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地球環境審議官

 

Q1:現代における国家の役割とは

 

環境行政は、そもそも地方自治体での公害問題対応からスタートしており、それが国レベルでの対応に拡大してきたもので、地方自治体の役割が大きいものです。したがって、地方自治体の話によく耳を傾け、課題をしっかりと理解することが重要です。その上で国は、行政の基礎となる最新の科学的知見の充実や国際的な取組を主導していく必要があります。地方自治体と連携しながら、国内外の動向を把握し、将来の方向性や優先順位を示していくことが国の仕事です。

Q2:これまでやってきた仕事と、そのやりがい

 

中学生時代は高度経済成長の最中で、まさに公害問題が表に出てきた時代でした。弁論大会で公害について話したことを覚えています。高校生の頃にはローマ・クラブから『成長の限界』が出版されました。そうした時代背景の中、環境問題に関心を持って、環境庁に入庁しました。当時は、気候変動などというものは環境行政のメインメニューにはありませんでした。しかし今では、ご存じの通り、気候変動は非常に重大な地球規模の問題となっています。その流れの中で重要な位置を占める、京都議定書の発効に向けた一連の仕事に携わったのは非常にやりがいがありました。私が最初に地球温暖化問題に関与することになったのは、1990年に米国の環境保護庁に短期留学をしたときです。そこで地球温暖化を扱う部署に配属されました。同じ頃、環境庁内に地球環境部というものができ、2001年には地球環境局になり、そこで国際対策室長として地球温暖化の国際交渉の仕事をすることになりました。折悪しく、前年にブッシュ政権が発足し、京都議定書からの離脱を表明した頃でした。日本国内からも、米国の離脱は京都議定書の実効性を揺るがすものだとして、日本の参加に疑義が唱えられるといった動揺を生みました。しかし、日本の参加は京都議定書発効のために欠かせないものでしたので、当時の川口大臣の下、米国への説得を含めて国際交渉に取り組みました。残念ながら、米国の離脱は撤回されませんでしたが、2001年にはCOP6、COP6再開会合、COP7での交渉を経て京都議定書の実施に係るルールを決定したマラケシュ合意に至り、翌2002年には日本も京都議定書に批准することが出来ました。最後にロシアが批准したことで、京都議定書が発効した時には感慨深いものがありました。

その後、市場メカニズム室に配属され、排出量取引の導入について大議論を行いました。そうしてカーボンオフセットの仕組みを開始することになったのですが、これも大変面白い仕事でしたね。商社や金融業界の人たちとも連携しつつ取り組み、非常に先駆的な仕事だったと思います。

他には、福島の原発事故の対応も鮮烈な印象が心に残っています。当時の政策評価広報課で復興関係に携わり、福島環境再生事務所の設立準備や、岩手県、宮城県のがれきの広域処理を進めるための広報活動などに取り組みました。2011年4月からは、福島環境再生事務所の本部長に着任し、福島県内のみならず全国から集まってくれた職員とともに復興の仕事に打ち込みました。除染開始のための説明会も多く開催し、住民の方々に理解していただけるよう努めました。

本省に戻ってからも福島に関わってきました。福島の復興はまだまだ時間のかかる仕事ですが、今年、直轄事業としての面的除染完了という、一定の成果を上げられたことについては、良かったと思っています。


Q3:これからの環境行政に求められること

 

入庁当時と比べても、環境行政は一変しました。社会の変化を捉えて、ニーズに合った行政を進めていくことが重要だと思います。環境行政が扱う範囲はとても広くなりました。例えば、温暖化対策一つ取っても、エネルギーの話から交通、住宅、農業など、あらゆる分野に関わってきます。範囲が広くなっただけでなく、内容が深まり、見据える時間の長さも延びました。2050年に温室効果ガス80%削減を達成するためには、社会そのものの在り方から変える必要があります。社会全体を視野に入れて、大掛かりなデザインをする必要があります。

それとは別に、伝統的な環境行政である、水、大気、土壌の安全性確保も着実に進めなければなりません。こちらも、日々新しい知見が出てきます。ただ、こうした地道なところは予算が付きにくいので、業務を効率化しながら、手薄になることのないようにする必要があります。


Q4:国家公務員を志望する方へのメッセージ

幅広く、深く、将来の日本の形を作っていく仕事です。非常に難しい仕事である一方で、大変夢のある仕事だと思います。そうしたことに意欲を持っている人に、是非来て頂き、仕事に取り組んでもらいたいと思っています。