保健・化学物質対策

「市民は環境ホルモン問題をどう考えたらよいのでしょうか」

ExTEND2005 野生生物の生物学的知見検討会委員
ExTEND2005 リスクコミュニケーション推進検討会委員
(2005年9月7日 掲載)

 近頃は「環境ホルモン」という言葉を一時ほどマスメディア等で見聞きすることがなくなりました。また、そもそも環境ホルモン問題は空騒ぎで一部の環境団体や研究者が煽ったものという声も耳にします。最近の環境省のホームページを見ても、「環境ホルモン」の言葉は消え、疑われる物質リストも廃止され、国の取組が大幅に後退したかのような印象を与えかねません。これらを考えると、「もう心配しなくてもよくなったのね」と受け取られても無理ないかもしれません。しかし、本当にその通りなのでしょうか?信頼できる情報はどこに求めたらよいのでしょうか?

マスメディア

 一般市民の環境問題の情報源は圧倒的にテレビ・新聞です。しかしそれらマスメディアに取りあげられるかどうかは、ニュース性の有無、映像になるかどうかなどに左右され、説明を要する難しい研究情報などはなかなか対象になりません。報道件数の多寡で環境ホルモン問題を評価することはナンセンスです。

空騒ぎか?

 同じ事象に対し、立場の違いや専門の違いでその評価が正反対になることはめずらしいことではありません。利害が絡む業界関係者であれば身びいきな判断となろうことは想像がつきますが、大学の研究者だからといって必ずしも客観的な見方をするとは限りません。これまでの主な「空騒ぎ」論に共通するのは、環境ホルモン作用の研究とは異なる分野の専門家が、ごく限られたデータだけをもって簡単に結論づけるような主観的コメントに過ぎないことです。もし科学的に信頼すべき意見を求めるのなら、多数の異分野の専門家による議論の末にまとめられた後述するような文書などを参考とすべきでしょう。

国の情報提供

 国が問題をどのように考え、どのような取組をしているのかは、市民にとっては重要な情報です。しかし市民が知りたい情報と提供されている情報の間には、質・量ともに大きなギャップがあります。例えば環境省が一般向けに作成したパンフレット「環境ホルモン戦略計画-取組の成果-」(2004.9)を見ても、試験した20数物質に関してメダカでは少数の化学物質に内分泌攪乱作用が確認され、ラットの一世代試験では明らかな内分泌攪乱作用は確認できなかった、という結果が記されているが、「それがどういう意味を持つのか」もしくは「その結果をどう考えればよいのか」など私たちが最も知りたいことについては何も述べられていません。

世界の科学者の見解

 最も代表的なものとしては、2002年にWHOから出版された世界保健機関、国際労働機関、国連環境計画の代表専門家グループによる報告書「内分泌かく乱化学物質の科学的現状に関する全地球規模での評価」があります。また、最新の例としては2005年6月に欧米を中心とした13カ国の専門家・科学者127 名が署名した「内分泌かく乱に関するプラハ宣言」があげられます。前者ではまとめの部分で内分泌かく乱の問題を「疑いなく国際的優先取組事項である。」と明言し、後者においては「内分泌かく乱物質による潜在的なリスクの大きさを考えると、科学的な不確実さを理由に、それらの暴露やリスクを削減するための予防的な行動を遅らせるべきではないことを強く信ずる。」と予防的行動を促しています。

 環境ホルモンが人や野生生物にとっての深刻な脅威ではないことが科学的に確かめられたとすれば、それは誰にとっても歓迎すべきことです。しかし、どの化学物質が内分泌かく乱作用を持つのか、それらはどのようにして人や野生生物に影響を及ぼすのか、及ぼさないのか等々、解明されなくてはならないことの膨大さに比べ、私たちが現在わかっていることはほんのわずかでしかありません。コルボーン博士が2000年にブループラネット賞を受賞した際の記念スピーチを、「インナースペース(体内小宇宙)の研究:未来の世代を守るために」としたのも、環境ホルモン問題を考えるにあたって、まず私たちがいかに生命の複雑な営みを知らないかを認識し、腰を据えた広範囲な調査研究の重要性を訴えたかったのでしょう。環境ホルモン問題は限られた範囲の試験だけで簡単に答えが得られるような問題ではないのです。私たち市民とすれば、科学的に確かな情報が得られるまでは、疑わしき化学物質の無用な暴露を極力避けるよう心掛けるしかありません。

(文責:村田 幸雄)
ExTEND2005 野生生物の生物学的知見検討会委員
ExTEND2005 リスクコミュニケーション推進検討会委員
(財)世界自然保護基金ジャパン