保健・化学物質対策

「NHK総合テレビ 「ためしてガッテン」(2006年6月28日放送)の問題点」

1.全体的な問題点

  • 番組で取り上げられた個々の情報・話題についての問題点は後述するが、一部の情報や 意見のみを選び出して、相反する情報には触れずに番組全体の流れを作る手法は、マスメディアとして公正さを欠いており、日本放送協会番組基準第1章第5項「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかに公平に取り扱う」の規定に抵触する可能性があるばかりでなく、結果として同第11項「人心に恐怖や不安または不快の念を起こさせるような表現はしない」ことにも反し、視聴者の誤解を招き不安を煽りかねないと考えている。
    特に、環境省、厚生労働省や経済産業省及び産業界などでこれまで実施した研究成果を正当に評価することなく、未だ十分に科学的議論が尽くされていない研究・論文を紹介し、現に存在するそれらへの反論には触れないなど恣意的な番組構成がされていたように思われた。
  • SPEED'98において疑わしいとされた化学物質について、国と産業界は緊急的な安全性 点検を実施し、ヒトに対する影響はないことを確認した。一方で、科学的に未解明な点が多いとの検討結果を踏まえて、国は「作用メカニズム」、「自然界の観察と影響評価」、「合理的な試験法の開発」など、長期的な基礎研究が今後の課題であるとの認識に立ち新たな取り組み(ExTEND2005等)を立ち上げている。産業界としても独自の研究を進める一方、国際的な協力関係のもとでこの問題の解明に取り組んでいる。公共放送であるNHKとして、ただいたずらに視聴者を怖がらせることなく、国や産業界がこのような考えで新たな取り組みに入っていることをきちんと伝えることが必要と考える。
  • また、研究者の間でも論争が続いている問題であるにもかかわらず、番組の主要な論点で、環境省課長の発言を紹介した以降は、「環境ホルモン」は危険でありもっと研究を継続すべきとの研究者のコメントのみ紹介及び出演させ、現状ではそれほど危険視することなく冷静に対応すべきとする研究者を排除していたのは、貴協会の新放送ガイドラインで定める「番組ではさまざまな意見や見方を反映できるよう、出演者は幅広く選ぶ。」との取材・制作の基本姿勢に大いに反していた。
  • 最終的には、「環境ホルモン」問題を、(その作用のメカニズム等)「まだ良くわからない」ことにガッテンし、視聴者に対し『「環境ホルモン」作用が疑われるだけで、合成化学物質は未知なる危険性を持っているので排除されるべき』との結論を科学的な証明ぬきに誘導していた。「環境ホルモン」問題への対策として、なお一層の研究を進めるべきとしたのは産業界としても意見を共にするものであるが、取り敢えずの対応策として「予防原則」だけを強調したことには奇異な印象を受けざるを得なかった。

以下に「公正さを欠いている」と我々が思料する個別の問題点を例示する。


2.個別の問題点


(1) 環境生物に影響があった事例

  • 英国のローチ(魚類)への影響(メス化)については、最近の研究において、一部の地域を除いて、リー川などの英国河川で起きた現象の主因は「し尿由来の女性ホルモン」との研究成果が英国の環境庁や学者により出されている。これについては、昨年12月の環境省「化学物質の内分泌かく乱作用に関する国際シンポジウム」でも「下水処理場から排出された女性ホルモンが主たる原因物質」との講演がなされている。番組では、このことをまったく無視し、エアー川での紡績工場で羊毛洗浄に使用される界面活性剤由来のノニルフェノールとの因果関係の存在のみを取り上げているが、これについても、ノニルフェノールのホルモン様作用の程度は、し尿由来の女性ホルモンに比べ極めて微弱であるため、なおその主因については論争のあるところである。
  • 日本における同様の問題、例えば「ノニルフェノールの影響」と示唆した多摩川のコイのメス化の問題についても、その後の研究の成果で主因はし尿由来の女性ホルモンと判明している。貴協会としても、97年11月の多摩川のコイのメス化を前面に出した「NHKスペシャル」の放送により視聴者の不安を煽ったにもかかわらず、今回の番組で新たにわかった事実に全く触れなかった姿勢には大いに問題ありと考える。
  • ヒト(哺乳類)と魚類、爬虫類、貝とは、ホルモン系が異なり、番組で紹介したイボニシ等の事例をそのままヒトに当てはめることはできない。また、魚類は、環境条件や魚体の大きさによって性が転換する場合があることも周知の事実であり、単純に「精巣卵=内分泌かく乱作用の影響」ではないことの説明もすべきである。

(2) 環境省コメントに対して不安を煽るシナリオ

  • 「研究を始めてたった10年。これで結論を出してもいいのか」との趣旨の発言をタレントにさせていたが、「研究期間が短期であるから大きな成果は認められない」とした点は問題である。むしろ、いくつかの基礎データと個別化学物質のデータがそろい、国民の冷静な対応を可能にしたことを評価すべきと考える。
  • 番組に登場したタレントからの「細胞レベルで影響があった。ということは、細胞で できている人間の体に影響がないとはいえない」との不安に対し、科学的なフォローがなされなかった。ここでは、「細胞に影響がある物質が、そのまま(ヒトなどの)個体に影響を与えることはない」という環境省の説明を噛み砕いて視聴者へ知らせる必要があった。
    個体は細胞と異なり、体内に入った物質は代謝を受け排泄されてしまうケースが多いし、また個体には恒常性維持機能(ホメオスタシス)があり、多少のホルモン作用は体内で調整されてしまうことなど、番組では考慮すべき科学的な説明をしていない。

(3) 投与日による次世代への影響の違い(いわゆるwindow問題)

  • 番組で紹介された実験結果は、天然の女性ホルモンと同等以上の強いホルモン様作用を持つ人工女性ホルモンDESの投与実験のものと推察されるが、投与日の差による影響がでるという現象がすべての化学物質の曝露に当てはまるような誤解を誘導している。もともとDESは治療目的で使用された医薬品であり、環境中に高濃度で存在することは考えられないものである。

(4) 4世代試験でないと子孫への影響が分からないとした点

  • ワシントン州立大学の試験は、農薬の高濃度投与の実験であったにもかかわらず、あたかも微量(低用量)においても4世代にまで影響が持続するとの誤解を与えた。
  • 人が「動物実験と同様な高濃度」で暴露する可能性は通常の使用ではありえないことに全く触れておらず、有害性テストの結果のみで話題が進められていた。
  • 加えて、この論文が発表された同じ雑誌(同じ号)の中で、「この影響については一部に突然変異を持ったラットが混じっている可能性を排除できない」とする意見書も掲載されているなど、この試験で認められたという雄への影響が、通常の試験で評価されうる生殖毒性作用の範疇であるのか、内分泌かく乱作用として限定して検討すべき影響であるのかという点が明確にされていないなど、未だ十分に科学的議論が尽くされていない。このような論文を紹介する場合には、貴協会の新放送ガイドラインの「公正・公平」に照らしても、マスメディアとして、少なくとも同じ雑誌に掲載された違った見方の論文の紹介もするべきではなかっただろうか。

(5) 新たな2000物質の環境ホルモン候補

  • (株)医薬分子設計研究所が行ったコンピュータ・シミュレーション結果の紹介であり、単に構造類似性を根拠に抽出された数が2000物質というだけである。ただその構造が鍵穴に入り得るという条件を計算上満たしているに過ぎず、鍵穴に入り結合するか、また結合しても、「環境ホルモン」様作用の発現に至るとは限らないのであり、実際の評価においては、環境中の暴露の可能性等を含め評価対象物質が決定されるべきであるにもかかわらず、番組ではあたかも2000種に及ぶ「環境ホルモン」懸念物質が溢れていると強調し、いたずらに不安を煽るような表現となっていた。

(6) 5か国での精子数調査

  • 日本の男性の精子数が他の4か国(デンマーク、フランス、英国、フィンランド)に比べて約3割少ないとされたが、番組のウェブサイトに記されているように精子数は民族による影響や生活習慣による影響、遺伝子多型の影響もありえると専門家は考えている。しかるに放送においてはこの点に関する言及が一切なく、それを「精子数の変化=内分泌かく乱化学物質の影響の可能性」という一点に集約して話を進めていたのは、そもそも作為的であった。

(7) 複合影響

  • 引用元と推定される文献(hAdverse effects of environmental antiandrogens and androgens on reproductive development in mammals)に記載されているのは、「vinclozolin 15 mg/kg/day, procymidone、15 mg/kg/day, prochloraz 35 mg/kg/day, linuron 20 mg/kg/day, and BBP, DBP and DEHP at 150 mg/kg/dayという高用量投与群において「肛門生殖器口間距離」の変化が認められた。その影響はvinclozolin 100 mg/kg/ day相当のものであった」という内容。この現象は、dose-additive effectと述べられているとおり、「作用メカニズムの重なる物質の量が増えれば、しかるべき影響が発現する」ということであり、これは他の毒性エンドポイント(評価項目)にも共通する現象であって、内分泌かく乱作用に特化したものではない。これを複合影響と表現することで、単独投与では発現し得ない新たな性質の毒性を生じることが既に明確になっているような誤った印象を与える表現となっている。

(8) 天然にある物質の方が、ホルモン作用が強い事実を伝えていない点。

  • 細胞レベルでノニルフェノール等がホルモン作用を有することは確認されているもの の、女性ホルモンや合成女性ホルモンと比較してその作用の程度がはるかに弱いことや、イソフラボン等、天然物の中にもホルモン様作用を示す物質が多数存在することなど、既に明らかになっている事実に触れていないことも報道の公正性を欠いている。
  • 番組ではタレントに「飼い犬(合成化学物質)に手をかまれる」という発言をさせていたが、合成化学物質のみが危険であるという誤解を与えている。

(9) ウエブサイトの記載内容と番組内での説明の乖離

  • 内分泌かく乱化学物質については、平成15年5月の政府見解で「内分泌系に影響を及ぼすことにより、生体に障害や有害な影響を引き起こす外因性の化学物質」と定義されている。しかし、貴協会のウエブサイトでは『環境ホルモンとは、環境中の合成化学物質のうち、生き物の体内に取り込まれると、まるでホルモンのように働いて生殖機能などをかく乱するおそれのあるものを指しています。「内分泌かく乱化学物質」という呼び名と基本的には同義です。』と書かれているが、「おそれのあるもの」と「引き起こすもの」を「基本的に同義です」とするのは、この問題に対し基本的に科学的に対処しようとする態度ではないと考える。
    さらに、前掲の文章に続いて『NHKとしては、環境ホルモンが必ずしもすぐに生体に「悪影響をもたらす」ものとしては扱っていません。あくまでホルモンのように振る舞うと考えられるものです。世の中では、環境ホルモンというと「ただちに悪影響を起こす物質」と考える方々もいらっしゃいますが、この番組中ではそのような意味では説明していません。』と記載しているが、番組内ではこのような説明をせず、いたずらに不安感を招くものになっていた。
  • 番組のウェブサイトでは、環境ホルモンの例としてあげた「PCB、DDT、有機スズ等」が既に使用禁止となっていることに触れているが、番組ではその言及がなかった。

(10) 「予防原則」の解釈

  • 欧州の化学品規制に関連づけて取り上げた「予防原則」についての説明も、その解釈を誤らせるものである。
  • 番組では、「予防原則」として「問題がありそうな可能性がある場合、安全であることが確認されるまで、その物質を排除すべき」と決め付けていた。しかるに現在国際的 に最も広く認められている考え方は、1992年に採択された「環境と開発に関するリオ 宣言第15原則」で規定する「予防的方策」であり、これは2002年のヨハネスブルグ実施計画、あるいは本年2月にドバイで開催された「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)」の包括的方針戦略でも再確認されている。リオ宣言では「深刻なまたは取り返しのつかない被害の恐れがある場合には、十分な科学的確実性がないことを理由に、環境悪化を防ぐ費用効果の高い対策を先送りしてはならない」と定義しており、決していたずらに「物質の排除」を意味するものではない。

(文責: (社)日本化学工業協会)

(←コラム 本文へ戻る)


ページ先頭へ