第14回有明海・八代海総合調査評価委員会 会議録

日時

平成17年6月16日(木) 13:30~17:15

場所

中央合同庁舎第5号館6階 共用第8会議室

出席者

委員長 須藤隆一委員長
委員 荒牧軍治委員、大和田紘一委員、楠田哲也委員、小松利光委員、三本菅善昭委員、清野聡子委員、滝川清委員、中田英昭委員、原武史委員、福岡捷二委員、細川恭史委員、本城凡夫委員、山口敦子委員、山田真知子委員、山本智子委員
臨時委員 菊池泰二委員
主務省・関係県発表者 関係県発表者;農林水産省農村振興局整備部農地整備課長補佐、熊本県環境生活部環境政策課環境立県推進室参事
事務局 環境省環境管理局水環境部長、水環境部水環境管理課長、水環境部閉鎖性海域対策室長、閉鎖性海域対策室長補佐

午後1時32分開会

○環境省閉鎖性海域対策室長 それでは、定刻となりましたので、ただいまから第14回有明海・八代海総合調査評価委員会を開催いたします。
 本日はお忙しい中をご出席いただきまして大変ありがとうございます。現在、16名の委員の先生方にご出席いただいておりますので、定足数を満たしていることをご報告いたします。
 なお、清野先生は少し遅れて到着されるというご連絡が入っております。
 まず、配付資料の確認をさせていただきます。本日の配付資料は、議事次第とその後ろに配付資料一覧がございます。ここに書かれてあるとおりでございますが、資料1が委員名簿でございます。資料2-1が福岡先生から提出いただいた資料です。資料2-2が「有明海・八代海における河川の影響について」。資料3が「有明海・八代海の底質環境について」。資料4が「有明海・八代海における底生生物について」。資料5-1が「環境変化の仕組の更なる解明のための調査」。それから、資料5-2が「平成16年度干潟等沿岸海域再生検討調査結果について」。それから、参考資料といたしまして「有明海・八代海の現状と変遷の整理」。本日の資料は以上でございます。不足がございましたら、お申しつけくださるようお願いいたします。
 それでは、以下の議事進行を須藤先生にお願いします。

○須藤委員長 かしこまりました。皆さん、こんにちは。本日は大変ご多用の中を、また足下の悪い中を委員の先生方、事務局の皆様、それから関係省庁、関係県の皆様にはお繰り合わせご出席いただきまして、誠にどうもありがとうございます。本日の委員会は第14回でございますが、議題はここにございますように「その他」まで含めて5つ用意してございます。終わりの時間は17時ということを予定しておりますので、どうぞご協力をいただきたいと思います。途中で一度休憩をとらせていただきます。
 それでは、この議題に沿って議事を進行させていただきます。最初に「有明海・八代海における河川の影響について」でございます。この件につきましては前回の第13回評価委員会で福岡先生からご報告をいただきました。その際に数名の委員からご質問がございました。それに対しまして本日、福岡先生から補足説明をしていただけると伺っております。
 それでは、福岡先生、よろしくお願いいたします。

○福岡委員 前回幾つかのご質問が出たのですが、十分答えきれなかったものについては、もう一度よく精査してご報告しますという回答をいたしました。今回改めてもう一度データを調べてご説明する2点について今日資料を用意してまいりました。資料2-1です。資料2-1の1枚目に導水の影響についての説明と図が3枚ほどあります。
 まず導水の影響について、特に域外へ導水するものの有明海への影響について、これは本城先生からご質問がありました。私が前回出したものと同一の図は次のページの図の一番上にあります。昭和48年から平成14年までの筑後川の実績の流量、それに対して筑後大堰から導水しているものの関係を示しまして、筑後川全体の流量から見たら、その量は極めてわずかであるというご説明をしました。
 それに対して本城委員から洪水が出ているときのデータが入っているために、洪水の影響が大きいこと、洪水のないときはどのような関係にあるのかというご質問がありました。もっともなことでありましたので、私のほうで筑後川を管理しております国土交通省の筑後川河川事務所のデータにアクセスしまして、もう一度検討して持ってまいりました。
 今回の図の下2つが本城委員のご質問に対する回答であります。河川の流量については、平水流量、低水流量を代表流量として年間を通しての流量の大小を定義しております。ここの1ページ目、資料2-1にありますように平水流量というのは1年を通じて185日はこれを下回らない流量でございます。低水流量というのはもっと低い流量で、1年を通じて275日はこれを下回らない流量という非常に少ない流量に相当します。
 185日及び275日を下回らない平水流量・低水流量がそれぞれずっと年間続いたと想定して、これらの想定流量に対して取水量の実績を書いたものがそれぞれ下の2つの図です。真ん中が平水流量、下が低水流量ですから、極めて流量が低いときを想定しても全体としては各年度、導水量はこれぐらい小さい量で、特に域外導水量は赤で示されていますが、年間の変動に比べて、そして絶対値も十分に小さいということであります。
 このほかにも非出水期といいまして洪水が出ない時期である10月から3月までのデータについても同様の検討をしていますが、ほぼこの低水流量に近いような値になっております。ということで、本城先生のご質問に対しては前回私がお話ししたことでよろしいのではないかということであります。
 2点目は、河床材料の調査位置についてです。これは楠田先生からご質問がありました。私が申し上げたのは筑後川は河床高が徐々に下がってきて、そのために相対的に海の影響が顕れてきて、シルト性の細かいガタ土と称するものが河岸に、あるいは河床に増えてきていて、割合として河床材料が細粒化しているというご説明をいたしました。
 それに対して楠田先生からどの位置で採取した試料について議論をしたのかというご質問がありました。前回提出いたしました資料は3枚目の資料であります。これによりますと昭和31年から平成6年にかけて、河口付近でシルト・粘土の割合が増えてきていると申し上げました。採取位置が河岸であれば、ガタ土が堆積して細粒化した可能性が大きいので、どういうところで採取したのかというご質問でした。改めてデータを調べました。それが最後のページであります。
 残念ながら昭和36年当時の河床材料調査結果を精査したんですが、どこの場所で測ったかの記述はありませんでしたので、36年は前回と同じものです。しかし、平成6年につきましては、下流を向いて左側を左岸と私たちは呼んでいますが、左岸と右岸に寄ったところでの河床材料と河道中心線で測った材料があります。それぞれ左右岸の平均で表したものが真ん中の図であります。河道の中心での河床材料が一番下の図であります。この図を見ておわかりいただけますように平成6年のデータにつきましては、前回提示したものと比べますと、そう極端には変わっていないということがわかります。
 すなわち河口から22kmまでは河床材料が細粒化して、逆に上流側は粗粒化している。大きくなっているということです。河道中心にあってもやはりシルト分が増えてきているということが明らかになりました。
 したがって、河床材料につきましても前回、私がお話ししました結論と同様であるということが、ご質問を受けての検討から確かめることができたと考えております。以上です。

○須藤委員長 短時間の間に福岡先生、詳しくお調べいただきましてどうもありがとうございました。
 ただいまの福岡先生のご説明に対しまして、さらにご質問、ご意見はございますか。
 いかがでございましょうか。ご質問なされた先生、よろしいでしょうか。本城先生、ご理解いただけましたでしょうか。

○本城委員 いろいろありがとうございました。

○須藤委員長 それでは、特にご質問はございませんでしたので、前回の福岡先生の議論と、また本日の補足説明などを踏まえまして、河川の影響について整理したものを事務局から説明をお願いします。

○環境省閉鎖性海域対策室長 資料2-2をごらんいただきたいと思います。これは前回の福岡先生のご説明と本日ただいまの資料などをもとにいたしまして、事務局で整理いたしまして、福岡先生のご確認も得たものでございます。
 まず、最初に1番として有明海に関しましては筑後川が大きな影響力を持っているということでございまして、流域面積、年間総流出量、低水流量、幹川流路延長、流域内人口はそこに書かれているとおりの数字になっております。
 次に筑後大堰の機能と役割、それから有明海に対する影響でございます。筑後大堰は昭和58年に完成いたしまして、60年から管理を開始したということ。
 それから、固定堰の撤去と河道掘削によりまして、洪水流下能力を6,000m3/sから9,000m3/sに増大した。
 それから、可動堰にすることによりまして洪水時は流下を阻害せず、平常時は塩水の流入を阻止して、安定した取水が可能になった。また、新規水道用水として0.35m3/sを開発した。
 それから、流域外への導水量は年間7,000万から9,000万m3でございまして、平均年間総流出量36億m3に比較して少ない。また、取水された農業用水、これは域内導水でございますが、これは有明海に戻るということです。
 それと、筑後大堰管理開始後の全開回数が年平均3.8回ということになっておりまして、これによって堰上流の堆砂は解消されるということでございますので、堰による下流に対する悪影響はほとんどないということでございます。
 3番目、河床変動の状況とその影響ですが、昭和28年を基準といたしまして50年間で3,300万m3の河床低下がございました。その内訳は干拓への利用、ダムの堆砂、河川改修による掘削。建設用材と治水行為のための砂利採取というものでございます。
 砂利採取によりまして河床材料が変化し、特に下流でシルト・粘土が増加し、細砂・粗砂が減少した。上流部は礫分が増加したということです。
 また、長期的な河床変動を見ますと、砂利の採取によって下流側が穏やかな勾配となり、土砂の流出が停滞するとともに、海からのガタ土の流入が増大した。
 最後に筑後川流域の総合的な土砂管理の今後の課題でございますが、流域の土砂生産量はダム流域で10万m3、全流域で32万m3でございます。土砂を上手に出していくための土砂管理も重要である。河川に堆積する土砂の量と質の把握も重要であるが、土砂の海域への流入経路や海域内での挙動の把握がさらに重要、このようなことでございました。以上でございます。

○須藤委員長 坂川室長、どうもありがとうございました。ただいまの事務局からのご説明につきましてご質問、ご意見はございますか。
 よろしゅうございましょうか。
 福岡先生、これは全部お読みいただいて、このとおりでよろしゅうございますか。

○福岡委員 はい。これで問題ありません。

○須藤委員長 どうもありがとうございます。
 特にご意見がないようでございますので、これはこの前の資料に入れていきたいと思います。
 それでは、次は2番目の議題に入ります。
 「有明海・八代海における底質環境について」でございます。ご承知のようにこれまでに赤潮と河川の影響を論点として取り上げまして、議論を行い、一定の整理がなされてまいりました。本日はさらに2つの論点についてご説明をいただき、その後、皆さんからいろいろご意見を伺いたい、こう思っております。
 まずは底質環境について滝川委員にご説明いただき、次いで底生生物について菊池委員にご説明をいただきます。
 お二人の先生方、大変お忙しい中を資料を準備いただきまして、大変ありがとうございます。順番で、それでは最初に滝川先生、よろしくお願いいたします。

○滝川委員 お手元にお渡ししています資料はショートカット版といいますか短縮版で、48ページぐらいありますが、本文のところは120何枚かで、かなりといいますか、お手元の資料と少し狂うところがあるかもしれませんが、ご承知おき願いたいと思います。
 それでは、これまでの底質環境に関する調査、あるいは研究成果等をまとめさせていただきまして、発表させていただきます。
 本日の説明の内容は有明海そのものの底質環境についての形成過程、それからその変化、そして変化の要因、最後に改善の計画と可能性に関しまして触れさせていただけたらと思います。
 まず最初でありますが、底質環境の形成過程ということで、これは有明海の河口の地形の変化といいますか、そういうものを干拓の歴史という形でお示しした図であります。
 有明海の地形の変遷というのは11万年から1万5,000年ぐらい前までには現在の海面下120mぐらいのところまで海面が下がっていた。それから、1万5,000年ぐらいからはいわゆる縄文海進というのが始まってきて、1万1,000年ぐらいに今現在の有明海の大体の形ができたと言われておりまして、7,000年から6,000年ぐらいまでに縄文海進が最大となり、そのころには久留米付近まで湾が入り込んでいました。このころには現在よりもさらに3mから4mも大きいような大潮位差が、したがって10m近くぐらいの大潮位差があったと考えられているわけです。
 その後、穏やかに海退といいますか、干拓等を含めて内陸からの土砂が堆積してきて、現在の形になってきている。
 干拓の歴史に関しましては、歴史が残っているということからしますと、明和年間ぐらいからかなり長期にわたって干拓が進められているという現状です。
 そういった有明の地形の変化を経年的にまとめてみようということで、これは海上保安庁から出されている海図ですが、大正12年、昭和44年、昭和62年、平成5年におけるそれぞれの水深を0~5m、5~10m、10~20mというふうに少しずつ色分けしまして、経年的に見たものであります。
 この経年的な面積の変化というものを見ますと、大正12年から昭和44年の間に湾奥のところ、それからこれは玉名横島の干拓ですが、そういったもので60m3ほど海域面積が減少しています。
 それから、昭和44年と62年の間にはあまり変化はございませんが、昭和62年と平成5年の間には内海、諫早湾の干拓、あるいはその他の干拓、あるいは人工海岸というものに伴いまして40m3ぐらいの面積の減少があるということです。
 この絵を見ていただくとわかりますが、一番濃い茶色のところですが、これが5mぐらいの水深のところですから、大体こういったところに干潟が出てくる。有明海の湾奥部、それから諫早湾、それから熊本沖というところに干潟が干出するという状況にあるということです。
 それから、水深の割合からしますと、5mから10 mの割合、ここら辺ぐらいの面積が5割以上を占めている。40 mより深いところは1割未満ぐらいで、非常に浅いところが広い範囲を占める面積の状態になっているということであります。
 そういったものの水深の変化の具合はどうかということで、場所的な水深の変化を見たものがこれであります。それぞれに変化してきているのですが、特に平成5年ぐらいには菊池川の河口付近で水深20mから30mの範囲の分布が増えて、30mから40mの水深のところが減ってきている。緑川河口におきましても水深40m以上ぐらいのところの面積が減ってきているというふうになっております。
 まとめますと、水深5mまでの範囲のところが減少傾向にあり、40mよりも深いところも少なくなっている。要するに浅くなってきているということです。
 それから、10~20m、20~30mというところの範囲が徐々に増えてきている。全体的に平均化されてきたような水深になっている。特に40mよりも深いところ、ここですが、昭和62年と平成5年の間に22%も面積が減っております。
 多分、これは雲仙の噴火による土砂の流入、あるいは異常気象といいますか集中豪雨等による土砂の流入によりそういった深いところに土砂がたまってきているということを意味しているのかなということです。
 こういった有明海の地形の水深、あるいは干潟の面積等ですが、これは泥の分布とそれの含泥率、泥の割合を示した図であります。
 Mdφという言葉がよく出てきますので、ご専門でない先生のためにちょっとここに書いてあります。Mdφという表現は直径を2-φという形にします。直径のログがφということになります。ですから、砂と礫の境目のところが大体2mm、砂とシルトのところが16分の1mm。シルトと粘土のところが256分の1mm。ですから、φで表すと-1がここに当たるし、4というところが砂とシルトの境目ということになります。これが大体1つの目安と思っていただければいいと思います。
 ですから、泥化したという言葉を使うときに、普通はシルトよりももっと細かい粒子のことをいっています。シルト・粘土を含んだところを泥土というふうに一般的にはいっております。一応そういった感覚で見ていただければよろしいと思います。
 そういった意味からしますと、いわゆるシルトという非常に細かいところの泥が、これは一番最近のデータですが、それを元にしますと、湾奥のところから諫早にかけて、そういう分布になっています。
 それから、ここのところ、島原湾沿いには深いところ、岩ですね。岩部がこうやってできています。これは速い流速等によるものですが、そういった堆積状況です。
 それはもちろん流れとの関係があるわけですが、流れとの関係は一般的に考えられているのは、海水が交換するような海域と、ここで中流、真ん中のあたりのところでは、これが混合する領域、一番奥のところは滞留域と呼ばれています。海水の混合域というのは、ここら辺の範囲内、要するに湾口から島原に沿ったところのあたりまでが海水がよく入ってくる。あとは内陸からの雨とかそういったもの、あるいは停滞水がこういうところ。基本的にはこういうパターンです。そういうものであるということです。
 そういったところの流れの流況は、よく反時計回りと言われています。平均的には反時計回りですが、よくよく詳しく見てみますと、これはシミュレーションの結果ですが、この左側の図は残差流という、普通の流速ベクトルを積分したものです。それに水深を掛けています。ですから、断面を通過する平均する流量の向きで、浅いところが1mあたり500m3ぐらい一潮汐の間に動くという、非常に流れの量が多いところ。それに比べまして熊本沖あるいは湾奥のところはそれだけ小さいですから、いわゆる流れが弱い領域が基本的にこういうふうにある。
 それと同時に、少しこういうふうな反時計回りの方向とは反対側といいますか、それぞれの流れのところに循環流が起こったり、あるいは水道の深いところに沿って流れ込むような複雑な流れの様相を基本的にしているんだということです。
 これは、水深のことを考えずに平均の流速だけをとってしまうとこういうふうな形になります。これでもやはり複雑な流れの状況がわかります。
 そういったところでちょっと早いんですが、これは各河川にインクみたいなものを流しまして、それを各河川の6月の平均ですが、出水があったときに、それぞれの河川から流れてきたものがどんなふうに広がっていくかということをアニメーションという形でみてみました。
 結果的に、6潮汐、7潮汐ぐらいすると、こういう熊本東岸沿いのものはどんどん北のほうに行く。北のほうから出てきたこういう河川の例というのは干潟が干出したり水没したりしますから、どうしても干潟の上にたまってしまうというところで、湾奥の上にたまるということ。
 それから、この諫早付近のところからは島原沖に流れが出てくるということで、そういったイメージを持っていただければ。
 もう1つ、ここの海域は、これは熊本の周辺を例にとったんですが、今と同じように河口付近のところにこういうインクを流すようなものを考えまして、どういうふうに広がったかということを、潮の満ち引きとともに色素の広がり具合というものを見ました。
 そうしますと、どうしても潮の影響力で岸のほうに寄って行ってしまう。水と同じような密度を持ったもの、あるいは水の中にたまっている浮泥みたいなもの、そういった濁りみたいなものは熊本の場合ですと、こういうふうにどんどん岸に寄ってくる傾向があるということであります。
 福岡先生のお話にもありましたように、河口から出てきたものが海からやってきて干潟がたまったということはこういう潮汐の拡散といいますか、そういった計算でも大体説明はできるというものです。一般河口流域の至るところにあり、有明海には特にこういった傾向があるということであります。
 そういった中で底質環境の変化ということで、イメージを持っていただくために底質といってもいろいろな底質がございます。先ほど申し上げましたように砂の干潟のところ、ガタの干潟、いわゆる泥質干潟。
 砂の干潟というのはこういうふうに潮の満ち引き、あるいは波の影響を受けて、これは砂れんあるいは砂紋といいますが、こういったものがこういうふうに出てきます。
 それがガタになってくると、いわゆる砂紋が消えて、こういうような状態になります。
 それから泥質の干潟、それが長時間になってくると、いろいろな生き物が入り、こういう巣穴が出てきて、珪藻類がこういったところに付着し、それを食べるようなムツゴロウだとか、いろいろな生き物がすむといった感じで、全然違うとやっぱり思います。
 砂の場合ですと空気がよく通るし、ガタになってくると空気が本当に通るのかなというぐらいの間隔になってきます。
 そういったイメージを持っていただきながら、底質がどうやって有明の中で動いていくのかという1つのイメージですが、潮汐とともに、あるいは流れとともに泥というのは移動します。この移動の形態というのはいわゆる掃流状態といいますが、地面の上をはって動く。そういう流れの状態です。
 そして、そういったときにはやはり流れの強さといいますか、それで支配されるような土砂の移動というものが起こるわけです。それがこういう海底面に斜面ができてきたといったことになってくると、ここに少し流れがディスターブされる。そういったところで巻き上げられて、巻き上げられたものが浮遊砂といいますか、浮遊した状態で移動していくというわけです。
 そして、さらに浅くなってくると波が砕けたりとかいうことになりますので、全体が一緒にシートフローといいますが、地面そのものが濁った状態で全部移動していく。
 それがいつも1方向ではない。河川の場合ですと上流から下流という方向になるんですが、海の場合には波があったり潮流があったりします。1日のうちに潮汐もありますから、浅いところになったり、深いところになったりする。往復流が生じたりするということで、非常に複雑な移動機構というものがあるということです。それで、移動形態をつかむことそのものもなかなか難しいわけです。
 そういった中で有明海の底質環境がどうなっているか。これは過去のデータであります。1967年の鎌田先生のデータ、あるいは1979年の木下先生、最近ですと近藤先生のデータから粒径、有明の泥の粒度ですね。先ほど説明しました粒径みたいなものをとって、それの分布の変遷であります。
 これを見ていただくと、最近は赤いところ、Mdφでいくと5とか6とか7、いわゆるシルトよりも粘土に近いような状態のところがかなり大きいように見えます。泥化が進んでいるというのが伺えるのかなと思います。
 ただし、今申し上げたMdφの4という、いわゆるシルトと砂との境界みたいなものは過去から調べて比べてみるとあんまり変わらない。Mdφが4の部分の境界はあまり変わっていないということです。
 しかしながら、Mdφの4よりも高いところ、もっと粘土に近い、いわゆるガタといいますが、そういった状況というのが確かに変化していて、これは佐賀県の有明水産振興センターの委員会にも何回か出てきた資料だと思いますが、そういったものによると1989年にMdφが7のところがこのような範囲で確認されている。そういったところが2000年になるとここまで広がってきている。それに伴ってタイラギの生息域もかなり狭められてきているという図ですが、そういったことが言われております。
 そのときに出てきている泥質の組成といいますか、泥質の性質の中でいわゆる強熱減量という有機物の量を表す量、そういったものの分布が1989年と2000年を比較すると、やはり泥化が進んでいる分だけ増えていって、特にここのところでは20%というふうに有機物の量が上がっている。
 この報告によると、この直前に赤潮がこの辺で大量に発生した。そういったものがここに沈降して有機物が高くなったのだという解説がついています。
 こちらのほうは酸揮発性硫化物、いわゆる硫化物ですが、硫化物そのものは89年と2000年の間であまり変わらない。ただし、よく見てみると、湾奥のところから西側に沿ってはコンスタントに悪いという状態で、硫化物を含んでいる状況が読み取れるというわけであります。
 同じように、これは浅海定線調査のデータを見たものですが、湾奥のところで1990年から計測されております。そういったものをCOD、あるいは硫化物、あるいは強熱減量という形でいろいろ調べましてグルーピングすると、Aのグループ、この筑後川よりも西側に入る範囲のところ、それから河口の部分、もうちょっと南のほうというふうに、この変動のパターンがクラスター分析といいますか、そういう特性が出てくるということで、海域を分けて検討しております。
 それによりますとCODそのものはCの領域では汚染があまり進んでいない。AとBのところはやはりCODの値は高い範囲にあり底質がやはり悪い。ほかの硫化物についてもそういうふうな傾向がございますし、強熱減量すなわち有機物に対してもそういった傾向がある。どちらかというとやはり高くなってきて、しかもBよりもAのほうが高いということから、同じ筑後川からの影響だとすれば、BよりもAのほうに有機物が流れ込んできているというのが伺えます。
 同じように浅海定線調査のデータ、これは以前にもお示ししたことがあるかと思いますが、経年における貧酸素水塊の発生状況、これも1970年代ぐらいから毎年ずっとあるんですが、とりあえず1983年の1月、2月、3月、4月というふうにこう並んでいる。そういったものを見ていきますと、春先5月、6月ぐらいから、徐々に西側のほうから貧酸素水塊といいますか、低酸素領域が増えてきて、夏場に最大になって、また元のパターンに戻ってというのが、例年同じようなパターンで、かなり以前からそういった状況が生じているということです。
 これは1998年です。同じように、やはり西側のほうから夏場に海域全体にというパターンになってます。
 これは近年、私どもが2003年から2004年にわたって有明海の底質をとってまいりまして、それの表層の底泥を分析して、それの粒度組成を調べ、あるいは硫化物というものを調べていったもので、この絵を見ますと、例えば諫早のところ、「がらかぶが見た有明海の風景」という報告書を見ていただければよろしいんですが、諫早のところあたりのいわゆるシルト状といいますか、泥分の量というのは多少このあたりで変動はしております。1979年ぐらいから最近に至る範囲のところではシルト分がもともと高いんですが、それでも10%ぐらい増加しております。
 それと、この島原のところも以前はその中にシルト分が10%程度しか含まれないような細粒砂の形質だったんですが、最近はこれが40%もシルト分が含まれるようになってきた。
 それともう1つ、熊本の沖のところも帯状にシルト分が非常にたくさん含まれるような、しかも硫化臭のするようなものが堆積している。1979年にはそういった報告例はございませんので、この23年の間にこういったところ、島原、熊本、諫早を含めた湾奥のところの変化は進んでいると考えられます。
 同じように、そういったところの硫化臭のする範囲、領域を示しておりますが、湾奥のところ、諫早湾口、島原、熊本というふうにシルト質が多く検出されています。
 同じようにこういったことが、これは2002年に測られたデータで、日本水産資源保護協会のホームページにも掲載されているデータですが、これからしますと、泥の中の成分すなわち含泥量あるいは強熱減量、COD、硫化物、全窒素というのは、泥分の多いところ、細かい泥があるところほど高くなっているというふうに、単に粒径が小さいということだけではなくて、より泥分が細かくなる。もちろん普通泥分量のほうが支配的なんだろうと思いますが、粒径だけではそういうような環境指標としてはあまり好ましくないようなものです。
 それと同じような分布形態で、これはほかのデータなんですが、いわゆる浮泥の分布状況も泥分の分布に似たような分布をいたしますし、懸濁物、濁りの状況というのも同様です。これは重金属のカドミウムみたいなものもそういうような状況です。これは水銀ですが、水銀量というのもやはり泥分のたまりやすいところに多く検出されます。
 そういったものに関連する事象として1つやはり気に留めておきたいのは、最近、よく出てくる得たいの知れない浮遊物といいますか、粘着物が、なぜか5月の頭ぐらいに出てくるんですが、そういったものなどが多く出現しておりまして、そういったものはいわゆる潮目と呼ばれる海水と淡水の境目みたいなところによく出ます。そういったものが有明海の、これは聞き取りによるんですが、こういったところに出てくる。あるいは八代海のほうでも少し出てまいります。潮目に沿った形で、こういうラインで出てきます。
 これは非常によくわからないというか、環状を成しているけれども、時間を置いてしまうと形がなくなってしまう。よくわからないというふうなものです。
 これは先ほどもお話ししましたが、2004年に観測されたときの塩分濃度であります。大体のイメージとして最初に申し上げましたように、外海からの海水が南のほうから島原半島に沿って入ってきて諫早の湾口ぐらいのところに達します。出水等がありますと、筑後川水系といいますか、湾奥のほうから流れてきた淡水、塩分濃度の低いものがこっちのほうに流れ込んできて、島原を沿ってこういうふうに。
 それと、熊本側から出水してきた河川からの淡水系はやはりこちらから出てきて、場合によっては横島の沖といいますか、こういったところに閉じ込められる。塩分濃度の低いところが閉じ込められたような形が出てまいります。
 いろいろ申し上げているのは、今から申し上げますが、熊本の沖のところで特徴ある現象が考えられるということでご紹介しているんですが、緑川の河口あたりのところにもかなり泥分量といいますか、細かい泥質のものがたまりつつあるということでありまして、実際の調査をすると、例えばこういったところの表面の泥をとってきますと、表面の2~3cmのところにSS、硫化物を伴うようなシルトのものがある。この高さは2cmぐらいありまして、堆積は大体1年間に1mmと言われていますから、20年ぐらい前から少なくとも環境悪化といいますか、底質の悪化、硫化臭を伴うような泥化が進んできたと考えられます。
 そういったものが起こっている場所がこの熊本付近のところにありまして、ここの海底面のところにそういう硫化臭を伴うような泥の臭いものが堆積している。それはちょうどその真上を通るように秋あるいは春に観測されるような潮目、海水と淡水の境界、そういったところで物質がイオン結合して沈降するということを考えますと、小規模でのことかなと思われますが、そういったものはここで生じている。
 さらにそこのところは河川経由といいますか、畜産農家を控えているような農業地域あるいは都市ブロックを控えたような坪井川あるいは白川というところからの河川の出水はBODあるいはCODともに高い濃度が検出されてきているというデータがございます。そういったものが河川の出水に伴って沖に出て、しかも先ほど一番最初に申し上げましたように河川から運ばれてきたものがどうも北上する方向にあるということで、こういったところにたまりやすいということ。
 それと、ここのところはこういう格好で渦を巻く渦流を起こしているということがございまして、潮目ができる。できたものがここで循環してグルグル回ってということを考えれば、その真ん中のあたりのところにたまるのではないかと考えることができるわけでありまして、1つのメカニズムがそこにあるのかなと思います。熊本沖のところで帯状にいろいろな泥分の高いものがたまる。
 これは三次元のシミュレーションをして、少し詳しく見たんですが、どうもここの沖あたり、熊本のところから10kmぐらい沖のところでは流れがよどんで、循環みたいなものを形成している。しかも、それが経年的な循環だけでなくて、鉛直的にも混合しあっているところというか、循環を形成しているようなパターンというもので、土砂の粒度ということを含めて考えていくと、ここら辺はどうもたまりやすい。これは土砂が移動するときに潮汐起因の変化に伴って、最大流速が生じるところが大体40cm/sぐらいありますから、そういったところで巻き上げられて、河川から出てきたものが押し流されていく。つまりベッドロードというものとサスペンションロードというもので押し流されたものが沖合に出て、それが北上して、そういったところにたまるというメカニズムが考えられると現在のところ考えております。それは熊本沖に関してです。
 それから、大浦沖の諫早湾のところはちょっとパターンが違います。これは長崎大学の東先生のデータを拝借してつくった図面ですが、潮目の境界が諫早湾口にとってこういうところにあるということであります。実際に現地に行ってみますと、これは諫早の湾口のところです。これは島原半島です。非常に複雑なラインを描いていますが、このブルーのところとか、あるいは黒いラインのところに淡水と海水の境目、潮目というものが観察されるということです。
 そういったところで、1つ興味ある事象というものが出てきております。線がわかりづらくて申し訳ないんですが、B3、B4、B5、B6という点。B3は諫早湾の湾央辺り。B4というのはちょうど大浦のところ。B5が湾口の南側、B6がB4とB5のちょうど真ん中ぐらいのところ。これは海域による表層懸濁物、いわゆるSSと呼ばれるものですが、そういったものの2004年の6月から11月までの間の記録、それをとらえたやつですが、ここで注目すべきところはB4の地点のところです。ここのところがほかのところよりも同じ6月という時期において非常に高い濃度のものが、周りのところよりも10倍もSS濃度が高いところが出現しています。これは一体何なのかということで、調査をしたわけであります。
 そういったことを調査するために、実はこういうアクリルのパイプを海中に置きまして、上から落ちてくるものをキャッチしようということを試みたわけでありますが、それをキャッチした場所がB4とS10、ちょうど諫早湾の入り口の真ん中のところです。
 これは横軸がSS、それから縦軸がVSS。そういったものも関係をとってくると、S10のところはこういうライン。B4はこういうもの。同じような傾きを持っているというのは、SSとVSSの割合というのが大体同じだというか、同じ起源のものであろうと思われます。
 ただし、B4のところが非常に高い濃度を持っていると考えられるわけです。ですから、こういう物質が流れてきているというブロセスから考えていくと、どうも高いところから低いところにいくのだろうから、B4のほうが沈降していると考えられたわけですが、実際そういったものを分析して、ちょっと見にくいですが、沈降個数を顕微鏡で見た絵です。これは褐色に近ければ近いほど沈降物を多く含んでいるというものであります。
 こっち側は設置日が違う。8月21日、9月9日。左側二つのところがS10という湾口の真ん中に近いところ。これがB4という大浦のところです。そういったところのほうが濃い、要するに底層粒が高い濃度でここに沈降している。非常に多くの底層粒を含んでいるということがわかるということであります。
 そういった意味で供給源はどこなんだということが疑問になったわけであります。そういったところでB4という地点の記録が残っておりましたので、それを分析しますと、この赤いライン、グリーンのライン、ブルーのラインというのはちょっとわかりにくいのですが、赤のラインが一番表層の部分の水温の変動です。グリーンは真ん中の深さのところの水温の変動。一番上のブルーが一番海底面に近いところの水温の変動ということです。
 まず、B4の地点のところの水温が下がってくる。同じように塩分濃度も下がってくる。それと同時に濁度、これはクロロフィルですが、そういったものが表層のところからクロロフィル濃度が高まってくる。こういうふうに局地的といいますか、こういうふうに変化が高まってくる。それと同時に上のほうから順番に今度はDO、溶存酸素ですね。そういったものが下がってくる。
 それから、クロロフィルみたいなものをたくさん含んだ有機物群は、上から下に順番に落ちてきているだろうということが考えられています。
 それと同時にそのときの河川の出水の状況をとると、19日から20日ぐらいの間ですけれども、かなり筑後川水系あるいは湾奥からの河川の出水が顕著であるということで、B3地点あるいはB4地点での塩分濃度が下がってきている。B6から少し南側のところに行くと同じように下がっている。内側のB5、あるいはB3というところに比べるとB4地点のその後の下がり方が低いということで、河川の出水による塩分濃度の低下。先ほどの事象から考えて湾奥のほうから流れ込んできた筑後川水系からの物質がそういったところに流れ込んできて、ちょうどここのところで落ち込んできて、そっちのほうに流れていくだろうというものが考えられる。
 これは実際に海底に堆積している、堆積物を分析しまして、そこの中にある硫化水素濃度を測ったものです。これを調べていきますと、落ち込むところといいますか、B4という地点のところが一番高い硫化物の濃度があって、地形の関係、流れの関係等からこっちのグリーンのラインのほうにいっているだろう。そういうものがやはり考えられているということ。
 そういう結果、ここの大浦沖のところではAとBという断面のところでシルトのいわゆる浮泥がたまってきたものが1mから4mぐらいの層の厚さがございます。
 Bのほうが4m、Aのほうは1mの厚さです。これをCBという方向に見ますと、ちょっとここに浅い砂層のものがあります。そこの間にこうこんもりたまったような、そういう状況がある。それがとりもなおさず先ほどから申し上げている潮目との関係の中で物質が結合して沈殿を起こして、それの落ち込むところがここの大浦のところではなかろうかと考えられます。熊本港とは少し違った形のパターンの底質のデータといいますか、そういうパターンが見られます。
 そういったものを裏付ける三次元のシミュレーションですが、流れの方向をずっと追ってきてみると、三次元の残差流を見ても大浦沖のところに下のほうから流れてきた残差流があって、そしてそれが湾の中に入らずにこっち側にそれて出ていきます。そういう傾向が現在のところ考えられる、計算されるということです。
 そういったものをベースにしまして、八代海の底質環境の変化を簡単にご紹介します。今、有明海だったんですが、八代海についてはお手元にないんですが、赤潮の発生場所が1980年、1990年となるにつれてかなり南側だったのが北のほうにまで広がってきています。そして年々見てみると、その広がり方が、春以降、夏に主に起こったのが、最近は春、夏、秋、季節を問わずによく発生する。しかも、長期間にわたる赤潮の発生が起こっているということが最近言われているということであります。
 それと同時に、この前も少し話になりましたが、これが湾奥のところ、1991年からの、これは表面ですね。表面のところのDOの変化割合を示したものでありまして、湾奥のところでは、この40というポイントのところでは表層ですが貧酸素、水産用水基準のDO4mg/lを切るようなそういった数値のところが出ています。
 こういったところというのは流動の特性からすると、この黒いところというのはけっこうカラーの色分けが悪いんですが、先ほど申し上げた線流量というのがかなり小さいです。流れがよどみやすいようなところ、東海岸沿いに沿ってこういうふうによどみが起こりやすいところが八代海の場合にはみられます。
 そういったことをベースに各委員の先生方にはこの前お手元にお届けしたと思いますが、「くちぞこが観た八代海の風景」ということで底質分析を有明海と同じように行ってます。そうするとこの青いところ、シルト部分は非常にたまっていて、湾奥のところ、それから東海岸に沿ってということが一致できるということです。
 八代海についてはあまり詳しく調べられておりません。特に底質環境についても十分な分析ができていませんし、水質の分析に関しましても表層付近のデータがそろっていません。そういったことを含めてさらなる調査を進めながら対処していく必要があります。環境の新しい問題です。
 まとめになりますが、有明海の底質環境の変化要因ということで考えます。これは以前、作業中ということで、第10回評価委員会の資料として有明海における環境悪化の問題点とその原因・要因の関連の検討図であります。これは作成途中であるわけですが、今問題になっている底質の細粒化ということが言われるんですが、私はあえて細粒化ではなくて、泥化という言葉を使いたい。砂が細かくなっているという形容ではなくて、泥化しているということを申し上げたい。
 そういうふうに泥化ということを前提に考えるときに、今まで海の静穏化あるいは河川からの土砂供給減、あるいは潮位潮流の変化というものが底質の細粒化あるいは泥化というものに影響していると話されてきたわけであります。
 そういった中で考えるべき事項としまして、これはいわゆる有明海のところの1、2、3、4、5、6と書いてありますが、諫早地域、熊本地域、玉名沖、熊本緑川沖というあたりでの海底堆積物中に含まれる富栄養化を示唆する珪藻属・種の出現頻度の変遷ということで、熊本大学の理学部でまとめている資料であります。こういった資料を見ますと、諫早あるいは熊本を含めて、少なくとも100年オーダーぐらい前から環境の富栄養化が進んできたと思われるような兆候が表れ始めている。特に最近、40年から50年ぐらい前からそれが顕著になってきて、非常に富栄養化を示すような、スケレトネマというもの、グリーンのところですが、そういったものが実際に検出されているということでございます。
 これは長崎大学の松岡先生が発表なさっているものですが、渦鞭毛藻のシスト群集、赤潮発生を起こすような水質の分析をされたときに、今度はこっち側の図ですが、1960年代後半ぐらいまではいわゆる独立栄養種というものが60%から80%ぐらいあったものが、それが徐々に少なくなってきて、逆に従属栄養種、1950年ぐらいからそれが増えてきて最近は80%を占める。要するに逆転している。
 つまり、そういう富栄養の進行によって従属栄養種群が非常に増えてきているということで、まさに富栄養化を意味していると考えられているということです。
 そういったシストの変遷あるいは珪藻類の変化というものを考えていくと、この海域はかなり以前から富栄養化が進んできたと考えられます。そして、やはりいろいろなプランクトン等が海底に沈降・堆積して、海底そのものがそれを分解するために酸素を消費する。そういったことで貧酸素水塊がまた発生する。そして、そのようなときにはたくさんの有機物がたまってくる。土そのものが嫌気的環境になってしまうという、そういう悪循環になってしまうという状況にあると考えるわけです。
 そういったものを示す意味で、一番最初にお示した含泥量の高いところが最近、非常に広汎に見られるということは懸念すべきことであるということであります。
 これの1つの解釈として、やはり泥化が進んだのは筑後川水系からの細砂、粗砂が減ったことが考えられるとも記述してございますが、そういったことが確かに言えるのではないかと思います。
 よく言われるんですが、潮汐変動が穏やかになったということですが、1989年から2000年の間に潮汐が変動したということですが、M2分潮という潮汐変動の目安を見ていくと、この間に潮汐そのものの振幅は大きくなっている。ですから、潮汐が減少したことが非常に泥化に影響を与えているというのは湾奥の泥化というものとはちょっと時間的なスケールを含めて、あるいはそういう事象というのはなかなか……。
 もちろん、その流動が非常に低下したという局所的なところではもちろん底泥みたいなものへの影響ということは当然考えられるわけですが、有明海全体においてはそういったものは一概には結びつけられないというふうに考えられるわけです。
 その1つとして、そういうふうな流況そのものの比較というのを、これは昭和48年と平成13年における流速です。この海上保安庁が測られたデータからすると、全体的な流況はあまり大差がない。海域全体における潮汐の減少というものは泥化、底質の変化に大きな影響を与えているというのは考えにくいということです。
 それと、福岡先生が前回お話になった河床の低下と河口部のところの細粒化、こういったものの影響がやはり供給源としても砂分が減って泥分が増えたというお話もあるということです。
 そういった中でいろいろ議論ができるわけですけれども、最後のまとめとして、我々が今検討している、これまでの論点ということからしますと、確かにここに書いてありますように泥化の傾向が熊本付近、湾奥、矢部川、諫早湾というところでは進んでいて、そういったところでは泥中の硫化水素、CODが増加しているということがわかりましたし、何人かの委員の先生方からもご説明がありましたが、そういったところはただ粒径が小さくなっているだけでなくて、有機物が増加している。そういった有機物が増加しているということを考える必要がありますし、それに伴ういわゆる底質の有機物あるいは硫化物の増加というものがこれに非常に大きなファクターとして入ってくる。それには貧酸素水塊、赤潮の発生に伴ってそういったものが堆積して、こういったことが起こるということもある。
 あるいは、底生生物の減少に伴って生き物が少なくなっている。生き物が少なくなることで底質の生物攪乱、バイオターベーションがなくなっていることも考えられます。
 この潮汐の減少という点につきましては、先ほどから申し上げていますが、泥化はかなり以前より進行していて、堆積速度あるいはシストの変化等も以前から進んでいる。
 潮汐の影響は、減少の激しいところにおいては局所的に影響を与えているということだろうと考えます。したがって、海域全体の底質変化というものに対して、この潮汐の減少というのは結びつけにくいと考えます。
 そういったことと、最近におきまして各省庁合同による貧酸素水塊の調査というものが行われておりまして、昨年の夏にもやはりこういう湾奥、あるいは諫早湾口を中心にした貧酸素水塊が連続的に観測できるようなシステムが整備されて、そういうものが観測されているという現状です。
 それと、何回も出しますけれども、硫化水素臭が確認されれば、そのときには……。
 そういった意味で問題点の原因・要因の関連ということにいたしますと、従来から言われている底質の泥化に関連する河川からの土砂供給の変化というのがあるのですが、これに加えていただきたいのは底質の有機物・硫化物の増加という、この項目がそこに加わるべきであると考えます。
 それに影響を与えているのは赤潮の増大・大規模化。そういったもので有機物が供給され、あるいは貧酸素の底質の嫌気的環境というのができてきて、貧酸素水塊というものができ、そういったものに伴って有機物が増加するという逆の流れといいますか、底質が悪化するから赤潮が増大したり貧酸素水塊が発生するというのではなくて、こういうものも泥化とともに硫化物の増加というものに影響を与えているのではないかということ。
 それと、生き物が少なくなっているというのは当然でありますが、少なくなっていることに伴う生物攪乱、バイオターベーションの低下でもって有機物の分解が以前よりも少なくなってきているというふうに考えられるということ。
 それと、途中で申し上げましたが、河川からの栄養塩の流入というのは従来は富栄養化をおこし、それは赤潮につながるわけですが、そうではなくてダイレクトに河川から出て行ったものが運ばれて行って、それがあるところにたまる。要するに、河川から出て行ったものが河口あるいは潮目等で凝集・沈降して、河川流入水と潮流と浮泥との相互作用で泥化が進行する。そういうものも考えられるということで、矢印が1方向ではなくて、いろいろな方向からやってきているというふうに考えるべきと考えております。
 さらに、これは推論で、計算すると確かにそういうことになりますが、底泥が泥化をすると流れそのものが変化する、要するに底面のところのゴワゴワしたものの摩擦係数が大きくなりますから潮流の弱いところがなおさら弱くなってきて流れがよどんでしまう。
 つまり海水と、流体と底質の動きではなくて、違う流体、粘性の非常に高い流体の状況ということで流量そのものも低下すると考えられています。
 そういったことをまとめてみた模式図がここにあります。正常な海というのが、栄養塩の供給と、それを分解するもの、あるいは底質の中で好気的な環境が保たれているもので、そのバランスがくずれ過剰な栄養塩の供給、あるいは底質の悪化というものに伴って嫌気的な環境というものその中に生じて、ますます悪化の一途をたどっていく。
 そういった中で、お先真っ暗という話だけではないんですが、底質改善に向けて何ができるかということで、基本的には人為的なインパクトを低減しなければいけない。
 それと同時に底質、水質の改善をめざしますということでございます。特に底質の話で、泥化が非常に進んでいる。悪化が著しい底質環境の改善、持続的改善に注目したときに、どういうものが考えられるかというと、要するに泥が悪いんですから、元を絶たなければだめという意味で、泥源といいますか、汚染原因の対策というものを考える必要がある。
 これは栄養塩等の負荷の削減というものもありますし、そういったものが沈降しないように流況を改善する。流れがたまらないようにする。流れを改善する。あるいは乱れを起こしてたまらないような状況をつくるという対策が必要であろう。
 それと、すでに悪くなっている泥化の進んだ底質に関しましては有機物や硫化物が非常にたくさん多いわけですから、要するに酸素がありません。底質中のDOはほとんどゼロです。そういったところは空気もありません。酸素もありません。生き物がすめるような環境にない。いるとしたら嫌気的なバクテリアしかいない。そういう状況です。ですから、嫌気的なバクテリアしかいないところに何とか好気的なバクテリアがすめる環境をつくるように、そういった工夫をする必要がある。
 そういった意味でバイオターベーションを促進するような対策が必要です。あるいは、浚渫をやって悪い泥をとるということも考えられますし、従来のやり方としては耕耘、覆砂、海底撹拌とかいろいろありますが、多分やり方1つではだめです。いろいろなやり方を工夫しながら、その場所にあったやり方というのを考えていかなければいけない。
 それと、一番最初に申し上げたかもしれませんが、海岸線そのものが人工化により浅い部分がなくなってきているということ。連続した地形、連続した生態系を創成する。なぎさ線の回復というものをやるべきであるという大きな1つの方向性が考えられるということです。
 あとはいろいろな対策がございますが、そういったものを底質環境を含めた海域全体の管理というものをやっていかなければいけないし、単発的な対策ではなくて、作澪とか覆砂とか、生物導入、海水交換、そういうものを単発でやるのではなくて、そういったものを組み合わせて、それを定期的に見ながら総合的な管理をやりつつ、改善に向けた方向性を考えていかなければいけない。
 ある場所ではこれをやってみよう、あれをやってみようという話ではなくて、やっぱり全体としての総合的なやり方を考えていくべきと考えております。
 以上です。

○須藤委員長 どうも滝川先生、ありがとうございました。ただいま滝川先生には底質の改善手法等にまでふれていただいたわけで、総合的な対策、持続的対策が必要だということもおっしゃってくださいました。どうぞご意見、ご質問をお願いいたします。

○楠田委員 3点お願いいたします。ご発表の順番でお教えをいただきたいのですが、第1点目は、深いところの水深も浅くなっているという緑川のところのお話をいただいたんですが、その理由、原因はどういうものか。土砂輸送というふうに想定していいのかどうかをお教えいただけたらと思います。

○須藤委員長 順番にいきましょう。水深の問題。

○滝川委員 図を出します。水深の変化のところで、緑川のあたりのところを見ますと、ちょうどここら辺ですが、こういうところで水深が40m以上の分布が減ってきている。これは多分、その次の右端のところに書いたんですが、この間にかなり雨が降って、熊本の河口デルタというのがございますが、ああいった形で土砂が流れている。そういうものが一番の原因と考えられる。
 昭和62年と平成5年の一番最後のところ、ここでガクンと下がっているんですね。一番右のところです。この間に何が起こったかを調べると、今申し上げたようにけっこう大きな出水があった。イベント的にはそういうものしか考えられない。

○須藤委員長 2番目の質問を。

○楠田委員 第2番目、大浦沖のM2分潮に関して。潮位変化の説明をいただいたんですが、サインカーブで揺れているんですが、15年ぐらいの周期でいつも揺れていると考えてよろしいんですか。

○滝川委員 あれは18.6年の周期だと考えられております。M2分潮レベルだと。

○楠田委員 そうすると、もうしばらくするとまた上がってくる。

○滝川委員 そうですね。過去のデータからしますと。それが上がっているときに先ほどの泥化が進んだというものが出てきたものですから、あれとは1対1には対応しないであろうと思っています。

○楠田委員 第3点目ですが、最後のところで泥化のお話をいただいたんですが、まずは有機物の含有率が強熱減量でいきましたら15%とかそういう数字になってきます。ということは、残りの85%はいわゆる無機の粘土だと考えられますよね。違っていたらご指摘いただきたいんですが。
 それで、粒度分布で見ました場合に、粗いものを少し混ぜれば従前の比率と変わらないのかどうかという、粒度分布での判断というのがけっこういるのでないか。陸上から粗い砂を送ってやったら、粒度分布上、普通に戻るのかどうかというところなんです。

○滝川委員 図面のここに書いているんですが、私自身は粒度分布というのは中央粒径をとっておりますので、中央粒径が寝ているか立っているかという区別がつかないわけですね。ちょっと粗いものを入れてやればよくなるのではないかというのは、ちょっと違うのかなという気がします。
 要するに、立てても同じような粒径になりますから、僕自身の感覚からは含泥率ですか、ほかの部分に比べてシルト・粘土部分がどのぐらいあるのか。それで空気が通りやすい条件になってくると思いますので、そういった指標を考えたほうがいいのではないかという気がいたしております。

○須藤委員長 ありがとうございました。それでは、どうぞ。

○菊池委員 伺いたいんですが、1つは「がらかぶが見た有明海の風景」という21番の図で、硫化物臭が確認される範囲というのが、有明海の奥の筑後川をはじめ、たくさんの川が流れ込んでいるところ。それから、緑川、白川などが流れ込んでいる熊本沖と、この2つはわかりやすいんですけれども、島原半島の島原よりも少し南にスポットがあるのは、これは熊本側からではなくて、北側から流れてきたものがこのあたりで流心から外れて沿岸部にたまるということでしょうか。

○滝川委員 これですか。

○菊池委員 はい。

○滝川委員 これは多分、雲仙の普賢岳の影響だと思われます。土砂が供給されたものではないんですが、それ以外、ほかから流れ込んできたというのはちょっと私はよくわからない。ここから流れ込んできたと考えるのは、流れの範囲からして、要するに反時計周りのかなり強い流れがありますから、これが増えてこっちに行くということは。

○菊池委員 ちょっとないですね。

○滝川委員 はい。

○菊池委員 だから、奥から流れてきたとすると……。

○滝川委員 奥から流れ込んできたものがここにたまっているとしたら、1979年のときの木下先生のデータからすると、そういった現象を表していない。だから、1979年と今回測った2002年、2003年の間に何かが生じている。生じているとしたら、雲仙の噴火の土砂ぐらいしか考えられない。あるいは上からたまってきたとすれば、以前からそういう傾向は出るはずなのにそれがない。

○菊池委員 ただ、火山性のものだったら、有機物はあまりなかったのではないでしょうか。

○滝川委員 そうです。それは私自身もわからないのですが、実際にデータでは有機物が多い。

○菊池委員 もう1つは、そういう細かい、いわゆる泥質のものがたまったときの有機物というのはオリジンとしては河川からの人為的影響のものが比重としては大きいと考えられます。

○滝川委員 多分そうだと思います。

○菊池委員 だとすると、それはいわば細かいパーティクルの外側をくるんだような形で、いわゆる浮泥状態であるのか、あるいはすっかり密着したような形で海底面を覆うことになるのか。比重の関係があるのかどうかということもそこでどういうことになるのか。

○滝川委員 そういったところはかなりシビアな問題だと思いますけれど、有機物そのものが、要するに含泥と有機物がかなり比例します。あるいはCODとも非常に高い相関を持っている。ですから、粘土質のものと凝集して形成したものがたまっている。それが表層土のいわゆる泥層というものへ進行していけば、堆積すればいわゆる底泥という形になって、粘着度の非常に高いものになるでしょうし、それが中途半端な状態にあるというのは、浮泥という形で、すぐ流れて浮遊泥として、濁りとして。そういったものが今存在している状態と感じます。

○菊池委員 前から浮泥とは何だということを議論してきたんですが、今日のお話に浮泥という言葉をほとんどお使いにならなかったものですから、そのところが特にお考えがあってのことかなと思って、ちょっと。

○滝川委員 実態がよくつかめていないということと、浮泥について多少は最近調査をやっていただいているみたいなんですが、もっとデータをとってやっていく必要があるのかなと思っています。

○菊池委員 ありがとうございました。

○須藤委員長 どうもありがとうございました。ほかにいかがですか。

○大和田委員 大変面白い話だったと思いますが、22ページの「問題点と原因・要因の関連の検討(有明海)」ですが、これは前にやったものを今回の話を通じて修正された。

○滝川委員 はい。

○大和田委員 ちょっと気になるんですが、青い線が下からずっと斜めに上がっています。途中で河口・潮目での凝集・沈降、これはよくわかるんですが、この下に栄養塩の流入。これですと、もうちょっと右側からぐるっと回らないとならないのではないか。

○滝川委員 そのぐるっと回るというのは多分……、僕もこういうふうに書こうかなと思っていたところですが、いったんこういうふうに出て、富栄養化というかそういった形になって、赤潮が出て、こういう経路かなと思ったんですが、単純にそうしてしまうと、河川から出てきたものが溜まるという海流との関係、あるいは直接的に海水と淡水が混ざり合って凝集しているところで、こういう赤潮とかいうプロセスを経ずに、直接泥化することもあるんです。

○大和田委員 そうすると、沈降物などに吸着あるいは含まれているものがわかるようなことが必要なような気がしますね。

○滝川委員 そういうつもりで書いてしまったので、そういう意味で非常にわかりにくかったのですが、イオン結合しやすい。フロック形成もされやすい。それが沈降する。だから、潮目のところの下にはやっぱりそういう有機質のたくさんあるものがたまっている。そういう意味で解釈すると熊本沖のところも大体理解できるし、島原、大浦のところも大体そういうことで理解できるということを今考えています。

○須藤委員長 ですから、両方に行けばよろしいですね。要するに、生産の部分のところと。

○大和田委員 何か非常にストレートに行っているものですから、ちょっと気になったという。

○須藤委員長 その辺はそういう理解をして。それはよろしいですね、滝川先生。そういうことでご指摘ありがとうございます。
 ほかはいかがですか。

○清野委員 今そこに出ている図の中で潮位・潮流の変化とあると思うんですけれども、今回の底質の議論の中で流れというものが潮流なのか、それとも残差流なのか、もうちょっと砕波エネルギーとかの海浜流とかそういうものも含めての流れなのかというのが、ベントスにとってはけっこう重要な気がするんですね。
 先生のお考えとしては、流れというものに関しては今私が上げた中で何が一番影響があると思いますか。

○滝川委員 イベント的なものは非常にイベント的な、そのときの流れの変化といいますか、状況でそうした移動をする。こういった長期間にわたって泥化が進むという現象が起こっているわけです。かなり以前から起こっていると考えるわけです。だから、局所的にイベント的に起こったものというのは、今のところ今日お話しした、先生がおっしゃるように、そういったものに対してはそういったいわゆる流れというものが支配される。
 このように長期間にわたって土砂が移動しますが、土砂の移動というのは干満の差、波の影響で行ったり来たりするわけです。ですから、普通の土砂はたまって、この地形が増えていると思っていても、1年たてば、またどこかに行ってしまう。そういう局所的流況からすると、実際は止まっているようでも移動していっているわけです。
 そういったものが徐々に徐々に蓄積されていった結果、やはり泥がたまりやすいところというものが泥化につながっていると今回のところでは判断しています。ですから、そういったものというのはかなり長期的な変動であるから、潮汐の長周期的な変動を考えないと、そういうものは説明できない。そう考えています。
 巻き上げ沈降というのが局所的に起こるんだけれども、巻き上げられて沈降したものがいつまでもそこにいるのではない。また巻き上げられて沈降してしいく。そのプロセスを繰り返すとしたら、長期間にわたる積分をやる必要がある。それを見るには、やはり残差流。局所的に見るんだったらそういうものが大事です。

○清野委員 そうすると、今日の先生の資料の12ページのところに底質の移動機構ということで概念図を出していただいているんですが、実際に生物が有機物を取り込むようなときに、取り込む、あるいはバイオターベーションの関係一覧のところでいうと、この図に出ているような範囲がどういう状況にあるかということがすごく大きいと思うんです。
 つまり潮流というよりもむしろ砕波エネルギーでいろいろものが動くとか、あるいは潮汐残差流ということで、どこかにたまったものがさらに移動して、それが生物に使われたり、あるいは堆積環境の指標となるような、さっきの珪藻の連続的な堆積物のようなものとして、ある場所に堆積していくかということだと思うんですが、今までの有明海の議論の中で、どうしてもマクロな流れのほうの話はあるんですが、今日ここに出していただいているような、そのレベルの部分がどういうふうに変わったのかとか、あるいは今出していただいているところの変化というのは海岸線の形状が変わったりとか、地形が変わると局所的にも大きく変わるところだと思うんですね。ですから、その部分についての評価というのはどのように。

○滝川委員 そこが一番大事だと思います。今、あくまでも平均的な海域全体のデータの検討をしています。ここら辺はさっきお話ししたのですが、生物生息環境からしたら、今すんでいるところはどうかということですね。非常に谷間になっているところに泥がたまってしまったら、そこにアサリが翌日になったらいなくなった。そういう議論をしていかなければいけない。そういったものはそれこそその場所を決めて、そこの要因になりそうな状況を調べていく必要は当然ありますね。
 基本的にはそういう概念のことで、個々のものに対しては個々のいろいろなものを考えて、ケース・バイ・ケースで流れの状況、堆積状況、その辺の要因は変わっていきますから、その場に応じた対策が当然出てきます。均一的な同じ方法でいくという話でもないし、同じ状況で底質の泥化が起こったということも考えにくいし、泥化が進んでいるところもあるし、進んでいないところもあるということですね。だから、局所的にそういったところはやっぱり考えていく必要がある。
 同じ改善策に対しても、同じ改善策がどこでも適用できるという話ではなくて、そこの場にしかできないこと。バクテリアを考えなければいけない。あるいは、砂質のところだったらもうちょっと違うやり方が当然ある、というふうに思います。非常に複雑なんだということを申し上げたかったんです。

○清野委員 底生生物のマイクロハビタットということでいうと、干潟表面の地形というか微地形が大事になりますよね。そういう点ではその図というのは、その範囲でどういうような現象が起きているかということと、それから今日先生が見せてくださったもうちょっとマクロなものの、その連続的なところを埋めていくというのが、多分これからの方向性になるのかなと思いました。

○須藤委員長 どうもありがとうございます。もう1つだけ、小松先生に最後にご質問をいただいて終わりにします。

○小松委員 膨大な量の資料、ご説明だったんですけれども、滝川先生はとつとつとしゃべられるので、フォローしていくのがなかなか大変でした。そこで、まず2点お願いというか、できたらこの資料をじっくり見させていただいて、また今日の議事録等も見せていただいて、もう一度次回に短時間で結構ですので、ディスカッションの機会を与えていただけたらありがたいなと思います。
 それから、資料を引用されるとき、例えば東先生の「底層における塩分と水塊の分布」を示されていますが、これがどういう状態のときのデータなのかが一切記述がないわけです。
 というのは、こういう塩分の分布なんていうのは季節や出水のタイミングなどでコロコロ変わるわけです。

○滝川委員 これはある時の平均的なものを出しているんです。

○小松委員 ですから、そういうのをもう少し詳しく出していただきたい。

○滝川委員 本当は文献の出典を説明していくべきですが、1日ぐらいかかりますので、今日はちょっとはしょって、またワーキンググループでもう1回やっていただけたらなと。

○小松委員 それから、先生は残差流の線流量とか平均流速を出されているんですが、これはシミュレーションだと思うんですが、特に残差流の渦形なんていうのは、渦動粘性のとり方で渦の形で消えたり出てきたりでコロコロ変わるわけなんですね。ですから、いわゆるシミュレーションの信頼性うんぬんを抜きに、ポンとこういうふうにデータとして出されると、これが独り歩きするというようなところがありますので、その点をもう少し注釈が必要かなという気がしています。

○滝川委員 そういう注釈、証明をするひま(発表時間)がないもので、現実の流れとフローを流したあとと、現実の調査をやって、間違いがないということの結果で発表いたしております。その検証なしの話ではありません。

○小松委員 質問ですが、熊本沖で泥化が進んでいるということで、シミュレーションから潮目ができて、その潮目のところで循環して滞留傾向があってうんぬんというお話だったんですが、前回、福岡先生が筑後川からの供給土砂をいっぱい取っていたということがやはり泥化の1つの原因だろうということだったと思うんですが、緑川の場合はいわゆる河川からの供給土砂の話はいかがでしょうか。これが1点です。
 それから、潮流楕円の分布から、あまり潮流が減少していないというデータを示されているんですが、私はいつもよく言っているんですが、一番奥のところで長洲-多以良の線から奥で、大体入退潮量が1億トン減っているわけです。ですから、潮流が減少していないはずがないわけなんですね。ですから、潮流楕円の分布からあまり減少していないというのは、やはり言い過ぎではないかなという気がします。

○滝川委員 今申し上げたのは湾奥のところのデータの泥化というものが1989年から2000年の間では泥化が進んでいるけれども、M2分潮からすると、それは変化がないですよということを申し上げております。
 今先生がおっしゃられる海域全体にわたる潮流の変化がどの程度底質の変化といいますか、経年の変化に影響を与えるのかというのは、またこれは全然現象の解明になっていません。
 ただし、私がここで申し上げたかったのは、そういう底泥の変化の現象というのは急に始まったものではありませんよというデータがあるということをお示ししたものです。熊本港沖にしても20年ぐらいに2cmぐらい堆積したデータがある。あるいは、ほかのところもそういったものがある。そういったものというのは数年で起こるような話ではない。長期にわたる観点というのを持たないとわからない。
 それと、潮流そのものがどの程度、浮泥の堆積に影響を与えているのかという定量的な評価が今のところ出来てませんで、私も何とも申し訳ございませんが、それは今後、厳密に研究していく話であります。

○須藤委員長 どうもありがとうございました。本日、河川の影響についての論点として再度まとめましたので、まだ事務局とは相談しておりませんが、可能な限り、次回も短時間で本日の底質環境も併せて、あるいは底生生物のことも入るかもしれませんが、短時間とりまして論点の再整理をしたものをお示しして、論議をさせていただくということにいたしますので、小松先生の第1のご質問については、委員長としてはこのようにお答えさせていただきます。
 あとの問題はそれぞれご指摘、ご注意もございましたので、今後の研究の中で滝川先生に生かしていただければということにさせていただきます。
 といこうことで、ちょうど真ん中ぐらいまで来て、ちょっと予定時間が過ぎておりますが、10分ほど休憩をとらせていただきますので、20分に再開いたします。

午後3時10分 休憩

午後3時20分 再開

○須藤委員長 再開させていただきます。次の議題は有明海・八代海の底生生物についてということで、菊池先生にご説明をお願いいたします。菊池先生、どうぞよろしくお願いいたします。

○菊池委員 有明海の底生動物というのは私自身も大分前からやってはいますが、今度のこの有明海の異変の話になりましてから、私自身は干潟部のほかの方が採ったサンプルのもっぱらソーティングと同定だけでございまして、今日お話しするものの大部分は佐賀の水産振興センターとか、あるいは環境省から委託されたところで採取、分析なさったものを集めてという形になります。
 まず一番初めに、これはつい先ほどの滝川先生がお使いになったのと同じ図で、このほうが色上がりが悪うございますので、皆さんのお手元にある図で見ていただいたらと思います。
 これは有明海の奥のほうの平成13年、2001年ですから、ちょうどあのノリの大不作があったときからの調査です。
 奥のほうに、えび茶色と朱色になっているはずですが、そこのところが泥っぽいところです。
 だんだん話をしてまいりますが、コピーしていただいて皆さんのお手元にあるもののほうがきれいに見えていると思います。
 これは元はどうだったのかということになりますけれども、これも先ほど滝川先生がお示しになったのと同じ図ですが、長崎大学の地質古生物の鎌田教授が1967年に、大学の研究報告に発表されたものですが、調査されたのは1956年~1957年だそうです。
 そのときの奥のほうにありますのは、これはプリントのほうの色で見ていただきますと、オレンジ色というか樺色をしております。これはMdφでいきますと4と6の間ということにな
っております。
 そして、一番右側の図のほうではもっとくっきりした朱色で書いてありますところは、これがMdφ5から7の間が朱色に染められております。1950年代の図では青(砂分)、緑(微細砂)が北西方向。それにある程度伸びているが、樺色部分の中の泥分比率はこの図ははっきりしていない。近藤(2002年)すなわち1997年調査の場合は湾奥までは調査が届いていないのですが、Mdφを4~5、5~6、6以上と色分けしており、それによると朱色(Mdφ=5以上)の地域は2001年調査と輪郭が同じなので、1950年代より泥分が増加したとしてもいつ急激な変化が起きたかは断定し難い。
 ただ、この97年のときはおそらく奥のほうを調べたらかなり赤い色で染まった微粒子のところが多いのだと思いますけれども、調査がそこまでで止まっている。一つは大きい船が入りますと、このあたりはすごく干満の差が大きく干潮時には船が底を擦ってしまいますので、大きい調査船を使うとこのあたりで止まらざるを得ないということだと思います。
 さて、有明海の中で一番泥っぽくなって問題になっている湾奥の西側寄りの部分ですけれども、これは周りから幾つもの川が入っております。筑後川の本流と、その枝分かれした早津江川、それから北側中央部から流入しているのは六角川ですけれども、これも2、3本の川が合流してここに出ております。それから、北西側の角に鹿島川と塩田川というのがここで合流して有明海に注いでいる(この絵では福岡県側のほうは省いてありますが、これは佐賀県が自分のところの前の有用貝類の分布を調べようとしてなさった調査ですから、こちらは入れていないわけです)。
 福岡県に属する北東岸にも沖ノ端川とか矢部川とか大きい川が何本か入っております。それぞれが全部陸上から泥と栄養塩を運び込んでいるわけです。
 この場合には全部で81測点をとって、1989年に佐賀の水産試験場、今の水産振興センターが調査をされています。このときは普通、ベントス調査というのは船の上から鉄の箱のような採泥器を下に下ろしまして、着底したところで採泥器のロープを垂直に張ったところで円筒状の錘を落とすと、採泥器のかけがねが外れて採泥器の底面の口が閉まる。その立方体状の泥を船上でふるいにかけどれだけ底生動物が入っているかという形で定量調査をする。そうすると普通の採泥器は0.1m2か、あるいは0.05m2がその一つの四角になります。ですから、それを何個とるかということになるんですけれども、それでも食用になるような大きな貝は0.1m2とか、その3倍で確実にとれるということは非常に少ないわけです。ですから、このタイラギとかあるいはクマサルボウ、これはアカガイの仲間で大きく成長し、いい値になるものですが、そういうものの密度を調べるために、この佐賀水試の調査の場合には全調査地点でヘルメット潜水の潜水夫を使いまして、幅50cmで100mでしたか。ずっと帯状にとって、それの中に入っている大きい底生動物をとる。ですから、役に立つ貝のほかにヒトデとかウニがいれば、それはそちらのサンプルでとります。
 小型で高密度の貝やゴカイ類、甲殻類を採集するには、1辺が25cmの方形枠を用い小型ショベルをもちいて、底表面から5cmまでの泥を採取、1測点で3回、総採取面積は0.1875m2を採り、1m2当たりに換算している。ですから、ずいぶん精密な調査をなさったわけです。
 そして、大事なのはこういうふうにグリッドに書いてありますと、海の底というのはどうしても平らだと思ってしまいがちですが、何しろこういうところから何本もの川が入っております。ここに沖出し数kmに及ぶ泥干潟があって、その間を通って出てきた川の水は、さらに泥っぽい海底をずっとえぐって流れていきます。そういうのが何々川沖海底水道、住之江川沖海底水道、筑後川沖海底水道という名で呼ばれており、こういうところはいわば切り込んだ形で海の深いところが干潟の近いところまで延びています。
 逆に、この川とこの川の間でしたら、そこにはここに干潟があって、さらにその間を浅い泥の干潟がこう延びております。ですから、これを横に切ってみますと、これは今の81測点全部の図ですけれども、その中である東西断面でスパッと切ります。そうすると、この測点が書いてあって、等高線が書いてあってもなかなかピンとこないんですけれども、それはそれぞれのところでここで川の水が流れていく流路があって、間に浅いところがあって、また流路があってという形で、幾つかの川によって干潟あるいはその干潟の先の浅い泥底に谷ができている。逆に、その間のほうへここからこう突き上がってきているところは、細かい泥が流れて、わりと堅い、少し粗い砂、あるいは貝殻などがむき出しになるような、谷があれば尾根があるということになります。
 そして、どういうところに生き物がたくさんいるかというと、例えば貝類の浮遊幼生が下りてきて着底したい、タイラギが着底したいというときには、貝殻や少し粗い堆積物があって、そこに足糸を出して自分を固着できる、そういうところに着くわけです。ですから、この海底が刻み目がはっきりして、その肩の部分にそういう堅いところがあると少し大きくなる貝もすみつける。
 それから、寿命が小さい貝の場合には、例えば汚染指標種に私どもが使っていますシズクガイとかチヨノハナガイというのは大体2か月で親になります。ですから、1年に数世代繰り返している。そういうものですと、谷でも坂の途中でも浅いところでもどこでもいいわけです。ここにはいちいち学名を書いてありますが、細かいことは申しませんけれども、とにかくそういうものがいて、この刻み目(海底の流路)というのが、底生動物にとっては意味があるんだということです。
 その次に、これは何かというと、これも滝川先生がお使いになったと思いますけれども、上のほうが1989年の先ほどの81点でおやりになったものです。それからあと、主にこれはタイラギの資源がどうあるかという調査のために、また潜水夫を使って細かい調査をなさいました。
 ただ、そのときには干潟に隣接する部分というのはアプローチしにくいので、それから多分このあたりはタイラギはたたないということもわかったのでしょう。それよりは少し沖側のところだけをとって、これで64測点ですか。その中からあまり関係のないところは減らして、五十何測点を記載して細々と書いてあります。
 これは何かといいますと、これが89年の、これは中央粒径値、Mdφの等値線で書いてあります。それから、こちらのほうは2000年の同じような調査です。まず、1989年の図でいきますと、この間のところに、そんなに細かい粒子のたくさんないところがあります。ですから、左岸寄りの方の泥分の多いグループと、中央の泥分が多いグループが89年には分かれていたわけです。それが2000年になると、こうつながります。あとでこれは各ポイントの数でもう少し詳しくお話しします。
 これは泥分率です。全体の底泥というか、粒度分析をやったときの、この場合には泥分率を私は勝手に80%のところでシャドーをつけたと思います。そうしますと、89年にはこのぐらいのゾーンが80%以上の泥分率だった。それが2000年になりますと、このぐらいの広い面積になります。
 そして、こちらはIL、乾泥の焼却減量ですね。泥の中に有機物がどのぐらいあるかを示す指標です。この場合は粒度よりはわりと広い範囲で有機物があった。それが2000年になると、89年と面積的にはそれほど変わらないのですが、粒度的にはより細かなところでイグニッションロスのパーセンテージのコンターがあります。
 こちらのAVSというのは酸でたたいて、泥の中で眠っていた硫化物を全部、硫化水素になって出てくる状態にしたときの量として測ったものです。これは89年にはこれだけしかなかったのが、0.7か0.8mg/g乾泥よりも高いところをシャドーにしていると思います。これが2000年調査時の図ですが、AVS値の高い部分の面積も大分広くなっております。硫化水素は明らかに生物にとって毒です。ただ、泥の中に眠っている硫化物、鉄なんかと結びついている硫化物をわざわざ酸でたたき出してやった分の濃度がそのまま生物に有害度を示すかというと、それはまたちょっと違ったことになると思いますけれども、私どもの環境情報調査でやるときには検知管法(AVS測定法)が一番速くすむものですから、よくこういう扱いをいたします。
 これはマクロベントスの、マクロベントスというのは1mm以上の生き物ということです。それが平方メートル換算で、一番小さいポツは50個以下、500個、1,000個、5,000個というふうにして、一番多いところですと1万以上ということになります。1989年にはほとんどのところにかなり底生動物はおりました。それが、2000年になりますと大きい●、5,000と1万の間がこれになります。これが1万以上になりますが、そういうところはほんの幾つかに限られ、2番目、3番目、4番目ランクの地点がかなり出ています。1989年調査では、このあたりは第1及び第2ランクの地点がかなり沢山あった地域です。
 では、その中でというと、これは二枚貝がどのぐらいの密度でいたか。その中で、これは89年です。かなり丸が続いてあります。そうすると、この2000年のほうで見ますと、このラインというのはゼロです。これは一体何かというと、これは川が堀った溝なんです。溝のところで、しかもその両肩の部分もかなり泥っぽく変わっています。そうすると、この溝のところではほとんど二枚貝が育っていない。このあたりも前よりかなり減っている、こういう重さでいたものが、このあたりですとずっと黒丸が小さくなって、こういう形で10年の間にかなり生き物がすみにくくなっているんだということになります。
 これは甲殻類、主にエビとカニもいますけれども、数からいうと小さなヨコエビと言われるものが一番多いんです。それもヨコエビの中で泥の好きな、ドロクダムシ科という科の中の2種類か3種類がドカッと固まりになって出てきます。
 こちらはゴカイの類です。ゴカイ類はかなりたくさん種類がありまして、本当に細かい泥が好きな種類もおりますから、ゴカイの中である種は減って、ある種は逆に増えてという形で、多毛類同士で比べますと10年間でそれほど減っていないように見える。だけど、先ほどの二枚貝ですとか甲殻類で見ると、その分布に明らかに違いが見られます。
 そして、白いヒストグラムが1989年、黒いほうが2000年です。そうすると、ある種類は89年にはたくさんいたけれども、2000年になったらずっと少なくなって、それに対して初めは全然いなかったけれども、あとから出てくる種類というのがありますし、これなどは最初のころに非常に小さい、これはゴカイの一種で、スピオゴカイの仲間ですけれども、このぐらいしかいなかったものが、その10倍ぐらいの密度になって出てきた。ですから、生物の組成からいうと、この10年間の泥分率の差に対応してというか、種の入れ代わり、あるいは元は多かったものが少なくなる、元は少なかったものが逆に優占種に上がってくるというようなものが見られます。
 今までお話ししたことを要約しますと、これはいずれも下のほうに論文名が書いてありますが、89年の調査を91年に論文にされて、佐賀水試の古賀さんという方の研究報告です。
 その後の分は大隈さん以下4人の共著になっているものが、佐賀県有明水産振興センターの2001年の研究報告で出ております。これで見ますと、Mdφ、中央粒径値が7以上のもの、それが91年には11しかなかったんですが、それが2000年になったら19に増えている。泥分率が70%以上というのも、1989年には18地点だったのが23地点に増えている。底泥の焼却減量(I.L.)の場合も10%以上有機物を含んでいた場所が1989年に17地点であったものが、2000年には27地点になった。
 それから、これもかなり人為的に決めた境目ですけれども、硫化物を強酸でたたき出した場合の、硫化水素量がある水準を越える地点が1989年には9地点だったものが、2000年には13地点になっている。
 そして、底生動物の密度はというと平均密度が10年前には1つの地点で平均3,900個体だったものが1,690個体になっている。5,000個体以上、1平方メートルにいる地点は10年前には15地点あったものが5地点になってしまっている。これは明らかに泥の性質が変わって、それが生物のほうのすみ方に影響しているんだということになります。
 これは同じく佐賀の水産振興センターが水試といっていたころから延々と20年近くにわたってタイラギ資源の調査をなさっている。これは1976年から始まって現在まで毎年続いております。これは本当は伊藤委員に今日使うことをお許しいただこうと思っていたのですが、伊藤先生は今日来ていらっしゃらないので、内輪なら許していただけるかなということで、特にお願いしないままで引用しておりますけれども、これが1976年です。これは二十何年間分の図がありますが、あまり図が多くなりますから1年飛びにしております。
 そして、ここに変な三角がありますのは、これは漁業法上の問題で、この奥は佐賀県の独占的な漁場です。こっち側のほうに長崎県の漁場があって、ここに福岡県のがあって、この三角のところは共通漁場だったと思います。
 このときでもこの1列は全くタイラギの出ない列というのがあるんですが、それから、だんだんに一番数の多い、この一番大きな丸は100m2に100個以上、ですから1mに1個以上は15cm以上ぐらいのタイラギがいるということ。そういう地点がこちらに比べてここですと、3つぐらいに減ります。それから、あとはそれがその半分になり、あるいは10分の1になりということです。
 それで、78年、80年。これになりますと大きい丸のところは1つもなくなります。
 86年になりましたら、なぜかこのラインだけは密度が高くて、でもそれは2つか3つのポイントです。こちらが全部いなくなります。こちらもいなくなります。
 あっ、これはこう回るんでしたね。だから、80年から急に減ったのではなくて82年、84年とこう減って、だんだんに減って、86年にはこのようになりました。
 そして、今度はタイラギのさらに1988年からあとの分が順繰りになっています。そうすると、たまに1m2当たり1個ぐらいのところもありますが、あとはみんなその10分の1ぐらいの数ですね。10m2に1個とかそのぐらいになってしまうわけです。
 こうなりまして、元はあまりいなかった福岡県寄りの干潟のすぐ下のあたりにポツッといつもこういう地点があります。ただ、佐賀県の一番いい漁場だったところはほとんどゼロになってしまった。
 それから、ここは諫早湾の角ですが、諫早湾の長崎県の漁師たちが一番いい漁場にしていたここから下のほう、これももうほとんど貝がいなくなってしまいます。
 今度は、福岡とも話がついたのだろうと思いますけれども、福岡県側の干潟の前面まで全部お調べになっているわけですけれども、この場合も中ぐらいの丸が2つと、小さい丸が1つ。ほかは全然出ていないんですけれども。
 ここに大きな丸ですから、1m2に1個ぐらいいたところが1つ。あとはもっと少ない。2004年にはこの干潟の最前面だけに出てくるというようなことになってしまいます。
 こういう状態というのは、実は水産資源のことはまた別にそれぞれの担当の方がおやりになるそうですから、私はあまり立ち入るべきではなかったのかもしれません。これは色が悪いです。皆さんのプリントのほうが色分けがちゃんとしてあると思いますが、これは丸の大きさで、この一番大きな丸が平方メートル当たり1万以上の小さなベントスがいたということです。第2のランク、第3のランクとなります。
 これは扇状にそれぞれの動物の分類群によって染めてあります。このあたりは黄色というのが一番多いんですが、黄色というのは甲殻類です。甲殻類の中で何が多いかというと、エビやカニはそんなにたくさん小さなサンプルでとれませんから、ほとんどヨコエビですが、そのヨコエビの中でここはちょうど奥の泥とこちら側の砂とのちょうど境目のラインで、ここで急にガクッと深くなる。水の流れのいいところです。ここですと、十何種類のヨコエビが出てくる。こういう奥のほうの完全な泥のところにいきますと、ドロクダムシ科を主として、2種類か3類のヨコエビがたくさん出てくる。あと、青で染めたところが貝であるとか、赤いところがゴカイであるとかがこんなになっていたと思いますけれども。
 それが私が最初にやりました1972年のマップです。これが2002年、それで2003年、2004年となっております。数だけで見ると、そんなに全体の大きな違いはないように思います。ただ、このあたりのところで丸の大きさが現在では大分小さくなっております。70年代と2002年、2003年ですから、泥のたまり方から言えば、その間のことは大分泥が上がってきた。何が減ったかというと、貝が減ってゴカイが増えている。ゴカイの種類は十何種類あるんですが、1種類の髪の毛みたいなゴカイが非常にたくさん出てくるので、全部を均等な位置でとればこういうような丸になるということです。
 これからあとは中身のほうに……、横にいろいろな生き物の名前が書いてございますけれども、これはもうサーッと通っていただいたらいいと思います。ただ、これは何かというと、これは組成表ですね。出現した種の全部の個体数を100%になるように棒グラフにして配分比を見たものです。ですから、ある場所は少ししか生き物がいなくても、それを引き延ばして100%になっているわけです。
 これは佐賀の水産センターのおやりになった2回分と、それからその後の、これはどちらでしょうか。西海区水研(長崎)でおやりになったのでしょうか。農村振興局のほうの予算で調査をなさったのでしょうか、とにかく、こうやってみますとこの4つの地域があって、その中で平成元年と12年、14年というように、これは平成で書いてありますが、これは平均でして、それに振れが大きければこの棒が長くなるわけですが、そういう傾向が出ております。
 これはサーッと見て通るだけにしますけれども、例えば泥のところで多い、有機汚染地域に強いような貝がこのあたりで、シズクガイ等がたくさん出てきます。
 ポンと間をおいて、また別の泥っぽいところでまた出てきます。
 この下のほうに書いてありますのは、Afk-等という番号のは有明海で、下のほうのYkm-等というのは八代海のほうです。両方込みにしてまとめてあります。
 湾奥のほうは生物の量が少ないはずですが、ここの中に大きな赤いパッチがあります。これは何かというと、たった1種類のドロクダムシ属というヨコエビが1か所で何千という個体数で、全体で2万個体ぐらい出たうちの数十%がそのドロクダムシの1種だったということです。
 あとは、この青い色になっているところは生物が密度にしたら非常に低いということです。熊本の前の泥のところと、それからここのドロクダムシが集中しているところ以外のこの泥の深いところは全部青い色になっております。
 ちょっと脱線して申しますが、有機汚濁指標値というのを私どもはよく使いますが、それは何かというとこの場合には主に北欧などでパルプ工場排水とか、食品加工の排水が入ってくる、それで有機物がたくさん入ってきて、それがフィヨルドの奥にたまります。そういうところでバクテリアの分解でジワジワと分解していくわけですが、そのときに同じだけ有機物がそこに沈降しても、流れが強ければ酸素がよそから運ばれてきて、そしてそこには海底にゴカイや貝がいて、生物撹拌(バイオターベーション)といいますが、二枚貝、多毛類、甲殻類が巣孔を作り土を掘り返して、その中に酸素が十分通るようにすると、その壁にある好気バクテリアの有機物分解能力が強いので、有機物添加は多いけれどもたくさん生物がいるという結果になる。
 それに対して水の流れが非常によどんでしまうと、有機物があって、そこの酸素の供給が少ないものですから、いわゆる無酸素の真っ黒いベタベタの泥になって、それのひどいところではベントスが全然いなくなる。あるいは少ししかいない。その真ん中のところはどの程度水の流れがあるか、それから上からどの程度有機物が加わってくるかということによって、そういう酸素が少なくてもやっていける種類、少数の種類がたくさん増える。
 これは1976年の論文で、スコットランドの人とスウェーデンの人がジョイントでやったレポートですが、これは髪の毛みたいな小さなゴカイがいます。これは今でも八代海でも有明海でも魚の養殖場の下は大抵これがいるんですけれども。
 それから、だんだんにエコトーンという移り変わりの地域があって、大きいゴカイと、それからこういう貝が出てきます。そして、湾口までいくと貧酸素に弱いクモヒトデとか、それからウニの仲間とかそういうものが出てきて、そしてさらにエビやカニもいる。
 パルプ工場なんかですと、一番岸に近いところが一番たくさん汚れているわけです。そして、この下のほうはほとんど酸素のないべったりした泥です。ここのところに髪の毛みたいなイトゴカイという仲間がいます。それから、真ん中ぐらいのところになると寿命が1年とか2年の大きなゴカイとか、穴を掘ってすむ巻貝や二枚貝とか、それから大型のゴカイがすんでいる。湾口までいくと、泥の中に穴を掘って、ブンブクチャガマという変な和名がついていますが、まん丸でない歪んだウニの仲間です。それから、大きなエビ、こういうのは自分が穴を掘って、そこに水を引き込むから周りが酸化するのと、逆に入ったすぐのときからこういう真っ黒だったらいられないから、そういうところにはすまない、その両方でこういう傾向になります。
 こういうことを有明海なんかで見てみますと、これは汚染指標種にしております、ここには学名でParaprionospio spのB型というのがあります。これはややこしいんで、元は1種類として和名がついていたのですが、そのうちに少し形態の違う3種類あって、ABC、ただそれにだれも名前を新しくつける勇気がないものですから、そういうのを見つけ出した瀬戸内水研にいた玉井さん、今、西海区水研の企画連絡室長をやっていますが、いつまでたってもABCから新しい学名をつけないんですね。
 これはホロタイプが現在残っていないので、どれがどれなのか決められないんだという話です。これは有明海の中でこの奥の泥んこのところと、諫早湾の出口の諫早湾内。それから、こちらのほうの白川や菊池川や緑川の流れ込みのところと。年によって、季節によって少しずつ違いますけれども、いつでも泥のところだけに出てくる。ですから、これは一応そういう指標種ということにしております。
 今度はそれをどういうふうにしたらいいだろうというので、これは整理してくださった調査機関の方がマッピングしているんですが、横に中央粒径値、縦に個体数をとると、あるレンジのところでうまくおさまれば、これは非常に幅広くどこにでもいる。
 これはなぜか知らないけれども、中央粒径値ではリードされていない何か別の要因で、こういう2つのピークがある。バラバラとあって、どこがピークかわからないというような種類もあります。
 そういうどのレンジにいるかということと、それから今度は硫化物です。硫化物の濃度が高いところまでいるというのは、そういう汚いところにも適用している種類です。ですから、こういうところにまで我慢して生きられる。数が増えるものが有機物汚染指標種ということにしております。
 逆に、この0.4mg/gぐらいから下で、これ以上悪化したら出現しないというのは、そういう意味では硫化水素あるいは硫化物に対する抵抗力の弱い種類というので、正常な種類あるいはそれよりさらにセンシティブな種類と、今これは中央粒径値を上などはとっていますが、それ以外に泥の性質でもいろいろなものをとれば、そういう形で説明ができるわけです。
 時間が来て申し訳ございませんが、八代海のほうも少しお話ししておきます。八代海と有明海は何が違うかといいますと、これは上のほうは有明海の出口ですが、こちらのほうから、熊本県側から宇土半島というのが出ています。それから、ここに幾つかの島、大きいので3つぐらいですが、二十何個の島があって、通称天草松島と言われています。それから、天草の上島と下島。この一連の島の列と、こちら側の九州本土の間に八代海があるわけです。
 さらに見ますと、ここのところに樋ノ島、御所浦島までが熊本県で、獅子島、伊唐島、長島といった南のほうの島々は鹿児島県に入るわけです。ですから、この水俣のちょっと下ぐらいのところで、熊本県、鹿児島県が分かれるわけです。
 ここに、外海の水はどこから入ってくるのかといいますと、一番たくさん入ってくるのは、長島海峡から八幡瀬戸という、これは外海水がかなり勢いよく入ってきて、毎日出ていきます。こういうところの海底は貝砂底であるとか、粗砂底、中程度の砂底です。こういう島の根方は全部岩礁になっていまして、造礁サンゴをここだけで18種類ぐらい私どもは見つけております。
 こちらのほうは、一方、宇土半島と天草上島、八代干拓地に囲まれた海域で一番奥の方に大野川とか氷川という小さい川が入っています。八代市の南側に球磨川が流入しています。
 元はここはずっと大きい干潟だったのが、八代海大干拓というので農地となり、今は一面にイグサが栽培されているところです。この前に広い泥の干潟があります。
 ここのところが1つの境目になりまして、ここに20mの深度コンターがあるんですが、これから北側は本当に浅いところです。そして、大小の川から入ってきたので、やはりここは泥っぽいセジメントになっている。
 そして、それから今度はこちら側のほうの広い、私どもはこちら側が水道部で、こちら側が八代海の主湾部と枝湾部という呼び方をしておりますが、北部の浅い枝湾部は底生動物はけっこうたくさんおります。一方南部の主湾部は深くて、一番深いところは水深四十何メートル、五十メートル近いんですが、島々の間の海水流動ははげしく、水はきれいに澄んで、泥底であるが生き物は非常に少ないということになります。
 八代海の底質図のこの赤茶色になっているところが泥分の比率が高いところということになります。
 陸のところは私は全部斜線を引いていますから、海のところが色づいているわけです。
 これは底泥の中のリン、窒素も分析してあります。
 その下のこれは硫化物です。ここのところに変な赤いパッチが九州本土側と天草下島側にあるのは、それはリンも窒素もちょうどこのパッチのところは濃厚にあるんです。それは一体なぜなのかというと、東岸も西岸も養殖漁業が盛んなところで魚をたくさん飼っております。毎日毎日餌をやっているわけで、それからの残餌や魚糞も海底にたまるし、多分上の水をくんだデータも別にあるんですが、それで見てもここは濃厚な栄養塩があります。
 それから、このあたりの島の間は一面に養殖生け簀があるので、私自身が調査したときにも遠慮して、あまり入れませんでしたけれども、現在でも多分そこへ行って測ればNPも高いし、そして海底の泥の硫化物濃度も高いんだと思います。
 こちらのほうは一連の泥底ですけれども、浅い泥底のほうが硫化物は多い。かえって深いところのほうが泥ですけれども、きれいなんです。なぜかというと、こちらのほうに、ここに長島海峡があって、毎日非常に激しく水が流動しますから、それでこちらのほうは砂質あるいは砂礫質なので硫化物のたまりがないわけです。
 そこでエイヤーと見ますと、これはちょっと古い1975年6月の私自身の調査データですが、最近の調査のデータもほとんど同じです。この水通しのいいところに底生動物が多い。それから、ここから北の浅い泥底、これは栄養分が多いんですが、ここのところはゴカイが多いので、それなりの密度があります。
 こちらの広い深いところというのは、一番小さい丸で見ますと、これは丸の大きさが個体数でなくて湿重量で書いた分です。そうしますと、大きい丸のところは1m2当たり湿重量で200g以上。これは100gで、このあたりの小さいものになると10g以下ということになります。
 ここは深くて泥底で、酸素はあるけれども生き物はあまりいない。このあたりの海というのはどちらかというと底生のものではお金になる、人間が食べるような底生動物はあまりいなくて、漁業もどちらかというと浮き魚が多い。こちらは水の流れるところの盛んに流動するところではがっちりした巣をつくるゴカイたちと、それから非常に厚い殻を持ったワシノハガイ。しかも、これはお互いに足糸でつながるものですから、採泥器ではとれないんです。ドレッジで横に引っ張りますと、一度に何百個体というのが何キロという分量でとれてきたりします。
 それから、ここはカニがたくさんいろいろな種類のカニがいます。こちらのほうの泥のところは泥の好きなカニというのがここにちょっとありますが、種類は少ないけれども、泥底だったら浅くても深くてもいるカニです。
 それから、ヨコエビはちょうど水の流れでこの狭い海峡の行く、その境目、境目でポイントをとりますと、ずいぶんたくさん出てまいります。
 こちらは泥の中にすっぽり潜っているようなゴカイたちです。泥の中にいるシズクガイというのは汚染指標種でもありますが、要するに富栄養な環境の好きな種類。これは浅いほうの半分にはいますけれども、深いほうにはいない。
 深いほうにずっと広く分布しているのは、マサゴウロコムシというまた別のものがおります。
 駆け足でありますが、では養殖の筏のあたりというのはずいぶん海が汚れているはずで、それは実際に魚の養殖にとってもよくないことです。先ほどの鹿児島県のほうの天草の島、長島というところに鹿児島大学水産学部の水産実験所がありまして、そこに長いことおられた門脇助教授という、今は鹿児島市の大学で教授になっていらっしゃると思いますが、その方が長いこといる間に漁師さんたちにどうやって自分のところの養殖場の周りの環境を守るのか。そのためには技術を覚えなさい。飽きずにきちんと測りなさいというので、これは養殖天気図という名前を使っているんですが、魚は海底ではなくて上のほうの浮き生け簀にいるわけですから、水深3mのところの溶存酸素の量を絶えず測りなさい。それを生け簀の間を動きながらやって、どこの濃度がどのぐらいというマップを書きなさい。逆に、今度は海底の泥の中の硫化物の量を自分達で調べなさい。そのためには生け簀と生け簀の間の通路で泥をずっととって検知管法(AVS測定法)で硫化物濃度の高低を図上にマッピングをしなさい。硫化物濃度の増大は養殖漁場にとって危険信号になるからそうならぬよう自分達で管理するように教えた。
 門脇氏の前の教授の平田八郎さんという方は、鹿児島大学を定年になってから近畿大学の水産学部に行かれましたが、やはり養殖漁業でいかに魚のいる場所を清潔に病気にならないように守るか。そのためには漁民自身が勉強しなければだめだといつも漁民におっしゃっていた。それが1つのシステムになって残っていると思います。
 今まで海洋環境、特に海底環境の指標としての観点から底生生物の説明をしてきました。底質の細粒化、底層水の貧酸素化が生じ、それが底生生物の組成や量に影響を及ぼしていることもほぼ確かですが、いつからそうなったかという問題については、近い将来その分野の分科会から説明があると思います。
 最後に今までと違う観点から有明海・八代海の生物相の特色、生物多様性について触れたいと思います。有明海はムツゴロウに代表される魚類や日本ではここだけにしかいないという貝類やカニ類がおり、その特産種の多くは朝鮮半島や中国沿岸の泥干潟にも共通であると言う意味で、大陸沿岸性遺存種とよばれています。従来は有明海ばかりがよく調べられてきましたが、極近年になって八代海奥部の生物相が調べられるようになりムツゴロウが多産すること、体長がマハゼの倍くらいまで大きくなるハゼクチという和名のハゼで従来有明海奥部特産とされていたものが八代海奥の干潟域で採集されています。二枚貝や巻貝で大陸沿岸性遺存種とされているものは、有明海だけでなく、瀬戸内海中央部の岡山県児島湾周辺や山口県下の西瀬戸内海沿岸に生息することが知られていたが、八代海については極最近の発見である。
 ウミマイマイというのは泥干潟の上を這う成体でも直径1cmに充たない黄褐色の丸みを持った小巻貝で見栄えするものではないが、肺呼吸をする得意な習性で貝類学の分野では貴重種とされています。新種として奥有明の泥干潟で記載され、日本国内の他の大陸沿岸性遺存種のいる場所でも、朝鮮半島などでも見つからず、わずかに近似した別種がフィリピンに1種いるという話でした。そのウミマイマイが八代海奥部の泥干潟で近年かなり普通に生息することが熊本大学の逸見教授らによって発見されました。
 海岸の岩につくカキ、特にマガキというのは食用として親しいものです。有明海にもマガキは普通にいますが、垂下養殖の廣島のカキのようには評価されていません。有明海産の小形のカキで、地元の漁師がシカメと呼んでいるものがあったそうです。日本では1920年代に東大農学部水産の雨宮教授という人がこれはマガキと違うとしてシカメガキという和名をつけましたが、日本の貝類学者には受け入れられずマガキの単なる地方品種という扱いでした。ところが、1960年代になって、日本から大量のマガキが養殖種苗としてアメリカに出荷され有明海の小形カキもマガキに混じってアメリカに渡りました。ところがこれは小粒だが味が濃くて美味だということでアメリカでは西海岸で養殖され、クマモト・オイスターというブランドで普通のマガキ(英名:パシフィック・オイスター)より高値で取引されているそうです。最近になってDNA解析によって両種の遺伝的識別も容易になり、原産地では絶滅したのだろうかとアメリカの学者たち数名が有明海まで調査にきて、有明海沿岸を自転車で走りまわり、クマモト・オイスターはマガキより低塩分環境を好むからと川ごとに海岸から河口域を少し上がってはそのあたりのカキをとってきました。そのようにして調べた結果、有明海の数本の川で、川口から少し川を上流に上がった所のカキはクマモト・オイスターでそれは雨宮教授が80年前に名付けたシカメガキと同一物だと結論しました。これは有明海の話ですが、昨年アマチュアの熱心な貝類研究者である山下博由氏が八代海奥部の大野川河口の低塩分域のカキを冷凍してアメリカに送りDNA分析を依頼したところ、間違いなくクマモト・オイスター(=シカメガキ)だという確認がとれたそうです。
 そのほかでは、1970年代に諫早湾の泥干潟にすむトゲイカリナマコという乳白色で細長い小形のナマコの巣穴に共生するアリアケヤワラガニという小さいカニが新種として記載されましたが、みなさんご承知のように諫早湾の泥干潟は干拓によって棲み場所そのものがなくなってしまいました。完全に失われてしまったかと思っているうちに、2002年西海区水産研究所の有明海調査の際、水深10mばかりの泥底から採泥器で採集されたトゲイカリナマコとともにアリアケヤワラガニが2個体とれたそうです。さらに、最近になって、熊本大学理学部の逸見教授が八代海奥の泥干潟でトゲイカリナマコを採集すると、かなりの割合でアリアケヤワラガニが発見される。また、1930年代に博多湾の箱崎、現在は国道が通り、地下鉄が走っているあたりでトゲイカリナマコと共生して生息する珍奇な二枚貝として新種になったヒナノズキンも八代海干潟で時々発見されることを報じています。
 みなさんのお手元に配った名前だけのリストに赤線でアンダーラインを引いたのは有明海・八代海準特産種、種名の下に点線でアンダーラインを引いたのは大陸沿岸性遺存種で主に有明海にいるもの、青い線を引いたのは大陸沿岸性遺存種だが分布していた日本での分布範囲が広く東京湾や三河湾、紀伊半島や瀬戸内海、九州では少なくとも数十年前までは博多湾にも分布していたことを示しています。いささか蛇足が長くなりましたが、生物多様性に関する観点からの情報を付け加えて終わりにします。

○須藤委員長 どうもありがとうございました。それでは、ただいまの説明につきまして、何かご質問、ご意見はございますでしょうか。

○清野委員 先生の資料の4ページに有明海北西部の底質環境と底生動物の変化ということで、今教えていただいたお話があります。これで私が面白く思いましたのは、上の段の1989年のコンターを見てみますと、コンターがどのパラメータにおいてもある方向をどっちに飛び出しているかというのがありまして、一方で2000年を見ると今後はコンターの飛び出し方がより熊本側に振れていくというか、これはどのパラメータをとってもこういうふうになっているのは面白いなと思ったんですね。
 これに関しては先生は先ほど干潟とか海底に至る川の流れとおっしゃったんですが、その川の流れというより、むしろ潮が引くときのいろいろな巨大な澪といいますか、そういうものも含めて海底の川という考え方をしてもよろしいでしょうか。

○菊池委員 ですから、それで川からの淡水起源の化学物質も来るでしょうし、それから流れますから、そこをえぐって通るから、それで海底に刻んだように川が通っているわけですね。それで、さっき申し上げたようにこういうふうになっている潟の部分というのは少し粒度が粗いとか貝殻があって、そういうところにだけ貝の幼生がつく。底にはつかないし、干潟の真上にもあまりいない。だから、タイラギを人工的に増やそうと思ったら、やはり少し粗いセジメントを覆砂するにしても、干潟全面に覆砂するのは面積が広すぎて実施が難しいとすれば、そういう水底構造の高低を利用するような形で、その潟のところに少し粗いセジメントを帯状に入れてやればプラスになるのではないかと思っています。

○清野委員 これは今後、すごい大事な議論だと思います。ワーキングとか別の機会にお願いします。

○須藤委員長 ほかの先生、いかがですか。
 滝川先生、どうぞ。

○滝川委員 ご質問がないみたいなので教えていただきたいと思ったんですが、底生生物と底質の関係が非常に重要なことかなと思って、いろいろ整理していただいているんですが、今資料の中で粒径を中心にした、先ほど私に対する質問もあったんですが、粒径、Mdφというものと生物の指標みたいな図がけっこう多いのですが、それ以外に例えば硫化物とかCODとか、ああいう強熱減量とかそういったものと生き物との関連、あるいはそういった底質の分類との関連みたいなものも非常に重要なのかなという気がしているんですが、そこら辺はいかがですか。ここに出てきている泥分で整理していいのかな。

○菊池委員 いろいろな方が中央粒径値を使うのは、結局、粒度が粗いときとうんと細かいときで、それこそ先ほどの滝川先生のお話にもあったような、それで何かある。例えばいろいろなものが粒度の細かいところですと、そこにたまって、本当は直接効いているのは粒度でないかもしれないんですけれども、一方に中央粒径値をとって、一方にいろいろなファクターをとってやると大抵かなりプラスの相関が出るんですね。
 ですから、逆に言うと中央粒径値と関係がありますよというだけでは本当ではないのかもしれない。もう一歩踏み込んで、それの中でどんな化学的成分がとか、あるいは洗い出されて粗い粒があったら、そこには貝の幼生が足糸で着底するのでうまく育つとか、その場合だったら物理的性質の中でも粒子の細かいほうでなくて、粗いほうが効く場合もあり得るということです。

○滝川委員 有機物の関連もあると思うので。結局、私が申し上げたかったのは、19ページ、20ページのほうで国の調査のほうでいろいろ整理されていますが、そういう関係の調査を整理されているのかなとちょっと気になりまして。もしデータがあれば、そういった別の観点からの整理、データを整理していただけると、見えないものがもう少し見えるのかな。あるいは、底質の総合的な成分と生き物の種類の関係というもの、総括表みたいな分類ができるのかなという気がしまして、そういったことも含めて質問させていただきました。

○須藤委員長 ありがとうございます。それは事務局にもお願いし、それから我々のこれからの議論の方向の中で仮に調査が必要であればしていくとか、それからほかの関係省庁にお願いするとか、それはしなければならないかなと思います。
 それでは、時間が少し押していますので、ただいまのところをまとめさせていただきます。先ほど滝川先生からご説明のあった底質環境と、ただいま菊池先生からご説明のあった底生生物につきましても、先ほど小松先生からのご指摘もございましたが、本日のご説明と、それから先生方のご質問やら議論をもとにいたしまして、問題の概況、原因・要因、課題と論点を再整理したいと考えております。
 なお、その結果につきましては次回の評価委員会でご説明をさせていただきます。また、現在、潮流・潮汐と水産資源について少人数ではございますが議論を行い、一応ワーキングと申しておりますが、議論を行っておりまして、報告に向けた取りまとめの作業を行っていただいているところでございます。そこでの議論の進捗状況を見極めつつ、事務局と調整のうえ、次回の予定を決めさせていただきたいと思っております。どうぞよろしくご協力のほどをお願い申し上げます。
 それでは、4番目の議題、平成16年度の調査等の結果の報告についてということに移らせていただきますが、本日は2件の報告がございます。それぞれの報告時間につきましては、あらかじめ事務局からお願いしてございますので厳守していただくよう、お願い申し上げます。
 1件目は有明海の再生に向けての調査ということで、平成16年度結果の概要について、農村振興局からお願いいたします。
 それでは農村振興局、よろしくお願いいたします。

○農林水産省農村振興局 農林水産省の農村振興局の農地整備課の課長補佐をしております白谷でございます。私のほうから16年度の結果について報告させていただきます。
 農林水産省農村振興局または九州農政局で行いました16年度の調査は大きく6項目ございます。貧酸素現象調査、潮流調査、赤潮調査、干潟水質浄化機能調査、底質環境調査、二枚貝類等生息環境調査、この6項目を調査いたしております。そのうちの貧酸素現象調査につきましては、昨年の12月の第12回のこの評価委員会の場においてほとんどが報告されておりますので、今日は要点だけを報告させていただきたいと思います。
 潮流調査につきましては、16年度にやりましたのは2月に冬季の有明海の潮流の15昼夜の連続観測をやっております。それともう1つ、船で出ましての12時間の一斉観測、ひも流しという方法での調査を行っております。
 赤潮調査ですが、赤潮調査は諫早湾及びその周辺海域で赤潮の発生状況、プランクトンの沈殿量等の調査を行っております。熊本、福岡、佐賀、長崎の4県と連携で調査を行っておりまして、その結果はホームページで公表しております。
 干潟の水質浄化機能調査、これにつきましては一昨年度、有明海の湾奥の塩田川の河口干潟を対象にしまして生態系モデルを構築しました。そのモデルを使いまして泥質干潟の浄化機能、有明海の泥質干潟の浄化機能を評価しております。そのモデルの精度を向上させるということで、さらに検証用のデータを1年かけてとるというものです。
 5番目の底質環境調査ですが、これは諫早湾口の大浦沖、それと国見の沖、その底質をいったん違う状態、撹拌によってリフレッシュして、その後の底質の変化の様子と、また沈殿してくる物質の量と堆積速度を調査しているものです。
 6番目の二枚貝類等の生息環境調査、これは有明海の二枚貝に食害として影響を与えていると考えられておりますナルトビエイの分布量と、食性、そういったものを調査して、最終的にはどの程度有明海の二枚貝に影響を与えているのかということを推定するためのものです。
 それぞれの調査を実施している場所を一覧にしております。手元に資料がございます。
 左上からいきますと、干潟の水質浄化機能調査、これは有明海の一番湾奥の塩田川という川が流れ込んできています。ここの泥質干潟を対象にしております。
 赤潮調査ですけれども、赤潮調査はこの諫早湾の湾内から湾口にかけて、こういった範囲で観測点を新たに設置しまして調査を行っております。
 二枚貝類等の生息環境調査、これにつきましては佐賀の沿岸と熊本の沿岸についてナルトビエイを捕獲して分布量を推定する調査などを行っております。
 それと、欄外にありますが潮流調査、これは有明海全域において行っております。
 底質改善調査、これは16年度につきましては諫早湾の湾口で2点、大浦沖と国見沖で調査しております。
 貧酸素現象調査は対象としましては、有明海の湾奥から諫早湾に入ってくる、こういった海域の調査でございます。
 まず、貧酸素現象調査です。要点だけを説明させていただきます。どういった調査を行っているのかということをまず紹介させていただきます。
 農林水産省農村振興局としての調査といいますのは、鉛直の連続観測調査、これは諫早湾内にある観測やぐらの6点において鉛直の貧酸素に係わる水質項目の調査を行っております。
 定点の連続観測調査として、ここに赤丸のついているところですが、D地点とF地点で定点をとりまして、そこの鉛直プロファイルを把握しております。
 それともう1つが一斉の鉛直観測というのがありまして、これは1週間に1回の頻度で、福岡県寄りのAAからFFのラインでの貧酸素現象にかかわる水質項目の鉛直プロファイルを測っております。
 それともう一測線、AからB、C、D、E、Fからずっと諫早湾に入ってくるS4、B3、こういったライン、このラインについても同じような調査を行っております。
 調査の詳細はレジュメにも載っておりますので省略したいと思います。
 ポイントですけれども、これは一斉の鉛直連続観測の結果です。これはさっき申しましたように福岡県側のAAからFFの測線、それとAから佐賀県寄りといいますか、有明海の湾奥からずっと諫早湾に入ってくるライン、これの鉛直プロファイルを調査したものです。
 ここでいう貧酸素現象と定義させていただいておりますのは、酸素の飽和度が40%以下、それを貧酸素と申したいと思います。
  ほぼ1週間に1回の頻度で船を出して、こういった方法でやっているのですが、こういった10回の調査の中で底層で貧酸素現象は、有明海の湾奥の12点では、7月15日、7月22日、7月29日、8月12日と4回見られております。そのうち諫早湾については3回見られております。つまり諫早湾で見られるときには有明海の湾奥でも見られるというようなことです。
 そのうち特徴的な8月12日の酸素飽和度の鉛直プロファイルを紹介します。上が福岡県寄りのAAからFFのラインの、下が有明海の湾奥から諫早湾に入ってくるラインの酸素飽和度の鉛直プロファイルです。
 両方共通して言えることは有明海の湾奥で、このあたりですね。このあたりで貧酸素水塊、貧酸素現象が見られるということです。
 それと同時に別々に諫早湾の湾内、湾口においても同時に別々に発生しているというような現象が見られています。
 これは密度です。水温と塩分を考慮した密度ですけれども、諫早湾内のほうは密度差は大きくないんですが、有明海の湾奥のほうは密度成層がこれだけ発達している状況です。
 この図は24時間連続鉛直観測の結果です。この調査は2点で行っておりまして、D地点とF地点の2地点で行っておりまして、そのD地点の結果です。潮がずっと引いていて満ちて、引いていって満ちていく、こういった一連の潮汐の中での調査です。これを見るとこのブルーのところ、このブルーは、このときは貧酸素現象と呼べるほどの低酸素濃度ではなかったのですが、50%以下の領域が底層で発生しております。
 これを見てみますと、引き潮のときにD地点にそういった低酸素濃度が発生している。上げ潮で解消している。それがその日の夜も小規模ですが発生している。
 これで言えることは、引き潮のときに発生して、上げ潮で解消している。つまり先ほどの様子から総合的に見てみますと、有明海の湾奥で発生した貧酸素水塊が引き潮と同時に南下してD地点を通過している。そして、上げ潮によって南側海域からの酸素飽和度の高い水がD地点に届いて解消しているというような現象が見られるということです。
 D地点の底層の流向を見てみます。そうすると、底層のほうで引き潮のときに南向きの流れ、上げ潮のときに北向きの流れというものが発生しております。
 同時に、F地点にも流速計をつけているのですが、これを見てみると流れとしてはD地点で大体南北ですね。それに対してF地点になると、今度は南東と北西、こういった流れになる。つまりD地点で南北にまっすぐに流れてF地点で熊本のほうに切れていく流れ、そういった流れがここでは出ているということかと思います。
 次に潮流調査です。潮流調査は2種類やっておりまして、15昼夜の連続観測調査と12時間の一斉観測をやっております。15昼夜の連続観測はこういった三角の地点、9地点で電磁流速計、超音波流速計、ADCPですけれども、それを使って調査を、10分ごとの潮流速度をとっているということです。
 基本的に海面下1.5m、それと2分の1水深または海底上1mの流速をとっております。
 その結果を使って調和分解しまして、(M2+S2)分潮の分布を示しております。
 2枚重なっておりまして、これが今年の2月に行った結果です。いろいろ見てみますと、2000年の結果がここにございます。ずらしながら見てみます。ほぼ流向は似ているんですが、気象条件等が変わっておりますので、一概に比較することはできません。
 こういった調査をどういうふうに生かしていくのかということになるのですが、潮流現象というのは有明海の環境を規定する基本的な要因ということで、いろいろなところで要因解明が行われております。その中でモデルの開発、精緻化等も行われておりますので、こういったデータを皆様方に公表しながら、要因調査に寄与していきたいと考えております。
 これがひも流しの結果です。結果としましては、有明海の湾軸方向に沿った流れです。といっても1つの流線をたどることはできるのですが、この流線をたどっていく中でもちょっと振れたり、流速が遅くなったり、そういった部分もありまして、なかなか流れは複雑であるということがこれからも言えるかと思います。
 赤潮調査に入ります。赤潮調査は従来から関係4県につきましては、それぞれで観測点を設けて、赤潮の発生状況調査をやっておりました。農政局としましては、諫早湾の湾内や湾口にかけての部分について調査地点を設定しまして、特に4県の調査と連携しながら赤潮の発生と拡大の要因の実態がつかめないのかということで調査を始めております。
 その調査の結果はホームページで随時、情報提供しております。その中で特徴的なものを少し紹介したいと思います。
 調査地点X1、X2、X3、X4、X5、X6と6地点ありまして、有明海の湾奥に近いのがX1、X2、X3ですが、このDIN、無機態の窒素、この濃度を見てみますと、調査期間11月から3月までですけれども、そこで2回ほどスパイク状に高くなっている。これはよく見てみますと、降雨との関係を見てみますと、降水量の90mmとか、ここで2、3日かけて70mmぐらいですか。それぐらいのまとまった降雨があったときに栄養塩濃度が高くなっている。
 しかも、その場所を見てみますと、X1、X2、X3ということで、有明海の湾奥のほうが栄養塩の濃度が高くなっているということです。
 今度はプランクトンの沈殿量を見てみます。この中身を見てみますと、珪藻のスケレトネマ・コスタータムでありました。
 あと1つ、3月にもう1つ増加しております。この中を見てみますとプランクトンではない。セストンとかああいうSS性の物質であったということです。
 干潟浄化機能調査に移りたいと思います。これは冒頭申しましたように、一昨年度開発しました干潟生態系モデル、それの検証用のデータを四季にわたって取得するということが目的です。その結果をもって当然最後は浄化機能をモデルで評価して確認するという作業になります。今年度は四季のうちの17年2月ということで、冬季のデータを取得したということです。17年度、引き続き春季、夏季及び秋季のデータをとって1年間のデータを取得していくというものです。
 そういうことで、今日は具体的なデータはお示しいたしません。
 底質環境調査です。これも冒頭申しましたように有明海の底質が悪化しているといいますか、この図は滝川先生のところでつくられた図ですが、この黄色いハッチ、硫化水素臭が確認された範囲、こういったところの底質の状態を一度、貝ケタで撹拌してリセットし、違う状態において、その後の底質の変化の状況を追いかけるというものです。
 16年度につきましては大浦沖と国見沖、この2か所でやっております。
 それぞれこの2か所の図を拡大しますと、大浦沖、こういった台形の範囲でやっております。国見沖は四角い長方形の範囲でやっています。貝ケタ、次のスライドに出てきますが、あれを引っ張りながら撹拌していくということを、それぞれの調査海域で5m3ほど行っております。
 これは撹拌したところの底質の様子です。大浦沖につきましては、これは滝川先生のところからお借りした図ですが、基本的に大浦沖はシルト層が深い地域であるということ。それに対して国見沖は基本的には砂質、砂層のところです。
 この2つの異なる底質のところで同じようなことを行いました。
 その結果の一部ですけれども、この左上が引っ張った貝ケタです。50cm、170cm、この爪がどこまで入るのかということは底質の状態によって違いますので、一概には言えないのですが、こういったものを引っ張ったということです。
 これは底質の性状を写真で定性的に観察したものです。このO-St.1の地点の様子です。最初、この大浦沖、撹拌前は表層はシルトでした。これはバケットでとったものです。硫化水素臭が確認されております。これが撹拌によって、見た感じもそうですが、粗粒化し、硫化水素臭は消滅しているということです。
 その後3か月たってみますと、硫化水素臭がまた戻ってきているというような結果になっております。
 この調査の中ではもう1つ、これも滝川先生から紹介があったのですが、大浦沖と国見沖、そこでのセディメントトラップの試験をやっております。両地点で得られたセディメントトラップのSS沈降量を横軸がSS、縦がVSSにしております。大体両地域合わせると1直線上にありますが、ただ、その量が違うということになります。
 こちらの大浦沖についてはSSで平均100g、1日あたり1m2100gほど堆積している。それに対して国見沖は、その10分の1程度であるということで、この結果を見ると、滝川先生からの報告もありましたように、B4地点、大浦沖は浮泥が堆積する傾向にある地点であるということが言えるかと思います。
 それで、この撹拌調査が何を狙っているのかということになるわけですが、撹拌することによって底質を膨軟にして、膨軟にするとその中の物質の流れの速度が速くなるのではないかということが考えられますので、含水率のグラフをつくってみました。なかなか一定の傾向を見ることはできないのですが、これは大浦沖ですが、含水率を見たのですが、含水率は撹拌によって一時的に低下するのですが、77日後には増加する傾向がみられる、ちょっと言い切れない部分はあるのですが、こういった傾向を示しているのではないのかなと思われます。
 底生生物を見てみますと、一番右の列がコントロールです。左の3つが撹拌区です。コントロールが季節的に減少しているのに対して、撹拌区は種類数も個体数も撹拌区は伸びているように見えます。これが何か。中身の少し特徴的なものを見てみますと、このブルーは軟体動物であり、シズクガイなどです。またはこういったヒメカノコアサリというものも見られました。
 一方、国見沖について見ますと、国見沖では、これも同じく含水率の変化のプロファイルを示しています。これを見ると撹拌によって含水率が、撹拌前の青から紫、グリーンと時間が経過するわけですが、表層で含水率が上昇する傾向にあったのかなということです。
 ところが、生物を見てみますと右の二つの列がコントロールですが、コントロールに対して増加する傾向はどうも見られないということです。
 いずれにしましても、1年間の2点での結果ですので、場のばらつきをうまくとらえ切れているとは限らないということで、17年度も4地点ほど調査を予定していますので、その中で総合的に見ていきたいと思っております。
 出現した個体の特徴的なものを見てみますと、トゲクモヒトデ科の1種とか、シズクガイはここでも出てきます。これはラスバンマメガニです。
 最後に二枚貝類等の生息調査です。これはナルトビエイの分布量を推定する調査と生態調査です。
 分布調査は佐賀と熊本の沖で行っております。捕獲された地点をここにプロットしています。捕獲された地点で、これはちょっと特徴的に見えるのかなと思うのは、有明海の澪筋に沿ったラインで多くとれているということがわかるかと思います。
 個体数の大きさを、1匹当たりの体重で見ますと、8月の下旬から9月の上旬に大型の個体が来ているということです。
 胃の内容物を見てみますと、体重の1%程度が胃内容物であったということです。その中身を見てみますと、これは大浦沖でつかまえたナルトビエイですが、タイラギとサルボウが半分半分であったということです。
 最後に3匹ほどナルトビエイに発信機をつけまして行動調査をしております。この胃の内容物調査及び行動調査、生態調査の部分は長崎大学の山口先生のご指導を受けながら行っております。3匹つけたのですが、そのうちの1匹でのみ、5分間ほど追尾可能だったのですが、もっと広域的な、または長期間の追跡結果を把握したいということで、17年度は人工衛星を使った追跡方法を導入して、さらに調査を進めていきたいと考えております。
 長くなりましたが、以上でございます。

○須藤委員長 どうもありがとうございます。それでは、あまり時間がございませんが、簡潔にご質問なりご意見なりがございましたらお願いいたします。

○清野委員 パワーポイントの23番のところの海底地形のところの調査なんですが、これは今後の調査の提案も含めてお願いしたいのですが、今回、これでとってみて、シルト層と書いてあるところはどのぐらいの時間スパンで堆積したと考えられるかということと、こういうのがもしわかるようであれば、先ほど菊池先生のご講演にもあったんですが、タイラギが昔はとれていて、とれなくなってしまったところも、こういう形で堆積物調査をしていただいて、過去のそういう漁場の形が残っていて、その上に堆積したものが残っているのか。そのあたりの過去と現在の海底地形とかハビタットの様子がどのぐらい保存されて、かつ堆積したのか、その辺がわかればけっこう大きい解明になると思うので、そのあたりの感触を教えてください。

○農林水産省農村振興局 どうもありがとうございます。確かにセディメントトラップとかこういった海底の各粒径ごとの層の厚さが全域的にわかれば、かなり要因解明のほうに近づくのではないかと思っておりまして、そういった調査のやり方、どうすれば効率的な調査ができるのか。そういった手法も含めて先生方のご指導を受けながら前向きにやっていきたいと思っております。

○須藤委員長 ここですぐお答えすることは、時間もあまりございませんので、後ほど清野先生にご意見を伺ったりして、継続する調査の中で実証していただければ、こう思いますが、よろしゅうございましょうか。
 福岡先生。

○福岡委員 農村振興局の調査とか、環境省それからもう1つ水産庁ですか、やっている調査は非常に重要な調査だと思うんです。ただ、今のご説明にもありましたように調査を始めて年数が少ないからデータをとるというのは十分わかるんですが、先ほど言いましたようにこれを何に使うのかということで、例えば潮流なら潮流とか、貧酸素水塊の挙動などを数値モデル、そういったものにつなげたいんだというお話ですが、今から見通しを持っておかないと、やはり測ったものをあとで数値解析モデルに使おうとすると、実は連続性がなかったり、条件の非常に大事なところが抜けていたとかいろいろあるんですよね。だから、そろそろ3局がこれをどういうふうに使ってもらおうとするのか。あるいは自分らがどうこれを使おうとするのかというところをそろそろ出していかないと、毎回データは出て、すばらしいデータですが、私の経験ではデータはそのときすばらしいと思っても、いよいよモデルとの関係とか、いろいろな対策までつなごうとすると、少し足りなかったとか、それなりの判断をするにしろ、そういう問題が出てきますので、2年目、3年目にはそういったことをお考えになりながら、この場所の中でもやはり議論してもらうようにされたらいいのではないかと私は思います。

○須藤委員長 ご注意ありがとうございます。当然でございます。前からもそういうお話をいただいているので、農村振興局のほうの調査、データが出てしまってからではなかなか難しいので、専門の部分がいろいろございますので、ご意見を伺っていただいて進めていただければと思います。
 17年度も始まっているわけですよね。ぜひそれは受けていただきたいと思います。
 すみません、先を急ぎますので。環境省のほうの事務局も今の問題、大変重要な問題なので、3省庁の仕事が重複したりする部分があると思いますから、その辺のところを十分に注意して、どこに使うかということもあらかじめ、当然承知した上で進めていただければと思います。
 それでは、もう1つございますので、時間が10分ぐらい超過するかもしれません、ごめんなさい。2番目のご説明、干潟等沿岸海域再生検討調査結果ということについて、熊本県からご報告願います。

○熊本県 時間も押しているということで、簡潔にやりたいと思います。
 私は熊本県の環境政策課の堀田と申します。早速、説明させていただきます。お詫びですが、資料のほうが間に合いませんで、お手元のほうに白黒でしかお配りしておりませんが、お手元の資料で説明させていただきたいと思います。資料は資料5-2、それからA4横の参考資料といったものになっております。
 資料5-2に調査の概要を説明しております。事業の趣旨ということでございますが、本県では平成15年から本県におられる滝川先生、学識者の先生方と勉強会等をやってきたところでございまして、その中で県として再生の方向性を示すべきではないかという、かなり大きな宿題をもらっています。そういう中で平成16年度からこの調査を立ち上げまして、基本的にはこの資料にも書いてありますが、既存資料の収集、それからそれを補足する意味で聞き取り調査等を漁業者等に行う。それからアンケート調査、それから現地の踏査調査といったもので現状と課題、それから過去からの変遷を把握しまして、先生方に検討していただき、最終的にはそれぞれの地域の特性といったものの中から課題を抽出していただいて、それに具体的な方策を示していただこうということで始めております。
 資料の後ろの方に参考ということで、これは委員長提言ということで書いておりますが、検討のフローということで示しております。内容的には今ご説明したとおりでございまして、既存の資料等の収集により課題等を抽出、分析して、今後の方向性等を検討していくということでございまして、まだ昨年度が初年度でございますので、今回はまだいろいろなデータ、それから聞き取り調査等の収集を図っているというところでございます。
 今回は資料が多くなりますので、基本的には聞き取りの結果をこちらの方には持ってまいっております。参考資料の方で表紙に6つ地域を示してございます。データを整理するうえで有明海あるいは八代海ということで大きく整理しますと、地域の特徴等がなかなか見えてこないということで、こちらでデータを整理しやすくというところもありまして、有明海を3海域、八代海を3海域に分けてデータを整理しております。
 1枚めくっていただきますと、海域ごとに特徴等を示しておりますが、まず有明海北部ということで地域の特徴、それから経年変化ということで示しております。
 内容はもう1枚めくっていただきますと、こちらの2ページに、A4の縦のグラフ、それから図を示しておりますが、右側の一番上の図のところに示しております区域というのが有明海北部区域ということで、一番県北の荒尾というところから菊池川の河口尻までのところを1つの区域として今回整理しております。
 その下の図が、その左側に降水量あるいは気温、水温、透明度等を書いておりますが、それぞれの調査地点のポイントを参考でお示ししております。
 なお、データの方は既存資料ということで日本海洋データセンターのものとか、あるいは熊本県の浅海定線調査の結果等を示してございます。
 その下の図のところがもうちょっと広い範囲を示しておりますが、これは漁業統計のデータが他のデータと同じ区分で分けることができませんでしたので、こちらのほうは仕方なくということで、2つの区域にまたがるような形でデータを示しております。
 本題の方の聞き取り調査の結果については、次の3ページから示しているところでございます。聞き取り調査のポイントとしましては、聞き取りをしましても場所とか、あるいは年代の背景がわからないというご指摘が今までいろいろなところでありますので、できるだけ地図のほうに場所等を記入するということと、年代を聞き取りまして、いつどういう変化が起こったかを項目別に整理するという方法をとっております。
 まず3ページの説明ですが、地域特性と問題点ということで、あくまでも聞き取りに基づいてということでございますが、水質等につきましては特徴的なものとしましては、これは事実関係を完全に確認しておりませんが、ここ2、3年青潮が見られるようになったとか、あるいは最近では透明度が高くなったということが示されております。
 それから、底質につきましては、昭和40年代ごろまでは干潮時には干潟で野球ができたりしていたものが、最近はヘドロやごみがたまり、入ることができなくなった。あるいは、底質はきれいな砂が多かったけれども、昭和50年ごろからヘドロがたまり始めたということが書いてございます。
 魚類についてはカレイ、ヒラメなどの底ものがここ2、3年大きく減少し、ほとんどとれない状況となっている。特にカレイ類の減少が著しい。
 それから、貝類、エビ類等につきましては昭和50年から60年ごろまでアサリ、タイラギ、クルマエビ等もかなりとれていたけれども、平成に入るころから急激に減少している。
 ノリにつきましては荒尾というところは大きな河川がございませんので、栄養分が不足することが多く、ノリの色落ちが激しいということが書いてございます。
 藻場につきましては、一部の地域で藻場が見られるものの、その面積については非常に小さいというようなことでございます。
 これ以外でも聞き取りの部分がございまして、図の方に示しているものではヘドロ化が著しいというのが三池港の南側とか、あるいは長洲の方の日立造船所の方の南側、あるいは菊池川河口といったところに示されております。
 1枚めくっていただきまして、今説明したものを今度は項目ごとに年表にまとめたものでございます。水質等でいきますと、戦後から昭和40年代に長洲の造成地、あるいは横島の干拓等がある。
 そういう中で最近では先ほどと重複しますが、透明度はよくなっているというのは、この場合は透明度が高くなっているということでございます。
 底質については昭和40年から50年まで、ここは戦後から昭和40年代については浜辺にいい砂鉄が大量に見られたとか、あるいは昭和50年代に入りますと、長洲~荒尾は20年前には白砂青松で海水浴もできた。そういったものが平成に入りまして、ヘドロ化が見られるようになったとか、あるいは海岸線が人工護岸となっており、そういう白砂青松の景色が見られなくなったというものが書いてございます。
 それから、貝類、エビ類でございますが、戦後から40年代、50年代の境あたりですと、アサリがかなり見られたけれども、沖の藻場とか、あるいは砂浜の砂鉄等が同時期に見られなくなった。あるいは1960年代には堤防沿いにアサリ、タイラギが見られたという記述がございます。
 30年前にはアサリ、ガザミ、クチゾコ等が今よりかなりとれた。
 そういった状況が最近になってきますと、アサリとかについては1年ぐらい前から若干とれるようになっているというお話がございますが、それ以外で海岸から1、2kmの範囲がアサリの漁場であり、3kmの位置ではタイラギがとれるということで、アサリの生息地あたりがちょっと沖の方に出ているということが伺えます。
 それから、ノリの養殖については初期は200人ぐらい漁師がいたというのが、最近では14人ぐらいになっているとか、あるいは最近の状況ではノリについては100日ぐらい刈り取りがないと採算が合わないのですが、そういう状況ができなくなってきたということが書いてございます。
 こういった形で地域別にずっとまとめているところでございます。1枚めくっていただきますと、こちらの方は補足ということで漁業者の方も含めまして沿岸地域住民の方、それから内水面漁業者の方、内水面漁業者の方につきましては、特に影響が大きいと思われる1級河川の漁協の下流域の漁業者の方ということで、一応各漁協あるいは市町村から選定をいただきまして、アンケート調査を行っております。
 結果は右の方にまとめておりますけれども、基本的には皆さん5割以上の方が沿岸域あるいは漁場についてはかなり悪化してきているというようなお話が載っております。
 時間がありませんので、一応こういった状況で6地域説明しておりますということで……、一通り全部ご説明したほうがよろしいですか。
 これはまだ完全に裏打ちされたデータがあるというものではございませんで、あくまでも参考ということでございますが、今後、データ等を整理していきたいと思いますので、またご紹介させていただきたいと思います。お時間をとらせましてすみません。ありがとうございます。

○須藤委員長 大変興味あるデータで、過去を知るうえで重要な聞き取り調査だと思いますが、予定した時間を経過してしまっておりますので、今後また継続して解析してくださるそうでございますので、まとまった段階でまたご説明いただくということにさせていただきたいと思いますが、特に何かがあればおっしゃってください。いいですか。
 今のようなことをお願いして、時間がまいりましたので、貴重な資料だと思いますので、よろしく解析をお願いしたいと思います。
 それでは、主務省、関係県が行った調査等の結果につきましては必要に応じて、次回以降もいろいろご報告をいただきたいと考えておりますし、今の熊本県についても再度またお願いすることもあろうかと思います。ぜひその際はご協力をよろしくお願いいたします。
 それでは最後、もう1つ議題がございまして、その他でございます。事務局から何かございましたらお願いをいたします。

○中田委員 いいですか。
 時間をとって申し訳ありませんけれども、私は今、水産資源のほうの取りまとめをやっておりまして、今日お話がありました泥化の問題というのは、二枚貝などの資源の問題を考えると非常に重要な問題だと思うのですが、それでもし可能であれば今後の作業の中で、今日、滝川先生が全体的な環境変化のメカニズムの中に書き込む形で整理しておられたのですが、もしできれば底質の泥化、あるいは有機質を多く含む細かい粒子が増えてきているという現象を取り出して、そのメカニズムのフロー図のようなものを別に整理をしていただければありがたいということが1つ。
 それから、今日もいろいろな情報が出てきたんですが、泥化の時間的な推移、起きている時間的な規模の問題、それから広がりですね。空間的な規模の問題について、もう少ししっかりとしたまとめをしていただければ、あとの資源の問題とつないでいくときに非常に助かるということで、その点をよろしくお願いしたい。

○須藤委員長 どうもありがとうございます。水産資源についてお願いをしているわけでございますが、今の泥化と広がりについて、今後どういうふうにこれを展開するかは滝川先生とご相談して、再度この部分について特化して、もしご説明いただけるのならしていただくということもあり得るかもしれませんし、事務局と、それから滝川先生……。

○滝川委員 潮流のワーキンググループでも今おっしゃったような視点で時間、空間、スケールの問題、そういったことを含めていろいろ議論をいただいているので、そのたたき台みたいなものは……。

○須藤委員長 出てからでいいですね。

○滝川委員 はい。

○須藤委員長 では、ワーキングでやったあとにもう一度。

○滝川委員 ワーキングで進めていただいていますのでそういったものを、今おっしゃったように細かくそこまで議論できるかどうかわかりませんが、全体としての泥化も含めた、河川からの土砂流入も含めた範囲での時間スケール、空間スケールの整理は一応今進めているというふうに申し上げてよろしいですね。そういう状況ですので、それを含めて。

○須藤委員長 わかりました。それを含めて、滝川先生にお願いするかどうかはともかくとして、やっておりますので、それでお願いするということにいたします。それでは、どうぞその他の議題で。

○環境省閉鎖性海域対策室長 今日はどうもありがとうございました。次回の評価委員会の日程ですが、今もご議論がありましたけれども、いろいろな作業の進捗状況を見ながら、委員長と相談の上、大体いつごろにできそうなのかというめどをつけたうえで、また先生方のご都合をお伺いして、それで決めていきたいと思います。現時点で具体的に何月何日ということではありませんが、そのようにさせていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

○須藤委員長 どうもありがとうございます。次回につきましては、今のような流動的な事情もございますので、そうそうずっとやらないというわけにもいきませんので、なるべくワーキングのほうも取りまとめのほうを、滝川先生、今そういうお話もありましたのでお願いをしたいと思います。全体的に何かここでご指摘はございますか。よろしいですか。
 それでは、本日ここで予定されたすべての議題を終了させていただきます。これにて第14回有明海・八代海総合調査評価委員会を閉会といたします。お疲れさまでございました。

午後5時15分 閉会

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