保健・化学物質対策

「雌化・雄化と基礎研究」

自然科学研究機構
井口 泰泉
(2006年1月10日 掲載)

 環境中にもれ出た、あるいは意図的に使用した物質の影響で、野生動物の死亡や繁殖に影響が出ていることは1950年代から話題となっていた。動物を死に追いやるほどの強い毒性物質は使用禁止となり、環境中の物質の影響はなくなったと考えられてきた。一方、ホルモンやホルモン類似作用を持つ物質が特定の発生・発達時期に作用した場合には恒久的な影響を与えてしまうことも明らかにされていた。1980年代の終わりごろから、身近に使用されている物質にもホルモン類似作用をもつものがあることがアメリカで明らかにされ、同じ物質がイギリスの河川からも見つかり魚の精巣に卵を作らせているのではないかと話題となった。この物質はノニルフェノールである。日本で見出されたノニルフェノールの最高濃度より低い濃度で、メダカの雄の精巣に卵を作らせることも明らかにされた。内分泌かく乱物質の影響としては、魚の例のように雄の雌化が話題になる。

 一方、巻貝では、船底防汚塗料として用いられた有機スズ化合物(TBT, TPT)により、雌に輸精管やペニスが形成されるインポセックスが有名である。世界中では150種、日本でも39種類の巻貝でインポセックスが認められている。最近の研究から、有機スズ化合物は核内受容体の一つであるRXRに結合して作用していることが証明され、RXRに本来結合する9-シスレチノイン酸でもインポセックスが誘導できたと報告されている。インポセックスは雌の雄化である。

 カエルでもマウスでもヒトでも、TBTはこのRXRに結合して作用することを明らかにした。脊椎動物のRXRは多くの核内受容体のパートナーとなっており、中でも、脂肪分化に関連している核内受容体のPPARgの活性化を引き起こした。TBTを発生中のオタマジャクシや妊娠中のマウスに与えて、その影響を調べてみると、カエルでは生殖腺の近くにある脂肪が増え、マウスでは生まれた子ネズミの精巣の近くにある脂肪が増えた。TBTを与えたマウスの肝臓では脂肪細胞分化に関連している多くの遺伝子の発現が増加することもマイクロアレイ法を用いて明らかとなった。さらに、マウスの3T3-L1細胞を用いて脂肪細胞への分化を調べたところ、RXRや PPARgの活性化因子とともに、TBTにも強い脂肪細胞分化誘導作用があることを明らかにした。

 巻貝にインポセックスを誘導するTBTは、カエルやマウスでは同じ核内受容体を介して脂肪細胞分化を促進する作用があることが明らかとなった。さらに、胎児期にTBTの影響を受けたマウスでは大人になっても体内脂肪の割合が多いことも明らかにした。肥満との関係はどうなるのか興味あるところである。

 このように、動物種によってまったく異なって見える影響も、物質の作用メカニズムが明らかになれば、同じ核内受容体を介した影響として示すことができる。基礎研究が重要な例でもある。ちなみに、TBTは船や魚網に用いることは禁止されている。また、クッキングシートに入っていたこともあったが、現在は使用されていない。

 話をもどして、内分泌かく乱物質は雄が雌化に向かうことが問題なのか、雌が雄化に向かうことが問題なのか?生物種と物質によってどちらの可能性もある。メダカはヒトと同じで性染色体を持ち、雄はXY、雌はXXである。ヒトではエストロゲンで性が変わることはないが、メダカの卵を強いエストロゲンの中で育てると、性転換を起こして本来の雄(XY)も雌になる。この雄から性転換した雌(XY)を本来の雄(XY)と交配すると産まれた卵の性比は雄(XY, XY, YY):雌(XX)=3:1となって雄が多くなる。この中のスーパー雄(YY)と正常な雌(XX)を交配するとすべて雄(XY)になる。このように、1世代だけ見れば雄の雌化が問題のメダカでも、世代を超えてみれば雄が多くなることが問題になってくる。生態系への物質の影響を考える場合には、長い世代を考えてみることも大切である。
 ワニやカメのように孵卵の温度によって性が決まるものもあるが、ほとんどの野生生物の性の決まり方は明らかにされていない。温度依存性の性分化にしてもどのような遺伝子が性の決まり方を制御しているのかは不明である。ここでも性の決まり方を明らかにする研究ための基礎研究、それに対する物質の影響の研究、さらには集団としての長期的な影響の研究が不可欠である。基礎研究を踏まえて長期的な影響の研究に向かうには時間がかかる。欧米のようにねちっこい研究が必要である。一方、日本の生態系でどのような変化が起っているかをモニターするプロを養成し、データを蓄積し続けることも重要であろう。長期展望にたった環境モニタリングとそれを支える基礎研究との両輪が、今後の環境行政にとっては不可欠になると思われる。

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