課題名

G−2 砂漠化指標による砂漠化の評価とモニタリングに関する総合的研究

課題代表者名

清水英幸(独立行政法人国立環境研究所 国際室)

研究期間

平成13−15年度

合計予算額

195,006千円(うち15年度 53,206千円)
※上記の予算額には、間接経費45,281千円
(うち15年度12,281千円)を含む

研究体制

(1)砂漠化の評価およびモニタリングに関する研究

(独立行政法人国立環境研究所、東京大学、(財)地球・人間環境フォーラム、パシフィックコンサルタンツ(株)、(株)パスコ)

(2)砂漠化の植生指標に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所)

(3)砂漠化回復手法の評価に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所)

 

(4)中国における砂漠化に伴う環境資源変動評価のための指標開発に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所、筑波大学)

(5)中央アジアにおける砂漠化プロセスの解明と砂漠化の評価に関する研究

(独立行政法人国立環境研究所、京都大学、(財)地球・人間環境フォーラム)

(6)中国における砂漠化に伴う環境資源変動評価のための指標開発に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所、(社)国際環境研究協会)

研究概要

1.序(研究背景等)

 現在、砂漠化は、全陸域の1/4、全人ロの1/6に影響を及ぼしているといわれているが、その正確
なところは明らかではない。国連砂漠化対処条約(UNCCD)の締約国会議(COP)では、繰り返し、科
学的な評価・モニタリング手法の確立が求められている。2002年には、同条約の科学技術委員会
(CST)のもとに専門家グループが設置され、この問題を集中的に検討することになった。また、同
条約のアジア地域におけるテーマ別プログラムネットワーク活動の一つであるTPN1では、「砂漠
化のモニタリングと評価」が主題として検討されている。我が国においては、このような国際的な
砂漠化評価・モニタリングへの取り組みに対し、科学的な見地からより積極的に支援・貢献するこ
とを視野に入れた研究を推進する必要性が認識されてきた。
 アジア地域に目を向けると、各地域で種々の砂漠化現象が認められる。中国では、主として人間
の生産等諸活動によって、風食、水食、塩類集積等が引き起こされている。特に、北部の半乾燥地
域では広範囲に砂漠化が進行しており、この地域における砂漠化プロセスに関する調査研究を進
め、砂漠化評価システム確立の基礎となる有効な砂漠化指標の抽出を行う必要がある。中央アジア
のカザフスタンに関しては、北部畑作地帯では土壌有機物関連資源の減耗として、また南部灌漑農
業地帯では地下水位上昇に伴う土壌塩性化の加速として、砂漠化を捉えることができる。これら砂
漠化進行の原因には、通常認識されているような水資源の多寡などといった自然環境に関わるもの
と、旧ソ連邦体制解体後今日に至っているという当該地域特有の歴史的・社会経済的事情によるも
のとがある。現状における砂漠化プロセスを理解し、砂漠化の評価を実施するためには、双方を個
別に解析するとともに、その相互的な関わりを明確にする必要がある。一方、パキスタンにおいて
は、灌漑農業地帯で塩類集積による農作物の減収が顕在化している。世界の砂漠化のうち約10%が
塩類集積などの化学的劣化に起因しているといわれており、そのような典型的な地域の砂漠化進行
プロセスを明らかにする必要がある。
 このような地域ごとの具体的な砂漠化プロセスの解明に加え、それらを相互に比較検討するため
のツールの開発/構築の必要性も指摘されている。砂漠化対処のための各国の国家行動計画支援に
資する行政単位の砂漠化評価システムの構築、衛星等を用いた砂漠化の広域モニタリングシステム
の開発、モデルを含めた村落レベルにおける砂漠化の評価と予測システムの開発等は、そのような
ツールであり、その開発/構築に資する調査・研究等の推進は、前述したUNCCD/CSTやTPN1等
の砂漠化対処に係わる活動の中でも緊要な課題として認識されている。
 一方、上記モデル研究等の成果に関しては、常に砂漠化現地におけるデータの収集解析等により、
検証され、改良される必要がある。砂漠化研究においては、視点もスケールも一見異なるような研
究を相互に連携させながら、情報やデータを共有しつつ、砂漠化問題の解決に向かって総合的に推
進する必要がある。

2.研究目的

 上記のような背景のもと、本研究では、.▲献△陵諭垢丙叔化地域、具体的には、(a)主として
風食・水食が懸念される中国内蒙古自治区の中部および東部の放牧/畑作地域、(b)カザフスタン北
部の畑作地域(風食)および南部の灌漑水稲作地域(塩性化)、(c)塩性化が深刻な問題となっているパ
キスタンインダス川の上・中流域および下流域の畑作地域、における砂漠化に関連する各プロセス
(要因、状況、影響、対策効果等)の調査研究を進めると共に、∈叔化評価システム確立の基礎と
なる砂漠化指標の抽出を行う。総合化研究としては、主として既存の文献を詳細にレビューし、
これまでの問題点を整理して、各国の国家行動計画支援のための砂漠化評価手法を提案する。また、
す颪魃曚┐森域(例えばアジア地域レベル)の砂漠化の現状を評価する手法を開発し、砂漠化モニ
タリングシステムの溝築に資する。一方、コ涜射逎譽戰襪砲ける詳細な調査から、その地方の砂
漠化プロセスの因果関係を説明し、予測し、また対策の効果を評価可能な、砂漠化統合モデルの開
発を進める。これらの活動により、UNCCDのCST専門家グループの活動やアジア地域テーマ別プ
ログラムネットワーク(TPN)、特に、「砂漠化のモニタリングと評価(TPN1)」の活動に資する研究を
展開することを目的とする。

 以下に、本研究における研究地域を図示する(図1)。なお、本研究課題においては、各地域で収
集した実データを共有して利用した。特に、サブテーマ(1)の総合化研究における、様々な評価手法
の開発においては、他のサブテーマ(2)〜(6)で得られた情報・データも利用して、モデル等の試行・
改良等に活用した。また、EFFが実施したサブテーマ(2)・(3)においては、サブテーマ(1)・(4)の研
究者の助言を得て実施した。また、塩性地域での砂漠化研究では、サブテーマ(1)・(5)・(6)の関係
者が協力して、生物生産力推定モデル(EPICモデル)の検討を含めた解析を行った。

3.研究の内容・成果 考察

(1)砂漠化の評価およびモニタリングに関する研究
 砂漠化対処条約の締約国会議では繰り返し、科学的な評価・モニタリング手法の確立が求められ
ている。またアジア地域におけるTPN1は「砂漠化のモニタリングと評価」を主題として活動して
いる。このような国際的な砂漠化評価・モニタリングへの取り組みに資する研究が必要である。
 本サブテーマでは、砂漠化対処条約に資する成果を提示することを目的に、以下に示す様々な角
度から砂漠化評価に関する研究を推進した。
国家行動計画支援のための砂漠化評価手法の検討:既存の文献等の情報から、砂漠化の評価手法
のレビューを行い、その現状と問題点を整理するとともに、行政単位を評価単位とする砂漠化評
価システムを検討することにより、砂漠化の要因、状態、影響、対策効果等の視点を含む総合的
かつ汎用的な砂漠化評価システムの確立に資する。各国詳細データの取得に際しては、各地域研
究サブテーマからの情報・データの提供を受けて実施した。
広域レベルにおける砂漠化モニタリング手法の開発:衛星データ等を用いて広域的生物生産力を
推定する手法を開発し、砂漠化の植生荒廃プロセスを定量的・経時的にモニタリングするシステ
ムの構築を推進することを目的とする。本研究では生物生産力という単一の指標を持って広域モ
ニタリングシステムを提案するが、サブテーマ4やサブテーマ5と連携し、中国やカザフスタン
での現地野外調査データの取得とその解析を行い、アジア地域の砂漠化地図を作成する。
村落レベルにおける砂漠化統合モデルの開発:具体的にサブテーマ4と連携し、中国内蒙古地域
の村落調査データを用いて、生物生産力モデル、農家経済モデル、需給評価モデルという3つの
タイプのモデルを開発・試行・検証すると共に、それらの統合化について検討する。

々餡塙堝扱弉荵抉腓里燭瓩虜叔化評価手法の検討
既存の砂漠化評価手法の把握・整理
 主要な国際機関等による文献等の情報をレビユーし、既存の砂漠化の評価手法に関し、その現状
と問題点を、スケールや指標・評価の具体的手法等に着目して整理した。現状では砂漠化の要因・
状態・影響・対策効果等の各側面の指標を包含する総合的な指標体系や、指標の具体的な内容、指
標を用いた評価手法について、統一的なものがまだ示されていないこと、各地域に焦点をあてた指
標と汎用性のある指標の双方の作成や、指標を利用する立場にたった検討が課題であること等が明
らかとなった。
行政単位における砂漠化評価システムの検討
 既存の砂漠化の評価手法の問題点・課題をふまえ、国などの行政単位レベルにおける望ましい砂
漢化評価システムの枠組の検討、指標の選定・体系化、具体的な評価手法の検討を行った。砂漠化
対処のための国家行動計画の作成や、政策決定者が砂漠化対策に予算・人等のリソースを投入する
際の指針になることを目指した。対策のための資源配分実施の基礎的な単位となる可能性が高い行
政単位における評価では、必要な砂漠化対策を効果的に実施するため、砂漠化の現状とともに、そ
の要因・影響および現状の対策実施状況の関係・バランスを把握し、砂漠化への対応を検討する上
でとくに重要な要素を把握することが必要となる。
 評価システムの構築にあたっては、まず、各行政単位内の自然条件等の特性に基づくクリティカ
ル・イシューを十分加味した評価を可能とするため、より詳細な行政単位での評価が必要となる場
合の条件を整理し、評価単位の決定方法を検討した。
 次に、砂漠化のメカニズムの概略整理をふまえ、背景情報、砂漠化の要因、現状、影響、対策等
の視点を含む総合的かつ汎用的な砂漠化評価システムの枠組みを構築した。構築した枠組みをもと
に、一般的な統計データを主要な情報とする指標の選定・体系化を行い、実際のデータを用いた試
行を通じて、評価指標の尺度や評価結果の表現方法等、具体的な評価手法を検討し、行政単位にお
ける砂漠化評価システムを構築した。
 この枠組み・手法により、国家・準国家単位における砂漠化の要因、現状、影響、対策等につい
ての関係・バランスを考察し、また、国家間あるいは準国家間での相対的な比較を通じて、行政単
位の砂漠化対処の重要性を早期に見極めるための道具として活用され、国家行動計画を策定・実施
する際に利用可能であることが示唆された。
 一方、本評価手法には、より適切な指標の選択や、各行政単位での様々な傾向をより精緻に表し
得る各指標の尺度(レベル)の決め方等に検討課題があると考えられた。本研究においてはサブテー
マ(4)・(6)の協力を得て、中国およびパキスタンを例に、各国の特性を加味するための各指標の尺度
のオプション化を検討したが、今後、さらに多くの国家・準国家を対象に、評価システムのさらな
る精緻化、オプション化についての試行・検討を進める必要がある。

広域レベルにおける砂漠化モニタリング手法の開発
 広域レベルの砂漠化評価手法として、衛星データや気象データを用いて、砂漠化の植生荒廃プロ
セスを統一的な基準で評価する手法を開発した。すなわち生物生産力(NPP)を指標として、現状の
NPPを潜在的なNPPと比較し、砂漠化地域を抽出する方法(潜在―現状比較法)、および過去からの
NPPのトレンドを分析し、NPPの低下してきた地域として砂漠化地域を抽出する方法(トレンド法)
について検討した。
潜在―現状比較法
 サブテーマ(4)・(5)と連携し、2000年および2001年に中国およびカザフスタンにおいて観測され
たフィールドデータを用いて、CASAモデルを改良した広域的なNPP推定モデルを開発し、2000・
2001年のアジアにおける現状NPP地図を作製した。また、気候的な潜在NPPを推定するChikugo
モデルを用いて、2000・2001年の気候的潜在NPP地図を作製した。現状NPPを潜在NPPと比較す
る手法を改良し、より正確なアジアの乾性地域における植生荒廃地図(現状NPPが潜在NPPに比べ
低い地域の分布)を提示し、砂漠化ホットスポットを抽出した(図1参照)。
トレンド法
 光合成有効放射吸収率(FPAR)、葉面積指数(LAI)、4種類の気候データ(純放射、日最低気温、
日平均気温、飽差)および土地被覆図を用いた生産効率モデルにより、1982年から1999年までの全
球陸域NPPを推定した。1982〜1990年の9年間と1991〜1999年の9年間について、各々平均NPP
を計算し、両者を比較することによって、生物生産力の減少地域を抽出した。その結果、GLASOD
で報告されているものと同様に、中国北東部から黄土高原にかけて、モンゴル中緯度地域、ロシア
とカザフスタンの国境周辺、インド北西部などで、NPPの減少が認められた。さらにカザフスタン
中央部、バルハシ湖北部などGLASODで報告されていない地域でもNPPの減少が認められた。

 本研究では、生物生産力をキー指標にして、「潜在−現状比較法」と「トレンド法」の2つの方
法を試みた。両者の最大の相違点は、比較の対象が、前者は気候的な潜在NPP、後者はある基準と
なる時点のNPPという点にある。理論的に言えば、前者はNPP減少要因のうち、気候要因による
ものを取り除いて評価するのに対し、後者は、要因については問わず、あくまで生産力の変化のみ
に基づき評価する。すなわち、干ばつ等の気候的要因で、NPPが減少した場合、後者では荒廃とさ
れるのに対し、前者は干ばつにより潜在的NPPも減少するので、荒廃とは判定されない。したがっ
て、干ばつ等の気候的要因による生産力低下の影響を含めて評価する場合には「トレンド法」を、
その影響を除外して評価する場合には「潜在−現状比較法」を用いることが望ましいと考えられる。

B射逎譽戰襪砲ける砂漠化統合モデルの開発
 村落レベルの砂漠化を評価するため、「土地荒廃」→「生物生産力の減少」→「人間生活への影
響」という、一連の砂漠化プロセスをシミュレートする砂漠化統合モデルを開発した。サブテーマ
(4)と協力し、中国内蒙古自治区での調査データを用いて、生物生産力モデル(EPICモデル)、農家
経済モデル(線形計画モデル)、需給評価モデル、という3つのタイプのモデルを連動させた統合モ
デルを開発し、各モデルの試行・改良を行った。
 このモデルによって、退耕還林還草政策等の実施による土地荒廃防止の効果をシミュレーション
した。ゲチェンヤン村ではこの政策を実施せず、全ての傾斜地を畑にした場合に比べ、退耕還林還
草政策の導入によって土壌侵食量が大幅に減少する。しかし同時に農家所得も緩やかに減少する。
傾斜畑をすべて草地とすると、土壌侵食量は348トンから40トンまで減少できると予測された。
また、退耕還林還草政策の導入手段として補助金を付加する場合、畝(0.67ha)当たり160元以上の
補助金を付加すると、傾斜地での畑作化(作物栽培)中止面積が増え、土壌侵食量は減少し、同時に
農家所得も減少することなく、土壌保全が可能なこと(砂漠化対策の有効性)が推測された(図2)。
一方、武川県でも同様に補助金の導人によって退耕還林還草が進むと予測されたが、その金額は60
元となりゲチャンヤン村よりも低かった。また将来、このような対策を取らない場合、土壌侵食に
伴う作物生産力の減少によって、現状の人口でも維持できなくなる可能性が示唆された。



 中国では土壌侵食防止対策として「退耕還林還草政策」が政府の主導により広く導入されている。
対象農村におけるモデルシミュレーションの結果から、退耕還林還草政策の導入によって土壌侵食
量が大幅に減少すること、さらに、ゲチャンヤン村では同政策の実施に160元以上の補助金を助成
すると、農家所得を減少させることなく土壌侵食を抑制できることが予測された。現在の補助金額
は、穀物現物支給の140元と魚鱗坑作業労働の20元を足すと、1畝あたり160元となっており、
この額はシミュレーション結果から妥当なものと推定される。しかし、助成は8年間に限ることが
計画されていることから、補助金打ち切り後の農家所得の減少、傾斜地の再畑作化、土壌浸食量の
増大などが懸念される。また、本研究によるシミユレーションでは、対象村落によって補助金の結
果が大きく異なっており、この差が妥当なものであるかについては詳細な解析が必要であると思わ
れ、さらに多くの村落における事例研究の積み重ねが必要である。

(2)砂漠化の植生指標に関する研究

 砂漠化を効果的に防止するためには、砂漠化の進行状況を的確に把握するための実用的で高感度
な指標が必要である。植生は、砂漠化の進行とともに敏感にその様相を変えることが知られており、
有効な砂漠化指標として用い得ると期待される。
既存の砂漠化植生指標の把握・整理
 そこで、中国における砂漠化指標に関する文献のレビユーを行い、1990年代以降に中国において
提示された代表的な砂漠化植生指標を整理した。その結果、以下のような問題点が抽出された。
 ・研究者ごとの砂漠化の認識の相違を反映し、指標の基礎となる砂漠化の概念と規模が異なる。
 ・指標系が複雑であり、直接測定できないパラメータを含み、実際に砂漠化を評価する際に入手
  困難な情報が必要になる。
 ・他の指標と重なる部分があるにも係わらず、異なる指標間での評価結果が相互に比較できない。
 これらの複雑で非統一的な指標体系が、砂漠化植生指標の実用的価値を低下させる要因になって
いると推測された。以上のような既往の砂漠化指標の検討結果に基づき、以下のことを確認した。
 ・砂漠化評価のための指標に組み込むべき植生パラメータとしては、植被率、地上バイオマス、
  優占植物種の3つで良い。特に現地での判断を考えると、指標植物種の提示が重要である。
 ・砂漠化進行度は、3〜6段階程度に分類するのが実用的である。
 ・植生パラメータをもとに砂漠化進行度を評価するうえでは、対象地域の気象、地質、植生帯等
  の条件を考慮すべきである。
砂漠化の進行度の指標植物種に基づく評価
 サブテーマ(4)の調査地域も含め、中国の乾燥、半乾燥、乾性半湿潤地域に位置する6つの典型的
な砂漠化地域(Tengeri沙漠、Ulanbuh沙漠、Mu Us沙地、Xilinguole草原、Horqin沙地、Hulunbeier
沙地)を対象として、文献のレビューおよび現地調査を並行して行い、各地域ごとに、砂漠化の進
行にともない、植被率、植物種構成などがどのように変化するかを調べるとともに、特定の砂漠化
の進行段階でどのような植物種が特異的に出現するかなど、適用可能な砂漠化の植生指標について
検討した。
 その結果、これらの地域では、降雨量などの気象環境や地質条件の相違、地理的隔離による分布
種の相違等により、指標植物として用いられる植物種はかなり異なることが明らかになった。そこ
で、各々の地域につき、砂漠化の進行度を評価するために適用可能な指標植物種を提示した。
 本研究の結果、中国の乾性地域に分布する植物種に関し、砂漠化の指標植物種という視点からの
情報整理や現地調査がなされた。また、関連情報(サブテーマ(3)における植物種の生理生態特性−
環境反応性を含む)については、そのデータベース化を行い、今後の砂漠化モニタリングのために
有用な基盤整備を行うことができた。

(3)砂漠化回復手法の評価に関する研究

 中国においては、これまで砂漠化からの回復について多くの経験が積み重ねられてきているが、
効果的で効率的な砂漠化回復手法が確立されているとはいえない。その主な要因としては、以下の
2つが上げられる。
 ・既往の関連情報が系統的に整理されておらず、既往の経験的知見に基づいた効果的な砂漠化回
  復手法が確立されていない。
 ・砂漠化回復のための緑化に用いられる植物種の特性が十分解明されておらず、各植物種の生理
  生態特性−環境反応性に基づいた効果的な手法による緑化が行われていない。
 そこで、中国の典型的な砂漠化地域であるムウス沙地を主対象として、既往の文献情報の整理およ
び代表的な緑化植物種の環境反応特性の実験的解明を行い、効果的で効率的な砂漠化回復手法を提
示することを目指して研究を行った。
既存の砂漠化回復手法の把握・整理
 まず、砂漠化からの回復に関する既往の文献情報の収集と整理を行うとともに、文献情報のデー
タベース化を行った。その結果整理された、物理的、化学的、生物的および社会経済的な砂漠化回
復手法の中では、低コストで実行性が高く持続性が高いという特徴を併せ持つのは、生物的な手法
であると判断された。また、植生回復手法においては、飛行機播種と苗木移植が重要で最も直接的
な効果が得られることが示唆された。
環境制御実験による緑化植物種の生理生態特性―環境反応性の把握
 さらに、飛行機播種や苗木移植による効果的な緑化を行うための基盤となる知見を提供するた
め、対象地域(ムウス沙地)で砂漠化回復のための緑化に頻繁に用いられている9種の植物につき、
環境制御室を用いた実験により、種子発芽の光強度特性・光−温度特性・温度−水分ストレス特性、
種子発芽・実生出現における砂被覆の影響、苗木移植の再生(出葉)特性、および苗木の生長に及ぼ
す水分環境の影響等について検討した。実験結果から以下のような知見が得られた。
・ 砂漠化地域の多くの植物種の発芽に光照射は必要なく、数種(Agriophyllunm squarrosum、Artemisia
 sphaerocephala、Artemisia ordosica)では種子発芽の光阻害が認められた。
・広範囲の温度に対し比較的一様な発芽反応を示す植物種(Caragana intermedia)がある一方で、高
 温や低温で顕著に種子発芽が抑制される種(Artemisia ordosica)も存在した。後者では、光と温度
の複合効果も認められた。
・ 水ストレスの種子発芽影響に関して、比較的強い種(Astragalus adsurgens)、弱い種(Artemisia
 ordosica)があるが、後者では、特に高温時や低温時に影響が大きく現れた。
・ 実際の砂地においては種子は砂に被われるが、被覆がある深さ(0.5cm)の場合にのみ良く実生が
 出現する種(Agriophyllunm squarrosum、Artemisia sphaerocephala、Artemisia ordosica)と実生出現可
 能な範囲が比較的広い種(Caragana korshinskii、Hedysarum fruticosum、Medicaga sativa)があり、
 野外では、光、温度、水分要因以外にも砂の被覆による物理的効果が種子発芽・実生の出現に影
 響していることが推察された。
・ 苗木移植による緑化の基礎的知見として、3植物種(Artemisia ordosica、Artemisia sphaerocephala、
 Medicaga sativa〉の苗木の幹枝の除去量を変えたところ、半分ほど除去した状態でもこれらの植物
 では植栽後の葉形成が良好となることを示した。
・ 4種の植物実生(Artemisia ordosica、A. sphaerocephala、Caragana korshinskiiおよびHedysarum
 fruticosum)の生長に及ぼす水分環境の影響では、2種のArtemisia属は水分環境が良いほど生長は
 良かったが、他の2種はより乾燥した条件の緑化に適することが明らかとなった(図3)。
 これらの結果から、各々の環境要因に対する反応性、各植物種の生理生態特性が明らかになり、
飛行機播種や苗木移植に関して、その時期(季節)や地域(環境)、前処理などを考える際の情報整備
ができた。
 本研究から、既往の砂漠化対策に関連する情報の系統的な整理・データベース化ができたが、こ
れに加えて、これまで検討されてこなかった緑化植物種の生理生態特性−環境反応性を明らかにす
ることができた。今後、ムウス沙地に限らず、中国各地の砂漠化地域の緑化を推進するうえで、本
研究成果は有用な知見となると期待される。



(4)中国における砂漠化に伴う環境資源変動評価のための指標開発に関する研究

 中国では、主として人間の生産活動によって、風食、水食および塩類集積が引き起こされ、特に
北部の半乾燥地域では広範囲に砂漠化が進行している。そこで、本研究では、内蒙古自治区中部・
東部のモニタリングサイトを対象に、土壌および植生等に関する現地調査を行い、砂漠化プロセス
に関する指標群を選定し、また、環境資源変動と社会経済環境・農家経済行動との関係について検
討した。なお、ここで収集した自然資源および社会経済データはサブテーマ(1)に提供され、広域モ
ニタリングおよび村落レベルの砂漠化統合モデルの開発に利用された。

‥攵蹇植生指標に基づく砂漠化評価
 ホルチン砂地ナイマン旗における回復試験地では、草方格、固砂植物の植栽などの対策を行うこ
とにより砂丘は速やかに固定され、表層にはクラストが形成されること、クラスト部分は、下層に
比べて有機物や細粒質に富んでいることが明らかになった。また、禁牧によって荒廃草地が4年目
にほぼ回復し、草地の炭素集積速度が年間約0.03%であることが確認され、微細粒子の捕捉による
炭素付加があると推定された。退行過程と回復過程をあらわす指標は、植生では種組成、土壌特性
では有機炭素と細粒質があげられ、これらは相互に関連しながら退行・回復することが示された。
 内蒙古中部の広域調査により、植生調査で得られたデータを用いて、種組成からみた調査地点間
の類似性を統計的手法により解析した結果、植生タイプの差異は土壌タイプおよび降水量により説
明できることが判明した。また、クラスター分析により調査地点の分類を行った結果、脆弱性が高
いとされる砂地域の植生は、地理的に多少隔離していても、組成的な類似性が高かった。このこと
から、同グループの指標種であるArtemisia spp.およびアカザ科一年草等は、内蒙古東部・中部の砂
地域の砂漠化(流動砂丘)を指標する植物種群と考えられた(図4)。
 土壌理化学性の分析を行った結果、土壌肥沃度を規定する最も重要な制限因子は可給態Nであ
り、ついで可給態Pと陽イオン交換容量(CEC)であった。これらの3因子とそれらを規定する細粒
質と有機物の含量が、砂漠化程度を評価する土壌特性指標と考えられた。なお、砂漠化/回復程度
を評価する際の基準値は土壌タイプごとに設定する必要があるが、これらの土壌因子はいずれも上
記DCA序列化における1軸との相関が有意に高いことから、植生指標の情報と補完することによ
り、土壌タイプごとの土壌肥沃度評価が可能と考えられた。
 100万分の1スケールの植生図(中国草地資源図)および土壌図(中国土壌図)を用いたオーバーレ
イによる解析を行い、植生(優占種型)−土壌類型に基づく地域区分および指標種群を抽出したうえ
で、現地調査により得られたグループおよび指標種群との比較を行った。その結果、両者はおおむ
ね対応することが確認され、上記現地調査の結果が適用可能であることが示唆されるとともに、ナ
イマンで抽出された植生では種組成、土壌では有機炭素と細粒質という指標は、潜在的な土地条件
が異なる地域でも適用可能であることが示唆された。



土壌の放射性核種を指標とする砂漠化評価
 世界の人口密集地域である東アジアでは、農耕地での土壌侵食、砂漠化に伴う土地荒廃や黄砂の
発生が深刻な問題となっている。これらの問題を軽減するため、できるだけ早く侵食や砂漠化を検
知し、適切な対策を施すことが必要とされる。そこで過度の放牧や耕作による砂漠化が進む中国北
部の草原を対象に、降下放射性核種を風食の指標として利用できるかどうか検討を行った。
 草原に放牧密度を管理した試験区を設け、土壌中の降下210Pb放射能濃度と放牧圧との関係を調
べたところ、放牧密度が高く植生の退行が進んだと考えられる試験区ほど、土壌中210Pb放射能濃
度の低い地点が多く出現した。この結果は、210Pb放射能濃度分布が、植被の減少にともなう土壌表
層部の風食を良く反映することを示唆し、本計測手法による砂漠化診断の可能性が認められた。
 従来土壌侵食量測定に用いられてきた137Cs法は、地表の侵食や撹乱が大きい砂漠化域では核実
験等に由来する137Csが土壌に残存しておらず、適用が困難な場合が多かったが、210Pbは天然の降
下物でり、侵食で一度土壌表層部から失われても、新たに集積するという利点があり、土壌中の降
210Pbを指標とする方法は、137Csが残存していない砂漠化域土壌に対しても適用可能である。

社会・経済的条件・政策と環境資源変動の関係の検討
 土壌侵食地域の内蒙古自治区ジュンガル旗と、砂漠化地域の内蒙古自治区ナイマン旗において、
農家調査を行い、農家経済データを収集した。これらのデータをサブテーマ(1)で開発した、生物生
産モデルや農家経済モデルに当てはめ、解析した。
 ジュンガル旗では、退耕還林還草政策の実施による土壌浸食の低減効果や、補助金付加による効
果の促進が示された(サブテーマ(1)参照)。また、農村の都市化による非農業就業機会の増加が環境
負荷軽減・環境保全促進(土壌侵食量の低減)に有効であることが示唆された。
 砂漠化が進行するナイマン旗では、高所得農家は貧困農家より、放牧圧が高く、耕地面積が多く、
草原生態系により重い環境負荷を与えていた。貧困そのものではなく、貧困から脱却するための農
家行動が環境劣化の一因となっていた。現在の放牧禁止政策は大幅な農家所得減をもたらしてお
り、代替策として合理的放牧圧をha当たり1羊単位(C1)にキープするか、または一人当たり5羊単
位(C5)に制限することが考えられた。肉牛を中心とする舎飼畜産技術の導入は農家所得の増加と放
牧圧軽減を同時に促進することが可能であるが、貧困農家にとっては初期資金不足の制約を受けて
おり、舎飼畜産技術が所得増につながらない。貧困農家を対象にした信用サービスの供与により、
放牧圧または家畜頭数の制限の下で、舎飼畜産技術の導入に伴う所得増が期待できることが推測さ
れた。

(5)中央アジアにおける砂漠化プロセスの解明と砂漠化の評価に関する研究

 中央アジア地域における砂漠化は、カザフスタンにみられるように、北部ステップ生態系下の畑
作地帯では土壌有機物資源の減耗として、また南部砂漠生態系下の灌漑農業地帯では地下水位上昇
に伴う土壌塩性化の加速として捉えることができる。これら砂漠化進行の原因には、通常広く認識
されているような水資源の多寡などといった自然環境的条件に加えて、旧ソ連邦体制解体後の急速
な市場経済の浸透という当該地域特有の歴史的・社会経済的条件によるものがある。
 現状における砂漠化プロセスを理解し防止策を講じるにあたっては、双方の条件を個別に解析す
るとともに、その相互的な関わりを明確にする必要がある。本研究ではこのような砂漠化プロセス
の機構解明と要因解析を行った。なお、本研究による生物生産に関するデータはブテーマ(1)に供給
され、広域モニタリングに利用された。また、南部の塩性化地域におけるデータは、サブテーマ(6)
に提供され、生物生産力モデル(EPICモデル)の検証・改良に利用された。

)棉畑作地帯における土壌有機物関連資源の減耗プロセスの解明
 カザフスタン・アクモラ州ショルタンディ畑作試験地において調査を行った。土壌への有機物投
入量の現地測定、土壌特性値、気象および土壌呼吸モニタリングに基づく、有機物損失量予測式の
導出、ならびに、それを用いた年間損失量を算出し、両者の差引により、2001〜2003年度の土壌有
機物収支を求めた結果(図5)、収支は有機物投入量を左右する土地利用(休閑を含むか否か)に強く
規定されることが判明した。その際、土壌有機物分解量は潜在的に台地頂部で大きく、ついで北側
斜面、南側斜面の順となった。
 これらの調査結果から、北部畑作地帯では、台地頂部における大きな土壌有機物分解速度、南側
斜面における作物収量の低さ(低い作物残渣投入量)が、土壌有機物収支をマイナスとするリスク要
因として挙げられた。



南部灌漑水稲作地帯の土壌塩性化プロセスの解明
 一方、南部灌漑農業地域に関しては、クジルオルダ州シャガン農場、シャメーノフ農場の各試験
地で、土壌塩性化の現況と、地形、地下水、灌漑・排水システム、土壌特性値に関して現地調査を
行った。その結果、輪作体系の中における土壌塩類の土壌断面内移動のメカニズム、および塩性化
規定要因として、低標高、細粒質の寄与が明らかとなった。
 このように、南部灌漑農業地帯で比較的平坦な地形上に灌漑農地を開いた場合、排水不良による
除塩機能の低下/水田における塩害の深刻化が見られた。砂漠化軽減のためには、地域の総合的土
地利用の適正化が必要であると考えられた。

砂漠化に及ぼす社会経済要因の解明

 砂漠化の進行に多大の影響を与えてきた社会経済要因に関する調査から、近年、穀物商社による
垂直インテグレーションが、砂漠化防止のための集約的営農管理に貢献している傾向が一部の農業
企業で観察された。一方、収益性の低い企業は一段の粗放化が進行し、砂漠化の進行を加速化して
いる可能性が危惧された。

 砂漠化進行リスクが、程度の差こそあれ地形条件によって規定されているという事実は、逆に地
形条件にうまく適応することによって、砂漠化リスクを回避あるいは軽減させる土地利用が可能で
あること(適地適作の有効性)を示唆する。高リスク地での土地利用の転換(農地から牧草地へ)ある
いは低リスク地の集約利用などを通して、農業経営の経済性を高めながら砂漠化リスクを軽減させ
ることが可能であると考えられた。
 また、総体としてみれば、旧ソ連邦時代に比べると低投入型の耕作が継続しており、このことが
北部畑作地における有機物投入レベルの低下、南部灌漑耕地における灌漑排水網の劣化を通して、
砂漠化を加速する要因となりうる恐れがある。前述した地形適応型土地利用のような慣行農法の部
分的改良を通して、農業経営の経済性を改善し、砂漠化リスクを軽減させるような対策を確立する
ことが強く望まれる。

(6)パキスタンにおける砂漠化プロセスの解明と指標化に関する研究
 砂漠化のうち約10%が塩性化などの化学的劣化に起因している。パキスタンは、全耕地面積の約
80%が灌漑農業地という、世界でも類を見ないほど灌漑設備を発達させ、灌漑農業を展開してきた
国である。しかし、近年の不適切な灌漑に伴う塩性化によって農作物の減収が顕在化してきており、
また、鈍化しない人口増加率(年2.5%)とも複合して、近い将来食糧不足を引き起こす可能性があ
り、早急な対応が求められる。以上のような背景から、以下のことを目標に、研究を実施した。
 ・流域・集落レベルでの塩性化を中心とした自然科学的砂漠化指標を抽出・提示する。
 ・流域レベルで塩性化を進行させる歴史的・宗教的・社会的要因を含む諸要因を解明する。
 ・集落・農家レベルでの砂漠化評価のための生物生産力モデルとして提案されたEPICモデルの
  塩性化地域への適用性について検討する

[域・集落(圃場)レベルでの塩性化を中心とした自然科学的砂漠化指標の抽出
 インダス川流域に沿って設置したモニタリング圃場で、土壌・水資源などの理化学性を調査した
結果、塩性化プロセスは、土壌生成要因と灌漑水の水質に起因すると考えられたが、その強さは圃
場によって異なった。すなわち、上流では化学的な土壌荒廃として、塩性化よりもむしろ高pHの
影響が大きいと推測された。また、下流の圃場ほど塩性化の影響が大きくなり、塩害に加えて、ナ
トリウム害が大きくなると考えられた。なお、同一の土壌に属する塩性化程度の異なる圃場の理化
学性を分析した結果、塩性化の進行に伴い、土壌肥沃度の低下が認められた。

⇔鮖謀・宗教的・社会的要因を含む砂漠化要因の解明
 既存の文献を収集・整理した結果、以下のような要因が推測された。
 ・インド・パキスタン独立(1947年)に伴い、灌漑システムは分断され、5河のうち2支流により
  全灌漑網をまかなわざるを得なくなった。そのため、安定的な灌漑水の供給が難しい傾向にあ
  り、非計画的な(水がある時にあるだけ潅水する) 灌漑が行われるようになった。
 ・灌漑水の不足を補うために進められた汲み上げ地下水は、現在では全灌漑水量の33%に達して
  いる。しかし、水質は悪化しており、インダス川下流域のシンド州では、3,000mg/l TDSを超
  える地下水が、全体の75%に達し、塩類集積の一因となっている。
 ・ヒンズー教の一派であるシク教徒とイスラム教徒の移動に伴い、農業開発に必要な資本も移動
  し、パキスタン側では塩性化に対処するための十分な資本投資が行われなかった。

砂漠化評価のための生物生産力モデル(EPICモデル)の塩性化地域への適用性
 サブテーマ(1)で使用するEPIC(Erosion Productivity-Impact CalculatorまたはEnvironmental policy
Integrated Climate)モデルは、アメリカ合衆国農務省農業研究局(USDA-ARS)が開発した、土壌侵食
による土壌肥沃度の低下や作物収量の推移を予測するモデルである。研究対象地であるパキスタ
ン・インダス川流域の農耕地において、塩性化進行程度の異なるモニタリングサイトを設定し、EPIC
モデルの利用に必要な圃場データの収集を行い、EPICモデルによる生物生産力等の推移を試算し
た。
 Sargodha地区の現地調査と理化学的性質の分析結果による土壌データと、最近地のLahoreの気象
データを新たなファイルとして作成し、米国の気象データセンター(NCDC)の提供するデータセッ
トから他の気象データを取得し、サトウキビの収量や土壌状態の変動をシミュレートした(図6)。
 土壌中の全窒素(硝酸態として算出)は、年とともに集積する結果となった。一方、サトウキビに
吸収された窒素は、サトウキビの収量と連動しており、年次変動は大きいが、長期的に収量、窒素
吸収量の低下傾向が認められた。蒸発散量は、年次間の変動はあるものの、長期的にはほぼ一定し
ていた。土壌中での窒素の集積は、降水量実測と蒸発散量のシミュレーション結果から、年間を通
じて蒸発散量が降水量を上回ることから、土壌断面中での上方への物質移動が顕著であることを示
唆している。灌漑水の塩濃度が定義された範囲内でシミュレーション結果に反映されるかどうか比
較したが、収量の変化は認められなかった。これは、灌漑水の塩濃度が現在のEPICモデルでは実
際には機能していないことを示す。



 地下水面まで連続して層位別に採取した試料の分析データを用いても、サトウキビを栽培した場
合の植物生産量には長期的な逓減傾向が認められたが、士壌からの蒸発散量の変化は明瞭ではなか
った。また、シミュレーションのアウトプットに、土壌中の塩濃度は含まれていないことから、砂
漠化指標としての塩性化を現在のEPICモデルによって直接評価することは難しいことと思われた。
 さらに、サブテーマ(5)から提供された、カザフスタンの圃場データについても、EPICモデルに
よる生物生産力のシミュレーションを行った。カザフスタンはパキスタンと異なる気象・土壌条件
であり、栽培作物も異なることから、塩性化指標の適用範囲拡大に資すると考えられる。しかし、
その結果は、Sargodha地区と同様の傾向を示した。
 塩性化指標の構成要素である土壌属性として、土壌pH、EC、Naイオン、SAR(Sodium Adsorption
Ration)が挙げられるが、EPICモデルでは土壌pHの入力範囲が高pH側は9.0までしか設定してい
ないこと、Naイオンの量やSARなどを属性として扱っていないことなどのため、生物生産力を正
確に予測できなかったと思われる。土壌が塩性化するとpHが高くなり、Naイオンが多くなってSAR
が高くなることなどが分かっており、EPICモデルにこれらの指標を組込んで、再評価することが必
要である。
 EPICモデルは開発言語としてFortranを使用しており、最新のWindows環境に移植する作業が必
要であると思われる。そのことは、開発元のUSDA-ARSだけでなく、欧米の大学や研究機関でも認
識されており、操作環境の改良に向けた取り組みが始まっており、共同研究の推進に向けた環境が
整ってきた。

4.総合考察

 「砂漠化とは、乾燥地域、半乾燥地域、乾燥半湿潤地域における種々の要素(気候の変動および
人間活動を含む)に起因する土地の劣化をいう」と、砂漠化対処条約では定義している。また、「土
地の劣化とは、乾燥地域、半乾燥地域、乾燥半湿潤地域において、土地の利用または単一の若しく
は複合的な作用(人間活動および居住形態に起因するものを含む)によって、天水農地、灌漑された
農地、放牧地、牧草地、森林の生物学的または経済的な生産性および複雑性が減少し、または喪失
することで…」とされている。
 これらのことからも、「生物生産力」は、砂漠化を評価する最も適切な指標であると考えられる。
本研究では、主として、こうした観点から、「生物生産力」を一つのキー指標として、各地域での
研究、および総合化研究を推進した。       
 特に広域における砂漠化モニタリングには、衛星データを用いて算出可能な「生物生産力」とい
う一つの指標によって、各地域を相互に比較することができることから、客観的かつ有効な指標と
考えられる。ここに示した、「潜在−現状比較法」および「トレンド法」にしても、まだ、完成し
た手法ではないが、今後のデータの蓄積、各砂漠化現地における検証の充実によって、統一的な砂
漠化評価手法の一つとして認知されるものと考えられる。
 一方、実際の砂漠化地域では、現地の住民が認知可能な単純な指標の開発が望まれる。多くの地
域における気象・土壌環境と砂漠化指標植物種の現地調査、および各植物種の特性把握によるその
適用性の検討は、それらのデータベース化を通して、実際に有効性が発揮されると思われる。
 また、各地域における砂漠化進行の予測、および、砂漠化対策を導入した場合の効果を評価・推
測するためには、ここで示したような、生物生産力モデルと社会経済モデルの統合化による解析が
有効である。ここでは、農家経済モデルさらには需給評価モデルについて検討したが、実際の開発
途上国の砂漠化地域でも、経済の流動化・広域化が急ピッチで進行しており、流通経済・解放系の
社会を視野に入れたモデルの導入を、今後検討する必要がある。
 砂漠化問題において、「砂漠化の評価」は問題解決の基盤であり、それを用いて、対策の有効性
を評価推定し、あるいは長期モニタリングすることなどにより、本来の砂漠化対処(砂漠化の防止・
軽減、および砂漠化地域の回復・再生)に利用されてこそ意味があるといえる。今後も、実際の砂
漠化地域において、ここで提示した「砂漠化評価」手法を用いて、その試行・改良に努めることが
重要である。
 本研究では、中国・カザフスタン・パキスタンといった各地域の研究を横糸に、村落レベルから
アジア地域レベルに至る各スケールにおける砂漠化評価手法の開発を縦糸に、各々独自に研究を進
めると同時に、相互に、情報交換・データ提供等を行って、研究を進めてきた。各サブテーマの研
究が完全にリンクして進んだとは行かないまでも、節目節目で関係者が国内あるいは砂漠化現地で
集い、また連絡を取り合い、研究を推進できたことはこれまでにそれほどなかったかもしれない。
今後ともこうした総合化的研究の推進は重要かつ有用であると感じている。
 なお、2004年2月2日に、国立環境研究所において、「国際シンポジウム:砂漠化の評価とモニ
タリング−砂漠化対処条約への貢献に向けて−」を開催した。同シンポジウムには、環境省地球環
境局、砂漠化対処条約事務局、同科学技術委員会の専門家グループ委員をはじめ、多くの砂漠化関
係者が参加し、本研究課題の参画研究者も研究成果を発信し、また討論により研究の推進に努めた。
 また、本研究の成果は、国連砂漠化対処条約(UNCCD)の科学技術委員会(CST)のもとに設置され
た専門家グループの活動や、同条約のアジア地域におけるテーマ別プログラムネットワークの一つ
であるTPN1「砂漠化のモニタリングと評価」の活動、あるいは、EUを中心とした、AIDCCDプロ
ジェクトなどに、課題代表者をはじめとする研究参画者が積極的に参加し、情報提供を行うと共に、
意見交換・研究交流を推進できたことは、本研究プロジェクトの最大の成果であった。今後もこの
ような国際的な砂漠化評価・モニタリングへの取り組みに対し、科学的な見地からより積極的に支
援・貢献するための研究活動を推進する所存である。

5.研究者略歴

課題代表者:清水英幸
      1954年生まれ、東京大学理学部卒業、農学博士、国立環境研究所生物圏環境部環境植物研
      究室主任研究員、同地球環境研究センター研究管理官を経て、現在、国立環境研究所国際
      室国際共同研究官
      主要論文:
      1)Y.Zheng,H,Shimizu,J.D.Barnes:Ncw Phytologist,155,67-78(2002)."Limitations to CO2
       assimilation in ozone-exposed leaves of plantago major L."
      2)H,Shimizu(ed.):CGER-1050(2002》"Integration and regional researches to combat
       desertification - Present state and future prospect一,The 16th Global Environment
       Tsukuba"(pp.392),CGER,NIES,Japan(ISSN1341-4356).
      3)G.Y.Qiu,I.B.Lee,H.Shimizu,Y.Gao,G.Ding:Journal of Arid EnvironmenIs,56,449-464
       (2004)"Principles of sand dune fixation with straw checkerboard technoiogy and its effects
       on the environment."

主要参画研究者
(1):清水英幸  (同上)

(2):高 永(平成13・14年度EFF)
      1962年生まれ、中国内蒙古林学院沙漠治理系修士課程修了、農業博士、中国内蒙古林業科
      学研究院沙漠治理系助手、講師、副教授、および沙漠化防治教研室副主任、主任を経て現
      在、内蒙古農業大学生態環境学院教授、および沙漠化防治学科副主任
      主要論文:
      1)Y.Gao and Y.Li;Jourllal of Desert Research, 18, 172-174(1998) "Desertificalion and
       regional economy"
      2)Y.Gao,G.Y.Qiu,H.Shimizu,K.Tobe,B.Sun and J.Wang: Journal of Arid Environments,
       52,483-497(2002) "A 10-year study on techniques for vegetation restoration in a
       desertified salt iake area."
      3)Y.Gao,G.Y.Qiu,G.D.Ding,H.Shimizu.Y.Yu,C.Y.Hu,Y.P.Liu,K.Tobe,Y.Wang and J.
       Wang: Journal of Desert Research,24,365-370(2004) "Effects of Salix psammophla
       checkerboard on reducing wlnd and stabllizing sand."

  :虞 毅(平成15年度EFF)
      1964年生まれ、中国内蒙古林業大学卒業後、鳥取大学大学院連合農学研究科修了、農学博
      士、中国内蒙古林業科学研究院沙漠治理研究所助手、講師を経て、同助教授
      主要論文:
      1)Y.Yu,X.Hu and Y.Gao: Inner Mongolia forestry science and technology, China, 2
       (VoL.100): 8-12(1998)"Rules of groundwater level changing in Maowusu Sand Land,"
      2)虞毅、奥村武信、末安克巳、田熊勝利:日本緑化工学会誌,27(1),62-67(2001)「砂表
       面の粗粒化と草本根系の風食への影響.」
      3)Y.Yu,T.Okumura,K. Sueyasu and M.Kamichika: Proc. of 12th International Soil
       Conservation Organization Conference, Beijing, China,Vol.(4), 607-612(2002)"The effect
       of coarse sand and grass roots on wind erosion from desertified lands."

(3):鄭 元潤(平成13〜15年度EFF)
      1968年生まれ、中国科学院沈陽応用生態研究所,博士課程修了、理学博士、中国科学院
      植物研究所植被数量生態学開放研究実験室副研究員を経て、現在、同室研究員(教授)、
      およびORDOS沙地草地生態研究站副站長。
      主要論文:
      1)G.LiandY.Zheng: Journal of Environmental Sciences,14(4),568-675(2002) "The
       Characteristics of Regional Climate Change and Pattern Analysis on Ordos Plateau."
      2>Y.Zheng,Z.X.Xie,Y.Gao,H,Shimizu,LH.Jiang and Y.Yu: Belgian Journal of Botany,
       136(2): 129-138(2003) "Ecological restoration in northern china: germination
       characteristics of 9 key species in relation to air seeding".
      3)Y.Zheng,A.Specht and H.Shimizu: Journal of Arid Environmems (in press》
       "Desertificatlon: Towards integrated management."

(4):谷山一郎(平成13・14年度サブ課題代表者)
      l953年生まれ、北海道大学農学部博士課程単位取得、現在、独立行政法人農業環境技
      術研究所研究企画科長
      主要論文:
      1)1.Taniyama,T.Imagawa,T.Ohkuro,Y.Shirato,H.Fujiwara,T,Zhang,H.Zhao,T,Wang:
       Adeel,Z.ed.,Integrated Land Management in Dry Areas, UNU Desertification series No.4,
       p79-92, Unked Nations UniversiIy (2001) "Evaluation of Management for Combating
       Desertification in Horqin Sandy Land, China" 
      2)T.H.Zhang,H.LZhao,F.R.Li,Y.Shirato,T.Ohkuro and I.Taniyama: Journal of Arid
       Environment, 58,202-213(2004)"Comparison of different measures for stabilising movlng
       sand dunes in the Horqin Sandy Land of Inner Mongolia, China."
      3)Y,Shirato,1.TaniyamaandT.H.Zhang: Soil Science and Plant Nutrrition (2004) "Changes in
       soil properties after afforestation in Horqin sandy land, north China." (in press)

  :大黒俊哉(平成15年度サブ課題代表者)
      1965年生まれ、東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、農学博士、現在、独立行政法
      人農業環境技術研究所景観生態ユニット主任研究官
      主要論文:
      1)T.H.Zhang,H.L.Zhao,T.Ohkuro and Y.Shirato: Grassland of Chlna, 25,9-1 2(2003)
       "Variations of soil characteristics after successive grazing in Kerqin Sandy Land, Inner
       Mongolia."
      2)T,H.Zhang,H.L.Zhao,T.Ohkuro and Y.Shirato:Journal of Arid Land Resources and
       Environment, 17,117-121 (2003) "Soil characteristics and spatial pattern of vegetation
       after successive grazing in Horqin Sandy Land, Inner Mongolia."
      3)H.LZhao.S.G.Li,T.H.Zhang,T.Ohkuro and R.L.Zhou,: Journal of Range Management,
       57,pl87-190 (2004) "Sheep gain and species diversity: In sandy, grassland, Inner
       Mongolia,"

(5):戸部和夫
      1958年生まれ、放送大学教養学部卒業、農学博士、現在、国立環境研究所環境研究基盤技
      術ラボラトリー環境生物資源研究室主任研究員
      主要論文:
      1)K.Tobe,L.Zhang,G.Y.Qiu,H.Shimizu and K.Omasa: Journal of Arid Environments, 47,
       191-201 (2001) "Characterisics of Seed Germination of Five Non-halophytic Chinese
       Desert Shrub Species,"
      2)K.Tobe,X.Li and K.Omasa; Australian Journal of Botany, 50,163-169(2002) "Effects of
       sodium, magnesium and calcium saits on seed germination and radicle survlval of a
       halophyte, Kalidium caspicum (Chenopodiaceae)."
      3)K.Tobe,L.Zhang and K.Omasa: Seed Science Research, 13,47-54(2003) "AIIeviatory
       Effects of Calcium on the Toxlcity of Sodium, Potassium and Magnesium Chlorides to Seed
       Germination in Three Non-halophytes."

(6):中井 信
      1948年生まれ、愛媛大学大学院農学研究科修了、学術博士、現在、農業環境技術研究所
      農業環境インベントリーセンター土壌分類研究室室長
      主要論文:
      1)中井信・趙貴海・樊自立・張累徳:国際農業研究情報第3号,p.1-197(1996)「中国・
        トルファン盆地の土壌と農業」
      2)中井信・趙貴海:日中共同研究「環境保全」成果発表会論文集,170-176、177-189(1998)
        "中国新疆における土壌の塩類化の現状と対策"
      3)中井信(監訳):国際食糧農業協会(2000) "世界の土壌資源_照合基準_"