保健・化学物質対策

化学物質とのつきあい方-私が「共生」という言葉で表現したかったこと

(社)日本化学工業協会エンドクリンワーキンググループ委員
三菱化学(株) 環境安全・品質保証部
原田 靖之
(2008年3月21日 掲載)

 2006年11月12日、「化学物質の環境リスクに関する国際シンポジウム」のパネルディスカッションのパネラーとして、私はかつてない緊張の中で釧路市観光国際交流センター大ホールの壇上におりました。そして、およそ2時間のディスカッションの締めくくりとして、化学物質との付き合い方について「共生」という言葉を提言しました。

 このパネルディスカッションでは、司会の池上さんのリードの下、リスク、安全性、評価の専門家の方々、そして製品の消費者の方々と、様々な角度からの化学物質との付き合い方を議論できたと思います。しかし、ここで扱ったキーワードを並べてみますと化学物質、環境、リスク、内分泌かく乱作用など、一般消費者の方々に説明をすることが非常に難しい言葉ばかり。簡潔に説明しようとすると誤解が生じやすく、逆に、こと細かに説明すると全体像が理解しにくくなります。そこで私は、このテーマは今回のパネルディスカッションだけで説明しきれるものではないこと、来聴された方が何を印象として感じて持って帰って頂けるか、つまり次にこのようなテーマで講演等を聞く機会があったときに、興味を持ってまた行ってみようと思って頂くことに極力心掛けたつもりです。

 私たちの身の回りにある製品(化学製品に限りません)は、私たちの生活になくてはならないものになっています。私たちの暮らしの中での必要性や豊かさの追求のため、軽くて安くて丈夫で便利で、かつ、デザインや機能に至るまで、様々な新しい製品が考案されて実際の生活に役立っているかと思います。そして、これら製品を作っている企業では、「安全」という観点からも、製品を構成する化学物質自体も含めて本当に安全なのか、どう使えばより安全に使えるかなど、製品が誕生するまで、多くの人々が大変な時間と資金をかけ、皆様に安全に使って頂くための検討に日々努力しているのも事実です(この点のPR不足は、私たち化学業界としての反省材料でもあります)。

 そのような認識を持って頂いた上で、皆様がこれらの製品を使う際に最も大切なことは、「それぞれに決められた使い方で正しく使う」ことではないでしょうか。16世紀の医師で、薬学・毒性学の祖であるパラケルススが「すべてのものは毒であり、毒でないものはない。あるものを無毒とするのは、その分量のみである」と言っているように、化学物質に限らず製品-生活のための道具-は、私たちの使い方次第でメリット(便利で安全な点)だけでなくデメリット(危険な点)も現れてしまいます。ですから、上手く使いこなしてその製品が与えてくれる利便性を楽しむ-まさに人間と化学物質の共生だと思いませんか。

 今回のパネルディスカッションでは「リスク」という言葉が特に大きなキーワードでしたが、ここでいうリスクとは「危ない」という意味ではなく「危ない状態が起こるかも知れない確率」です。私たちは化学物質の使用に際して、リスクをあらゆる角度から考え、どうしたらそのリスクを最低限にできるか、回避できるかを考える必要があります。すなわち、私たちはリスクとうまく共生すべきだと思います。リスクの許容基準は個人により様々かと思いますが、その最低限は、生活環境を共有するもの(生命)同士が持続的発展の可能な状態を保てることである、と私は思います。

 なぜ私が「共生」というキーワードで化学物質との付き合い方を表現したか-それは、所(環境)を同じく生活するヒトと化学物質が共によくお互いを知り、それが持つ利点を上手に使いこなして楽しんで頂きたいという思いと、企業としても提供する製品のデメリットの側面が出ないような管理と様々な情報を積極的に発信する努力を絶え間なく行っていく、という化学会社で環境安全に関わる仕事をする自分への戒めでもあったのです。

 ディスカッションの中で、「化学物質との付き合い方について次世代の子供にどう教えればよいか」という質問に対して事例に挙げた、ご飯にお塩を振りかけて食べていた娘ももう小学校2年生です。塩の使い方、メリットとデメリット-幼い娘にも少し理解できたのでしょうか、今では塩分過多気味の私をたしなめるようになりました。これからも身近なところから一歩ずつ、年齢を問わずお互いの理解を深めながら人々と化学物質との「共生」関係を育てていきたいですね。