自然環境・生物多様性

新たな世界自然遺産候補地の考え方に係る懇談会 | 第3回概要

日時

2012年10月23日(火)10:00~12:20

場所

経済産業省別館1020号会議室

出席委員等(敬称略)

(1)委員
岩槻 邦男 (兵庫県立 人と自然の博物館 館長)
大河内 勇 (独立行政法人 森林総合研究所 理事)
太田 英利 (兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 教授)
小泉 武栄 (国立大学法人 東京学芸大学 教授)
橋本 佳延 (兵庫県立 人と自然の博物館 主任研究員)
吉田 正人 (国立大学法人 筑波大学大学院 准教授)
(2)ゲストスピーカー
立澤 史郎(北海道大学大学院文学研究科 助教)
則久 雅司(鹿児島県環境林務部自然保護課長)

議題

  1. (1)日本の世界自然遺産地域のうち屋久島の保全管理の状況及び課題について
  2. (2)世界自然遺産地域における成果と今後求められる保全管理について
    (知床、白神山地、小笠原諸島、屋久島の保全管理の状況及び課題を踏まえた検討)
  3. (3)その他

概要

(1)日本の世界自然遺産地域のうち屋久島の保全管理の状況及び課題についての報告

  • 則久 鹿児島県環境林務部自然保護課長
    • バブル期に屋久島の地域振興が大きな課題であった。鹿児島県では、自然に根ざした暮らしの中に将来のモデルがあるとの観点から、「屋久島環境文化村構想」を平成4年に策定。この議論の過程で、世界遺産登録が提言された。
    • 平成7年に国の機関及び県を構成員として地域連絡会議が発足し、平成14年には(現)屋久島町が加わった。しかし、現在でも民間団体等は加わっていないことから、地域の方々と対話をする場ではなく、管理機関の事務局会議にとどまっている。
    • 遺産登録後、観光客が10万人にまで増加。ここまでの増加は誰も想定していなかった。その半数以上は縄文杉登山を目的としており、利用集中が深刻化。縄文杉への登山者は遺産登録時の推定1万人から、20年間で8倍に増加。平成19・20年頃から、何とかしなければならないという地元の機運が出てきている。
    • オーバーユースによって登山道の荒廃等が進む中、山岳部利用対策協議会では、環境保全対策として登山道やトイレなどの施設整備、渋滞緩和のためのシャトルバス運行などを行ってきた。しかし、利用者の増加に対して施設整備だけで対応してきたため、施設整備による利用環境の向上が、結果的に観光利用者のさらなる増加をもたらしたとの指摘もある。
    • 平成21年に屋久島町でエコツーリズム推進協議会を新たに立ち上げ、利用人数の制限について議論し全体構想を作成したが、それに基づき作成された条例案は、島の観光が縄文杉登山に依存している中で地域経済に与える影響が大きい、との懸念から町議会で否決された。
    • 屋久島は世界遺産登録以降1.3万人台で人口を維持しており、遺産登録により過疎化に歯止め。登録前後でガイド数は8倍に増加しており、遺産登録が地域経済に与えた効果は大きい。
    • 遺産登録後は、環境文化村構想が当初目指していた地域固有の文化、「環境文化」に根差した地域づくりではなく、世界遺産の観光地としてのブランド力に依存した地域振興にシフトしてしまった。
    • 遺産登録によって、関係行政機関、環境省、林野庁の連携が進んだことが、保全管理上非常に大きな成果。
    • 地元住民は、遺産登録を概ね好意的に受け止める一方で、公的機関に対しては、遺産登録後の自然環境悪化を放置しているとの不信感を持っている。また、自然環境を守るために島民が主体的に取り組まなければならないという意識が高い。
    • 住民の意見を遺産管理に取り入れるシステムがない。住民は主体的に地域づくりに取り組む意識を持っているため、国や県と地元住民とのコミュニケーションの向上が今後の課題。一方で、地域が望むことがすべて正しいわけではないため、その調整が大きな課題。
    • 遺産区域だけでなく、周辺地域を含めた管理や計画が必要。
    • シカの捕獲数は増加しているが、遺産区域内でほとんど捕獲されておらず、農業被害発生場所での捕獲が中心。島全体としてどのように捕獲していくかが課題。
  • 立澤 屋久島世界遺産地域科学委員会委員
    • 屋久島は、垂直分布とヤクスギ原始林が評価されて遺産登録された。
    • 遺産地域の西側で垂直分布が見られるが、利用者やシカの影響で、鬱蒼とした森が明るい森に変化。利用者への対策は、環境省のガイド講習会による普及啓発が進められている。シカへの対策が課題。
    • ヤクスギの巨木が寿命等により樹勢が低下。また、屋久島と種子島の固有種であるヤクタネゴヨウの立ち枯れが目立つ。
    • 屋久島は低地部で種の多様性が非常に高いが、その低地部でシカが増加しつつあることが判明。遺産地域である島の中心部だけでなく、島全体の対策を検討する必要がある。
    • 島民が継続的に精度の高いシカの分布調査を実施しており、こうした調査が科学委員会での検討を下支えしている。
    • シカは、1970年頃に数が減少したため、捕獲が禁止された。その後も有害鳥獣捕獲は行われていた。近視眼的には、1998年を境に国有林内でシカの有害鳥獣捕獲が基本的に行われなくなったことが、爆発的な増加につながった可能性。
    • シカを低密度化するためには、国有林内での捕獲と、照葉樹天然林の再生によるシカの分散化の2点を、短期的、長期的対策として考えなければならない。
    • ヤクシカ捕獲に関しては、土地管理が複雑な中での合意形成や、以前はシカを食物資源としていた島民にどのように関わってもらうかが課題。
    • 島民アンケートでシカの駆除に賛成の意見が非常に多かったことから、関係者の合意形成の場として、島民が自主的に「生物多様性保全協議会」(研究ベース)を、屋久島町が「野生動物保護管理ミーティング」(行政実務調整)を設置した。これらが存在したことで、その後、科学委員会がスムーズにスタートできた経緯がある。
    • 屋久島の国有林全体の管理方針に関する議論には、科学委員会が余り関与しておらず、情報共有ができていない。国有林でのシカの増加をどうするかという議論が必要。
    • シカの捕獲状況について実施機関間で情報が共有出来ていない。一元的な窓口が必要。
    • 科学委員会と地域連絡会議に地元関係団体が参加しておらず、町や島民主体で行っているボトムアップの活動と、科学委員会や連絡会議でのトップダウンの議論がかみ合っていない。
    • シカの管理や生物多様性などの管理についての研究者、実務者、各機関の取組を総合的に調整するポストが必要。

質疑・応答

  • 屋久島の新しい管理計画はヤクシカの管理や登山道については進展が見られるが、遺産地域周辺を対象にしていない。遺産地域の周辺にバッファゾーンを設定すること、島全体をトランジションエリアとするようなユネスコエコパークの考え方を融合させていく方向性が必要だと思うが、そのような考えはあるか。
  • (則久課長)管理機関や管理区域に関わらず、影響が及ぶ範囲全体を対象としたマネジメントをすることがいずれは必要だと考える。
  • 屋久島の場合は、科学的な知見が蓄積されているにも関わらず、科学委員会と地域連絡会議の繋がりが弱く、それが現在の状況を招いていると思われる。
  • 小笠原諸島では、以前、ムニンノボタンの最後の一株が観光の影響で枯れた。別の場所でも見つかったので種としては絶滅しなかったが、このようなことがあるので、コアエリアの制限は当然必要である。屋久島でも、縄文杉が枯れたら皆それが判ると思うが、それを阻止するのが科学委員会の責務である。
  • 環境文化村構想において議論・実践されていることの効果について、島民全体にどれぐらい浸透しているのか。また、環境文化財団はどのような役割を果たしているのか。
  • (則久課長)環境文化村構想では、自然と共生する暮らしをテーマに環境学習を進めるはずだったが、遺産登録されてから観光振興に流れてしまった。住民からは、環境文化財団が何をしているのかわからないとの批判もある。3年程前から、財団のコーディネートにより各集落での里のエコツアーが開始されたり、屋久島独特の「岳参り」がガイドやIターンの観光関係者等も関わり復活するなど、屋久島の「環境文化」の再興の取組が始まっている。
  • 研究者や市民レベルの活動による知見の蓄積が、管理に十分活かされていない。

(2)世界自然遺産地域における成果と今後求められる保全管理について(知床、白神山地、小笠原諸島、屋久島の保全管理の状況及び課題を踏まえた検討)

意見交換

  • 世界遺産は、人類共通の財産である遺産を保存することが始まりであり、その点を意識すべき。
  • 白神山地では、登録によって、その地域の持つ価値が見直され、その価値が広く知られるようになったことは成果。屋久島では、地域で岳参りという伝統文化を見直す動きが出てきたことは今後プラスになると考える。
  • 屋久島では、利用制限の導入等への反発があるが、そのようになった理由の分析が大事。また、利用を分散するためには、縄文杉以外の屋久島の魅力をビジターセンター等で発信していくことが必要。
  • 生物多様性条約の愛知目標11の保護地域の目標に、世界遺産をどのように位置づけるかという点も重要。世界遺産は今後闇雲に増やせるものではないと考えるが、「奄美・琉球諸島」は、推薦すべき。
  • 遺産地域は、その他の国立・国定公園、自然環境保全地域の管理のモデルとなるべき。
  • 遺産地域を核として、その他の制度で周囲の保護地域を結ぶなど、遺産地域が島のように孤立しないようにすることが必要。
  • 遺産登録を希望する地域に対してどのように対応していくのかを考えることが必要。IUCNは生物多様性保全上、生物地理学上のギャップを積極的に埋めていくとの方向を示している。そのためには、アジア全体等広い視点で世界遺産リストを考えることも必要ではないか。
  • アジア版の遺産ネットワークなど世界遺産に次ぐ制度があれば、遺産登録を希望する地域の思いを別な形で受けとめられるのではないか。また、ユネスコエコパークやジオパーク、国立公園等との連携を考えていくべきである。
  • 自然遺産だけ厳重に守れば良いということではない。ラムサール湿地やユネスコエコパーク、ジオパーク、国立公園、森林生態系保護地域との関係を考え、保護地域全体の中で世界遺産をどう保全していくべきかを考えることが重要。
  • より良い管理のためには、科学者同士の連携、情報の共有の場が必要。
  • 科学的知見に基づく取組を、インタープリターやガイドを通して、地域住民や観光客に対してわかりやすく伝え、理解してもらう事が非常に大事。科学委員会とガイド等との間を橋渡しする地元密着型の研究者が存在することも重要。
  • 科学委員の役割は、発生した問題に助言をすれば良いという事ではなく、最新の知見を有し、常に危機意識を持って最善の管理方策を検討し、調整する事である。
  • 世界遺産はユネスコの最も大切なツールの1つ。ユネスコが何故設置されたのか、その理念が世界遺産にどう活かされているかということまで遡って考えることが必要。ユネスコ憲章の前文に、戦争は、政治や経済では止められないが、人が知的な成熟をすれば防ぐことが出来るとの理念があり、それが世界遺産を設定することの意味となっている。
  • 国内の世界自然遺産地域の比較をより積極的に行って、科学委員会間で情報を共有し、互いにブラッシュアップしていくとともに、ある程度の保全管理の標準型を作っていく必要がある。

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