保健・化学物質対策

「環境省の環境ホルモン政策に異議あり」

化学物質問題市民研究会 事務局長
安間 節子
(2006年8月3日 掲載)

 最近、環境ホルモンという言葉をほとんど耳にすることがなくなりました。環境ホルモン問題はもう終わったという本も出版され、マスコミも関心を示さなくなりました。本当にそうなのでしょうか。
 1996 年アメリカで出されたコルボーン博士らの『奪われし未来』は、人間や野生生物が微量の人工化学物質によってホルモンの働きをかく乱させられているという重大な問題提起をしました。世界中がこの問題に関心を寄せ、日本でも国は SPEED ' 98 というプロジェクトを立ち上げ、研究や対策を進めました。
 ところが、昨年になって国は、「 SPEED ' 98 はやめる。わずか数種類の物質が水生生物に影響を与えることが確かめられたのみ」と結論づけました。 そして、 ExTEND2005 というプロジェクトに変え、取り組みは大幅に後退しました。
  その動きの象徴的な例が、 2005 年 12 月の国際シンポジウムで環境省が配布した環境ホルモンについての小冊子『チビコト』です。

SPEED ' 98 から ExTEND2005 へ

  2005 年 3 月に出された ExTEND2005 では、これまでの研究成果についてのまとめがなされました。環境ホルモン作用が疑われる 65 物質のリストのうち、 26 物質がテストされ、ノニルフェノール、オクチルフェノール、ビスフェノール A についてメダカにのみ作用が認められたとし、リスト自体も廃止しました。残りの物質については、テストされないままです。試験の結果、統計的に有意差が証明できなかったということは、「影響がない」ということと同じではありません。ラットの試験では、餌に植物エストロジェン物質やフタル酸エステル類などが含まれていた中での低用量試験であり、限界があったことを認めています。「ヒトには影響がない」、「杞憂であった」などと産業界や一部の学者の言っていることは正しくありません。
 例えば、スワンらは胎児期のフタル酸エステル類への曝露が男性生殖系に対する有害影響と関連すると発表しました( 2005 年)。
 ボンサールとヒューズは 2005 年、過去 7 年間のビスフェノール A の低用量影響に関わる、日本、アメリカ、およびヨーロッパ等で実施された 115 の研究を調べた結果、「産業側の基金でなされた 11 の報告書は全て、低レベルでの有害影響はないとしているが、政府の基金による 104 の研究のうち 94 は影響があると報告している」と発表しています。
  米環境健康科学研究所 (NIEHS) のジャーナル Environmental Health Perspectives 2006 年 2 月号は、ドイツのラットでの新たな研究を紹介し、ポリ臭化ジフェニルエーテル類( PBDEs )を含む難燃剤は、かつてダイオキシン類や PCB 類で報告されたような内分泌かく乱作用により性的発達に有害影響をもたらすことを強く裏付けている。 PBDE 類はヒトの体内及び環境中のレベルが増大しており、その両方で残留性を示している。 PBDE 類に対するもっと緊急な研究活動を実施することが安全であると考える-と述べています。

小冊子『チビコト』のこと

  環境省は、『チビコト:ロハス的環境ホルモン学』を委託作成して、月刊誌『ソトコト』 2006 年 1 月号別冊付録に使わせ、また 2005 年 12 月の国際シンポジウムでも配布し、"化学物質の内分泌かく乱作用に関するホームページ"にも掲載しました。
 この小冊子の内容を検討したところ、環境ホルモンについては、現在様々な研究結果や議論が積み重ねられている途中であるにもかかわらず、"人間には影響がない"、"主原因は人工化学物質ではなく自然界である"という印象を与える一方的な内容であること 、また、環境ホルモン問題を「騒動」と表現して、国の政策の下に取り組んできた人々や関心を持った国民を揶揄していること、また、環境ホルモンの研究者や学問等をおとしめているなど不適切なものであると判断しました。
  よって当会は、このような小冊子を環境省が発行・配布することについて、 2006 年 1 月 22 日付けで公開質問状を送りました。環境省からは、「執筆者・対談者本人が紹介されている記事の内容は、執筆者・対談者本人の意見そのもの。その他の記事については環境省の考えと同じ」という回答がありました。 1,105 万円という国民の税金を、一方的な内容だけ載せた小冊子の作成・配布に使うのは問題です。

リスクコミュニケーション

 前述した『チビコト』作成・配布は、 ExTEND2005 で今後力を入れるとされたリスクコミュニケーションの一環であると環境省は説明しています。リスクコミュニケーションは、最近色々な所で登場するようですが、あるべき姿とは違うと 思うことが 度々あります。
 ExTEND2005 の中では、「完全にはゼロにできないリスク、化学物質の利便性、代替の導入のための新たなリスクや地球資源への負荷の増大、植物エストロジェン等の天然ホルモン様物質の存在等に関する情報に理解を深めるよう・・・リスクコミュニケーションを推進する」とあります。
 ここには、一般市民はゼロリスクを求める、化学物質を便利に使っているのは消費者自身、代替物はかえって危険な場合もある、大豆など植物エストロジェンや天然女性ホルモンの方がよほど環境ホルモン作用は強い、といった産業界や一部の学者がよく使うメッセージが現われています。
 リスクコミュニケーションとは、両者がリスクに関する情報を対等に共有して、共によりよい道を探すということ だと思います。そのためには、行政も産業界もリスクに関わるすべての情報を公開することが前提です。行政と産業界に都合の良い"安全と安心"を一方的に説得するための方便であってはならないのです。
 2005 年 6 月の専門家・科学者 127 名によるプラハ宣言にある通り 、「内分泌撹乱物質による潜在的なリスクの大きさを考えると、科学的な不確実さを理由に、曝露やリスクを削減するための予防的な行動を遅らせるべきではない」ことを行政と産業界に対して要求します。