課題名

F-1 野生生物集団の絶滅プロセスに関する研究

課題代表者名

椿 宜高(環境庁国立環境研究上席研究官)

研究期間

平成8−10年度

合計予算額

151,52810年度  54,580)千円

研究体制

(1) 小集団の遺伝的変異と近交弱勢の効果の解明

(環境庁国立環境研究所/北海道大学地球環境科学/岐阜大学農学部/

福岡教育大学/上越教育大学/石巻専修大学)

(2) 寄生者・病原体の効果と伝播機構の解明

”存饗里紡个垢訥餽垣発達に関する研究

(環境庁国立環境研究所/九州大学理学部/東京大学農学部)

寄生虫抵抗性の種内変異に関する研究(環境庁国立環境研究所)

(3) 種間関係の撹乱の影響の解明

(環境庁国立環境研究所/筑波大学生物学系/京都大学総合人間科学部/

京都大学生態学研究センター/富山大学理学部)

(4) 数理モデルによる絶滅プロセスの総合的解析

.瓮晋賃侶欧瞭安屬叛簗燃領┐亡悗垢觚Φ

(国立環境研究所/九州大学理学部/東京大学教養学部/静岡大学教育学部)

希少哺乳類の存続可能最小集団サイズに関する研究(農林水産省森林総合研究所)

 

研究概要

1.序

 野生生物種の数は人類がこれまでに把握しただけでも140万種であるが、未知の種類の方がずっと多く、1000万から3000万種類に達すると考えられている。このような生物多様性は生命誕生以来、40億年をかけた進化によって形成されたものであり、人類の存在基盤をなす重要なものであるが、近年の人間活動によって著しく減少していることが懸念されている。このため、国連環境計画(UNEP)を中心に国際条約の作成が検討され、19926月の地球サミットにおいて署名された生物多様性条約は199312月に発効され、わが国は19935月に同条約を受諾し、締結国となった。さらに、わが国では199510月に地球環境保全に関する関係閣僚会議において生物多様性国家戦略が決定された。

 生物多様性への人間活動の影響としては野生生物生息地の縮小や破壊、および侵入生物によって生じる既存の種間関係の攪乱などが指摘されているが、その科学的知見は極めて乏しいのが現状である。生物多様性の減少とは、言うまでもなく野生生物種の絶滅によって生じるのであるから、絶滅のメカニズムの解明が急務である。

 

2.研究目的

 野生生物が絶滅に至る主要な原因は生息地の破壊・消失にあるが、かりに棲息地の一部が保護され直ちに絶滅には至らなかったとしてもそれだけでは安全ではない。縮小された棲息地に少数の個体が取り残されるため、少数集団特有の脆弱な性質が重なって、最終的には絶滅に至るケースが頻出すると考えられる。というのは小集団は(1)個体数の偶然変動の影響、(2)気象などの環境変動の影響、(3)遺伝的均一化の影響、(4)寄生、病気、捕食者などの他種の影響、などに対して大集団よりもずっと敏感だと考えられているからである。しかし、これらの指摘はごく一般的なものにすぎず、どの要因がどの程度重要なのか、調査の進んでいる例は世界的に見てもごくわずかである。また、少集団に分割された個体群(メタ個体群)は、たがいに交流することによってこれらの影響を低減している可能性があるが、その効果については世界的な論争の中にある。これらの問題を解決し、野生生物保全施策への科学的提言を行うことを目標とする。

 

3.研究の内容・成果

(1)小集団の遺伝的変異と近交弱勢の効果の解明

 狩猟や乱獲による人為的な撹乱、あるいは生物間相互作用、環境変動等の撹乱によってその個体数が激減してしまった集団においては、近親交配が生じる機会が必然的に増加する。この近親交配によって個体の適応度を低下させる遺伝的な効果は近交弱勢と呼ばれる。近親交配が頻繁に行われている動物園集団においては、子供の死亡率が高いなどの有害遺伝形質の発現を示唆する結果が報告されている。しかしながら、野生集団における近親交配と近交弱勢の関係は現在のところ明らかにはなっていない。この両者の関係について、さらにはその結果もたらされる小集団存続への影響について明らかにしてゆくことは、絶滅のプロセスを解明する基礎研究の側面のみならず、絶滅危惧集団を管理してゆく応用研究の側面からも重要な課題である。

 野生植物の2分類群について、地理的分布の広さと遺伝的多様性の大きさの相関について検討し、現在の地理的分布の広さは歴史的な背景を無視することが出来ず、現時点で狭い分布域を持つ種が遺伝的多様性が低いとは必ずしもいえないことを示した。ウスバシロチョウの地域個体群について翅脈のFA値・酵素タンパク質ヘテロ接合度・交尾回数を測定し、個体群の平均FA値とGPI酵素のヘテロ接合度の間に負の相関関係が認められ、FA値が個体群の遺伝的変異性を表わす指標となりうることを示した。イトヨ地域個体群について鱗板数非対称個体の割合が個体数減少に伴って増加することと郡内で任意交配が実現していない可能性を示した。湿原鳥類オオセッカ・オオヨシキリ・コジュリンの個体群構造・遺伝的集団構造・FAの相互関係を研究し、希少種のオオセッカ以外は集団中に遺伝的構造が認められたが、FAと遺伝的構造の関係ははっきりしなかった。高山鳥類イワヒバリの帰還率・分散・繁殖システムを分析した結果、その個体群は高い生残率・同一グループヘの高い帰還率・若鳥の高い帰還率によって維持され、一部の高順位個体が繁殖を独占していることが明らかになり、遺伝的多様性の低下が示唆された。エゾシカ集団がミトコンドリアDNA遺伝子で6つのタイプに分かれること、および千葉集団と比較して、マイクロサテライト遺伝子の平均ヘテロ接合度が低く対立遺伝子数が少ないことを示した。エゾシカ隔離個体群の個体は個体数崩壊後に下顎・枝角の小型化が認められるが、FAの大きさには個体数崩壊の影響は認められないことを示した。ニホンジカについて集団内の遺伝的変異を測定するための遺伝的マーカーを開発して各地域集団の遺伝的多様性の測定をおこない、さらに長期調査集団について、個体レベルの遺伝的多様性を測定して個体の適応度と遺伝的変異との関連性を検討した。イリオモテヤマネコの遺伝的多様性をマイクロサテライト遺伝子およびMHCクラス軌篥岨劼鬟沺璽ーとして評価し、前者の中立マーカーでは地のネコ科動物と比較しても極めて低い多様性の値となったが、後者の中立ではないマーカーでは多様性が維持されていることを明らかにした。

 

(2)寄生者・病原体の効果と伝播機構の解明

 ”存饗里紡个垢訥餽垣発達に関する研究

  感染症の流行が野生植物集団に及ぼす影響を、ヒヨドリバナ有性型・無性型とジェミニウイルスの関係について調べた。ウイルス感染は、クロロフィルの減少を通じて死亡率を増大させ、無性型集団を絶滅させることがわかった。遺伝的変異の多い有性型集団では、ウイルス感染率は低かった。ヒヨドリバナには、耐病性をになう多数の遺伝子があることが判明した。保全上はこのような耐病性遺伝子の変異を保っことが重要である。近年、イヌおよび野生動物にイヌジステンパーウイルス(CDV)感染症の流行が起こっている。我々はこの流行の原因・伝播機構を解明することを目的に、流行状況の調査およびウイルス病原体変異などの基礎的研究を行った。まず日本のイヌでの調査研究により、従来とは異なる症状型の存在とウイルスの遺伝子の変異を明らかにした。日本のタヌキの流行はイヌからの伝播によると推察し、海棲哺乳類でも流行が起きていることを明らかにした。

 

 寄生虫抵抗性の種内変異に関する研究

  カワトンボ Mnais costalis Odonata: Calopterygidae)のオスは形態的にも行動的にも異なる多型を示し、典型的には透明翅で非縄ばりの'SNEAK'とオレンジ翅で縄ばりの'FIGHTER'が存在する。色彩色差計で測定した翅のオレンジ色の色素の量には個体変異があり、また、繁殖のシーズンの経過にともなって減少した。実験室で栄養条件を違えて若い成虫を飼育すると翅の色素の量が変わった。すなわち高栄養条件のオスは低栄養条件のオスに比べて翅の色がより速く濃く変化した。14Cでラベルしたトリプトファンとチロシン(それぞれオモクローム色素とメラニン色素の前駆物質)を若い両タイプのオスとメスに投与した。オモクロームはオスの両タイプの縁紋に限定して分布すること、メスには存在しないことがわかった。オレンジオスの翅のセルにチロシンが存在し、透明オスの翅のセルには存在しないことから、オレンジの色素にはメラニンが含まれていることがわかった。これらのデータから、オレンジオスの翅では色素が連続的に持続されなくてはならないことを示した。そして低い栄養レベルにおいて色の維持ができなくなることから、その維持にはコストを要することがわかる。以上の結果は、生体防御機構と性的形質の間にトレードオフ関係が二つのタイプの間で働いていることを示唆している。昆虫の生体防御機構に柔軟性があり、環境条件によって変化することは、保全生物学の文脈の中でという環境で重要である。ストレスの高い環境下では、昆虫は本来生体防御に使うべき資源を別の目的に使うよう変更しうることを意味し、集団の存在がそのまま集団の健全性を意味しないこともあるからである。

 

(3)種間関係の攪乱の影響の解明

 異型花柱性植物であるサクラソウおよびシロバナサクラタデを用いた研究から、生育場所の分断孤立化に伴い、送粉昆虫との生物間相互作用の喪失やクローンの孤立化による受粉の失敗により種子生産が制限されたり生産された種子の発芽能力が低下したりする現象、すなわち「実り無き秋」が現実に生じていること明らかにされた。

 日本の南部に点在する島嶼、小笠原諸島、奄美大島、大東諸島、沖縄諸島、先島諸島において、開花フェノロジーと訪花昆虫群集を調査した結果、それぞれの島嶼固有のハナバチ群集が重要な送粉者群集であると位置づけられた。小笠原諸島ではセイヨウミツバチが定着しており、それが小笠原の固有の送粉共生系に大きな影響を与えていることが明らかになった。

 ハウス用トマトの花粉媒介用として輸入されているヨーロッパ原産のセイヨウオオマルハナバチは、日本の在来種と交雑できるため、野生化した場合、遺伝的汚染が生じる可能性がある。本研究では、遺伝的汚染をモニタリングするための遺伝的マーカーの探索を行った。また、近年、一部生態学者やメーカーが試みている在来のマルハナバチの商品化に伴う問題として、地域個体群の遺伝的撹乱の可能性を考え、在来種個体群の遺伝子組成における地理的変異の検出も試みた。

 野生生物の絶滅要因を検討するにあたって、(1)イチジクとそれを餌としかつその送粉者であるイチジクコバチとの相利共生関係、(2)近縁のマダラテントウ類の種間競争(3)捕食者1種と餌種2種のシステムを例にして、個体群の絶滅要因を分析したところ、相利共生関係、競争関係、捕食関係の種間関係が重要な寄与をすることが分かった。

 南西諸島と熱帯アジアにおいて、アリ類の社会構造と棲息環境に関する広範な比較研究を行った。自然林では、単女王制・単巣性で小さなコロニーを持つ狭域分布種が優占する一方で、人的撹乱が多く伴う環境では、多女王制・多巣性の大きなコロニーを持つ広域分布種が優占していた。

 

(4)数理モデルによる絶滅プロセスの総合的解析

 .瓮晋賃侶欧瞭安屬叛簗燃領┐亡悗垢觚Φ

  非常に簡単なカノニカルモデルを用いて絶滅確率を推定する公式を導き、野生生物集団の絶滅リスクを推定する方法を開発した。この公式によって、さまざまな要因、たとえば生息地の縮小と環境劣化による生存率低下とのもたらすリスクを比べることが可能になった。カワラノギク自然個体群とアズキゾウムシ実験個体群を対象に、メタ個体群の動態と絶滅確率に関する調査・実験・シミュレーション解析を行った。カワラノギクでは、河原に調査区を設け、発芽・実生・ロゼット・開花個体のステージ間の生存率から推移率を求めた。それをもとに、空間構造を考慮した格子モデルでシミュレーション解析した結果、現在の多摩川の環境条件では将来の絶滅確率がかなり高いことが予測された。アズキゾウムシ実験個体群を対象に、劣性の有害突然変異を持つ黒化型系統、野生型系統、及びそのF13系統の齢別生存率と齢別繁殖力を比較することにより、推移行列要素となる生活史パラメタを抽出し、どの要素の差が適応度の違いに最も強く効いているかを感度分析で調べた。実験個体群で得られたパラメータを用いたシミュレーション解析の結果、メタ個体群内の局所集団は頻繁に消滅し、局所集団のサイズ、メタ個体群内にある局所集団の数、および移動率がメタ個体群の維持に重要であることが分かった。弱有害遺伝子の蓄積による絶滅確率の増加が、有害突然変異率、個体数、生息地の形や分断化によってどのように影響されるかについて個体ベースモデルを用いたシミュレーションによる研究を行った。繁殖力の低い生物では、個体数が1000以上でない場合、有害突然変異率が1世代・1ゲノムあたり0.4と低かったとしても、弱有害遺伝子の蓄積が絶滅を引き起こすことがわかった。

 

希少哺乳類の存続可能最小集団サイズに関する研究

  下北半島ツキノワグマ個体群を対象としてMVP(生存可能最小集団サイズ)を求めるとともに、さらに各種パラメータの評価を加えてPVA(個体群存続可能性分析)を進めた。現在の有害駆除のレベルを下げることが保全上の効果と実現可能性の両面から最も優先順位が高いことを指摘した。希少野生動物であるアマミノクロウサギを対象とした保全生物学的研究を行うことを目的に、ラジオテレメトリーによる行動圏サイズと活動性を明らかにし、さらにDNA塩基配列変異分析による遺伝的多様性の検討を行った。マイクロサテライトDNA1遺伝子座ごとの対立遺伝子決定法を用いて、エゾヤチネズミ(Clethrionom ys rufocanus)の実験個体群の遺伝的多様性の変動をモニターし、遺伝的多様性の変動に係わる婚姻形態、近親交配の起きる頻度、近親交配を避ける機構などを解析した。東北地方と北海道のクマゲラ個体群間の遺伝的な関係を調べることにより、遺伝的多様性の現状を把握するため、近縁種のキツツキ類の血液や細胞、また、クマゲラでは血液や細胞が手に入らないので、糞や剥製の羽軸からのDNA抽出を行い、既に報告されているニワトリのミトコンドリアDNAからプライマーをデザインし、PCR法を行い、塩基配列を決定した。

 

4.研究者略歴

課題代表者:椿 宜高

1948年生まれ、九州大学理学部卒業、理学博士、現在、国立環境研究所生物圏環境部上席研究官

主要論文:

Tsubaki Y., Hooper R. & Siva-Jothy M. T. 1997. Differences in adult and reproductive lifespan in the two male forms of Mnais pruinosa costalis (Selys) (Odonata: Caloptelygidae). Res. Popul. Eool. 39: 149-155.

Tsubaki Y. & Matsumoto K. (1998) Fluctualing asymmetry and male mating success in a sphragis-baring butterfly Luehdorfia japonica (Lepidoptera: Papilionidae). J. Insect Behav. 11: 571-582.

Tsubaki Y. 1998. Fluctualina symmetry of the oriental fruit fly (Dacus dorsalis) during the process of its extinction from the Okinawa Islands. Conservation Biology (in press)

 

サブテーマ代表者

(1): 椿 宜高(前出)

 

(2) 椿 宜高(前出)

Rowan E. Hooper

1970年生まれ、SHEFFIELD大学動植物学部卒業、PhD.

現在国立環境研究所エコフロンティアフェロー

主要論文:

Tsubaki Y., Hooper R. & Siva-Jothy M. T. 1997. Differences in adult and reproductive lifespan in the two male forms of Mnais pruinosa costalis (Selys) (Odonata: Calopterygidae), Res. Popul. Ecol. 39: 149-155.

Siva-Jothy M. T., Tsubaki Y. & Hooper R. E. 1998. Decreased immuno-copetence as a proximate cost of reproduction in a damselfly. Physiological Entomology 23: 274-277. (1998)

Hooper, R., Tsubaki, Y. and Sivar-Jothy M. T.: Plastic wing colour polymorphism in a damselfly with two male morphs. Phisological Entomology (in press)

 

(3):椿宜 高(前出)

 

(4) 椿 宜高(前出)

◆Щ葦鎖妓

1948年生まれ、東京農工大学農学部卒業、理学博士、兵庫医科大学助手、森林総合研究所・森林動物科長、現在、森林総合研究所・東北支所・保護部長

主要論文:

Miura, S. 1984. Social behavior and territoriality in male sika deer (Cervus nipoon Temminck 1838) during the rut. Z. Tierpsychol. 64: 33-73.

Miura, S. et al. 1987. Horn growth and reproductive history in female Japanese serow. J Mamm. 68: 826-836.

Miura, S. et al. 1989. The threatened white-lipped deer, Gyarin Lake, Qinghai Province, China, and its conservation. Biol. Conserv. 47: 237-244.