保健・化学物質対策

報告書

1.調査の概要

(1)環境調査

1)対象地域のメッシュごとの背景濃度

 地域の人口集団が暴露されている大気汚染物質の濃度を地点ごとにある程度の精度で推定することを目的として、全国規模で整備されている一般環境大気測定局のうち対象地域及びその周辺の一般環境大気測定局におけるNO2、NOX、SO2及びSPMの年平均値を3歳児が生後生活したと考えられる平成7~9年の3ヶ年について測定局ごとに平均し、その値及び3次メッシュ(行政管理庁告示に基づく標準地域メッシュシステムで定義されたもので、経度差45秒、緯度差30秒の区画。概ね1km四方であることから、1kmメッシュとも呼ばれる。)単位で同定した測定局の位置を基に濃度の補間計算を行い、対象地域内のメッシュごとの背景濃度を推定した。
 これにより、地域人口集団の全般的な健康状態との関連を見る上で、過去の調査等に比べても、より有益な情報が得られることが期待される。

2)対象者別背景濃度

 次に調査対象者の住所から対象者の住居を含む3次メッシュを特定し、該当するメッシュの背景濃度を対象者一人一人に割り当てる。(下図参照)

図:地理情報処理の概念
図 地理情報処理の概念


3)調査対象地域ごとの対象者別背景濃度平均値

 1)で求めた対象者別背景濃度を調査対象地域ごとに集計して調査対象地域ごとの対象者の背景濃度の平均値を求める。(各メッシュの背景濃度に対して各メッシュに含まれる対象者の数で重みをつけた加重平均値となる。)

(2)健康調査

1)調査方法

 健康調査は、対象地区の大気汚染に継続的に暴露されている集団として、大気汚染に対する影響を受けやすい、統計的解析に堪えるだけのサンプル数が安定的に確保できる、大気汚染の健康影響をみる必要上、喫煙の有無、職業性暴露、病歴等の交絡因子をなるべく避ける、継続的に実施する上での障害が少ない等の視点から、対象人口集団に3歳児を選び、調査方法は質問票調査方式とした。
 質問票による調査は、自治体に委託し、原則として、調査対象者である調査対象地域在住の3歳児の家庭に3歳児健康診査対象者名簿により3歳児健診の通知とともに調査票を送付し、対象者の保護者が記入した記入済み調査票を3歳児健診の際に回収することにより行う。調査票は、大気汚染に係る疫学調査で広く使用されているATS-DLD呼吸器症状標準質問票をもとに作成された環境庁版ATS質問票を参考に、調査協力者の負担を極力減らすべく簡略化した質問票を作成し、平成6、7年度に実施した実際の3歳児健診の機会を利用した質問票調査方式による試行調査により、疾病の有無に症状に関する質問を加える、環境調査とのマッチングを行うため住所の記載を追加する、などの改良を行ったものである。
 回収された調査票の記入内容は、磁気情報として各自治体において入力され、データの論理的な矛盾を検出するデータチェックを各自治体で行い、原票との照合を行い必要な訂正を終えたデータが環境庁に提出される。
 なお、原票と照合した結果、原票の記入自体に矛盾があった場合は原票の記入のままとし、当該記入項目は集計の時点で無効データとして取り扱う。

2)集計項目

[1]属性

対象者の性別、調査記入者と対象者の続柄、昼間の保育者、生後3ヶ月までの栄養方法、居住歴、家屋構造、ペットの種類、暖房方法、同居喫煙者等

[2]アレルギー素因

本人のアレルギー素因、親のアレルギー素因

[3]呼吸器症状

かぜひき回数5回以上、ぜん鳴、ぜん鳴(かぜなし)、ぜん息、ぜん息(2年以内)

(3)集計・解析

1)対象者別背景濃度区分ごとの呼吸器症状有症率

 大気汚染物質濃度と呼吸器症状有症率の関連性については、調査対象地域の全地域の対象者別背景濃度を濃度区分(NO2:5ppb刻み、NOX:10ppb刻み、SO2:5ppb刻み、SPM:5μg/m3刻み)ごとに呼吸器症状有症率の集計・検討を行う。
 ただし、NOXの70~79ppb、SO2の10~14ppbの濃度区分は該当する対象者が少ないため、それより1段階濃度の低い濃度区分と合わせて集計を行う。

2)調査対象地域ごとの対象者別背景濃度の平均値と呼吸器症状有症率

 個々の対象者について割り振られた大気汚染物質濃度を地域ごとに平均した値とその地域における呼吸器症状有症率について集計・解析を行った。

3)オッズ比による検討

 ぜん息有症率について、主要な属性等と大気汚染物質を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析を行う。

主要な属性等・・・
性別、家庭内喫煙、家屋構造、暖房器具、居住年数、
ペットの有無、アレルギー素因(本人)、
アレルギー素因(親)
大気汚染物質・・・
NO2、NOX、SO2及びSPM

環境保健サーベイランス調査検討委員会(◎:座長)

◎ 小野 雅司 国立環境研究所環境健康部環境疫学研究室室長
小田嶋 博 国立療養所南福岡病院小児科医長
島 正之 千葉大学医学部公衆衛生学教室助教授
田中 隆 信北九州市保健福祉局総合保健福祉センター主査
本田 靖 筑波大学体育科学系環境保健学研究室助教授
森口 祐一 国立環境研究所社会環境システム部資源管理研究室室長

 

2.調査結果の概要

本調査の結果を以下に示す。なお、図表の番号は報告書中のものとは異なる。

(1)対象者数及び回答率

 平成10年度3歳児健康調査の対象者数は81,905名、回答者数は69,285名で、回答率は84.6%であった。(各地域の回答率及び地域数:表1参照)

図:全36地域 回答率と地域数

(2)対象者別背景濃度区分ごとの呼吸器症状有症率

 対象者別背景濃度区分ごとの呼吸器症状有症率では、ぜん息のように、NO2、NOX、SPMの高い側の濃度区分で他の濃度区分と比べ高い有症率を示す濃度区分がみられるが、全濃度区分を通してみると、対象者別背景濃度ごとの有症率には一定の傾向はみられなかった。他の呼吸器症状及び汚染因子についても、全般的には対象者別背景濃度と有症率の間に一定の傾向はみられなかった。

図:NO2濃度別 ぜん息有症率 図:NOx濃度別 ぜん息有症率

図:SO2濃度別 ぜん息有症率 図:SPM濃度別 ぜん息有症率

(3)調査対象地域ごとの対象者別背景濃度平均値と呼吸器症状有症率

 すべての呼吸器症状有症率において、大気汚染物質濃度の上昇にともなう明らかな有症率の増加傾向はみられていないが、今後とも注意深く検証する必要がある。

背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 男児

図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 男児(NO2) 図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 男児(NOx)

図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 男児(SO2) 図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 男児(SPM)

背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 女児

図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 女児(NO2) 図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 女児(NO2)

図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 女児(SO2) 図:背景濃度とぜん息の調整有症率の相関 女児(SPM)

(4)オッズ比による検討

 性差(男児>女児,1.69)、母の家庭内喫煙(あり>なし,1.40~1.42)、本人のアレルギー素因(あり>なし,2.35)及び親のアレルギー素因(あり>なし,2.36~2.38)で比較的大きなオッズ比が観察されており、かつ、統計学的に有意(P<0.05)な結果が得られた。
 大気汚染物質ではNO210ppb増加あたり0.92、NOX10ppb増加あたり0.96、SO210ppb増加あたり0.55、SPM10μg/m3増加あたり0.96のオッズ比が観察され、SPM以外の大気汚染物質については統計学的に有意であったが、ぜん息有症率を上昇させる変動はみられなかった。

  • *:統計学的に有意(P<0.05)
NO2
  推定オッズ比 95%信頼区間(下限,上限)
NO2 10ppbあたり  0.92* (0.87, 0.97)
性別 男児  1.69* (1.56, 1.84)
女児 1.00  
家庭内喫煙 母  1.41* (1.25, 1.60)
母以外  1.11* (1.02, 1.21)
なし 1.00  
家屋構造 木造木枠  1.36* (1.06, 1.74)
木造サッシ 1.05 (0.97, 1.15)
鉄筋 1.00  
暖房器具 非排気 0.95 (0.88, 1.03)
排気・他 1.00  
居住年数 1年あたり  0.93* (0.88, 0.98)
ペットの有無 あり 1.09 (0.98, 1.21)
なし 1.00  
アレルギー素因
(本人)
あり  2.35* (2.17, 2.55)
なし 1.00  
アレルギー素因
(親)
あり  2.37* (2.17, 2.58)
なし 1.00  
NOX
  推定オッズ比 95%信頼区間(下限,上限)
NO2 10ppbあたり  0.96* (0.93, 0.99)
性別 男児  1.69* (1.56, 1.84)
女児 1.00  
家庭内喫煙 母  1.41* (1.25, 1.60)
母以外  1.11* (1.02, 1.21)
なし 1.00  
家屋構造 木造木枠  1.36* (1.06, 1.75)
木造サッシ 1.06 (0.97, 1.15)
鉄筋 1.00  
暖房器具 非排気 0.95 (0.88, 1.03)
排気・他 1.00  
居住年数 1年あたり  0.93* (0.88, 0.98)
ペットの有無 あり 1.09 (0.98, 1.21)
なし 1.00  
アレルギー素因
(本人)
あり  2.35* (2.16, 2.55)
なし 1.00  
アレルギー素因
(親)
あり  2.37* (2.17, 2.58)
なし 1.00  
  • *:統計学的に有意(P<0.05)
SO2
  推定オッズ比 95%信頼区間(下限,上限)
NO2 10ppbあたり  0.55* (0.42, 0.72)
性別 男児  1.69* (1.56, 1.84)
女児 1.00  
家庭内喫煙 母  1.42* (1.25, 1.61)
母以外   1.11* (1.02, 1.21)
なし 1.00  
家屋構造 木造木枠  1.36* (1.06, 1.75)
木造サッシ 1.06 (0.97, 1.15)
鉄筋 1.00  
暖房器具 非排気 0.96 (0.88, 1.04)
排気・他 1.00  
居住年数 1年あたり   0.93* (0.88, 0.98)
ペットの有無 あり 1.09 (0.98, 1.22)
なし 1.00  
アレルギー素因
(本人)
あり  2.35* (2.17, 2.56)
なし 1.00  
アレルギー素因
(親)
あり  2.38* (2.19, 2.60)
なし 1.00  
SPM
  推定オッズ比 95%信頼区間(下限,上限)
NO2 10ppbあたり 0.96 (0.92, 1.00)
性別 男児  1.69* (1.56, 1.84)
女児 1.00  
家庭内喫煙 母  1.40* (1.24, 1.59)
母以外  1.11* (1.02, 1.22)
なし 1.00  
家屋構造 木造木枠  1.38* (1.08, 1.77)
木造サッシ 1.07 (0.99, 1.17)
鉄筋 1.00  
暖房器具 非排気 0.96 (0.88, 1.04)
排気・他 1.00  
居住年数 1年あたり  0.93* (0.88, 0.98)
ペットの有無 あり 1.09 (0.98, 1.21)
なし 1.00  
アレルギー素因
(本人)
あり  2.35* (2.16, 2.55)
なし 1.00  
アレルギー素因
(親)
あり  2.36* (2.16, 2.57)
なし 1.00  
  • 注:各モデルとも、性、喫煙、家屋構造、暖房器具、居住年数、ペット、アレルギー素因に当該汚染物質1種を加えた説明変数で計算をおこなった。

(5)呼吸器症状有症率の経年変化

 呼吸器症状有症率(調査対象地域全体)については、平成9年度から大きな変化はみられなかった。
 各症状の有症率について地域別の変動をみると、いずれの呼吸器症状においても平成9年度調査に比べ増加している地域がみられる一方、減少している地域もあり、また、一部の地域を除き概ね小さかった。
 なお、呼吸器症状のうちぜん息有症率については、平成9年度と比較して一部の地域において1.5倍前後の増減がみられたことから、有症率に影響し得ると考えられる諸要因について調査・検討を行った。
 ぜん息有症率の増加(減少)がみられたこれら地域における大気汚染の状況に悪化(改善)の傾向はみられておらず、増加(減少)の原因を大気環境の変化ととらえることは困難である。なお、その他にも有症率を増加(減少)させるような地域特有の要因は見出し得なかった。
 また、インフルエンザなどの呼吸器系感染症の地域的な流行の影響も増加要因として否定し得ないと考えられたが、現在までに得られるデータの範囲では、要因として特定するには至らなかった。
 これらの地域的な変動についても、より長期の経年的データの蓄積により明らかになるものと考えられることから、今後の調査結果の推移を継続的に見守る必要がある。

平成9年度 平成10年度
かぜひき回数(5回以上) 24.37% 24.19%
ぜん鳴 15.06% 15.65%
ぜん鳴(かぜなし) 1.54% 1.71%
ぜん息 3.41% 3.63%
ぜん息(2年以内) 3.23% 3.44%
【大気汚染物質濃度】
NO2(ppb) 23 23
NOX(ppb) 40 40
SO2(ppb) 6 6
SPM(μg/m3) 38 38
表1 平成10年度環境保健サーベイランス調査対象地域
対象者数 回答数 回答率
1 八戸市 2,757 2,271 82.4%
2 盛岡市 4,163 3,807 91.4%
3 横手・大曲市 1,047 973 92.9%
4 佐野市 1,159 1,102 95.1%
5 草加市 2,340 1,898 81.1%
6 柏・我孫子市 4,141 3,462 83.6%
7 台東区 971 835 86.0%
8 墨田区 1,446 1,432 99.0%
9 中野区 1,483 1,173 79.1%
10 横浜市鶴見区 2,305 1,927 83.6%
11 川崎市幸区 1,152 887 77.0%
12 相模原市 6,347 5,383 84.8%
13 高岡市 1,528 1,417 92.7%
14 甲府市 1,695 1,347 79.5%
15 岐阜市 3,838 3,396 88.5%
16 大垣市 1,510 1,407 93.2%
17 名古屋市南区 1,226 1,042 85.0%
18 安城市 1,917 1,814 94.6%
19 東海市 1,090 1,031 94.6%
20 四日市市 2,996 2,803 93.6%
21 大阪市淀川・西淀川区 2,043 1,626 79.6%
22 堺市 895 750 83.8%
23 大東市 1,414 1,200 84.9%
24 神戸市兵庫区 723 584 80.8%
25 尼崎市 1,503 1,133 75.4%
26 西宮市 3,923 3,271 83.4%
27 芦屋市 632 517 81.8%
28 岡山市 5,925 4,332 73.1%
29 広島市安佐南区 2,200 1,824 82.9%
30 宇部・小野田市 2,058 1,747 84.9%
31 北九州市八幡西区 2,435 1,655 68.0%
32 島原市 1,056 977 92.5%
33 熊本市 3,864 3,458 89.5%
34 玉名市 996 905 90.9%
35 宮崎市 3,984 3,302 82.9%
36 那覇市 3,143 2,597 82.6%
  全体 81,905 69,285 84.6%

 

図:平成10年度環境保護サーベイランス調査対象地域