環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和4年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第2章>第3節 分散・自然共生の視点からのアプローチ

第3節 分散・自然共生の視点からのアプローチ

新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市への一極集中のリスクが顕在化した一方で、テレワークなどが普及拡大し、働く場所の選択肢が多様化しました。このような動きの中で人口分散型の社会の気候変動対策を含む環境保全上の効果が注目されるようになりました。各地域においても、健全な自然環境を構築し、気候変動を始め、防災・減災、健康などの様々な社会課題の解決策の基盤として活用することが注目されています。第3節では、分散・自然共生の視点からのアプローチから、生物多様性の損失を回復軌道に乗せ、レジリエントな社会を形成するための取組について紹介します。

1 30by30(サーティ・バイ・サーティ)ロードマップ

2021年6月に開催されたG7コーンウォール・サミットにおいて、2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させるという世界的な任務を支える「G7・2030年自然協約」が採択されました。この協約においてG7各国は国内の状況に応じて2030年までに陸地及び海洋の少なくとも30%を保全又は保護すること(30by30)にコミットしています。

我が国では、現在、陸地の約20.5%、海洋の約13.3%が国立公園等の保護地域に指定されていますが、30by30目標を達成するためには、国立公園等の保護地域の拡張だけではなく、保護地域以外で生物多様性の保全に資する地域(OECM:Other Effective area-based Conservation Measures)を設定していくことが重要です。このため、環境省では、民間等の取組によって生物多様性の保全が図られている区域を国がOECMに認定する仕組みを2022年度に試行する予定です。そして、2023年には全国で100地域以上を先行的に認定することを目指します。

30by30目標を達成するため、保護地域の更なる拡充やOECMの設定等を進め、人類の生存基盤であり社会経済を支える健全な自然環境を確保し回復させるための道筋となる「30by30ロードマップ」を2022年4月に公表し、生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第二部に向けて国際的にも発信することとしています。このロードマップでは、30by30目標を達成することにより、愛知目標に代わる2021年以降の新たな生物多様性世界目標であるポスト2020生物多様性枠組の議論でも重要な課題の一つとなっているビジネスにおける生物多様性の主流化、野生鳥獣の管理や外来種対策、気候変動により災害の激甚化が想定される中での生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR:Ecosystem-based Disaster Risk Reduction)の推進など、健全な自然環境を活用して様々な社会課題を解決していくことについても描いています。

2 生物多様性に関する世界的動向と次期生物多様性国家戦略に向けて

第1章第3節で紹介したとおり、生物多様性と生態系サービスの損失が続いていることを多くの科学評価報告書が指摘しています。また、愛知目標の最終評価においても、ほとんどの目標に進捗が見られたものの、完全に達成できたものはないと指摘され、愛知目標と同時に決められた2050年までの生物多様性の長期目標である「自然との共生」の達成には、「今までどおり(business as usual)」から脱却し、気候変動対策などの複数分野と連携した行動が必要とされています。

ポスト2020生物多様性枠組は、2022年に中国・昆明で開催予定のCOP15第二部での採択を目指し、現在国際交渉が行われており、愛知目標をもとに、条約の3つの目的(生物の多様性の保全、生物多様性の構成要素の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分)のバランスが重視され、30by30を含む数値目標や、社会・経済活動に関連する目標の充実・強化、そして生態系を活用した気候変動に対する緩和や適応等も検討されています。

このような国際交渉が進められる一方で、我が国では、ポスト2020生物多様性枠組の採択後、速やかにその国内実施を進めるため、COP15開催に先立ち、2021年8月より中央環境審議会自然環境部会に生物多様性国家戦略小委員会を設置して、次期生物多様性国家戦略の検討を開始しています。次期生物多様性国家戦略は、ポスト2020生物多様性枠組を達成するための国内戦略・行動計画であり、2050年までの自然共生社会の実現を目指し、2030年までに達成すべき目標・取り組むべき施策を盛り込んでいきます。次期生物多様性国家戦略には、気候変動とも並ぶ地球規模での重要課題である生物多様性の損失や、気候変動対策を含む様々な社会課題の解決に自然を活用した解決策(NbS)を用いていくことを柱とし、社会経済活動における生物多様性の主流化についても提示していくことにしています。また、様々な主体の参画を促進するための目標・指標を設定するとともに、戦略全体の構造を見直すことにしています(図2-3-1)。

図2-3-1 Nature-based Solutions(NbS)の概念図

3 ビジネスにおける生物多様性の主流化の動向

気候変動分野では、その対策と経済活動との好循環を目指す動きが活発です。生物多様性分野においても、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)による自然資本に関する情報開示の動きに加え、企業が定量的な目標を設定して生物多様性に配慮した活動を促進する動きがあります。Science Based Targets for Nature(SBTs for Nature)は、バリューチェーン上の水・生物多様性・土地・海洋の領域において、企業等による科学に基づく測定可能で実用的な目標設定を促すイニシアティブです。企業等に対して、目標の設定に関する手法やツール、ガイダンスの開発に参加する機会を提供する「コーポレート・エンゲージメント・プログラム」(我が国から4社が参加)を実施しており、2022年中に目標設定手法に関するガイダンスを公表する予定です。このように、生物多様性の観点からもビジネスとの好循環を探る動きが進んでいます。

4 野生鳥獣の捕獲対策

人口減少や高齢化の進行、ライフスタイルの変化等の社会的な環境の変化により、人による自然に対する働きかけが縮小した結果、人と野生動物との軋轢が増大しています。

近年、ニホンジカやイノシシ等の一部の鳥獣については、生息数が増加するとともに生息域が拡大し、生態系や農林水産業等への被害が拡大・深刻化しています。1978年度から2018年度までの40年間で、ニホンジカは約2.7倍、イノシシは約1.9倍に分布が拡大しています。特にニホンジカは、東北、北陸、中国の各地方で、イノシシは、東北、関東、北陸の各地方で分布域の拡大が顕著となっており、かつて分布の制限要因と考えられていた積雪量が多い地域への分布の拡大には、気候変動の影響も指摘されています。

このような状況を踏まえ、2013年に、環境省と農林水産省が共同で「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を取りまとめ、当面の目標として、ニホンジカ、イノシシの個体数を10年後の2023年度までに2011年度と比較して半減させることを目指し、捕獲の強化を進めています。

特に2020年度は、各都道府県や関係機関と連携し、狩猟期(主に11月~翌3月)を中心に全国的にニホンジカ・イノシシの捕獲活動を強化する「鳥獣被害防止に向けた集中捕獲キャンペーン」を実施したことから、ニホンジカ及びイノシシの捕獲数(速報値)は、合計135万頭(ニホンジカ67万頭、イノシシ68万頭)と過去最多を記録しました。

2020年度末時点の推定個体数は、中央値でニホンジカ(本州以南)は約218万頭(90%信用区間:約173万~292万頭)、イノシシは約87万頭(90%信用区間:約62万~121万頭)と推定されており、2014年度をピークに減少傾向が継続していると考えられていますが、半減目標の達成には更なる捕獲の強化が必要となっています(図2-3-2、図2-3-3)。

図2-3-2 ニホンジカの推定個体数(本州以南)
図2-3-3 ニホンジカの捕獲数の推移

5 外来種対策

外来種の脅威に対応するため、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(平成16年法律第78号。以下「外来生物法」という。)に基づき、我が国の生態系などに被害を及ぼすおそれのある外来種を特定外来生物として指定し、輸入、飼養等を規制しています。2014年の改正外来生物法施行から5年以上が経過し、外来生物法の施行状況等を踏まえた今後講ずべき措置について、2022年1月に中央環境審議会からの答申がなされました。これを踏まえ、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律の一部を改正する法律案」を2022年3月に閣議決定し、第208回国会に提出しました。改正法案では、ヒアリなど意図せず国内へ入ってきてしまう外来種への対策の強化、アメリカザリガニなど現状で規制がかかっていないが広く飼育されている外来種への規制手法の整備、地方公共団体など各主体との防除の役割分担の明確化等による防除体制の強化に関する事項が盛り込まれています(写真2-3-1)。また、外来種対策を行っていく上では、気候変動による外来種の分布可能域の変化に応じた対応を行っていくことも重要です。

写真2-3-1 アメリカザリガニ(外来種)

事例:ヒアリの定着を防ぐ-水際対策の強化へ-

南米原産の特定外来生物のヒアリは、刺されると強い痛みが生じ、体質等によっては強いアレルギー反応を起こす懸念があります。そのため定着してしまうと、生態系への大きな影響に加え、私たちが花見や花火大会など公園等での季節の楽しみを安心して行えなくなるおそれがあります。

今までの水際対策の徹底により国内での定着は確認されていません。一方で、近年、ヒアリの確認件数が増加し、有識者からも「定着しそうなギリギリの段階」と指摘されており、対策の強化が急務となっています。

そのため、効果的な新たな調査技術などの検討のほか、調査等のための土地への立入りや、ヒアリが付着しているおそれがある物品や土地等の検査や消毒命令等に関する規定の整備等を伴う外来生物法の改正を行い、対策の強化を図ることを考えています。

ヒアリ(外来種)

6 国立公園の保護と利用の好循環

我が国の代表的な自然を対象として、34か所の国立公園が指定されています。火山活動等で形成された多様な地形、南北に長い国土、多様な気候帯等により、多様な景観や動植物を見ることができるほか、自然と共生した人の暮らしや文化に触れることができます。

2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月明日の日本を支える観光ビジョン構想会議策定)に基づき開始した国立公園満喫プロジェクトでは、今まで、先行的、集中的に取組を進める8つの国立公園を中心に、利用拠点の多言語化、自然体験コンテンツの充実、公共施設の官民連携によるサービス向上、廃屋撤去等の景観改善等、受入環境整備や各種プロモーション等の取組を進めてきました。

2021年以降は、国立公園満喫プロジェクトの新たな展開として、自然を満喫できる質の高いツーリズムの実現とブランド化を目指すとともに、国内外の利用者を新型コロナウイルス感染症拡大の影響が出る前までに回復させることを目指し、取組を全ての国立公園へ拡大し、国内誘客の強化、ワーケーション等国立公園の新しい利用価値の提供、国立公園における脱炭素化の取組促進を目的としたゼロカーボンパークの登録や利用施設の脱炭素化等の推進によるサステナブルツーリズムの実現等を進めています。今までの実績を伸ばしてさらに磨き上げを行い、地域の経済活性化と自然環境保全へとつなげていきます。

さらに、国立公園満喫プロジェクトの成果を全国的に展開していくことなどを目的に、2021年に自然公園法(昭和32年法律第161号)を改正しました。本改正では、保護に加え利用面での施策を強化することにより「保護と利用の好循環」を実現し、地域の活性化にも寄与していくため、主に以下のような措置を講じています。

[1]地域の自然を活かした質の高い自然体験活動を促進するため、自然体験活動促進計画制度を創設。

[2]国立公園等の利用拠点の質の向上を図るため、利用拠点整備改善計画制度を創設。

[3]ヒグマ等の野生動物への餌付け等に係る規制の新設及び特別地域等における違反行為に係る罰則の引き上げ。

写真2-3-2 サステナブルツーリズムの実施(阿蘇くじゅう国立公園(写真提供:NPO法人ASO田園空間博物館))
写真2-3-3 山口壯環境大臣による阿寒摩周国立公園の取組の視察
写真2-3-4 妙高高原ビジターセンター

事例:利用者負担による保全の仕組みづくり

中部山岳国立公園南部地域(長野県側)では、登山道をはじめとした山岳利用環境の維持が危ぶまれていることを踏まえ、利用者や関係者にこの問題を周知した上で自らが登山道の維持に参加をする新たな利用者参加制度「北アルプストレイルプログラム」の実証実験を2021年9月から10月にかけて実施しました。実証実験では、オンライン決済等のデジタル技術も活用しながら、寄付金の収受、理解促進のための情報提供及び利用者意識把握のためのアンケート調査を行いました。実証実験の実施結果は、約552万円の寄付金収受、約16,420回の情報提供ウェブサイト閲覧、約2,100件のアンケート回答数となり、一定の利用者等が課題や取組について関心をもったほか、アンケート結果では87%の利用者が継続して寄付する意向を示すといった前向きな成果が得られました。

北アルプストレイルプログラムの実施

7 自然共生、レジリエントな地域づくりに向けて

(1)気候変動×防災、適応復興の推進

想定を超える気象災害が各地で頻発し、気候変動はもはや「気候危機」とも言われる状況の中、このような時代の災害に対応するためには、気候変動リスクを踏まえた抜本的な防災・減災対策が必要となることを踏まえ、環境省及び内閣府(防災担当)は、2020年6月に、気候変動対策と防災・減災対策を効果的に連携して取り組む戦略(気候危機時代の「気候変動×防災」戦略)を公表しました。取組の具体例として、千葉県睦沢町の「むつざわスマートウェルネスタウン」の再生可能エネルギーを活用した防災拠点としての貢献や高知県土佐市の給食センターのネットゼロエネルギー化など、先進的な取組が各地域で進められています。環境省では、これらの事例も含め、「気候変動×防災」に関する動画を公開しています。また、災害からの復興に当たっては、単に地域を元に戻すという原型復旧の発想にとらわれず、土地利用のコントロールを含めた弾力的な対応により気候変動への適応を進める「適応復興」の発想を持つことが重要であり、「適応復興」の取組を促進するための地方公共団体向けマニュアルを作成するなど、気候変動対策と防災・減災対策を効果的に連携させた取組を進めていきます。

事例:小規模分散型水循環の構築に向けて(WOTA)

現在、日本だけでなく世界規模で気象災害が増加・激甚化しています。災害時の水確保だけでなく平常時から水の使い方を見直すと同時に、水資源への負荷軽減や水を有効活用する技術やライフスタイルを確立することが急務の課題です。

WOTAは、貴重な水資源を循環させながら大切に使う技術の開発に取り組んでいます。特に、水処理IoTセンサーや水処理制御アルゴリズムを組み合わせて水処理工程を自動化することで、高効率な水処理・水再生技術を独自に開発し、可搬・小型の自律分散型水循環システム「WOTA BOX」などを製品化しています。

「WOTA BOX」は、我が国の災害時にも活用されています。2021年末時点で13自治体、20箇所の避難所、20,000人以上が利用しています。特に2019年の台風19号の後、長野市内の6か所の避難所に設置して数か月にわたり入浴を提供しました。現在はシャワーや手洗いなど、トイレ・キッチン排水を除く生活排水に対応しています。今後、開発中の生物処理のユニットが完成すると、すべての生活排水の処理・循環利用が可能になります。

これらの技術を用いてWOTAは、コンパクトな国土に水問題の全てのパターンが存在する小島嶼(しょ)開発途上国や深刻な渇水に悩む先進国に対し、小規模分散型水循環インフラを用いた水供給プロジェクトを提案しています。さらに、「WOTA BOX」等の製品開発で培ったセンサー・制御技術を用い、長年経験を積んだベテラン技術者でなければ管理が難しかった既存水処理施設の維持管理の自動化・効率化を進めるDX事業も展開しています。

これらの取組が評価され、英国王立財団とウィリアム王子が創設した環境賞「アースショット賞」で日本企業から唯一のファイナリストに選出され、ウィリアム王子特別賞を受賞しました。また、COP26にも招待され、気候変動対策における水の役割などをテーマに、各国の要人と議論を交わしました。

WOTAでは、水の供給や排水処理で、既存の大規模インフラが必要な地域、小規模分散型のインフラが不可欠な地域、双方にとってより持続可能で最適に配置されたインフラのあり方を模索、提案することを通じて、水に対する社会の意識の変化を呼びかけています。

WOTA BOX、小規模分散型水循環社会のビジョン
(2)生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)

古来、水害に苦しんできた我が国では、地域の特性、自然の性質を活かし、森林による保水力の活用、河川と農地の一体性を確保する伝統的な治水技術(霞堤)、計画的に洪水を貯留する遊水地等も活用しながら川を治めてきました。このような目的で整備された森林や遊水地等は、その地域の生物の生息地保全にも貢献しました。気候変動による災害の激甚化といった環境の変化と同時に、人口減少や高齢化、社会資本の老朽化といった社会状況の変化が進んでいる我が国において、災害を回避する土地利用の見直しと地域づくりに関する古来の知恵に学び、自然が持つ多様な機能を活用して災害リスクの低減等を図る「グリーンインフラ」や「Eco-DRR」の取組を進めることは急務となっています(写真2-3-5)。グリーンインフラやEco-DRRは人工構造物による防災対策と相反するものではありません。地域の特性や土地利用の状況、また、地域の人々のニーズに応じて、自然環境の持つ多様な機能と人工構造物を最適な組合せで用いて防災・減災対策を進めることが重要です。

写真2-3-5 大雨の際に釧路川の流量低減に貢献している釧路湿原

環境省では、2020年度から、かつての湿地・氾濫原等を再生した場合の、流域全体での保水力や生物多様性保全効果を示す「生態系機能ポテンシャルマップ」の作成方法の検討を行っています。これにより得られた技術的知見を地方公共団体職員向けの手引として取りまとめ、情報発信をしていくこと等により、グリーンインフラやEco-DRRによる災害に強く自然と調和した地域づくりを促進していきます。