採用・キャリア形成支援情報

職員インタビュー企画「もえびと」[1] 課長補佐級(2015/11/18~2016/4/15)

2015/11/18 ~廃棄物・リサイクル対策部 指定廃棄物対策担当参事官室~

黒瀬絢子補佐(総合職事務系8年目・指定廃棄物対策担当参事官室)に、佐藤・馬込がお話を伺いました。
※以下、(黒)=黒瀬補佐、(佐)=佐藤、(馬)=馬込
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Q.(佐)(馬) こんにちは!本日はどうぞよろしくお願いいたします。黒瀬補佐は、震災後、本省・福島の事務所にて、震災がれきや放射性物質に汚染された廃棄物の処理に携わられてきたと伺っていますが、取り組まれてきたお仕事について具体的に教えていただけますか。
A. (黒) 震災直後は本省(霞ヶ関)で、がれき処理にあたっての自治体の財政支援の制度整備などに関わり、その後、放射性物質に汚染された廃棄物の処理の制度整備にも関わることとなりました。議員立法によって「放射性物質汚染対処特措法」という新しい法律が制定されて対応が進められることになりましたが、当時は「誰が汚染廃棄物の処理主体となるのか」「汚染廃棄物処理に当たっての処理基準はどうするのか」など、放射性物質の環境中への大量の飛散という誰も経験したことのない事態に対処するにあたって、様々な議論があり、被災地の復旧・復興を進めていくにはどうしたらよいのか、自分自身も多くのことを考え続けた時期でした。2011年8月の同法の制定後は、2012年1月の施行まで4ヶ月という短い時間しかなかったため、滞りなく法が施行されるよう関係省令・ガイドラインなどの整備に毎日奔走しました。法の施行後は、事業者や自治体から寄せられる様々な相談を受けながら、法律を運用する中で生じる課題に対応していました。その後、福島環境再生事務所に常駐するようになり、福島のがれきの処理の事業発注や監督なども行うようになったので、まさに制度の整備から施行・運用の全ての過程に関わることになりました。
(注)黒瀬補佐は、震災以降、廃棄物・リサイクル対策部→福島環境再生事務所(現地)→水・大気環境局総務課→指定廃棄物対策担当参事官室とキャリアパスを過ごされています。

Q.(馬) 法の制定から運用まで関わられる中で、どのような苦労がありましたか。
A.(黒) とりわけ現場で廃棄物の処理を実際に進めていく中では、放射性物質による汚染について強い不安感を抱かれる地元住民や業者の方も多く、処理を進めることについてすぐに御理解をいただくことができるわけではありませんでした。地元住民や業者の方と何度もお会いする機会を重ね、安全性等について説明を聞いていただくことができて、ようやく処理を進めることができました。
こういった経験の中で、地元住民の方や業者の方のお話をよく聞き、精一杯力を尽くして応えていくこと、自分も福島の地元に溶け込んでいくこと、何より、「福島の復興に貢献したい」という思いを真っ直ぐに伝えることを心がけていました。これまでに誰も経験したことのない大きな課題に立ち向かうときも、そういった心を込めた対応の積み重ねが非常に重要と感じました。

Q.(佐) 現場で働かれていて苦労されたこともあった一方、仕事のやりがいはどんなところにあったのでしょうか。
A.(黒) 現場にいたときは、目の前にある被災地の大量のがれきを一刻も早く片付けて、復旧・復興につなげたいという気持ちが仕事の原動力でした。特に心に残っているのは、思うように処理が進まなかった頃、海岸近くの被災地で見た、お墓参りをしている地元の方の後ろにがれきがうずたかく積まれている光景です。本当に心が痛み、「一刻も早く片付けて復興につなげたい」と強く感じ、仕事に力が入りました。その後、様々な調整を経て無事に事業を進められたときには、現場で実際にがれきの処理が進んでいく様子を見て、「良かった・・・」と安堵したことを覚えています。

Q.(佐) 放射性物質汚染からの環境回復というミッションに取り組み、実際に現場に身を置く中で感じた「環境省の魅力」とは何でしょうか。
A.(黒) 東日本大震災の後は、入省前に想像もしなかったような仕事に携わることになりましたが、その業務の中で、制度整備から運用まで関わったり、現場で事業を進める経験をしたことで、いろいろな角度から物事を見ることができるようになったように感じています。環境省では、従来の業務に加え、震災以降、復興・環境回復という、大きなミッションが増えています。また、福島のような現場に出る機会も増え、様々なバックグラウンドを持つ現地の職員とも力を合わせて仕事をすることで大きな刺激を受けることができます。本省・現場、オーソドックスな環境政策から震災以降増えたミッション、そうした幅広いフィールドで視野を広く持って働いていけることは、環境省の魅力なのではないかと思っています。

(佐)(馬)黒瀬補佐、貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました!!
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(写真1枚目)2015/11/17開催のJOBトークの様子
(写真2枚目)黒瀬補佐へのインタビューの様子

2015/11/20 ~総合環境政策局 環境計画課~

竹谷理志課長補佐(総合職事務系13年目・総合環境政策局環境計画課(前 UNFCCC(気候変動枠組条約)事務局出向))に、佐藤、馬込がお話を聞いてきました!
※以下、(竹)=竹谷補佐、(佐)=佐藤、(馬)=馬込

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Q.(佐)(馬) こんにちは!本日はどうぞよろしくお願いいたします。竹谷補佐は、UNFCCC事務局にて、COPの国際交渉に関するお仕事に携わられていたと伺っておりますが、実際に取り組まれてきたお仕事について具体的に教えていただけますか。
A.(竹) UNFCCC事務局には2012年の7月から今年(2015年)の7月まで3年間派遣され、COP20までの3回のCOPに事務局スタッフとして関わってきました。具体的には、途上国への資金支援に関する議題を担当するチームに所属していました。国際会議の場では、各国の交渉官の中から選ばれた共同議長(Co-chairs, Co-facilitators)と呼ばれる人が議論を取りまとめていくのですが、この共同議長をサポートするのが我々事務局の主な仕事です。共同議長が各国の交渉官による議論を円滑に取り仕切れるよう、事務局員は議論の流れを整理したり、技術的なアドバイスをしたりすることでサポートします。また、国際会議では、「decision」という合意文書を採択することがゴールとなるのですが、限られた時間の中でゼロから議論することはなく、会議前から事前の情報収集、関連文書の作成、主要交渉官との事前調整等、入念な準備を行っていました。

Q.(馬)各国の様々な思惑がある中での調整は非常に難しいのではないかと思いますが、どのような苦労がありましたか。
A.(竹) 個々の国の政治的背景やスタンスが異なる中で、議論の落としどころを見つけ出していくのがとても難しかったです。国際交渉の場では利害関係がある程度一致する国々が交渉グループを形成するのですが、現在では、たとえば先進国対途上国といった単純な二項対立ではなく、同じ交渉グループの中でも国によって利害が異なるなど利害関係が複雑化しています。また、各交渉グループや国において譲れない主張(red line)も異なるため、それぞれが合意できる点を見つけ出し、多項対立をどのように一つに収れんさせるかということに非常に苦労しました。

Q.(佐) そのような難しい状況の中で合意形成をすすめていくために重要なこと、心がけていたことを教えてください。
A.(竹) 各国の交渉官等との人間関係を大切にすることだと思います。信頼関係を築くことによりお互いの利害を把握し、合意文書の作成にあたっても一部の交渉グループや国に対して有利な内容とならないようバランスをとることが非常に重要です。そのため、常日頃からアンテナを高く張り、各国の政治、経済、文化等の情報を出来るだけ多く収集することも心がけていました。

Q.(佐)事務局という立場から国際交渉に携わる中で、仕事のやりがいはどういったものだったのでしょうか。
A.(竹)非常にわかりやすいですが、各国の交渉官の意見をまとめ上げ、合意に貢献できる点です。また、自分の事前の情報収集や作成した資料が交渉の妥結に影響を及ぼすという意味でも、非常に緊張感のある仕事でした。交渉前~交渉後と、各国の交渉官との長いやりとりを経て合意を得られたときの達成感はひとしおですね。

Q.(佐)UNFCCC事務局への出向のほか、本省でも国際的な業務に関わられていた経験があるとのことで、環境省職員としての「環境外交の魅力」を教えていただけますか。
A.(竹)UNFCCC事務局へ出向する直前は、1年間地球環境局の国際地球温暖化対策室に所属し、COP17にも日本政府代表団の一員として参加しました。交渉を通じて、地球規模の気候変動対策・エネルギー政策といった幅の広い政策分野の方向性に影響を及ぼせる仕事というのはとてもダイナミックで魅力的だと思います。また、日本政府代表団の仕事を経験した後に事務局に出向したため、「中立的な立場でどのように合意を形成するか」「事務局側・日本以外の各国の本音はどうなのか」といったことを知ることができたのは良い経験でした。
また、環境省職員として環境外交に関わる場合、国内における環境政策の動向を現場レベルで把握した上で交渉に臨むことができ、より説得力を持って日本の取組を国際社会にPRすることができます。そういったところがやりがいであり、同時にミッションとなるのではないでしょうか。

(佐)(馬)竹谷補佐、貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました!
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(写真はインタビューの様子)

2015/12/10 ~自然環境局 希少種保全推進室~

三宅悠介室長補佐(総合職自然系8年目 自然環境局希少種保全推進室)に佐藤・馬込がお話を伺いました!

※(三)三宅補佐、(佐)佐藤、(馬)馬込
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Q.(佐)(馬)こんにちは!本日は宜しくお願いします!まず、現在取り組まれているお仕事と、17日のJOBトークでお話いただく内容について教えていただけますでしょうか。
A.(三)今は入省8年目で、自然環境局 野生生物課 希少種保全推進室に所属し、希少生物の保全のための政策の企画・立案をしています。たとえば、環境省では、種の保存法に基づき、捕獲・採取、譲渡し等を原則として禁止する「国内希少野生動植物種」の指定等を行っているところですが、その過程で、「たくさんの生物種の中から、どういった基準で生物を選定し、優先的に指定するのか」「規制をかけた場合、その実効性を具体的にどうやって担保するのか」など、日々、専門家や地方事務所などと相談をしながら仕組みを考えています。
また、今の部署の前は、北海道の釧路の自然環境事務所・知床の自然保護官事務所で計5年勤務していたこともあり、本省より地方での経験の方が実は長いです。知床国立公園は、世界自然遺産に登録されており、自然環境が非常に豊かな場所です。こうした豊かな環境を保全するため、有識者・研究者の方々にご協力いただいた上で様々な対策を行うほか、住民・関係者の方々からも現場で意見を聞き、保全施策を立案・実施すべく調整を行っていました。
17日のJOBトークでは、今述べたような希少種保全の取組や地方の事務所での経験を中心にお話できたらと考えています。

Q.(佐)本省・現場でお仕事をされてきた中で、大変だった・苦労された出来事は何かありますでしょうか。
A.(三)たとえば、知床の事務所にいたとき、国立公園内の歩道の変更を行ったことがありました。国立公園の中には歩道を整備しているのですが、どのルートにするかで、自然環境や観光に与える影響が異なります。具体的には、より魅力的な自然環境・生物種を多く見られるルートを登山道に選んだ場合、観光という観点から見れば良い面もありますが、自然環境への影響という観点では、植生の破壊など悪い面もあります。逆もまたしかりです。そうした状況の中、いかに調和がとれた登山道を選定・整備するかの調整作業に苦労しました。

Q.(馬)現場の関係者の方々も、やはり立場によって意見がかなり異なっていたのでしょうか。
A.(三)現場でも、関係者の立場や信条によって、意見が全然異なります。
たとえば、立場という意味では、地域の観光協会などはやはり観光への影響を重視しますし、環境保護団体は、環境への影響を重視します。
一方で、信条という意味では、同じネイチャーガイドさんの中でも、環境保全を重視する方もいれば、豊かな環境をもっと知ってほしいという考えから観光の促進を重視する方もいます。
このように、地元の中でも意見は一枚岩ではありません。歩道の調整に当たっては、地元の関係者の方々に足繁く通いお話・意見を伺い、理想的なあり方を検討しました。

Q.(佐)現場を長く経験された後、本省で今の希少種保全のお仕事をされていますが、地方事務所での経験はどのように活かされていますか。
A.(三)やはり、実際に法律や制度の影響を受ける自治体・事業者などの方々の考えが分かるようになったことではないでしょうか。現場の国立公園では、事業を進めるに当たって法令に基づき許認可の申請手続・業務発注などを行うこともあるのですが、やはり制度の存在によって負担・不便を感じることがあります。もちろん、目的・必要性があってそのような許認可制度等が設けられているのですが、実際に制度の適用を受ける側を経験することで規制を受ける方々の立場も理解することができ、本省に戻り制度設計をする際に活かすことができていると感じています。

(佐)(馬)三宅補佐、お話本当にありがとうございました!

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(写真1枚目)インタビューの様子 
(写真2枚目)冬の海別岳と流氷の様子(知床半島)

2016/1/9 ~地球環境局 国際地球温暖化対策室~

福井和樹室長補佐(総合職理工系9年目 地球環境局国際地球温暖化対策室)に佐藤・馬込がインタビューをしました!

※以下、(福)福井補佐、(佐)佐藤、(馬)馬込
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(佐)(馬)本日はどうぞよろしくお願いします。早速ですが、現在取り組まれている仕事について教えてください。
(福)気候変動対策に関する国際枠組みの構築に携わっています。昨年(2015年)末にパリで開催されたCOP21(COP:国連気候変動枠組条約締約国会議)では、温室効果ガス削減に向けて世界全体で取り組むための枠組みについて、参加各国の交渉官と交渉を行い、「パリ協定」を採択することに成功しました。協定が採択された現在は、パリ協定の解釈を整理して、その内容を担保する国内施策の検討作業を行うとともに、国民の皆さんにわかりやすくお伝えするための広報の準備を進めています。
また、今年(2016年)は、日本がホストとなってG7サミットを開催します。私は、「2016年G7環境大臣会合」開催準備室も併任していますので、国際的な気候変動対策の牽引役となるべきG7として、パリ協定の実効性をいかに担保してさらに推進していくか、G7各国との議論を始めています。

(佐)COP21で採択した「パリ協定」はどのような内容だったのでしょうか。また、日本としては、合意にあたってどのような貢献ができたのでしょうか。
(福)気候変動問題の解決のためには、今となっては先進国だけが温室効果ガスの削減義務を負う京都議定書の枠組みでは不十分であり、途上国も含めた全ての国が参加する公平かつ実効性のある枠組みが必要です。パリ協定は、全ての国が気候変動対策を行うことを定めた初めての国際合意であり、歴史的な転換点と言えます。日本はこの「全ての国が参加する枠組み」の重要性を、これまで一貫して主張し続けてきました。それが今回の合意の後押しをしたという点で貢献できたと感じています。また、これまで日本が進めてきた、途上国に最先端の環境技術を導入し、その削減の成果をクレジットとしてやりとりする「二国間クレジット制度(JCM)」という仕組みが、パリ協定に位置づけられました。これは日本の取組・主張が認められたものです。
また、私自身は、環境省交渉団の総括担当もしつつ、個別の論点として、途上国における人材育成支援に関する議題なども担当をしていました。交渉は、各国間の利害が異なるため、どこかの国の主張だけが通ることはなく、どこを通せるのか、どこを通せないのか妥結点を見いだしていく必要があります。前述の論点に関しては、途上国からは、人材育成のための新たな支援を要求されていたところ、その強化を規定することと併せて、途上国に支援の実施内容の報告を求める仕組みにすることで、意味ある支援としつつ各国間で折り合いをつけることができました。

(馬)COP21での交渉にあたって印象的だった出来事を教えてください。
(福)2つあります。1つ目は辛かったことで、交渉2週目中盤の閣僚級交渉の際の出来事です。これまで、COP21開催前も含めて合意案について議論を積み上げてきたところ、一部の途上国が、途上国と先進国の責任の差を求める非常に強硬な主張に戻るということがありました。「全ての国が参加する公平で実効的な枠組」の構築を模索していただけに、途上国によるこの強硬な姿勢は「もしかすると合意が得られないのではないか。ここまで準備してきたのに、ここでまとまらないとすれば、もう二度とまとまらないのではないか。」という不安を感じさせるものでした。
2つ目は、嬉しかったことで、それはやはり交渉最終日の採択の瞬間です。実は、採択する全体会合の前2時間ほど空きがあり、なかなか始まらずに、会場内は緊張感が高まっていました。会合が再開し採択が無事行われた瞬間は、まさに国際的な気候変動対策が大きく前進した歴史的な転換点であり、この一連の交渉に立ち会うことができたのはなかなか得難い経験でした。世界規模のルールが決まるダイナミズムも感じることができました。会期中は、朝から晩までの交渉、その後の日本政府への報告と翌日の作戦会議などでハードな日が続きましたが、日本は世界有数の先進国であり、その影響力を活かして世界的なルールに影響を与えられるのは、国家公務員としての仕事のやりがいであると感じています。

(佐)(馬)実際の交渉の際の経験を基にお話しいただき、非常に勉強になりました。途上国の強硬な主張もある中で、どう折り合いを付けて合意に至ったのかなど、興味とお話は尽きそうにありませんが、今日はこのくらいで。またお話を聞ける機会を楽しみにしています!ありがとうございました!
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(写真1枚目)インタビューの様子。
(写真2枚目)COP21でのパリ協定採択時の様子。(出典:Flicker UNclimatechange https://www.flickr.com/photos/unfccc/albums/

2016/1/22 ~水・大気環境局 総務課~

百瀬嘉則課長補佐(総合職理工系8年目 水・大気環境局総務課)に、佐藤、馬込がお話を伺いました!
※以下、(百)=百瀬補佐、(佐)=佐藤、(馬)=馬込

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Q.(佐)(馬)こんにちは!本日はどうぞよろしくお願いします!早速ですが、百瀬補佐が今までに携わられてきたお仕事についてお話をお伺いできればと考えています。まずは現在のお仕事について教えていただけますか?
A.(百)今は水・大気環境局総務課で大気環境中の大気汚染物質の環境基準を策定する業務を担当しています。環境基準とは、環境基本法に基づき定められている、環境施策の目標となる値です。たとえば、昨今話題になっているPM2.5について、大気中の濃度はどの程度であるのが望ましいか、という基準になります。環境基準は一旦策定すれば終わりというものではありません。その妥当性については審議会等で不断に議論されており、前述のPM2.5の場合、環境基準の策定にあたっては諸外国の知見を中心に定めており、現在は、策定時に不足していた国内の疫学的な知見などを収集しています。例えば、全国18の小学校で3年生から6年生を対象に、肺機能の発達状況について4年間継続的な調査を実施し、PM2.5の影響でどの程度発達の成長曲線が変化するかということを調べています。

Q.(佐)世の中に数多くある化学物質について、環境基準を策定する対象はどのように選ばれているのでしょうか?
A.(百)昭和の時代は公害問題の原因として社会的に問題になった物質である二酸化窒素や二酸化硫黄などについて環境基準が策定されました。平成に入ってからは、産業的に多く使用されているトリクロロエチレン、ベンゼンなどについて策定しています。環境基準の策定においては、「優先取組化学物質」というものが23物質指定されており、これらについて環境基準またはそれに類するもの(指針値)を定めるのが現時点での私たちのミッションです。この中で現在未策定なのは残り9物質となっています。とりわけ大気については、日々人が触れるものであり、その環境基準については、慎重に議論をして策定しています。

Q.(馬)今の仕事のやりがいとはどういったものでしょうか?
A.(百)環境基準の策定・達成は長期的な施策であり、短期的に成果が見える福島での仕事(*後述)と対照的で、策定した影響・結果が30,40,50年後に効いてくる性質のものです。そのため、自分の決断が長期的な行政施策を決めるベースになるという点で、スケールの大きさにやりがいを感じています。昭和の大気汚染等が激しい状況の中で環境基準を策定し、対策を進めてきた結果、今では気にならないレベルに浄化されているため、先輩方のこれまでの仕事の成果をまさに今見ることができていると感じています。長期的に世の中全体を良くしていける、重要な基準と考えています。

Q.(佐)これまでのお仕事で御苦労されてきたことは何でしょうか。
A.(百)今の仕事ではないのですが、入省5~6年目にかけて約2年間、福島環境再生事務所の最前線で、除染作業について、市町村や住民の方々との調整を担当していました。除染の現場では、作業により除去した土壌等を保管しておくための仮置場が必要なのですが、これを整備するのが非常に大変でした。一人間として、自分の家の近くに仮置場があるのは嫌だという気持ちはよくわかる一方で、住民の方々の将来のためには必要なものであるという思いもあったので、ご理解をいただけるよう、住民の皆さまのもとへ何度も足を運びました。大変なこともありましたが、人と人とのコミュニケーションの中で行政が動いていくことを実感でき、勉強になるとともにやりがいがありました。また、自分のやったことが短期的に結果として返ってくるという点もやりがいの一つでした。

Q.(馬)環境基準の策定や、除染など幅広い業務に携わる中で心がけていることを教えていただけますか?
A.(百)福島に行ったことを転機に仕事のやり方が大きく変わったと思っています。福島で、何をするにしても人との信頼関係が重要であると実感しました。そのため、今の部署も含め、新しい部署に配属された直後は知らない人ばかりなので、まずコミュニケーションを密に取って自分がどんな人か知ってもらうことを意識しています。
ちなみに、現在私は水大気局大気環境生活室にも併任しており、風車による騒音(低周波騒音)問題への対策の担当もしています。JOBトーク当日には、福島の話から環境基準の話、そして風車の話も含め、幅広くいろいろなお話ができればと考えています。

(佐)(馬)百瀬補佐、本日は貴重なお話ありがとうございました!

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(写真一枚目)インタビューの様子
(写真二枚目)小学生の肺機能検査の様子。

2016/1/26 ~自然環境局 総務課~

島田智寛課長補佐(総合職事務系9年目 自然環境局総務課)が取り組まれている、生物多様性の保全に向けた制度整備について、佐藤・馬込がお話を聞いてきました!

*以下、(島)=島田補佐、(佐)=佐藤、(馬)=馬込
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Q(佐)(馬)こんにちは!本日はよろしくお願いします。早速ですが、島田補佐が現在取り組まれている、生物多様性の保全のための施策について教えてください。
A(島)「生物多様性」と言うと堅く聞こえるかもしれません、まず「自然からの恵み」から考えてみたいと思います。「自然からの恵み」、どんなものがあるでしょうか?例えば食料や燃料を得られたり、美しい景色にリフレッシュできたり、ということもあります。また、昨年(2015年)ノーベル賞を受賞された大村教授が、土壌の微生物を活用して感染症の治療法を発見されたように、研究開発により、生物に特有の性質から大きな利益が見つかることもあります。今私が取り組んでいる「名古屋議定書」は、このような生物からの恩恵に関係しています。92年、リオで地球サミットが開かれたとき、各国が協力して自然を守ろうと「生物多様性条約」を採択しました。その際、途上国にこういう主張がありました。"途上国には、先進国と比べて発展が遅れているからこそ、より豊かな生態系が残っている。その生物を活用した研究開発から、例えば新たな医薬品や食品などの利益が生まれても、開発した側が受け取り、元々その自然を育んでいた国や人々には還元されてこなかった。生態系を育てていた側にも、貢献度に応じて利益が配分されるべき。それは、これからの発展により生態系・生物多様性が失われる恐れがある中で、それらを守ろうとする動機にも繋がる。"このような主張を踏まえ、2010年に名古屋で行われたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)では、生物を用いた研究開発からの利益を、その生物資源を育んでいた国にも適切に配分して、それにより生物多様性を保全し、その自然の恵みを持続可能な形で利用しようとする、「名古屋議定書」が採択されました。その議定書に対応する日本国内のルールを考えるのが今の私の仕事です。国内の産業や研究活動にも関係しますので、各省庁と密に調整しながら、検討を進めています。

Q(佐)今の仕事のやりがいは、どういったものでしょうか。
A(島)大きなスケールの中で、様々に立場の異なる人同士の利害の衝突を解決するにはどうしたら良いか?と考えられることです。その先には、いわゆる共生といった理念もあると思います。例えば名古屋議定書は、環境問題でもあり南北問題でもあります。私は地球温暖化対策の国際交渉も経験しましたが、地球環境を守ろうとすれば、南北対立の問題は避けられません。容易に解決できないその様な対立の中でどこに落とし処を見つけるか。そして、今の世代だけでなく将来の世代の利益についても考えよう、という問題意識が根底にあります。個々の仕事は小さな一歩ですし、普段の業務や調整は決して楽ではありませんが、大きな目標として、地球規模でのWin-Winの関係や世代間公平を目指しながら、必要なルールや施策を検討していきます。それがこの仕事の醍醐味かなと思います。

Q(馬)話は変わりますが、島田補佐は、外務省や復興庁に出向、イギリスに留学されるなど、環境省の外にも出られていますが、外から見た環境省はどのような印象ですか。
A(島)外務省の気候変動課に出向し、COP15(気候変動枠組条約第15回締約国会合)等の交渉に関わりました。外務省は、勿論交渉全体のとりまとめ役ですが、交渉の現場で実感したことの一つに"日本としてもこれだけの削減目標があります"という国内目標があって初めて、国際枠組みの議論でモノを言えるということです。環境省は、他省と協力しつつその国内対策をとりまとめる立場でもありますので、国際・国内と一貫しての責任を持って、取り組めるのではないかと感じました。
また、震災後は復興庁に出向し、各省からの出向者とともに福島の復興に向けた避難地域との調整等にも取り組みました。その際、他省から来られていた復興庁での上司の方からも「環境省は震災対応にも積極的に取り組んでいて、役割がどんどん増えている。未来が明るくて良いな。」と言われたことが印象的でした。勿論、復興行政には常に被災地からの厳しい目が向けられ、そのご期待に応えきれていない点もあろうかと思います。ですが、震災直後の国としても手探りの時期に、出来ることから積極的に取り組んでいるというのも、当時の復興庁から環境省を見ていたときの、私なりの印象でした。時間がないので、イギリス留学の話はJOBトークの時にでも。

(佐)(馬)名古屋議定書の国内制度検討の話に加え、外から見た環境省の印象についてもお話をいただきました。 JOBトーク当日も、より深掘りしたお話をうかがえるのを楽しみにしています!

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(写真)インタビューの様子

2016/2/2 ~水・大気環境局 放射性物質汚染対策担当参事官室~

浜島直子参事官補佐(総合職事務系13年目 水・大気環境局放射性物質汚染対策担当参事官室)に佐藤がお話を伺いました!

※(浜)浜島補佐、(佐)佐藤
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Q.(佐)こんにちは!本日はどうぞよろしくお願いします!まず、現在取り組まれているお仕事について教えていただけますでしょうか。
A.(浜)2011年3月の福島第一原子力発電所の事故に伴い、福島県をはじめとする被災地の環境中に放射性物質が飛散しました。これにより、被災地では避難を余儀なくされる方や不安を感じる方が出てきており、一刻も早く帰還できるように線量を下げ、復興を後押しすることが必要となりました。このため、環境省では、土をはいだり、住宅の屋根を拭くなどで、環境中から放射性物質を取り除く「除染」という事業を現在担っており、そのための施策の企画・立案について、最前線の福島環境再生事務所の他、本省で約50人が役割に応じて班を構成し取り組んでいます。例えば、国が直轄で除染をする地域は11自治体、市町村が主体となって除染を進める地域は福島県内外で94市町村あり、それぞれ担当班が分かれていますが、私は、本省でそれぞれの担当班が有機的に連携して仕事をすることができるよう、室全体を見渡して指揮・管理する総括参事官補佐を務めています。除染は、平成28年度までにすべての自治体で完了することを目指しており、復興に向け、除染が物理的に終わるというだけでなく、それにより被災者の方々のお気持ちが次のステージに行けるよう、心理面にも配慮して取組を進めているところです。

Q.(佐)お仕事をされる中で難しいと感じられていることはどんなことでしょうか。
A.(浜)正直、難しいことだらけです。例えば、施策について、地元の住民の方にその意図がなかなか伝わらないことが多いです。具体的には、森林については、除染を実施するためには、基本的に森林の根元の土をはぐしかないところ、それをすれば、豊富な栄養分が取り除かれてしまったり、保水機能が失われてしまうなどで、森林が逆にダメになってしまいます。このため、森林の土壌をはぐ除染をせずとも効果のある策を、林野庁と連携しながら検討しているところですが、報道ではそれが部分的にしか取り上げられず、「環境省は森林を除染しない」と言われ、住民の方々からなかなか理解を得ることができていません。
また、除染は被ばく線量低減の一手段であり、「除染しないから危険」という性質のものではありません。それがいつの間にか、一部の方々の間で、除染をする/しないというのが安全/危険の判断基準となっているきらいがあります。こちらも、なかなか意図が伝わっていないなと感じる点です。地元の方々や国民にしっかりと意図を伝えられるよう、どういう打ち出し方をするか、というのを考えるのも私の仕事の一つです。

Q.(佐)本省で仕事をする中で、最前線の福島環境再生事務所とはどう連携をしていますか。
A.(浜)できれば現場に頻繁に行きたいのですが、総括補佐の業務上、なかなか席を離れられないのも事実です。なにせ幹部からひっきりなしに電話がかかってきますし、室内の各担当班で対応が間に合っていないものがないかなど、常に目を光らせる必要もあるので。それでも、福島事務所とはメール・電話などで密に連絡を取り合うことは勿論、できるだけ対面で打ち合わせをするなどして、現場の肌感覚を常に得られるようにしています。本省としては、国会議員や有識者の方の視点や考えがよく伝わってくる一方で、地元福島の事務所では、住民の方や地元自治体の視点や考えがよく伝わってきますので、施策を打ち出す際などは、本省・事務所でお互いに相談し、補い合いながら仕事をしています。法改正や制度改正などの検討は本省が中心となって行うので、ある意味では本省も政策立案の「現場」だと考えて仕事に臨んでいます。

Q.(佐)ところで、以前、浜島補佐は総合環境政策局環境計画課で自治体の温暖化対策の支援などに関わられてきたと伺っていますが、除染でも多くの現場の自治体の方とは関わると思います。何か関わり方に違いはあるのでしょうか。
A.(浜)環境計画課で働いていた時は、自治体・住民の方に、温暖化対策に地域レベルで取り組む意義を理解し、行動に移していただくためにはどうすればいいか、ということをよく考えていました。自治体の立場からすれば、温暖化は直接すぐに住民の健康被害などにつながるものではないので、必ずしも自治体が対策しなくてもよいものと認識されがちなためです。そこで、例えば、地球温暖化対策がコスト削減や新たな観点での地域活性化にもつながるものであるなどを伝えるよう努力していました。
一方で、今取り組んでいる除染は、住民のために取り組まなければならないものという認識は自治体も国も同じだと思います。ところが、自治体の職員の方々ご自身も被災しておられこともあるかと思いますが、原発を推進してきたのは国だというところを出発点にご批判をいただくこともあります。
住民のために実施する必要があるという思いが国・自治体で同じである点は、環境計画課時代の仕事と性質が異なりますが、自治体の方にいかに納得して携わっていただくか考え続けるという意味では共通していると思います。

Q.(佐)除染の企画・立案に携わる中で感じるやりがいは何でしょうか。また、復興における環境省の役割は何でしょうか。
A.(浜)避難者の方々の帰還の促進など復興の糧になっているという実感はあります。残念ながら明るい話題はまだそう多くはないのですが、それでも、除染が終了した田んぼで稲刈りをし、そのお米が売れるようになった、といった際の農家の方々の笑顔を見たりしたときなどは、やはりやりがいを感じます。
また、私は、入省して4~6年目に、水俣病・アスベスト被害者の救済等に携わっていたのですが、とりわけ水俣病などは、公害が起きてしまったことにより地域社会がズタズタに引き裂かれてしまい、住民・行政一体の努力で何とか乗り越えてきたわけですが、その復旧(「もやい直し」)には時間がかかりました。福島をはじめとする被災地でも放射線に不安を感じる方が多くいらっしゃいますが、水俣のように被害者の方々が長い時間苦しまないよう、住民の方々の心情に配慮して政策立案に臨んでおり、それは水俣病などの公害・被害者の方々と長く向き合ってきた環境省だからこそ果たせる役割なのではないかと思っています。

(佐)復興における環境省の役割や、仕事にかける想いについて、2/8のJOBトークではよりじっくりと伺えればと思います!本日はありがとうございました!

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(写真一枚目)浜島補佐の様子。
(写真二枚目)川俣町・飯舘村・楢葉町・浪江町のお米試食会の様子。

2016/4/15 ~総合環境政策局 環境計画課~

新原修一郎課長補佐(総合職事務系9年目 総合環境政策局環境計画課)に佐藤・馬込がお話を伺いました。

※(新)新原補佐、(佐)佐藤、(馬)馬込
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Q.(佐)(馬)こんにちは!本日はどうぞよろしくお願いします!まず、現在取り組まれているお仕事について教えていただけますでしょうか。
A.(新)現在、入省9年目で総合環境政策局の環境計画課に所属し、全国の地方自治体の地球温暖化対策を推進する仕事に携わっています。
地球温暖化対策推進法という法律の中で、全国に1800以上もある全ての地方自治体に対して、地球温暖化対策のための計画(「地方公共団体実行計画」と言います。)を策定するよう求める制度があります。私は、この制度の担当官として、地方自治体による計画の策定・改定を支援したり、計画に基づく再生可能エネルギー事業等を支援したりするための政策の企画・立案と執行に関わっています。
たとえば、全国の地方自治体職員の地球温暖化政策に関するスキルアップを目指して、「低炭素塾」という名の研修会を実施しており、計画の作り方や法制度の仕組み、再生可能エネルギーや省エネルギーに関する施策について、大学・民間企業・地方自治体から講師をお招きしながら、また、時には私自身も演壇に立って講義を行っています。また、地方自治体による"低炭素なまちづくり"を促進するために、再生可能エネルギー設備や省エネルギー機器の導入のための補助金を交付する事業も担当しています。

Q.(馬)地球温暖化対策の計画を作成している自治体は、全国でどのくらいの割合なのでしょうか。
A.(新)「地方公共団体実行計画」には、「事務事業編(地方自治体自身の公共施設・公用車などのCO2排出量削減対策に関する計画)」と「区域施策編(地方自治体の管轄するエリア全体の住民や事業者のCO2削減対策に関する計画)」の2種類があります。現在、地方自治体の約8割が事務事業編を、約2割が区域施策編を策定しています。
ところが実を言うと、これらの計画は、その内容が古くなり始めているのです。
というのも、昨年(2015年)の夏に「2030年度に温室効果ガス排出量を2013年度比で26.0%削減する」という我が国の新しい温室効果ガス削減目標(「日本の約束草案」)が決定され、国連にも登録されました。そこで今後は、この新たな目標に即した新しい計画を策定するよう、全国の地方自治体に強く促していく必要が生じてきたのです。
全国の地方自治体に対して、先進的な省エネルギー対策を促したり、地域における再生可能エネルギー事業の立ち上げを支援したりすることは、新しい削減目標を達成するために非常に重要な意味を持ちます。
平成28年度年度政府予算にも、こうした地方自治体向け支援のために、私が担当する分だけでも、総額で100億円を超える補助金事業が盛り込まれました。これを存分に活用することにより、全国で1800を超える地方自治体の地球温暖化対策を、2030年を目がけて一気にレベルアップさせていく。これが私のミッションです。
環境省の中では、地球温暖化対策を担当しているセクションとして、地球環境局がありますが、そちらは地球温暖化対策に関する国際的な枠組みを巡る国際交渉や、政府としての地球温暖化のための計画の策定、最新の低炭素技術の研究・調査・開発・実証などを中心に扱っています。
一方、私の所属している総合環境政策局環境計画課では、ぐっと現場に近い地方自治体向けの政策を行っていることが特徴です。地方自治体の取組が地域の住民や事業者など、街中に広がるような仕組みづくりを模索しています。

Q.(佐)実際にいろいろな事業を動かしている中で、どのようなことに苦労されているのでしょうか。
A.(新)一日中、苦労ばっかりです(笑)。一つ目の大きな課題は、地方の現場の状況をうまく把握できていないということです。様々な関係資料に当たり、様々な人に会うことで、地方の状況について学んでいますが、なかなか追いつきません。また、毎日のように朝から晩まで全国各地の地方自治体から、政策に関する相談や陳情を頂いていますが、各地方自治体の状況は本当に多種多様です。地球温暖化政策に割くことのできる人員・予算などのリソースという観点だけで見ても、地方自治体によって大きな格差がありますから、適切な取組の道筋を"一律に"示そうとすることには当然無理があります。各地方自治体の事情に合わせた政策を実施するためにはどうすればよいか、ということを着任以来、ずっと悩み、考え続けています。
いま流行りの地方創生と絡めた地球温暖化対策として、例えば、林業が廃れてしまった町が木質バイオマス発電事業を立ち上げることによって、CO2の排出削減だけでなく、関連産業の活性化も図るという取組があります。このような取組をモデルとして、他の地域にも同様の取組を広げていきたいのですが、各地方自治体の状況に合わせて適切に普及させるための仕組みをうまく作り上げられていないのが悩みです。
 もう一つ難しい課題と感じているのは、チームマネジメントです。
昨年(平成27年)の6月までは同年代の同僚(地方自治体からの出向者)と二人三脚で仕事をしていました。ところが、昨年の7月に人事異動で現在の部署に移るとともに、係長から課長補佐へと昇進しました。これで一気に10人以上のスタッフを引っ張りながら、同時に10本以上のプロジェクトを並行して企画・実行・監督していくことになりました。スタッフには、生粋の環境省職員だけではなく、民間企業や地方自治体から出向して来た方もいますし、私より年下の方もいれば年上の方もいます。そこで、異なるバックグランドを持った多数のメンバーによる混成チームを引っ張っていける、高度なマネジメント能力が必要なのですが、なかなかうまくは身に付きません。どのような施策・事業を行うかという政策の中身も大切なのですが、どうやってチーム内で効率的に分担しながら円滑に仕事を進めるかということも、非常に大切であり、また、難しいところです。それぞれのメンバーが持っている知見・能力を十分に活用するために、各自のアイデアや意見を引き出せるよう、いつも配慮しています。
例えば、地方公共団体に対する省エネルギー設備導入の補助金の制度設計をする時には、スタッフとともに、極力多くの業界を対象にヒアリングや視察を行い、また、多様な相談も受け付けます。こうして、スタッフみんなの見識が深まるよう促しています。また、地方自治体からの出向者には、地方自治体の設備投資に係る意思決定プロセスの現場の傾向を聞いてみます。技術系の民間企業からの出向者には、補助金の対象とすることを検討している設備の性能が十分なのかどうかコメントを求めます。彼らの意見を吟味しながら、色々な知識や問題意識を総動員して補助金の仕組みをチームで作り込んでいくわけです。
そして、できれば、出向者であるメンバー達がいつの日か、出身組織に戻った時、こうした議論の経験が彼らのキャリア形成の糧となったら良いなと思っています。そういうことまで考え合わせながら、日々の業務に当たるのはとても難しいことですが、同時にやりがいも感じています。時間に追われながら、同時に複数の作業を指示しつつ、大勢のお客様に次々と応対していく。毎日充実していますよ。

Q(馬)ところで、新原補佐は、入省時に周囲に比べて年齢が高かったと伺っていますが、そのことで不安はありませんでしたか。
A(新)実は私は、高校を中退して長く放浪していた時期もあり、大学には25歳になってから通い、今の職場にも30歳目前になってから"新卒!"で入りました(笑)。どの部署に人事異動しても、直属の上司は、大抵いつも年下です。とはいえ、実は不安感よりも、"してやったり感"の方が強かったです(笑)。

Q(佐)入省前の経験で、今も役立っていることはありますか。
A(新)大学に入る前、実は某ギャンブル業界のアルバイト店員だった時代があります。誠に興味深い多種多様な仲間(←御想像にお任せします)に恵まれまして、"年下の上司"の下で"年上の後輩"を指導する立場となり、時には15人近いスタッフのリーダーを務めていた時期もありました。
時間に追われながら、同時に複数の作業を指示しつつ、大勢のお客様に次々と応対して・・・。そうです。何を隠そう、課長補佐としての今の私の原型は、その時代に形作られたものだったのです。

(佐)(馬)新原補佐、本日は本当にありがとうございました!

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(写真)「低炭素塾」の様子

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