第2節 温室効果ガスの中長期的な大幅削減に向けて

1 低炭素社会づくりについての検討状況

 気候変動枠組条約の究極的な目的である「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる」ためには、排出される二酸化炭素の量と吸収される二酸化炭素の量とが均衡するようにしなければなりません。

 現在の世界の二酸化炭素排出量は、自然界の吸収量の2倍を超えています(図3-2-1)。一方、大気中の二酸化炭素濃度は高まる一方であることを考えれば、まず、世界全体の二酸化炭素排出量を現状に比して2050年までに半減することが目標になると、クールアース50では提案しています。そしてその達成のためには、「低炭素社会」を構築していくことと「革新的技術開発」が必要です。


図3-2-1 二酸化炭素排出量と吸収量

 平成19年6月に閣議決定された「21世紀環境立国戦略」には、地球温暖化等の地球環境の危機を克服する「持続可能な社会」を目指すために、「低炭素社会」、「循環型社会」及び「自然共生社会」を統合的に進めていく必要があることが述べられています。

 さらに、中央環境審議会地球環境部会では、「低炭素社会づくり」の実現に向けた取組の方向性を明らかにするため、その基本的理念、具体的なイメージ、これを実現するための戦略についての検討が行われました。そして、2007年9月以来12回の会合を開催し、有識者からのヒアリングを踏まえ、基本的理念等の論点を整理し、「低炭素社会づくりに向けて」を公表しました。

2 低炭素社会の基本的理念

 中央環境審議会地球環境部会で行われた「低炭素社会づくり」に関する検討では、基本的理念として、以下の3点を挙げました。


(1)カーボン・ミニマムの実現

 産業、行政、国民など社会のあらゆるセクターが、地球の有限性を認識し、大量生産、大量消費、大量廃棄社会から脱するとの意識を持ち、選択や意思決定の際に、省エネルギー・低炭素エネルギーの利用の推進や、3Rの推進による資源生産性の向上等によって、二酸化炭素の排出を最小化(カーボン・ミニマム)するための配慮が徹底される社会システムの形成が鍵となります。


(2)豊かさを実感できる簡素な暮らしの実現

 これまでの先進国を中心に形成された大量消費に生活の豊かさを求める画一的な社会から脱却していくことが必要です。このような人々の選択や、心の豊かさを求める価値観の変化が社会システムの変革をもたらし、低炭素で豊かな社会を実現させることとなります。また、生産者も消費者の志向に合わせて、自らを変革していくことが必要です。例えば、環境に配慮した商品が選択される傾向に応じて、企業は環境配慮型商品の開発を積極的に進めることが望まれます。


(3)自然との共生の実現

 二酸化炭素の吸収源を確保し、今後避けられない地球温暖化への適応を図るためにも、森林や海洋を始めとする豊かで多様な自然環境を保全・再生し、また、地域社会におけるバイオマスの利用を含めた「自然調和型技術」の利用を促進し、自然とのふれあいの場や機会を確保等していくことが重要です。

3 低炭素社会と循環型社会、自然共生社会との関係について

 低炭素社会を構築し、温室効果ガス排出量の大幅削減を達成することが「持続可能な開発」を実現する上で、現下の国際社会が直面する待ったなしの課題であることは、第1章で述べたとおりです。

 ただし、持続可能な開発は、低炭素社会のみならず、3Rを通じた資源管理を実現する循環型社会、自然の恵みを享受し継承する自然共生社会をも同時に実現するものでなくてはなりません。


(1)低炭素社会と循環型社会

 循環型社会の形成に向けた施策も、3Rを通じて、地球温暖化対策に貢献するものです。循環型社会形成推進基本法(平成12年法律第110号)に基づき、平成20年3月に見直された循環型社会形成推進基本計画においては、循環型社会づくりと低炭素社会づくりの取組は、いずれも社会経済システムやライフスタイルの見直しを必要とするものであり、両者の相乗効果を最大限に発揮するよう、分野横断的な対策を推進していくこととされました。そのため、まず、できる限り廃棄物の排出を抑制(Reduce:リデュース)し、次に、廃棄物となったものについては不適正処理の防止その他の環境への負荷の低減に配慮しつつ、再使用(Reuse:リユース)、再生利用(Recycle:リサイクル)の順にできる限り循環的な利用を行い、なお残る廃棄物等については、廃棄物発電の導入等による熱回収を徹底し、温室効果ガスの削減に貢献することとしています。

 廃棄物のリデュースについては、一般廃棄物の量は平成15年度から17年度の2年間で、約2.8%減少しています。また、リユースについては、中古品市場の規模は、平成16年度にはほぼ3兆7,000億円となるなど着実に広がってきています。一方、リサイクルについては、平成17年度の一般廃棄物のリサイクル率は19%、産業廃棄物のリサイクル率は52%となり、ともに近年、着実に増加してきています。さらに、廃棄物発電については、平成17年度の一般廃棄物の焼却施設における総発電電力量は7,050GWhとなっています。


(2)低炭素社会と自然共生社会

 地球温暖化が進行すると、生物多様性の損失が進み、自然共生社会の実現が難しくなります。また、森林や湿原等の消失・劣化等により生物多様性の損失が進むことにより、これらの生態系に保持されていた炭素が放出され、地球温暖化の進行につながります。つまり、低炭素社会と自然共生社会は密接な関係にあり、双方に配慮して施策を展開していくことが重要です。

 多くの炭素を貯蔵している森林、湿原、草原等の保全・再生のほか、地域における木材等の再生可能な生物資源や里山の管理等により生じるバイオマスや、太陽光等の自然の恵みを、直接活用したり、エネルギーとして利用することは、持続可能な暮らしとともに、化石燃料を始めとする再生不可能な資源の利用を代替することにつながります。これらの取組は、低炭素社会と自然共生社会の双方の構築に資する施策として積極的に位置付けてその展開を図っていくことができます。


地元の木を使って「ウッドマイレージ」を減らそう!


 京都府立北桑田高等学校では、地元木材の地産地消がウッドマイレージ(木材の輸送距離)を短縮して、輸出材と比べて輸送に伴い発生する二酸化炭素が削減できることに着目した取組を進めています。具体的には、「地元の木を使って「ウッドマイレージ」を減らそう!」というスローガンを掲げ、研究機関と連携し、地元産スギ・ヒノキ材を使ったログハウスや家具を製作・提供しています。

 この取組は、1200年間にわたり蓄積され、世界に誇る京の建築文化を支えてきた京都北山地域の林業技術の活用と地球温暖化対策とを見事に両立させた取組として高く評価されています。本取組は、環境省が平成19年度から開始した、地域ならではの優れた地球温暖化防止に関する取組を表彰する『ストップ温暖化「一村一品」大作戦』でグランプリに選ばれました。


北桑田高等学校によるログハウス(バス停)の受注制作(写真提供:全国地球温暖化防止活動推進センター)



4 地域特性等に応じた施策の推進

 低炭素社会への転換を目指す施策の範囲は、温室効果ガスの排出が経済社会活動全般に起因することからも、また、循環型社会と自然共生社会と合わせて3つの社会の統合的実現という観点からみても、極めて広いものです。ここでは、まず、地域特性に応じた施策のうち、二酸化炭素排出量の削減効果が高い交通に関する施策及び緑地や風力、太陽光等の自然の恵みの活用に関する施策について、具体的な事例に則してみていきます。


日本一暑いまち


 平成19年の夏は、全国的に暑い日が多く、8月16日には、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で40.9℃という、国内最高気温を観測しました。

 多治見市では熱中症予防のため、気温、湿度などの指標が一定の値を超えた場合に、公共施設等に看板を設置したり、事前に登録をした市民に対し電子メールで注意情報を提供する取組を平成18年から実施しています。また、猛暑で知られる他の地方公共団体と共同で「楽しみながら地球温暖化防止に触れる」をテーマとした「あっちっちサミット」(http://www.acchicchi-summit.com/)を平成15年度から開催し、地球温暖化をテーマとしたイベントや体験教室などを通じた啓発を行っています。

 一方、熊谷市では、熱中症発生危険度を事前に予報する「熱中症等予防情報発信事業」に、(財)日本気象協会と共同で取り組むこととしています。そのほか、逆に「あついぞ!熊谷」のキャッチフレーズを用いた住民・企業活動を募集してまちおこしを進めるなど、様々な取組を実施しています。


熱中症への注意を喚起する看板(写真提供:多治見市)



(1)交通に関する施策

 運輸部門からの二酸化炭素排出量のなかでも、とりわけ自動車からの排出量は多く、同部門全体の約9割を占めています。このため、今後、低炭素社会への転換に当たっては、自動車単体の燃費向上やクリーンエネルギー自動車の導入を進めることはもちろん、自動車への依存についても、地域の特性に応じ、人やものの移動を幅広い視点から見直し、鉄道、バスなどの公共交通機関が適切に選択、組み合わされて利用されるようになることが期待されています。そのため、移動の距離が少なくて済む環境負荷の少ないコンパクトな都市形成等の施策や長期的視点に立って地域の交通体系を持続可能なものにしていくための施策を講じていく必要があります。

 ア EST(環境的に持続可能な交通)の考え方

 持続可能な交通体系への転換に向けた取組として、現在、進められているものにEST(Environmentally Sustainable Transport)があります。ESTは、環境的に持続可能な交通のことで、長期的な視点でビジョンを定め、その実現を目指して、交通・環境政策を策定、実施しようとするものです。1990年代中頃からOECDにおいて検討が開始され、欧州諸国で積極的に取り入れられているものです。

 ESTを実現するためには、交通流対策、公共交通機関の整備等のハード対策や自動車単体の燃費向上、化石燃料依存度を減らす等の技術対策とともに、人々の意識変革に基づく環境負荷の少ない交通行動への転換を図るソフト対策について多様な取組が必要です。そして、行政、企業、市民の間で長期的なビジョンについて合意を形成し、その実現のための戦略・政策を策定し、着実に、かつ、大胆に実施していくことが必要であるとされています。

 イ 愛知県豊田市の取組事例

 現在、国土交通省、警察庁及び環境省で連携して行っているESTモデル事業では、27の地方公共団体が実施する事業に対する支援を行っています。そのうちの1つ、愛知県豊田市が実施する事業では、人と環境にやさしい先進的なまちづくりを実現するために、「豊田市交通まちづくりビジョン2025」を策定し、渋滞緩和、公共交通利用者数の増加、中心市街地活性化、公共交通利用促進、エコドライブの推進などによる二酸化炭素の排出量削減を目標としています。

 同事業では、TDM施策(交通需要マネジメント)の推進、ITS(高度道路交通システム)技術の活用などにより、平成17年度には、旧豊田市内の一日平均公共交通利用者数を約18%増加させ、それにより二酸化炭素排出量を1年間で6万トン(二酸化炭素換算)削減する効果を得ています。


自動車と人の振動で発電


 スピーカーは電気が流れることで振動して音が出ますが、逆に、振動のエネルギーから発電する技術の実用化を目指した取組が進められています。

 普段何気なく行っている「歩く」という行為や自動車の振動で発電させることができれば、身近なエネルギーを電気に変えることができるようになります。

 これらの技術は、現段階では実用化には至っていませんが、高速道路の橋をライトアップするための電力使用や、駅を通行する人の振動による発電についての実験などが行われています。


自動車の振動による発電でライトアップさせた高速道路の橋(写真提供:首都高速道路株式会社)



(2)自然の恵みなどの利用に関する施策

 低炭素社会への転換に当たっては、エネルギーの利用に伴う二酸化炭素の排出増加を抑えていく必要があります。太陽光、風力、バイオ燃料等の再生可能エネルギーや、緑地の増加、水辺の回復、風の道などの自然をいかした取組の活用も求められることになります。

 そして、これらの低炭素なエネルギーや取組を活用できるインフラを整備するなどして、これらを適切に組み合わせ、地域特性に応じた利用を拡大していくことが重要です。

 ア 緑地等をいかしたヒートアイランド対策

 都市域における地表面のコンリート等の人工被覆の増加などによって引き起こされたヒートアイランド現象により、夏季の昼間の高温化、夜間の熱帯夜等とこれらによる熱中症などの問題が引き起こされています。これに対し、大都市や中都市においては、自然の風の通り道や緑地や水辺などの確保により、ヒートアイランド現象を緩和することが期待されています。

 平成19年度にスタートした「クールシティ中枢街区パイロット事業」では、ヒートアイランド現象の顕著な都市の中枢部において、二酸化炭素削減効果がある施設緑化や、地中熱ヒートポンプなど複数のヒートアイランド対策技術を組み合わせた一体的な対策を講じる事業を実施しています。

 平成19年度では東京の大丸有地域(大手町、丸の内及び有楽町)を含めた全国11か所のヒートアイランド現象の顕著な地域をモデル地区として認定しました。そのうち、大丸有地域内の商業ビルの屋上で行われている取組では、屋上緑化が行われた部分の温度は、行っていないコンクリート面と比べ25℃以上も低くなることがあることが分かりました(図3-2-2)。また、屋上緑化は、表面被覆の改善に加えて、そこを通る風を冷却する効果も期待できます。


図3-2-2 熱画像測定期間中の大丸有地域内商業ビル屋上の表面温度の変化

 イ 太陽光等を活用したまちづくり

 太陽光を利用した発電等については、多くの地方公共団体において、先進的な取組が実施されています。そのうちの1つ、長野県飯田市における取組では、環境省のメガワットソーラー共同利用モデル事業を活用し、市民による共同出資で、保育園や公民館等の屋根に太陽光発電システムを設け、同システムを広く普及させる新たな制度の構築に取り組んできました。寄付ではなく、出資というかたちで市民が事業に参画できる場を設けることで、意識高揚や普及啓発を図ることを目的としています。

 このほかにも、木質ペレットを使用したペレットストーブを市内の保育園などに多数設置し、自然エネルギーの活用により化石燃料の使用量を削減し、木質ペレットの地域内循環の仕組みの構築を目指す事業も実施しています。

 ウ 風力等を活用したまちづくり

 風力発電については、各地域の風況等に応じ様々な取組が行われています。特に、大規模な都市に比べて大きな建築物などが少なく、自然の風の流れを利用できることなどから主に小規模の都市や農山村における取組の進展が期待されています。

 岩手県葛巻町では、平成11年3月に、「葛巻町新エネルギービジョン」を策定し、風力発電や太陽光発電などの新エネルギーの導入に積極的に取り組んでいます。その結果、一般家庭約16,000軒分の電力を生み出し、年間約34,000トンの二酸化炭素削減効果が得られています。このうち、9割以上が風力発電によるもので、鳥獣の保護にも配慮しながら、1,000mの高地にある牧場を吹き抜ける風をうまく活用しています。そのほかにも、薪ストーブの購入や、太陽光発電・熱利用システムの導入に補助を行うなど、町民の行動を支援し、環境にやさしい地域づくりが進められています。


保育園で太陽光発電(写真提供:飯田市) 葛巻町の風力発電施設(写真提供:葛巻町)


5 低炭素化に向けた技術の開発と普及

(1)革新的技術の開発と普及

 クールアース50によって提案された世界全体の温室効果ガス排出量を現状に比して2050年までに半減するという長期目標を実現するためには、既存技術の向上と普及を政策的に推進することと、革新的な技術の研究開発が不可欠です。クールアース50においては、革新的技術の例として、ゼロエミッションの石炭火力発電、先進的な原子力発電等を挙げています。こうしたなか、エネルギー問題や地球温暖化問題の抜本的解決に向け、関連する革新的科学技術のブレークスルーと既存の技術の改良と普及の促進を目指し、「環境エネルギー技術革新計画」を策定することとなりました。同計画は、ワーキンググループによる検討を経て、平成20年5月、総合科学技術会議において決定されました。


(2)既存の高効率な技術の普及と開発

 今後の世界経済については、アジア地域で高い成長率が続くことが予測されています。高い経済成長は、産業の活発化、インフラ整備の進行などに裏打ちされており、通常、エネルギー使用量の増加、ひいては温室効果ガス排出量の増加を伴うものと考えられてきました。しかし、この連鎖を断ち切ることができなければ、地球温暖化を防止することはできません。このため、先進国が既に有している温室効果ガスの排出を抑えながら生産を行う技術を開発途上国を始め全世界に普及させることが必要です。これにより、かなりの温室効果ガス削減の効果を上げることが期待できます。我が国は、2度の石油ショックを経験し、数々の高効率な技術(高効率技術)の開発・導入を進めてきており、国際競争力の確保につながったこれらの技術は今、経済発展と温室効果ガス排出量のデカップリングを実現する有効な方法の一つになるのです。

 また、これらの高効率技術の開発途上国への技術移転をクリーン開発メカニズムCDM)として行えば、開発途上国の持続可能な開発を支援できると同時に、達成された温室効果ガスの削減量を開発途上国と分け合い、認証排出削減量(CER)として自国の排出削減量に加えたり、CDMで得られたCERを売買の対象とすることができます。気候変動枠組条約の下に設置されたCDM理事会へのCDMの登録件数は1,056件(平成20年5月8日現在)にのぼっており、CDMによる先進国から開発途上国への技術移転は、温室効果ガス排出削減の有効な手段となります。さらに、低炭素社会への移行が必要な今後の世界では、高効率技術を多く保有する国が、相対的な優位性を持つことになります。我が国は、他の先進国と比べても豊富な高効率技術を保有しており、そのメリットを最大限にいかせば、開発途上国などへの技術移転を通じたビジネスチャンスを作り出すことも可能です。

 以上のように、低炭素化技術の移転は我が国にとっても利益が大きいものといえます。しかし、例えば、火力発電所の熱効率については、石炭、石油、ガスの熱効率を加重平均した発電端熱効率についてみると、我が国は、最近では平成14年度と平成15年度においては、最新鋭の天然ガス火力発電の導入が進んだイギリス・アイルランドに抜かれるといったこともみられます(図3-2-3)。我が国が環境立国であり続けるためにも、技術の開発努力を怠ってはなりません。我が国がこの分野を始めとした環境技術で優位性を保っていくためには、常に最先端の技術を追求し続ける必要があります。


図3-2-3 火力発電端熱効率の国際比較


(3)発電及び産業に関する低炭素化に向けた技術の開発と普及

 今後、低炭素社会への転換に当たり、産業部門については、地球温暖化問題をビジネスチャンスとしてとらえ、その対策に積極的に取り組み、技術開発、生産プロセスの効率化、開発途上国への技術移転等に貢献していくことが期待されています。

 一方、発電等のエネルギー転換部門の占める割合は、約6%となっていますが、発電等に伴う二酸化炭素の排出量のうち、エネルギー転換部門以外の他の部門における電力等の使用に伴い排出された分は、当該部門における間接排出分として計上されています(第2章第2節4コラム 図2-2-13参照)。

 低炭素化に向けた技術の開発と普及は、エネルギー転換部門及び産業部門のみならず、運輸や家庭等の社会の多くの部門の低炭素化のために必要不可欠なものですが、ここでは、我が国の二酸化炭素総排出量に占める割合が大きいエネルギー転換部門及び産業部門に関する低炭素化に向けた技術の代表例を取り上げます。既に革新的エネルギー技術開発については、「環境エネルギー技術革新計画」に先立ち、平成20年3月に「Cool Earth―エネルギー革新技術計画」が経済産業省により作成されており、同計画で選定された21の技術のうち、先進的原子力発電、高効率石炭火力発電、二酸化炭素回収・貯留(CCS)、高効率天然ガス火力発電、革新的製鉄プロセスについて紹介するとともに、既に実用化が進んでいる省エネルギー技術等を紹介します。

 ア 発電に関する技術の開発と普及

 (ア)先進的原子力発電技術

 発電過程で二酸化炭素を排出しない原子力は、我が国においては、現段階で基幹電源となり得る唯一のクリーンなエネルギー源であり、地球温暖化対策の推進の上で極めて重要な位置を占めるものです。今後も安全確保を大前提に、引き続き基幹電源として官民相協力して着実に推進する必要があります。このため、2050年に向け、現在、国内外で主流となっている軽水炉実用技術の改良と高速増殖炉等の革新的発電技術の開発が必要となっています。具体的には、安全性、経済性、信頼性等を大幅に向上させる次世代軽水炉の技術開発、ウラン資源の利用率を飛躍的に高める高速増殖炉サイクル技術、開発途上国や島嶼国等の電力需要に対応可能なコンパクトな中小型炉の技術開発を行うこととしています(図3-2-4)。


高速増殖原型炉「もんじゅ」 写真提供:(独)日本原子力研究開発機構


図3-2-4 中小型炉(350MWe-IMR)

 (イ)CCSと組み合わせた高効率な石炭火力発電技術

 石炭は他の化石燃料に比し、供給安定性が高く経済性に優れていますが、燃焼過程における単位発熱量当たり二酸化炭素の排出量が大きいこと等、環境面での制約要因が多いため、環境への適合を図る観点から課題を抱えています。このため、石炭のクリーン化等を推進し、二酸化炭素の排出を抑制します。

 しかし、特に石炭については、資源量が豊富でコスト面でもメリットが大きいことから、今後、開発途上国等が利用を増やしていく可能性があります。そうしたことから、石炭火力発電の効率を高め、より少ない石炭でより多くの電力をつくりだすための技術を高めていくことも、温室効果ガス削減に大きな効果があるといえます。

 我が国の石炭火力発電技術は、これまでも、幾多の技術開発により、発電効率を向上させてきました。現在、更に発電効率を向上させた先進的超々臨界圧発電や石炭ガス化複合発電や石炭ガス化燃料電池複合発電等の技術開発が進められています。

 先進的超々臨界圧発電は、現行の微粉炭火力発電等の蒸気条件を、高温化・高圧化することにより発電効率を向上させる技術です。また、石炭ガス化複合発電は、石炭をガス化し、ガスタービン及び蒸気タービンにより複合発電する技術、石炭ガス化燃料電池複合発電は更に燃料電池を組み合わせた技術です。

 発電効率が、これらの技術の導入及び普及により、現行の42%から65%まで向上すれば、二酸化炭素排出量は約4割の削減が可能であるとされています。さらに、これらにCCSを組み合わせることにより、二酸化炭素の排出をほぼゼロにすることも期待できます。

 CCSは、火力発電等の大規模排出源の排ガスから二酸化炭素を分離・回収し、それを地中又は海洋に長期間にわたり貯留又は隔離することにより、大気中への二酸化炭素放出を抑制する技術です。この技術は、二酸化炭素の分離・回収、輸送、圧入及び貯留という4つの機能から構成され、技術開発の中核となるのは、分離・回収技術と貯留技術です。我が国においては、1980年代末から基礎研究が進められ、これまで圧入量が1万トンレベルの小規模な実証試験が実施され、貯留安定性等の検証が進められています。CCSの実用化のための主要課題の一つが、コストの低減です。CCSに伴うコストの約6割以上を占める分離・回収コストの低減のため、高効率な吸収液等の要素技術の開発が行われています。また、CCSを普及させるためには、環境保全上効果的で、かつ、効率的なCCSの管理手法が求められており、これらの手法の開発も行われています。


二酸化炭素回収長期実証試験プラント全景(写真提供:三菱重工業(株))

 (ウ)高効率天然ガス火力発電技術

 天然ガスは、他の化石燃料に比べ相対的に環境負荷が少ないクリーンなエネルギーです。このため、「エネルギー基本計画」に基づき、石油、石炭、原子力等の他のエネルギー源とのバランスを踏まえつつ、引き続き、その導入及び利用拡大を推進することとしています。

 燃料を燃やした際に発生する燃焼ガスでタービンを回して発電する内燃力発電に使われるタービンは、小型・軽量でありながら高出力であること、高速起動ができることなど、数々のメリットがあります。このうち、内燃力発電の余熱を使って高温・高圧の蒸気を発生させ、蒸気タービンを回して発電する汽力発電を加えたものが、コンバインドサイクル発電です。天然ガス火力コンバインドサイクル発電については、2種類のタービンを組み合わせて発電を行うため、熱効率が50%を超える水準を達成しています。天然ガス火力発電の効率を更に高める方策としては、ガスタービンの入口における温度を上げていくことがあります。我が国では、1980年代にタービンの入口における温度が1,100℃のガスタービンが開発・設置されて以来、耐熱性能向上が図られ、現在実用化されているものでは、1,500℃まで入口温度が上がっています。

 また、タービンの入口における温度が1,700℃級の次世代ガスタービンの開発も、国家プロジェクトとして行われています。このガスタービンが開発されれば、これを利用した高効率天然ガス火力発電の熱効率は56%となり、更なる高効率化が期待できます。また、高効率ガスタービンの開発は石炭ガス化複合発電の高効率化にも活用が期待されます。

 イ 鉄鋼業における革新的製鉄プロセス及び省エネルギー技術

 (ア)革新的製鉄プロセス

 鉄は、ビルの骨組から、船、自動車、ホッチキスなどの事務用品に至るまで、我々の身近にある様々な製品に利用され、日々の生活に欠かすことができない金属です。この鉄を取り出すためには、鉄鉱石に含まれる酸化鉄から酸素を除去する必要があり、その工程で千数百度の状態を長時間保持しなければなりません。鉄鋼業は、第一次石油ショックの際、我が国の産業界で最も大きな影響を受けた業種の一つでしたが、この危機を積極的な省エネルギー技術の導入により切り抜け、その後も着実に技術開発を進めてきました。

 しかし、更に大幅な二酸化炭素削減を図るためには、長期的な視点で技術開発に取り組むことが必要となっています。このため、高炉とも呼ばれる製鉄所の溶鉱炉から出るガスの二酸化炭素分離・回収技術及びコークスの一部代替に水素を還元剤として用いる技術の開発が必要となっています。具体的には、2030~50年の実用化を目指し、二酸化炭素濃度が高い高炉ガスから効率よく二酸化炭素を分離するために新たな吸収液を開発するとともに、吸収液の再生に関する技術の開発に取り組みます。また、コークス製造時に発生する副生ガスを触媒により改質し、増幅した水素を活用して鉄鉱石を還元する技術の開発などを推進します。これらの技術の組み合わせにより製鉄プロセスからの二酸化炭素排出量の3割程度を削減することを目標としています。

 (イ)省エネルギー技術

 我が国の鉄鋼業は、世界最高レベルのエネルギー効率を誇っています。その理由としては、生産技術、操業技術等に加えて、排エネルギー回収設備の普及が大きく寄与していることが挙げられます。

 例えば、高炉炉頂圧回収発電装置(TRT)は、溶鉱炉から発生したガスを回収して発電に利用する装置です。溶鉱炉では鉄をつくる際に最も重要な工程である鉄鉱石に含まれる酸化鉄の鉄への還元が行われています。この過程で副次的に発生し炉の内部を吹き上がってくる高温・高圧のガスを、そのまま大気中に放出せずに高炉の頂上部分で回収し発電用のタービンを回すことで、排エネルギーを利用します。

 また、コークス乾式消火設備(CDQ)は、石炭をコークス炉で蒸し焼き(乾留)してコークスを生成した際、約1,200℃にもなったコークスを密閉された設備内において窒素などの不活性ガスによって冷却し、不活性ガスが吸収した熱によって蒸気ボイラーを作動させることで発電を行うもので、TRTと同様に排エネルギーの利用に役立っています。

 これらの技術は、90年代までに我が国で積極的に導入され、普及が進んでいますが、他国の製鉄所ではあまり普及の進んでいないものです。これらの技術を世界中に普及させることで、大きな二酸化炭素削減効果が得られることが期待できます(図3-2-5)。


図3-2-5 鉄鋼部門の高効率技術利用による二酸化炭素削減可能量(2030年予測)

 ウ セメント産業における省エネルギー技術

 コンクリートは、強度と価格の面から、また施工の安易さから、現在最も優れている建築資材の一つであり、さまざまな建築物や道路、ダム港湾設備などで最も多く使用されている主要材料です。コンクリートの材料であるセメントの世界の消費量は、急速な経済成長を続けるアジア、とりわけ中国において、インフラ整備への需要が拡大していることを背景に増加しており、今後中長期的にもその傾向は続くと見込まれています(図3-2-6)。


図3-2-6 世界のセメント需要と地域別の構成比の推移

 セメントの生産には、石灰石、粘土、ケイ石などの原料を混合し粉砕する原料工程、混合・粉砕した原料を焼き固める焼成工程、それを粉末状に粉砕して製品化する仕上工程がありますが、その各工程において多大なエネルギー消費が伴います。セメント業は、生産コストに占めるエネルギーコストの割合が高いエネルギー多消費型産業の一つとなっています。我が国のセメント産業が排出する二酸化炭素は国内の総排出量の約4%、世界のセメント産業が排出する二酸化炭素は人間活動に起因する排出量の約5%を占めているといわれています。そのため、セメントの生産工程における省エネルギーは、世界の二酸化炭素排出量の削減に直接貢献することができます。

 セメント産業における省エネルギー技術で、我が国が世界に貢献できるものとしては、原料工程で使用される堅型原料ローラーミルが挙げられます。従来、この工程で主に使われていたのはチューブミルと呼ばれるもので、粉砕媒体としての鉄球の入った横長・円筒状の胴体を回転させることにより、原料の粉砕を行うという仕組みでしたが、この装置は多量の電力を消費するものでした。一方、堅型原料ローラーミルは、円盤状のターンテーブルと堅型ローラーにより原料を擦り潰すようにして効率よく粉砕をすることができ、従来のチューブミルと比べ、生産能力は60~80%の向上、電力消費量も電力原単位で約30%の削減が可能となります。

 また、焼成過程では、原料工程において粉になった原料を熱して化学反応を起こし、水を混ぜると固まる性質を持つクリンカを生成します。この工程では、原料をロータリーキルン(回転窯)で1,450℃もの高温になるまで熱しますが、我が国においては、この工程に乾式キルンという方式が用いられ、省エネルギーに役立っています。この方式では、原料を焼成する前にロータリーキルンのバーナーから出る燃焼排ガスを利用して乾燥・予熱します。この方式により、原料を乾燥・予熱しない湿式キルン方式より1トンのクリンカを生成する熱量を36~37%程度削減できます。

6 地球温暖化問題に関する懇談会の開催

 平成20年1月の第169回国会における福田総理大臣施政方針演説に基づき、低炭素社会に転換していくため、低炭素社会の概念や実現方法を国民にわかりやすく示すため、有識者による地球温暖化問題に関する懇談会が3月から開催されています。同懇談会では、低炭素社会への転換を目指し、生産の仕組み、ライフスタイル、都市や交通の在り方を抜本的に見直す方策について検討を行っていくこととしています。また、特に温室効果ガスの大幅な削減など、高い目標を掲げ、先駆的な取組にチャレンジする都市を10か所選んで環境モデル都市を作ることにしています。その都市の基本的コンセプトや、京都議定書の確実な達成に向けて国民を挙げて取り組む方策について速やかに検討を行うとともに、次期枠組みの国際的議論で我が国がリーダーシップを発揮するための方策についても検討することとしています。さらに、排出量取引制度、環境税などの排出削減を進めるための政策手法について、検討を深めることとしています。

 これまで見てきたように、低炭素社会への転換を図っていくためには、社会のあらゆるセクターが二酸化炭素の排出を最小化するための配慮が必要です。クールアース50により提案した世界全体の温室効果ガスの排出量を現状から2050年までに半減するという長期目標を達成するためには、先進国である我が国としては同年までに積極的に大幅な削減をしなければなりません。とかく、それは今の生活に対して厳しい制約をかけないと達成できないことのように考える向きもあるようです。しかし、第2章でも見たように、世界では低炭素社会への転換をむしろ新たなビジネスチャンスとしてとらえ、再生可能エネルギー開発や環境ビジネス市場の拡大等を通じて積極的に対応しようとする動きが高まっています。

 地球温暖化問題に関する懇談会においても、その設置の趣旨として、地球温暖化の克服には、社会や経済が新しいステージに移行することが必要であり、地球温暖化の危機は、むしろ世界全体が発展していくためのチャンスとして捉えるべきであるとの考えが示されています。

 これに関連して、我が国としても、環境・エネルギー分野の研究開発に今後5年間で300億ドル程度の資金を投入し、国際的にもイノベーションを促進する提案を行っております。

 同時に、国内において、世界の潮流となっている地球温暖化の危機をチャンスと捉える考え方を定着させていくためには、今後とも、内外の地球温暖化対策に関する環境と経済社会の動向や背景について、調査、分析を行い、世論の喚起を図るとともに、低炭素社会の実現に向けて、各種の施策を長期的・計画的に実施していくことが重要となっています。


地球温暖化問題に関する懇談会(写真提供:内閣府)



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