地球環境・国際環境協力

気候の安定化に向けて直ちに行動を!- 科学者からの国民への緊急メッセージ -

平成19年2月2日

鈴木基之
中央環境審議会 会長
近藤洋輝
海洋研究開発機構 地球環境フロンティア研究センター特任研究員
須藤隆一
東北工業大学 環境情報工学科客員教授
住 明正
東京大学 サステイナビリティ学連携研究機構地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレクター・教授
    (IPCC第1作業部会 第8章代表執筆者)
高橋 潔
国立環境研究所 地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室 主任研究員
    (IPCC第2作業部会 第17章代表執筆者)
武内和彦
東京大学大学院 農学生命科学研究科教授
西岡秀三
国立環境研究所 理事
    (IPCC第2作業部会 第10章査読編集者)
野尻幸宏
国立環境研究所 地球環境研究センター 副センター長
    (IPCC第1作業部会 第5章代表執筆者)
橋本征二
国立環境研究所 循環型社会・廃棄物研究センター主任研究員
    (IPCC第3作業部会 第10章代表執筆者)
原沢英夫
国立環境研究所 社会環境システム研究領域長
    (IPCC第2作業部会 第10章総括代表執筆者)
松野太郎
海洋研究開発機構 地球環境フロンティア研究センター特任研究員
    (IPCC第1作業部会 第8章査読編集者)
三村信男
茨城大学 地球変動適応科学研究機関 機関長・教授
    (IPCC第2作業部会 第16章総括代表執筆者)
安岡善文
東京大学 生産技術研究所教授
山本良一
東京大学 生産技術研究所教授
渡辺正孝
慶應義塾大学 環境情報学部教授

国民のみなさまへ

 気候が急激に変化している。この気候変化が人為的温室効果ガス排出によるものであることは、科学的に疑う余地がない。このままの排出が続けば、人類の生存基盤である地球環境に多大な影響を与えることも明白である。
 このようなことに、科学者はこれまでも強い懸念を示してきたし、気候の安定化に向けた行動を各界に呼びかけてきた。科学の検証プロセスには多くの知見の集積を必要とするため、科学者の警告は慎重であったし、「低炭素社会」への転換に向けた社会の変革もなかなか進んでいない。その間に、気候の変化は見えないところで進行し、近年になって、それが顕在化した。気候システムには慣性があり、さらに悪化してから手を打ったのでは安定化は極めて困難である。今回発表された、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書では、気候変化における人為的原因が再確認され、同時に、地球規模での雪氷圏における変化などは予想以上に速く進みつつあることが確認された。さらに、このままのペースで排出を続けると、人類はこれまで経験したことのない温暖化した時代に突入する。限りある自然の吸収力を考えると、温室効果ガスの排出を現在の半分以下にまで削減しないと気候は安定化しない。
 気候変動による悪影響が危険なレベルを越えないためには、温室効果ガスの削減を直ちに開始せねばならない。科学の結果を直視し、気候の安定化に向けて、国民が一体となって「低炭素社会」の実現に向けて行動し、世界が共に行動を開始することをより強く呼びかけていくべき時が来ている。このことを、気候変化を研究する科学者として再び強く訴えたい。

1. IPCC第4次評価報告書 第1作業部会報告書に基づく主要な科学的な認識

 パリにおいてIPCC第4次評価報告書第1作業部会が終了し、以下の科学的認識が共有された。

1) 加速する温暖化と顕在化する影響

 今回発表されたIPCC第4次評価報告書で、過去100年での地上平均気温の上昇が、0.74℃であることが明らかにされた。1850年以降の温暖な年上位12年のうちの11年がここ12年に生じており、そのことから温暖化は年々加速していることがわかる。また、地球の貯熱量の増加は主として海水温度の上昇として認められ、海面水位は海水の膨張も原因となって20世紀中に約17cm上昇した。さらに、北極海の海氷面積は近年急速に減少し、永久凍土の融解も進んでいる。最近の詳細な観測によりグリーンランド氷床の融解が確認され、地球が温暖化していることには疑う余地がない。
 温暖化や大気中の水蒸気の増加とともに、集中豪雨が世界的に増加する一方、干ばつの影響を受ける地域も増加しつつある。そして、熱帯低気圧(特に北大西洋のハリケーン)の強度が増加していることが示唆されている。

2) 人為的な影響は明らか

 第3次評価報告書以降、人間の活動が気候に与える影響についての理解が一層深まった。20世紀半ば以降に観測された地球温暖化は、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い。この50年の世界的な気候変化が、自然の変動だけで引き起こされた可能性は極めて低い。

3) このままの排出の継続は危機的状況を生む

 温暖化が進行すると、地球の気候の不安定さが大きくなり、異常気象の頻度が増加する。IPCCで検討した将来予測のうち、引き続き化石燃料に依存しつつ、高い経済成長を目指す社会が続くならば、今世紀末には、平均気温の上昇は、4.0℃(2.4~6.4℃)に達すると予測されている。21世紀中に大規模かつ急激な変化が起こる可能性はかなり低いものの、温暖化の進行によって、大西洋の深層循環が弱まる可能性がかなり高い。さらに、多くの研究によると、気候変化がさらなる温室効果ガスの排出を招くという悪循環が生じることも示唆されている。また、このような温暖な気候が数千年続くと、グリーンランドの氷は最終的には消滅してしまい海面水位を7m上昇させるだろう。

2.人類と地球の共存

 IPCCの報告書で示されたこのような知見を踏まえると、温暖化が人間社会に及ぼす影響は重大である。
 この100年間における0.74℃の気温上昇が全世界で様々な影響を与えたことに鑑みれば、現在と同レベルの排出を続けることの危険性は明らかであろう。地球上の各地の生態系は、こうした急激な変化に順応することができず、死滅のリスクにさらされる生物種が増える。大規模な水不足、農業への打撃、感染症の増加、自然災害の激化など様々な悪影響が複合的に生じるおそれが強い。このような事態は人類生存の危機であり、そうした未来を子どもたちに残してはいけない。
 なぜ、こうした事態が起こってしまったのか。それは、二酸化炭素の排出量が自然の吸収量を大きく越えているためである。人類が化石燃料の消費によって毎年排出する二酸化炭素の量は約70億炭素トンであり、今後さらに増加すると予測されている。一方、自然界が1年間に吸収できる二酸化炭素の量には限りがあり、人為的な排出量のうち約30億炭素トンにとどまると推定されている。気候を安定化させ、悪影響の拡大を防ぐには、人類全体が排出する温室効果ガスの量と吸収量をバランスさせる必要がある。さらに、温暖化が誘発する自然界からの追加的温室効果ガス放出の可能性まで考慮すると、それ以上の排出削減が必要となる。
 21世紀は「低炭素社会」への転換の時代にしなければならない。特に、途上国と比べると、現在1人当たり数倍の排出を行っている日本を含む先進国は、率先して現在の排出レベルを大幅に削減する必要がある。「低炭素社会」の実現には、国民の意識改革と経済・社会制度の大きな変革を必要とする。京都議定書で約束した6%の削減の達成は、「低炭素社会」の実現に向けたほんの最初の一歩である。
 また、削減には時間がかかり、当面温暖化の進行は不可避であるから(IPCCでは2030年まではシナリオによらず10年につき0.2℃の温度上昇を予測している。)、同時に、温暖化による悪影響の全てを防ぐことは難しいため、それに対する適応策についても、準備を開始すべきである。

3.子どもたちの未来を守るため、今こそ行動を開始すべき時

 温暖化は、私たち市民の予想を遙かに超えるスピードで進行しつつある。その影響も顕在化しつつある。もはや根拠なく科学的な知見の不十分さを口実に対応を躊躇する時ではない。温室効果ガスの大幅な削減という大きな課題に向けて、直ちに行動を開始する必要がある。
 温暖化防止の鍵は、私たち自身が握っている。私たちは、消費者であり、生産者であり、教育者であり、納税者でもある。また、政策決定プロセスへの参加など、あらゆる場面で温暖化防止の意思表示を行うことができる。それらの集積が、産業や政府を動かし、「低炭素社会」へ向けて日本を変えていくのである。
 産業は、生産活動を通じて温室効果ガスを削減するだけではなく、製品やサービスの改善によって温室効果ガスの削減に貢献することができる。温室効果ガスの低減は重要な社会的使命であり、「低炭素社会」の実現のために長期的な視野に立った投資を行うべきである。
 政府は、「低炭素社会の実現」を国家目標として明確に位置づけ、さらなる削減に向けたリーダーシップをとり、温室効果ガスの削減の実効性をより高める政策措置を導入すべきである。そのため、できる限り早期に長期政策目標を樹立し、「低炭素社会の実現」に向けたロードマップを策定することを政府に求める。
 都道府県及び市町村も、「低炭素社会の実現」に向けて、同様に大きな責務があり、積極的な対応をすべきである。
 また、京都議定書の第1約束期間が終わる2013年以降の国際的な温暖化対策については、温室効果ガスの主要な排出国である米国をはじめ、中国、インド等も実質的に削減に参加する枠組ができるように、我が国がリーダーシップを発揮すべきである。併せて、国際的・国内的に公平な環境を確保し、温室効果ガスの削減に努力する企業が報われる社会・経済システムを構築すべきである。
 世界に先駆け「低炭素社会の実現」という目標を共有し、私たち国民ひとりひとりが、自分の生活を見直し、温室効果ガスの低減のために何ができるか考え行動することを改めて呼びかけたい。今、行動を開始すれば、子どもたちと人類の未来を守ることができる。

(以上)