第3節 アジア地域等の地球温暖化対策に関する我が国の貢献

1 アジア地域の環境の現状と将来予測

 第1章で見たように、今後大幅な温室効果ガス削減対策を実施していくためには、先進国だけでなく開発途上国とも協力して取り組んでいくことが必要不可欠です。特に膨大な人口を抱え、近年経済成長の著しいアジア地域は、世界最大の二酸化炭素排出地域として今後の地球温暖化対策の鍵を握っています。また、アジア地域では、経済発展に伴い大気汚染などのローカルな環境問題や酸性雨などの越境性の問題も深刻化しています。これに対し、各国が協力して問題に取り組み、その克服に貢献していく必要があります。


(1)中国、インド等の経済成長と温室効果ガス排出量

 現在、アジア諸国は世界でも例を見ないほどの急速な経済発展を続けています(図3−3−1)。


図3−3−1 世界における地域別の経済成長率の推移

 高水準で推移する経済成長を背景として、エネルギー消費量も急速に拡大しつつあります。アジア地域における一次エネルギー消費量は、1971年には世界全体の13.7%でしたが、2005年には31.1%にまで増加しています。二酸化炭素排出量についても、1971年には全世界の15.1%でしたが2005年には35.8%にまで増加しています。

 アジア地域の中でも特に、中国とインドの経済成長はめざましいものがあります。中国は1979年以降、平均実質GDP成長率は約9.7%、2003年以降は5年連続して10%を超える成長を続けています。インドも1991年以降、経済改革への取組を本格化し、1990年代を通じて年平均6%の経済成長を実現し、2006年度のGDP成長率は9.4%を記録しています。2005年時点で、一次エネルギー消費量は中国がアメリカに次いで世界第2位(14.5%)、インドは我が国に次いで第5位(3.7%)という規模に達しています。二酸化炭素排出量については、既に中国がアジア最大の排出国となっており、アメリカ(22.0%)に次いで世界第2位(19.0%)となっています。インドも1970年代から排出量を増やし続けており、我が国の排出量に迫る勢いとなっています(図3−3−2)。


図3−3−2 アジア諸国の二酸化炭素排出量の推移

 一方で、1人当たりのエネルギー消費量は2005年時点でアメリカが7.9TOE、我が国が4.2TOEであるのに対し、中国は1.1TOE、インドは0.3TOEと依然として少ない状況にあります。そのため、今後も経済成長の進展に伴い両国のエネルギー消費量は増え続け、それに伴い二酸化炭素排出量も増加すると見られています。

 2007年にIEAが公表した「世界エネルギー展望2007」によると、世界の一次エネルギー需要は2005年から2030年までの間に55%(年平均1.8%)増加し、増加分のうち45%を中国とインドだけで占めると予測されています。中国の一次エネルギー需要は2005年の17億4,200万TOEから2030年には38億1,900万TOEへと2倍強に増え、2010年頃には中国がアメリカを抜いて世界最大のエネルギー消費国になると指摘されています。また、インドの一次エネルギー需要は2030年までに2倍以上に増加するとされています。エネルギー消費量の増大に伴い二酸化炭素排出量も大幅に増加し、2030年には中国がアメリカを大きく上回って世界最大の排出国となり、インドもアメリカに次いで第3位になると予測されています(図3−3−3)。


図3−3−3 二酸化炭素排出量上位5か国の将来予測


(2)中国、インド等における公害の状況

 アジア地域では、急速な経済成長、産業構造の変化等に伴い、様々な環境問題が同時かつ複合的に発生しており、公害対策が急務となっています。

 例えば、火力発電所や工場による石炭や石油の燃焼量の増加、自動車台数の増加等により、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質の排出量が増加しました。特に都市部において大気汚染が深刻化しています。2004年時点の大気中の粒子状物質濃度は、重慶、天津、カルカッタ、デリー、ジャカルタではWHOの大気質指針値の5倍に当たる100μg/m3を超える非常に高い数値となっています(図3−3−4)。


図3−3−4 アジアの主要都市の粒子状物質(PM)濃度(2004年)

 このような大気汚染の問題は、国内の健康被害等を引き起こすおそれがあるだけでなく、越境汚染による国外への影響も懸念されており、アジア地域全体として対策に取り組んでいかなければならない問題です。

2 我が国の公害克服の経験をアジア等にいかす

(1)基本的な考え方

 第2節で述べたとおり、我が国は、公害防止対策と同時に、二度の石油ショックにより省エネルギー対策の必要にも迫られました。こうした環境面やエネルギー面での厳しい制約に対して官民が一体となって取り組んだ結果、第一次石油ショックの起きた昭和48年度から平成17年度までの間で、エネルギー効率は約35%改善しました。現在では我が国の公害防止技術、省エネルギー技術は世界トップクラスとなっています。

 一方、アジア諸国は、急激な経済成長に伴い発生した公害問題への対策が急務であると同時に、地球温暖化対策のための省エネルギー対策を同時進行で進めていかなければならない状況にあります。我が国がこれまでの公害克服の経験を通して培った公害防止技術や省エネルギー技術、仕組み等を、今後アジア諸国等に普及し、取組を促進していくことで、アジア諸国等を低炭素社会へと導くことができます。ここでは、我が国の経験をいかしたアジア諸国等への支援の取組について紹介します。


(2)コベネフィット型温暖化対策

 コベネフィット(相乗便益)とは、開発途上国の開発に対するニーズと地球温暖化防止を行うニーズとの両方を意識し、単一の活動から異なる2つの便益を同時に引き出すことを意味します(図3−3−5)。


図3−3−5 コベネフィット型温暖化対策の考え方

 一般に開発途上国においては、環境問題への関心が高まりつつあるものの、経済発展に向けた開発を進めることが最優先課題とされており、温室効果ガスの削減対策は優先度が低いという傾向があります。そのため、温室効果ガスの削減に向けて開発途上国の積極的な取組を促すためには、開発ニーズを満たしつつ、地球温暖化対策にもつながる取組を進めていくことが有効であり、IPCC第4次評価報告書第3作業部会報告書でもその効果が強調されています。

 特に開発途上国では、開発に伴う公害の発生が地域として解決すべき重要な課題となっており、このような地域の環境問題を解決するための公害対策に取り組みながら地球温暖化対策も進めるコベネフィット型温暖化対策は、開発途上国における開発ニーズを満たしつつ地球温暖化防止への主体的な取組を促すための有効な手法と考えられます(図3−3−5)。

 なかでも、経済成長の著しいアジアの開発途上国では、大気汚染、水質汚濁等の環境問題が顕在化しつつあり、それらの対策に取り組む必要性が高い状況にあることから、地球温暖化対策をアジア地域に普及させるためには、公害対策と地球温暖化対策の双方に資するコベネフィット型の支援の実施が極めて有効となります。

 発展途上国へのコベネフィット型の支援につながるものは、既に政府開発援助(ODA)や民間企業による開発活動といった枠組みで行われています。例えば、1997年の日中首脳会談にて提唱された「日中環境モデル都市事業」として行われた中国貴陽市における総合的な環境改善プロジェクトでは、設備の改善等、大気汚染対策を中心としたプロジェクトの実施によりSOx、NOx等の汚染物質排出量が劇的に削減されたほか、106万7,400トンの二酸化炭素の排出削減ができたとの報告がなされています。

 コベネフィット型の温暖化対策を今後更に進めていくためには、開発途上国に対する更なる意識啓発、共同研究開発や活動を支える資金援助といった取組を強化する必要があります。このため、平成19年12月には、我が国と中国との間で、汚染物質削減及びそれによる温室効果ガスの排出減少について平成20年からコベネフィット型の共同研究・モデル事業を協力して実施することが表明されました。また、バリ会議の際に、我が国とインドネシアとの間で、コベネフィット型の取組を通じた環境保全協力に関する共同声明が発表されました。今後、具体的なプロジェクトの形成につなげるため、共同プログラムを策定し環境技術及び知識の移転等の取組を進めていくこととしています。

 このほか、環境省では平成20年から、アジアの開発途上国における公害対策へのニーズに対応したCDM事業をモデル事業として実施することとしています。


(3)アジアEST(環境的に持続可能な交通)

 アジアの都市部の多くでは、近年急速に都市化が進み、自動車による大気汚染、騒音、交通渋滞、交通分野でのエネルギー消費量の増大など様々な問題を抱えています。現在のところ、人口当たりの自動車保有台数は先進国と比べると格段に低い状況にありますが、経済成長に伴う所得の増大ともあいまってモータリゼーションが急速に進展すれば、これらの問題はより一層深刻なものとなります。

 我が国では、1960年代後半以降にモータリゼーションが急速に進展し、大気汚染等の交通公害問題が顕在化しました。その後、自動車排出ガス規制の強化や排出ガス低減技術の開発、低公害車の普及促進などの取組の結果、これらの問題は現在までに大きく改善されてきました。しかし、前節で述べたように今後も低炭素社会への転換を目指して、環境負荷の少ない交通体系の構築やまちづくりを進めていく必要があります。

 このような状況の中で、アジア諸国における交通環境問題の解決に向けて、2005年から我が国と国連地域開発センター(UNCRD)のイニシアティブで「アジアEST地域フォーラム」が設立されました。2008年3月にシンガポールで行われた第3回フォーラムでは、各国のESTに関する事例報告等のほか、我が国の提案により地球温暖化対策と開発の双方に資する対策を促進するコベネフィットアプローチをテーマとした議論が行われました。その結果、公共交通機関の整備等を通じて自動車交通への過度の依存を避けるべきであること、温室効果ガス排出量削減と大気汚染対策や開発との両立を図っていくことの重要性などが認識されました。また、我が国は今後ともアジア地域が一体となってESTを推進する協力体制、及びアジア諸国のコベネフィット型の取組を支援していく考えを表明しました。

 今後は、アジア諸国が互いの課題や知見を共有しつつ一丸となってESTの実現に向けて取り組むことがますます重要となっています。


アジア・太平洋地域の水問題と地球温暖化


 安全な飲料水を継続的に利用できない人口は世界で約11億人いるとされており、とりわけアジア・太平洋地域は約6億人と、最も多くを占めています。国連ミレニアム開発目標においては、2015年までに安全な飲料水を利用できない人々の割合を半減することを目指すこととされています。また、世界の洪水や暴風雨等の水災害による死者の80%以上がこの地域に集中しているなど、水に関する深刻な問題を抱えています。地球温暖化が水を通じて人類に及ぼす影響は大きく、既に水資源や水管理に影響を与え始めており、今後これらの状況がより深刻化することが懸念されています。

 平成19年12月にはアジア・太平洋水フォーラム及び第1回アジア・太平洋水サミット運営委員会の主催により、水問題についてアジア・太平洋諸国の首脳級が議論する初めての国際会議「第1回アジア・太平洋水サミット」が開催されました。参加各国からは、ヒマラヤ地域の氷河の大規模な後退による氷河湖決壊や鉄砲水等の被害、島嶼国や低地帯における海水面の上昇やそれによる水資源やその管理の危機等について報告が寄せられ、アジア・太平洋諸国が協力して水問題に取り組んでいくことの重要性が確認されました。

 我が国は、アジア・モンスーン地域における水環境に関する情報基盤整備と人材育成を通じた水管理の向上を図るアジア水環境パートナーシップ事業などの世界的な水問題の解決に向けた取組を行っています。



(4)「クールアース・パートナーシップ」による資金援助

 第1章で述べたとおり、ダボス会議において福田総理大臣は、温室効果ガスの排出削減と経済成長を両立させ気候の安定化に貢献しようとする開発途上国を支援するため、5年間で累計概ね100億ドル程度の資金供給を可能とする新たな資金メカニズム「クールアース・パートナーシップ」を構築することを提案しました。このメカニズムによって、このような開発途上国に対して温室効果ガスの排出削減の取組を資金面・技術面で支援するほか、気候変動に特に脆弱な国々(島嶼国、アフリカなど)への適応策への支援なども進めていくこととしています。これにより、2013年以降の気候変動に関する実効的な国際的枠組みへの途上国の積極的な参加を促進する環境づくりにも資することとしています。

 「クールアース・パートナーシップ」に基づき、我が国とインドネシアとの間で、気候変動対策のための円借款の供与に向けての協議が進められています。

 また、平成20年1月には鴨下環境大臣が南太平洋の島嶼国であるツバルを訪問し、現地視察を行うとともに具体的な支援策を検討していくことを約束しました。その際、今後、先進国による開発途上国への支援について我が国がリーダーシップを発揮していきたい旨を表明しています。このほか、平成20年2月にはアフリカのセネガルとマダガスカル、南米のガイアナに対して無償資金協力を行うことを決定しています。


(5)人材育成支援

 開発途上国において持続可能な社会づくりを進めていくためには、長期的な視点に立った「ひとづくり」も重要な支援策の一つです。開発途上国の多くでは、大気汚染等に関するモニタリング技術や実施体制が不十分です。このため、汚染状況が正確に把握できず的確な対策が行われない状況もみられます。我が国には前述のような公害克服の経験があり、特に団塊の世代にはモニタリング等の経験や技術を持った人材が多く存在します。既に(独)国際協力機構JICA)等を通じて、これらの人材を開発途上国に派遣する枠組みを組織し、現地の状況のモニタリングを行うほか、現地の人々に対してモニタリングや分析等の技術を伝えていくことについては支援が行われています。今後、その充実を図っていくことが一層必要となっています。

 さらに、環境省では、より長期的な視点に立って「持続可能なアジア」に向けた社会変革を担う人材(環境人材)を育成するため、平成20年3月に「持続可能なアジアに向けた大学における環境人材育成ビジョン」を策定しました。このビジョンに基づき、アジアの大学院のネットワーク化等により、アジア諸国において大学等で環境人材育成を行えるような支援を平成20年度から進めていきます。また、アジア太平洋地域の21か国からなる「アジア太平洋地球変動研究ネットワークAPN)」に拠出を行い、2003年以来実施している「持続可能な開発に向けた開発途上国の研究能力開発・向上プログラムCAPaBLE)」において、開発途上国における研究者の教育訓練を通じた人材育成に貢献しています。



前ページ 目次 次ページ