環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部>むすび

むすび

 東日本大震災から一年以上が経過しました。あれほどの大災害が起こった後も世界は一瞬も止まることなく、動き続けています。しかし、今回の災害-地震、津波、そして原子力事故による環境汚染-は、私たち日本人にこれまでとは違った意識をもたらしたのではないでしょうか。

 まず、マグニチュード9.0という世界的にも希な大地震、最大波高が40mにも及ぶ大津波は、私たちに自然の圧倒的な力を見せつけ、人間の営みの小ささ、無力さを知らしめました。しかし、それは単なる虚無感、絶望感ではなく、自然に対する畏怖や畏敬の念であり、かつて私たちが持っていた感覚を呼び覚ますものであったようにも思います。

 そして、東京電力福島第一原子力発電所の事故です。絶対の安全を信じて疑わなかったものが、いとも簡単に崩れました。制御可能と思われたものが思いどおりにならず、結果的に大量の放射性物質が一般環境中に拡散し、私たちは除染という長い長い戦いを続けねばならなくなりました。

 これらの自然災害や事故を、地球環境問題と対比して見ることは適切でないという声もあるでしょう。しかし、地球の再生能力を超えて過剰に資源を採取し、地球の同化能力を遙かに超えるスピードで温室効果ガスなどの環境負荷を与え続け、生物多様性に取り返しのつかない不可逆的変化をもたらすことは、自然に対する謙虚さを無くしてしまった結果と言わざるをえません。地球環境問題は、自然災害のように突発的な被害をもたらすことはないかもしれませんが、除々に私たちの生活と生産の基盤である環境を蝕み、どこかで取り返しのつかないポイントを超えてしまうことになります。第1章では、そのような持続的でない状況にある地球環境の現状と、地球サミットから20年を機に本年6月に開催されるリオ+20に向けて、それを克服しようとする世界の努力を見ました。また、第2章第4節では今回の震災と原子力発電所事故を受けて、懸命に日常の生活と良好な環境を取り戻そうとする取組を災害廃棄物の処理及び放射性物質の除染を中心に見ました。そして同章第5節では、原子力規制に関しては絶対の安全はないという謙虚な立場に立つとともに、万が一深刻な事故が起きた場合にも動ずることなく平時からの備えをもって事故対応に当たるための新たな原子力安全規制のあり方について概観しています。一方、謙虚さはいたずらに恐れることとは違います。放射性物質による汚染の除去や災害廃棄物の広域処理に関しても、リスクコミュニケーションを密にして放射線量等の数値が持つ意味を正確に理解し、珠更に不安を抱かないようにすることが、これまでともすると十分な説明がないままに安全性のみが喧伝されてきた状況からの決別という点で重要です。

 第3章では、地域の自然資源の価値を見出し、その能力を引き出すことによって、自立分散型の地域づくりを進める取組を見ました。そのような取組は、自然の懐に飛び込んで、自然の摂理に従って生きることに通ずるものでもあり、日本に古来からあったものですが、震災により、地域や人と人とのつながりに焦点が当たったのを契機に改めて注目されるようになりました。震災による意識の変化が固定的な見方を変え、これまで未活用であった地域資源の掘り起こしが進み、それを核に地域循環・自然共生圏が形成されることが期待されます。小笠原諸島の世界自然遺産への登録は、そのような地域資源の価値と持続的な保全・利用の取組が世界的に認められたものであり、私たちは大いに勇気づけられました。世界はグローバル化のただ中にありますが、だからこそ、自身が依って立つ地域環境やコミュニティを意識し、そこにアイデンティティを見出して多様な地域づくりを進める取組に、人々は共感を覚えるのでしょう。地域にしっかりと軸足を持ちながら、地元の事象から広域的な課題まで多層的に地域とのかかわりを持ち、最終的には情報通信などを通じて世界にもつながるという生き方が、時間的・空間的な豊かさを実感しつつ、社会に主体的にかかわっていく一つの形として、これからもっと広がっていくのかもしれません。

 世界はいつにも増して複雑化し、先進国と開発途上国という単純な括りではもはや表現できなくなっています。中国やインド等の新興国の発展は、新たな世界経済の牽引車となると同時に、資源需要や温室効果ガス排出量などの急拡大をもたらし、国レベルの環境面のインパクトは日本のそれを超えるにいたっています。他方、これら新興国の一人当たりのGDPや温室効果ガス排出量等は、先進国の水準に比べ遙かに低く、新興国では、発展途上にある国民一人ひとりの生活の向上を追求すると同時に、国全体としては温室効果ガス等の削減を進めなければならないという、二律背反した状況に直面しています。しかし、地球温暖化を抑えるためには世界全体で温室効果ガス排出量を削減することが不可欠であることにかんがみれば、これは私たち自身に突きつけられている問題に他なりません。そこで必要になるのがグリーン成長であり、グリーン・イノベーションです。環境負荷を増やすことなく、逆に削減することを糧にして豊かさをもたらす成長、あるいは自然の能力を引き出すことによる成長と言い換えることもできるかもしれません。再生可能エネルギーはその典型例です。優れた技術がありながら、残念ながら導入量の面では我が国は各国の後塵を拝しています。東北地域をはじめとして再生可能エネルギーのポテンシャルを最大限に引き出すため、需要・供給サイドの施策を効果的に組み合わせてタイミング良く導入し、世界をリードする産業に育てていくことが期待されます。レアメタルなど、新規の天然資源投入を極力抑え、今社会にある資源を可能な限り循環させて経済を回していくことも大きなグリーン経済への挑戦です。世界と我が国のグリーン経済化の度合いを客観的に評価する指標づくりも今後重要となってくるでしょう。

 以上のような点の実現に向け、すべての主体が力を結集して、震災を経て我が国はさらに強くなった、真に豊かな国になったと胸を張れるように取組を進めていくことが重要です。世界をリードするグリーン成長を原動力として、地域からの取組が大きなうねりとなって、日々の生活の面でも、そして長期的な地球環境の持続性という面でも安全・安心を実感できる社会に変えていかねばならないのです。