環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和4年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第1章>第3節 生物多様性の損失

第3節 生物多様性の損失

気候変動と生物多様性の損失は、相互に密接に関連しています。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)が2019年に発行した地球規模評価報告書では、生物多様性及び生態系サービスは世界的に悪化しており、自然の変化を引き起こす直接的・間接的要因は、過去50年の間に増大していると評価しています。特に、気候変動は直接要因のうち、土地・海域利用変化、生物の直接採取に次いで3番目に影響が大きいと評価しています。2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で採択された、2020年までの生物多様性の保全と持続可能な利用に関する世界目標「愛知目標」は未達成に終わりましたが、2030年までの間に生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せるための道筋をつけることは、気候変動対策の観点でも必要なことです。

1 科学的評価

2020年に開催されたIPBESとIPCCとの合同ワークショップでは、生物多様性の保護と気候変動の緩和、気候変動への適応の間の相乗効果とトレードオフがテーマとして取り上げられました。2021年に公表されたワークショップ報告書では、気候と生物多様性は相互に関連しており、生態系の保護、持続可能な管理と再生のための対策が気候変動の緩和、気候変動への適応に相乗効果をもたらすこと、さらに、気候、生物多様性と人間社会を一体的なシステムとして扱うことが相乗効果の最大化やトレードオフの最小化に効果的であると指摘しています。

また、IPBESの地球規模評価報告書は、人間活動の影響により、過去50年間の地球上の種の絶滅は、過去1,000万年平均の少なくとも数十倍、あるいは数百倍の速度で進んでおり、適切な対策を講じなければ、今後更に加速すると述べています。このような変化は、陸や海の利用の変化などといった直接的な要因だけではなく、社会的な価値観や行動様式に規定される、生産・消費パターンや制度、ガバナンスなどといった間接的な要因によっても引き起こされると述べています。愛知目標と同時に決められた生物多様性の長期目標である2050年ビジョン「自然との共生」の達成のためには、経済、社会、政治、技術すべてにおける横断的な「社会変革(transformative change)」が必要であると指摘しています。これは社会のあらゆる側面において前例のない移行が必要とされる気候変動対策と軌を一にするものです。

2050年ビジョン「自然との共生」の達成には、広範な人間活動にわたって「今まで通り(business as usual)」からの脱却が求められ、愛知目標の達成状況を評価した地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)では、移行が必要となる8分野のうちの1つとして持続可能な気候変動対策を挙げています。GBO5では、自然を活用した解決策(NbS:Nature-based Solutions)の適用により気候変動の規模と影響を低減することを指摘しています。

2 市場による生物多様性への影響と生物多様性損失による経済の影響

2021年にイギリス財務省により公表されたダスグプタ・レビューは、生物多様性の損失を回復させることは気候変動への対応にも貢献するとした上で、我々にとって最も貴重な資産である自然に依存している経済、生計、幸福は、自然の供給力を大幅に上回って使用していることを指摘しています。そして、自然との持続的な関係を築く方法として、[1]人間の需要と自然資源の供給のバランスをとり自然の供給能力を向上させる、[2]経済的成功の測定方法を変える、[3]金融や教育等の制度及びシステムを変革する、の3点を指摘しています。また、世界経済フォーラム(WEF)が発表した「グローバルリスク報告書」(2022)では、気候変動対策の失敗と異常気象に次いで、生物多様性の損失が、向こう10年のうち世界規模で最も深刻なリスク(第3位)として位置づけられており、経済にとっても生物多様性の損失は重大なリスクです。

事例:自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Task force on Nature-related Financial Disclosures)

2021年6月、企業活動に対する自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築する国際的な組織として、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が設立されました。既に取組が進んでいる気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task force on Climate-related Financial Disclosures)に続く枠組みであり、資金の流れをネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を食い止め、回復に転じさせる)に移行させるという観点で、自然関連リスクに関する情報開示の枠組みを構築することを目指しています。

2022年に枠組みの草案を配布し、企業が参加するパイロット事業や規制当局・データ作成者等との協議を経て、2023年に枠組みを公表する予定です。

3 生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第一部

2021年10月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第一部が開催されました。ハイレベルセグメントでは、多くの国・地域の首脳や閣僚から生物多様性に関するコミットメントや取組が表明されるとともに、2022年のCOP15第二部におけるポスト2020生物多様性枠組の採択に向けた決意を示す「昆明宣言」が採択されました。同宣言の中では、生物多様性の損失の主な直接要因である気候変動に対して、生態系を活用したアプローチにより緩和・適応を行っていくことなどが記載されました。我が国からは、山口壯環境大臣がハイレベルセグメントに参加し、ポスト2020生物多様性枠組には、気候変動・環境対策にも貢献するNbS、2030年までに陸と海の30%の保全エリアを確保することを目指す「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」、そして、強固なPDCAサイクルが重要であることを述べました。また、我が国が生物多様性条約事務局に設置した、生物多様性日本基金(JBF:Japan Biodiversity Fund)の第2期として総額1,700万米ドル規模(約18億円)での途上国支援を行うこと等を表明しました。