課題名

B-3 アジアフラックスネットワークの確立による東アジア生態系の炭素固定量把握に関する研究

課題代表者名

林 陽生 (独立行政法人農業環境技術研究所地球環境部)

研究期間

平成12−14年度

合計予算額

232,292千円 (うち14年度 78,538千円)

研究体制

(1)各種生態系における大気とのCO2、CH4、エネルギー交換量の解明に関する研究

(独立行政法人産業技術総合研究所、独立行政法人農業環境技術研究所、
独立行政法人森林総合研究所、独立行政法人農業技術研究機構、千葉大学、
筑波大学、岡山大学、京都大学、大阪府立大学、
九州大学、山梨県環境科学研究所)

(2)生態系における安定同位体比の測定による物質フローの解明に関する研究

(独立行政法人産業技術総合研究所、独立行政法人国立環境研究所、
独立行政法人農業環境技術研究所、岐阜大学、京都大学)

(3)東アジアモンスーン生態系のフラックスネットワークの確立に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所、独立行政法人国立環境研究所)

(4)観測データベースに基づくモデル化と炭素収支の数値把握に関する研究

(独立行政法人森林総合研究所、独立行政法人産業技術総合研究所)

(5)東アジア生態系に関する炭素収支観測データの品質の管理及び解析に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所)

研究概要

1.序(研究背景等)

 1997年に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)において、陸上生態系のCO2固定能力を国別に評価し、CO2排出量の規制に組み込むことが国際的に取り決められた。2000年のCOP6では、農耕地を含む大部分の生態系における炭素収支の取り扱いが決定される見通しであったが、科学的知見の不足から合意が得られなかった。しかし、2001年のマラケシュ合意を経て、いよいよ温暖化防止の具体的対策技術の策定と行動を起こす段階となった。その後、日本は2002年に京都議定書を批准するに至った。

 これらを背景として、CO2排出規制値の確定作業が重要と認識された。炭素収支の実測に関しては、フラックスとして直接測定を行うなど確度の高い科学的知見が有効である。そこで、従来部分的に実施されてきた東アジア生態系におけるフラックス観測研究をネットワーク化し、可能な限り長期に渡るデータを確保するとともに、安定同位体比測定研究、モデル研究などと組み合わせて、東アジア生態系の炭素固定量を高精度で把握することが重要である。

 東アジアモンスーン地域は夏季の降雨量が多く、降雨の影響を受けてCO2固定量、蒸発散量や表面流出が変化するため、炭素循環速度や水循環速度などが欧米の寡雨地域の生態系と異なる特徴がある。また、この地域は環境変化の影響を大きく受けることが予想され、重要な地理的位置にあるにもかかわらず、生態系の炭素固定に関する観測データが少ないことから、基盤的データの蓄積が求められている。

 本研究により、東アジアの代表的な生態系におけるCO2交換量の季節変化、光合成量の年間積算値、それらの年々変動の解明が進むことが期待される。また、観測および解析結果をデータベース化し、ネットワークを活用して従来観測密度が非常に薄い東アジア地域のデータの共有化と総合的解析が進むことが期待される。

 

2.研究目的

 従来個別に実施されてきた東アジア生態系におけるフラックス観測研究をネットワーク化し、可能な限り長期にわたってデータを確保する。降雨量の多い生態系の観測サイトにおいて、タワーを用いたCO2フラックスの観測、地上付近での生態系呼吸量の測定、炭素の安定同位体比の測定など基礎的研究をマトリックス的に実施する。また、モデルによるデータ補完研究などを加えることにより、東アジア生態系の炭素固定量を高精度で把握し、その動態を明らかにする。このため、次の5項目の課題を設定して研究を進める。

(1)各種生態系における大気とのCO2、CH4、エネルギー交換量の解明に関する研究

 従来おこなわれた、気候変化が陸上生態系の炭素循環に及ぼす影響の研究では、気温の上昇が呼吸量増加を引き起こし炭素放出の要因となることが示されている。これに加え、北方林生態系の場合には、高温は植物の生育期間を延ばすことから炭素吸収を導くという報告がある。このような、生態系の炭素収支に関わる未解明の点を明らかにするため、東アジアモンスーン気候帯の各種生態系を対象として7種類のフラックス観測サイトを選定し、気象の連続観測を実施して大気と植生間のCO2等交換量を明らかにする。

(2)生態系における安定同位体の測定による物質フローの解明に関する研究

 濃度測定やフラックス測定では、炭素循環の各素過程の総和である正味の炭素交換量しか見ることができない。本研究では、安定同位体比測定手法を用いて、陸上生態系における炭素循環の素過程の解明を図る。そのために異なる植生からなる生態系において、大気−森林間及び森林−土壌間の炭素収支、森林内の炭素循環、森林流域における水文過程による炭素流出、水田における炭素固定量等を調べ、これらの変動要因を明らかにする。

(3)東アジアモンスーン生態系のフラックスネットワークの確立に関する研究

 本研究への参加グループ間のフラックス観測手法の標準化と、サブテーマ(1)と(2)で得られた観測データを集積するためのデータベースシステムの開発を行い、本研究で得られる観測データを政府間協議における科学的知見として利用可能な形式に整備する。

(4)観測データベースに基づくモデル化と炭素収支の数値把握に関する研究

 アジアフラックス観測サイトの一つである富士吉田市の冷温帯アカマツ林において、光合成などの生理的環境応答モデルによるCO2フラックス観測値の欠測補間技術の確立を目的として、樹冠内部の局所的な光環境・樹冠の構造・葉の分布・窒素の配分を調査し、着生葉レベルの測定から光などの環境要因と葉の光合成能力の関係を明らかにする。

(5)東アジア生態系に関する炭素収支観測データの品質の管理及び解析に関する研究

 国際的なフラックスネットワークとして、AmeriFluxやEUROFLUXなどの整備が進み、全球的な炭素収支の評価に関する観測研究が開始されている。このなかで、適切な質的管理手法を導入してフラックス観測のネットワークが未整備なアジア地域をカバーする。アジアにおける管理されたネットワークが完成すれば、世界の他地域とのデータ交換を通し、現在の気候条件における陸域生態系の炭素固定量の直接算定が可能になる。

 

3.研究の内容・成果

(1)各種生態系における大気とのCO2、CH4、エネルギー交換量の解明に関する研究

 �’�間の生態系純生産量(NEP)推定値の不確定性について

 森林生態系サイトの年間のNEP(生態系純交換量:NEEに負号をつけた量)を求める際、最大の不確定要因は、夜間安定時の補正をどの様に行うかという点である。補正条件を変えて年間NEPを求めた結果を表1に示す。補正の有無で50-60gCm-2y-1の差があり、補正の程度によって約40gCm-2y-1の差が生じている。また、夜間の補正が年間NEPに大きな影響を及ぼすという結果は、複雑地形地でのフラックス観測の一つの特徴であり、複雑地形地の日本では特に慎重な取り扱いを必要とする。今後、フラックス観測結果、土壌呼吸量・光合成量観測結果、さらにはバイオマス増加量などとの比較による詳細な検討が必要になる。桐生サイトでのNEE推定値と土壌呼吸−温度および葉呼吸−温度の関係、および個葉ガス交換モデルを含む多層モデルによる見積もりとの比較からも、渦相関法による夜間NEP観測値は過少評価であるとの結果が得られた。

 

表1 渦相関法で求めた年間NEP.

(1)夜間安定時のデータを補正しない場合、

(2)摩擦速度0.2m s-1以下のNEEを補正した場合、

(3)0.5m s-1以下を補正した場合(単位gCm-2year-1)

Year

1999

2000

2001

NEP_(1)

251

376

342

NEP_(2)

198

309

290

NEP_(3)

159

272

248

 

 �⊂鑪仗僕媼�林:アカマツ林、富士吉田のNEE季節変動の特徴と年々変動

 日本の代表的な森林生態系であるアカマツ林の富士吉田サイトでの2000-2002年の日全天日射量(Sd)、日平均気温(Ta)、日降水量と顕熱(H)・潜熱(lE)フラックス、NEEの日平均値の関係、その年による差異を詳細に解析した(図1)。その結果、常緑針葉樹林サイトの富士吉田試験地では、NEEは気温や日射量の変動の影響を直接受け、この一方、気温が高い時期(生態系呼吸量の多い時期)にどの程度の日射量が得られるか、冬期の休眠期間がどの程度の長さになるかが、年間のCO2吸収量に大きく影響することが明らかになった。また、同時に森林群落内の炭素収支要素のうち、土壌呼吸量に関する観測結果、生態学的な成長量調査結果から、積み上げ法による年間の純一次生産量が解析された。このように、森林群落(あるいはその構成要素)の炭素収支量、および季節変動、年々変動の規模および要因が明らかとなった。

 

 

図1 年別、月別の生態系純生産量(NEP=-EEE)

 

 ��水田(つくば)におけるメタンフラックスと水田管理

 メタンフラックス、土壌温度、土壌水分の季節変化を図2に示す。メタンの放出量は移植後徐々に増加し、中干し前に最初のピークを示した。放出量は中干し時に一時的に減少した後、再び増加し、落水まで大きな放出が続いた。メタン放出量は年間で5〜6gCm-2と小さく、年間の炭素収支を評価する場合には溶存態炭素収支とともに無視できる大きさであった。ただし、地球温暖化指数(GWP、積算期間100年)を用いてCO2に換算すると、メタン放出量は42〜50gCm-2に相当し、CO2収支(NEE)に比べて無視できない大きさとなることが明らかになった。

 

 

図2 メタンフラックス、土壌温度、土壌水分の季節変化と灌水管理

 

(2)生態系における安定同位体比の測定による物質フローの解明に関する研究

 ��CO2濃度及び安定同位体比測定による落葉広葉樹林における炭素循環の解明

 落葉広葉樹林観測サイト(岐阜県高山市)において大気中及び土壌空気中のCO2濃度及びCO2の安定同位体比の観測を行った。その結果、大気中CO2濃度の春の濃度減少開始時期の年々の違いには、春季の気温や融雪時期との関連性が見られた。CO2濃度の鉛直分布の日内変化およびその季節変化の解析、土壌呼吸フラックスと夜間のNEEの比較から、樹木、林床、土壌の生物活動の生態系内炭素循環への寄与の季節変動を定性的に明らかにすることができた。暖候期、大気中CO2濃度とCO2のδ13Cおよびδ18Oの日内変動間には、それぞれ生物活動の日内変動を反映した明瞭な負の相関が見られた。大気中CO2濃度とCO2のδ13Cの季節変動間にも生物活動の季節変動を反映した明瞭な負の相関が見られたが、CO2濃度とδ18Oには、明瞭な相関が見られなかった。

 �▲�ラマツ林生態系における大気二酸化炭素安定同位体比と土壌呼吸速度の変動要因の解明

 北海道の落葉針葉樹林(カラマツ林)において、大気試料自動採取装置を用いて生態系が呼吸により放出する二酸化炭素(CO2)の炭素安定同位体比(δ13C)の時間的変動の観測を行った。その結果、呼吸起源CO2のδ13Cは2‰以上の幅で有意な時問的変動性を持っことが明らかとなった。植物の活動の盛んな時期の平均値としておよそ-28.0‰という値が得られた(図3)。これは、北米やヨーロッパ域の森林に多くみられる常緑針葉樹林で観測された値に比べ低い値である。高頻度の観測の結果から呼吸起源CO2のδ13Cの時問的な変動は、数日前の環境要因と強く関係していることが明らかとなった。この結果から森林生態系内で呼吸により放出されるCO2のδ13Cは光合成により吸収されるCO2のδ13Cと短い時間スケールでリンクしているものと推測された。

 植物体や土壌の有機物の同位体測定から、森林生態系を構成する有機物のδ13Cが空間的に著しく不均一であることが示されたが、どの場所においても分解の進んだ有機物ほどδ13Cが高くなるという共通した傾向が確認された。土壌から放出される微生物呼吸起源のCO2成分のδ13Cの時間的変動の観測においても、季節が進むにつれてδ13Cの値が高くなる傾向が確認された。

 

   

 

図3 森林内大気の観測から推定された生態系の呼吸起源CO2の炭素安定同位体比(d13Cr)の時間的変動

図4 水田における炭素収支のモデル

 

 ��水田における安定同位体比の測定による物質フローの解明

 我が国を代表する耕地生態系の一つである水田において、水収支観測に重点を置いた炭素収支の実態把握を行った。炭素の流入として最も大きかったのは光合成によるCO2の取り込みであり、このうちの6割強が収穫によって持ち出された。溶存炭素の流入出は全体の5〜9%を占めたが、多くの場合無機態である炭酸(溶存CO2+重炭酸イオン)の濃度が有機炭素の濃度を上回った。炭酸濃度はイネの成長や温度上昇に伴う生物代謝の増加に対応し、耕作期間を通じて各水体で一様に上昇した。この炭酸の起源として大気CO2および生物代謝の2つを想定し、炭素同位体比を用いて両者の寄与率を比較したところ、大気CO2の寄与は田面水においても最大で10%程度となり、生物活動によって高い炭酸濃度が維持されていることが同位体比からも示された。調査水田における年間の全炭素収支は、2000-2001年で54gCm-2の吸収、2001-2002年で106gCm-2の放出であった。水田における炭素収支のモデルを図4に示す。本研究で得られた、溶存炭素フラックスにおける炭酸の寄与ならびに同位体比を用いた起源の推定については過去の事例がほとんどなく、水田の炭素循環に関する重要な知見を提供するものである。

 �ぐ堕蠧碓迷糧罎梁�定による森林内炭素サイクルの解明

 炭素安定同位体比を指標にして、森林生態系内での炭素動態のメカニズムを明らかにした。調査は、2001〜2002年の夏と秋(落葉後)に岐阜大学流域圏科学研究センター高山試験地の冷温帯落葉広葉樹林で行った。得られた成果は以下の通りである。

 ア.土壌呼吸量は、地温の上昇とともに夏期に向かって増加(491〜907mgCO2m-2h-1)し、8月に最大(926mgCO2m-2h-1)となり、その後気温の低下とともに減少(317mgCO2m-2h-1)した。また、各月とも、地点間での土壌呼吸量のばらつき(変動係数24〜37%)が見られた。

 イ.光−光合成曲線、光−気孔コンダクタンス曲線および葉内二酸化炭素濃度−光合成曲線は当年葉と1年葉で大きな違いは認められなかった。また、飽和光合成速度は約10μmolm-2s-1で林床植物としては比較的高い値を示した。得られた光−光合成曲線と光環境を用いて、一日当たりのクマイザサ群落の炭素固定量を推定したところ、8月には200mmolm-2day-1、10月には400mmolm-2day-1の値を示した。

 ウ.ササの葉のδ13Cは-28〜-30‰程度であった。大気サンプリングシステムおよび大気精製ラインを用いて、サンプリング後の大気のCO2の精製とδ13Cの分析の結果、土壌呼吸起源CO2の吸収率は林冠木で0%、クマイザサでは夏期に10%程度、秋期に2%程度であると推定された。

 �ッ伐溝喊肯喟限峽呂砲�ける炭素の循環と流出プロセスに関する研究

 滋賀県南部に森林試験流域を設定して、水文観測をベースとして、種々の水と炭素の安定同位体比測定を含む生物地球化学的な調査を行った。水文観測と水の同位体比測定を用いて求めた土壌水の平均滞留時間は2週問から4ヶ月程度であった。また、この浸透過程における溶存有機態炭素(DOC)や無機炭素(DIC)の濃度変動を測定し、土壌中における形態別の炭素移動量の推定を行った。林床AO層で形成されたDOCは表層30cmまでに大半が土壌に吸着され、100cm以下では微生物による分解によって濃度減少が生じることが明らかになった。この部分での水移動に伴うDOCの移動・土壌固相への吸着は、土層以下の炭素移動量の中でも大きなウエイトを占める。本流域では大気CO2の純固定量が2〜5tha-1yr-1と見積もられているので、年間ではこの値の数%から十数%の炭素が土壌有機物として固定されているものと考えられる。

 また、こうした可溶で移動可能な有機態炭素と相互に作用する土壌有機態炭素(SOC)の炭素安定同位体比(δ13C)を同じサイトで測定した。炭素含量は表層近くで急激に減少し、それに呼応してδ13Cは減少した。しかし、炭素含量の減少が鈍る硬質土層以下では、有機態炭素量の減少に対してδ13Cが徐々に増加した。このことは、表層でのリターの分解と、下層へのDOCの輸送、鉛直輸送過程での吸着という上記のメカニズムにそって、移動している炭素の形態が変動していることを反映しているものと考えられた。さらに、土壌への供給有機物としての樹木葉の炭素安定同位体比の季節変動を測定した。樹木葉の炭素安定同位体比は、葉のCO2と水蒸気の交換に対する気孔のコントロールを反映するが、季節を通じて大きな変動はなかった。δ13Cは樹冠の上部で大きく、下部で小さい明瞭な差が見られ、光環境の差異が光合成に伴う気孔開閉の特徴に強く影響していることがわかった。リターのδ13Cは、これらの変動幅の中間の値であった。

(3)東アジアモンスーン生態系のフラックスネットワークの確立に関する研究

 代表的な生態系における観測サイトで実施したフラックス観測結果をネットワーク化し、観測データの統合化・データベース化を図り、異なる観測システムやデータ処理を採用するグループ間の観測方法の標準化を行った。はじめに、観測データ統合化のための環境整備の一環として、農業環境技術研究所と科学技術振興事業団が共同開発したデータベース(Eco-DB)の分散化を促進するため、Linux(RedHat7.2)、Apache、PostgreSQL、PHP4を用いてLinux版Eco-DBに再構築し、産総研、岡山大学、国際北極圏研究センタで運用を開始した。このようなシステムは、FLUXNET内では初めての試みで、データ公開の一つの指針を示すことができた。

 また、森林総合研究所フラックスネットなどの本研究課題に関連する、異なるデータベースとも連携し、AsiaFluxホームページ内にデータの所在情報のページを作成して利用者の便宜を図った。データの統合化に必要な観測の標準化に関しては、まず、オープンパス型ガス分析計の長期安定性を明らかにし、校正の頻度に関する指針を示した。また、フラックスデータの品質管理や補完の方法の指針、AsiaFluxの共有データセットの構成内容に関する試案を提示した。これらの結果はAsiaFlux運営委員会を通じて普及を図るとともに、後継課題内でのデータの共有化に活用される予定である。さらに、データ交換を推進するAsiaFlux運営委員会の活動に積極的に関与し、2000年と2002年に行われたAsiaFlux国際ワークショップの開催に協力した。そこで協議されたデータ公開についての基本方針や、他の地域フラックスネットワークとの連携については、本研究課題に反映されると同時に、後継課題にも活用されることが決まった。

(4)観測データベースに基づくモデル化と炭素収支の数値把握に関する研究

 アジアフラックス観測サイトの一つである岐阜県高山市郊外の冷温帯落葉広葉樹林(高山サイト)において、1993年以降行っている空気力学的方法と1998年に開始した渦相関法を用いて、1994年から2001年にわたる8年間の生態系純生産量(NEP)を求めた[前掲サブ課題(1)]。得られた観測データは、分散型データベースシステム"Ecosystem Database in AIST"で公開中(一部公開準備中)である[前掲サブ課題(3)]。観測されたデータを用いて生態系炭素収支を推定するモデルを構築した。このモデルでは、夜間の生態系呼吸Recを気温の関数とし、光合成総生産量GPPを樹冠で吸収された光合成有効放射量APARの関数とし、生態系純生産量NEPをGPPとRecの和とする。このモデルを用いて、高山サイトの森林炭素収支各項に関する季節変化と年々変化を引き起こす要因を解析した。観測開始後1年間のデータを使ってモデルパラメータを決定し、合計3年半にわたる観測結果と比較したところ、展葉・落葉開始前後のパラメータに改良すべき点があるものの、モデルは観測された炭素収支の季節変化を良く再現することを確認した。またモデル計算と観測値の双方の結果から、春先に特に気温が高かった1998年の生育期間前半には、展葉開始日がその他の年に比べて20日以上早くそれがGPPとNEPを増加させたことがわかった。

 同じく、アジアフラックス観測サイトに属する山梨県富士吉田市の冷温帯常緑針葉樹林(富士吉田サイト、アカマツ林)において、1999年8月以降行っている渦相関法によるタワーフラックス観測結果を解析し、森林の生態系純生産量を求めた[前掲サブ課題(1)]。タワーフラックス観測および、関連する微気象観測データのデータベース化にあたり、公開用データと生の観測データを機能的に関連づけタワーフラックス観測結果の解析を支援する、時系列データに特化した新たなデータベース管理システムを開発した。この観測データベースを用いて、生態系純生産量の推定モデルを作成し、生態系純生産量の年々変動とその要因について解析した。3年間の生態系純生産量の推定を行った結果、推定値は観測値の季節変化、年々変動を概ね再現できることが分かった。生態系純生産量の年々変動は、年間の気温、放射量の総量ではなく季節内変動の積み重ねによって生じていた。季節内変動は、生態系呼吸量よりも生態系総生産量が大きく、総生産量の最大値に影響する気温の緩やかな変化が総生産量のおおまかな季節変化を決め、その中の小さな変動は主に光条件の変化によって生じていた。この生態系の純生産量は、大きな総生産量と大きな呼吸量との差によって生じている可能性があり、季節内変動等をより詳細に検討するためには、パラメタリゼーションの精度向上、その基礎となる観測データの精度管理が重要であることが示された。

 また、富士吉田サイトのアカマツ林を対象として、群落上で計測されるCO2フラックス観測データとの相互比較を行うため、林冠光合成量と呼吸量等の物質生産プロセスを解明して、季節的な環境要因に対する応答機構を組み込んだCO2収支モデルの開発に向け、炭素循環プロセスのパラメータの測定とその定量化を行った。観測用の樹冠アクセスタワーを利用して、当年生と1年生の針葉の光合成パラメータについて、樹冠内の位置による変異を分析して、樹冠内の光環境と葉内窒素含量が光合成速度に及ぼす効果を明らかにした。また光合成の生化学モデルで重要なパラメータであるRuBPカルボキシラーゼ最大活性(Vcmax)と最大電子伝達能力(Jmax)の樹冠内での違いや季節変化等についても解析して、光や温度など樹冠内の微気象要因との関連を解明した。また、葉群を支える樹冠構造とその動態の解明を目的として、枝シュートの空間構造や齢構造を解析して、樹冠の発達過程を復元・モデル化するための解析を行った。生化学的あるいは生産生態学的パラメータの収集と定量化に取り組み、アカマツ林光合成の生化学的プロセスにおいてキーとなるパラメータの時間的空間的変異を明らかにし、葉群構造をもとにした群落光合成の環境応答をシミュレートすることが可能となった。また、アカマツ林分の構造とその動態とをリンクさせたCO2収支の評価に向けて、光合成を担う樹冠動態を記述するための樹形発達モデルを視野に、枝シュートレベルの空間構造や齢構造等の解析、年輪データによる過去の成長履歴の復元に向けた解析が進んでおり、当該アカマツ林における長期的な成長変動とCO2フラックスの動態とを統合・評価する見通しが得られつつある。

(5)東アジア生態系に関する炭素収支観測データの品質の管理及び解析に関する研究

 茨城県つくば市近郊の真瀬地区の水田で、約3メートルの高度で顕熱と潜熱フラックスを測定した。測定には、FLUXNET(世界の主な生態系を対象として温室効果ガスおよびエネルギーフラックスを測定し、データベースを管理・利用する国際的なフラックスデータ管理システム)において基準的な測定法である渦相関法を用いた。渦相関法による顕熱と潜熱フラックスは、生態系の炭素固定量の算定の際に重要である。本報告では、2001年の年間を通した長期観測データを対象として、欠測値の補間に関する解析を行った。長期観測データに質的な管理を施した結果、顕熱については全体の18.6%、潜熱については51.8%が補間の対象であることが明らかになった。これらの欠測期間のデータを補間するため、ルックアップテーブルをいくつかの補間手法に応じて複数作成した。両フラックスについて、意図的に欠測期間を設定したデータセットを使い、線形補間したデータを元データと比較したところ、両者はよく一致した。同時に、ルックアップテーブルを作成する際に最適な環境要因を考慮して作成しておくことの重要性が明らかになった。これらの手法を活用することにより、水田生態系における顕熱および潜熱フラックスの欠測補間が可能となった。

 

4.考察

 森林生態系のCO2フラックスが年により異なる現象は、気温が高く生態系呼吸量の多い時期にどの程度の日射量が得られるかが重要な要因である。すなわち、梅雨期や夏季の降水状態に応じて光合成有効放射が年々変動するために起こる。特に、落葉樹林については展葉を開始する時期が、マツ林については光合成活動の休眠期間の変動も、CO2の年々変動の要因である。また、湿潤な夏期と初夏を比較した場合、昼間の吸収速度のピークは同程度だが、湿潤な夏期には夜間の呼吸速度が大きくなる効果が働き、夏季全期間を通した日積算炭素吸収量が減少する現象が現れる。高層湿原サイトにおけるメタンの放出は、積雪があり地表面が凍結した冬季も継続している。水田では、収穫時の稲藁のすき込み、収穫後のヒコバエの成長、土壌呼吸が、年間の炭素収支に大きく影響する一方、水移動やメタン放出に応じたフラックスは年間収支への寄与は小さい。さらに、渦相関法で測定したCO2フラックスとトウモロコシの乾物生産量の比較解析を進めた結果から、渦相関法の測定精度の検討に有力な知見が得られた。東アジア固有の生態系に関するこれらの成果は従来未解明であったことから、東アジア地域の炭素収支量の評価にあたり極めて重要な成果である。

 データベースの構築と質的管理については、農業環境技術研究所がJSTと共同開発したEco-DBの分散化を促進し、Linux(RedHat7.2)、Apache、PostgreSQL、PHP4を用いてLinux版Eco-DBとして再構築を図り、産業技術総合研究所、岡山大学、国際北極圏研究センターで運用を開始することができた。各機関でデータ登録が行われ、ユーザはオンライン登録後ダウンロードまで可能なように整備した。このようなシステムは、FLUXNET内では初めての試みであり、データ公開の一つの典型例としての重要性が高い。また、森林総研フラックスネットなどの本研究課題に関連する他のデータベースと連携し、AsiaFluxホームページ内にデータの所在情報のページを作成して利用者の便宜を図ることが可能なった。これらの技術的開発は、今後の利用価値が高い。これらのネットワークの概要については付図に示す。

 フラックス観測に関連する微気象観測データのデータベース化にあたり、公開用データと生の観測データを機能的に関連づけタワーフラックス観測結果の解析を支援する、時系列データに特化した新たなデータベース管理システムを開発した。この観測データベースを用いて、生態系純生産量の推定モデルを作成し、生態系純生産量の年々変動とその要因について解析した。また、炭素循環プロセスで重要な役割を果たす、樹冠内の光環境と葉内窒素含量の関係を明らかにした。

 さらに、フラックスデータの品質管理や補完の方法の指針、AsiaFluxの共有データセットの構成内容に関する試案を提示した。これらの結果は、今後AsiaFlux運営委員会を通じて国内外へ普及を図るとともに、後継研究課題のデータ共有化において活用される予定である。加えて、データ交換の促進を進めるAsiaFlux運営委員会の活動に積極的に関与し、2000年と2002年に行われたAsiaFlux国際ワークショップの開催に協力した。そこで協議されたデータ公開に関する基本的な方針は、後継課題を含め国際的に広く応用されることが期待される。

 

 

図5 本研究課題参加サイトの位置

 

 

表2 本研究課題参加サイトの概要

観測サイト

データベースのURL

植生

関連サブテーマ

�ゞ�路湿原(温根内低層湿原)

43°07'N 144°20'E 8mMSL

http://ecomdb.niaes5.affrc.go.jp/

ヨシ

1

��釧路湿原(赤沼高層湿原)

43°07'N 144°22'E 6mMSL

http://ecomdb.niaes5.affrc.go.jp/

ミズゴケ・スゲ

1

�M醉嫂僕媼�林(苫小牧)

42°44'N 141°31'E 115〜140mMSL

 

カラマツ

2

�た綸弔弔�ば

36°03'N 140°01'E 15mMSL

http://ecomdb.niaes5.affrc.go.jp/

水稲(単作)

1・2・5

�タ綸腸�山

34°32'N 133°56'E 2mMSL

http://ecodb.civil.okayama-u.ac.jp

水稲(単作)

1

�ι抻竜氾張▲�マツ樹林

35°27'N 138°46'E 1030mMSL

 

アカマツ

ヨソゴ・コナラ・ネジキ・ダンコウバイなど

1・4

�Ч盪獲醉婢�葉樹林

36°08'N 137°25'E 1420mMSL

http://pxec.aist.go.jp

ミズナラ

シラカンバ・

ダケカンバ・クマイザサ

1・2・4

�╋誉舷緤源邯鈎魯劵離�樹林

34°96'N 135°99E' 250mMSL

 

ヒノキ

アカマツ

1・2

��暖地牧草地(九州沖縄農業研究センター内)

31°44'N 131°01'E 185mMSL

 

トウモロコシ・

イタリアンライグラス

1

��熱帯雨林(落葉熱帯季節−タイ、メクロン)

14°35'N 98°51'E 150mMSL

http://pxeco.aist.go.jp

http://staff.aist.go.jp/old-gamo/

混合落葉林・

乾燥フタバガキ林

1

��熱帯雨林(常緑熱帯季節林−タイ、サケラート)

14°29'N 101°55'E 535mMSL

http://pxeco.aist.go.jp

http://staff.aist.go.jp/old-gamo/

Hopea ferrea Pierre

1

��熱帯雨林(若齢二次林−インドネシア、プキットスハル卜)

0°50'S 117°03'E 20mMSL

http://pxeco.aist.go.jp

http://staff.aist.go.jp/old-gamo/

Macaranga属

フタバガキ

1

 

5.研究者略歴

課題代表者:林 陽生

1948年生まれ、横浜国立大学卒業、理学博士、

現在、独立行政法人農業環境技術研究所地球環境部長

主要論文:

��F. Tao, Y. Hayashi, E. Lin, water and Soil Pollution, Kluwer Academic Pub., 140, 247-260 (2002)

 Soil vulnerability and sensitivity to acid deposition in China

��F. Tao, M. Yokozawa, Y. Hayahsi and E. Lin, Agric. Ecosystems and Environnent, 95, 203-215 (2002)

 Future climate change, the agricultural water cycle, and agricultural production in China

��M. Yokozawa, S. Goto, Y. Hayashi, H. Seino, J. of Agric. Meteorology, 59 (in press) (2003)

 Mesh climate data for evaluating climate change impacts in Japan under gradually increasing atmospheric CO2 concentration

 

サブテーマ代表者

(1): 山本 晋

1945年生まれ、東北大学理学部卒業、理学博士、

現在、独立行政法人産業技術総合研究所環境管理研究部門副部門長

主要論文:

��S. Yamamoto, S. Murayama, N. Saigusa and H. Kondo: Tellus, 50B, 402-413 (1999)

 Seasonal and inter-annual variation of CO2 flux between a temperate forest and the atmosphere in Japan

��S. Yamamoto, N. Saigusa, S. Murayama, H. Kondo: Proceedings of International Workshop for Advanced Flux Network and Flux Evaluation, Sapporo, 5-10, (2001) A long-term results of flux measurement from a temperate deciduous forest site (Takayama)

��N. Saigusa, S. Yamamoto, S. Murayama, H. Kondo, and N. Nishimura: Agricultural and Forest Meteorology, 112, 203-215 (2002)

 Gross primary production and net ecosystem production of a cool-temperate deciduous forest estimated by the eddy covariance method

 

(2): 村山昌平

1962年生まれ、東北大学大学卒業、理学博士、現在、独立行政法人産業技術総合研究所環境管理研究部大気環境評価研究グループ主任研究官

主要論文:

��T. Nakazawa, S. Murayama, M. Toi, M. Ishizawa, K. Otonashi, S. Aoki and S. Yamamoto, Tellus 49B, 364-381 (1997)

 Temporal variations of the CO2 concentration and its carbon and oxygen isotopic ratios in a temperate forest in the central part of the main island of Japan

��S. Murayama, N. Saigusa, D. Chan, S. Yamamoto, H. Kondo and' Y. Eguchi, Tellus 55B, 232-243 (2003)

 Temporal variations of atmospheric CO2 concentration in a temperate deciduous forest in central Japan

��S. Murayama, K. Harada, K. Goto, T. Kitao, T. Watai and S. Yamamoto, Journal of Geophysical Research, 108, DOI: 10. 1029/2002 JD002729 (2003)

 On large variations in atmospheric CO2 concentration observed over the central and western Pacific Ocean

 

(3): 林 陽生

課題代表者略歴に同じ

 

(4): 大谷義一

1954年生まれ、東京教育大学卒業、

現在、独立行政法人森林総合研究所気象環境研究領域気象研究室長

主要論文:

��Y. Ohtani, Y. Mizoguchi, T. watanabe, Y. Yasuda, M. Okano, International workshop for Advanced Flux Network and Flux Evaluation. 129-132 (2001)

 Seasonal change of CO2 flux above an evergreen needle leaf forest in temperate region, Fujiyoshida, Japan

��Y. Ohtani, Y. Mizoguchi, T. watanabe, Y. Yasuda and M. Toda, Sixth Int'1 Carbon Dioxide Conf. Vol.1, 469-472 (2001)

 Carbon dioxide flux above and evergreen needleleaf forest in a temperate region of Japan

�B臙�義一、森林科学、33, 10-17 (2001)

 二酸化炭素フラックス

 

(5): Edmond Ranga Ranatunge

1960年生まれ、スリランカ共和国ペラデニア大学卒業、

現在、独立行政法人農業環境技術研究所地球環境部エコフロンティアフェロー

主要論文:

��E. Ranatunge, Y. Hayashi, W. Morishima, T. Mikami and M. Nishimori, Japanese J. Climate Impact and Application, 18, 37-42 (2000)

 Trends and changes in the high intensity daily monsoon rainfall in Sri Lanka

��Z. Bao, T. Mikami, E. Ranatunge and Y. Hayashi, Global Environmental Research, 6, 137-146 (2002)

 Interannual and interdecadal variations of Baiu rainfall over the Yangtze-Huai river basin in China and Central Japan and their relationship to the atmospheric circulation during 1951-1992

��S. Kamara, T. Kuruppuarachchi , E. Ranarunge, Y. Hayashi, M. Yokozawa M. Nishimori and T. Mikami, J. Agric. Meteorology, 58, 171-183 (2002)

 Multivatiate statistical amalysis of the seasonal rainfall regimes of the Gunea-Fouta Diallon mountains of West Africa