自然環境・生物多様性
第65次南極地域観測隊同行日記7
第7回:自然保護官(レンジャー)、雪鳥沢を調べる
2024年1月19日(金)
みなさまこんにちは。お元気にしていますか?
私は今、谷の底を歩いています。
年明け早々から、私たちは再びラングホブデ方面へ向かいました。
向かう先は氷河ではなく雪鳥沢と呼ばれる谷で、日本が管理する唯一の南極特別保護地区でもあります。
南極特別保護地区とは、南極条約の環境保護議定書に基づき国際的に指定されるもので、南極史跡記念物が主に文化的なものを対象として指定されることに対して、こちらは環境上や科学上の価値などを保護するために指定されます。現在、南極では70カ所を超える特別保護地区があり、雪鳥沢は第41南極特別保護地区に指定されています。
自然保護官(レンジャー)はここで、同行日記4で挙げていた活動のその3:南極特別保護地区(ラングホブデの雪鳥沢)の確認として(第65次南極地域観測隊同行日記4 参照)、この保護区の自然に大きな変化が起きていないか、管理計画書のとおり保護管理が行われているかを調査するのです。
<丘の上から雪鳥沢を望む>
なぜこの谷が特別保護地区なのでしょうか。名前のとおりユキドリの繁殖地であることももちろんありますが、それに加えて地衣類やコケ植物の群生地であることも重要なのです。
南極大陸はそのほとんどが氷に覆われており、動植物が生息するには過酷な環境です。数少ない地面が見える場所は露岩帯と呼ばれていますが、やはり栄養に乏しく植物や地衣類の生息は限定的です。
しかしここ雪鳥沢は数千羽ともいわれるユキドリの集団営巣地。ユキドリをはじめとした海鳥の排泄物や死骸が有機物となり、氷河の雪解け水を伝って植物の栄養となることで比較的豊かな陸上生態系が育まれています。
<海上を飛ぶユキドリ>
<地面を覆うコケ植物など>
日本では管理の一環として1984年から、国立極地研究所が地衣類やコケ植物をはじめとした陸域生態系変動のモニタリングを実施しています。
今回も担当隊員がモニタリングを行っておりました。
調査内容は様々で、例を挙げると以下の写真のように地面や岩場などに設置されたコドラートによって地衣類やコケ植物などの調査を行ったり、観測装置を設置して気象データを記録したりしています。
<コドラート>
<気象観測装置>
私は植物や地衣類の専門家ではないので、ここに生えているコケ植物や地衣類がどんな名前で、どのような特徴があるのかはわかりません。実際、今ここで見ているコケは小学校の裏庭で繁茂するコケと同じように見えてしまいます。
また今回は繁殖シーズンから少しズレていたため、ユキドリの営巣する様子を観察することもできませんでした。
では自然保護官(レンジャー)は、雪鳥沢の自然と価値を確認できなかったのでしょうか。
もちろんそうは思いません。雪鳥沢の価値はユキドリの数だけではなく、またコケ植物や地衣類の数だけで表すものでもないのでしょう。
海の中の栄養がオキアミや魚類となり、ユキドリを通して海から陸へ運ばれる。そして雪解け水を通してユキドリからコケ類や地衣類へ伝わる。この一連の流れ。厳しい南極の環境にあってなお陸と海が繋る場所であること。これがこの雪鳥沢の価値ではないかと感じました。
<氷河の雪代水>
陸と海の繋がりは知床世界自然遺産をはじめとした様々な場所で、その自然を説明する上での重要なテーマに据えられています。
その普遍的な価値は、数千キロ離れたこの南極大陸においても変わることはありませんでした。
<上空を飛ぶユキドリ>