自然環境・生物多様性
第65次南極地域観測隊同行日記8
第8回:自然保護官(レンジャー)、ペンギンに会う
2024年1月29日(月)
みなさまこんにちは。お元気にしていますか?
私は今、ペンギンの村にいます。
雪鳥沢から間を開けず、私は再びヘリコプターの中にいました。
今回の行き先はスカルブスネスと呼ばれる露岩帯。特に鳥の巣湾と呼ばれる岩場はアデリーペンギンのルッカリー(営巣地)として知られています。
ここでの主なミッションはペンギン調査チームへの同行、そして活動その7「南極大陸における鳥インフルエンザ発生を想定した対応検討の事前調査」です。
鳥インフルエンザは近年日本でも猛威をふるっており、家きんのみでなく希少鳥類への感染も報告されています。
南極大陸では未だ鳥インフルエンザは確認されていませんが、亜南極と呼ばれる地域では既に確認されており、南極大陸への侵入は時間の問題だろうと予測されています。
今後、南極大陸に鳥インフルエンザが侵入したとき、環境省として何ができるのか。自然保護官(レンジャー)はそれを調べに行きました。
鳥の巣湾のルッカリーに到着し見渡したところ、明らかに様子のおかしいペンギンなどはいませんでした。
まずはひと安心です。
改めてルッカリーを見ると、ペンギンたちは小石を集めた巣の上で概ね1~2羽の雛を温めています。
ペンギン調査チームはここでペンギン達をそれぞれ個体識別したり、カメラやロガーを使って行動を調べているそうです。彼らが言うには、ここには概ね130つがいが集まっているとのこと。アデリーペンギンは多いところでは数千羽のルッカリーになることもあると聞きますので、ここ鳥の巣湾は規模でいえばペンギン村といったところでしょうか。
ペンギン村はいつも騒がしいです。今も巣を間違えた雛鳥が家主にどやされています。
そうかと思えば、漁から帰ってきた親ペンギンに雛が餌をねだっています。親鳥はひと通り雛に餌を与えると役割交代。今度は今まで温めていた方の親鳥が漁に出ます。
雛鳥も食べ盛り育ち盛りで親鳥は大忙しです。さすがにお疲れなのか、雛鳥の相手もそこそこにぐでりーペンギンになっている姿もちらほら。
しかしいつまでも気を抜いているわけにはいきません。楽しい騒ぎだけではなく、雛鳥を狙う捕食者の姿もあるのです。
そう、オオトウゾクカモメです。
親ペンギンは雛を奪われまいと常にオオトウゾクカモメに対して目を光らせています。
しかしオオトウゾクカモメも負けじとルッカリーの周りを飛び回り、親鳥が目を離した隙を狙って雛鳥に襲いかかります。
私達がルッカリーを離れる直前、ついにオオトウゾクカモメは一羽の雛を捕らえました。
実は、自然保護官(レンジャー)の今回のミッションの中に「日本で詳細な分析を行うため、アデリーペンギンの新鮮な死亡個体をサンプリングする」というものがあります。目の前の雛鳥は今しがた餌食になったばかり。新鮮な個体であり、これを奪えばミッションクリアです。
……しかしその雛をサンプリングしませんでした。オオトウゾクカモメとて子育て中であり、次いつ餌にありつけるかわからない身です。
彼らが懸命に捕らえた獲物、南極の自然において何物でもない人間が横取りするわけにはいきません。
南極で紡がれる生き物の繋がり。その片鱗を感じながら、私たちは鳥の巣湾を後にしました。