保健・化学物質対策

- 官民連携既存化学物質安全性情報収集・発信プログラム(Japanチャレンジプログラム)最終とりまとめ -

平成25年9月30日 厚生労働省
経済産業省
環境省

1.Japanチャレンジプログラムの概要

(1)Japanチャレンジプログラム開始までの経緯

 「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」は、PCBによる環境汚染問題を契機として昭和48年に制定された法律であり、新たに製造又は輸入される化学物質(新規化学物質)については事前審査を受けることが事業者に義務づけられた一方で、化審法公布の際、現に製造又は輸入が行われていた化学物質(既存化学物質)については事前審査の対象とせず、化審法制定時の国会の附帯決議において、国がそれらの安全性の点検を実施することとされた。
 以来、国は、既存化学物質の安全性点検やリスクの評価に関する施策を講じてきたところである。1990年代以降は、経済協力開発機構(OECD)を中心に、産業界を含めた国際協力によって高生産量(HPV: High Production Volume)化学物質の安全性情報を収集する取組を進めてきた。例えば、OECD/HPVプログラムは、HPV化学物質(OECD加盟国の少なくとも1カ国で1,000トン以上生産されている化学物質)についての安全性情報を収集し、その有害性に関する初期評価を行うものであるが、我が国はOECD/HPVプログラム発足当初から一貫してその推進に貢献し、事業者からも情報収集等への協力が行われてきた。さらに、平成10年からは、産業界もICCA(国際化学工業協会協議会)HPVイニシアティブとして安全性情報を取得・提供する活動を自発的に実施し、OECD/HPVプログラムに積極的に貢献してきた。
 さらに、平成15年の化審法改正の際には、厚生労働省、経済産業省及び環境省の合同審議会により、既存化学物質の安全性点検については産業界と国が連携して実施すべきであるとの提言が行われ、改正法案の国会審議においても、官民の連携による有害性評価の計画的推進を図ることとする附帯決議がなされた。これらを踏まえ、平成17年6月に、産業界と国が連携して既存化学物質の安全性情報の収集を加速し、広く国民に情報発信を行うための「官民連携既存化学物質安全性情報収集・発信プログラム」(通称:Japanチャレンジプログラム)が開始された。

(2)Japanチャレンジプログラムの概要

 Japanチャレンジプログラムは、既存化学物質から優先して安全情報を収集・発信すべき「優先情報収集対象物質」を選定して、それらについての安全性情報の収集及び発信を行う取組である。情報の収集に当たっては、産業界と国の連携により取り組むこととし、OECD等の海外の取組等による安全性情報の収集予定がない物質については、事業者の自発的意志によるスポンサー協力を求めて取組を進めた。スポンサーになった事業者は、OECDのSIDS(Screening Information Data Set)項目の安全性情報を収集し、国に提出し、国は、提出されたデータの信頼性評価等を行うとともに、既存化学物質に関するデータベースを構築して、事業者(スポンサー)から提出された情報を含め「優先情報収集対象物質」に関する安全性情報を一元的に管理し、インターネット等を活用して、広く国民に発信することを目指した。
 具体的には、645物質の有機化合物を優先情報収集対象物質としてリストアップし、このうち、海外のプログラム等で情報収集される予定であった520物質は国が海外情報を収集・公表することとし、それ以外の125物質について、産業界から情報収集を自ら実施するスポンサーとなる企業・団体を募集し、産業界と国が連携して安全性情報の収集・公表に取り組んだ。なお、優先情報収集対象物質としてリストアップされたもの以外の6物質についてもスポンサー登録があった。
 これまでの取組より、優先情報収集対象物質645物質とそれ以外でスポンサー登録のあった6物質を加えた合計651物質のうち、全体の約7割にあたる446物質について情報が収集され、公表されているあるいは公表予定となっている。特に、事業者の自発的な取組みにより67物質が試験の実施を含む情報収集が行われ、それが公表済みあるいは近日中に予定されており、多くの事業者からの理解と賛同のもと取組が進められてきたところである。

(3)化審法の改正による状況変化とJapanチャレンジプログラムの終了

 平成21年5月に、化審法が改正され、既存化学物質も対象としたすべての化学物質が同法の評価の対象とされ(平成23年度より全面施行)、用途別の出荷量や入手可能な有害性情報を用いて段階的にリスク評価を行う仕組みが導入された。その仕組みにおいては、1トン以上の製造・輸入を行った事業者等に製造・輸入・用途別出荷数量の届出が義務づけられるとともに、必要な有害性情報が不足している場合には、国が化学物質の製造・輸入を行う事業者等に対し、試験を実施するなどして有害性情報を提出するよう求めることができることとされた。
 このように、法律に基づいて、国がすべての既存化学物質のリスク評価を事業者の協力も得つつ実施する仕組みが平成23年4月から導入され、既に140物質が優先評価化学物質に指定されるなど、着実に進められつつある。こうした状況を踏まえ、既存化学物質の安全性情報の収集及び公表を目的としていたJapanチャレンジプログラムについては、平成24年度までで終了し、これまでの取組の成果を公表するとともに、化審法のスキームなどで活用していくこととする。

2.Japanチャレンジプログラムの成果

(1)事業者が情報収集を行うことが期待された化学物質(131物質)

 Japanチャレンジプログラムでは、事業者が情報収集を行うことが期待された化学物質は131物質あったが、そのうち67物質について、事業者の自発的な取組により、試験を含む安全性情報の収集が行われ、J-CHECK(Japan Chemicals Collaborative Knowledge Database)において公表(注1)されている(一部は今後公表予定)。なお、67物質の事業者の自発的な取組の一部においては、31のコンソーシアムが形成され、37物質に関して複数の企業が協力する形での情報収集が行われた。これらのコンソーシアム形成を通じて、より多くの企業の参加が促されたことから、結果としてスポンサー登録企業数及び対象物質数の増加に伴う情報収集物質数の増加に大きな役割を果たしたと考えられる。
 これとは別に、試験が行われたが現時点では公表に必要な調整が未了のものが5物質ある。
 残りの59物質については、スポンサー事業者からOECD/HPVプログラムへ情報提供等の貢献を通じて、Japanチャレンジプログラムの安全性情報収集相当の取組を行ったとみなせると判断できるもの(4物質)、OECD/HPVプログラム等において評価済又は評価予定であることから提出不要と判断されたもの(7物質)もあった。
 また、事業者の自発的な取組がなかったが、その中には、食品添加物(9物質)など既に知見が多いために改めて情報収集を行う意義が小さかったもの、国内事業が縮小してしまったもの、中間物又は閉鎖系で使用されている物質であるため低懸念と考えられるものなどが含まれていたことも、その理由の一つとして挙げられる。
 以上から、事業者が情報収集を行うことが期待された化学物質については、OECD/HPVプログラム等の状況や上記の理由による物質を除くと、約6割の物質において、事業者の自発的な取組により、試験を含む安全性情報の収集が行われ、公表されることとなった。

1 安全性情報の発信

Japanチャレンジプログラムにおける成果物(安全性情報収集計画書・安全性情報収集報告書、国による情報収集)については、J-CHECKにおいて公表している。また、取組の経緯・結果については、厚生労働省、経済産業省及び環境省のホームページに掲載している。

(2)国が情報収集を行うこととされた物質(520物質)

 Japanチャレンジプログラムで国が情報収集することになっている520物質のうち、379物質については、既に情報が収集されJ-CHECKにおいて公表されている(一部は今後公表予定)。残りの141物質は、OECD/HPVプログラムなどの海外機関での収集が取りやめられた又は海外機関で未だ収集が完了していないため、Japanチャレンジプログラムとして国が情報収集を行うことができなくなったものである。

図 優先情報収集対象物質等の成果について

3.Japanチャレンジプログラムの評価と今後の取組への示唆

(1)Japanチャレンジプログラムの評価

①事業者による有害性情報収集管理という企業「規範」の醸成に貢献

 Japanチャレンジプログラム開始当時は、化審法における既存化学物質の情報収集は主として国により実施されていた。しかしながら、国際的な取組とも相まって開始されたJapanチャレンジプログラムの企画・実施等を通じて、事業者の自主的な協力によって試験や情報収集が行われるという新しい官民連携の仕組みが導入され、化学物質の安全性情報の収集の加速化が図られた。
 事業者側の多大なコスト負担にもかかわらず、多くの事業者がJapanチャレンジプログラムの主旨に理解・賛同し、スポンサーとして長期間にわたる試験等の取組を完遂し、60以上もの化学物質の安全性情報が事業者の負担により取得され、それが公表に至ったことは、高く評価される。また、これら取組の実施過程を通じて、事業者が自ら有害性情報収集管理を行い、公表することが、化学工業のグローバル化を前提とした企業の「規範」の一つであるという認識が醸成されていったことも、Japanチャレンジプログラムの化学物質管理への大きな貢献として注目されるべきであろう。

②「官民連携」による既存化学物質の安全性情報の収集・情報発信の加速

 Japanチャレンジプログラムの特徴の一つは、従来国が行っていた安全性情報の収集・情報発信を、「官民連携」という仕掛けの下、加速することをねらいとしたことであろう。
 多くの事業者による協力を得て、当初選定した優先情報収集対象物質645物質とそれに加えてスポンサー登録のあった6物質のうち、全体の約7割にあたる446物質について安全性情報が収集され、安全性情報及び取組の経緯・結果についてはJ-CHECK並びに厚生労働省、経済産業省及び環境省のホームページにおいて公表されることとなった。このように、Japanチャレンジプログラムによって、我が国における既存化学物質の安全性情報の収集・情報発信が着実に前進したと言える。
 これらの情報は、SDS(安全性データシート)等を通じて事業者における化学物質の適切な管理に活用されるとともに、消費者等への情報提供にも活用されると期待される。

(2)今後の取組への示唆・課題

①化学物質の情報提供の在り方

 Japanチャレンジプログラムは平成24年度に終了し、今後、既存化学物質のリスク評価は化審法に基づき進められることになる。Japanチャレンジプログラムにおける官民連携が有効であったことを踏まえ、事業者は、国と従来以上に連携を図りつつ、安全性情報が不足している場合には、積極的に情報を収集するとともに、必要に応じ、試験を実施し、国を含めた関係者への情報の提供等を行い、さらに既存化学物質等のリスク評価及び安全性情報の充実・情報発信することが望まれる。産業界ではすでにGPS/JIPS(注2)でこれらの課題に取り組みつつある。
 他方、この取組を通じて得られた課題としては、化学物質の安全性に関する情報提供の難しさが挙げられる。この取組では、国が収集した情報はもとより、事業者等から得られた情報についても、国による信頼性の確認をした上で公表することを原則とし、国際的に利用されているSIDS項目を採用し、できるだけ詳細かつ正確な情報提供に努めた。これにより、既存化学物質の安全性情報に関するデータベースとしての役割を果たしたと言える。一方、特に一般の消費者など専門外の者、また、化学関係の業務に携わっていても専門分野が異なる者にとっては理解しづらいとの指摘もあった。
 化学物質の安全性情報は、サプライチェーン上の消費者までの化学物質を取り扱う者が、それを正しく理解し、適切な化学物質管理に活用される必要がある。SDS等における情報提供については、国際的物流が拡大する中、国際標準化を推進すべきとの意見もある一方、知識・経験、専門性、必要性等の異なるすべての者に対して一律に適切な情報提供を行うことは困難が伴う。化学物質の有害性情報に関する情報提供の在り方は、今後の化学物質管理においても引き続き課題であると言える。

2 GPS/JIPS
Global Product Strategy(グローバルプロダクト戦略)/Japan Initiative of Product Stewardship(ジャパンイニシアチブ オブ プロダクトスチュワードシップ)

JIPSはICCAが進めるGPSの日本における具体的な実施と位置づけ、2009年より日本化学工業協会(日化協)が取り組む化学品管理のための新たな自主活動であり、化学品をサプライチェーンで安全に管理し、その情報を一般に公開していく活動である。

②グローバル化への更なる積極的な対応の重要性

 経済活動のグローバル化が進展する中、化学製品についても国際貿易がますます拡大しており、同じ化学物質が世界中で流通している。こうしたことから、OECD/HPVプログラムに代表されるように、化学物質の安全性情報の収集についても、各国が協調して役割分担を図りつつ、効果的に進めることが重要である。
 Japanチャレンジプログラムにおいても、開始当初においてはOECDなどで評価予定のものを事業者に協力を求める化学物質のリストから外すなど、国際的な状況を勘案し対応を行ってきた。また、J-CHECKについては英語版のページも作成し、OECDの化学物質情報のポータルサイトであるeChemPortalにJ-CHECKを接続するなど国際的な情報発信についても積極的に努めてきた。他方で、Japanチャレンジプログラムに一旦スポンサーとして登録した事業者が、データ利用に関するEUのREACHに基づくコンソーシアムとの契約との関係で、Japanチャレンジプログラムのもとでのデータの提出にあたって困難に直面したケースもあり、国際連携の重要性を改めて認識した場面もあった。
 我が国としては、化学物質の安全性情報の収集・提供をより効果的に進めていくため、Japanチャレンジプログラムの経験を踏まえつつ、WSSD2020年目標に基づき、世界各国で化学物質の適切な管理に向けた取組が進められていることにも鑑みて、国際機関及び諸外国との連携を強化し、国際的に情報発信していくことが重要である。