中央環境審議会地球環境部会 第16回 気候変動に関する国際戦略専門委員会議事録

開催日時

平成19年3月29日(月)10:00~12:00

開催場所

東海大学校友会館(朝日の間・東海の間)

出席委員

(委員長)

西岡 秀三

(委員)
明日香 壽川 太田 宏
甲斐沼 美紀子 蟹江 憲史
亀山 康子 工藤 拓毅
住 明正 高橋 一生

横田 洋三

米本 昌平

議題

  1. 狭義の「安全保障論」について
  2. 気候安全保障について
  3. その他

配付資料

資料1 狭義の「安全保障論」(太田委員提出資料)
資料2-1 委員からの意見提出について
資料2-2 委員からの意見の概要
資料2-3 「気候安全保障」に関する検討についての意見提出
参考1-1 本委員会における「気候安全保障」の検討の背景等
参考1-2 専門委員会の進め方

議事録

午前10時03分開会

○和田国際対策室長 それでは、定刻を若干過ぎて、米本先生と亀山先生はまだですが、時間も迫っておりますので、始めさせていただきたいと思います。
  気候変動に関する国際戦略専門委員会第16回会合、前回の「気候安全保障」の第2回目に当たりますが、早速開催させていただきたいと思います。
  本日は、高村委員、新澤委員、原沢委員、松橋委員、三村委員から欠席のご連絡をあらかじめていただいております。
  それでは、議事に入ります前に資料の確認をさせていただきたいと思います。
  最初は議事次第、いわゆる表紙一枚、それから、座席表がございます。それから、資料1はカラーのパワーポイントになっておりますが、太田先生から後ほどプレゼンテーションをいただこうと思っているものでございます。それから、資料2-1は、先般、委員の皆様方にご意見を伺う事前の調査という形でお配りさせていただいているものでございます。資料2-2は、裏表一枚紙でございます。それから、資料2-3は、いただきましたご意見をエクセルのシートにまとめたものでございます。それから、参考資1-1と参考1-2につきましては、前回の第1回委員会でもお配りしているものでございます。
  資料の不足等ございましたら、事務局までお申しつけいただければと思いますが、よろしいでしょうか。
  それでは、以後の議事進行につきまして、西岡委員長によろしくお願いしたいと思います。

○西岡委員長 皆さん、おはようございます。それでは会合を始めたいと思います。
  議事次第にございますように、きょうは三題ございますけれども、まず最初は、太田委員から狭義の「安全保障論」についてお話をいただき、その後、「気候安全保障」全般について皆さんのご意見を集約したいと考えております。
  本日は12時までの予定にしております。できる限りその時間内におさめたいと思っております。
  それでは、太田先生、よろしくお願いします。

○太田委員 おはようございます。僣越ですが、狭義の「安全保障」というところで、伝統的な安全保障の概念を中心に、安全保障とは何かということをお話したいと思います。私はもう少し広義に、あるいは、安全保障の再定義を主張したい方なんですけれども、きょうはあえて議題を絞っていきたいと思います。
  内容が配布資料と若干違います。きのう少し改訂をしたので、改訂版がご希望の方はネット上でとってもらえばいいと思いますが、とりあえず安全保障とは何かということを簡単に見ていって、狭義の安全保障ということで、伝統的な安全保障はリアリストの立場で見るということになりますので、リアリストの安全保障観を中心にお話して、ごくわずか、リベラルな安全保障観を紹介いたします。そして、まとめ、その後に蛇足として、冷戦後の安全保障と21世紀の予測というものを紹介して、9.11後の安全保障問題に少し触れると、そういう話であります。よろしくお願いします。
  きょうの話の歴史的な射程ということですけれども、安全保障の問題を話すときはプロポネス戦争から解くというのが恒例なんですが、そこまで話をする余裕がないので、きょうは近代国家設立以降の今の国際政治システムについてのお話。それの始原は、よく言われていますようにウェストファリアの和議、30年間の宗教戦争が終わった後出てきた神聖ローマ帝国に対抗するドイツの諸侯が外交権を獲得していく過程で、主権国家が誕生していくということですね。
  それから、フランス革命が起きて、主権在民という形ができてきて、ナポレオン戦争で、後に、戦後処理としてヨーロッパの協調システム、特にドイツ、ビスマルクのような傑出した外交官があらわれて、集団防衛網をつくっていくという勢力均衡というシステムができるということです。
  しかし、それが崩れて第一次世界大戦、さらに、国際連盟ということで集団安全保障体制ができていくんですけれども、まだ不備が多くありまして、経済的な複雑な関係もありますが、大恐慌も起こり、第二次世界大戦、そして、戦後、国際連合を中心とした集団安全保障体制ができていくと。
  そして、長い間冷戦が続くんですけれども、それが終わって、今日に至っていると。そういう流れです。
  それでは、安全保障とはどういう概念かということで、言葉の定義から簡単に話していきたいと思います。まず、安全ということで、いろいろ定義があるかもしれませんが、仮に不安や脅威のない状態というのが安全だと。脅威とは何か、『広辞苑』などを見てみますと、「威力によっておびやかしおどすこと」というのが脅威である。さらに、脅威というのはどういうものがあるかというと、客観的な脅威と物理的な損害を与えるような脅威。あるいは、主観的に脅しをしたり脅されたり、あるいは、脅し、脅威をどのように認識するか、あるいは、それを間違って認識するかという問題があると思います。さらに、「保障」という言葉、日本語の字義でいくと「城砦」とか「土塁」という意味がある。この2つ、安全保障。
  そう言われてもよくわからないので、次に紹介してあるのが、政治学者として含蓄のある言葉を残しているアーノルド・ウォルファーという人がいるんですが、彼の定義によると、「安全保障(security)」とは、客観的には獲得した価値に対する脅威の不在、主観的には獲得した価値が攻撃される恐怖の不在である。」と。これでもよくわからないということで、さらに具体的にいきますと、恐らくこれはだれも異論がないと思うんですけれども、多くの論者もこのように定義しています。「誰が、どのような価値を、どのような脅威から、どのように守るか」というのが安全保障の問題ではないかと。
  そうした視点に立って以下しばらく、狭義の「安全保障」ということで、リアリストの立場について見ていきたいと思います。
  これは軍事的な脅威に対する安全保障ということですが、「誰が」ということで、国・政府が中心になって何を守るかというのは、領土の保全、政治的独立、領土内の人民の生命と財産を、外敵の侵略的行為から、軍事的手段を含むあらゆる必要な手段によって守る。」と。これが俗に言う伝統的な安全保障です。
  次のスライドで、リアリストという人たちはどのような世界観を持っているかということですが、世界観によって安全保障の概念も違ってくるということです。まずリアリストの人から見ていきますと、世界民主主義はアナーキーであると。アナーキーというのは全く無秩序という意味よりは、むしろ国際社会には中央政府は存在していないという無政府な状態です。しかし、国際社会、あるいは、政治システムの構成員は対等の権利を持っていまして、主権国家からなる分権社会であるというのが一つのとらえ方。
  したがって、中央政府が国際社会に存在していないので、それぞれの国が自分たちで自分たちを守る必要があるということで、自助の体系であると。そうした状況を、これもよく引用されるんですけれども、トマス・ホッブスは自然状態というのが無政府の状態であると。要するに、秩序を強制するコウジの支配者は存在しない。したがって、世界は「万人に対する万人の闘争」であると。また、彼によればそのような世界における生はいやらくして残酷で短いものである、惨めなものであると言っています。これはリアリストの世界観です。
  脅威の源泉と、脅威をどのように使うか、あるいは、脅すとか、どういうふうに脅威を認識するかというところの話になります。脅威の源泉ということは、短期的脅威としては軍事力があると思います。ただ、日米の関係を見てみるとわかりますように、日本はアメリカを恐れているわけではないということで、ほかの要素もあるということです。あるいは、中国を日本が恐れるというのはどういうことなのかというと、長期的な脅威の源泉ということで、国の総合力、パワーということでハンス・モーゲンソーがパワーの中身をこのように構成要素ということで、領土、地理とか、人口、経済力、技術力、天然資源等の有形の要素、あるいは、政府の資質、外交能力、国民の政府に対する支持や愛国心、国家・国民の統合度、国民の人的資本(教育水準)という無形の要素からなるということです。
  そして、もう口走ってしまいましたが、ある国を脅威と感じるというのは、相手が攻撃してくるという脅威がある。あるいは、長期的・構造的な要素として、ある関係国の間に領土の問題があるとか、あるいは、国家の独立・分裂で社会的な不安、あるいは、政治不安の情勢が続いている。それがほかの国にも影響を与えるとか、あるいは、イデオロギー対立とか、エネルギー確保をめぐる紛争があるとか。さらに最近はそれに宗教・民族対立とか、人権を侵すとか、経済格差の問題とかいろいろな要素がからまってくるという非常に複雑な問題がある。
  それは長期的な構造ですね。日本と北朝鮮の関係を見てみると、長期的には脅威が認識されている。短期的には、今の例でいきますと、北朝鮮がテポドンを発射するとなってくると、急に脅威の意識が高まるという形の、短期的な脅威の認識もある。このような構造になります。
  さらに、複雑なのは、今、システム的なレベルで見てきましたが、中の構成単位というか、国家それぞれの行動というものがありまして、意思決定者がいるということで認識の問題が出てくると。基本的に無政府な国際社会になって、各国間の関係は戦略的相互依存関係(strategic interdependence)がある。これが基本的な考え方の一つでもあります。行為者AとBはお互いの行動によって各々の行動が左右される。ある国Aがある行動をとったら、Bがその行動にどう作用するか。Bの対応によってAが影響を受けるという形で、常に戦略的な相互依存関係にあるということです。
  そうしたものをよりゲーム理論を使ってわかりやすく説明しているのが、以下の囚人のディレンマとかチキンゲームとか鹿狩りゲームということです。これはアナーキーな国際政治状況における戦略的相互依存関係を簡単に認識するための一つのツールです。囚人のディレンマというのは皆さんご存じだと思うんですけれども、数字が大きいほど行為者A、Bにとって利益が高まるということです。その状況は皆さんご存じだと思いますが、本来ならサンサンということで協力すれば、お互いの犯罪について黙秘を行使すればより軽い刑で済むのに、お互いが独房で警察官に尋問されている、お互いが裏切るかもしれないということで、お互いが背信行為をするということで、ニバン、ニバンになってしまうと。自制的に考えれば考えるほど背信行為を起してしまうというのがこの問題のディレンマです。
  次にチキンゲームを簡単に紹介します。これは1960年のキューバ危機がよく例に出されるんですけれども、よく引用される話は、道路に両方から車で中央をめがけてすごい勢いで走ってくると。先に道を逸れた者が負けと、それはチキン、臆病者だということですね。これはキューバ危機のときに、旧ソ連がキューバにミサイルを配備したときに、ケネディ大統領がどういうふうに対応したかというのがよく話題に出る話です。
  さらに、鹿狩りゲームと言われていますけれども、インセンティブを高めればより協調を得やすいと。これは、腹を空かした狩人なり人々が牡鹿をやぶに追い込む。やぶから丸く太ったおいしそうなウサギが足元に飛びはねてくるので、そのウサギを追って輪をとくと、その輪の間隙をぬって鹿が逃げてしまう。協力すればおいしい鹿の肉がみんな食べられるのに、目先の利益に走ると、協調関係は崩れてしまうと、そういう事例です。
  それが戦略的相互依存関係とアナーキーな国際的な政治状況における様々な行為者の行動であります。
  さらに、安全保障を難しくするのは、安全保障のディレンマであります。これも有名な議論でありまして、ジョン・ハーツという人が70年代半ばに定義しています。ある国が純粋に防衛のために軍備拡張をしたとしても、その国を潜在的脅威と見なす国は脅威が増大したととってしまう。一方の安全を確保する行為が他方の不安をさらに駆り立てる。それが相乗効果でさらにまた悪くなってしまう、最悪の場合は悪のスパイラルにいってしまう、そういう安全保障のディレンマがある。
  そうした状況を回避する方法はいろいろあるんですけれども、その一例として、ジャービスが言っている攻撃と防御の峻別ということです。ちょっと見にくいんですけれども、安定している状況というのは、戦略的に防御・防衛態勢が攻撃態勢よりも優位である状況。そして、攻撃と防御、例えば武器体系がよくわかる状況が非常に安定している。ところが、攻撃戦力が優勢であって、攻撃と防御を発揮しないときは非常に危険であると。したがって、防御と攻撃のシステム体系をはっきりすればいい。もっと具体的に言いますと、日本の場合は空母を持たないということで、攻撃能力を持たないということで、日本が攻撃するような意思がないことを示すことができる。そういうような形です。
  さらに、最近言われているのが、同じジャービスですけれども、システム効果ということです。特に正・負のフィードバックということを強調しています。これはどういうことかというと、アクター間の基本的な関係である戦略的相互依存関係に立脚して、その上にお互いの行動や意図に対するパーセプション、ミスパーセプション、認識とか誤認がある。それが作用する。さらに、アクター間の相互作用が加わると。これらすべてのことが環境なり政治状況をつくる。その構造的な政治状況がアクターの行動に影響を与えるという、より複雑な関係です。
  具体的な例を1つご紹介しますと、朝鮮戦争で北朝鮮が南下してきた、それに対して国連旗を掲げた米軍が38度線以北に北朝鮮を押しやる。米国はさらに侵攻しようとすると中国人民解放軍が参戦してくるんですね。米軍は38度線以南に押し戻される。一応、北朝鮮側、中国が勝ったんですけれども、その過程でかなりの数の犠牲者を出している。さらに、北朝鮮と中国にとって被害になるのは、北朝鮮の脅威をアメリカは真剣に受け止めて、アメリカは軍備拡張政策をとって、NATOを強化していって、日本を含む各地域の軍事同盟を形成していくわけですね。
  しかし、この構造がさらにアメリカを戦略のわなに陥れるということで、アメリカはいろいろな軍事的なコミットメントをしていくわけです。そうすると、ベトナム戦争に代表されるように、各地のナショナリズムに起因する紛争にアメリカは介入していく。延々とこうしたコンテェンジェンシーが続いていくということが、ジャービスが言っているシステム・エフェクトという効果です。
  では、どうしたら安全保障を保つことができるかという手段と方法が今までいろいろ行われてきています。一番わかりやすいのが自衛力を強化するということです。ただ、これは問題で、すべての脅威に対処できるほどの自衛力を持つことはほとんど不可能。アメリカ一国がそれに近い状態ですけれども、各国政府はそれぞれ経済とか福祉に予算をつけ始めていますので、コストの問題が出てくる。これも単独ではできないということで、ではどうするか、同盟関係を結ぶ、次のオプションに加わるオプションですね。
  これも同盟のディレンマと言われています。特に日米関係を見たらわかりますように、常に日本はアメリカからコミットメントを得ようとしていろいろなことをするわけで、思いやり予算をつけたり、アメリカに基地を使用させる。そういう関係を強くすればするほど、アメリカの世界戦略が変更されるとアメリカの世界戦略に巻き込まれる危険性もあるということで、バランスをとるのが非常に難しいということです。
  では、ほかにはどうかというと、古い例でいくと集団防衛、各国に固有の権利があるとされている集団的自衛権をもとに同盟関係を結んでいく。過去の例でいきますと、そこに書いてありますように、ドイツとオーストリア・イタリアの三国同盟とか、露仏同盟、あるいは、三国協調などで、先ほど紹介したコンスタート・ビヨラップのような状況のときにこうした体制がとられる。
  その次に考えられるのが集団安全保障ということで、国際連盟、国際連合が発足してから、多国間協調主義による加盟国間の武力の使用の禁止を約束して、さらに加盟国に攻撃を加える国があれば集団的に強制的に武力行為を阻止する、あるいは排除する、そういう集団安全保障体制がとられています。
  これは国連憲章で、6章で平和的な紛争の解決、7章で経済制裁、軍事的な制裁を含む強制措置をとろうという手段体制がとれていますけれども、残念ながら実効性とか信頼性、あるいは、迅速な対応に欠けるということ。しかし、正統性はあるんですけれども、実際の運用上の問題があるということで、これだけにも頼れないというところで、日本の例を借りますと、ある程度の自衛力の整備をして、日米同盟関係を基軸にして、しかし対外的な介入に関しては国内の制約もありますが、国際的な多国間主義を基調にした集団安全保障をもある程度活用して、自国の安全を確保していこうという話だと思います。
  元に戻っていただいて、概念という段階で、実際の施策というところまで落ちてきていないと思いますが、総合安全保障という概念もあります。これは日本が特に優れていると思うんですが、そこにちょっと紹介しておきました。これはエネルギー危機とか食糧問題を抱えていますので、日本は早い時点から軍事的な手法だけに頼らず、経済的な手法も安全保障を考えていきている。
  これは大平総理のときに研究グループが提案したものです。そこに書いておきましたが、「安全保障とは、国民生活を様々な脅威から守ることである。そのための努力は、脅威そのものをなくすための、国際環境を全体的に好ましいものにする努力、脅威に対処する自助努力、およびその中間として、理念や利益を同じくする国々と連帯して安全を守り、国際環境を部分的に好ましいものにする努力、の三つのレベルから構成される。」と。
  主要目標としては、非常にわかりやすいと思うんですけれども、日本の領域を軍事的侵略から防衛すること、自由で開かれた国際秩序を維持すること、エネルギー安全保障を実現すること、食糧安全保障を実現すること、大地震などの大規模自然災害に対する対策を講ずること。
  手段としては、その次のスライドですけれども、日米同盟、最小限の自衛力を持つ、あるいは、主要なエネルギー諸国との関係を緊密化しておく。あるいは、代替エネルギー、新エネルギーを開発するとか、エネルギーの備蓄をする等々、こうした対策をとるということです。
  元のスライドに戻りまして、共通の安全保障という概念です。これは特に1970年代、ヨーロッパで偶発的な核戦争が起こる可能性を回避しようということで考え出されたもので、具体的には欧州安全保障協力会議というものに発展していきます。現在の欧州安全保障協力機構ですが、その中で共通の安全保障概念が、特にパウメニ報告ということで、このセキュリティという本の中で明確に定義されました。この中身ですが、脅威の誤認や、偶発的出来事をきっかけに意図する戦争が起こる可能性を認識し、戦略的相互依存の世界において生存を保障するもの、敵同士の間での協力の必要性を強調している。
  先ほどの話にも少し出てきましたが、防衛的防衛というものを強調して、敵同士が相互に先制攻撃の恐怖にさらされないように、お互いに保障しあうことが重要である。お互いが防衛力を高める一方で、挑発的な攻撃的兵器や軍事システムを配置しないことが必要である。これは防御有利の体制で防衛と攻撃の区別をはっきりしていくという、先ほどジャービスが言っていたような形の信頼醸成も含めて地域の紛争を回避していこうということですね。
  もう1つは、信頼醸成措置ということで、そこに具体的に書いておきましたが、軍事予算や軍隊の展開などの軍事情報の交換、大規模な軍事演習や部隊移動の事前通告、軍事演習へのオブザーバーの招聘、ホットラインの敷設など、こうした信頼醸成措置をとっていくと。
  その次にもう1つ、協調的安全保障というのがあるんですが、これはごく最近の議論で、1990年代に盛んに議論されていると。地域内で敵対する可能性のある国も含めて何らかの形で協力体制を敷いていこうと、紛争の芽を早めに摘んでいこうということです。万一、武力衝突が発生しても、何らかの形で規模を限定する枠組みをつくろうということで、この協調的安全保障の特徴としては、制度化された安全保障の対話、あるいは、安全保障に対する総合的アプローチということで、非軍事的な手段にも考慮するとして信頼醸成措置を実施する。
  最後に、もう一度戻っていただいて、人間の安全保障という概念があります。これは4つぐらいありまして、ショウジマリコ先生の議論を参考にしているわけですけれども、日本は2つ目の人間の安全保障委員会の安全保障の今日的課題ということで、UNDPの前の人間安全保障、人間開発報告書の考え方を踏襲して、様々な地球規模の危機ということで、人口増加、経済的機会の不公平、国際的な過度な人口移動、環境の悪化、麻薬生産、国際テロ等、各個人あるいは人々に対する脅威に対して対処していこうと。
  その下の2つはカナダの保護する責任ということで、大規模な人道的な侵害がある場合は、最後の手段として武力行使もしていこうじゃないかという、保護する責任を強調する考え方。最後のヨーロッパの一つの提案としては、テロリズム、大量破壊兵器の拡散、地域紛争、破綻国家、組織犯罪、こうした5つの安全保障の脅威を想定して、武力行使も辞さない。最終的には武力行使も行ってこうした脅威を回避していこうという考え方です。
  以上が安全保障の手段及び方法ということです。今まではリアリストの安全保障観ということで、安全保障の手段、方法等々のお話をしましましたが、リベラルの安全保障をごく簡単に紹介します。
  リベラルな人々は、国際政治は無政府だけれども、それほど脅威のあるものではなくて、人間関係を強化したり、契約を結んだりすることもできると。ジョン・ロックの考え方に従って、こうした世界観を持っている。そのほかにも、モンテスキューとかカント、ベンサム、ステュアート・ミルとか、20世紀で言えばウッドロー・ウィルソンが代表的な論者です。
  この考え方の主眼のもう一つは、フランス市民革命以降、国民が主権を有する国民国家時代になったので、国家の安全は、結局、市民の安全や幸福を守ることであるということに力点が置かれる。
  さらに、経済的相互依存関係は国際協調を促すということで、リアリストは余りにも紛争という局面を強調しすぎている、極限状態にとらわれすぎているのではないかと。
  さらに、ローゼクランスという人は、戦前の日本と戦後の日本を比べて見ろと、1903年代、大東亜共栄圏で軍事的な力を使って繁栄を追求したけれども、それはうまくいかなかった。しかし、戦後は平和的な手段、貿易立国ということで繁栄したじゃないかと。そういう論者もあります。
  さらに、先ほど紹介した総合安全保障で、軍事的あるいは非軍事的な手段の両方が必要であるということですね。
  さらに、リベラルな人の、統計的にも多少支持されているのが民主主義国家同士は戦争しないと、もちろん民主主義国家は一切戦争をしないというのではなくて、民主主義体制国家同士は戦争をしないという議論ですね。
  かなり飛ばしているところがありますので、わかりにくいことがあったかもしれませんが、簡単なまとめが次の表です。今言ったことのまとめですが、後で見てもらえばいいと思います。
  最後に、蛇足というところで、冷戦後の安全保障問題と21世紀の予測ということで、次のスライドをお願いします。
  日米超大国の対立が終わって、新しい秩序は確かにできた。それかどういう秩序かというのはまだ確定していませんけれども、そういうものができた。論者によっては多極構造、EUとか中国、アメリカ、日本も入ってくると思うんですけれども、多極構造になっている。あるいは、一極覇権国家主義、あるいは、帝国主義的なアメリカの圧倒的な力を強調する論者もある。
ヨーロッパのシステムの歴史的な研究から多極構造がより安定する世界システムを導くのか、あるいは、二極化、一極化という議論があって、どちらがどちらとも結論は出ないんですけれども、そういう議論がある。
  よく"バランス・オブ・パワー"ということが言われますが、これは非常に曖昧な概念で、あるときは状態を描写することに使われたり、あるときは政策目標に使われたりということで、この概念自体が非常に曖昧であるということを一言つけ加えておきたいと思います。冷戦後、変わらないものは残念ながら世界政府の核という状況で、無政府の状態というのは変わらないということですね。
  その次の表は、ちょっと見にくいと思いますが、モデンスキー、トンプソンという人たちが主要な国際政治論者の議論をまとめたもので、真ん中にモデンスキー、トンプソン、中庸的な考えがあって、左の方にいくとケネス・ウォルツという人がネオリアリストと言われていて、リアリストの等動的な議論をする人で、21世紀のイメージとしては核の多極体制、主たるモデルの推進力としては勢力均衡、"バンドワゴン"、勝ち馬に乗るアナーキーな国際社会における自助の体系であるという形で今までもリアリストの議論を展開している。
  ハンディントンは、文明の衝突ということで、文化的な親近性というのが大きな推進力で、世界は地域、文化の分裂状態を引き起こすというところですね。
  さらに、ケネディという人が人口の増加とか環境の劣化、あるいは、世界の不平等、富の不平等というところを編集しながら将来を予測している。
  福山という人は歴史の終焉ということで、民主主義のイデオロギーが勝ったというところですね。
  ワラー・シュタインというのは、批判的な論者としては構造的な議論をする人で、マルクス・レーニン主義的な見方により近い人ですけれども、主たるモデルの推進としては資本蓄積、不均衡な発展ということが大きな不安定要因になると。グローバルな問題としては、福祉、プロレタリア化、環境問題という形であります。
  時間がないので詳しく説明できません。
  最後のスライドは、9.11後の安全保障ということです。この意味は何か、いろいろな議論があると思いますが、ごく簡単に言いますと、大国でも自国に対するテロ行為を妨げられないということがわかったと。しかし、9.11が国際政治システムを変えたかというとそうではないですね。
  もう1つの問題点は、この9.11後、アメリカの現政権が採用している先制攻撃というのは曖昧な概念で、非常に危険な概念であるということを最後に指摘しておきたいと思います。普通は、先制攻撃というと相手の出方とは関係なく、予防的に先制攻撃すること。というのは、相手が攻撃してくる前に攻撃するという従来の先制攻撃は異なる。もう一度言いますと、相手の出方とは関係なく予防的に先制攻撃するということが、ブッシュドクトリンと言われているものですけれども、それは従来の相手が攻撃してくる前に攻撃するという先制攻撃とはやや異なって、その妥当性に疑問があると。
  その次に、軍隊による軍事行動はある程度予測可能ですけれども、テロの目標、テロの手段は無限にありますから、それに対して先手を打つことはほとんど不可能に近い。さらに、テロに対するグローバルな戦争というふうに言っていますけれども、テロリストは世界を相手にテロを行っているわけではなくて、それぞれの紛争の文脈における敵と戦っているわけです。したがって、世界的なテロ戦争を仕掛けるのは無意味ではないかというところで、ブッシュドクトリンと言われている先制攻撃、先制防衛攻撃とも言われますけれども、その4点の問題点を指摘しておきたいと思います。
  以上、皆さんのお手元の資料に若干補足説明を加えたところもありますので、きょう報告した資料を希望される方はネット上で配布してもらえばいいと思いまして、わざわざ印刷されると紙がもったいないと思いますので、よろしくお願いします。
  ちょっと時間をオーバーしてしまいましたが、以上で報告を終わります。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  太田委員の発表に関しまして、質問がありましたら、お聞きしたいと思いますが、この後すぐにこの狭義の「安全保障」論、あるいは、気候変動の安全保障論につきまして論議したいと思っておりますので、質問ということでございましたら、どうぞ。
  どうぞ、工藤さん。

○工藤委員 ありがとうございます。非常に興味深く伺わせていただきました。2点ほど教えていただければと思います。
  日本の総合安全保障の概念というところのご説明があって、トーンからすると非常にユニークと言いますか、日本として独自にいろいろ考えているというふうにうかがえたんですが、ここで書いている安全保障とは、第一義的に国民生活をまず考えて、そこから国際的な様々な取組みを、国民生活のリスク回避を前提として云々という書き方、それから、取組みの構成要素というのは、いろいろなことをやっていって、初めて国民生活が守られるんですねと、この日本の考え方というのは、例えば欧米の常識、この問題に対する考え方、それから、世界的な現実ということから考えたときに、ある意味、近いものなのか、非常にユニークなものなのか、その辺の評価というのは国際政治上どうなのかということが1点。
  それから、「国民生活を第一義」と書くというのは、国際的に取組みをしなければいけないけれども、持続性ということを考えると、まず自国益というのがあって、そこからさらにグローバルな益を考えていくことで、国際的な持続性が維持できると、そういう解釈でいいのかどうか。その辺をお伺いできればと思います。

○太田委員 まず2点目からですけれども、今、おっしゃったとおりだと思います。どこの国も自国の利益をまず第一に考えて、それがどこまでほかの国々の利益を阻害しなくて追求できるかと。外交はその調整の場になると思いますので、まずナショナル・インタレストを追求して、それがどこまで認められるか。しかも、そのナショナル・インタレストというのは、世界的な利益をある程度認識した上で構成されれば一番受け入れやすいということだと思いますけれども、とりあえずヨーロッパもアメリカも、日本もそうだと思いますけれども、自国の認知はそこからから始まっていくと思います。
  それから、第1点目ですが、70年代の後半から80年代の前半に日本はコンプフェイシブ・セキュリティという概念を出しました。その当時の一般的な反応は、総論賛成、各論はちょっと待てという感じで、各論的には軍事が先ではないかと。冷戦の時代ですから。私もたまたまこういう議論をセミナーでアメリカ人の学生と、先生も含めて議論をしたんですけれども、総論は賛成してくれました。しかし、ソ連とかいろいろな脅威を考えたり、核の脅威を考えたり、経済的な競争を考えると、各論は難しいよねという話でした。
  ただ、現在の文脈でいくと、この概念は、ヨーロッパなどは積極的に取り入れていくのではないかと思います。実際どうかと言われると、最近ヨーロッパのこの考えに対する論文とか本を読んだことがないのでわかりませんけれども、ヨーロッパは日本のこの考えに近い、あるいは、共鳴するということがあると思います。アメリカもこの前のブッシュの年次教書の演説を聞いていると、アメリカはオイル中毒になっているから、それを回避する必要があるというこけとで、種々の国際的な状況から制約を受けても仕方がないということになってきていると思います。ただ、この概念に関しては、現在どういうふうな解釈をしているかわかりません。

○西岡委員長 ほかにございましょうか。

○明日香委員 すみません、風邪を引いているので声があまり出ないんですが。今の質問にも関連すると思うんですが、どちらかというと今までの安全保障というのは国民・国家ということだったと思うんですけれども、日本に関しては人間の安全保障というのを盛り上げようとしているという認識でして、それは国民・国家の枠を壊すようなことになると思うんですね、論理的には。だから、日本としてもそっちの方向にある程度動きつつあるという認識でよろしいんでしょうか。

○太田委員 これは横田先生にお聞きした方が早いかと思うんですけれども、いろいろな人道的な侵害に対して破綻国家等々はむしろその原因になっているということで、国際社会がそうした人道的な被害に苦しむ人に対してどう対処するかという話が人間安全保障の核心的なことであります。ただ、国家あるいは国民という枠組みを全然取っ払ってという話にはならないかなという気がします。
  そういう話が出るには、仮に世界連邦政府が設立されたらそういったことになるかもしれない、各国は各地域になるという形になれば、国民・国家という枠が外れると思うんですけれども、現状は残念ながら主権国家の体制があるので、国として領土内の人々の安全をまず確保するというのが第一で、余裕があるところは国際的に破綻している地域なり国家に救いの手を差し伸べると、そういう感じになるのかなという気はします。理想は、国境がなくなってグローバルなシチズンが誕生して、連邦政府的なものができれば、国家の枠は外れると思いますけれども、今のところそこまではいってないし、いつになるかというのも長期的にはまだ難しいかなという予測を私はしています。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  質問、あるいは、横田委員、何かつけ加えることがありましたら、よろしくお願いします。

○横田委員 今、太田委員がおっしゃったこととほとんど同じなんですけれども、第二次大戦後、確かにいわゆる主権国家だけをアクターとする国際関係の構図、これが強化される部分もありますけれども、崩れてきている部分もあって、実態としては徐々に人や企業、汚染もそうですけれども、国境を越えてどんどん移動するようになってきましたから、好むと好まざるとにかかわらず、国家だけでは対応できない問題も出てきています。そういう点で、国家が戸惑っているというか、対応できないのでどうしようと迷っている、そういう部分があるんです。
  ただ、その現象だけに着目して、国家というのはだんだん役割が少なくなってきて、国家主権なんていうのは古いといって、国家の役割が将来なくなっていくかのような展望を持つのは明らかに間違っていて、現実には最終的には国家の軍事力や経済力、政治力を含めた、国家の力というものの果たす役割は依然として今日国際社会で大きいという認識はあるんですね。ですから、現状をどうとらえるかといったら、国家のみでは対応できない問題がたくさん出てきていると。
  しかし、最終的には国家が何らかの形で重要な役割を果たさなければ、それらの問題についても対応できないという認識で、どこまで国家にやらせるか、どこから先はいろいろな行為主体ですね、企業とか個人、あるいは、国連のような国際機構に、国家が果たせない役割を果たさせるかというところの議論が、個別に環境とか、安全保障もそうですけれども、経済関係とか、そういうところで議論が展開しているというのが今の状況だと認識しています。
  太田先生と大体同じ考えです。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  よろしゅうございますか。
  はい、どうぞ。

○高橋委員 今の二人に一点だけ補足しておいた方が、これからの議論に関係してくるのではないかと思いますので、加えておきます。世界の200近くある国、その世界の状況というのは、安全保障という側面から見ると3つに大きく変わってきているんですね。それとの関係で、セキュリティの問題、ひいてはクライム・セキュリティの問題を考えていく必要があると思います。
  1つは、40カ国前後、これはOECD諸国プラスアルファなんですが、歴史上初めていわゆる安全保障共同体、セキュリティ・コミュニティというのが形成されてきました。これらの国の間では戦争は恐らく起こらないという状況、かつ、国内、多少荒れたりしても、内戦には至らない。これが一つのカテゴリーで、ヨーロッパ、北米、日本等々を中心として40カ国ぐらいがこれにあたると思います。
  2つ目は疑似安全保障共同体。これが2つの地域で形成されてきています。1つは東南アジア諸国、もう1つはラテンアメリカ諸国。ここでは戦争が起こる蓋然性はどんどん低まってきている。また、国内で動乱が起こる蓋然性もある程度低くなってきている。こういう状況が出てきています。この2つの地域、東南アジア諸国及びラテンアメリカ諸国、ラテンアメリカ諸国全部ではありませんが、そのかなりの部分、ここも国の数で言いますと、40カ国前後ということになります。
  この2つの疑似安全保障共同体をどのように安全保障共同体として世界で拡大していくか、これは21世紀の大きな課題になっていきます。こういう国との安全保障の側面がどんどん重要になってくると思います。古典的には今まで開発協力というものの対象だったんですが、安全保障共同体の形成、そのための国際協力に重点が移っていくと思います。
  3つ目にはその他。これは動乱の地域です。"タービラントゾーン"と私は命名しておりますが、特に大きな動乱の地域、"グレートタービラントゾーン"と呼んでおりますのは、ユーラシア大陸の北東部から中央アジア、中近東、南の方へいきましてアフリカ、この地域は脆弱国家、国家そのものが非常にあやしくやってきている。こういう国が非常に多くて、国家そのものの内部崩壊と近隣諸国との地域紛争が連携しやすくなってきていく。ここでは人間のおぞましい諸悪すべてが集中しているような状況があります。
  ここに対してどういうふうにするのか、これが非常に大きな国際社会がこれから集中して取り組んでいかなくてはならないテーマになってきていると思います。そこでは、いわゆる脆弱国家、"バルネラブルステーツ"、こういうところでは国を越えて云々というよりも、国家を強くしていかなくてはならない、国を強くしていかなくてはならない、ガバナンスを強化していかなくてはならない。
  その"バルネラブルステーツ"というのが"フェーリングステーツ"、おかしくなってくる国になっていくのをどうやって防ぐか。その"フェーリングステーツ"というのは多くの場合、内戦を伴うわけですが、それがやがては"フェールドステーツ"になることをどうやって防いでいくか。バルネラブルステーツ、フェーリングステーツ、フェールドステーツというのがかたまっている120カ国前後の国に対してどうするか。それが世界全体にいろいろな形で、例えばテロという形で世界的な課題になってきている。それが、私も国際関係論を講義する最初の何週間か、概要をお話しますが、先ほど太田先生は見事にまとめていただいた今日的な課題として出てきていると思います。
  以上です。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  それでは、そろそろ次の議題に移りまして、その中でまた議論いただきたいと思います。
  委員から意見の提出がございまして、それについて和田国際対策室長からご説明いただきたいと思います。

○和田国際対策室長 それでは、お手元の資料2-1からご説明をさせていただきたいと思います。こちらは、既に送付させていただいてご意見を伺っているところでございますが、どのような設問になっているかということと、前回の議論がどういうポイントだったのかということがございますので、資料2-1からと思っています。
  資料2-1の最初のページでございますけれども、事務局からお聞きさせていただいたのは、全部で6問ございますが、最初の問いが「我が国にとって、「気候安全保障」の議論を進めるねらいは何か」ということでございます。ハイポリティクス化とか、対米とか、前回もいろいろご意見があったところでございます。
  2点目が、「我が国が「気候安全保障」を使うことにより、どのような波及効果や功罪があるか」ということでございます。
  次のページにまいりまして、設問の3点目が「「気候安全保障」の文脈から着目すべき脅威は何か」ということでございます。これも幾つか既に前回ご議論があったところでございますけれども、3点目に入れています。
  それから、この脅威にどう取り組むのかといった点です。
  設問の(1)から(4)の部分につきましては、前回もかなりご意見をいただいたかなと思っております。
  さらに加えまして、詳細にご議論いただければと思っておりますが、5点目が「従来の安全保障概念と対比して留意すべき点は何か」といった点。
  次のページにまいりまして、設問の6が「気候変動を安全保障として位置付けるための要件」をお聞きさせていただいております。
  前回の議論の中で、特にポイントとなる部分を、(参考)というところでつけさせていただきましたが、ごくポイントだけ紹介させていただきます。
  冷戦、温暖化のキーワードで少しご紹介をして、アナロジーがあるでしょうということで、脅威が地球大とか、各国の経済政策と連動とか、脅威の実態の確認が困難、という点で共通点があると。それから、温暖対策とエネルギー安全保障、知的所有権などを同時に実現するような点に留意と。それから、「気候安全保障」は米国向けの戦略として使うものとしてはっきり特定すべきといったようなご意見もございました。それから、安全保障の議論は「仮想敵」を想定するところから始まって、その辺の整理が必要ではないかという点がございました。
  それから、アジアではエネルギーの文脈の方が重要で効果的だといった点。
  それから、最後のページになりますけれども、「気候安全保障」を使って説得すべき相手の特定という観点が重要であるということもございます。最後のところでは、日本にとってのインプリケーションを明確にすることが必要といった観点。特に海面上昇というのは、島というか、一国丸々影響を受けるような問題でもあるので、安全保障もその問題に該当するのではないかといった点もございました。
  このような議論を受けまして、先生方から網羅的に(1)から(6)についてご意見をいただいたところでございます。ポイントを整理させていただきましたのが、資料2-2でございますので、こちらを中心に説明させていただきたいと思います。なお、この資料とは別に、数ページにわたっておりますが、資料2-3で、先生方からいただきましたご意見を、設問別にカット・アンド・ペーストとは言ってはあれですが、順番を入れ替えさせていただいて、原データのまま載させていただいているのが資料2-3でございます。私からは、ポイントをご紹介させていただきたいと思っておりますので、お手元の資料2-2をごらんいただきたいと思います。
  委員の皆様方からの意見の概要ということで、1点目の我が国にとって、「気候安全保障」の議論を進めるねらいは何かというところでございます。政治的現実との乖離を埋めるためのブリッジ役といった点が挙げられていたり、温暖化問題をハイポリティクス化することによって状況は危機的であるということを広く理解してもらうといった点。それから、各国が主要議題としていることもあるので、乗り遅れないためにという意味も込めて、対等の外交ポジションを取るためというねらい。それから、企業や市民、社会、さらには一般の消費者の積極的な参加を確保するといった点。それから、国際協力体制の形成もひとつのねらいかといったご意見をいただいております。
  2点目の「気候安全保障」を扱うことによってどのような波及効果や功罪があるのかといった点では、米国国内の気候変動問題の優先順位を上げることができる可能性があるということ。それから、これは米国に限ったということではなくて、すべての国に対して気候変動の問題に関する国際交渉の場の参加への促進要因となるといった観点。それから、エネルギー問題なども含めてということですが、包括してアジアにおける地域安全保障につなげていくといった波及効果もあるのではないかということでございます。
  それから、「気候安全保障」というのは、先ほど太田先生のご説明にもございましたけれども、人間安全保障との相性がよく、相乗効果があるのではないかといった点。一方で、適応について言えば、途上国の資金的な要求に根拠を与える恐れがあるといったご意見をいただいております。それから、日本は先進国としてより一層の義務を負う覚悟が必要。さらには、国連安保理事国入り問題にもプラスに働くのではないかといった点。それから、国防の安全保障との関連づけの明示が必要となるとか、温暖化問題の外交上の格上げといったこと。これは先ほどのハイポリティクス化ということと同義になる面もあろうかと思います。
  設問の3点目が、「気候安全保障」の文脈から着目すべき脅威は何かということでございます。包括的に「危険なレベルの温暖化」と考えられる影響がすべて脅威にあたるのではないか。IPCCで挙げられている脅威がすべて包括的に該当するのではないかということかと思います。中でも、特に先進国ではインフラの損害、疫病、それぞれの気候下での文明の崩壊といった点も挙げられております。それから、途上国をハイライトしますと、一次産品の不安定化、貧困へのダメージ、環境難民の発生といったご意見もいただいているところでございます。
  2ページ目にまいりまして、日本にハイライトしますと、資源小国でもありますので、資源・食糧の国際依存の高さからくるマイナス影響、それから、海面上昇に伴う物理的なマイナスインパクト。それから、マラリア蚊などの増加によるインパクト。それから、先ほども話題に上りましたが、小島嶼国やアフリカなどの紛争エスカレートの可能性といった観点。それから、海面上昇、これは先ほど出ましたが。特に日本は個々の人間の生活にとっての脅威といった点に焦点をあてる必要があるといったことでございます。
  これらの脅威にどう取り組むのかといった点につきましては、多くのご意見をいただいておりますが、このぐらいに集約されるかなということで、少し短めにしております。まずは、緩和策と適応策の両方がハイライトされる必要があるのではないか。それから、国内の省資源・省エネルギー体制を強固にしておく必要がある。さらには、国と国と間の国際協力体制を強化する必要があるといった点。
  5番が従来の安全保障概念と対比して留意すべき点は何かといったところで、まずは、きょう太田先生のプレゼンテーションにもございましたけれども、伝統的な安全保障の内容が、伝統的というのはいつも少し変化が見られるわけでございますが、その中で「気候安全保障」の位置付けをどう置くかということに留意する必要があると。それから、安全保障の対象をどこまで広げるかということについて説明を問われることになるだろうと。それから、先ほど来軍事的な観点での安全保障が上がっておりましたけれども、その軍事的な観点と気候変動の安全保障についての共通点、相違点を明確にしておく必要があるのではないかといった点。
  それから、気候変動問題の国家安全保障への影響ということについては周知する必要があるのではないか。それから、温暖化対策がエネルギー安全保障とか人間安全保障に与えるプラスの影響というものがもう少し強調されるべきである。それから、気候変動の問題は、被害者の視点が忘れられる可能性があるといった点についても留意が必要と。一方では、相手国が内政干渉と感じるとことを招かないような表現にもっていくべきだと。
  最後に、気候変動を安全保障として位置付けるための要件についてどう考えるべきか。こちらもかなり幅広くご意見をいただいておりますけれども、大きく集約しますと、気候変動が生命の存続にかかわる脅威であるという共通認識が醸成されることが必要だと。それから、具体的な被害の内容の想定と、その状況の共有が重要ではないかと、こういった点に集約してご意見を紹介させていただきました。
  まだ幾つか漏れがあったりすることはあろうかと思いますが、まずはこのポイントを中心に、さらに追加的に、さらには深くご意見をいただければありがたいと思っております。
  私からは以上でございます。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  先回のプレゼンテーション及び議論に基づいて項目を幾つか出して、それに基づいて皆さんのご意見をいただいたというところかと思います。
  委員のお話をさっと見せていただきますと、「気候安全保障」という形でこの問題を取り上げることの意味はどういうところにあるのだろうかというあたりがまず第一段階ではないかなと思っておりますが、それにつきましては、(1)、(2)、(3)、(4)のあたりで論議されているのかなと思っております。それから、そういう取り組みで得るところがある、あるいは、それは効果的な枠組みであるということでしたら、「気候安全保障」というものを、例えば(5)とか(6)でどういう点について留意するべきであろうかという、やや具体的な論点が出てきているのではないかなと思っております。
  そういうわけで、個別に入る前に、我が国にとって、例えば設問の(1)ですけれども、「気候安全保障」の論議を進める議論は一体何だろうかと。皆さんから幾つかいただいております。それから、その「気候安全保障」を使うことによりどのような波及効果、メリット、デメリットがあるか。「気候安全保障」の文脈から着目すべき脅威は何か。そして、4番目が、どういう形でこの安全保障に取り組んだのかという話があります。このあたりについてはかなりご意見も出ておりますが、さらにつけ加える、あるいは、違う観点から、ご意見がございましたら、まず軽くいただきたいと。それから、そのフレームを使えるということを前提にして、次の(5)、(6)に移っていきたいなと思っております。
  そういうことで進めたいと思っておりますけれども、いかがでしょうか。(1)から(4)、すなわち全体として気候の問題を、「気候安全保障」という枠組みでとらえることの是非と言いましょうか、メリットと言いましょうか、そういうことについてどうお考えでしょうか。ここで幾つか書かれているとは思いますけれども、ご意見いただければ。
  どなたかございませんでしょうか。はい、住委員。

○住委員 ここでも表現があるんですが、「生命の存続を脅かす」という書き方をするんですけれども、これはあまりいい表現ではないと僕は思います。こういうことを言うとどういうイメージを持つかというところがあって、例えば核みたいなものは生命に及ぼすんですけれども、気候変動の場合は、半分の人が死んでくれれば、あと半分で生きていけるということは十分あるのでね。そういうところは、今つくり上げている現在の社会システムが崩壊するよということはあると思うので、その部分を強調した方がいいと思うんです。
  それから、温暖化すると非常に危険になるけれども、今は安全なんだというロジックになっているような気がするんです。現在でも例えば災害などはばんばん起きているわけですよ。だから、今のインフラとかいろいろなものが不適合になって、コストダウンになるといろいろなことが起きますというのは正しいし、それによって社会にストレスがかかるから、何とかしなければだめなんだというのはそうなんだけれども、今は非常にいい状況で、温暖化すると悪くなるみたいなロジックになると非常に困るなという感じを持っています。
  そういう点では、まず皆さんに、今の状況が相対的にいいものであるとすれば、これを維持するためには、地球温暖化というのは物理的な基盤を変えるような状況になるので、それに対しては、スタンレポートみたいに、遅れれば遅れるほどコストはかかってきますよと。そのために何とかしなければだめだというロジックの方がいいと僕は思っています。

○西岡委員長 亀山委員、お願いします。

○亀山委員 私は(3)の脅威は何かというところから話を始めたいと思います。脅威自体はここに挙げられているのでいいと思うんですが、何で「脅威」という言葉を使うかという点について、安全保障の話をすると必ず「脅威」、英語で"スレット"という言葉を使うんですね。きょう国際政治学の日本で一番有名な先生が来られていますので、間違っていたら直していただきたいんですけれども、"デンジャー"でもないし"クライシス"でもないし、"リスク"でもないし、"スレット"という言葉をいつも使うんだろうと。
  そのヒントが先ほどの太田先生のスライドの4ページ目にあるんですが、客観的な脅威と主観的な脅威というふうに書かれているんですね。つまり、ほかの言葉を使うと、客観的に本当に攻めてくるとか、「リスク」だったら確率が何パーセントだというのがわかっていないといけないんですが、「脅威」という言葉を単に主観的に私たちが怖いと感じる、その認識が十分にあれば行動を起こす正当性が出てくるんですね。
  軍事的な安全保障で考えてみますと、「仮想敵国」が軍事力を持っているということと、その軍事力を使って我々を攻めてくるということに対して、国内で本当に因果関係はあるのかとか、隣の国でミサイルの実験が行われたというと、本当にミサイルはうちに向かって撃ってくるのか、撃ってくる確率は何パーセントなのとか、撃ってきた場合に日本の被害額はGDPロスで何パーセントで、現在価値に割り戻すときの割引率は幾らと使うのかとか、そういう議論をだれもしないですよね。単に「仮想敵国」というのがあって、我々がそれに対して脅威を感じているだけで、大量のお金を防衛費に注ぎ込むことに対して正当性が出てくるんですね。
  ですので、気候変動の問題も、気候変動で環境問題として話している間は、これは単なる影響なんですけれども、気候変動と安全保障を結びつけることによって、単なる影響から脅威という言葉に変換することによって、この影響は本当に温暖化による影響なのかという議論なしに、こうなってほしくないと思う気持ちが日本国民に十分あれば、日本政府は対策に対して行動を起こすことができるというふうに考えられるのではないかと思います。ですので、最終的にはこのねらいという(1)の場合に戻ってくるんだと思うんです。
  以上です。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  蟹江委員。

○蟹江委員 今の亀山さんのご発言をフォローする形で始めたいんですけれども、脅威に対するとらえ方というのは、この「気候安全保障」に関して2つあるのかなと思うんです。1つは、従来型の、先ほど太田先生にプレゼンいただいたような軍事安全保障への気候変動に関する安全保障のインパクトということで、どこかに意見があったんと思うんですけれども、気候の問題が起きてくると、移民が起きてきて、そこでまた新たな軍事的な対立が起きてくるとか、そういう直接的な軍事的安全保障への影響が1つ。もう1つは、気候変動問題、特殊のインパクトと安全保障の問題。これは例えばツバルのような小島嶼国が沈んでしまうとか。そういう2つの安全保障上の脅威があると思いますので、その2つは恐らく異なる文脈でとらえなければいけないのかなと思うので、その辺の区別がひとつ明確にしておく必要があるのかなということを、今、亀山さんのお話を伺いながら考えました。
  もう1つは、従来の安全保障の問題で落ちている視点と言いますか、欠落しているのが、どちらかというと安全保障の問題というと大国にばかり目がいってしまって、大きな国でのバランス・オブ・パワーというところに目がいってしまいますけれども、その影に隠れて中小国というのがいて、安全保障を成り立たせるためには中小国、フォロアーというような言い方をしますけれども、リーダーとフォロアーというふうに分けると、つき添っていく、後からついていくような者の立場というのも非常に重要になってくると。それは冷戦時代の安全保障でもそうですけれども、特に冷戦の構造が崩れた今の安全保障では、なおさらそのフォロアーの立場というのは重要なのではないかなという感じがしています。
  これを気候変動の話に置き換えて考えますと、安全保障の概念、エネルギー安全保障とか、資源安全保障とかいう概念があって、そういう中でなぜ気候変動の安全保障かということを考えると、エネルギーとか資源の安全保障というのは、どちらかというと大国にフォーカスを当てて、持つ者、持たざる者があって、持つ者の間での力のバランスあるいは安全を考えようということだと思うんですけれども、気候変動というふうにしてくると、逆に弱者と言いますか、沈み行く国々をどうするかとか、そういう観点が入ってくると思うんですので、大国、小国という文脈で考えても、気候の安全保障という考えの中には、より小さなもの、より脆弱なところに目を配るという意味で非常に重要なのではないのかなと思います。

○西岡委員長 甲斐沼委員、お願いします。

○甲斐沼委員 先にエネルギー安全保障があって温暖化への対策を検討するということは最近よく聞きます。この中で日本では、何十年か先には化石燃料が使えなくなるから排出量は減るというような、ちょっと乱暴かなと思うような意見もありますが、全体の資源量と温暖化の関係も論点になると思います。
  それから、私も住先生の意見に賛成で、「生命の存続にかかわる脅威」というところで、以前、タイプ1とタイプ2の影響というのをご紹介いただいた中で、破局的状況になると、資源を早急に使い、破局的状況を加速することも考えられるので、その辺の論点を入れて、整理していただければいいのかなと思いました。
  これは、今回の話題と直性関係ないですが、UNEPでGEO4とう環境報告書を出しています。その中で4つの将来シナリオを検討しています。その1つにセキュリティ・ファーストというシナリオがあります。なぜセキュリティという名前を使うのかいろいろ人に聞きましたが、わからないまま今にきています。もともと城砦シナリオというか、各国が多元化して、いろいろな紛争というか、経済がうまくいかないというようなシナリオですが、そのシナリオの名前がセキュリティ・ファーストと呼ばれています。
  外国の方に聞いてみたら、セキュリティ・ファーストというのは国を守るシナリオで、自分の国の貿易とかも世界全体を考えるよりも、国を守るシナリオなので、城砦シナリオというのは、むしろセキュリティ・ファーストというネーミングがぴったりすると。その辺のセキュリティという言葉の使い方は、私にはいまだによく理解できていないところがありますので、そういうところを教えていただければと思います。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  それでは、米本委員、どうぞ。

○米本委員 最後の「留意すべき点」というところは後で切り分けてディスカッションというご示唆かと思いますけれども、一度に申し上げてしまいますと、日本というのは自分の分を考えて国際政治上はクライメート・セキュリティというのは少し控えめに発言した方がいい、要するにセキュリティという言葉は国の安全保障というイメージが強いので、G7やG8のところで、アジェンダとして出てくるから、日本も同じポジショニングをするというのでは、日本の明確な態度を一貫してアナウンスメントしないといけないと思いますけれども、それ以上のことは言わない方がいいのではないかと思っています。
  先ほどスレットという概念のコメントがあって、私も全くそのとおりだと思うんですけれども、人間というのはばかなもので、科学技術というのは重大な脅威が出てきたときに動員する。残念ながら人間が最大に科学技術を動員してしまったのは軍事であり、冷戦であり、冷戦に伴って巨大な宇宙開発をやって、コンピュータを開発して、情報社会をつくったわけです。これは私の持論なんですけれども、軍事の意味の伝統的な安全保障というのは悪性の脅威で、温暖化を脅威と認定するのは良性の脅威である。ですから、客観的なというよりは、主体的に脅威を発見するわけです。伝統的な軍事の脅威はこれで力を入れれば入れるほど、後世代に残るのは核兵器と戦車ですけれども、地球温暖化を脅威と見なして、こちらに資源なりリソースを過剰に踏み込めば、後世代に残るのは省エネ・公害防止投資のアセットですので、こちらに過剰に力点を置くということを日本が立場として主張するのはいいと思います。
  その場合、「セキュリティ」という言葉を使ってもいいんですけれども、それ以上のことはあまり言わない方がいい。日本は70年代にオイルショックを受けて、世界の経済行動の常識から外れて、過剰というか、常識的な企業活動よりもさらに踏み込んで省エネ・公害防止をやりましたので、人間の心証を長期に考えれば、温暖化は大変でこれを共通の脅威にしようと。しかも、これは良性の脅威だから本気になって取り組もうというメッセージを日本が出すと。それを「セキュリティ」という言葉を使ってもいいと思うんです。
  第2番目には、ただし日本は地勢学的にいうとアジアの中で孤独な超先進国ですので、対中国に対して日本が軍備をもっと省エネに回せというようなメッセージを明確にこの言葉によって中国が受け取るということになると、それは短期的には問題だと思いますので、対中国に対しては3つのE、エンバイロメントとエネルギー安全保障と知的所有権、中国も最低このくらいは考えておかないといけない。それに加えて「セキュリティ」という言葉をあえて権利小国に向かって日本はむしろ言わない方がいい。G7のところでは対等にしゃべるけれども、幸か不幸か日本はアジアの一国で、しかも一国だけ超先進国ですので、アジアに対する言葉遣いとしては、「セキュリティ」という言葉はむしろ控えめにした方がいいのではないかと思います。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  では、横田委員。

○横田委員 高橋さんの方が先だったんですが、いいと言われましたので、先に言わせていただきます。3つの点を指摘したいと思います。
  一番最初に、先ほど質問が出た「脅威」というのをなぜ使うのかというところです。これは国連で安全保障理事会の改革問題が四、五年前、もっと前から議論されていましたが、コフィ・アナン事務総長が自分の最後の大きな仕事ということで本格的に取り組んだ。日本が安保理改革を言っていたということもあるんですが、2004年の12月にモリタ先生とかアマルティア専務も入っている16人の専門家委員会から報告書が出て、そこで安全保障の考え方が第二次大戦後大きく変わったということが強調されていて、国家の安全保障から人間の安全保障という言葉、あまり使っていないんですが、そういう考え方で。その場合に人断に対するどういう脅威があるのかということで、「脅威」(スレット)という言葉をずっと使ってきたという経緯があります。
  その中には、先ほど太田先生も触れたんですが、国家間の戦争も人間の安全保障に対する脅威になるし、今では国内紛争がむしろ大きいとか、国際テロがある、あるいは、国際組織犯罪による個人の安全保障に対する脅威がある。それから、人権や抑圧政権による個人の安全に対する脅威もある。こういう議論が出てきた。それが流れとなって国際関係で「脅威」という言葉が使われていると理解していますので、そのことを説明させていただきます。これが第1点です。
  第2点は、いろいろなご意見の中にありますけれども、軍事的な意味での安全保障、これは伝統的な安全保障と考えていいと思います、あるいは、リアル・ポリティックの安全保障の観点でいいと思いますが、仮に「気候安全保障」という形で問題を考えた場合に、軍事との関係がどうなるのかというところはきちっと議論した方がいいのだろうと思います。必ずしもすべてが問題というわけではないんですけれども、具体的な問題を出させていただきますと、例えば地球温暖化について、事業者や工場や家庭からのCO2排出の問題を大問題にしていますけれども、具体的に出てこないのは軍事演習とか戦争によるCO2の排出なんですね。これは多分数字化されていないんだと思うんです。しかし、現実には莫大な量だと思うんですね。
  軍事、安全保障の問題というのは、ほかのあらゆる問題に優先して扱われているところがあります。アメリカの文化、アメリカの社会もそうですけれども、国際政治学をやっている人たちはそこが一番中心ですから、軍事、安全保障となったら、極端なことを言えば地球温暖化だって横に置かれるのが議論のあり方なんですね。軍事活動や軍事行動や戦争や内戦を含めた安全保障という形で考えないといけないのではないかと前から私は思っているんですが、あまりそういう問題提起をしている人がいないし、国もないので、その点を指摘させていただきたいと思います。
  つまり、軍隊、軍事活動というものが汚染者、汚染源として非常に重要な位置を持っているのではないかという問題提起です。他方で、何でも軍がいけないということもおかしいので、先ほど太田先生が出された問題の中で、例えばカナダが提案している保護する責任というのは、むしろ軍隊が積極的に、安全保障が脅かされている人々を守るために、その国が責任を果たせないときには、国際社会の軍隊が力を持って介入して保護するんだということをカナダが言っているわけです。
  私は今、軍が汚染源になると言いましたが、それと同時に、軍が果たす積極的な役割というのもあって、一番典型が、軍である必要はないのかもしれませんけれども、現実には軍なんですね。日本では災害が起これば自衛隊が出ますし、津波のときにも軍があの地域の国から出された。救済・救援、人道支援、復興、こういうことについて積極的な活動を果たしているんですね。ですから、軍事的な要素と、「気候安全保障」という言葉を使うのであれば、その関係をきちっと実際に即して分析する必要があるのではないかというのが第2点です。
  第3点は、国家間の利害関係とか、個人の利害関係、あるいは、企業も含めていいんですけれども、どなたかおっしゃったんですが、気候変動、地球温暖化が悪であると。だから温暖化をとめればいいという考え方は、もちろん総論としてはだれも反対しないと思うんですけれども、現実にはそれによって被害を受ける国があると同時に、利益を受ける国もあるわけですね。例を一つ挙げますと、前のあれに書いてありましたけれども、沖ノ鳥島がなくなると日本が明らかに大変な損失ですけれども、中国や韓国や北朝鮮はあの地域で、日本に配慮することなく、漁業活動が行えますから、プラスなんです。漁業活動どころか天然資源もとれるかもしれない、海底資源も。
  ですから、1つの気象現象がすべての国にとってマイナスだという認識はできないんです。だからこそ、京都議定書もあれだけ苦労しながら少しずつ進めようという動きがあるということですけれども、それも必ずしもうまくいかなということなんですね。そこにはさらに積極的にそれを使った経済的な利害関係が、国の間にもあるし、国内の利害関係者の間にもあるということなんですね。一番典型的な例は、最近EUが自動車の排出規制をものすごく厳しくしました。あれはEUがあれをクリアできるEU加盟国の自動車ができるという技術的な保証があるできてやっています。そうすると、それに対応できない日本とかアメリカの自動車はEU諸国から締め出される可能性があるんです。
  この問題はWTOで既に問題になっていまして、こういう形で、いわゆる偽装輸入規制なんですけれども、偽装とは言えないんですね。気候変動は悪であるというのを前提にしますと、それに対する対応だというふうになりますと。しかし、実際にはそこでうごめく利害はかなりドロドロとしたものがあります。しかも、得をする国もあるし、得をする企業もあるんです。技術をクリアした企業は明らかに得をします。クリアしていない企業はつぶれます。ですから、一つの企業間の競争の手段として気候変動の問題が使われているというのが現実の状況ですね。
  簡単に言ってしまうといろいろな利害があるわけです。温暖化が進んで損をするところばかりではない。スキー場は今大変なことになっていますけれども、他方で海で遊ぶレジャー産業はそういう範囲が増えてきてよくなっている部分もあります。1つの現象でだれもが損するという状況ではないところにこの難しさがあるんです。ですから、「気候安全保障」といったときに、一般の人は常に損するんだという前提で話を進めますと、この問題の本質を見誤る可能性があるのではないかというところを指摘させていただきます。

○西岡委員長 高橋委員、お願いします。

○高橋委員 お一人お一人の委員の話を聞いていて、私はそれぞれにそうだなと全部にうなずいちゃうんですが、私は一点だけ強調いたしたいと思います。
  それは、この「気候安全保障」というコンセプトが持っている使い勝手のいい面と、使い勝手の悪い面、その両方を念頭に置いてことしのサミットをはじめ一連のプロセス、来年日本がホストするG8サミット、そのプロセス、その先ということを考える必要があるだろうと思います。それは何かと言いますと、この前申し上げましたが、クライメートチェンジというコンセプトで、もしかしたら多少とも今まで以上に動くかもしれないのは、アメリカ一国なんだろうと思うんですね。ほかの国はほとんど関係ない。そこにこのコンセプトを使うプラスの要因がある。一つの事柄の問題はアメリカなんですから、このコンセプトを使った方がいいだろうと私は思います。
  ただし、それを使った際のマイナス面も考えておく必要がある。セキュリティというコンセプトを使ったときに、先ほどから話が出ていますように、いわゆる主要国という発想の原点が一つあると同時に、主要国という国単位という発想がもう一つある。その2つを考えますと、これからの課題がポスト京都だということを考えると、アメリカだけではなくて途上国をこれにどういうふうに乗せていくかということを考えなくてはならない。その視点からすると、マイナスの色彩が非常に大きい。主要国でもない、かつ、地球温暖化のインパクトの非対称性、特に原因がいわゆる主要国にあり、そのネガティブなインパクトは多くの途上国にありという非対称性ということを考えると、そこに対する配慮も当然必要になってくる。
  そのことを考えますと、一方ではクライメート・セキュリティという言葉を使ってアメリカを動かす道具にしておくと同時に、もう一方でそれを越えるコンセプトを明確に日本としては出し始めておくことが必要であろうと思います。それが地球公共財の一環としてのポスト京都プロトコールの課題という位置付けをするべきなんだろうと思います。そこで、地球公共財ということで、非対称性の問題に対して、途上国の関心に対して、また、国を越えた問題のありように対して、日本のセンシティビティを世界に明確に発信していく必要がある。ただし、ことしのドイツを中心としたプロセスでは、地球公共財論ということ、クライメート・セキュリティ論ということは、日本ではどっちが上とも下とも言わない、両方言っておく、両方出しておくと、そういうことが賢明なんだろうと思います。
  ただし、来年日本が準備する順番になった場合には、上位概念として地球公共財論というのを明確にして、その一つの非常に重要な要素として、ただし一つにすぎないわけですが、クライメート・セキュリティという要素もこれありという形で、日本の準備を進めていく。段階を追ってその2つのコンセプトを扱っていくことによって、日本風の発信ができていくのではなかろうかと、そんなふうに思います。以上です。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  工藤委員、お願いします。

○工藤委員 ありがとうございます。このアンケート用紙をいただいたとき非常に悩んでしまったんです。なぜかというと、安全保障と気候の相性が正直よくわからなかったんですね。ですが、きょう太田先生のお話を伺いながら「あっ」と思ったのは、安全保障というものに対する認識が、今いろいろご意見があった中で、私自身も一国のナショナル・インタレストというのがあって、そこから始まって国際的にみてどう協調していくかと、そういった動機づけが非常に強くこの「安全保障」という言葉に感じるんですね。
  今、この気候変動と安全保障という視点でとらえたときに、どういうことが共通として持てるのかという話になったときに、こうだというのがなかなか見えなかったものですから。これは裏を返しますと、言葉の問題なので、メッセージがいろいろな意味で正確に伝えていくことが整えばいいんですけれども、いろいろな解釈がされてしまうと逆に誤解を生む可能性があるかなと。そういう意味も含めてきょうのお話はすごく参考になりました。
  一方で、先ほど米本さんがおっしゃったような考えと全く同じなんですが、違った考え方を持ちうる可能性であるとか、先ほど横田先生がおっしゃったように利害関係が違うのではないかということをとらえますと、局面、局面では使えるところもあるかもしれないけれども、局面、局面では使わない方がいいところも出てくると。日本の総合安全保障の考え方にグローバルなアプローチもあれば、二国間のアプローチもあるという様々なアプローチを通してある一つの方向性を考えていくということであるならば、きょういろいろ出てきた世界全体で共通の認識を持つ一つのきっかけという効果というのがあるのかもしれない。
  一方で、それに対するアクションというのはそれぞれの状況に応じていろいろあってもいいですよねと、その両方の側面を考えていったときには、例えば同じような考え方なり土壌に基づいてこれを議論されるときには、こういったセキュリティ的なことを、例えばアメリカという話がありましたけれども、そういうところだってできるかもしれない。しかし、先ほどの途上国で温暖化以前にエネルギーの問題とか環境問題がメインに入ってきて、世界の中にも同じような言葉でディスカッションすることが本当に効果的かと言われると、それはまた違ってくる。そういう意味での使い分けみたいなこともある程度意識した上で、この言葉遣いというか、コンセプトを扱っていく必要があるのかなと感じました。
  以上です。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  では、明日香委員からお願いします。

○明日香委員 皆さんのお話を聞いてのことと、前からこのことを聞きそびれていたということが3点あります。
  「脅威」という言葉がなぜ今使うようになったかということですが、科学的な知見が増えてきて、それが脅威なりクライシスだということがメッセージとして広く伝わるべきだという科学者のねらいがあったと思うんですね。サンゴ礁が観測してみたらかなり死んでいたとかいうようなことが出ています。もちろんIPCCの報告書にこれからいろいろと出てくると思うんですけれども、そういう脅威が現実になってきて、それが非常にインパクトがあるんだということを科学者が伝えたいということがあった。というのは、一般の人はまだ温暖化しているのか、温暖化は何で悪いのかというイメージを持っている人がたくさんいると思うんですね。そういう人たちに対する「違うんだよ」というねらいがあったのかなと思います。
  かつ、その後どうするかということなんですけれども、例えば2℃という目標を達成するんでしたら、ライフスタイルの変革とかいうレベルではなくて、古い言葉かもしれませんが、国民総動員的なことをやらないと無理だと思うんですね、何十パーセント減らすというのは。ですから、そこはもうちょっと政治的な話になると思うんですけれども、そういうことをやらなければいけない政策決定を実現するためには、国民総動員的なことが必要だというロジックがあるということは認識すべきかなと思っています。
  それから、2番目は、温暖化対策なり温暖化の問題とエネルギー安全保障の問題は独立しているという認識が世の中にあると思うんですね。気候変動対策だけでペインフルであって、それをやる価値がないという議論をよく聞くんですが、温暖化問題は石炭の問題であって、石炭を削減するとSO2とCO2両方減って、SO2が減れば、人間の安全保障にもつながるような相乗効果があるということを、科学者は常識だと思っているんですけれども、一般の人はほとんど知らない。そういうことをもっと強調すべきであって、「気候安全保障」を気候の問題とエネルギーミックスの問題、安全保障の問題、再生可能エネルギーの問題、人間の安全保障の問題、大気汚染問題、すべてつながっているということをもっと強調すべきだと思います。
  それから、軍事的な安全保障とのかかわりなんですが、ここはちょっと微妙なところでして、いわゆる環境ストレスが高いところが軍事的な紛争が多いかどうかというのは、あまり統計的な研究がなくて、私の知る限りでは実際それほどないという結論の方が多いんですね。アフリカなり中東なりで起こったスポットと環境アクセスの比較をしているものなんです。一方では、降雨量の変化、具体的には旱魃なり洪水ですが、降雨量の変化と軍事的紛争は相関関係があるという研究も出ています。そういう意味では温暖化がきっかけになることは確かだと思いまして、そこら辺はもっとうまく強調されるべきだと思います。
  先ほど得をする国もある、得をする人たちもあるというお話があったんですけれども、我々が考えるべき、IPCCの報告書によりますと、一度二度だと得をする人たちもいる、得をする国もあるという認識は正しいと思うんですが、三度四度だと、それはあんまりだというというのが科学者からのメッセージなんですね。そこはもちろん、どういうふうにコストを計算するかにもよると思うんですけれども、得をする国もあるというのは誤解を及ぼす、少なくとも科学者は三度四度だとそうではないんだということを定量的にロジカルに主張していると思います。
  最後に、アジアの文脈ではあまり積極的な言葉を使わない方がいいということだと思うんです。例えば中国では温暖化問題はセキュリティ問題だということはよく聞きます。というのは、実際被害が起きていますので、砂漠化なり、そういう文脈で気候はセキュリティ問題という議論はあります。日本が外から言うのは内政干渉のような要素だとよくないんですが、そのときの言い方の問題だと思うんですね。そこに開発の権利をどう認めるかとか、責任をどう考えるか、地球公共財だからというような、そこら辺の倫理的というか、基軸のロジックがはっきりしていれば、「責任」という言葉を使ってもいいのではないでしょうか。でも、中途半端に使うのはよくなくて、そのときに国際公共財、中国にも発展の権利があって、そういうものをちゃんと踏まえて「セキュリティ」という言葉を使えば、中国も乗ってくると思います。今の問題は単純に「セキュリティ」という言葉だけで、そのあとの責任なり対応なり分配の議論がないのが一番問題なのかなと思います。
  以上です。

○西岡委員長 では、小島さん、お願いします。

○小島地球環境審議官 二、三点申し上げます。
  まず、アメリカがどう考えるかと、一つの参考ですけれども、バイデンリョーガ決議案というのがあって、この中には「ナショナル・セキュリティ」というのが3回出てくるんですね。一番最初に出てくるのが「長期的な旱魃や飢餓、大規模な移住、急激な気候の変化など、地球規模の気候変動が与える潜在的影響は、その影響を受ける地域の国際緊張を高め、不安定性を増す可能性があり、そのためアメリカの国家安全保障上の利害に影響を及ぼす可能性がある。」と。2つ目が、「アメリカの国家安全保障は、炭素分の高いエネルギーにアメリカや世界が過度に依存している。そういう問題の解決に向けた外交、軍事、科学、経済上の資源をどう配置・配分するかによって左右されるようになる。」と。
  ほかのこともいろいろあるんですが、アメリカは地球規模の気候変動がもたらす健康、環境、経済、国家安全保障上のリスクを軽減するために、国際交渉に参加すべきだとか、ラージエミッターを全部参加させるべきだとか、柔軟メカニズムを設けるべきだとか。こういう脈絡で上院の決議案ができていて、これも一つの考え方だろうと思っているんですね。
  2つ目は、条約交渉、次のポスト京都の交渉の現場の感覚からいくと、何が脅威かというところは、きょう太田先生の話を聞いて、どういうゲームをしているか。チキンゲームをしているとか、鷹狩りゲームをしているとか、囚人のジレンマだとか、そういうゲームをしていると思うんですが、交渉の場では気候変動の影響が脅威ではないんですね。つまり、気候変動対策が脅威なんですよ。だから、対策をいかにして回避するかと、回避行動が国益になっているんですよ。どの国も削減を引き受けたくない。つまり、対策を回避することが国益のような交渉になっているんです。これは現場感覚です。
  気候変動の影響が脅威だという認識を参加国に持ってもらいたいんですよ、交渉の現場に。さっきの考え方からいうと、気候変動の影響が脅威だというのは、アメリカのさっきあれでいくと、長期的な旱魃、飢餓、大規模な移住、急激な気候の変化などで影響を受ける地域なんです。この国にとって最大の安全保障の問題なんですね。だから、「強い国に」というふうにあるんですけれども、小島嶼国とか低地国とかいわゆる脆弱国と言われている国の安全保障が脅かされているという議論は頭に上ってこないんですね。ラージミッターの国は、自分が対策をすることが脅威なので、それを回避するためにどうやっていい、いいというのは、回避するということが国益にかなったものだと、そういう感覚がすごくあるんです、現場の交渉の実態は。
  そういう意味では、影響が脅威なんだということが交渉の各国にあって、これをどう回避するかというのをまず第一義的に考えてもらわないと、対策を回避することが国益だという今の交渉では膠着状態を打開できないというのが実感ですね。

○西岡委員長 それでは、太田委員、お願いします。

○太田委員 交渉の現場から悲観的なメッセージを受けまして言いづらいんですけれども、皆さんのお話は、高橋先生が言われたように、それぞれ納得するところがたくさんあって、私の議論は補足するところ、あるいは、まとめになればいいなと思って発言させていただきたいと思います。
  セキュリティという言葉自体、非常に曖昧で、この英語自体がすごく曖昧なんですね。世界的に漢字が理解できればもっとすっきりすると思うんですが、先ほど亀山先生が言われたように、デンジャーとかクライシス、リスクといった側面が我々の日常生活では非常に重要で、例えば「保障」ということでも、言偏に「正しい」と書く、生命保険とか、そういうリスク回避、あるいは、将来の安心を前もって買っていくという、住委員も言われたように今のいい生活を将来も続けたい、今のいい生活を続けていくにはどういう保証のプランを買うかと、そういう話であれば、この「セキュリティ」というのは非常に受け入れやすい。
  ただ、安全保障の、先ほど紹介した「城砦」とか「土塁」というふうになる保障の方は差し迫った脅威ということで、短期的な利益に走りやすい。この「セキュリティ」という言葉は、日本語の漢字のように使い分けられれば多少混乱は回避できるかと思うんですが、皆さん「セキュリティ」という言葉でそれぞれ抱くイメージがどうも軍事にいってしまうということが一つ大きな問題で。
  今、現場の話を言われたんですけれども、核戦争の脅威ということでは、核戦争が起こって核の保有が到来するという脅威と、気候変動が進んで、温暖化も進んで、具体的に様々な影響が出てくるということが一般の人に理解されれば、脅威ということで、現場の人も動くようになるんですけれども、そういった現状あるいは被害が顕在化するまで待っていられないというところが非常に難しいところで、そこのところをどう翻訳するかというのは非常に難しいところですね。
  それは、先ほど亀山委員が言われたように、デンジャー、クライシス、リスクということではあまり人は動かないところが、「セキュリタイゼーション」と。「セキュリティ」という言葉を持っていくとそこでみんなが動き出す。そこでハイポリティクスになる疑点があるので、今の核の保有と同じような、温暖化の影響が出て、誇張されずに、リスクとかデンジャー、自分の今の生活が失われてしまう、将来不安であるというところもうまく加味して、言葉をうまく使い分けるといいのかなという気がします。ただ、ゲームですると非常に難しいというのが僕の印象です。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  一巡しまして、私は(5)、(6)を後でやると申し上げたんですが、かなりそういうところまで入っているかなと思います。12時と申し上げましたけれども、もう少し時間を延ばさせていただけるんだったらそうしたいと思っておりますけれども、さらに(5)、(6)のところも考えていただいて、今のご意見を踏まえて、第二段論に入ってもいいのではないのかなと思っております。
  今幾つか出た議論は、一つの考え方としては、いわゆる軍事的な意味での安全保障というものへ、気候の影響等々をもっていくというルートもあれば、今でも脆弱な生存基盤に対する人間の安全保障といった話で全体を含める形もあるだろうし、地球の公共財という話もありました。そういう概念を入れ込むことによって、従来の安全保障を大きく広げた枠組みで考えられる。もちろん、その一部に狭義あるいは狭義的な安全保障があってもいいという話があったかと思います。また、日本型の安全保障の定義というのは、新しい概念としてこの中に組み入れられるのではないかという話もあったと私はみております。
  どうでしょうか、第2ラウンド、皆さんの意見に対して、「いやいや、それはそうではないよ」という意見がありましたら、ぜひ。
  まず亀山委員からいこう、最初に挙がったから。

○亀山委員 (5)に関連して、簡単に追加させていただきたいと思います。1つはアメリカに対して、1つは途上国に対して、既に出た意見に対する私の意見です。
  まず、アメリカに対してこの概念を使った方がいいのではないかという意見が多めに出てきたと思います。先ほど小島審議官からバーデン上院議会でのセキュリティの扱いが具体的に出てきましたが、非常に気になりますのは、この「気候安全保障」を、"クライメート・セキュリティ"(気候安全保障)というふうにこの委員会で扱っていくのか、あるいは、"クライメート・アンド・セキュリティ"(気候変動問題と安全保障)というふうに、2つの関係を重視してこの委員会として出すのかという点を議論すべきだと私は思います。
  一般の方はこの違いがよくわからないと思われるかもしれないんですが、前者は安全保障の概念を拡張して、日本の総合安全保障のように軍事的な意味以外の意味にも拡張する、安全保障の概念自体を拡張する考え方であります。後者の気候変動と安全保障の場合は、安全保障が軍事的なナショナル・セキュリティだけに特化しておいて、そのナショナル・セキュリティがほかの様々な問題にどのように影響を受けるかという因果関係に着目しているんです。
  先ほどのアメリカにおける考え方というのは、どちらかというと後者なんですね。あくまでも安全保障という概念は広げないでおいて、気候変動の様々な影響が移民などを引き起こして、それが紛争にどう至るかと、そこに着目しているので。アメリカに対してのみこの概念を使うというふうに方針が決まるのであれば、「気候安全保障」なのか、「気候変動と安全保障」なのかということは、次回議論すべきではないかと思います。
  2つ目に、途上国に対してあまり使うべきではないのではないか、様々な解釈があるのではないかという工藤委員からのご指摘は、そのとおりだと思います。従来型のセキュリティで考えてみますと、ある国Aが軍事力を増やせば増やすほど、それは隣のB国にとっては脅威になってしまうんです。A国のセキュリティの対策がB国のスレットを増やしてしまうという、いわゆる安全保障のジレンマと呼ばれていることが生じます。そのジレンマを克服するために、軍事的には集団安全保障という概念を用いまして、これを中心としてみんなで平和を守っていきましょうというような対策が出てきている。
  温暖化問題では初めから集団安全保障で始まっているんですね、国連の下に気候変動枠組み条約、京都議定書をつくり。では、バラバラにしてみると、むしろ「セキュリティ」という言葉を下手に使ってしまいますと、ある国が温暖化対策をすればするほど、隣の国の脅威になってしまうのではないかという、変な考え方に発展する恐れがあるのではないかと思うんですね。しかしながら、温暖化問題というのは、ある国のセキュリティを高めると、それがB国のセキュリティにもつながっていくわけです。それが従来型の軍事問題と違う性格を持った問題のではないかと思うんですね。
  ですので、セキュリティジレンマが生じるという誤解を途上国が感じないのであれば、あるいは、感じないように努力することができれば、途上国に対しても「セキュリティ」という言葉を使っても大丈夫なのかなと思いました。おわかりになったでしょうか。

○西岡委員長 私は先ほど自分のメモで読むのを忘れたんですが、米本委員のおっしゃった良性の安全保障という話と今の話は極めて関連しているなと思って。先ほどサマリーのところに入れるのを忘れていました、すみません。
  ほかにご意見ございましょうか。米本委員。

○米本委員 日本は分不相応にセキュリティという概念はまだやらない方がいいと申し上げましたのは、あまりうまくお話できなかったんですけれども、セキュリティと言ったとたんに、中国は「うちの狭義のセキュリティ問題に日本がくちばしをいれて、おまえのところは軍事費を毎年2桁で増やしているので、そんなことをやるよりは、国内の省エネをしろ」というようなコンセプトとして日本がこれを使うのではないかという誤ったメッセージを与えるかもわからない。ですから、途上国一般のことではなくて、中国はそういう誤解をするかもわからないということを申し上げたかったんです。
  なぜ日本が分不相応なセキュリティという言葉をあまり使わない方がいいかというと、例えばエンバイロメンタル・セキュリティの問題で変な例を挙げますと、北朝鮮との間に豆満江という小さな川がありますけれども、あの豆満江は生態学的に死の川でありまして、汚染源は北朝鮮のモサン(茂山)という巨大鉄鋼山と中国側のパルプ工場なんですね。両方とも戦前の日本のインフラなんです。逆にいうと、日本が環境汚染対策として称して豆満江の浄化ということでコミットメントしていなければいけない。ああいうところで環境調査をすれば微妙な情報が入ってくるんですけれども、そういうこと一つやっていないわけですね。
  エンバイロメントという形を使いながらセキュリティ問題を巧妙にマネージするという、二枚腰の外交をやってこない日本があまり偉そうなことを言うのは、善意で言うのはいいんですけれども、その結果、相手国に誤ったメッセージを投げかけるかもわからない。ですから、その手前のむしろ相手国がちょっと嫌がる程度の省エネをやれとか、環境なら協力しましょうとか、その程度のメッセージを日本として出した方がいいのではないかと思います。
  もう1つ、国際公共財という考え方で、日本はもっとこのカードを使えるなと昔から思っていますのは、南極条約なんですね。南極というのは、7大陸1個を科学委員会で全部仕切っているんですよ。唯一、日本は南極条約の最初の締約国で、なおかつ、サンフランシスコ条約で南極の領土権を全部放棄しておりますので、手がきれいで、なおかつとんでもないデカい大陸の科学者が科学活動にのみで管理するということについて、領土的野心を持たないでこれまでコミットメントしてきました。ああいうことを一つの先例主義として、日本のポジショニングの強化につなげるのではないかと、常々思っています。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  会場の都合であと10分で終わらなければいけないことになりまして、住さんから2分すつぐらいでお願いしたいと思います。

○住委員 この場合でも、日本が21世紀にどういうオプションを進めるかというところがないと、その議論はできないということと、気候変動そのものがフェータルなダメージではなくて、小島審議官が言ったように気候変動という場を使った国際制度でやっているわけですね、今の交渉は。だから、だれ一人そんなにフェータルと思ってないんですよ。今までは対策をすることがネガティブで損だから避けようと思ったんだけれども、対策が強制化される可能性が出てきたときは一転して、早く対策できたらプラスになるから、そういう点では現在の排出権取引を含めて、世界の経済ルールが逆に変わってきたときのオプションが大変なような気がするので、そういう観点を確認すること。
  それから、日本の人にわかりやすい説明というのは、結局金がかかるよと、今サボッているとコストが余分にかかりますよというのしか、エコノミックアニマルの日本としては合理的な説明ではないのではないかと思うので、そういう観点と、一国で、例えば日本という国で、21世紀の気候変動に対してどう適応するかというコンセプトと、世界を考えたときどうするかというのは、国のあり方に絡んでくるので、そこも含めた二正面戦略が要るなと思います。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  それでは、工藤委員。

○工藤委員 きょうはあまり議論にならなかったんですけれども、今、住さんがおっしゃった国内世論の形成発揚というのは検討目的に入っていて、太田委員がご指摘になったように、「安全保障」という言葉の持つ意味が、国内世論としてスムーズに伝わるかどうかということは若干留意しておいた方がいいかなと。「エネルギー安全保障」という言葉を一般の人に伝えるときも、必ず附帯説明が必要になると思うんですね。言葉自身がするっと入ってこないと思いますので、その辺は国内の世論形成、いろいろな意味での認識を持ってもらいたいということを考えるときは、国際的な戦略とは違った整理が必要かなと思います。

○西岡委員長 では、蟹江委員、お願いします。

○蟹江委員 先ほど対米の話で、「気候安全保障」と「気候変動と安全保障」という2つの区分がありましたけれども、あるいは、気候変動と安全保障という方向でいこうというふうに打ち上げたとしても、気候の安全保障という側面もあるのではないかと、逆手をとってというか、そういう戦略も可能なのではないかなと思います。「気候安全保障」という概念の中に、気候変動と安全保障というものは含まれてしまうと思うので、その辺をより大きな安全保障の考え方として拡大するというのが可能だし、逆にそういうことが先ほどの交渉戦略ということを考えても必要なのかなという感じがしました。
  それから、先ほどから国際公共財という話がありますけれども、気候というものを国際公共財あるいは安全保障に関する脅威というふうに考えることは、ある意味新しいかもしれないんですが、例えば国連改革の文脈では、信託統治理事会は環境に対する信託統治理事会にしようと。今までは植民地の信託統治だったのを環境に関する信託統治にしようという議論もあります。その場合は脅威の対象ではないですけれども、統治の対象であるとか、環境を一つの対象として扱うということは、全く新しいことではなくて、そういう考え方は多国間の外交とか、多国間交渉の文脈でも存在しているので、それを使うことはできるのかという感じがしました。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。
  それでは、明日香委員、どうぞ。

○明日香委員 私、今の蟹江先生の最初の点と同じように、「気候安全保障」というのが大きな枠組みとしてもっともっと使われるべきかなと思っています。今はやりつつある言葉として、"Anthropocene"という言葉がありまして、人間が初めて地球を変えることができるようになったという、「人類世」というふうに訳されているんですけれども、そういう時期に入ったというメッセージはもっと出てもいいのかなと思っております。
  それから、先ほどラージエミッターがコストなり対策の回避の戦いを交渉でしているというお話があったと思うんですけれども、一方でラージエミッターであるそれぞれの国はエネルギー安全保障の観点から、温暖化対策と同義のことをやっているんですね。また中国なんですが、中国の場合、再生可能エネルギーを20%、日本の数倍大きな目標を出していますし、実際そのように動いている。だから、やっていることは温暖化対策なんだけれども、外から温暖化対策をやれと言われると反発してしまうという、非常にいびつな変な状況になっていると思います。
まさにそこはどういうふうに言うか、言葉の使い方なり、その言葉の中に哲学があるかどうかだと思うんですね。
  かつ、エネルギー安全保障なりエネルギーミックスの改善のための対策を国際社会がどう解釈して読み替えるかという、ある意味ではテクニカルな問題、プラスそこの背後にある公正とか持続的開発とか開発の権利というものを、途上国とコミュニケーションはほぼゼロの状況だと思うので、交渉は物別れにいってしまうのが多々あると思うんですけれども、そこはバイなりいろいろなルートを使って、日本はもっとやっていただければなと思っています。
  もし国際共有財ということで議論を進めるなら、南極なり海洋なりみんなのものという議論にはなると思うんですね。そこには当然、国民・国家がなくなって、一人ひとりの開発権なり、一人ひとりの権利というような話にもなるのかなと思いますので、そこら辺も見た目に触れた、途上国の立場に立って議論をするときの一つの判断基準になるのかなと思っています。
  以上です。

○西岡委員長 どうもありがとうございます。おかげさまで何とか時間内におさまりそうです。
  先ほど2ラウンドで、住さんのおっしゃったルールは変わるのではないかというところは、小島地球審議官が「今は対策の戦争だ」という話があったんですけれども、ヨーロッパにこの前2回行ってきたんですが、方向としてはルールが逆に変わりつつあるという感じがしました。そうなりますと、安全保障も、米本さんのおっしゃる良性の方へいく可能性があるのではないかと。その中で日本がどういうスタンスでこの言葉を使うかということについていろいろ考えなければいけないかと思っております。
  きょうはそういう意味で非常にいい議論を皆さんやっていただいたと思います。これを次回まとめてということになるかと思いますので、次回のことを。

○和田国際対策室長 きょうも貴重なご議論をありがとうございます。終わります前に、米本先生からこちらの資料をいただいておりますので、改めてお礼申し上げますとともに、次回、事務局としてはこれまで2回の議論をぜひまとめたいと思っておりますので、この辺もぜひ活用させていただければと思っているところでございます。

○米本委員 あまり参考になると思いませんが、私蔵しておいてもあれだと思ったので。たったそれだけの話です。

○和田国際対策室長 ありがとうございます。
  それで、委員長からありました次回でございますけれども、当初の予定どおり4月中・下旬あたりを予定したいと思っております。恐縮でございますが、お手元に一枚紙でご都合を伺う表をお配りしておりますので、きょう埋めることが可能であればそのまま置いていただければありがたいですし、また、お戻りになってから事務局にお送りいただくということでも結構でございます。○×表を事務局まで提出していただければありがたいと思っております。
  次回は、これまで2回にわたってご議論いただきました内容を、事務局で報告書風に整理をして議論の用に供させていただいて、まとめて、なおかつ、そのまとめたものを対外的に発信していきたいと思っておりますので、次回はまとめ案みたいなものをぜひご用意したいと思っております。次回のご議論の場に限らず、途中途中でご相談する場合もあろうかと思いますので、その際にはぜひよろしくお願いしたいと思っております。
  事務局からは以上でございます。

○西岡委員長 どうもありがとうございました。
  今の議論で、単なる狭義の「安全保障」というよりも、もうちょっと大きく日本が構えた形で世界にこの問題を問いかけられないかというところが、皆さんのご意見だったと思いますので、ぜひそういう方向でまとめていただければと思っております。
  それでは、皆さん、どうもありがとうございました。本日はこれで終わりたいと思います。

午後12時13分閉会

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