中央環境審議会地球環境部会(第1回懇談会)議事録

日時

平成19年9月21日 10:00~12:00

場所

環境省第1会議室

出席委員

(部会長)   鈴木 基之
(委員)    浅岡 美恵 浅野直人
        大塚 直  佐和 隆光
        和気 洋子
(臨時委員)
        青木 保之 石坂 匡身
        浦野 紘平 及川 武久
        逢見 直人 鹿島 茂
        川上 隆朗 木下 寛之
        小林 悦夫 塩田 澄夫
        関澤 秀哲 高村 ゆかり
        富永 健  中上 英俊
        長辻 象平 原沢 英夫
        福川 伸次 桝井 成夫
        森嶌 昭夫 渡辺 正孝

議事次第

 (1)地球環境問題の現状と最近の動きについて
 (2)低炭素社会の検討について
   ○松井孝典 東京大学大学院理学系研究科・新領域創生科学科教授
   ○坂村 健 東京大学教授、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長

配付資料資料

資料    低炭素社会の検討について
参考資料1 平成20年度環境省重点施策
参考資料2 カーボン・オフセットのあり方に関する検討会(第1回)の開催について
参考資料3 自主参加型国内排出量取引制度(第1期)の排出削減実績と取引結果について
参考資料4 第2回日中韓三カ国黄砂局長会合の結果について
参考資料5 我が国のオゾンの状況と国際的な対応について
参考資料6 オゾン層保護・フロン対策の現状と今後

議事

午前10時00分 開会

○鈴木部会長 それでは、定刻となりましたので、ただいまから中央環境審議会地球環境部会第1回の懇談会となりますが開催させていただきます。
 本日の審議は公開としておりますので、ご承知おきいただきたいと思います。
 まず、それでは資料の確認をお願いいたします。

○市場メカニズム室長 それでは、お手元の議事次第をごらんいただきたいと思いますけれども、議事次第の後に名簿がございます。その後資料といたしまして「低炭素社会づくり」長期ビジョンの検討についてという紙がございまして、その後ろに5月の安倍総理の演説関連の資料がついてございます。
 それから、参考資料1といたしまして、平成20年度環境省重点施策。参考資料2といたしまして、カーボン・オフセットのあり方に関する検討会の開催についてのお知らせ。参考資料3といたしまして、自主参加型国内排出量取引制度(第1期)の排出削減実績と取引結果についてという発表資料。参考資料4といたしまして、第2回日中韓三カ国黄砂局長会合の結果について。参考資料5といたしまして、我が国のオゾンの状況と国際的な対応について。参考資料6といたしまして、オゾン層保護・フロン対策の現状と今後というものでございます。
 以上でございますけれども、不足等がございましたら、事務局までお申しつけください。

○鈴木部会長 よろしいでしょうか。
それでは、早速議事に入らせていただきたいと思いますが、本日の議題は地球環境問題の現状と最近の動きについて、そしてお2人の先生方から低炭素社会の検討についていろいろご意見をお伺いするということになっております。
 まず最初に南川局長から、低炭素社会検討のご趣旨も含めて、地球環境問題の最近の動きについてご説明をお願いいたします。

○南川地球環境局長 おはようございます。朝早くからお集まりありがとうございます。また、松井先生には大変お忙しいところわざわざお駆けつけいただきまして、きょう、もうしばらくしたらお話をいただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
 地球環境部会の皆さんには日ごろから大変お世話になっております。この場をかりまして厚く御礼申し上げます。
 地球温暖化問題でございますけれども、5月の総理のイニシアティブに出ましたようにさまざまな時間差がある課題がございます。当面する京都議定書の6%削減目標達成という短期的課題、さらにポスト京都の国際条約とそのもとでの国内対策の方向といういわば中期的課題、そして2050年を見通した長期型課題といった3つの視点があるわけでございます。
 賛成いただいてございます京都議定書の達成計画の見直しにつきましては、中環審と産構審が合同で皆さんにも参加いただきましてご審議をいただいているところでございます。それにつきましては引き続きよろしくお願いしたいと思います。
 本日からご議論、ご検討をお願いしたいと思っております低炭素社会につきましては、長期的課題の大きな柱でございます。総理の「Cool Earth 50」にも2050年半減という目標を達成する手段としまして革新的な技術開発を進める、またもう一方低炭素社会づくりを進めるといったことが示されております。その後者の低炭素社会づくりにつきまして、やはりこれはビジョンが必要でございます。地球が2050年を越えていかにいい環境を維持できるか、あるいは、日本が、世界がいい環境を維持できるかということにつきまして、どういったビジョンが必要かということでございます。したがいまして、きょうから松井先生を初めいろんな方々からさまざまなご主張を伺った後にその検討を進めたいと思っておりますけれども、細かな数字とかいうことではなくて、日本があるいは地球がいかにあるべきか、サステナブルであるためにはいかに、どういう形で進むべきかということについてのご議論をお願いしたいと思っているところでございます。したがいまして、当面私ども今資料にもございますけれども、十六、七名の先生方から六、七回に分けましてヒアリングを進めたいと考えております。そして、この部会でのヒアリングとご議論を踏まえて洞爺湖サミットなどへのインプットを環境省としてぜひまとめていきたい、そんなふうに考えておりますし、また、その途中、途中で先生方のご意見をお伺いしていきたいと考えているところでございます。
 それから、きょうの資料でございますけれども、まとめてご報告しますと、最初の資料はきょうのご議論の基礎となりますこれまでの安倍首相のイニシアティブの概要等でございます。それから参考資料1は環境省の来年度の予算の重点施策でございます。参考資料2は、カーボン・オフセットのあり方についての検討が始まったということをお知らせするものでございます。参考資料3は国内排出量取引制度、非常に重要な制度でございますけれども、これにつきまして自主参加型の制度を実験的に始めておるところでございます。その17年度開始分の第1期の運用につきまして8月で終了したことから、そのCO2の排出削減量実績と排出量取引の結果をお知らせするというものでございます。参考資料4は、今週行いました日中韓三国の黄砂につきましての局長会議の結果をまとめたものでございます。参考資料5は、これに関係しますけれども、国際的なオゾン問題への対応ということで、最近九州等で中国から、大陸からのオゾン問題が盛んに指摘されております。そうしたことにつきましての環境省としての取り組み体制、あるいは共同研究についての状況を簡単にまとめたものでございます。
 以上でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

○鈴木部会長 ありがとうございました。
 今、南川局長からのごあいさつにありましたとおり、これから当面の間は低炭素社会、あるいは持続可能な社会の姿、そういうような方向に向けての有識者の方々からヒアリングをさせていただく、こういうことをしばらくの間続けさせていただきたいと思います。開催の回数もかなり多くなると思われますので、定足数等の関係もありますので懇談会という形をとらせていただきますことをご了承いただきたいと思います。
それでは、きょう第1番目の……。はい、どうぞ。

○森嶌委員 すみません、質問があります。
 まず第1に、懇談会という形式について。今定足数にかからないように懇談会という形式をとるということでございましたけれども、中央環境審議会令で部会ないしは審議会の役割は環境大臣に対して意見を述べるということになっています。これは、2番目の質問にもかかわることですけれども、我々が何をやるかということと、審議会の形式ないしは性質ともかかわっていくので、部会長としては、懇談会形式で行うことによって、結果的に何を出そう、どういうことをしようと考えておられるのかを伺いたいと思います。特に、中央環境審議会令との関係を法律的にどういうように位置づけておられるのか。少なくとも今まで部会の開催に懇談会という形をとったことはなかったと思います。その点について、部会の審議の外で懇談会をやったことはありますけれども、部会を開催しながら、第1回懇談会ということで、結果的に部会が開けなくなったのでこんな形にしてしまったということなんですけれども、その点についてが第1の質問です。懇談会という形と部会の開催との関係はどういうことになるのかというのが第1の質問です。
 第2の質問は、この地球環境部会でこれからやる議論の予定についてです。ただ今の局長のお話では、当面有識者からのヒアリングを行うということでしたけれども、12月にはバリで会議が開かれます。それから来年の7月にはG8が開かれます。中央環境審議会、特に地球環境部会は、唯一とは申しませんけれども、国の気候変動政策について政策審議をする最も重要な機関として位置づけられており、それとの関係で申しますと、バリの会議やG8の会議を前にして我々が21世紀末に向けて低炭素社会の建設について懇談していることで、果たして我々に付託されている役割あるいは責任を果たすことができるのかどうか。部会長としては、懇談会という形式かどうかはともかくとして、この会議を大体どれぐらいのスケジュールで、そして会議の結果どのようなプロダクトを出そうということを考えておられるのか、その心つもりを伺いたい。これは単なる学会や通常の会合ではなくて、政策を審議するために法律上設けられた機関でありますから、それを明確にしていただきたい。2番目の質問をもう一度申しますと、どれくらいの期間でどういう結果を出すことを我々に期待して部会長はこの会議を開いておられるのか。
 ぜひともその2点について。第1に、懇談会という形式で、どういう性質の会議を考えておられるのか。2番目には、内容的にいつごろまでに、どういう成果を出そうと構想しておられるのか、部会長としての見解を伺いたいと思います。

○鈴木部会長 ちょっと私の考えておりますことをざっとお話し申し上げたいと思いますが、まず2つ目の点ですが、これは環境立国戦略に提示されておりますとおり、低炭素社会に向けたビジョンをパラレルに動くとはいえ、やはり洞爺湖サミットを一つの視野に入れた上で日本としての具体的なビジョンをつくっておかなくてはいけない。そのためには多分年内にある程度のコンセンサスというようなもの、あるいはコンセンサスまではいかなくてもいろいろな考え方を整理しておく必要があるだろう。それを具体的などういう形で示すかは、これから検討しながら考えていきたいと思っております。
 それから、懇談会という形はここでは何ら決定をする場ではないという、そういう意味で懇談会という形をとらせていただき、実質的に委員の方々の間でのいろいろな学識経験者の方々のご意見を伺い、意見を交換させていただく。そういう実質的な場としてこれを設定させていただいております。ですから、この懇談会が確かに部会規則には位置づけられていないと思いますが、何かを部会として決定するときには、あくまでもそれは部会として招集させていただいていろいろな決定事項を図らせていただく、そういう形にするつもりでおります。法的にこれを、懇談会をどういう形で位置づける必要があるかどうかというようなことがもし必要になりましたら、それはまたその面からの検討は別個させていただきたいと思います。よろしいでしょうか。

○森嶌委員 今のご説明は説明として理解をいたしました。そこで、それに対して意見を申し上げます。
 第1の懇談会につきましては、審議会令に位置づけられた部会としての活動は当面しないということですね。懇談会という形で開催するけれども、審議会としての活動はしないというふうに私は理解しましたが。

○鈴木部会長 そうではありません。審議会としての活動をする場合には懇談会ではなく、部会という形です。

○森嶌委員 ということですね。ですから、当面懇談会は部会の活動とは位置づけていないと承って。それを前提として申しますと、私は現下の状況はそういうふうにのんびりしている状況にはないと考えています。それは最初にお答えになったこととも関わりますけれども、議題の予定を伺いましたけれども、当面低炭素社会に向けて一般的な議論をすることになりそうですが、現にEUは2020年までに20%削減をするということを既に出して、ドイツのメルケル首相などもそれをもって日本に強く迫っているわけですね。そういう具体的なスケジュールをもってバリやG8に向けて向こうは出てきている。これに対して日本は安倍前首相の美しい星への誘いで2050年までにすべての主要国、これには中国やインドも参加をして、多様な配慮をして、GHGを半分以下に削減するという考え方を示していますが、未だ具体的な中身が詰まっているわけでありません。米国や中国、インドがおいそれとこうした枠組みに乗ってきそうにないときにも、その裏づけをしていく仕事が政策審議機関としてのこの部会の責務ではないのでしょうか。国民に対して、また政府に対して。合意ができるかどうかはともかくとして。

○鈴木部会長 森嶌先生、おっしゃることは大変……。

○森嶌委員 これは意見ですから。部会長がおっしゃるようなスケジュールの立て方では、我々は中環審の地球環境部会の責務を果たすことにはならないと、これは意見です。ですから部会長のおっしゃることは理解しましたけれども、意見を申し上げました。議事録に残しておいてください。

○鈴木部会長 これだけをやっているわけではありませんので。

○森嶌委員 部会として、部会をやらないで懇談会をやっていたのでは、間に合いませんよと申し上げているのです。部会として責任のある審議をきちっとしなければ国民に対して中央環境審議会としての役割を果たすことにならないという意見を部会長に申し上げたんです。

○鈴木部会長 それは確かに伺いました、はい。
 それでは早速、ちょっと時間が窮屈になってまいりましたが、最初の有識者の方といたしまして、地球物理学がご専門の松井孝典先生にお願いしたいと思います。もうご紹介するまでもなくご高名な先生でいらっしゃいますし、46億年の地球の歴史、地球文化といっていいんでしょうか、そこに現在をどう位置づけて将来をお考えいただくか、そういうようなところできょうはおもしろいお話を伺えるものと期待しております。
 どうぞ、松井先生、お願いいたします。

○松井孝典教授 東京大学の松井です。
 今日は、低炭素社会づくり長期ビジョン検討に関する有識者ヒアリングということですが、私はいただいたパンフレットに基づいてどういう話をするのか考えましたところ、美しい星2050で1と2とあって、革新的技術の開発は別のところでやると。低炭素社会づくりで、その具体的な社会像はまた別に議論すると。というわけで、私が話を頼まれましたのは、低炭素社会づくりに向けて基本的あり方、そこの社会に至るべき方向を示すような何か考え方を述べてほしいということです。日ごろ私はそういうことを述べておりますので、それをここで改めて述べさせていただきたいと思っております。
 私はご紹介いただいたように、地球という星がこの宇宙という時空スケールで普遍的な存在なのかどうか、地球の普遍性を宇宙に探るということを研究しております。最近はそこに生命も含めて、地球と生命の普遍性を宇宙に探るということも。生命だけが地球上にいるわけではなくて、我々も今地球の上に生きて地球に影響を及ぼしている以上、それもやっぱり考える対象になるわけでして、ここ10年ほどは地球、生命に加えて文明というものも対象にしています。ですから、地球と生命と文明の普遍性を宇宙に探るということです。ここで宇宙というのはどういう意味かというと137億年という時間スケール、137億光年という空間スケールで物事を考えるということです。そういうスケールで物事を考えるというのは具体的にはどういうことかというと、俯瞰的に物事を見るとか、相体的に物事を見るとか、普遍的に物事を考える、そういうことになるわけです。今日の話に関係していえば例えば、文明とは何かということを俯瞰的、相体的、普遍的にいろいろ考えていくということです。
初めに結論を申しますと、地球システムという中で我々は今人間圏というものをつくって生きている。そういう生き方のことを文明と定義できるんではないかということです。そういう考え方に基づいて地球環境問題とはといえば、人間圏の誕生と拡大によって地球システムに引き起こされた物質・エネルギーの流れの擾乱が人間圏に影響を及ぼす現象であるということです。地球はそれとは別に、人間圏があろうがなかろうが環境変動を起こすわけです。人間圏が拡大して地球システム固有の変動として、もちろん人間圏の拡大がその影響を受けるというのも広く考えれば地球環境問題ということになると思いますが、そういう問題を自然災害として区別するとすれば、我々が引き起こす変動によって我々自身が影響を受けるのが地球環境問題ということになろうかと思います。
こういう中で、きょうは見回したところ、余り地球とかの、気候とかの専門家はいるんですが、地球という星がどういう星、美しい星とはどういう星なのかということに関する専門家はそれほどいらっしゃらないようなので、地球とはどんな星なのかについて、又、それから今言いましたように人間圏というもの、これは私がつくり出した造語で新しい概念ですので、それについて説明し、最後にどういう方向に行くべきかということを述べたいと思います。
 地球という星がほかの惑星と何が違うのかということを簡単に述べますと、基本的には海を持つ惑星であるということなんですね。したがって、地球環境というときには、我々が一番重視するのは海がずっと存続するような環境というのがどういうメカニズムで維持されているのかということです。そういう問題に例えば、二酸化炭素というものがどのようにかかわるのか。実は大気中の二酸化炭素濃度の変動が、地球が海を持つような惑星として存在する上で非常に重要な働きをしています。そういう観点から二酸化炭素に関しては注目している。ちなみに、きょうの話の主題は二酸化炭素の温室効果ということですが、二酸化炭素の温室効果が科学的にはっきり立証されたというのは、実は金星の二酸化炭素大気によって金星の地表温度が非常に高いということからです。金星の地表気温が高いのは、別に太陽の入射光量云々の問題じゃなくて、二酸化炭素による温室効果ということが、自然界の現象としては金星で初めて確認されたということです。
 地球環境はほかの惑星と違っていますが、それには3つの特徴があります。ひとつは、二酸化炭素が大気の主成分ではないということです。火星も金星も二酸化炭素が主成分ですが、地球の場合にはそうではない。窒素、酸素が大気の主成分である。また地表に液体の水が存在する。こういう状態がどうして実現したのかというようなことに私自身は関心を持って研究しています。ちなみに、現在の地球というのは極の方から中緯度付近まで氷河が存在しておりまして、氷床がない状態でもないし、全球が凍結したような状態でもない。非常に単純な1次元のエネルギーモデルで計算しましても、現在の状態というのがすごく安定した状態にないことがわかります。実は現在の地球環境というのは3つの状態をとりえます。現在の実際の状態、すなわち部分的に凍結するという環境、氷床がないような非常に温暖な環境、全球が凍結するような非常に寒冷な環境、今の二酸化炭素濃度の条件下でも可能性としてはこの3つの状態があり得ます。地球の歴史を考えれば二酸化炭素濃度は大きく変動しますけれども、今のような二酸化炭素濃度のもとでも、全く違う環境になり得るということです。その中で我々が今人間圏をつくって生きている。
したがって何が課題かといえば、我々が引き起こす変動がこのような部分凍結解の状態から、無氷床解に行くのか、全球凍結解に行くのか、ということです。これは二酸化炭素が増大すれば当然無氷床解という方向にシフトするはずです。しかし、我々が引き起こす変動が果たして地球というシステムに影響を及ぼし、無氷床解のような状態に移行させてしまうのかどうか、ということが今問われていることになろうかと思います。
今我々が引き起こす変動が将来どうなるのかという話ですけれども、別に我々は、ここにいらっしゃる方も含めて、人間中心的に物を考えますから、何か我々がやることが大変な影響を及ぼすということに重点を置いています。しかし、地球という星は我々が存在しようがしまいが、環境を絶えず変化させているわけでして、非常に大ざっぱにいきますと、46億年というスケールで見ますと、この図の示すような格好で変動しています。地球が生まれたときは非常に暑い環境にあった。それが冷えてきて、現在のような温暖な環境になっている。その間にその温暖な環境の中でも小さく変動するし、先ほど言いましたように、全球が凍結するような状態というのも地球の歴史を通じて何回か実際に起こっている。こういうことがここ10年ほどの研究でわかってきました。これはスノーボールアースという言い方をします。地球全球が凍結したような状態というのが過去に3回ほどあったということがわかりました。その変動メカニズムが何なのかというようなことはまだ研究中でよくわかっていません。しかし、このような大きな変動の中で、我々の生存というか、人間圏が誕生し、地球システムに影響し、それが存続するのにどういう影響を及ぼすのかということが問われている。それが地球環境問題、今言われているところの地球環境問題ということです。
南極の氷床コアサンプル等を使って、過去に気温がどう変化してきたかというような、もっとずっと短いタイムスケールの変動で、この図では20万年ですが、南極の氷床コアについては100万年近いタイムスケールでこういうグラフが描けますが、地表の気温がどのように変動してきたかが明らかにされている。それによると、1万年ぐらい前から気候が安定化して現在のような状態が実現している。気候が安定したために実は我々は、先ほど述べたような人間圏をつくって生きるというような生き方を実は選択したんだという言い方もできるわけです。この安定状態を前提に物事を考えるというのは、そういう意味では我々にとっては当たり前のことです。しかし地球から考えれば別にそう考える必然性はどこにもないということです。ちなみに、図の下の方に書いてあるように10年、100年単位で非常に大きな温度変化が起こっていることは、我々がこういう生き方をする前から地球では起こっていることでして、それがどういう理由によるものかということは科学的にまだはっきりとは解明されていません。
宇宙から見たときに、地球はシステムという言い方をします。大気があって、海があって、大陸があってと、いろんな個別的な物質圏があるわけですが、地球の上にいると個々のものに注目しがちなんですが、宇宙から見ればそれらが互いに相互作用を及ぼして地球という星の環境をつくっている。そういう状態のことを地球システムといいます。システムとは何ぞやということをちょっと簡単に説明しておきます。まず複数の構成要素があるということですね。それから、構成要素間に関係性があるということです。関係性というのは、実は駆動力があるから生じるということで、構成要素と関係性と駆動力を特定すると、システムというものの特徴がつかめる。これは別に地球に限らず、人間圏もシステムですし、人間圏の中の国家というようなユニットを考えてもシステムですし、どのシステムでも同じです。今述べたことから個別に詳しく定義すれば、それぞれのシステムとは何ぞやという特徴が浮かび上がる。
システムという場合に、構成要素というのはそれぞれ異なる、それが重要なことでして、それを専門的な言葉で言えば、それぞれの構成要素は固有の力学と特定時間を持っているということです。大気、海、大陸地殻、あるいは海洋地殻、マントル、それぞれが固有の運動と、その運動を支配する特定時間を持っているということです。そういうふうに定義されるものが構成要素ということですね。ちなみに、人間圏というのもこういう構成要素の一つとして定義でき、現在存在するんだということです。
関係性というのは、例えば、海から蒸発した水が大気中で雲をつくり、雨になって降って大陸を浸食して、海の中に大陸物質を流し込む、というようなことが関係性の一つの例ですね。それを駆動しているのは、地球の場合には外部と内部にあって、外部にあるのが太陽放射、内部にあるのが地球の内部熱源ですね。放射性元素や地球ができたときにため込まれた熱、こういう熱源によって実は地球の中が動き、これはマントル対流ですが、表層付近では太陽のエネルギーによって海洋が循環し、大気が循環しという、いろんなスケールの対流運動が重なってそれぞれの関係性が生み出されている。ちなみに、人間圏というのは現在から1万年ぐらい前に誕生したものです。
地球システムの具体的な例を二酸化炭素を用いて説明します。先ほども言いましたが、地球環境というのは基本的には安定している。でも時々大きな変動を引き起こす。この安定性と不安定性という問題を、地球システムというものを理解する一つの例題として考えると、有名な問題として暗い太陽のパラドックスというのがあります。太陽は昔は暗いわけですね。現在からスタートして、現在の大気が過去もそのまま存在したと仮定すると、太陽光度が減少していけば地表温度は低下していく。大体20億年ぐらい前には零度になり、38億年ぐらい前には零下20度になってしまう。海というのは20億年以前には存在し得ない。現在の地球環境というか、大気の成分が過去にも存在したと仮定すると、論理的に引き出される結論としては、地球の海というのは最近20億年ぐらいは存在するけれども、それ以前は存在し得ない。現在の大気が過去も変わらないと仮定すれば、当然出てくる結論なんですね。
実際には、38億年以前から地球に海が存在したという地質学的な証拠は残っています。これは論理的な予想と矛盾している。この矛盾が何で生じるのかというと、実は大気の成分が変わらないという仮定にあるわけです。大気の成分が変わらないという仮定は、実は、地球がシステムではないということなんです。その仮定を取り外すとどうなるか。この図は地球の表層付近の炭素循環、二酸化炭素に注目して書いたものです。こんなふうに地表付近では循環しているわけですね。こういう図を示すと、当然光合成等を通じて生物圏もかかわっているんじゃないかとと思う人がいると思います。しかし、生物圏がかかわる炭素というのは全体の20%でして、80%ぐらいがこの図に示されるような循環に関わります。もちろん、人間圏の関与というのは今ここには取り込んでおりません。生物圏の関わる循環は3万年くらいで、その変動が地球の歴史とかかわるわけではありませんので、非常に長期的な場合にはそれは除く80%ぐらいを考えればいい。この循環を考えると、実は地球がシステムだということの意味がよくわかります。大気中のCO2というのは雨に溶け込んで降る。雨に溶け込んで降って大陸を浸食して海の中に流れ込む。それが海の塩分です。海の塩分というのは大陸地殻の浸食によってつくられるわけですが、その塩分と重炭酸イオンから炭酸カルシウムあるいは炭酸マグネシウム、いろんな炭酸化合物ができて沈殿する。それが、プレートテクトニクスという地球の内部の対流運動に乗って大陸地殻の端まで運ばれて、そこで一部は大陸につけ加わり、一部はマントルに潜っていく。つけ加わったものは皆さんがご存じの石灰岩というものです。石灰岩という格好で大気中にあるCO2が固定されていくということです。一方で、地球の中に入っていくものは、大陸の端付近では珪酸と呼ばれる砂みたいなものと一緒に入っていきます。それらは高温になると反応して炭酸塩という鉱物が珪酸塩という鉱物に変わるわけです。そのとき不要になった二酸化炭素が火山活動を通じて大気中に戻ってくる。一部はもちろん地球の中に入っていって中央海嶺のところで脱ガスして出てくるということもあります。こんな感じで大気中のCO2というのは循環しているわけですね。
これを考慮して、先ほどの太陽の明るさが変化したときどうなるかという計算をしますと、実は大気中のCO2というのは変動することによって、入射太陽光量というエネルギー源の変化を、その温室効果を通じて調節するという作用を持つことがわかります。具体的には、例えば太陽が暗くなって温度が低下すると、これは今の地球温暖化と逆のことですが、雨が降らなくなる。雨が降らなくなるということは、大気中からCO2が除去される割合が減るということです。火山活動はそれには関係しませんから、出てくる量が変わらないとすると、大気中のCO2がふえていく。太陽が暗くなると大気中のCO2がふえて温室効果を増して、全球を1年間平均した摂氏15度という地表気温がずっと維持される。そのかわり、太陽が暗くなっていくとともに、大気中のCO2量はふえていく、こういうことになります。
これを、過去から現在への変化として述べれば、大気中のCO2が昔は多くてだんだんと減ってきて現在のような量になった。大気中にあったCO2がどういうものに変化したかというと、それは炭酸塩岩であり、あるいは一部はもちろん光合成を通じて有機炭素として固定されて、それが地球の中に入っていく。これはケロゲンであるとか、石油、石炭、あるいは天然ガスみたいなものの、もとになっているわけですね。今のは寒冷化した場合の話ですが、温暖化すれば逆で雨が多く降る。すると大気中のCO2は除去されて減っていくと。だから地球は、歴史を通じて大気中のCO2を減らしてきた。現在地球の歴史上最低のレベルあるということです。280ppmという値は現在最低レベルにある。逆に言うと我々がちょっと出すだけで地球環境に影響を及ぼす。ちなみに、1億年ぐらい前の地球でしたら、CO2濃度というのは1,000ppmぐらいあったわけですから、我々が100ppmぐらい出そうが、地球環境に大きな変動は及ぼさない。たまたま最低レベルにあるために大きな影響を受けている。こういうことですね。
じゃ、その未来はというと、実は地球の未来は、CO2が大きな影響を持ちます。人間圏がなくなればという前提のもとですが、どうなっていくかというと、地球の歴史を通じてやってきたことと同じことを繰り返すわけでして、CO2をどんどん減らしていく。このように減らしていくとあと5億年もすれば二酸化炭素濃度レベルというのは今の10分の1ぐらいになる。10分の1ぐらいになると生物が光合成反応をできなくなる。よって生物圏がなくなる。美しい星というのが、生命が住む星という意味だとすると、あと5億年もすれば地球は美しい星でなくなる。我々がどうやろうと、生命の惑星という地球の特性は、あと5億年ほどでなくなるということです。
それが地球システムというものなんです。実はその中に今我々は人間圏をつくって生きている。この人間圏をつくって生きるという生き方が文明ではないかと私は考えています。今まで文明を自然科学的に論ずるということはほとんど行われなかった。したがってそれをどう定義するかということで、いろいろ考えた末に私が思い至ったことですが、人間圏という、地球の構成要素を一つ、それをつくって生きる生き方が文明なんだと。具体的にはどういうことかというと、実は狩猟採集から農耕牧畜へと生き方を転換したときに人間圏が誕生したんではないかということです。約1万年前のことです。具体的に人間圏てどんなものかというと、夜半球の地球を思い浮かべていただければいいんではないかでしょうか。この図が人間圏ですね。都市の明かりであったり、いろいろな明かりが人間圏の象徴として夜半球には見える。
今述べましたように、狩猟採集という生き方と農耕牧畜という生き方を地球システム論的に分析すると、狩猟採集とは生物圏の中にとじて生きる生き方のことです。これは別に我々に限らず、動物がしている生き方なんですね。食物連鎖に連なるという言い方をしてもいいんですが、生物圏の中にとじて生きるということです。人類は700万年ぐらい前に誕生し、現生人類も16万年ぐらい前にアフリカに誕生しておりますが、その間の大部分は生物圏の中の種の一つとして存在してきたということなんですね。現生人類に至って1万年ぐらい前に初めて、実はそこから飛び出したんではないかと。なぜかというと、農耕牧畜という生き方は、地球システムの物質・エネルギーの流れに直接かかわる生き方なんですね。例えば森林を伐採して農地に変えるわけですが、その結果としてどういうことが起こるか。太陽から入ってくるエネルギーの反射率が変わります。アルベドといいますが、アルベドが変わる。ということは太陽からのエネルギーの流れを変えてるわけですね。それから、そこに降る雨が大地を浸食する割合も、森林が覆っている場合と農地では全く違う。浸食する割合が違うということは物質の流れを変えるということです。あるいは水の滞留時間というものを比較しても同じことですが、森林がある場合は、そこに水が滞留している時間が長く、それに対して農地の場合には短くなる。というふうに、地球システムの物質・エネルギーの流れに直接かかわって生きるというのが農耕牧畜なんですね。それを地球システム論的に言うと、実は人間圏という、生物圏から飛び出して人間圏をつくって生きる生き方なんだと。現在とは、したがって、地球史というレベルで画期なんですね、時代を分ける時代だといえます。システム論的に地球の歴史を考えれば、現代というのは、例えば海が生まれたころ、大陸地殻が生まれたころ、生物圏が誕生したころと同じということです。全く新しい時代に、今地球という星が突入しているんだと、こういうふうに認識できます。
 ちなみに、皆さんは汚染というと、何か非常にとんでもないことのように思われているかもしれません。しかし、地球環境の歴史を考えると、それはまさに汚染の歴史なんですね。大陸地殻が誕生すると、先ほども言いましたように大陸地殻の物質が海に流入する。ということは、海が汚染されるということです。海が汚染された結果中和されて、大気中のCO2が海に溶け込める。その結果、地球の大気は二酸化炭素を主成分とする大気から窒素を主成分とする大気へと変化した。又、生物圏が誕生したときには、大気や海が酸素分子によって汚染されたわけです。その結果、窒素大気から窒素・酸素大気へと変化した。人間圏の誕生によって、今我々が地球を汚染しているということは、まさに人間圏という新しい物質圏が地球システムに加わったという証拠です。地球環境の変化というのは、まさにそういう汚染の歴史であるということになるわけです。
 そういうふうに人間圏というのが定義できまして、次に人間圏の発展段階がどう考えられるのか。現在の人間圏と、誕生したてのころの人間圏とは明らかに違うわけですね。これもシステムとして人間圏を考えると、その発展段階が2つに分けられる。それは非常に単純なことです。人間圏の内部に駆動力を持つかどうかということで分けられるわけでして、ない段階というのは、これに名前をつけるとすればフロー依存型人間圏、要するに地球という星に駆動力があって、その駆動力によって引き起こされる物質循環・エネルギーの流れを、人間圏にバイパスさせることによって人間圏を維持する段階です。これはどこに例をとってもいいんですが、日本を例にとれば、江戸時代の日本というのがまさにフロー依存型の人間圏です。現在はというと、実は駆動力を人間圏の内部に持つ段階です。その駆動力というのは、実は地球システムのほかの構成要素に蓄えられていたものを利用するという意味で、ストックに依存した人間圏。要するに、ほかの物質圏の中にある物質(資源)を利用して、我々が新たに地球システムの中に物の流れを引き起こす、そういう人間圏なんです。それが現在の日本であり、世界であるわけです。
 フロー依存型人間圏といえども新しい構成要素が付け加わるわけで、地球システムとしては変化するんですが、地球システムの物の流れを、ただバイパスさせるだけという意味で、それほど大きな環境変動というのは起こさない。江戸時代に環境問題があったかといえばほとんどなかったわけです。問題は何かというと、ストック依存型人間圏の場合に、環境変動を引き起こすという意味では大きな変動を引き起こす。それは何かというと、その段階の人間圏の場合我々が欲望を拡大しても生きられるということです。人間圏への物質及びエネルギーのフラックスを拡大できるわけですね。フラックスが拡大するということは、人間圏がないときの地球システムの物質循環のスピードと比較すると、それを早めるということと同じです。例えば現在我々がやっている生き方というのは、人間圏がないときの地球システムの物質循環のスピードと比較すると、約10万倍になっているというふうに推定できるわけです。したがって、我々が100年人間圏をつくって生きるということは、人間圏がないときの地球の歴史でいくと、1,000万年に相当する変動を引き起こすわけでして、したがって地球環境問題を初めとするさまざまな問題が顕在化する、というのが現在の状態なわけです。
 それではどうしたらいいか?実は、我々とは何なのかということを考えないと、我々がこれからどこへ行くのかということは論じられません。我々とは何かということを問わなきゃいけないんですが、これまで我々とは何かという問題は、基本的に2つの立場でしか論じられておりません。1つは生物学的人間論ですね。生物学的には、現生人類と他の人類は同じ、人類どころじゃない動物は同じということです。よく言われているように、チンパンジーと人間は遺伝情報という意味では約1.5%しか違わない。というような比較でいろんな議論が論じられている。生態学的な立場に立つ人というのは基本的にはこういう人間論にたって議論を展開しているようなものですね。我々が生物と同じということは、人間圏という概念はないわけで、生物圏の中に種の一つとして存在しているということです。そういう段階の人間論です。それを拡張して、人間圏をつくって生きている今の我々も論じるという意味で、いろんな意味で矛盾が生じます。
 もう一つの人間論というのは何か?もちろんこれは哲学的人間論です。哲学的人間論というのは実は我々については論じないんですね。基本的には、我とは何かということを論じているわけです。つまり、デカルトの言葉で有名な「われ思う、ゆえにわれ在り」というのがあります。この言葉が代表していると思いますが、結局は認識とは何かとか、その認識する全体とはという問題。我とは何かを論じますが、我々とは何かは論じない。今問われているのは我々とは何か、その我々がどこへ行こうとするのかということで、こういう問題を論じようとすると、実は私は別の人間論が必要なのではないかと思います。それは地球学的人間論とでも呼べるものです。人間圏をつくって生きる我々とは何か、そういうことを問わないと、文明や地球環境問題を本当に問うていることにならない。この我々(現生人類)とは何かということで、いろいろ考えたわけですが、非常に簡単化して言うと、我々現生人類にしか持たない生物学的特徴というは2つあるんではないかと。1つはおばあさんという存在。もう1つは、我々は言語を明瞭にしゃべれる、ということですね。おばあさんが誕生したことによって実は人口増加という問題が起こり、言語が明瞭にしゃべれるということで、大脳皮質におけるニューロンのネットワーク化が起こって、我々は脳の中に外界を投影した内部モデルをつくることができるようになり、それを通じていろんな議論をすることができる。それは認識する時空を拡大できるということです。動物というのは基本的に、現在という瞬間と、その瞬間に認知できる周りの空間の中でしか物事が判断できない。我々はそれを拡張して宇宙という時空スケールで議論ができる。
 実は、この2つ特徴を持ったために、我々は人間圏をつくっていき始めたんであると。そういう我々がこれからどこへ行こうとしているのか、が問われているのが実は地球環境問題です。それは地球や人間をここできちっと考えないといけない。ちなみに人類というのは700万年以上前に人類というのは誕生して、その後さまざまな人類が生まれてきました。ホモサピエンスサピエンスというのか、単純にホモサピエンスというのか、これは分類をどう考えるかという問題でいろんな立場がありますが、現世人類が誕生したのは16万年くらい前です。途中ネアンデルタール人というのが、3万年ぐらい前までは一緒にいたわけですね。ホモネアンデルターレンシスですが、彼らは絶滅し、我々ホモサピエンスは生き延びた。この我々とネアンデルタール人の違いはどこにあるのか?今言ったような2つの点が違うんではないかと。
 ここでおばあさんというのは、生物学的な意味のおばあさんです。哺乳動物の場合、普通雌というのは生殖期間が過ぎると死ぬわけです。チンパンジーとか猿がこの図に例として挙げてありますが、ネアンデルタール人も同じです。しかし、現生人類だけは、雌が生殖期間を過ぎても長く生き延びる。この長く生き延びている状態を今ここでは、おばあさんと定義する。おばあさんが誕生すると、当然お産の知識が娘に伝わるとか、あるいは娘の子供の世話をするとか、あるいは共同体の子供の世話をする。その結果、例えば、娘が次の子供を生むまでの期間が短縮されて、結果としては、人口増加になる。16万年ぐらい前にアフリカに誕生した人類は、出アフリカをして、五、六万年前には世界じゅうに散ってしまいましたが、それが原因ではないか。我々は人口増加でいつでも食料難に直面していた。したがって、1万年ぐらい前の気候変動に伴って、季節が規則的に巡るようになると、採集していたものを栽培するようになる。それが農耕の始まりだろうと考えられます。
 そうやって余剰の食料が生産できるようになると、たくさんの人が共同体をつくって住めるようになるわけですが、もし我々にコミュニケーション能力がなければ、戦争みたいなことが起こるわけでして、そういう共同体が維持できない。維持するためには脳の中の構造が変わらないといけない。実は我々の場合にはたまたま喉の声帯の位置とか、長さが変わり、言語が明瞭に話せるようになったということで、大脳皮質のニューロンのネットワーク化が起こった。言語が明瞭に話せるということがどう脳のニューロンの接続の仕方に影響するか、このことはよくわかっていないわけですが、結果として、脳の中でニューロンが接続して、いろんな情報処理ができるメカニズムが生まれてきたのではないか。ということで、先ほど述べたように、言語がしゃべれるようになって、脳の中に外界を投影した内部モデルができるようになった。食料が増産できるようになり、その結果共同体がつくられたときに、共同体を運営していく能力ももつ。そして現在のような人間圏に至ったのではないか、というふうに考えられます。
こういう認識に基づいてこれから人間圏がどこへ行くのかを考えなければならない。地球と人間に関する、以上のような理解に基づいて、どこに行くのかということが問われている。それが地球環境問題の本質でして、低炭素社会というのも基本的には、やはりそれと同じような物事の理解の上に考えていかなければいけないのではないか。私は最近は人間圏の維新か革命か、という言い方をするんですが、維新というのは、過去に理想郷を求めるということでアルカディア、未来に理想郷を求めるとユートピアということで、維新か革命かという選択を迫られていて、我々は人間圏をつくったときと、今と同じ選択の岐路に立っていた。これからどうしたいのかという時も同様です。それは基本的には、地球システムと調和的な人間圏とは何かということです。そういう人間圏のための、新たな内部システムというのがどんなものかと、それをどうつくるのか、ということが問われている。それが今回の低炭素社会を構築するという問題に関係するだろうと思います。物質循環のスピードが早いためにこういう変化が起こっているとすると、非常に単純なのは、それを遅くする。物質循環のスピードをスローにする、そのための仕組みをどうつくるのかということになろうかと思います。
もう一つの問題は実はそれとは全く違う問題です。この後坂村さんが来てそういう話をするのでちょっと触れておきますと、もう一つの問題は、インターネット社会になって、人間圏のユニットをどうとるのかという問題が新たに生じている。人間圏というのは、いろんなユニットが重層的に絡み合って、一つのシステムとして成立している。要するに構成要素が複数あって、それが一つのシステムとして機能し、維持されているんですが、インターネット社会のように個人をユニットしたときにはどういうことが起こるのか。それは私ふうに言えば、実は人間圏がビッグバンを起こすことです。混沌と無秩序状態になるということですね。この問題をどう考えるのかという問題です。
40分ほどの話ということで、あと2分ほどになりましたので、最後に私自身がどういう提案を考えているのかを述べておきます。物ではなく機能に注目する、そういう価値観が重要であると思います。僕は「レンタルの思想」という言い方をしています。我々は自分の体だと思っていますが、これは物としては地球からの借り物です。死ねば地球に戻るものとしてはですね。あるいは、短期的に例えば外国で住むときに、我々がものを所有するかというと、そういうことはしない。車も家も何もかも、みんなレンタルします。その中間のタイムスケールになると、物として所有することにこだわるわけでして、こういう、物に執着して物を所有するという生き方を変えない限り、基本的にはスローな生き方というのはできないのではないかというふうに思っております。これは物事の考え方ということでして、具体的にどうなのかという話までは私もまだ考えていません。地球も宇宙も生命も、まだやることがいっぱいあっておもしろいので、それ以上具体的に考える気にはなっていません。今日の与えられたテーマでいけば、こういうような物事の考え方の上に、いろんな問題を具体的に考えていくのがいいんではないかというふうに思っております。
時間が来ましたので、私のプレゼンテーションはここで終わります。

○鈴木部会長 ありがとうございました。大変いろいろな意味で啓発されるお話をお伺いしたと思います。
 ご出席の委員の先生方からいろいろご質問、あるいはご意見があろうかと思いますので、もしおありでしたら名札を立てていただければと思いますが。よろしいですか。
 では、長辻委員の方から始めていただきましょうか。

○長辻委員 大変興味深いお話をありがとうございました。
 一つ、お話を伺っていてふと思ったんですけれども、地球環境への歴史的なというか、46億年の歴史の中でも重要な悩みとして6,500万年前に恐竜社会と哺乳類社会を隔絶する事件が起きましたけれども、あのときの巨大隕石はチクサラブ隕石でしたか、あれをお話を伺いますと地球の活動によって石灰岩として地球に持ち込まれた、要するにストックとしての二酸化炭素が隕石の衝突ということでもって大気圏に放出されたと、これは膨大な量が出たんですか。

○松井孝典教授 二酸化炭素だけじゃなくてSO2とかも放出されます。石灰岩のあるところには実は石膏みたいなのがいっぱいあるんですね。石膏というのはCaSO4なんですが、それが蒸発すると、SO2が大量に出ますね。ですから二酸化炭素も出るしSO2も出る。更に言えば、窒素の大気が加熱され、温度が高くなって酸化されますから、窒素酸化物もつくられる。ということで、我々が今直面しているようないろんな環境問題が全部生じます。一酸化窒素みたいな物質はオゾン層の破壊にも影響します。従って、衝突のときに、我々が、現在直面するような地球環境変動はほとんど起こっただろうと思われます。

○長辻委員 そうすると、やっぱりそれが恐竜社会と哺乳類社会を分ける一つのきっかけになったと考えてよろしいんでしょうか。

○松井孝典教授 多くの人はそう考えていると思いますね。もちろんそれに反対する若干の人はいますけれども。環境変動と生物の絶滅まで含めてどういうことが起こったのかということは、実は今我々も調査中です。衝突があったという事実、これはわかっているわけですが、その結果として地球システムにどのような影響を及ぼしたということはまだ十分調べられていないので、今年もまた11月にユカタン半島に行きますけれども、そういう調査を現在もやっているということです。

○長辻委員 どうもありがとうございました。

○鈴木部会長 いかがでしょうか。ちょっと、私それではお伺いしたいんですが、最後の結論のところの人間圏の岐路でしょうか、最終的に、一番最後のレンタル、リースというのは私も大賛成なので私もそちらの方向に向かうべきだと思っているんですが、その前にありましたいわゆるユニットをどう考えるか。まさに個という形でいろんな意味での分解が起こっていったときに、個を支えるための社会システムというか、ある種のシステムが必要になりますね。レンタルでもそうだと思いますが。それが一体どういう形であるべきなのかというようなものについては何かお考え、イメージはお持ちでしょうか。

○松井孝典教授 そのためには人間圏のユニットの問題をきちっと議論しなきゃいけないと思いますが、そうなると実は国家とは何かとか、EUみたいな地域連合とはとか、それから、日本の国内でいえば、道州制の問題から何から、みんな絡んで来るんですね。私自身もいろいろ考えてはいるんですけれども、システムとして具体的にそれをどういうふうに構築していったらいいのかとか、どういうのが最適なのかというようなことに関しては、なかなかちょっと今思いが至らないというのが実際ですね。

○鈴木部会長 今後、それじゃ期待させていただいてよろしいですか。
もう一つ、フロー依存とストック依存という分け方をされましたけれども、現在がストック依存といっても非常に限られたストックに依存しているわけですね。ある意味では資源の寿命も大体見えてきている。そういう意味ではストック依存といいながら非常にある意味では特異な時代であって、いずれはまたフローに戻らなきゃいけない。そういうところの、それがまさに低炭素社会というんでしょうか、そちらの方向に向かわざるを得ない。そこへのトランジションというか、そちらに向けて何かもう少しありませんでしょうか。

○松井孝典教授 それに関して、私自身が考えているのは、人間圏の内部に廃棄物という格好でストックが物すごくあるんですね。これをどう使うかという問題だろうと思います。資源という意味でいえば都市鉱山という言葉がありますけれども、こういうものをどう開発していくのかという問題です。実際に日本ではそういう取り組みが盛んにされていますよね。そういうものを利用して、過渡的に乗り切っていくというのが、現実的な問題だろうと思っていますけれどもね。

○鈴木部会長 ストック、資源に関しては多分そういう形なんでしょうが、エネルギーに関しては。

○松井孝典教授 エネルギーは、本来はやっぱり自然エネルギーと呼ばれるものを利用するんでしょうけれども、問題はその場合、分散していて非常に密度が低いわけですよね。たくさんいろんなものをつくらなきゃいけない。1個で大量にというと原子力ぐらいしかないわけで、風力にしても何にしても、非常に分散的ですよね。こういうものをどう取り込んでいくかというときには、もう都市のあり方みたいなものを考えないといけない。東京のように何千万も1カ所に集まって住むようなあり方というのを改めない限り、エネルギーの問題の解決はなかなか難しいかなとは思います。

○鈴木部会長 桝井委員。

○桝井委員 一つお伺いしたいのは、ガイアの理論で有名なラブロック博士が非常に地球の生存圏というか、彼の得意の考え方がありますけれども、似たような話をされたように思いましたが、これについては先生はどうお思いになっているのが1点で、もう一つは、昨年の彼のいろんな発表したものによりますと、地球自身のいわゆる地球が生存する力というか、それが既にある限界点を越えて非常に悲観的な意見を述べておられますけれども、これについてのご意見はいかがなものでしょうか。

○松井孝典教授 彼は、生物圏が誕生した以降のある段階の地球システムを前提にして、その状態から外界の条件が変化したときに地球がどう応答していくかという種類のシステム論を展開しているわけですね。地球という星は、別に生物圏が最初からあったわけじゃありません。生物圏というのは今から20億年ぐらい前に生まれたわけです。それ以前から地球は存続している。生物圏がないときの、地球という星のシステムがどうなのかということで、先ほど二酸化炭素の循環のモデルを示したわけです。ラブロックは実はそうではなくて、生物圏を主体にした地球システムを論じているわけですね。ですからその前提がおかしい。このことは彼自身もわかっていると思います。地球の生存力というのはどういうものか、ちょっとはっきりしませんが、先ほど私が言いましたように、生物圏そのものがこれからあと5億年すればなくなるわけですよね、このままいけばね。ですから、生物圏が地球が海を持つような環境をどう維持するかという話とどう関わるかは、実は余りつながらない。ラブロックがどう思おうと、それは彼個人の考えなんで構わないんですが、地球という星に関してラブロックの考えているようなことが、正しいと考えているような人は少ない。私は別に彼が個人としてどういう意見を述べようとそれは構わないんですが、地球自身の営みとして環境を恒常的に維持していくようなメカニズムというのが、衰えているわけではないと思います。ただ、大気中の二酸化炭素濃度を減らして、地表温度を維持すると今言ったようなメカニズムはきかなくなる。まず、生物圏が5億年ぐらい先になくなりますが、その後あと10億年もすれば大陸がなくなるんですね。結局は、太陽のエネルギーの方が勝つんですね。最終的に地球は温暖化していく。温暖化していって、地表気温が例えば70度にもなれば、海からの蒸発が非常に盛んになって物すごい大量の雨が降るという格好で大陸地殻がなくなり、海がなくなりして金星化していきます。そういう意味では、今ここで示したような、二酸化炭素の循環モデルというメカニズムで、地球環境が維持されるという能力は永遠に続くわけではありません。しかし、それとラブロックが言うメカニズムとは違う、そういうふうに思っています。

○鈴木部会長 浅岡委員。時間が押してきましたので、簡潔にお願いいたします。

○浅岡委員 今私たちがここで議論をする踏み台として出されているのが革新的技術の開発、それを中核とする低炭素社会づくり、その革新的技術の開発として今ここに指摘されているものはストップ低炭素をまたもとへ戻そうという発想なんですが、この発想は私たちが描いている維新型あるいは革命型どちらなんですか、それともどちらでもないんでしょうか。

○松井孝典教授 それは難しいですね。今の場合はどっちも含んでいます。ただ、今維新か革命かといっている意味は、我々は岐路に立っているんだという意味で、維新か革命か、あるいは第三の道か、とにかくそれを模索しなければいけないという意味で言っています。技術的にそれがどっちなのかということは、今日は私は別に技術じゃなくて考え方ということでお話ししたんで、技術的な問題はまた別にいろいろ考えられるとは思いますが、どっちということを特定して考えているわけではありません。

○鈴木部会長 ありがとうございました。
 まだまだ多分時間があればいろいろなご質問があろうかと思いますが、松井先生、本当にきょうはお忙しいところをありがとうございました。また何かの機会にいろいろとお話を伺うことがあればと思っております。どうもありがとうございました。
 それでは続きまして、坂村先生にお願いしたいと思います。坂村先生もご紹介するまでもなくトロンコンピュータであったり、ユビキタスであったり、今のIT社会の寵児でいらっしゃいますので、坂村先生の方からきょうは持続可能社会という観点でお話をお伺いいたします。どうぞよろしく。

○坂村健教授 ご紹介いただきました坂村です。私、最初にちょっとお断りしておきます。松井先生のような5億年後とか10億年単位のものは考えていない人間だということ。今の時代を生きているコンピュータを専門としている研究者ですので、そういう観点から話をさせていただきます。
 いきなりなんですけれども、最近レコーディング・ダイエットというのがはやっていますが、メタボとかいろんなことが言われて、何とかしてやせたいということで、いろいろに方法がいろんなところに出ているんですよね。これはその中ではちょっと異色で、記録するだけのダイエットなんです。何もしない。本当に記録するだけなんですよ。それ以外何もしない。「いつまででもデブだと思うなよ」というベストセラーになった本があるんですけれども、体重とか食べた物を細かく記録するだけでほかには何もしないで何十キロもやせたという話が話題になっている。
 何でそういうことがなるのかというと、人間というのはフィードバックによるチューニングに快感を覚える生き物なんですね。要するに何かやって、結果を見て、また何かやってそれがまた戻ってくるそれで、結果がだんだんよくなるとうれしい。ですから、金銭的利益がなくてもテレビゲームにはまるというのはそれです。ゴールがないテレビゲームというのをずっとやり続ける人までいるんですよね。どうしてやるのかなというと、やっぱり何か起こすことによってアクションがあって、それがフィードバックして少しづつうまくいくようになるのがうれしくて、またやるということのループに落ち込んじゃっているわけで、そういうことで快感を覚えているわけですね。
 逆に言うと、自分の工夫が結果としてすぐ目に見えないと結構やる気が出ないんです。工夫してもその結果が一貫性がないように見えるとだめで、だからどういうことをやったらどうなったかということが見えるように可視化するということが非常に大事なんですよね。ちょっと言い方は悪いんですけれども、「欲しがりません、勝つまで」とか、そういうことは現代では不可能に近くて、例えばCO21人1キログラム減なんていう国民運動はうまくいくわけないんで、だめだということです。要するに個人が欲しがらないことが全体の価値につながるのかどうかということが重要で、自分がどう欲しがらなかったから全体がどう勝つのにつながったのかということが可視化できないから乗らないですよ、こういうことをやっても。
 そうなってくると、結局どうしなきゃいけないかというと、サステナブル貢献の可視化をしなきゃいけないんですね。ソーラーパネルを導入した家で省エネが進んだといわれるのは、ソーラーパネルの発電ということ以上に入電量とか発電量のメーターがついているからだといわれます。電力使用状況がはっきりわかるんで省エネするようになる、ということの方の効果が太陽発電より大きいという説もあるぐらいです。そうなってくるとどういうように可視化するかが重要ということになってきます。しかし、ここで大事なことは、可視化のためだけに設備を導入するというのでは多分うまくいかないということです。
可視化が重要だからって可視化のためだけの設備をみんなの家につけたらいいかというとそれはまただめで、ソーラー住宅の場合もメーターというのは発電した電力を売るためというのが第一にあって、別に可視化することが目的ではないんですよね。
省エネナビというのがあるんです。これは財団法人省エネルギーセンターというところの配電盤の電量をモニターして、無線で居間の表示器に送るシステムです。趣旨は悪くないと思うんだけど、結果はあまりうまくいってないようです。どうしてうまくいかないかというと、趣旨はわかるんだけども画面が地味過ぎてゲーム的グラフィックなどでわかりやすく表示する手法は幾らでもあるにもかかわらずそういうこともやってないし、またもっと大きな問題というのは総電力消費しかわからないんですよね。そうすると、どの機械がどの時間帯にどれぐらいのエネルギーを消費しているかはっきりわからない。それだと、工夫する戦略も立てられなくなっちゃうし、また機器を一々切ったり入れたりするのは手間が大きいと楽しくなくなるわけですよ。楽しさとかなんか、さっきのテレビゲームのどうしてやるのかみたいなことを考えないと、ただ単に可視化できればいいというわけではない。
可視化は重要なんだけど、可視化は単に何でもいいから出せばいいんだろみたいなんではちょっとやっぱりうまくいかないということですね。だから、そういう意味でいくと、理想を言えば、例えば家庭の電気製品おのおのの消費電力がモニターできるとか、家庭の中のさまざまないろんなポイントで温度とか湿度とか照度とか発熱とか、だからもっと何か、今のゲーム的な形でもってもっといろんな情報が出て、その情報を見ることによって何か考えて、それで止めるとどうなるのかとか、例えば断熱を強化するとどうなるのかとか、追求するとどうなるのかとか、そういうことが何か直感的に住んでいる人たちにわかるような、ゲームのように提示してくれるようなモニターとか、例えば一々切ったり入れたりしないでもそういう利用のポリシーをセットすると後はそれに従って自動的にそういうことができるようになるとか調整してくれて、それでどれだけ省エネできたが点数が出るとか。
つまりは大がかりな家庭内の――こういうのは私たちの情報の世界だとセンサーネットワークとか、制御ネットワークといんですが――そういうものを実現しないとそういうことはできないんだけど、逆にそういうことができるようになれば最大限快適性を維持しながら効率化もできるようになるんじゃないかというふうに思うわけです。
しかし、問題は、大体省エネというのはそもそも後ろ向き、ちょっとこういう言い方は難しいんですけどね、後ろ向きというか、住んでいる人間にとって直接的生活環境がよくなるわけでもない、だからプレジャーにつながらないんですね。そういうものというのはそのためだけに大がかりな設備投資する人が一体幾らいるのかとか、そういうことができるからといっても、多分だめでしょうね。省エネのためだけに今言ったような大がかりなセンサーネットワークを家の中へ入れろなんていっても、第一コストが下がらないですよ、みんなが入れないから。それから導入する人も何のために導入するかわからないから、一部の変な人しか入れないということになると全然先へ進まなくなっちゃうわけですよね。
これリサイクル・リユースも同じなんですよね。例えば消費財に電子タグをつけてリサイクル・リユースのための情報を入れておけばリサイクルの効率化が可能だろうというんだけど、リサイクル・リユースの効率化のためのコストアップがどの程度まで容認されるのかとか、または、そういうことをやっていくとき一部のメーカーの一部の製品しか情報が付いていないんだったら効率化につながらないんであって、やるんだったらもうインフラというか、全部やるというふうにしない限りこれも余りうまくいかないんですよね。
そうなると、どうしたらいいかというと、1つ非常に重要な考え方がユニバーサルデザインという考え方で、ユニバーサルでまたオープンにして、それを何かのためだけというようなことじゃなくて、何かインフラにしていくというような努力をしないと、例えば省エネのためだけのなんていうのじゃ、全然口で言うだけになって全く進まないというふうになっちゃうんですね。ユニバーサルということが重要で、このユニバーサルというのは一言で言えば何にでも使えるということですから、ボランティアから商業利用まで、いろんなところでユニバーサルという言葉は最近世界的にも注目されていますけれども、省エネにも使えるけど安全・安心にも使えるし、娯楽にも使えるし、快適にもなるとか、そういうような形でいかないとうまく多分実現にはつながらないだろうということです。
結局これ道路と一緒で、何かのためだけの道路というのでは社会コストに見合わないんで、例えば救急自動車しか通さない道路なんていったって、そんなもの絶対実用になりませんから、例えば観光自動車も通るし、救急車も通れば霊柩車も通るし、トラックも通るし、働く車も遊ぶ車もみんな通るというのが道路ですから、インフラという考えはそういう考えで、そういうようにつくっていくしかないんですね。特に情報通信分野ですね、ICT(インフォメーション・アンド・コミュニケーションテクノロジー)の世界ではインフラ型の効果が非常に大きいんですよね。ですから、全部が使うということになって初めて量産効果が出て安くなるということになってくるわけです。インターネットは典型的成功例でありまして。
ただ、そういうようなインフラ型のアプローチでこういうようないろんなことをやろうとすると、これは一般論なんですけれども、一般的に死の谷といわれている、デスバレーといわれているものなんですけれども、インフライノベーションほど死の谷が非常に深くて、死の谷って何かというと、研究開発してからそれを実用化して、それを全部普及させるのにすごく時間がかかるんですよ。だから1年でやってくれといってもちょっと無理で、最低ユニット10年という感じになる。例えばインターネットどのぐらいかかっているかというと、インターネットの最初の論文が出たのはパケット交換のTPCP/IPといういわゆる通信プロトコルの基礎的な論文なんですけれども、それが出たのが1961年なんですね。それの実験機が動いたのが大体10年かかって、アーパーネットって最初言ってたんですが、それが動くのに10年かかって、さらに商業開放されるのにそこから20年かかって、そこまで軍事技術でしたから開放されてなかったんですけれども、そこまでたくさんのお金をもちろん使って、だから全然もうからないですよ。その間、商業利用していたわけじゃないですから。それで1990年になって商業開放されてから、今みんながインターネットで何かビジネスになってもうかるねとか、ウェブ何とかとか言い出しているというのが2007年ですから、そこから17年たっているんですよね。考えると、最初の61年から、研究がなされたときからどのぐらいたっているのかというと45年以上たっているわけで、そう簡単にきょう言ったから、はい、あしたというふうにインフラはできない。
ただ、インターネットの場合はご存じのようにもうインフラになっていますから、インターネットを使ってあらゆる情報が世界規模で情報交換できるようになっているわけですよね。そうすると、もうからなかった40年ぐらいにわたって一体だれが、死の谷――これはもうからない期間のことを死の谷というんですが――それに橋をかけるのか。橋をかけるのはだれかといったら、インターネットでは米国国防省の多額の開発資金だったんですよね。こういう話になると、こういうことをやろうとするとやっぱり政府が金出さなきゃいけないという話に最後はつながっていくんですけど、民間レベルでやるというのはそもそも不可能なんですよね。だれかがやっぱり音頭とってやっていかない限りうまくいかない。そうなったときにアメリカでは国防省というのが非常に重要な役割をしている。
ところが、今の日本の研究開発の現状を見ると、企業が基礎研究の支えがない、しかも軍事研究費がないですから、日本の場合。私は軍事研究がいいといっているんじゃないですけど、軍事研究費のいいところというのは、研究というのはやっぱり成功が保障されているものじゃないですから、何かやったら必ず成功するなんていうのは研究じゃないですよね。そんなものあり得ない、失敗もたくさんある中で成功しているわけですよね。インターネットもそうで、通信プロトコルの研究は物すごくたくさんのものがあった中から一個生き延びてインフラになったわけですよね。そうなるとなかなか日本の場合は難しいんですよね。
最近私が非常に危惧しているのは、大学や研究所をどんどん独立行政法人化したりして、しかも、昔だと電気通信の世界だと電電公社みたいなものを分断してしまって民間会社にしてしまったために、確かに競争はしているんですけれども基礎的な研究にはもうほとんどお金を投入しなくなって、要するに商品開発の方にお金がどんどん回されるようになって、そういう意味でいくと基礎研究がどんどん今できなくなってきちゃっている。しかも軍事研究ないですから、政府が出すお金に関しても失敗は許されないみたいになっていて、必ず実用化できるのかとか、これは売れるのかみたいなことを、信じられないことに基礎研究に近いようなものでも言われるような時代になってきているわけですね。
そうなっていったときに、これはどうやってやるのかということが非常に重要になるわけで、特に軍事研究がない日本で一体何を目標とするのかというのが、私は非常に真剣に考えないといけないと思います。その目標としては、今ご存じのように日本は過去に例がないレベルの少子・高齢化社会に突入する日本で、そういう意味で社会プロセスの効率化と、今まで就労に困難を覚えた人を労働人口することができないと国が衰退してしまうわけなんで、そういう面から何かできないだろうかということが一つの考え方だと思います。少子・高齢を逆手にとるというか。
そうなってくると、一つ、私は情報の方の分野の人間なので情報面からの社会のバリアフリーデザイン化ができないかということを最近考えています。何でそういうことを考えているかというと、その一つがきょうのタイトルにある持続可能社会ということで、とにかく今私たちが考えなきゃいけないのは持続させるということなんですよね。持続できる社会をどうやったらつくれるのかということ。世界じゅうほとんどの国で、発展途上国ではなくある程度成熟した国はみんな同じだと思いますけれども、極度な発展よりは持続可能な社会をどうつくるかが今テーマになっていいます。例えばきのうまでちょっとヨーロッパにいたんですけれども、ヨーロッパなんか見ていると特に感じまして、急激な開発社会よりは持続可能社会ということをどうつくっていくかということにやっぱり焦点を絞っているように何となく感じます。
そうなってくると、やっぱりライフサイクルコストを重視するというようなことになる。リサイクルからリユースとか、素材レベルからの提案とか、そういうようなことになってくるんですけれども、その実現のためにきょう何回も最初から言っていますように不自由を強いられたり、大きな手間が必要とされると、それを民主主義をやっている以上、強制できない。その極端な例がアメリカというと怒られるかもしれないけど、結局ああなっちゃうわけで、やっぱりだめだということになる。大きな手間になったり、今の社会に大きな何か強制を強いるようなものに関してはちょっと受け入れられないという考え方も出てきちゃうわけで、そうなるとやっぱり、これも今日何回も言っているんですけど、利用者に負担をかけないような最適制御ということをやらない限りうまくいかないだろう。
最近、日本では犯罪とかテロとか災害とか食品の汚染とかいろいろな不安もありまして、今日本において多くの人が求めているのは安心・安全だということですね。安全とは危険のないことで、安心とはさらに不安がないことなんですけど、そういうために科学技術を利用するわけだけど、エンドユーザーに高度な機械を使ってそういうことを実現しなさいといってもなかなか難しいので、人に高度な負担をかけないで、今言ったような安全・安心社会が実現するにはどうするんだろうというようなことを考えています。そうなってくると、結局ユニバーサルな、ここで重要なことは最適制御、要するに最適に持続させるように社会全体をコントロールする情報システムの基盤をつくるべきだろうというような話になるわけです。今言ったようなことが基本的な考え方なんですけど、もう少し具体的に、私がやっているトロンやユビキタス・コンピューティングとか、最近こういう研究活動を活発化させていますので、どういうことをやっているかをちょっとご紹介、2番目の話としてしたいと思います。
トロンプロジェクトでは、30年ぐらい前から、私は組み込みコンピュータの開発の効率化という研究をしています。コンピュータというと皆さんイコール・パソコンと思う方が非常に多いんですけれども、ディスプレィがついてパソコンといわれているようなコンピュータは、年間大体全世界で10億台強生産されています。正確な数はよくわからないんですけれども、10億台ぐらい生産されている。
実は、このパソコン中にはマイクロコンピュータという部品があって、今はコンピュータというのはこのマイコンを使っているものしかないんです。スーパーコンピュータでさえこのマイコンを束にして作っているんです。そのマイコンの世界生産量は大体100億個ぐらいありまして、そうするとパソコンが5億強だといったら、残りの90億個ぐらいは何使ってるんだというと、実はそのほとんどが組み込み用途なんです。私のトロンが対象にしているようなものなんですけど、何で組み込みというかというと、ここにある空調機の中とか、電話の中とか、車のエンジンのコントロールとか、デジタルカメラの中とかいろいろなものの中にコンピュータが組み込まれているわけで、そういうのを組み込みコンピュータというんです。組み込みコンピュータをやっている立場からすると、携帯電話を見ていただけばわかりますように、例えば待ち受け時間500時間とか、そういうようなことをやろうとすると電力をなるべく使わないようにしてという省エネの考え方が最も重要な研究テーマになっています。パソコンをやっている方の人たちというのはどちらかというとそういう考えはないですから、逆に言うと電力を思い切り使ってスピード上げて、もっとグラフィックきれいにしろとか、そういう研究をしているわけです、そちらの人は。だから私たちはパソコンの反対方向にいる研究者です。そういうことをやっていて究極的にどういうことをやろうとしているかというと、あらゆるものの中にコンピュータを入れる研究になっていく。
究極に進めていくと、今までコンピュータが入っていなかったようなものにまで入れようという話になりまして、例えば住宅にコンピュータを入れる、これは1989年ごろからつくっているんですけれども、トロン電脳住宅といいまして、100坪ぐらいの住宅に1,000個のコンピュータを入れて、快適性を維持しながら省エネルギーを行う住宅をつくる。最近では2004年に作った――これはトヨタ自動車が全面的にスポンサーシップしてつくったですが――PAPIという私が設計した住宅なんですけど、この住宅はエネルギーの全体コントロールまでコンピュータを限りなく使うことと新素材の利用により、この家の使うエネルギーを最低レベルまで下げるにはどうするかという研究のためにつくったものなんです。それだけじゃなくて、中に住んでいる人も快適性が実現できないと単に省エネする家だけではだれも住まないだろうということで、逆に最高に快適というのは一体どういうことからということから、分散空調を入れるとか。分散空調というのは、こういう大きな部屋で1個空調機を入れて、この部屋全部を涼しくしようとすると、これだけの方がいるときは全部つければいいんですけれども、1人しかいないときはもったいない。その考え方をやるには小さな空調機をたくさんつけて、人がいるところだけ点けて残りは消すとか。照明もそうですよね。全部の照明が1個のスイッチをぱちんとやったら全部がついたり消えたりといったら、1人いるときでもみんないるときでも全部の照明をつけないといけないんですけど、個々の照明に1個1個にスイッチがついてるなら、もしも2人しかいないなら2人いるところだけ電気つけて、残りのところは全部電気消そうというようなことができるようになる。それを究極やるとどうなるかというようなことを試しているんです。すべての電気を使う機器・設備に関してはきめ細かくコンピュータでコントロールして、1個から全部をつけるから消すとかいろんなことを、人間に手間をかけずにできるようにしましょうとか、簡単に言えばそんなようなことをやるっているんです。
それとか、あと協調動作というようなことをやっていて、これは私昔からこれやって、89年のころの家からやっているんですけれども、例えば窓がコンピュータであいたり閉まったりするようにすると、外に風が吹いているということが屋根についているセンサーでわかると、例えば窓をあけて空気を通して空調はつけないんですけれども、雨が降ってくると自動的に窓が閉まって例えばエアコンを初めてつけるとか、そんなようなことですね。
ほかにも、捨てるときに使うための情報――リサイクルの方法とか、どうやって処分するのかという情報を小さな砂粒ぐらいのマイクロチップを使ってモノに付けておいて、処分するときに自動的に読みこんでごみを最適に処理できるようにしておけば、リサイクルできるものを埋めちゃうとか燃やしちゃうということがなく、それだけピックアップしてリサイクルできます。そういうのも自動的にやらないと、家で細かく分けろといってもなかなかやらないですよね。で、一軒でもとゃんとやらない家があると、結局後でチェックしないといけなくなる。
これもヨーロッパ行ったときに聞いたんですけど、日本というのは一番、ごみの分別をやるらしい。日本人は真面目だから、ちゃんと分けなさいというと結構分けるんですね。国民性の違いもあると思うんですけどね。一時問題になりましたけど、イギリスの田園のすごくきれいなところで、穴掘って変なものをたくさん埋めちゃって問題になったとか、結構起こってますね。ヨーロッパは遠目で見てるとすごくきれいなところですよね。パリなんかもそうです、遠くから見ると物すごくきれいなんだけど、近くにで見ると結構汚いですよね。日本は逆で、遠目で見ると何となくバランスが悪くて汚いんだけど、近くで見ると結構きれいです。
究極のユーザーインターフェースは、何を操作したがっているかを環境が自動認識するというようなもので、理想は完全自動。住んでいる人と共生するようなコンピュータがあって、その人のことがわかって、言わなくても電気消したりつけてくれるような気が利く住宅が理想の住宅じゃないかなと思って、そういうちょっと変わった住宅をつくって、研究しているんです。こういうものの背景にあるコンセプトは状況意識というもので、現実世界の状況をコンピュータが自動的に認識して、人間に意識させないでいろいろ細かい最適制御を行うシステムというものです。これがユビキタス・コンピューティングの本質だといわれています。今までのコンピュータというのは人間の社会と完全分離しているわけですね。今のネット社会というのも人間の生活とは別のネットの世界になっているわけですけど、もっとそうじゃなくて現実の世界に小さな組み込みコンピュータを入れることにより現実の世界をコンピュータが認識することによっていろいろなイノベーションが可能になる。
そういう観点から見ると、20年前と現在というのは物すごい変化で、組み込みコンピュータが非常に発達しているんです。例えば、20年前の携帯電話だとショルダーバッグみたいです。それがもう今手のひらに入るぐらいになっている。何でそうなったのかといったら電子チップの進展のおかげです。RFID(レディオ・フレクエンシー・アイデンティファインニングテクノロジー)とか超小型チップとか無線ネットワーク――そういうものがすごく進歩しているんで、昔はできなかったっていうことができるようになって、あらゆるものにチップというのが現実的になった。今、私のところで研究しているのは薬の箱とか食品のパッケージまでコンピュータを入れることによって、薬の場合ですと投薬のミスを防ぐとか、例えば食べ物だと、いつ、だれがつくって、どうやって運んできて、いつまでに食べないといけないのかというようなことを全部食品パッケージに付いているコンピュータから自動的に読む機械――例えば携帯電話でもいいんですけれども、製造時のミスとかで食べちゃいけないという警告の出ている食品の近くにくると、物から電話がかかってきて「食べない方がいい」と言ってくれるとか、そういうようなことが可能になるわけです。そういうことの研究をしています。こういう分野はユビキタス・コンピューティングとかパーベイシブ・コンピューティングとかインディジブル・コンピューティングとかカームコンピュータとかいわれている分野で、最先端のコンピュータサイエンスの分野です。
ユビキタスというのは、そういう意味でいくと仮想世界と現実世界をつなぐインフラと考えることができます。仮想と現実をつなぐことで多くのイノベーションの可能性があるのではないかというようなことがいわれているわけです。そのときにやっぱり重要なのはインフラということですね。業界とか会社とか組織の枠を超えるということが重要で、情報の連携によって社会の最適制御を行うにはそれが必要です。組織を超えたり会社を超えたり国を超えられないといけない。いろんな分野全部で共通に使えるような横串になる状況の自動認識のためのインフラ――最近そういう研究をしています。
ちょっと時間がないので、興味のある方はまた私の書いたものを後でご紹介しますが、ucodeという特別なコードをあらゆる生活のものにつけることにより、特定のものを認識して、そのものの情報を正しく理解することにより、例えば全体最適を行うというような仕組みです。このucodeは今一番力入れてやっているものなので、本当は時間かけてご説明したいんですけど、時間がないんで40分という枠ではちょっと説明し切れないんで今度にさせていただきますけど、簡単に言いますと、現実を認識するということの基礎は現実が区別できなきゃいけないということで、区別したいモノに小さなチップとかいろいろなものをつけて、しかもその中に番号が入っているんですね。唯一無二の番号が入っていて、世界で他に同じ番号はないんです。その番号を特別な機械で読み取ってネットワークに送ってやると、そのモノがどういうものかという情報が出てきます。ですから、すべてのものにucodeをつけておくといろんな便利なことがあって、例えばこの照明器具のところにもucodeをつけておくと、使える規格の電球はどういう電球ですよとか、いろいろの情報のが出てくる。たとえば会議室でプロジェクターの操作がわからなければ、その機械のところに携帯を近づけると、プロジェクターのucodeをネットに送ってそのマニュアルが出てくるとか、そんなようなことにも使えたり、
もっと一般的なのは備品管理ですよね。たとえばこの机にucodeをつけておくと、そのucodeを読み取ってネットに送ってやると、いつ、だれが幾らで買って、いつまで減価償却しなきゃいけないのが出てくるとか。そのとき当然セキュリティが重要になりますので、そういう仕組みを今いろいろ研究していて、例えば環境省の備品についているものは環境省の人しか見られないようにするとか、パブリックのモノについている情報はだれが見てもいいとか、そういういろんな区別がつけられるようになっています。また、同じucodeでも、見る人により出てくる情報が違うようにも出来ます。
その中で読み取り装置、これは腕時計型しているんですけど、例えば薬の近くに、あの腕時計をはめて薬をとると、この薬は一体いつ、だれが造ったのかとか、自分のカルテをあの時計の中に入れておくと、その人が飲んでいい薬か飲んじゃいけない薬かがわかるとか、ワインに付ければ、このワインは一体、いつ、どういうブドウを使って、だれが造って、どう運ばれ保管されてきたかとかわかるんです。
物の情報をとるためにucodeをつけてモノに付けることを広めたいと思っていて、結果としてそういうことをやると社会全体の自動化になるわけですから、それはまた社会全体のエネルギーを抑えることにつながるという、考え方としてはそれもできるということです。ただ、さっきも言ったようにエネルギーを抑えるというだけだとみんなやらないから、それにより例えば薬の飲む間違いが減るよとか、例えば食べ物に対しても安全に安心して食べられるとか、住宅にしても快適だというようなことが実現できないと、単にエネルギーを抑えるというだけだと、何回も言っているように何でそんなもの高いお金出してやらなきゃいけないのっていうことになります。どこか一軒の家や一つの企業の中でやるだけじゃなくて、できれば社会規模で、あらゆる分野でやらなきゃいけないということで、しかしそうなってくるといろんな問題が出てくるので、いろいろ実験をするしかないなということで今いろいろ実験をしています。
その中でも特に最近考えているのは制度設計ということが非常に重要だということです。21世紀になってからの世界は、コンピュータについて昔考えられていたようなさまざまな技術がある程度実用になるようになってきているので、新技術より、今重要なのは今ある技術をどう使うのかということになってきています。MOT(マネジメント・オブ・テクノロジー)といわれている分野で主に言われていることです。社会の全体的なシステムの効率化という意味でいうと、技術だけじゃだめで制度の設計が重要だということですね。技術が生まれれば、それを利用する制度が自然に決まるということはありません。いい制度が設計できて初めて技術も活きるのです。
そのためにもいろいろな実証実験をしなきゃいけないということで、幾つかご紹介したいんですけど、1つは自律移動支援プロジェクトといって、今言ったマイクロチップを日本の国土全部に埋め込もうという。これをやることにより何ができるかというと、たとえば道路の誘導ブロックに埋め込んであるコンピュータから、白杖でucodeを読み取って、視覚障碍の方が、今自分がどこにいるのかとか、駅はどっちへ行ったらいいのかとか、障碍者用のトイレはどこにあるのかといった情報を、耳につけているイヤホンから音で知ることができるようなシステムです。
国土交通省と全国8カ所でいろいろ、こういうようなことを実証的に実験しようということで、青森から九州までやってるんですけど、そのときに重要なのは、そのチップの利用をオープンにすることです。例えば商業利用でデパートの前に来ると、そのデパートで何売ってるのかとかいう情報を出したり、宣伝に使うこともオーケーだと。要するにユニバーサルデザインで何でも使える。それでまた国道というのを国が持っているわけですけど、その国道の公物管理にも使えるとか、多目的に使うことによってこのシステムを実現して、結果的に少子・高齢社会に向かって、高齢者、障碍者の自律的な移動を支援するシステムを全国規模でつくり上げようというか、そういうプロジェクトです。
それから、最近食の安全が非常に重要になっていますが、食品トレーサビリティといって、こういう技術を使って、生産から消費までの商品情報・流通情報をきちんと記録し、わかるようにするということが非常に重要だろうという実験をやっています。安全だけでなくて、どのくらい流通しているかの情報がわかれば、むだな流通とかむだな運びがなくなってくるんですね。流通システム全体から見た場合には、やっぱりむだなものを運ぶというのはそれだけエネルギーを使うわけですから、いろいろ流通の効率化を行うことが重要だと思っています。
それからあと薬品ですね。薬品だから逆に食品以上に管理が重要です。使用期限が切れたものは当然捨てなきゃいけないということになると、結構たくさんの薬品が無駄になって処分されている。ですから、社会全体で共通の薬品管理のシステムを入れできるだけ最適な量を提供するようにして無駄を減らすということもできるかもしれない。
それから患者さんから見たらそれが無駄かどうかなんてどうでもよくて、自分が助かることが重要だということになりますので、誤投薬防止ということもできると。これをやることによって間違った薬が投入されないから、あなたにとってもいいんですよとなると、結局みんながぜひやろうという話になるわけですよね。そういう形に持っていかないとなかなかうまくいかないですね、
コピーのトナーの物流効率化実験とかもやっています。これなんかまさにリサイクルための利用で、回収しなきゃいけないものに全部小さなタグをつけておいて、それを回収するためにRFIDを使うということですね。
環境とICTをめぐる幾つかのケース・スタディがあるので紹介したいと思います。1つはシンガポールのETC廃止という話で、これ日本だとETCというシステムありますよね。日本の場合だと任意なんですよね。最近、首都高では70%くらいの車がETCつけてるといわれているんですけど任意なんです。つけてもつけなくてもいい。そうするとどういうことになるかというと、世界が驚くほどのハイテクノロジー、時速20キロぐらいの走っている車でそのETCのカードを持ってるか持ってないかを判断するコンピュータシステムがゲートについていまして、カードがあると鉄のバーが開いて、無いと下がるというシステムが必要になるわけです。あんなすごい装置持ってるのは日本ぐらいです。
しかし、シンガポールだとどういうことになるかというと、逆にシンガポールの中を走る車はETCのような装置をつけない車は走っちゃいけないと法律で決めるたんですよ、だから全車についてる。そうするとどういうことになるかというと、ついていない車を止めるためのゲートは要らなくなるわけです、当たり前です、全部についているんだから。そうすると、日本の場合だとこういうことをいうんですよね、「そんな横暴な、全部につけろってどういうことだ」と。しかも「インチキするやつがいたらどうなんだ」と。シンガポールは制度で対応した。インチキがわかると重いペナルティです。そういう考えで国をデザインしているわけですね。ですから、これは制度の問題なんです。
実はこのERPは高速道路の料金を取るというよりも都心部への車の流入規制というのが主眼なんです。さらに最近はERPをやめてGPSにしようとしています。そうなると、車がどこにいるかで課金できる。例えば車が入ってきてほしくないところだと、いきなりディスプレイに「はい、今からこの道路は車は通ってほしくないんで通行料3,000円です」って出せるようになるんですよね。ダイナミックに通行料が取れるんです。そうすると「え、3,000円取るならこの道絶対通らない」となると別の道通りますよね。すると全体で車が分散される。そういうことをやろうとしているんですね。ちょっと変わった話です。
あともう一つ、パリのベリブ(velib')というのがあるんです。このベリブっていうのは何かというと、貸自転車です。この貸自転車を今年の7月から始めたんですけど、開業初日のうちに約1万3,000人が年間パスを登録するという大成功です。市内への車の流入を防ごうということで、パリの市内のいろんな場所に貸自転車のステーションが設置されている。年間利用者のICパスなら、ステーションの自転車が固定されているポールに触れるだけで自転車が借りられる。1つ1つの自転車にICタグがついて、自転車の個別管理ができているので、どこで借りてどこで返してもいい。返すのもポールに自転車を固定するだけです。旅行者ならステーションのターミナルで、紙製の短期パスをICつきのクレジットカードで買います、それを使うことによってターミナルでの簡単な操作で自転車を借りられる。こういうステーションが町中に750もあるんで、例えば凱旋門のところからルーブル美術館まで行き、そこで返せばいい。しかも30分以内だと只です。それ以上になった場合にお金を払う。しかもクレジットカードでデポジットしてて、返さない場合は150ユーロ取られます。借りるのも返すのも簡単。要するに、短距離の移動での自転車の利用者をふやすという目的を明快に打ち立てて、そのために新テクノロジーを利用したというのがおもしろいところなんですね。
もう一つおもしろいのは、運用を広告会社がやってるんですよ。これ市民の税負担がゼロなんです。どういうことかというと、J・C・デューコーという有名なヨーロッパの広告会社があるんですけど、そこが設置から運営までやっているんです。パリ市とこの広告会社が契約して、運営を完璧にその会社がやるということの条件で市内に1,600の広告パネルを設置する権利をこの会社に与えたんです。パリの市内では広告があんまり町じゅうにないのはどうしてかというと、広告出せる場所が厳しく決められているからなんです。みんなが勝手に変な看板かけたりできないんです。ですから、それがまたパリのまちの一種独特なあの雰囲気をつくることにもなってるんですね。だから広告を設置できる権利は貴重なんです。これはビジネスモデルがおもしろい。簡単に言うとグーグルの現実版です。広告モデルにより公共サービスをただにしようという、そういう考え方です。
あと、私のところでやってる建築トレーサビリティ。これもucodeです。最近火災警報機をすべての家につけなきゃいけないということが法律で決められて、既存住宅でも近々義務化するんですけれども、既存住宅だと配線の関係で電池式になる。しかし、例えば賃貸住宅なんかの場合だと、前の人が電池ちゃんときちっと取りかえてくれたんだか、いつ入れたのかがわからなくなる。そこで大きな集合住宅の管理団体ではICタグのついた火災警報機にして、きちんと管理情報を記録することによって、電池が取り換えたか、いつ換えるべきか、そういう管理をしようと。そういうようなことを今やってます。
これは手始めで、最終的にはすべての住宅設備やコンクリなどの材料の中にまでICタグを入れるようにして、住宅がどのように作られ、どうメンテナンスされてきたかがきちんと記録されるようにしようとしています。ヨーロッパとかの例を見ると一回造ったらずっと、自分が建てた家じゃなくても借りてまた住みますよね。日本の場合だと土地を売ったときに建物というのは価値がないといわれて、結局壊してまた建てるんですよね。あれすごく無駄じゃないかというようなことで、何でそういうことになるのかというと、住宅の記録がないからなんです。中古車市場があっても、中古住宅市場がなぜうまくいかないのかというと、これも情報なんです。前の人が建てた住宅の情報が全くない、図面もないとなる。結局壊してつくり直した方が安心ということになっちゃうんですね。
だから家がどうなってるのかとか、壁を壊さなくても中がどうなってるのかがわかるような情報をucodeを使ってちゃんと家につけておいて、そういう情報が受け渡しできるようになるならば、安心して住めるんじゃないかと。例えば1軒の家建てたときに200年間それが使えるように造る技術はあるんです。でも、そういう記録とメンテナンスの体制がないと、技術的に可能でも実現できない。そういうことが実現できて家が100年とか200年とかもつようになった場合にはやっぱりむだなエネルギーは使わなくて済むということですね。
ということで、いろいろありますけど、言いたかったのは社会インフラというのは技術と制度で、制度が重要だということで、興味がおありになれば「変われる国・日本、イノベーション日本」てこれアスキー新書というところから出てるんですけど、今言ったようなことが書いてあります。またもう一つ、岩波新書から「ユビキタスとは何か」というのを見ていただくと、きょうのユビキタス・コンピューティングが理解いただけると思います。
ちょっと蛇足なんですけど、これだけみんなが今PC使って、インターネット使ってると、PCのエネルギー消費もばかにならないですね。私みたいに組み込みをやっている人間から見ると、湯水のようにエネルギー使っていますが、組み込みの方の技術を使えばもっと省エネ出来ます。それに、複雑な処理をやらせるとそれだけエネルギー食うので、そんな複雑な画面演出は必要なのかとか考えてしまいますね。やっていることは昔のパソコンと大して変わらないのに、画面の演出だけどんどん複雑化している。あと、特によくないのがブラウザー使っていろんな情報を見たときに、フラッシュの広告アニメというのがバックに隠れて見えなくても動いていてエネルギー使ってるんですよ。あれは問題だと思います。
結局今のパソコンを使ってプレゼンやるということ自体が実はエネルギーの面から見た場合にはむだなエネルギーの使用ということになってるんですね(笑)。
ありがとうございました。

○鈴木部会長 どうもありがとうございました。
限られた時間になりますが、ご質問等ございますでしょうか。
じゃ、浦野委員、佐和委員。

○浦野委員 大変、コンピュータ関係の将来の可能性をいろいろ示していただいて、この環境問題にも非常に貢献できるという部分もよく見えるんですが、一方で、どうもお話の中で、私の中ではどうも矛盾しているように理解できない部分があります。
 1つは、可視化するということは、ある意味では人の意識をちゃんと持たせるということですよね。その一方で、いろいろなことを全部、面倒くさいことはやりたくないから全部自動化するとか、あるいは情報が非常に過剰になると。それを1人1人が何を選んでどうするかというあたりが非常に面倒くさくなるということで、可視化とか意識行動につなげる話と自動化とか情報過剰という問題との相反するようなところをどうするのかという話と、それからもう1点は、やはり制度やシステム設計が非常に重要だとおっしゃっている。その一方で、やはり規制的に強制するのはだめだというお話もあると。その辺の間の関係ですね、これ非常にシステムや制度、国がどうする、自治体どうするという問題は非常に重要なわけでして、その辺についての相反するような部分について、先生のもうちょっと追加のご説明があればと。

○坂村健教授 最初のご質問は矛盾しているんではなくて、可視化するということは、人間の生活スタイルに働きかけるということなんです。コンピュータで完全自動コントロールできるようになっても「照明代なんてたいしたことないから、家中が明るい方がいい」というと住人が言うときに、コンピュータが強制的に暗くするわけにいかない。明るいうちに寝ていて、暗くなってからずっと起きている住人がいたら、コンピュータとしては照明をずっと点けているしかない。ポリシーを決めるのは人間ですから。それだとやっぱり人間の意識を高めるしかないという話ですよね。
 2番目のご質問は、規制の強化と自由なことを好むというのは、難しい問題です。一方シンガポールのERPじゃないですけど全員持たせるということをやるということはルールですよね、そういうルールでインフラをつくってその中で自由がある。その話し合いの過程とかプレゼンテーションでみんなが納得すればそういうことになるわけで、日本の場合には納得しない人がいたから全部の車にETCつけるのというのはなってないわけですけれども、結局、どうして納得しなかったかというのはよく説明が足りなかったからということにもあると思うんです。ナンバープレートをつけないで公道で自動車に乗ってはいけないというのは道路使用のルールです。どんどん規制していかなきゃいけないということを私は言ってるわけじゃないんですけれども、インフラをつくろうとするとある程度みんなが一つのものに従わざるを得ないということがあって、いろんなものの標準化という活動もそうですけれども、ほかのアイデアがあっても、どこかでは最後にみんながある一つのアイデアに収斂させましょうというふうにいかないと標準化はできない。まさに政治でもあり、また民主主義の社会でどういうふうに決めるのかというのが問題だと思います。
あと、私が規制がうまくいかないといったのは、ルールを守るのに手間というか労力がかかるわりに効果が実感できないものはうまくいかないといったんであって、ETCは初期にお金はかかるけど、手間は省けるし、細かい料金設定で得するというメリットもありますよね。それを、ルールにできないで、社会全体で高コストをそのままにするのは、やはりどっかおかしいと思うんですね。

○鈴木部会長 では、佐和委員、中上委員の順で、ちょっと時間が押してますので簡潔にお願いいたします。

○佐和委員 簡潔に。可視化に関連してですけど、かつて第2次オイルショックの直後ぐらいにアメリカで、要するに電力のロードカーブをできるだけフラットにしようということで、ロードによって価格を電力料金を弾力的に変えるわけですね。それが特に大口の消費者に対してそれが画面で表示されると。そうするとそれを見ながらということになると、まさしくさっきおっしゃったようなことで電力表示の。道路曲線のフラット化ということになると思うんですよね。
 それから一つ、それに関連してソースティン・ヴェブレンという経済学者がかつて、要するに見せびらかしの消費ということを言ったわけですね。つまり人間は何のために消費するか。自分が満足するためじゃなくて他人の目というのを気にするわけですね。要するに、自分が金持ちであるということを見せびらかすために非常にぜいたくをするというわけですね。ところが日本ではもともと質素倹約なライフスタイルとか、質実剛健なライフスタイルというようなことがむしろかっこいいということで、逆にかつての少なくともヴェブレンが見たアメリカではぜいたくがかっこいいと。日本でもバブル経済のころにはぜいたくがかっこいいと。ところが、最近はまた環境問題に関心が高まるにつれてやっぱりぜいたくはかっこ悪いということで、やっぱり質素倹約、質実剛健、あるいはサステナブルなライフスタイルというものがかっこいいということで、やっぱりライフスタイルの美意識ということは要するに他人の目ですね、他人の目というものを大変意識しているんではないかというふうに思います。ですから自分で、テレビゲームのようにひとりでそれを見て何かやってるというより、戦略とか制御を楽しんでるというよりは、やっぱり他人の目の意識というのも結構要素としては大きいんじゃないかと思います。

○坂村健教授 おっしゃることはよくわかります。1つは例えば電力。よく夏に暑いときにクーラー切りましょうとか、広告出してますよね。あれで果たしてどれだけの人が例えば甲子園があるときにテレビ切ったり、もっと電力消費下げてくださいという広告がよく出されるけど、本当に切るかどうかというのは私すごい疑問に思ってるんですね。ところが、そういうときにもっとダイナミックにゲーム感覚で今切ると10円返ってくるとか、何かそんなような話をするとか、時間差で何か可視化することをうまくやって、ちゃんと家庭のところに電力パネルがあって、何か電気を使ってほしくないときに、あなたが今やった場合にはお金返しますよとか、使ってほしいときは逆ににこにこマークが出てくるとか、先生がおっしゃるとおりかっこいいというようなことで見れるというのはあるんだけど、今電気使わないと何かもらえるんだとか。例えば、抽選で今電気の使用量が下がった人に対しては抽選で何人かに何かあげますとか、そんなようなことをやる方がうまくいくような気がするんですけどね。
 ただ、おっしゃることもよくわかって、もしもかっこいいということで、さっきのダイエットの話はそうですよね。人から見られているというときにスリムな方がいいということが世の中の風潮になってくると、何となくそういうふうに自分もしようかなといくかもしれず、両方あっていいんじゃないかという感じがします。

○鈴木部会長 中上委員。

○中上委員 とてもおもしろいお話をありがとうございました。20年ちょっと前ぐらいに六本木の電脳住宅を一度見にいかせていただいて、ご説明をちょうだいした記憶がございます。それはそれとしまして、今佐和さんがおっしゃったように、我々は環境省のプロジェクトで省エネ診断というのを数百件単位で数ブロックでやったんですけれども、そこでいろんな省エネ情報を与えたんですが、最終的にどの情報が一番効果的だったかというと、100件のエネルギー消費を多い方から小さい方へ並べましてね、おたくはここですよといわれたのが一番ききまして、ほかの家に比べて我が家は多いか少ないか、そこが動機になって次の行動に移ると。我々が指示している、本当はここを温度を下げた方がいいですよとか、テレビの時間が長いですよなんてことよりも、そういう情報よりも、むしろほかと自分が比較してどうだったかという情報が一番きいたというんで、がっかりしたような、ちょっとうれしかったような記憶がございます。
 そういうことで、今先生がおっしゃったように事細かい情報のやりとりをしようとすると、これが省エネナビなんていうのだって結構数万円するわけで、数万円もするものを入れて省エネやろうという人は、これは相当興味のある人しか入れないわけでありまして、ただでもなかなか入れてくれないようなこともあるわけですから、ただ同然で入れる仕掛けをどうすればいいかということを何かお聞きしたいというのが私の質問でございます。さっきの広告をうまく使うなんていうのも一つの手かなと思いますし、あるいは情報家電というのが大分これから普及してきそうですから、既存の家電製品の中にうまく先生がおっしゃったようにチップを埋め込んで、テレビ画面で何も新たな装置を入れなくてもできるというような仕掛けに移行していくんだろうかどうだろうか、その辺をちょっとお聞かせいただきたいと。

○坂村健教授 今おっしゃったようなことをやろうとしてて、結局、だからその省エネのためだけに何か機械にプラスアルファではなかなかうまくいかないんで、そういうのは情報家電とか、ユニバーサルなデザインで、その省エネだけが目的じゃないんだけれども、いろいろな機能を増強するときにそういうものも入れればいい。そのためにはそういう規格をみんながつくらなきゃいけなくて、それは環境省がつくるのがいいのかもしれませんけど、そういうようなための規格をつくったものは必ず全部に入れなさいとやると、かなり量産効果で、例えばさっき言ったモニターできるとか、それがネットに出してちゃんとどの機械がどれだけ電気使ってるかがわかるようにパネルに出てくるようにするとかいうようなことができるようになるわけです。全部の機械にというようにしてやらないと、何かだけとか、テレビだけとか、空調機だけといわれてもなかなかちょっとうまくいかないと思います。
 それともう一つ、さっき佐和先生も言ったようにアメリカの話もそうですけど、そういうようなことをちゃんと何かどんどん。それを私の言葉で言うと可視化なんですけど見せなきゃいけない。
 制度的に電力供給する方の人も協力して、今の先生のお話はおもしろいと思ったんですけど、1番から100番のどこかっていうことで、1番だったら賞品出すとかね、電力会社が。これ見ると電力会社の方もいらっしゃるので、何かそういうようなものと全部が一体化したときに初めて成功するというようなことになるんじゃないかと思うんですね。ですから、何かだけというのはなかなかうまくいかなくて、わかっただけじゃ絶対だめだと思います。何かインセンティブが出てこないとうまくいかないですよね。

○鈴木部会長 時間がまいってしまいました。ちょっと最後に私から1つだけ伺いたいんですが、やはり社会的なインフラづくりというのは先生の場合に非常に重要になってくると思うんですが、やっぱりインフラというのは非常にある意味では大きなシステムですよね。その大きなシステムを一たんつくってしまうと、ある意味では硬直化していくというか、技術の進歩が非常に早いこの分野で一体どういうところでその辺を保障しながらつくっていくことになるのか。そしてまた、そのインフラをおつくりになるときに、さっき浦野先生からもありましたが、一体どうやって社会的なコンセンサス、あるいは国を動かしていくのか。その辺のところで将来のサステイナビリティを見据えてどんなイメージを持っていらっしゃいますでしょうか。

○坂村健教授 当たり前ですけど、物づくりとかをやってる方からしたとき未来永劫というのはないです。ですから、どんなインフラも、インフラといえどもライフサイクルがあります。ただ、当然のことながら個々の製品開発するわけじゃないんで、少なくとも私はインフラという以上、できれば今だったら3けた台は持続させたい。例えば100年ですよね。100年とかの単位ではものを考えないとちょっとインフラって言いにくいんじゃないか。だから数年で終わっちゃったというようなものをインフラって言うのかというのはすごく抵抗がある。ただ電気通信の場合ですと進展が非常に早いんで、これよく議論になるんですけど、100年じゃなくて50年じゃないかっていう話もあるんです。それにしても50年でも100年でも、とにかくそのぐらいの一人の人間が少なくとも人生半分ぐらいはもたないと、インフラと言えないでしょう。
 それと、やっぱりもう一つのコンセンサスのとり方で、アメリカとか欧米社会なんかだとやっぱりさっき言ったように国家安全保障というのが一つの最後の決め手になって、国家安全保障上これはどうしてもやるとか、そういうようなことができるんですけど、日本の場合だとそういう概念がちょっと薄いというか、なかなか思い切って言えないんで、それで私が提案しているのは少子・高齢化ということとか、安全・安心ということを日本の絶対的ないわゆるプリンシプルにできないかということです。何か哲学がないと、結局最後はじゃみんなで我慢してもやろうとかいうふうにいかないですよね。今日本はモヤモヤしてて、何のためにというのが言い切れないんですね。ですから、意識しても哲学を日本全体として持たないと、むなしさが残るだけですね。

○鈴木部会長 大分この近くも混乱してるみたいですしね。はい、それでは坂村先生、ありがとうございました。お忙しいところをおいでいただいてありがとうございました。
 予定の時間をちょっとオーバーしてしまいましたが、最後に事務局の方から連絡事項等ございましたら。はい。

○森嶌委員 最後に。冒頭に手続的な質問をしましたけれども、これからの今後の進め方について部会長にお願いをいたしますが、冒頭にお考えを伺って、なおかつ私は非常に不安を覚えますので。われわれは、中環審の部会として、国民に対して非常な責任があると思うのです。きょうのお話は私は非常に有益だったと思うのですけれども、我々はただ勉強して大変にいいお話を伺ったというわけにはいかないのですね。このスケジュールを見ますと、事務局が用意されたスケジュールは非常によく準備されていると思うのですけれども、あと論点整理ということになっておりまして、論点を踏まえたうえでさらなる検討ということになっているわけですが、私はぜひとも部会長に、議論の結果どのようなプロダクトを出そうと考えておられるのか目標とでもいうべきものを示していただきたいと思います。私は今の段階で、そう簡単に我々の間で社会的制度のあり方やそこへ至る筋道、政策について合意ができるわけではないと思います。しかし、美しい星へのいざないという安倍前首相の提唱自身がEU,米国、中国、インドなどがともに参加できる多様な枠組みといったような現実には実現困難なことを言っているわけですけれども、その中で、我々はいろいろと勉強をして仮に懇談会という形式であれきちっとした議論をして、日本の立場を論理的に構築して、ヨーロッパなどで出てきている論理に対して日本としての政策や論理をきちっと考えなくてはならないと思います。議論の結果、今の段階で部会の合意ができなくても私はいいと思います。いいということではありませんが、やむを得ないと思います。考え方の筋道を国民の前にはっきり示すことが中環審の役割あるいは責務だと思います。そこを次回までで結構ですから、部会長としての方針を私どもに示していただきたい。勉強させていただくのは大変ありがたいんですけれども、しかし、勉強してよかったなというだけでは委員としての役割を果たしたことにはならないと思いますので、ぜひ次回までに、部会長として部会の委員に何を求めておられるのか、そして、懇談会は最終的に何をプロダクトとして出すことが期待されているのか。私は何か合意ができるということではなくてもよいと思いますが、具体的にどのようなことを想定しておられるのかを、次回までにおまとめいただいて我々にお示しいただきたい。そうでなければ、我々はただ集まるだけのことになりかねない。私は、それが部会長としての責任だと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。

○鈴木部会長 はい、承りました。懇談会の進め方も含めまして次回までにその辺をお示ししたいと思います。それでよろしいでしょうか。

○森嶌委員 はい。

○鈴木部会長 では。

○市場メカニズム室長 次回のご予定だけ一言申し上げますけれども、きょうの配付しました資料に今後の予定が書いてございますが、次回は10月3日の13時半から航空会館で行うということでございますので、よろしくお願いいたします。

○鈴木部会長 それでは、きょうはどうもありがとうございました。

午後零時14分 閉会

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