大臣談話・大臣記者会見要旨

丸川大臣記者会見録(平成28年8月2日(火)10:36~10:49 於:環境省第1会議室)

1.発言要旨

 閣議において環境省からの発言はございませんでした。

2.質疑応答

(問)TBSの阿部です。まず、都知事選についてお伺いします。自民党推薦の増田氏が小池氏に100万票以上の差をつけられて敗れました。丸川大臣も今回応援されたと思いますが、受け止めをお願いします。
(答)自民党公明党の応援する候補が敗れたのは非常に残念でございますが、都民の民意が示されましたので、しっかりとそれを受け止めて、我々としても都民のために何が必要かということを踏まえて、今後都政にあたっていただけるように環境を整えていきたいと思います。
(問)明日、内閣改造となりますが、これまでを振り返ってのご所感をお願いします。
(答)昨年10月7日に就任をして、環境大臣、原子力防災担当大臣を拝命しました。およそ10ヶ月ですが、非常にいろいろな点で、ターニングポイントになる出来事であったり、あるいは判断する機会というがあったように思います。
 中間貯蔵施設に関して言いますと、私自身、すぐに福島県に行かせていただいて、黒いフレコンバックが積んであるという状況を実際に見て、いかに運び出しをスムーズに進めて行くことが、福島県の皆様が復興を実感していただく上で大事なことだと痛感しました。そのためには、中間貯蔵施設事業をできるだけ加速化させることが重要だという認識に至りまして、特にまず昨年11月に加速化プランを策定して、それから今年4月に人員を増強しました。特に福島県からご支援を賜ったことが非常に後押しになったと思っています。加えて、算定のプロセスの中で、やはり用地補償業務に当たっていただいている補償コンサルタントの方達に、どれだけいい成果をあげていただくかというのが一つの鍵になると思いましたので、国土交通省に調整をお願いしまして、用地補償の関係の業務で仕事をしていただいた方には、他の公共事業の補償業務の入札に当たって特段の配慮を行っていただくなど、国土交通省にお願いをして、そうしたことが積み重なって、今年の3月末で22haの土地の取得でしたけれども、7月29日の段階で78haということで、ようやく算定をして、お示しをしてご同意をいただくというサイクルが、ペースに乗り始めたという思いがします。まだまだ、これから加速をさらにさせていただかなければいけませんけれども、まず一つ動き始めたという感触は持っています。
 それから指定廃棄物については、まず、既存管理型処分場については福島県で苦渋の決断をしていただいて、活用についてご容認いただいて、実質的に事業の実施に向けて動き出したと、特に安全協定を結ばせていただいたというのは一つの節目だったと思います。また、茨城県で現地保管継続・段階的処理の方針、いわゆる茨城方式というものをお決めいただいたということ、また、指定解除の仕組みも整備をさせていただいて、再測定を宮城県、栃木県でもやらせていただくということで、地域の実情に応じた対応ということを進めさせていただきました。地域ごとの対応を進められるようになったということだけで、実体的な解決はこれからになるわけですが、半歩踏み出したという思いはあります。
 それからパリ協定に関して、やはり世界で初めて全ての国が参加する枠組みを合意する作業に携わったということは、非常に大きいことでした。これまで先輩方から聞いていた中でもとりわけ、現場で物事が決まる究極の政治の決断の場面が非常に多くありまして、最後まで自分の言葉で自分の国益を述べなければならないという膝を突き合わせて政治家が議論する場面にいて、私たちの国は何を取り、何を国益とするのかということを主張できたというのは、非常に大事な仕事をさせていただいたと思っております。できるだけパリ協定を発効と、わが国の締結ということをしっかり前に進めたいという思いでございますので、どのような立場にあってもこのことについては、あらゆる角度で働きかけを続けて行きたいと思っています。
 原子力防災に関して、私は3カ所視察をさせていただいて、また総合防災訓練、伊方地域、昨年11月に参加をさせていただきましたし、また昨年の12月は原子力防災会議で高浜地域の緊急対応を了承することができました。一つひとつ積み重ねていく中で、先般、アメリカに出張してFEMAの話を伺ったことは非常に我々にとって示唆に富んだものであると思いました。訓練のあり方というのはまったく発想が逆だなと、我々は計画したことにいかにきちんとできるかということを確かめるわけですが、いかにすでにある準備をできるだけしていなかった想定を立てていくというと言葉が難しいのですが、そういう中でどれだけ持てる能力を発揮するのかという形でのドリルですので、何もたくさんの人をどれだけ動員して、実際に動かすということだけが訓練ではないということを改めて認識しましたので、その点については様々な訓練のあり方ということについて、我々の考え方を深めていかなければならないという思いを持っています。
 また原子力規制委員会については、その独立性や中立性を尊重することがいかに重要かということは、国会の議論を通じても私が非常に重く受け止めたことですので、今後、予算の確保、また体制の充実の面から支えていきたいと思いをさらに強く感じおります。
 また国立公園のナショナルパーク、ブランド化ということについては、地方創生にかける地域の皆さまの想いがいかに大きいかということを、ひしひしと感じましたので、これは今までにない高みを目指して、一緒に力を合わせて挑戦をしていきたいと思っています。

(問)テレビ朝日の吉野です。NRCで幹部とお話をされたということで、ご案内のとおり、原子力防災と原子力の規制と全部ミックスして、正規職員だけでも4千人を超えると、巨大な組織の方と話してみて、実際に原子力防災等々について、どのような考えを持たれたのか。あらためて聞かせてください。
(答)原子力防災のみならず、原子力規制をどのように推進を高めていくのか、ということについてNRC自身が取り組むことはもとより、事業者の皆さま方が非常に高い志と技術的な研鑽をもって臨んでいるということをあらためて認識をしました。これはアメリカの国自身の歴史や、やり方の中で磨いてきたものであり、作られてきた文化だと思います。ですので、ようやく電力の自由化が始まったり、あるいは原子力の規制と推進の分離が、つい何年か後に、私たちの国に一朝一夕にそれの真似ができるとか、同じ文化ができるとは言えませんけれども、事業者の皆さま方にどのように取り組んでいただくかということについては、私たちの方からも、あるいはエネルギーを政策として取り扱っている官庁からも、コミュニケーションをより高めていって、どのような我々の国なりの心情、思想、信念を持ってこの防災に事業者と協力して取り組んでいくかというのは、非常に重要な課題だということを強く感じました。
(問)もう一点です。例えば規制委員会は、だいたい月1くらいのペースで、事業者と規制と安全性、安全文化の醸成ということで、対話を続けているのですが、今も二順目に入ってます。例えば原子力防災という観点で、事業者と内閣府の原子力防災も対話をする時間があってもいいかなと思うのですが、その辺をいかがお考えですか。
(答)吉野先輩のご指摘は、実は私も感じることでありまして、防災は自治体だけがやったり、あるいは我々国だけがやったりするものではなくて、やはり事業者の皆さまにも主体的に取り組んでいただくべきものだと思っています。ですので、ともすると訓練をやるとあそこがうまくいかなかった、ここがうまくいかなかったということで、事業者の評価のマイナスに訓練だけがつながるというような構造が生じがちかとは思いますが、これはアメリカも同じだと言っておりましたけれども、そうしたものを恐れないでといいますか、恐れるかもしれないので、それをうまく配慮した形で本当の意味で想定外のドリルをたくさんできるような信頼関係であったり、コミュニケーションというのはひとつこれから我々が目標にしていくべきことではないかと思っています。

(問)NHKの橋本です。水俣病についてお伺いしたいのですけれども、5月に公式確認60年からの水俣での慰霊祭が固定されていましたけれども、熊本地震の影響で10月に延期されました件、これに関連して大臣の水俣への対応について、できたこと、あるいはできなかったこと、やり残したこと、ございましたら教えてください。
(答)熊本の被災によって、地元のご判断によって式典が先延ばしされてしまったということ、それは当然、受け入れる側の体制が整っていなければできないことですから、私自身がこの秋にお伺いできるかどうかというのはわかりませんけれども、水俣の皆さまの歴史ということについて、G7の機会においでになったEPA長官が、自ら足を運んでくださったということは本当にありがたく思っておりまして、先日、EPAにお邪魔した際もジーナ・マッカーシー長官から非常に感銘を受けたということ、そして水俣の皆さま方が地域一体となって、それを受け止めて患者の皆さまの暮らしを支えているということについて、高いご評価をいただきました。私たちのこれからの取組というのは、まさに地域と共生し、地域を水俣病の歴史を踏まえて支えて、それらの被害を受けた方々、またご遺族の皆さま方を支えていくということにあろうかと思いますので、この歴史はこれからの環境行政の一つの柱として、これからも生かしていくということが大切だと思っております。