年4月現在、全国1022地点で調査を行っています。これらの成果も活用し、速報性の向上に努めつつ情報整備を進めます。さらに、国、地方自治体、研究機関、博物館、NPO・NGO、専門家、市民などさまざまな主体が、それぞれの調査・研究により、全国レベルから地域レベルにいたる生物多様性に関するさまざまなデータを保有していますが、それぞれの主体の中だけで活用されていたり、あるいは活用されずに埋もれてしまっていることがあります。こうした情報をお互いにより使いやすい形で提供し、国の施策や各主体の取組に活用していくことが求められているため、インターネット等を通じ、さまざまな主体からデータの収集を行い、その共有の促進に努めます(【コラム】いきものログ)。このように、生物多様性に関するデータについては、継続的な更新、速報性の向上、相互利用・共有の促進に重点を置き整備を進めて行きます。
国際的には、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化していくための国際的枠組みが求められており、2012年(平成24年)4月に「生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES:Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)」が設立されました。
いきものログ
環境省生物多様性センターでは、平成21年度より生物の目撃情報をインターネットで集める市民参加型調査「いきものみっけ」を実施してきました。この調査では、ツマグロヒョウモン(蝶)の分布域の北上をとらえるなど、気候変動に伴う自然環境の変化の把握に寄与してきました。
「生物多様性国家戦略2012-2020」では、新たに科学的基盤の強化に関する基本戦略が加わり、生物多様性の保全と持続可能な利用を進めていくために、科学的知見を充実させることが求められています。この中では、生物多様性に関する情報を継続して把握することの重要性や、行政機関・研究機関・市民などのさまざまな主体が把握している生物多様性情報の相互利用、共有化の促進の必要性が述べられています。そこで生物多様性センターでは、「いきものみっけ」を参考にして、幅広い利用者を対象に、分布情報を主体とする生物多様性情報をインターネットで効率的に集め、提供するためのシステム(愛称:いきものログ)を新たに開発しました。
「いきものログ」は、自然環境保全基礎調査をはじめとする国が実施した調査で得られた生物多様性情報や、地方自治体・研究機関・市民などさまざまな主体から、それぞれの調査・研究で得られた生物多様性情報を収集し、集められた生物多様性情報を幅広く配信することにより、生物多様性情報の相互利用、共有化を促進していきます。その結果はダウンロードすることができるため、専門家による解析や地方自治体の施策など各主体の取組に活用できるほか、地球規模生物多様性情報機構(GBIF)に登録する際のフォーマットのDarwin Core形式で出力できるため、国際的な生物多様性情報の共有にも貢献できます。今後、生物多様性情報の中核的基盤として活用されることを目指しています。
生物多様性の保全と持続可能な利用の重要性が、国、地方自治体、事業者、NPO・NGO、国民などのさまざまな主体に広く認識され、それぞれの行動に反映されることを「生物多様性の主流化」と呼んでいます。GBO3では、消費行動や生活様式といった間接的だが根本的な生物多様性の損失要因への対策が重要であることが指摘されています。また、愛知目標でも「生物多様性の主流化」は一番最初の目標に掲げられています。
ここでは、生物多様性の主流化を進めるための最近の取組として、国連生物多様性の10年日本委員会の活動、地方自治体における先進的な取組、民間事業者による生物多様性に関する取組の動向、そして生物多様性の価値を見える化するための生物多様性の価値の経済的な評価に関する取組をご紹介します。
2011年(平成23年)から2020年(平成32年)までの10年間は、国連の定める「国連生物多様性の10年」であり、愛知目標の達成に貢献するため、国際社会のあらゆる主体が連携して生物多様性の問題に取り組むこととされています。これを受け、2011年(平成23年)9月に「国連生物多様性の10年日本委員会」(UNDB-J)が設立され、生物多様性の主流化に向けてさまざまな取組を実施しています。ここではその中からいくつかをご紹介します。
ア 連携事業の認定
UNDB-Jは、愛知目標の達成に向けた各主体の参加と連携を促進するため、多様な主体の連携による事業のうちUNDB-Jが推奨するものを認定し、それらの事業を積極的に広報しています。具体的には、愛知目標の達成に向けて各主体が取り組んでいるさまざまな事業が登録されている「にじゅうまるプロジェクト」(国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J))の登録事業等の中から、「多様な主体の連携」、「取組の重要性」、「取組の広報の効果」などの観点からUNDB-Jが推奨する連携事業を総合的に判断して認定しています。平成24年度は20件が認定されています(表2-4-2)。その中の一つとして「海と田んぼからのグリーン復興プロジェクト」では、東日本大震災の被災地において市民、東北大学、NPO等の多様な主体が連携して、生物多様性の回復に配慮したグリーン復興を基本理念に、田んぼの復興や市民参加型生態系モニタリングなどさまざまな活動を展開しており、被災地における生物多様性の保全・再生への貢献に加え、生物多様性に配慮したブランド米販売による被災農家の支援などの取組の重要性が評価されました。
認定された事業は、UNDB-Jのロゴマーク(図2-4-7)が使用できるほか、UNDB-Jのウェブサイトや、UNDB-Jが実施する生物多様性全国ミーティング、地域セミナー等で紹介されるなど、積極的な広報が行われています。
イ MY行動宣言
UNDB-Jは国民一人ひとりが自分の生活の中で生物多様性との関わりをとらえることができるよう、以下の5つのアクションの中から自らの行動を選択して宣言する「MY行動宣言5つのアクション」(図2-4-8)の実施を広く呼びかけています。
Act1:地元でとれたものを食べ、旬のものを味わいます。
季節やその土地ならではの自然の恵みを食べることで、身の回りの環境の変化を感じ、土地に伝わる食文化の知識も身につけることができます。
Act2:生の自然を体験し、動物園・植物園などを訪ね、自然や生きものにふれます。
自然は、生物多様性を学ぶ最高の材料です。自然体験を通じて五感を働かせ、地域の特色や生きものの生態を実感し、より深く生物多様性の意味を理解できます。
Act3:自然の素晴らしさや季節の移ろいを感じて、写真や絵、文章などで伝えます。
さまざまな自然や生きものに興味を持ち、それをかたちにすることで、自分自身や家族、友達が自然の素晴らしさに気づくきっかけになります。
Act4:生きものや自然、人や文化との「つながり」を守るため、地域や全国の活動に参加します。
全国各地の自然や生きものの観察・調査・保全・再生活動に参加することで、生きもの同士のつながり、人と自然のつながりを実感できます。
Act5:エコマークなどが付いた環境にやさしい商品を選んで買います。
生物多様性に配慮して生産・販売される商品やサービスをきちんと選ぶことは、自然と共生する社会を実現する原動力になります。
MY行動宣言は、UNDB-Jが実施する生物多様性全国ミーティングや地域セミナー等で実施されたほか、UNDB-Jのウェブサイト等でその活用が広く呼びかけられており、平成24年度は91件のイベント(参加者数約20,680人)で活用されました。
COP10で地方自治体に生物多様性地域戦略の策定など主体的な行動を求める「都市と地方自治体の生物多様性に関する行動計画」が承認されるなど、生物多様性の保全と持続可能な利用にあたっての地方自治体の役割の重要性が認識されています。国内では平成23年10月に生物多様性自治体ネットワークが設立され、地方自治体間の連携が進むとともに、生物多様性基本法に基づく生物多様性地域戦略の策定が進んでいます。
愛知県は、COP10開催前の平成21年に地域戦略を策定し、平成25年3月には愛知目標を踏まえた改定を行いました。この戦略は、「人と自然が共生するあいち」の実現に向けて、県民、事業者、NPO、行政といった地域の多様な主体が協働し、人と人とのつながりを育みながら生態系ネットワークの形成を進める「あいち方式」を特色としています。具体的には、多様な主体が目標を共有するためのツールとして生物多様性ポテンシャルマップを活用するとともに、開発などによる自然への影響を回避・最小化し、それでも残る影響を生態系ネットワークの形成に役立つ場所や内容で代償する「あいちミティゲーション」を導入することとしています。
また、北限のブナ林の町として知られる北海道の黒松内町は、町民一人ひとりが自然の恵みをこれまで以上に実感できるようにすることなどを目指して平成24年3月に地域戦略を策定しています。さらに、周辺の自治体に呼びかけを行い、広域的な生態系ネットワークでつながる14町村が、全国で初めて共同による後志地域生物多様性協議会を立ち上げ、広域的な視点で森・里・川・海のつながりを確保するとともに、農林水産業・観光業等とも連携した地域経済の活性化につなげる計画づくりを進めています。
事業者の活動は、水、土壌、食糧、繊維、木材、燃料の供給など多くの自然の恵み(生態系サービス)に支えられている一方で生態系や生物多様性に影響を与えています。また、事業者は、製品の販売やサービスの提供などを通じて自然の恵みを広く消費者に供給するという役割も担っています。経済社会の主たる担い手である事業者が、生物多様性の重要性を認識し、その保全と持続可能な利用の取組を積極的に進めることは、社会全体の動きを自然共生社会の実現に向けて加速させるだけでなく、自らの事業を将来にわたって継続してくためにも必要です。
経済界を中心とした自発的なプログラムとして平成22年に設立された生物多様性民間参画パートナーシップでは、事業者による生物多様性の保全と持続可能な利用に関する取組を促進するため、ウェブを通じた情報提供・共有、ニュースレターの発信などの他、毎年事業者会員の取組の状況及び内容を把握しています。その結果、経営理念・方針や環境方針などに生物多様性保全の概念が盛り込まれている割合は平成22年の50%から平成24年には85%に上昇するなど、事業者の意識・取組の向上が確認されています。なお、同パートナーシップの会員数は、発足時の424企業・団体から平成25年4月には501企業・団体と、着実に増加しています。
経済界におけるその他の自主的な取組として、名古屋商工会議所では、事業活動と生物多様性の関連の把握の仕方と取組の考え方について、中小企業にも活用できるように分かりやすく解説したガイドブック「事業活動と生物多様性」を平成24年に作成し、普及啓発を進めています(図2-4-9)。
また、事業者の取組を促進するためには、消費者の行動を生物多様性に配慮したものに転換していくことも重要です。そのための仕組みとして、生物多様性の保全にも配慮した持続可能な生物資源の管理と、それに基づく商品等の流通を促進するための民間主導の認証制度があります。例えば、森林経営・林産物の管理と流通に関するFSC(森林管理協議会)やSGEC(緑の循環認証会議)、漁業・水産物の生産・加工・流通に関するMSC(海洋管理協議会)やマリン・エコラベル・ジャパン、野生植物の利用に関するフェアワイルド、パーム油の生産・流通に関するRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)などによる取組が進められています(図2-4-10)。こうした社会経済的な取組を奨励し、多くの人々が生物多様性の保全と持続可能な利用にかかわることのできる仕組みを拡大していくことが重要です。
味の素グループの生物多様性への取組
味の素グループは、世界各地において、食・アミノ酸・健康を中心として地域に根ざした事業を展開しています。製品の原材料に農水産資源を活用し、得意とする発酵生産技術等のバイオテクノロジーには遺伝資源を利用するなど、グループの事業活動は生態系サービスに依存しており、健全な生態系・生物多様性が保たれなければ、グループの事業活動の維持・発展はありえません。
味の素株式会社は平成21年に創業100周年を迎え、これまでの事業活動を振り返り、次の100年のこころざしとして、「いのちのために働く」を掲げました。いのちの営み・自然の恵みに支えられ、「いのちのために働く」味の素グループは、事業を通じて、いのちを健やかに育む地球・地域環境や生態系・生物多様性のために取り組まなければならない、ということを基本的な認識とし、生態系・生物多様性の保全を最も基本的で重要な取組と位置付けています。
味の素グループでは平成24年1月に「味の素グループ生物多様性行動指針」を制定するとともに、生物資源を持続的に活用できるビジネスモデルを推進していくために、平成23-25年度の環境中期計画において、「持続可能な原材料調達の仕組みづくり」「森林生態系破壊にかかわるリスクの回避」「持続的土地利用の展開」といった3つの重点テーマを定め、ポイントを絞った取組を展開しています。
まず操業の安定継続と事業の発展のためには、事業活動と生態系サービスが具体的にどのようなかかわりを持っているのか、その動向がどうなっているのか把握し、戦略的に事業計画に盛り込んでいくのが重要と考え、優先対象とする取組を特定するために、平成22年度より「企業のための生態系サービス評価(ESR)」を参考にして、味の素グループ全体の主要事業と生態系サービスとの関係性の洗い出しを実施しました。その結果、水産資源と森林資源にかかわる調達の領域が事業活動と生態系の両方にとって重要度が高く、特に注力して進めていく分野として選定されました。
水産資源については、独立行政法人水産総合研究センター国際水産資源研究所と連携したカツオの資源調査(太平洋沿岸カツオ標識放流共同調査)や、エビの養殖・加工地における生態系配慮項目の導入などの取組を進めています。
森林資源については、WWFジャパンとの協働による紙調達ガイドラインの策定や、グループ企業である株式会社J-オイルミルズと味の素株式会社がRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)に加盟し、持続可能なパーム油の使用に向けた検討を実施するなど、生態系保全に配慮した調達の仕組みづくりに取り組んでいます。
そのほか、生物多様性の保全を目指して積極的に行動する企業の集まりである「企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)」に2008年の設立時から参画し、また、地域社会・生態系とともに成長する事業所を目指して、JBIBが作成した「いきもの共生事業所®推進ガイドライン」を活用するなど、事業所の土地利用のあり方についても検討を始めています。
このように味の素グループでは、社外ステークホルダーと連携・協働することにより、より地球規模での広がりをもった生物多様性保全の取組を展開しています。
生物多様性や生態系サービスの価値を経済的に評価して「見える化」していくことは、これらの重要性を分かりやすく伝えることができ、生物多様性の主流化を進めていくためには有効な方法です。「生態系と生物多様性の経済学(TEEB:The Economics of Ecosystems and Biodiversity)」は、欧州委員会とドイツが提唱した生物多様性の価値を経済的に評価するプロジェクトで、COP10までに一連の報告書がまとめられました。TEEBでは、あらゆる主体の意思決定に生物多様性の重要性を組み込んでいくこと、そしてその際には経済的な価値評価が有効であることなどが指摘されています。
こうした動きを踏まえ、我が国でも生物多様性の経済的な価値評価を進めていくため、「奄美群島を国立公園に指定することで保全される生物多様性の価値」と「全国的なシカによる自然植生への食害対策の実施により保全される生物多様性の価値」について評価を行いました。評価は仮想評価法(CVM)と呼ばれる、仮想的な環境対策のシナリオを示してその対策を実施することに対する支払意思額をアンケート調査等により直接尋ねることにより価値を評価する方法を用いました。
奄美群島については、国立公園に指定し、開発行為等の規制、外来種の防除、継続的な調査に基づく対策の実施等により、現在の自然環境を将来にわたって保全していくことに対する一世帯当たりの支払意思額を、アンケート結果に基づき推定したところ、中央値で1,728円/年、平均値で3,227円/年で、これに全国の世帯数をかけると約898億円又は約1,676億円という評価額が算出されました。中央値とは、アンケートで提示した金額を支払う意思があるかどうかをYesかNoで聞いた場合に、回答の割合が統計的に半々となる値で、政策を実行する際に過半数の支持が得られるかどうかの参考値として用いられます。
全国的なシカの自然植生への食害については、柵やネットの設置、個体数管理、人材育成等の取組を拡大し、シカの食害が目立たない状態にまで回復させることに対する一世帯当たりの支払意思額を、アンケート結果に基づき推定したところ、中央値で1,666円/年、平均値で3,181円/年で、これに全国の世帯数をかけると約865億円又は約1,653億円という評価額が算出されました(なお、今回の評価シナリオにはシカの食害に農林業被害は含めていません)。今後もこうした生物多様性の経済価値評価を行い、さまざまな政策への活用を検討していきます。
2012年(平成24年)10月8日~19日にインド・ハイデラバードにおいて生物多様性条約第11回締約国会議(COP11)が開催され、締約国172か国・地域から9,000人以上が参加しました(写真2-4-1)。COP10で議長を務めた日本は開会式で挨拶したほか、閣僚級会合(16日~19日)開会式で演説を行いました。
最終日の深夜に及ぶ厳しい交渉の結果、暫定的なものながら、開発途上国等に対する生物多様性に関する活動を支援するための国際的な資金フローを2015年(平成27年)までに倍増させるという資源動員に関する目標値の合意に達することができました。また、我が国は生物多様性日本基金等を通じた貢献の継続を表明し、愛知目標達成に向けてCOP10において醸成された気運を今後も維持することができました。個別主要議題の概要は以下のとおりです。
ア 資源動員の目標の設定
生物多様性に関する国際的な資金の開発途上国等に対するフローを2015年(平成27年)までに倍増させ、その水準を少なくとも2020年(平成32年)まで維持することや、少なくとも75%の締約国が、2015年(平成27年)までに自国の優先課題や開発計画に生物多様性を位置付け、これによって国内における適切な資金の供給が確保されること等を定めた資源動員に関する暫定的な目標について、その達成を決意することとなりました。また、資源動員の最終的な目標の採択を目的とし、2014年(平成26年)に開催予定の生物多様性条約第12回締約国会議(COP12)において愛知目標の目標20(資源動員関係)の達成に向けた進捗状況を評価することや、2020年(平成32年)までの各締約国会議において当該目標の達成状況に関する評価を継続することが決まりました。
イ 資金メカニズム
生物多様性条約の資金メカニズムである地球環境ファシリティ(GEF)に対し、生物多様性の分野における今後の資金ニーズに関する専門家チームの評価報告書を、次回の増資において精査するよう強く要請することが決まりました。我が国がその設立を主導した名古屋議定書実施基金については、第5次増資期間(2014年(平成26年)6月まで)は各国から拠出された資金のすべてが支出されるまで運用されることや、COP12においてそれ以降の取扱を決定することとなりました。
ウ 遺伝資源へのアクセスと利益配分に関する名古屋議定書
名古屋議定書政府間委員会の第3回会合(ICNP3)の開催、多数国間の利益配分の仕組み(第10条)に関する広範囲な意見照会の実施とその結果のICNP3への提出、第1回締約国会議までの情報交換センターの開発に関する作業計画の承認、能力開発に係る戦略枠組み作成に関する専門家会合の開催、議定書の遵守を促進するための手続及び制度の作成に関する議論のICNP3における継続などが決定されました。
また、環境省、生物多様性条約事務局及びEUが共催したサイドイベントなどの場において、議定書の締結や実施に向けた状況について、各国間で情報共有が行われました。
エ 海洋及び沿岸の生物多様性
「生態学的・生物学的に重要な海域(EBSA)」の基準を満たす海域を抽出した地域ワークショップの結果が報告されるとともに、その基準の適用はあくまで科学的・技術的観点からの試行であり、最終的なEBSAの特定及びその保全管理措置の選択は各国や権限のある政府間機関が行うということを前提として、上記報告を国連の国家管轄圏外海洋生物多様性アドホック非公式作業部会、各国、関係国際機関等に提出することが決まりました。
オ 生物多様性と気候変動
森林分野における気候変動の緩和に関する活動のリスクを減少させ、多様な便益の増加を意図した「生物多様性関連セーフガード」の適用における配慮事項に留意することや、REDD+(途上国における森林減少・劣化に由来する排出の削減等による温室効果ガス排出を削減する取組)による生物多様性への影響を評価するための指標の作成に向けて今後も作業を継続することが決まりました。また、COP10において採択された、気候変動の緩和及び適応に貢献しつつ生物多様性を保全、持続的に利用、復元する方法に関するガイダンスが再確認されました。
カ 持続可能な利用
ブッシュミート(野生動物の肉)の利用に関する小委員会の改正勧告が、「生物多様性の持続可能な利用に関するアディスアベバ原則・ガイドライン」を補足するものとして歓迎されました。また、我が国が提唱し、その実施を主導しているSATOYAMAイニシアティブについて、その貢献が確認されました。
キ 先住民の社会の伝統的知識の保存など(第8条(j)及び関連条項)
先住民の知識や伝統的な知識の還元のための優良事例ガイドラインを作成するための考慮事項を採択しました。また、生物資源の慣用的な利用に関する行動計画を作成することに合意しました。
ク IPBESとの連携
IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)に関しては、愛知目標の達成評価に貢献し、戦略計画の長期目標を達成するための政策オプションに関する情報を提供するための手法検討が要請されました。また、IPBESにおける手続及び作業計画の作成状況を考慮しつつ、IPBESとどのように協働すべきかに関する勧告を科学技術助言補助機関(SBSTTA)が作成し、COP12に提出することが決まりました。
ケ 2013年~2014年予算
我が国は生物多様性条約運営予算の最大の拠出国であり、義務的拠出金総額の約16%を負担しています。長引く世界経済停滞の影響により国家財政が極めて厳しい締約国がある中、COP10で採択された名古屋議定書の発効に向けて必要な費用を重点的に予算配分した結果、2013年(平成25年)予算は12,994,100米ドル、2014年(平成26年)予算は13,580,800米ドル(2か年合計26,574,900米ドル(前期比7.3%増))とすることが決定されました。我が国の分担金額は2か年合計で3,765,492米ドルとなります。
コ 各国における生物多様性国家戦略の策定状況
各国に対し、愛知目標達成に向けて戦略計画2011-2020に沿った生物多様性国家戦略の改定を要請することが決まりました。我が国からは、この趣旨に沿った国家戦略の改定を行ったこと、引き続き生物多様性日本基金を用いて途上国における生物多様性国家戦略の改定や実施支援を行うことを発表しました。
サ 国連生物多様性の10年、多様な主体の参加
愛知目標の達成に向け、多様な主体の参画による取組を着実に進めていくことの重要性を多くの国が言及しました。我が国からは国連生物多様性の10年日本委員会の取組、生物多様性民間参画パートナーシップや日本経団連の取組、生物多様性自治体ネットワークの取組などを紹介しました。
(ア)国連生物多様性の10年
国連生物多様性の10年(UNDB)の初年である2011年(平成23年)の活動に対する日本政府による支援への謝意が述べられるとともに、締約国会議が戦略計画2011-2020や愛知目標の達成に向けた「国連生物多様性の10年戦略」に留意し、締約国や利害関係者がUNDB関連の取組を行う際、「自然との共生」というメッセージの活用を招請することなどが決まりました。
(イ)ビジネスと生物多様性
締約国による条約・議定書の目的や先住民の権利とニーズに対する事業者の姿勢についての考慮や日本経団連生物多様性宣言に基づく行動指針とその手引き(改訂版)への留意等を含む、生物多様性の保全と持続可能な利用や愛知目標達成に向け、民間参画を促進することが決まりました。
(ウ)自治体と生物多様性
締約国等に対し、地方自治体等による生物多様性戦略計画及び行動計画の発展・強化及び主流化のためのガイドライン及び能力開発の機会の提供を招請する決定が採択されました。なお、併行して10月15日~16日に地方自治体による生物多様性サミットが開催され、我が国から大村愛知県知事や河村名古屋市長らが参加し、地方の生物多様性戦略計画及び行動計画の策定過程における中央政府との協働などを含むハイデラバード宣言が合意されました。
ア 生物多様性日本基金
「生物多様性日本基金」は、愛知目標の達成に向けて、途上国の能力養成を支援することを目的とし、我が国が提唱していた「いのちの共生イニシアティブ」の一環として設立されたものです。基金は、生物多様性条約事務局内に創設され、我が国から2010年度(平成22年度)及び2011年度(平成23年度)にあわせて50億円の拠出を行いました。
愛知目標を達成するためには、各締約国において愛知目標を踏まえた国別目標の設定を行い、生物多様性国家戦略に組み込んでいくことにより、国レベルで生物多様性関連施策を強化していくことが最も重要な課題となっています。このため生物多様性日本基金を活用し、主に途上国を対象として、生物多様性国家戦略の策定・改定作業を支援する能力養成事業が進められています。2011年(平成23年)3月から2012年(平成24年)7月までに、世界各地で地域別の能力養成ワークショップが計21回開催され、延べ約170カ国の締約国から700名以上の政府担当者が参加しました(図2-4-11)。
その他の事業としては、愛知目標達成や条約履行に向けて、EBSAの地域レベルでの特定をはじめとした科学技術関連の支援や、生物多様性及び生態系サービスの価値を国家戦略に統合するための地域ワークショップの開催等の支援を進めています。また、「国連生物多様性の10年」、ビジネスと生物多様性、貧困削減と開発についての取組や世界市民会議の開催に係る途上国支援も進めているほか、国連開発計画(UNDP)との協働プロジェクトであるSATOYAMAイニシアティブ推進プログラム(COMDEKS)に資金拠出しています。
生物多様性日本基金を活用した事業の成果については、条約事務局のウェブサイトやニュースレター等を通じて広報されており、COP10議長国としての日本の国際貢献が広く世界に発信されています。
イ 名古屋議定書実施基金
「名古屋議定書実施基金」は、名古屋議定書の早期発効や効果的実施を目的とし、2011年(平成23年)3月にGEFに設置されました。我が国は、COP10に際して本基金の構想について支援を表明し、平成23年4月に10億円を拠出しました。現在、パナマ、コロンビア、フィジー、及び広域30カ国の4件のプロジェクトが承認され、ABS国内制度の構築、遺伝子資源の保全や持続可能な利用における技術移転、民間セクターの参画推進、名古屋議定書批准促進等の活動が支援されています。
COP10で決定した愛知目標の達成状況を評価するため、2014年(平成26年)に韓国で開催される生物多様性条約第12回締約国会合(COP12)において愛知目標の進捗状況に関する国際的な中間評価が実施される予定です。これに先立ち、各締約国は第5回国別報告書を2014年(平成26年)3月末までに条約事務局に提出し、各国における生物多様性条約の実施状況や愛知目標の達成状況を報告することとなっています。また、第5回国別報告書と科学的知見に基づき、条約事務局では、地球規模生物多様性概況第4版(GBO4)を公表する予定です。
2012年(平成24年)4月に設立されたIPBESは、科学的評価、能力開発、知見生成、政策立案支援の4つの機能を柱とし、気候変動分野で同様の活動を進めるIPCCの例から、生物多様性版のIPCCと呼ばれることもあります。2013年(平成25年)1月に開催された第1回総会の結果、評価活動等を行うにあたって拠り所となる生物多様性、生態系サービス及び人間の営みとの相互関係等に関する概念枠組みを年内に策定することが決定されました。これを受け、我が国においても国内基盤を整備するなど、その本格稼働に向けて積極的に貢献する予定です。
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