保健・化学物質対策

EXTEND2010のスタートに際して

明治大学理工学部
教授 北野 大
(2011年2月4日 掲載)

 1990年代後半の化学物質の内分泌かく乱作用に対する内外の関心の高まりに対処する目的で環境省ではSPEED’98と名付けられたプログラムを平成10年から17年にかけて実施してきました。その特徴は優先して調査研究を進めていく必要性の高い「内分泌かく乱作用を有すると思われる物質」として67物質を選定、またこれらの物質の環境実態調査、さらには人の健康や野生生物に対する影響評価のためのほ乳類や魚類を用いる試験の実施でした。

 この結果、メダカを用いた試験では実施した36物質のうちビテロゲニンアッセイ、パーシャルライフサイクル試験において、分岐型4-Nonyl phenolと4-t -Octyl phenolについては環境中の濃度を考慮した濃度でメダカに対し内分泌かく乱作用を有することが強く推察される結果が得られ、またBisphenolAとo,p'-DDTについてはメダカに対し内分泌かく乱作用を有すると推察されましたが、残りの32物質については明らかな内分泌かく乱作用は認められないと判断される結果が得られました。一方、ラットを用いた改良1世代試験においては試験した36物質いずれもが人への曝露を考慮した用量では明らかな内分泌かく乱作用は認められないと判断されました。このプログラムを審議した委員の一人として残念なことは、選定した67物質が内分泌かく乱作用を有する物質と社会のなかで見なされてしまったことです。

 このあと平成17年から22年にかけてExTEND2005と名付けられた新たなプログラムが開始されました。このプログラムの特徴は国内の野性動物に観察された事象が正常か異常かを判断する研究やメカニズムに関する基盤的研究を重視したことです。さらに国際的な協力の下での影響評価のための試験方法の確立、また疑われる物質のリストが独り歩きした苦い経験より、リストは作成せず環境中の存在状況が確認された物質について順次作用影響評価を進めるというものでした。さらにはリスクコミュニケーションの実施です。

 これらの成果の一つとして新たに魚類、両生類および無脊椎動物を用いる試験法が開発され、このうちのいくつかについてはOECDの試験法として採択されています。

 そして平成22年度から5年程度の期間のプログラムとして新たに作成されたのがEXTEND2010です。このプログラムの特徴は、化学物質の内分泌かく乱作用に伴う環境リスクの評価手法の確立と評価の実施を加速化し、必要に応じ管理していくという方針です。

 昨年12月には環境省の主催でこれまでの取り組みおよび今後の方向性についてのセミナーが開催されました。その中で行われたパネルディスカッションでは、研究者、行政、NPOの参加を得て化学物質の内分泌かく乱作用に関して、以下のテーマで意見交換を行いました。

1) これまでに得られた科学的知見および残された課題
2) 社会で共有すべき情報とは
3) それぞれのセクターで今後進めるべき重要な事項

 ここでは、今後の課題を中心に、コーディネーターとして参加した私の印象に残った発言をいくつか紹介します。


(1)種々の化学物質からの複合曝露による複合毒性や、化学物質以外からの影響も含めた化学物質のリスク評価をどのように考えるべきか。
(2)げっ歯類などで得られた動物実験結果から質的、また量的に人へどのように外挿すべきか。
(3)化学物質の内分泌かく乱作用以外の影響、たとえば生殖、発生、免疫、神経系など、をどこまで考えるべきか、さらには性ホルモンへの影響に限定しない研究が必要ではないか。
(4)実際の環境で起きている影響を実験室レベルでの研究結果から原因推定することはかなり困難である。
(5)わかりやすいリスクコミュニケーションのあり方、特にSPEED’98のリストが誤解を生んだ反面、リストが無くなったことより社会では化学物質の内分泌かく乱作用については問題がないというような別の意味の誤解につながった。
(6)研究者の資質として難しいことを専門外の人にいかに易しく説明できるかが重要、これは永遠の課題でもある。
(7)途中経過など、最終的な結論が出る前の早い段階での一般への情報公開が必要。

以上です。


 最後に私見を述べますと、この問題に関しては予防原則を考慮しつつ、科学的データに基づいた科学的な判断に基づく行動が必要です。この分野では上記のような種々の課題がありますが、時間はかかっても一つ一つ着実に検討、解決していくこと、そして化学物質の持つ有用性を最大限に発揮できるように、うまく化学物質とつきあうことが大切と思っています。

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